乱丁28:人間味を忘れてはいけません
本編と全く関係のない話ですが、VR技術が一般に普及したら虫除けスプレーとかかゆみ止めの売り上げが急上昇しそうですね(現実世界で蚊に刺されても気付かなさそうなので)。
いつの間にやられたのかわからない痒みに苦しむこの頃……
『デスゲーム〖失われた微笑〗
ルール①クリア条件
私の本当の顔を見つけ出せ。
ルール②敗北条件
参加プレイヤーが全員行動不能になった場合。』
《7月17日 魅惑の微笑》
私は『凡百』、脇役だ。
これは、私が後から聞いた話。
石頭さんの救出に向かったのは、メモリちゃんだった。
「なんでてめぇが来ちまうんだよ!? パズルはどうした!?」
石頭さんは助けられた直後、私がメモリちゃんに救出を頼んだことを理解して怒ったらしい。
でも、メモリちゃんはそんなのどこ吹く風と答えた。
「パズルはギルマスが完成させています。私はその間の防衛を指示されました」
「はあ!? あの嬢ちゃんにあんな数のパズルが……」
「問題ありません、予想クリア時間まであと二分。それまで防衛すれば勝ちです。もうピースを持つ敵はいませんので、手加減の必要はありません」
メモリちゃんは強力な魔法を惜しげもなく連発して、尽きない『黒いモナリザ』の軍団を殲滅していく。
そして、その詠唱の間に、石頭さんに告げる。
「ここは私一人で十分です。不安ならば、ギルマスの様子を見に行ってはいかがですか?」
石頭さんは少し迷ったらしかったけど、メモリちゃんの言葉の通りにパズルのある部屋まで戻ってきた。私が頼りなかったからゲームクリアできるか心配だった……わけじゃないといいんだけど、まあ、結局今日ここまで特に見せ場もなかった私にそんな印象を抱いても文句は言えないかな。
それに見せ場って言ったって、私も大したことはしてないし。
メモリちゃんがほとんど完成させたパズルの、残りの変更ピース数十枚を、メモリが抜いて並べてくれた順番に手前からはめ直していくだけの簡単な作業。
地味だし、大した能力もいらない。誰にでもできることだけど……今ここでできるのは、私しかいなかった。
メモリちゃんは防衛に行ってもらわなきゃいけなかったし、石頭さんは手が固まってパズルなんてできない。
でも……
「お、おい……その絵は……『モナリザ』じゃ、ないよな? まさか……」
「はい、正解はこっちです……たぶん」
パズルは着々と完成しつつあるけど……少し怖い。私の思いつきをメモリちゃんに確認したら作れる顔の中に『これ』があったから、きっとこれだって信じてるけど……もし間違ってたら、私の思い違いだったらって思うと、手がちょっと震える。
もし違ったら……私のミスでクリア不可能になったら、石頭さんは私を責め立てるかもしれない。あの無感情なメモリちゃんだって、私の指示が間違ってたって怒るかもしれない。
そう思うと、すごく怖い。
だけど……
「嬢ちゃ……」
「石頭さん、言わないでください。これは私の仕事……私なりの、『覚悟』です」
自己犠牲とか、味方をかばって死ぬとか、そういうのばっかりが『覚悟』じゃない。
失敗しても死ななくて、分不相応な責任だってわかってて、失敗すれば周りのみんなからどれだけ責められるか怖くても……それでも、正解かわからない答えを選んで、他の誰でも結果の変わらない場面で誰でもできることをやりとげる。
私はそれも……一つの『覚悟』だと思う。
手が固まった石頭さんだって、最後のピースをはめ込むくらいはできることはわかってる。
でも、最後だけ押し付けて、代わってもらって、この重圧から逃げようとは思わない。
誰でもできるようなことしかできない私でも……誰でもできることくらい、ちゃんとやり遂げたい。
「石頭さん……このゲームが無事に終わったら……」
いや、違う。
この場面で言うべきなのは、『無事に終わったら』なんて言葉じゃない。
無事でなければ、メモリちゃんも私も石頭さんも、二度と出られないのだ。ここで言ったこともその時は無意味になってしまう。
だったら予防線なんて張らずに……堂々と言うべきだ。
「石頭さん、後で私をお荷物扱いしたこと謝ってください」
「お、おう」
緊張もあってか、少し口調がキツくなっちゃったかもしれない。石頭さんが少したじろいだ。
でも……少し安心した。
