乱丁29:スケジュール管理を忘れてはいけません
この小説の中の仮想世界の中のお酒(仮想酒)は未成年も大丈夫な設定(内臓に蓄積しない&データ信号により鎮静可能)ですが、現実では未成年の飲酒は危険なのでやめましょう。
私は『凡百』、脇役だ。
さて、唐突だけどお知らせです。
今日はデスゲームとかはやりません。
いやまあ、そもそもVRMMOのデスゲームの空間で生活してるんだからこの言い方には語弊があるかもしれないけど、少なくともそんな日常的にデスペナルティがあり得るマラソンやら心理戦やらパズルゲームやらをやってるわけじゃないしね。
ていうか、日常的に命がけのゲームを強要されるってどこの不思議の国って話なんだけど、私もいつもいつもそんなのに巻き込まれてるわけじゃないよ。
今日は『日常』の話。
だけど、以外と楽じゃない話。
デスゲームって状況は怖いと言えば怖いけど、ちゃんとクリアって目的があるし、やることがはっきりしてて絶対的なハッピーエンドがある。
でも、『日常』にはクリアなんてないし、気を抜いていいわけでもない。強いて言うなら、常にスコアが更新され続けるクリアのないタイプのないゲームに近いかもしれない。
失敗しても終わらないけど明日に響くこともあるし、明日の幸せのために今を無為にして本末転倒になるのもよくない。
程よく未来を見据えて、程よく今を楽しんで、あと余裕があれば過去を振り返る。そのバランスが大事だ。
まあ要するに……今日は、『たまに羽目を外すのもいいけどやっぱり程々にしなくちゃ』って思った、そんなある日の日常の話だ。
《7月20日 DBO》
「あー……やっちゃった……」
その日の朝、私はプレイヤーアパートの自分の部屋で机に突っ伏して頭を抱えていた。
頭を抱えるというのは精神的に負担がかかった人間が取る行動であり一種の比喩でもあって、実際に自分の頭を抱えようとすれば首から離れてなきゃいけないだろうけどもちろんそんな状況なわけじゃなくてただ手で頭を支えたいほど気分が重いって話で……要するに、悩んでいるだけなんだけど。
「うー……現実逃避終わり、とにかくなんとかしなきゃ」
私は、壁に貼ったカレンダーと、メニュー画面を操作して呼び出したメールを見る。
「ダブルブッキング、いや、トリプルブッキング……しまったなぁ……」
私こと凡百は、どこにでもいるような、特に目立った才覚もレベルもないプレイヤーだ。でも、最近はギルドマスターを押しつけられたり世話をしてる妖怪さん達が増えてきたり小規模デスゲームに巻き込まれたりして、なんだかよくわからない内にフレンドリストがすごいことになってたんだけど……
「もっと詳しく聞いてっておけばよかった……」
それかメモリちゃんにスケジュール管理してもらった方がよかったかもしれないけど……メモリちゃんはメモリちゃんでトリプルブッキングしてようが何重ブッキングしてようが教えてくれないかもしれないな……
いや、今はもうそんなこと言ってる場合じゃなくて……
「『妖怪』のみんな、『OCC』、アパートの人達……私が抜けるのはだめだろうなぁ……」
私が悩んでいるのは、私が深く関わってるこの三つの団体。
実は、それぞれと別々に近い内に楽しくパーティー的なことをしようと約束してたんだけど……
「『夏祭り』『7月23日』『花火大会』……全部同じ催しだったとは……」
日程が被った……というか、ある意味当然みたいな結果だった。
六月末の壊滅的なダメージから立ち直り始めた『時計の街』は、新たなNPCの流入(私も関わっていなくはない)とか店舗持ちの生産職の出て行く人入ってくる人の入れ替わり(これも私が少しだけ関わっていないこともない)で一斉にプレイヤーショップとかかが大量に作られた。たとえるなら、夏毛が抜けて冬毛に生え替わる動物みたいに。
