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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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276頁:特集『潜入取材! 商業ギルドへの恐怖の来客』

 過疎地帯に居を構える商業ギルド『ルーブル・ノワール』。


 構成員10名。

 過疎地帯『落ち葉の街』から徒歩一時間のフィールドにある、商店風のギルドホームでの商取引を中心に活動するプレイヤーショップに近い組織。


 かつては中規模商業ギルドとしては無類の需要を持ち、名産品が違法扱いとなり営業危機に陥りながらも復帰した初代ギルドマスターと共に再起に臨む不屈のギルドだ。



 そして今日、このギルドは消滅する!










《現在 DBO》


 9月23日。

 9時50分。

 商業ギルド『ルーブル・ノワール』のギルドホームにて。


「ど、どうぞお越しくださいました……『ルーブル・ノワール』ギルドマスターのか、神谷(かみたに)神谷(しんや)と申します。今日はなにとぞ、ど、どうかお手柔らかに……」

「ギルマス緊張しすぎ! もっと肩の力抜いて!」


 鎌瀬を迎え入れたのは比喩ではないレベルで青い顔をしたギルドマスターと、その後ろから肩をたたいて緊張を解そうとする背の低い少年だった。


 ギルドマスターの神谷は平凡な男に見えるが、少年の方は少々異様な格好をしていた。


 ガスマスクだ……それも、目までガラスに保護され、顔がろくに見えないような本格的なタイプのものだ。しかも目のガラスは色ガラスでしっかりと前が見えているようには思えない。


「あ、えーと……その装備は? ていうかキミは?」


「あ、ボクのことは気にしないでいいよ? ただのギルマスがだーいすきなだけのボディガードだから。このマスクは本当は外したいんだけど……ボクの固有技『毒の霧を吐き出す』ってわざで、一度使うと三日間は意地でも毒が途切れないんだ。だから、今ちょっと外せないんだ。気にしないでね?」


(なんて無意味に凄い技なんだ……)


 気にしないでと言われても気になるが、固有技ならしょうがない。

 そこで突っ込んで『不便な技だ』などと言うのも、失礼にあたるだろう。なまじ、自分に不釣り合いなほど強力な固有技を持つ鎌瀬はそこに言及する気にはなれなかった。


 それにそれ以外の態度にしても、ここまで堂々とくっつかれると無理やり引き離す気にもならないので、鎌瀬は話を進める。


「じゃあ気を取り直して……どうもはじめまして、『攻略連合』の『特別犯罪対策室』室長鎌瀬です。で、こっちは研修の……『黒虎(クロトラ)』です。職場体験みたいなものなので気にしないでください」


 『黒虎(クロトラ)』とは、ABの偽名だ。

 ABも鎌瀬の隣で、さも『向上心は人一倍ある新人です』みたいな顔をして頭を下げている。

 お互いに手のかかる部下を従えているような構図に苦笑いをしながら、店の奥へ歩いていく。その間も、少年は神谷に寄りかかるようにベッタリと触れ合っている。


 そして、そのまま応接室らしき部屋まで移動し、テーブルを挟んで向かい合ったソファーに神谷と鎌瀬、ABが座るが、少年はボディガードと名乗るだけの使命感を持っているようで神谷の真後ろに立ったまま待機する。


「こ、今回はうちの部下がご迷惑をおかけしたようで……あまりに大きな不祥事をお目こぼししていただいた立場でありながらなんと恩知らずな……」


「そんな畏まらなくても……別に、処罰を伝えに来たとかではないんですから。もっと気軽に、どう見ても神谷さんの方が年上なんですから」


 鎌瀬がそう言って謝罪を遮るが、神谷の顔色は一向によくならない。


(ま、そりゃ度重なる不祥事の後で犯罪者を検挙するための部署の、名前の上だけだろうと一番偉いやつが直接会いに来るってなったら、普通はギルドの終わりだってなるな……)