石頭さんも、私が軽い気持ちで今この『位置』にいるんじゃないとわかったみたいだから。
だったら私は、あとは行動で示すだけだ。
手の中の最後のピース。
まだ、後戻りできる。これをはめ込まなければ、いくらでも絵柄を組み直すことができる。
緊張で仮想の呼吸が少し苦しくなって、喉が狭まったような感覚があって、視界が狭まって指が震える。
でも……
「はは、パズル一つでガチガチになってたらあいつに笑われるよね」
最後のピースを入れた。
そして……
『DESTINY BREAK!』
空間が溶けて消えていく。
最後に、壁の大きな『モナリザ』だった絵が、私の完成させたパズルの顔を得て、私を見て微笑を浮かべた。
絵の中の人物が手を動かし、撫でるように髪型を描き変えて、逆に顎をさわって髭を生やす。
皮肉げに笑う老人……どこかで見たことのある肖像画『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の、誰も見たことのない笑顔。
タイトルは『失われた微笑』の真ん中を、『顔を抜かれたモナリザ』のようにごっそりとくり抜いた、その表情にぴったりな二文字の単語……『失笑』。
『私の本当の顔』の『私』とは、自分を主語として語らない絵の『モナリザ』じゃなくて作者の『レオナルド・ダ・ヴィンチ』。
それに、デスゲームのタイトルであり、あの顔の抜かれたモナリザのタイトルでもあった『失われた微笑』は、真ん中を省いて縮めてしまえば『失笑』。
モナリザの顔を作れなかったこのパズルの答えは、『失笑するダ・ヴィンチの肖像画』……本当に、パズルの難易度に反して、なぞなぞみたいな回答だ。私としては呆れて笑えてしまうような意味での『失笑』だけど、あの得意げな表情はそんなばかみたいな答えを前に真剣に考えて慌てふためいてた私達を高みの見物していた故の、おかしくて笑えてしまうという意味での『失笑』だろう。
悪戯っぽく表情を緩めた彼の口の動きは、最後にこう言っていた。
『ほう、簡単すぎたかな?』
ひねてて意地悪で子供っぽくて、でもどこか憎めない……歴史に残る肖像画の不機嫌な顰めっ面とは違う『天才の素顔』。
それが、このゲームの答えだった。
「ゲームクリア、おめでとうございます」
空間が消えた後、闇夜の浜辺に現出した私達の目の前にはお初さんがいた。
石頭さんの全身や私の服についた絵の具も消えて、今までのことが夢だったかのように証拠が消えているけど……間違いなく、あったことだ。
そして、元の世界に戻ってきたことで……『因縁』は再開する。
「おいこの野郎!」
石頭さんがお初さんに獣のような剣幕で掴みかかる。
レベル差も反応速度の差も大きい私には、彼を止める暇なんてなかった。お初さんも、避けようとはしていなかった。
だけどそこに、横やりが入った。
「静粛にすることをお勧めします」
石頭さんとお初さんの間に、岩の柱が出現して接触を防ぐ。
誰がやったかなんて確認するまでもない。メモリちゃんの魔法だ。
メモリちゃんは風を纏って柱の上に舞い降りて、石頭さんを見下ろす。
「確認します。ユニット『石頭』は『仲間を害されたこと』を動機にユニット『お初』を攻撃しようとしている。違いありませんか?」
「ちっ、やっぱりそこまで掴んでて乱入しやがったのか……そうだ、これは俺とそいつの問題だ! ここから先は引っ込んでろ!」
その激しい声を無視して、メモリちゃんの目がお初さんを見据える。
「確認します。ユニット『お初』はデスゲームの開催者権限を用いて、プレイヤーを死亡させたことはありますか?」
まるで、この場の解決法を既に『知って』いるかのような……必要最低限の情報を事務的に確認しようとしているかのような口調だった。
それに対し、お初さんは一瞬迷った顔をしたものの、メモリちゃんの目に嘘は通じないと判断したのか、重々しく口を開く。
「いいえ……私の起動したゲームでゲームオーバーとなったプレイヤーは……いません」
その言葉に、石頭さんが目をむいた。
「嘘をつくな! ならなんであいつは、あんたを尾行してからの定時連絡が途切れてやがんだ!? もう3日だぞ!! 何かあったに決まってる!!」
「静粛に……石頭さん、あなたのいう『あいつ』とは『冒険者協会』メンバー、プレイヤーネーム『剛鈴』のことですか?」
……あれ?