そして、プレイヤーの拠点や分布が一斉に移り変われば、新しいコミュニティが生まれる。現に、このアパートだってそういうものの一つだ。
問題は……
「『7月23日、新たに生まれ変わった「時計の街」を祝って花火大会を目玉とした「大空商店街」主催の夏祭りを行います。ギルド、コミュニティごとにスペースを確保してありますので存分にお楽しみください』って……みんなこれに誘ってくれてたんだよなー……店の管理はイザナちゃんに任せちゃってたし、アパートの名義上の家主はお初さんにしてたしなー」
トリプルブッキングについて、気付かなかった言い訳をさせてもらえれば、それは最近いろいろありすぎて忙しかったからだ。
それに、私が偉い立場みたいなものを嫌って、ギルド以外では、そういう連絡を受け取る代表者を他人任せにしながら会長的な立場にいたこともあるけど。
あのメモリちゃん、石頭さんと臨んだデスゲームの後、私はどういうわけか私に従うことになったらしいお初さんと相談して、改めてアパートの入居者を募った。
お初さんがデスゲームを開催する立場にあったっていうのは驚きだったし、詳しく問いつめる気はないけどプレイヤーよりゲームの主催者側に近い立場……というより、デスゲームのフラグNPCみたいなものなのは問題かもしれないけど、私が所有権を放棄しない限りはまたデスゲームを展開したりはできないらしいし、アパートに人を集めようとしていた動機の『家族を知りたい』というのはデスゲームの開催権限に関係ない使命(願望?)だったらしいので、それを尊重した。
まあ、お初さんは結局誰一人殺してはいないしね。むしろ、元々仕掛け人側の彼女が近くにいた方が小さなデスゲームに巻き込まれる危険も回避しやすいかもしれないという打算もある。
なんにしろ、以前はプレイヤーを死の危険のあるゲームへと誘い込んでいたとしても、そういう役目を受け持って生まれた彼女が、その役目を終えた後に存在することが善か悪かなんて、もっと気長に見ていかないとわからない。少なくとも、彼女自身の人となりや性格は悪くはないと思うし。
まあそれに、せっかくの入居希望者をお断りするのも勝手だと思うしね。私がNPCのごとく無心で配っていたビラを見て入居を希望してくれた人が何人かいて、その人達をがっかりさせるのも嫌だったから。
ちなみに、お初さんは(NPCだから……と言うのは差別かもしれないけど)英語をスラスラ言えて、経営に必要な経理の計算や高校レベルの数学くらい簡単に解いてまるで問題集の答えを丸暗記したかのような解説ができるので、長らく高校での勉強とか忘れてた私は今度ちょっと教えて欲しいと頼んだんだけど……どういうわけか、それがアパートの売りとして塾費込みの家賃を取れるみたいな感じで採用されてた。
それでまあ、石頭さんは結局お初さんにまだ思うところがあるみたいで見張るためと言って入居してくれた。洗脳教育とかやられてもたまらないから勉強の手伝いもしてくれるらしい。
他にも、何故か石頭さんと同じくらいお初さんに反応したイザナちゃんもプレイヤーとして入居者してくれるって言ってたし、他にも知り合いの紹介とかでなんだかんだで部屋はほぼ埋まってる。元々宿暮らしが普通な私達プレイヤーは身軽だし、手続きとかも簡単な書類を同盟に提出するだけだからもうほとんどここで生活してるくらいだ。
……まあ、一緒に生活しはじめただけですぐに仲良くなれるわけじゃないし、お初さんもそういうまとめ役みたいなのが得意ってわけじゃなかったから、なんとなく私が盛り上げ役というか進行役みたいなのを手伝ったんだけど……どういうわけか、本来のこのアパートの持ち主であるお初さんを差し置いて『大家さん』なんてあだ名がつく始末。
お初さんは『この建物の名義上の所有者である私の所有者なので、実質的には間違ってはないと思います』とかって私に腰が低いし、余計みんな勘違いしちゃうじゃん。