 『今まで幾多の犯罪者を検挙してきた特別犯罪対策室の若き室長』……鎌瀬の肩書きだけ見れば、警戒されて当然である。

 しかし、だからといって恐縮させてばかりでは話が進まない。 


「では、このまま謝られ続けるのもあれなので……とりあえず、先日このギルドの方の一人が行方不明になり、その後何者かに操られて犯罪を行おうとしたところを検挙された、というのは御存じですね?」


「は、はい……」


「今日はその行方不明前後のことについて、本人の記憶が曖昧な部分があるのでおそらく一番最後に一緒に行動していたと考えられるギルドの仲間の方々に話を聞きに来ました。そこから、犯罪組織が如何にしてプレイヤーを誘拐しているのか、どこで犯罪のターゲットを見極めているのかなどの情報が探れないかと思っています。ご協力いただけますか?」


「はい、お答えできることなら……ただ、他のメンバーは少し都合がつかず話を聞いている私が代表してお話することになりますが……」


 鎌瀬は用意していた言葉への大方予想通りの答えを聞き届け、仮想の呼吸を整える。

 ここまでなら、ただの事情聴取だ。

 しかし、今回それは『建前』に過ぎない。


「……では、いつから、それにどの程度まで被害者の行動が犯罪に把握されていたのかわかりません。もしかしたら、普段からの行動パターンを探るために盗聴などの仕掛けがあるかもしれない。あるいは、操られたまま情報をリークさせられていた可能性もある……そこで、このギルドホームの内部を一通り見聞させてもらいます」


「そ、それはさすがに……ギルドメンバーのプライベートなものもあるかも……」


「安心してください、ギルドの不利益になるような内部情報の公開などはしないと約束します。あくまで犯罪調査に必要な情報だけを探すので、怪しい点がなければすぐに済みます。女性の私物などあれば……黒虎が見るので、問題はないはずです」


 反論を許さずたたみかける。

 元より、神谷に拒否権はないのだ。今は建前もあって言い方は優しいが、抵抗されれば鎌瀬は権限を使って無理やりにでも徹底的に調査できる。無理に反抗すれば、何かがあるという証拠を取られ、妨害行為を咎められるだけで何もいいことはない。


「もちろん、物品の破壊なども極力控える予定なので……」

「本当に、ギルド中を全部調べるつもりなの?」


 鎌瀬の言葉を遮り、ガスマスクの少年のこもった声が届く。

 そこには、押し隠しきれない敵意のようなものがあった。


(何か見られたくないものがあるのか……いや、口実があるからって好き勝手引っかき回されるのが嫌なだけかもしれないし、確証ではないか)


 元々、既にほぼ事実確認が済んでいる事件を口実にギルドを調べようとしているのがバレバレの捜査だ。あちらも事前にそれを理解しているだろうが、やはり隠してるものを見つけるためホームも書類も根掘り葉掘り調べられると言われては気持ちよくはないだろう。