話の流れがおかしくなってきたような……
「そ、そうだ……そこまで調べたのか? じゃあ知ってんだろ、あいつはそこの女を尾行する任務に就いてから連絡が……」
「剛鈴さんは、確かに私を尾行していましたが……見事ゲームをクリアし、私の調伏権を放棄して行かれました」
お初さんが淡々と答える。
え……つまり……
「その人は、デスゲームとは関係ないところで行方不明ってこと?」
私の呟きに、石頭さんがはっと振り返る。
そして、メモリちゃんを見る。
物知り顔で状況を確認するメモリちゃん。
個別デスゲームとは無関係で行方不明になったプレイヤー。
そして、メモリちゃんが詳しすぎる石頭さんの周辺事情。
もしかして……
「ユニット『石頭』に、ユニット『剛鈴』の居場所と引き換えに、今回のデスゲームの詳細情報および主催者、攻略者の私達の情報の秘匿、並びに『冒険者協会』を通じたデスゲームへの警鐘の発信とそれによりあなたが得る以後の個別ゲーム関連の情報の提供を求めます。あなたが異論なく要求を直ちに承諾してくだされば、すぐにでもユニット『剛鈴』の無事を確認できることを約束しましょう」
メモリちゃんの言葉の意味を理解するのに時間がかかったけど、思考停止まではせずに済んだ。
っていうか……
「あ、あんな探偵の推理みたいなこと言って、真犯人メモリちゃんだったの!?」
まさかの探偵が犯人、しかも被害者は生きていてそれを交渉材料に使うという暴挙。
「というか……誘拐?」
「訂正します。私は、個別デスゲームにエントリーさせられかけていた彼を捕捉し、『転移魔法』で『代役』と交代させ『保護』していました。これまでその情報を秘匿していたのも、入れ替わりが露見して本物の彼に『追試』が発生するリスクを避けるためです」
そういえば、ゲーム開始直前にプレイヤーが入れ替わってもゲームの内容が変わらないって『確認済み』とか言ってたような……
えっ、ちょっと待って、つまり……
「ギルマスには前もって報告したはずですが。『これは私の意図して作った状況』であると」
『冒険者協会』のプレイヤーがお初さんを調べてるときに、そのプレイヤーを隠してしまえば当然疑いはお初さんに向く。
お初さんを問いつめようと来た石頭さんに協力して貸しを作って、しかもデスゲーム(しかも本来は石頭さんでは絶対にクリアできない難易度)で精神的に消耗させたところで、お初さんが仇なんかじゃないと知らせる。
手がかりが潰えたと思わせて、そこにいきなり『あなたの仲間は生きていて自分が保護しています』という宣言。
しかも内容的に、メモリちゃんの出した条件がこれからの関係性に関わるものばかりなのは、間接的に仲間の無事を保証している。だって、その仲間が無事じゃなければ石頭さんは手を切れば済む話で、何も失わない。
むしろ、こっちが条件として出してるのは、石頭さんの仲間の居場所以外はほとんど形のない『義理』だけだ。石頭さんの仲間にしたって『保護』って言ってる以上、取引に応じなければどうこうするって話にはならないし……
(義理堅い石頭さんに断れるわけがない。あくどいなぁ……)
まあ、自分も『貸し』や『義理』を作るために命がけのゲームをしてるあたり、それほどズルいとは言えないかもしれないけど。
石頭さんも少し釈然としないように言い返そうとする素振りを見せたけど、毅然とした態度のメモリちゃんと呆けていた私を見て思い直したのか、深く溜め息をついて首を縦に振る。
「勝手に入ってきたつっても、俺が先走って巻き込んだには違いねえ。それに、そっちの嬢ちゃんはホントに何にも知らずに巻き込まれたみたいだしな。仕方ねえ、迷惑料くらいは払ってやるよ」
そして、私の方を向いて、疲れたように笑う。
「何より、あんたらみたいな化け物じみたやつらと敵対する方が仲間にも迷惑がかかりそうだ。さっきは悪かったな、お荷物扱いして」
なんで私まで『化け物じみたやつら』に分類されてるのかはわからないけど、とりあえず交渉は済んだらしい。
石頭さんはメモリちゃんから仲間の居場所を聞き、それを仲間に知らせるメールを送り始める。
私も、ほっと一息ついて肩の力を抜く。
(でも、メモリちゃんがこんなことを計画していたとしたら、どう考えてもタイミング的には私と針山さんのところに石頭さんが来たあたりの頃合いのはずなんだけど……ダンジョン攻略って言ってたのに、本当は情報がすぐ手にはいるようなところにいて、私を罠にはめようとしたゴコクさんや石頭さんのことを裏で調べてくれてた? メモリちゃんが能動的にそういうことするかな……)