まあ、それはともかく……
「実質的にしろ正式にしろ、私がドタキャンはマズいしな……それに、アパートのみんなの交友を深めようって言った言い出しっぺだし……でもなー、『OCC』も私がいないと絶対にバラバラに騒ぐし、半端なところで席を外すと感じ悪いし、『妖怪』のみんなは楽しみにしてたしなー……あー、ほんとどうしよう……」
ただの参加プレイヤーなら、他のコミュニティと跨がっていれば『あっちの場所で参加します』とか『あちらの方の知り合いにも挨拶してきます』とかって言えばいいだろうけど、私はそれぞれのところで幹事みたいなことするつもりだったし……ていうか、私がまとめないと瓦解しそうで怖いし。
イザナちゃんはアパートと妖怪達の店に跨がってるから、ある程度の事情は理解してまとめ役も任せられるかもしれないけど、私がデスゲームとかアパートで忙しかった間任せきりにしちゃったお店を見事になんとかしてくれたことにお礼も言いたいし、『OCC』のみんなにもデスゲームに巻き込まれた話する約束してるし……
「あーもー! 一人で考えるのやめ! まだ三日あるんだし、今からでも何か手を……」
そこまで呟いた私の耳に、メールの着信音が響いた。
「もー、誰よこんな時に」
ちょっと焦りでイライラしながらメールを開いて、中身を確かめる。緊急性の低い内容だったらしばらく放置しておこうかと思いながら文面を読むと……
「……え? 椿ちゃん……23日のことで相談?」
《7月21日 DBO》
『アマゾネス』ギルドホーム。
お昼時の客室にて。
「組織管理を他人任せにしてるからですよ。むしろ、実質的な管理を何もしてないのに複数の組織で実質トップになってるのはすごいですけど」
「いやいや、私なんてトップどころかオマケみたいなものだからね? むしろ私の思いつきとかワガママに付き合わせて迷惑させてる部分もあるだろうし……」
「取引も駆け引きも利益もなく人を動かすのはそう簡単じゃないはずなんですけどねえ……」
「ぅぅ……椿ちゃんが遠まわしに皆に無理させたツケだって責めてくるよ……」
「全然違うんですが……」
部屋にはこのギルドのサブマスター椿ちゃんと私の二人だけ。
まあ一応、私も『OCC』のギルドマスターだし、本来なら別のギルドのギルドマスターとサブマスターの会話ってもっと真面目な話になるかもしれないけど、今回はあくまで『友達』として来てるから、こういう冗談みたいな会話もできる。
私がそんな人望あふれるカリスマみたいな言い方、さすがに冗談じゃなきゃ言わないだろうし。
「まあ、本題に入りましょう。要するに、トリプルブッキングしたあなたはどこを一番優先するかなんて決められない、みんなにいつも世話をかけてもらってるからお礼の意味で日々の苦労を労いたいと」
「そういうこと。まあ、アパートに関してはちょっとまだ微妙な空気があるからね。その懇親会的なこともしたいと思うんだけど……」
「ああ、例のお誘いのアパートですか。そういえば先日、うちからも一人行きましたっけね」
「うん、レモンちゃんね。あの子は結構フレンドリーだし、他の人ともよく話せるけど……なんか近々、やっぱり別の所に行っちゃうかもしれないって言ってたな……せっかく仲良くなり始めてるのに」
「あの子はどうにも、男の人ができたらしいんですよ。うちのギルドは女子限定なので、あんまりノロケて男女恋愛にあこがれを持たせる空気なんかを作られると面倒ですし……それに、変な思惑とかも警戒しないわけにはいかないですから」
うーん、確かに好きな人ができたって言ってたし、まあ女子しかいないギルドで男の人ののろけ話ばっかりしてても嫉妬とか買いそうだし、必要な措置だったんだろうな。
だけど、椿ちゃんは花火さんと男女恋愛じゃない方の恋愛関係のはずなんだけど……ギルド的には問題ない……のかな?