 しかし、だからといって遠慮はできない。

 鎌瀬にも、譲れない目的があるのだ。


「怪しいところがなければ何事もなく終わります……案内をお願いできますか?」


 ガスマスク越しで目の見えない睨み合いが数秒続いた後……


「……ギルマス、案内してあげよう。でも、危ないのとか保存に気を使う(アイテム)もあるから、勝手に動かないでね?」







 18時4分。


「今日は失礼しました! これからも、誠実で安全なお仕事頑張ってください!」

「変に疑り深い態度とってすみませんでした……先輩が!」


 かなり露骨なほど徹底的にギルドを調べたが、何も出なかった。

 否、一応出るには出たものもあったが……



『この箱怪しいな……奥に何かあるかも……』

『あ、金属装備はずさないとその水晶は』

『アバババ!?』

『感電……しますよ?』



『何だろこれ? なんか蔦に木の実みたいなのが絡まって……あ、引っかかってるし!』

『おいそっちは……あ、それは確か《パイナッ……』

 プチッ

『あ……』



『この帳簿の《機密書類》って……それなりに値段高いみたいだし、しかも宛先が「攻略連合」の幹部クラス。まさか闇取引が……』

『えっと、こっちに《蛍印の薄い本》を転売したっぽい記録があったんだけど、これは売る相手によっては有益な……』

『……』『……』

『『見なかったことにしよう』』



 ……いろいろな意味で危険な物が多すぎた。

 仕事を選べるような立場のギルドではないためか、危険で他の商業ギルドから嫌がられるアイテムの取り扱いが多く、中には危険な物も少なくない。


 ギルドホーム内がHP保護圏扱いなので爆発が起きてもギャグのような反応で済んだものの、商品の一部をダメにしてしまったため非常に心苦しいし、弁償も怖い。

 鎌瀬の勝手な申請による捜査なので、明らかな過失による弁償の請求は鎌瀬へ来るだろう。譲れない目的があってもそれはそれ、これはこれだ。


 それでも、捜査自体に手を抜いたつもりはない。

 その上で、何も出なかった……なら、『怪しいものは何も出なかった』という情報が得られたということだ。


 しかし、神谷の顔は青いままだ。


「も、申し訳ありません! 何度もご迷惑を……お縄を頂戴するならわたしだけでご勘弁を」


「いや、勝手に動こうとしたのはこっちだし。そんな謝らないでください」


 『危ないものもあるから』と捜査を監修していた神谷だが、彼の案内だけに従っていては隠してあるものは見破れないと何かと目を盗んで動いたのは鎌瀬とABだ。それで監督責任を問うのは酷だろう。


「ま、街までお送りします。いえ、ギルドまで……」


「いやいや、実はこの後、研修のこいつの戦闘能力テストでそのままフィールドで狩りの試験を予定してるので。その危険な所に非戦闘員を連れて行くわけにもいきませんから」


 鎌瀬は見送りを固辞しようとする神谷を断りつつ、ABを連れてギルドホームに背を向ける。


「では、時間が押しているので失礼します」


 鎌瀬とABは伸ばされた手を振りきるように走り去った。




「……で、『表』の調査は終わったけど、デコイとしてはどんな感じ?」


「怪しいものが何も出ない……なんてありえない。普通にやってても、怪しいと思うようなものの一つや二つは出てくるはずだ。それに、あれだけギルド内を見て回って他のメンバー8人が見当たらないってのもおかしいだろ。『攻略連合への反感から失礼をするかもしれないから席を外させた』みたいなこと臭わせてたけど、だからって事情聴取なのに襲撃した本人を人払いするのはない」


 何も出なかったのは、あくまでも案内に従って探した範囲だ。

 ギルド内部を一通り調べ尽くしたが、そんなものは『調べられても問題はない』と思われている範囲だけ。でなければ、何一つ怪しいものが出ないなどありえない。

 たとえるなら、いつも部屋が汚い人物の部屋への急な来客で、数分の内に部屋がきれいになっていたようなもの。


「他人に見られたくないものはとりあえず、一切合切押入の中……他のギルドメンバーが顔を出さないのも、いないってことにして見られたくないものをどっかに隠しに行ってるのかもな。腐っても商業ギルド。さすがに二日で全部処分できるほど無価値なものばかり置いてはないだろうしな」