それじゃあまるで、メモリちゃんが陰ながら、しかも情報網とか陰謀とかって次元の攻撃から私を護ってくれてるみたいだ。
まあ、私の『位置』を悪用される危険についていろいろ言ってたから、私自身じゃなくて私の社会的な『位置』を護ってるだけかもしれないけど……
(私は……この『位置』に相応しい資格があるって、認めてもらえたのかな……)
私がやったことなんて、最後のピースをはめたくらいだ。
それに対して、メモリちゃんはその才能を遺憾なく発揮した。
ゲームはメモリちゃんがいなければクリアできなかったし、パズルのほとんどを完成させたのはやっぱりメモリちゃんだ。
それに、ゲームに参加した私も石頭さんも、開催者のお初さんも、みんなメモリちゃんの手のひらの上で転がされていただけに過ぎない。
こういう次元の違う能力の差を見せつけられると自信なくすんだけど……
「ギルマス、聞いていますか?」
「は、はい!? メモリちゃん……石頭さんとの話は?」
いつの間にか、ぼーとしてた私をメモリちゃんが見上げていた。
「取引の細かい確認はもう終わりました。それより、確認事項があります」
「な……なに?」
メモリちゃんの目が私の目を真っ直ぐ見つめてる。
うー……なんかこわいよー。
穴があくほど見つめられてるっていうか、メモリちゃんなら魔法使えば本当に目から光線くらい出せそうだし。
これ、答えを間違ったら『不合格です(バキューン!)』とかってなるのかな?
「ギルマスは何故、あのパズルの答えが『レオナルドダ・ヴィンチ』の肖像画だとわかったのですか?」
「あ、えっと……」
「確かに『モナリザ』のモデルとしてダ・ヴィンチ本人の女装という説があるのは有名ですが、その場合は歴史に残る肖像画に忠実なものが真っ先に上がるはずです。しかしギルマスは最初から『笑顔のダ・ヴィンチ』を作れるかと尋ねて来ました。ゲームタイトルのヒントがあったとはいえ、『レオナルドダ・ヴィンチ』の肖像画は笑顔とは程遠い表情が一般的です。何故、過程をとばしてその答えをイメージできたのですか?」
「あ、うーん……深い意味があるわけじゃなくてね……『私の本当の顔を見つけ出せ』ってルールさ、誰の言葉なのかなって思ったら、『モナリザ』は有名だけど絵は絵だし、メモリちゃんが真っ直ぐに答えを見つけられなかったなら、その裏に誰かが……たとえば、『作者の意図』とかが潜んでるんじゃないかなーって思いついて。それで『モナリザ』の顔と『ダ・ヴィンチ』の肖像画の骨格が似てるって聞いたことはあったから、それなら少し組み替えるだけで正解が作れるんじゃないかなって……」
どうやら、とりあえず『不合格』って言われる雰囲気じゃない。
それにしても、改めて口にし直してみると、杜撰な推理だな……でも、メモリちゃんも一定の納得は得たみたいで、私に向ける視線を弱める。
だけど……私は、その表情が少し気になったから、少しだけしゃがんでメモリちゃんと視線の高さを合わせる。
「それとね……前から思ってたんだ。天才さんは考え込んでる顔もかっこいいけど、たまには笑顔も見せてくれた方が、意外性があって可愛いなって」
意外性っていうより人間性かもしれないけど、さすがにそれを口に出すのは失礼なので自重。
メモリちゃんが解けない問題、つまりメモリちゃんに足りないものを考えたら『人間性』かもしれないと思った、それだけのことだ。
『笑顔の時の自分を憶えていてほしい』……メモリちゃんにはわからない感情かもしれないけど、いつかわかって欲しいと思う。
少なくとも、あんな私を挑発するような、無理して作った下手なゲス顔よりは、あの『ダ・ヴィンチ』の絵みたいに『イタズラ大成功』みたいな皮肉っぽい笑いでも、自然に笑ってくれてた方がずっといい。
確か、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』の時代、笑顔を見せるのは品が良くないって考え方があったらしいけど、どんな天才だってきっと何かが上手くいったときやおかしいときには笑うだろうし、そういう一面は恥ずかしいと思う反面、素の自分を誰かに知ってほしいと思う。
才能ばかりが後世に語られる天才だってきっと、自分というものの人間性を見てほしいと思うこともある。
私みたいな、大した才能なんてない人間なんて、人間性を見てもらわないと何も残らないしね?