「追放措置に近い形で紹介したんですから、勢い任せに出て行くのではなく一度ギルドを離れて中立な場所からあちらを選んでいくなら、送り出してあげるべきなんでしょうね」
「追放措置って……うちのアパートを島流しみたいに言われるのもどうかと思うんだけど」
「えーと……いえ、私は入居予定の人達をギルドの力である程度調べた上でそう判断したんですけど……違いました?」
「いや、普通に入居者を募ってただけなんだけど……まあ、時期が半端だったし、入りたいって人を選り好みできる立場じゃなかったから、審査的なのはかなり甘くしたかもしれないけどさ」
「……それで、他の所から入居をお断りされた人達が集まったわけですか……友人として、今更ながらに忠告しておきますけど、一緒に暮らす人達くらいちゃんと調べた方がいいですよ? 私の調べでは、以前犯罪組織に関わっていた方とか、ギルドを追放された上に次に流れ着いたギルドを崩壊させたという噂のある人も……」
「椿ちゃん……私のことを思ってのことなのはわかってるけど、あんまり言い過ぎると、怒るよ」
「……はい、そうですね。失言でした」
椿ちゃんは気分を落ち着かせるように、ハーブティーを口に運ぶ。
私は、無意識に指先に力を込めて持っていたティーカップを、そっと皿の上に戻す。
「私だって、どことなく他人に言えないことがある人が多いことくらい、空気でなんとなくわかるよ。それに、中には受け入れを断られるの承知で事前にそれを教えてくれた人もいたし。でも、私だって隠してることはあるし、デスゲームの世界で自分の身を守るために秘密を持つくらいは当然だよ。私はそういうのを、むやみに詮索したくない」
もちろん、詮索しなくてもわかっちゃうことはあると思う。
でも、偶然で『わかってしまう』のと、疑われて『あばかれる』のではやっぱり全然違うと思う。
そして……信頼して『打ち明ける』ことができれば、一番いいと思う。
信頼するためには時間が必要だし、初対面で打ち明けたくもないのに自分の秘密を打ち明けさせるというのは酷だと思う。
だから、私は一応最低限の対策はしてるつもりだ。プレイヤーネームだけで調べなくても過去がわかってしまう人がいるから、入居者同士はニックネームを付けてそれで呼び合ったり、所属ギルドの仲が良くない人もいるから外の問題を家の中の喧嘩に発展させないように約束してもらったり。
もちろん、この程度の対策じゃ長くは続かないだろうけど……それでいいと思ってる。
ある程度の信頼ができて、それから秘密がばれたとしても……それで仲直りできれば、その関係は強制された信頼より強いはずだから。
もしそれで、一緒にはいられないってなったら……その時は寂しいけど、甘んじて受け入れる。
仮にも『大家さん』なんて呼ばれてる以上は、いつか責められるかもしれなくても、みんなが安心できる家にしたい。その方法を試していきたい。
「ま、あんまり嘘を重ねて後で困りそうな人は、さすがに自己責任ってことにしちゃうかもしれないけど」
私だって女神様じゃない。
他人のフォローをするスキルだって、正記には遠く及ばないし……あいつなら、逆に更に嘘を塗り重ねてどうにかしようとしかねないけど。
「他人を騙すための『嘘』と自分を守るための『秘密』は別物、というわけですか。凡百さんの人生哲学ですか?」
どうやら、椿ちゃんには私の考え方は伝わりきらなかったらしい。
私は、言葉を変えて自分の考えを噛み砕いてみる。
「別に、そこまで厳密に『嘘』と『秘密』をわけて判断してるわけじゃないよ。『嘘』にだって、他人を騙して傷つけるばかりじゃなくて、他人を騙してその人や別の人を守ることや救うこともあるし、『秘密』にされるくらいなら『嘘』でも答えが欲しいときがあるしさ。もちろん、『嘘』にしろ『秘密』にしろ、それで誰かを傷つけるのはダメだけど、何かを歪めた以上どこかでしわ寄せが来るってときに、責任をとって自分にそれを集めるやつもいる。本当に信じられるかなんて、実際に見て感覚で決めるしかないんだよ」
少なくとも、他人の嘘を即座に見抜くような才能のない私にはね。
もしかしたら、今アパートに入ってる人の誰かにいつか騙されることもあるかもしれないけど……だからって、今から根掘り葉掘り過去を掘り返して、大事なものを失いたくはない。
これは素人の雑な計算かもしれないけど……裏切られるかどうかなんて、ふたを開けるまではわからない。そして、人の心なんて常に変化してる。
だったら、今無理やり心のふたを開けたら『黒』でも、信頼を築いていけばいつの間にか『白』になってる……なんてことも、あるんじゃないかな?
「なるほど、あなたの人望の理由が少しわかった気がしますよ。影まで含んで包み込んでくれる安心感というか……自分で大荷物だと思ってた十字架を『あ、荷物は適当にそこらに置いてくつろいでていいよ』みたいに流される感じというか……無防備にくつろいでる人に対して警戒して武装するのもばからしくなるというか……部屋の主が気を抜いてる分こっちも気楽にしやすいというか……」
うーん……要するに、私が腹のさぐり合いみたいなことする気がないから気楽に話せるとか、そんなところかな?