 そう言って、鎌瀬は足を止め、ストレージからアイテムを取り出す。それは、目の回りを隠す怪盗の変装を思わせる仮面。


 《夜鷹の面》……鎌瀬が犯罪者として活動するための、悪人の仮面だ。


「今頃、ようやく終わったって一息ついて仲間を呼び戻してる頃かもしれないし、ちょっと見てくる。『黒虎』は先に帰ってていいぞ」


「えー、こんな『下調べ』だけで満足すると思ってたのー? 心外だなー」


 棒読みのAB。

 わかりきっていたことだ。鎌瀬は身内を巻き込むような状況で思い切ったことはしない。危険を冒すときはいつも一人で突っ走る。だからこそ、ここまでついてきたのだ。


「メイクアップ『ブラックナイト』……ここからは夜、俺一人の方がばれにくい。ABは邪魔だ」


 鎌瀬の装備が黒いマントをまとった闇夜の住人に変わる。

 この瞬間を持って『鎌瀬』はシステム的に『夜通鷹』へと名を変える。


 夜通鷹の装備は隠匿優先の侵入に適したものだ。本人のスキルの高さ的にも、彼ほどの隠匿性を持たないABが足手まといになるのは本当のことだ。

 しかし、敢えて『邪魔だ』などと口にするのが彼の仲間を心配する気持ちの裏返しなのは推測するまでもない。


「わかったよ、じゃあデコイがヘマして逃げることになった時のために戦車の用意でもしておくから……私が飽きて突撃する前に帰ってきてよ」


「……侵入(はい)って一時間もあれば十分だ。それまでおとなしくしててくれ」


 期限は一時間。

 ABもモンスターの蔓延るフィールドに隠れることになるのだ。望遠レンズなどを使ってかなりの距離を置いても、戦闘音で何事かと思われる可能性もある。そして、夜通鷹の安全のために極力音を押さえて戦おうとするというのは銃器を使う彼女が危険になるということだ。夜通鷹も、ABにかかる負担を度外視するわけにはいかなかった。


 二人の間で意志のすり合わせが済み、二人の目が先ほどまで『攻略連合』として訪れていたギルドを見据える。


「さあ、ここからが抜き打ち調査の本番だ」


 ここからは、『犯罪』の時間だ。







 夜通鷹が侵入に選んだのは、昼間に確認しておいた裏口だった。


 『恩人』との事件の調査の経験から、この手の接客業務を含むギルドには複数の入り口があることは知っている。このゲーム世界では大抵のアイテムはストレージやその効果を持つアイテムで手軽に運べるとはいえ、限度はある。それに、客が来ている間に表口から堂々と荷物を搬入するのは見栄えが悪い。


 だから、裏口は目立たない場所にある。


 それに……


(外から見た間取りと中から見た部屋と倉庫の大きさ……ちょっと小さな空間が裏口の近くにありそうなんだよな……)


 仮にも元『探偵の助手』で、現『犯罪者』である。それが単なる設計ミスではなく、隠したいものを隠すスペースがあることくらいは簡単に察することができた。


(高レベルの商売用の在庫収容アイテムさえあれば、それなりの大きさのものだって狭いスペースに隠せるからな。そして、それを表口から入れた相手に見られないようにするなら……)


 夜通鷹は裏口を開ける前に、ドアの周りを調べ、軽く壁との境を叩いて『聴音スキル』でギミックの密度を探る。

 そして、レバーが回るタイプのドアノブの周りで……


「……あー、なるほど。レバーを捻る前に、ドアノブの付け根の丸い部分を120°回すと……」


 だてに前線のダンジョンにも潜っているわけではない。

 この程度のギミックなら、そこにあるとわかっていればすぐに開けられる。


「で、一度開いてそのまま入らずに閉じる」


 『聴音スキル』で扉の向こうに誰もいないのを確認した後でドアを一度開け、そのまま閉じる。


 すると、数秒後静かに裏口ドアの隣……丁度、隠し部屋のあたりをつけた場所に小さな溝が開く。


「見られたくない客は表口から通して、内側からじゃ入れないようにしてある。だけど知らない内に裏口を探る泥棒に偶然見つけられたくないから、仕掛けを動かして一度ドアを開けさせてわざと裏口から入らせた後、一定時間だけ外から開けられるようになる……手の込んだ仕掛けだな」