「メモリちゃんも、いっぱい活躍したんだから、『やった!』って笑ってもいいんだよ? 涼しい顔してても、一番頑張って一番すごいことしてたのは、やっぱりメモリちゃんなんだから」
天才だからって、普通の人に難しいことが簡単にできるからって、他の人に出来ないことをするのが当然じゃないし簡単じゃない。
実際に、誰かがやらなくちゃいけなくて自分にしかできないことでも、やりたくなきゃやらない人だっているだろうしね。
「今日一番偉いのはメモリちゃんだよ。本当にご苦労様、ありがとう」
そっと頭を撫でてみる。
やっぱり、よく見ると小さいな。正記とどんなふうに知り合ったかは知らないけど、どれだけ能力があってもやっぱり小さな子供っていうのは間違いないはずだし、ちょっとくらい子ども扱いしてもいいかな?
私がメモリちゃんに勝ってるのなんて、年齢くらいしかないしね。
でも、メモリちゃんは『ぷいっ』って感じで振り返って逃げちゃった。
そして……
「では、今日の功労者としてこのデスゲームの成功報酬のユニークアイテムは私がもらってよろしいですね?」
「え、別にいいけど……」
「あと、新しく確保したそこの『冒険者協会』との石頭の管理、それに入手したユニット『お初』の管理もお願いします。では私は所用があるのでお先に失礼します」
「え、ちょっと待って! まさかめんどくさいこと全部押し付けていくつもりじゃないよね!?」
「私はもう『ご苦労様』だそうなので、今日はもう任務完了と解釈します。それに……」
すたすたと離れて行っちゃったメモリちゃんは地面に転移魔法の魔方陣を描いた布を広げて、その中に消えながら振り返って……多分、あのゲームの中で最後に見た『ダ・ヴィンチ』の皮肉っぽい笑みを記憶して真似したような、イタズラっぽい笑みを見せた。
「このままあなたと一緒にいると、なんだか調子が狂ってしまいそうですから」
メモリちゃんの姿が消えた。
「えっと今のは……メモリちゃんなりのサービス、なのかな?」
最後に不意突かれちゃったな……
『モナリザ』。
……『ダ・ヴィンチ』の端末。
絵画『モナリザ』の解析データを元に作られた擬似人格AIであり、その本質として作者ダ・ヴィンチの『密かな自己主張』が多くを占めている。
喋れないわけではないが、どうしても本体であるダ・ヴィンチの影響で女性らしくない言葉遣いをしてしまうため運営内では基本的に無口で通っている。
なお、『モナリザ』がダ・ヴィンチ自身をモデルとしているというのは諸説あるうちの一説であり、他には母親がモデル、実在しないダ・ヴィンチの理想の女性像がモデルなどの説もある。
デスゲーム攻略報酬『写し身の絵筆』。
使用者の描く絵から心理分析を行いそれに合わせたNPCを生み出すことのできる絵筆。
NPCのステータスや行動パターンは使用者のレベルや心理分析の結果が反映され、場合によっては暴走の危険もある。
召喚には制限があり、同じ心理分析の結果が出た場合は古い方の『絵』が消滅し新しい『絵』として出現する(経験値や学習した行動パターンは継承される)。
『絵』を増やし続けると次第に言うことを聞かなくなり、群れて独自の世界観・社会性を構築し始めるので注意。