する気がないというか、できないだけなんだけど。
「まーねー。たとえ、レモンちゃんが椿ちゃんが私の最近の変な動きを気にして送ってきたスパイだったとかでも、私はやましいこととかなーんにもしてないしね」
「あ、ばれてましたか」
「……え?」
「……という冗談はさておき、23日の話でしたね」
なーんだ、冗談かー。
一瞬、本当にレモンちゃんがスパイかななんて思っちゃったよ。椿ちゃんったら、さらっと素の口調で冗談混ぜてくるんだから、やられちゃったよ。
さてさて、本題に入ろっか。
「さて、では私からも23日のことで相談があったのですが……幸運なことに、凡百さんと私の利益の一致する方法を思いつきました」
「え!? ほんと!? さすが私なんかとは全然違って実力でギルドを回してる椿ちゃん、今日も頭冴えてるね」
「褒めても何も出ない……というか、さっきの話の後だと人望だけでギルドをまとめられる人の嫌みに聞こえるんですが……まあ、それはともかく。要は、それぞれの所に顔を出して、一緒にいる時間はともかく日々の苦労をねぎらえれば問題はありませんね」
「まあそうだけど……」
「簡単です。そういうときには時間の代わりにプレゼントで誤魔化せばいいんです。ほら、会社の花見で社長が和菓子を差し入れるだけで好感度がかなり上がるのと同じ感じで」
「なるほど……でも、私自身が使えるお金なんて少ないよ? 今から個別にプレゼント選んでる時間もないし……」
「別にクリスマスとかみたいに、一人一人にプレゼントを選ぶ必要はありません。どうせ宴会みたいな席なんですから、そこが盛り上がるようにすればいいんです。それに、あなたのお金を使う必要はありません」
「……?」
「同盟……というか、『大空商店街』が、祭りの景気付けと称してそれぞれのギルドやコミュニティに対して格安で大量のお酒を売りつける予定があります。まあ、実際には店じまいしたプレイヤーショップの商品の片付けや新興生産職がスキル上げのために作ったものの味を調節した二級品の処分でもあるんですが……私の方で『アマゾネス』の買った大量のお酒の一部を差し上げます。未成年でも仮想酒はいけますし、飲む雰囲気を作って騒がせておけば盛り上げた印象を持たせたまま他の所へ移れるでしょう」
「なるほどなるほど……あ、でも、そんなの手抜きがすぐにバレちゃうでしょ? 他のところだってみんなお酒くらい買ってるだろうし。それにただでもらうなんて悪いし……」
「ご心配なく、お酒の代わりに少し仕事をしてもらいますから。それに、お酒も他のものとは少し違うものを……私が特別に調節した、他の安物より上等なのが一目でわかるものを用意します。後はあなたが『同盟への口利きで特別にいいやつを貰った』と言えば大丈夫でしょう。それに、『アマゾネス』も同盟の一角ですし嘘ではありません」
「なるほど……確かにそれなら、私の面目は立ちそうだけど……お酒の代わりの仕事って?」
あんまり高難易度なことを言われても困るんだけど、大丈夫かな?
「『アマゾネス』は女子限定ギルドとして、同盟の方から少し『売り子』のようなものを頼まれてまして……まあ、簡単に言えば方々の団体を回ってテンションの上がったところを見計らって割高なお酒やツマミを売るだけなんですが……そこに混じって、一緒に動いてほしいんです。あと、方々で盛り上げ役のようなことをしてもらうかもしれませんが、無理なことはさせませんし、間接的に同盟からの仕事を受けていることになるので団体の間を行き来する口実もとれると思います」
「え、まあそういうクエストを受けたこと結構あるし得意だけど、そんな簡単なことでいいの?」
椿ちゃんの方の利益がギルドメンバー一人分の休憩時間が取れるくらいしかないんだけど……椿ちゃんの性格からして、明らかに安い対価で私にサービスしてくれるわけじゃないと思うんだけど。
「はい、ただしあなたにはうちのギルドメンバーには任せられない仕事をお願いしたくて……」
椿ちゃんは、ストレージから一本の酒瓶を取り出して、まるで宝石でも扱うかのように、私に手渡した。
「えっと、これは……」
「この……特製擬似無意識促進剤『古椿』を、花火さんに飲ませて、あの人をその気にさせてください! 今度こそ理性の壁を越えていくところまでいけるように!」
「……はい?」
つまり……『アマゾネス』のギルドマスターの花火さんに、一服盛れと?
椿がとんでも博士ポジションになりつつある気が……咲はもっとヤバいですが。