 このレベルのカラクリは『木工スキル』の高いプロに頼んでいるならそれなりの値段がかかる。戯れで作ったものではないだろう。


 トラップに警戒しながら、溝を広げて中を覗く。


「さーて、ここには何が……これは、地下室か?」


 隠しスペースには地下への道を閉ざすかのような蓋があった。

 それも、キッチンの床下収納どころのスペースではなく、蓋のサイズだけで人が入ることを想定していることがわかる十分に大きな空間が想像できる。


 夜通鷹は慎重に蓋の鍵を『忍術スキル』の鍵開け技能で外し、中の闇を覗く。


「下手するとギルドホームの中とほとんど変わらない大きさのスペースが地下にある……いや、むしろこの地下倉庫を隠すために、上に新しいギルドホームを造ったのか?」


 夜通鷹の頭に嫌な予感が走る。

 『ルーブル・ノワール』は『仮想麻薬』を扱っていた。しかし、それは6月の戦争後、全て処分されたはずだ。

 しかし、その記録にはこんな場所に『地下倉庫』があることも、そこの中身を検分して『処分』した記録もなかった。


「……あのタヌキめ、青い顔して必要以上に恐縮させたって思わせといて、本当に後ろめたかっただけなのか」


 まあ、彼は一度脱退してまたギルドマスターに収まった時期から考えると、ギルド内の他のメンバー全てが『仮想麻薬』に依存していてもはや止められなかったのかもしれないが……終わってしまったギルドを守る意味がどれほどあったのかは、それを放棄した夜通鷹にはわからない。


 いずれにせよ、この中を改めれば想像が真実かどうかはわかる。


「中身が空っぽなら、まだ『6月のときに使ってただけだ』って言えるかもしれないしな。こっちもそんな調査結果を出したかったわけじゃないし、交換条件で情状酌量申し出てやるよ」


 夜通鷹は、地下倉庫へと飛び込んだ。




 後から考えれば、彼にはここで一度踏みとどまり、ギルドへ帰って『怪しい隠し倉庫を発見した』と報告する選択肢もあった。

 そうしてまた後日、もっとはっきりとした令状を持ってより詳しい調査を堂々と行うこともできた。

 そうしていれば……ほんの少しタイミングをずらしていれば、この後の展開は少々違ったものになっていたかもしれない。




 地下倉庫に入った夜通鷹が見たのは、壁際に山と積まれたスペース節約用のアイテム収容ケース、それに脱穀機や寸胴鍋に似た仮想麻薬の調合用アイテム。


 そして、壁に鎖でつながれ、傷だらけでボロボロの身体(アバター)をさらすギルドマスターの神谷だった。


「何でここに!? ……まさか……」


 驚愕する夜通鷹。

 神谷は憔悴した様子でギルドに戻ってきた鎌瀬を……いや、装備を一新した『夜通鷹』を見て、一瞬怯えたが安堵と希望の光が瞳に灯る。


 それは、自分を傷つけた相手以外の者が現れて安心し、そして救いを求める者の眼だ。


「お、おい! 大丈夫か? 誰にやられたんだ? あのボディーガードはどうしたんだ? 仲間の助けは呼んだのか?」


 夜通鷹は自分が変装中であることも半分ほど忘れて問いかけるが、神谷は苦痛を湛えた声で返事をする。


「ボディー……ガード……なんかじゃ、ない……仲間なんて……最初から、ここにはいない……」


「まさか……」


 夜通鷹は、その言葉から神谷と他のギルドメンバーの間に大きな、『確執』では収まらない何かがあったことを察し、思考を巡らせた。


(っ!! オレはバカか!! 『終わってしまったギルドを守る意味』? そんなもの以前の話だ! 前のギルマスが中毒化して他のメンバーも仮想麻薬にハマってたなら、こいつはたった一人正気なまま異常な空間に放り込まれたことになる! 当然、こいつは戻ってきておかしくなってたギルドに『そんなことやめろ』って言ったはずだ! 薬を取り上げられかけたヤク中が9人に正気が1人、どんなことになるかなんてちょっと考えればわかるだろうが!)


 夜通鷹の想像……それは、神谷がギルドが正気である証拠の『顔』として、他のメンバーから束縛されて生かされているというもの。

 そして、先程の調査のときに密告を行おうとしたと疑われて罰を与えられたのではという考えだ。


 しかし……


「殺された……あいつらのことはいい……元々、『別人』だったんだ……それより、今はここから……」


「『殺された』? 『別人』? 何を言って……」


 神谷の視線が壁際に向く。

 そこには、つい最近動かされたような形跡のある9個の収納ボックスがあった。


「え……いや、ありえないだろ……あれは、プレイヤーが隠れられるタイプのアイテムじゃない。アイテムの類しか入らない箱だぞ? なのに、なんでそんな『そこにいる』みたいな目を……」


 プレイヤーは収められない収納ボックス。

 否……『生きたプレイヤーは収納できない』アイテム。


 それが……9個。


「ははは……やっと解放されるんだ……これは不可抗力だからな……ギルドがなくなったらきっと、あいつも……」


 壊れた目をしながらも、どこか希望を見いだしたように笑う神谷。

 その言葉は支離滅裂で夜通鷹には理解できない。


「言ってやるんだ、『お前がいなくなってから大変だったんだぞ』って……そうだ、あいつも驚くだろうな、ギルドのみんなが……って言ったら……」


 そこでふと、声がか細くなり聞き取れない部分が出てくるが、その表情が何かに気付いたように固まり、絶望の色を浮かべる。


「ぁぁ……なんだ、手紙の一つもないと思ったらそうだったのか。なんで……気付かなかったんだ……生きてるのは俺だけだったのか……」


 夜通鷹はその情緒不安定とも取れる変化を見て、しかしそれがただの発狂だとは思わなかった。

 その表情は、いつかの自分に近いものがあったから。


 目を逸らしている間に、取り返しがつかないことが起きてしまった者の表情。

 そして、全てを失ってしまったことを否定することもできず、諦めるしかない絶望。


(『生きてるのは俺だけだった』……『だけ』?)


 夜通は収納ボックスをもう一度見る。

 『9個』だ……3×3で積まれた箱だ。数え間違えはない。

 そして、それらは一度にそこへ積まれ、その後動かされたようには見えない。そこに詰め込まれているものが夜通鷹の悪い想像の通りなら、それらは一度に『その状態』になったということだろう。


 ならば……


「10人のギルドで、ギルドマスター以外の9人が一度にそうなったなら……あのガスマスクは……」


 夜通鷹が神谷に問いただそうとした瞬間、彼の脳裏に一瞬前の像が広がった。


 収納ボックスを見るために動かした視界の端に移った影……意識していなくとも、確実に視界に存在したそれが……



 0.5秒後、自身の命を奪うと直感的に信じた。



 そして、それは回避が間に合わない……通常の時間では。


(『TW2Y』!)


 夜通鷹だけに許された『5秒』という架空の時間。

 彼はその間に身体を死の直感のあった軌道から抜き、そしてナイフをその軌道の根本へと飛ばす。


 そして、時が動き出し……


 ギィン!!


 ナイフが空中で弾き飛ばされ、そのまま『何か』がほとんど軌道を変えずその先にいた神谷のアバター頭部を吹き飛ばす。

 目の前で、彼のHPが全損する。

 本来ならありえないことだ。ここは街中と同じ『HP保護圏内』。プレイヤーを殺すことがシステム的に禁じられた場所。


 夜通鷹は、目の前の人の死そのものではなく……それを引き起こしたものに恐怖する。



「あちゃー、横着して二人同時にしとめようとしたのは間違いだったか……貴重な改造弾だったんだけどな」



 地下室への階段の光を背に、『それ』は立っていた。


 ガスマスクではなく、角のある目以外の顔のパーツのない白面を付け、全身を黒の革装備で包む少年。肩に巻かれた黒布に赤く染め抜かれた『DEATH』の文字は、その性質を端的に示している。


 このゲームにおいて、初めてプレイヤーを殺し、そしてどこでもプレイヤーを殺すことのできる権利を得た……『最凶』の犯罪者。



「殺人鬼……『ジャック』!」



 目の前には人を象った死が存在していた。

 ちなみに、ABのやたら強そうな偽名の由来は……


 A(アサルト)B→エービー→エビ→海老→ブラックタイガー→黒虎


 ……という連想ゲーム。

 名付け親は『仮面屋』ですが、鎌瀬は偽名を聞いて『俺の方が表向きは上なのに明らかにモブキャラっぽく見えるだろ』と思ったとか思わなかったとか……

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