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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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乱丁27:助太刀を忘れてはいけません

 ごめんなさい、推敲が間に合わず更新が一時間ほど遅れました。

 以後、日付変更に遅れないように気をつけます。

 私は『凡百(ぼんぴゃく)』、脇役だ。


 でも、大した取り得もスキルもないからといって、平穏な展開ばかり用意されているわけじゃない。自分は日常系の世界観の方が似合うはずだとか思っていても、唐突に非日常に巻き込まれるなんてことは最近の物語じゃよくあることかもしれない。戦力になれないからって、サボってていいとはならないのだ。


 というか、むしろ何もできない分、少し何か起こったときに苦労するだけで、真の天才はデスゲームに二日おきくらいのスパンで巻き込まれようと、もう『いつものこと』で、日常の一部として済ませてしまうかもしない。特に、元々デスゲームの世界にいて、モンスターとの戦闘も油断してれば命を失いかねないこのゲームのプレイヤーならそのくらいの気概でいなければならないのかもしれない。



 少なくとも……メモリちゃんは、私が『普通』であることはともかく、『無能』であることを許してくれる気はないらしい。



 いや……メモリちゃんに限った話じゃない。

 半ば押しつけられて居着いた『位置』だけど、『OCC』のギルドマスターは本来、飛び抜けた才能を持った個性的なメンバーの力をもっと活かすことのできる指揮能力のある人が務めるべきだ。

 私なんて、ほとんどみんなに任せっきりでギルドマスターらしい方針や作戦なんて立てられなくて、むしろ足手まといにしかなってない。


 でも……誰か、もっと私の位置に適した能力を持った人が代役を買って出てくれたとしても……たとえそれが、『あいつ』だとしても……私は、まだここにいたい。


 地位が惜しいわけじゃない。

 名誉なんていらない。

 だけど……私は、みんなにちゃんと認められてから離れたい。目立つのは苦手だし、私という個人を他人に認識されるのもちょっと怖い。


 でも……『OCC』のみんなのことは好きだから、彼らの記憶の中には居続けたい。

 たとえ何かがあって私がギルドを離れて、三代目や四代目のギルドマスターが活躍しても、私が確かに二代目のギルドマスターとしてそこにいたことを、憶えていて欲しい。


 欲を言えば……私のいた時間が、思い出して笑顔になれるような時間だったと思って欲しいっていうのは……悪いことじゃないよね?










《7月17日 失われた微笑》


「な、なんで来ちまうんだよこの阿呆が!!」


 いきなり怒られた。

 いやまあ、予想はしてたけど……やっぱり男の人の怒鳴り声っていきなり聞くとちょっとビクッてなる。


 まあ、メモリちゃんは平然と出てきた布を畳んで収納してるんだけど……なんか、『私は命令でついてきただけですので』って雰囲気を醸し出してる。ズルいな……


 ちなみに、今いる場所は例のごとく見知らぬ独立空間。

 雰囲気からして空間のデザインは……博物館、いや、美術館かな?

 今回はいきなり拘束されるみたいなことはなかったけど、その代わり空間がめちゃくちゃ広い。壁に数メートル感覚で額縁のかけられた廊下が伸びているけど、真っ直ぐなのに遠すぎて終わりが見えない。


 でもきっと、どこまでも歩いていったとして、出口はないだろう。

 何故なら目の前に、プレートに刻まれたデスゲームのルールがあるから。



『デスゲーム〖失われた微笑〗


 ルール①クリア条件

 私の本当の顔を見つけ出せ。

 ルール②敗北条件

 参加プレイヤーが全員、行動不能になった場合。』



 ここは、半径10mくらいの丸い部屋になってる。

 壁に大きな絵が飾られてて、そこには誰もが一度は見たことのある有名な絵が飾られていた。

 ルールのプレートはその真下に配置されているため絵の解説のようにも見えるが、その絵は解説なんてなくても誰でもよく知っているような、有名な絵だった。


 レオナルド・ダ・ヴィンチ作『モナリザ』。


 でも、その謎めいたとよく表現される微笑みは今は見ることができない。

 顔の部分が、四角く切り取られて真っ黒になっている。


 そして、部屋の中心にも真っ黒な四角いスペースがあって、少しだけ他の床より凹んでいる。


 ゲームルールの『私の本当の顔』っていうのは、モナリザの顔のことかな。つまり、このゲームはどうにかして、ゲームマスターの『モナリザ』の欠けた顔を完成させる……ってところかな?


「おい! 聞いてんのか!?」


「すみません……怒られたけど、やっぱり来てよかったなって思って……」


 何となくだけど……このゲームは確かに、今まで私の体験したものとは種類が違う。

 まず、ルール説明が単純すぎるところ。ゲームのルールを探るところから始めさせるようなところから、不気味さと難易度の高さを滲み出させている。


「っ……たく、誰も巻き込むつもりなかったのによお」


 案の定、石頭さんは一人だった。

 戦闘装備で武器のモーニングスターを肩に担ぎ、もう片方の手で頭をガシガシと掻く。

 その肩には、メモリちゃんの推測の証拠とは言えないだろうけど、普段所属を隠していた彼がそれなりの誇りと覚悟を持ってここに来た証と思えるマークがあった。


(あの肩のエンブレム……『冒険者協会』だったかな? クリア済みエリアのより詳しい探索で有名だけど……確かに、結構大きな情報網はありそうだね)


 お初さんはいない……多分だけど、ただここにいないってわけじゃない。このゲームを展開してステータスが下がるような繋がりがあるとしたら、ゲームが本格的にスタートした今、外で待ってるだけってこともないはずだ。


(このゲームのGMルームで私達のこと見てたりして……)


 正直、彼女とももう一度話しておきたかったんだけどな……まあ、それは生きてゲームを出られればチャンスくらいあるかな。

 当面の問題は……


「石頭さん、勝手に来ておいて本当に勝手だけど、今はプレイヤー同士で揉めてないでこのゲームをクリアするのが先だと思います。石頭さんもさすがに、私とメモリちゃんと一緒に無理心中するつもりはないでしょ?」


「ああもうホントに勝手だなあんた! こうなったら意地でもゲームクリアするしかなくなっちまうじゃねえか……こいつ……」


 やっぱり、石頭さんは一人なら楽に命を捨てられるけど、他人を巻き込むとなればそんなことはできない。とても、いい人だ。

 それに、結構ものわかりもいい。下手に反抗して別行動とか主張されなくてよかった。


「じゃあ、一緒にクリアして、みんなで一緒に帰りましょう。メモリちゃん! このゲーム、どうやったらクリアできるかな?」


 私は、床の黒い四角を観察するメモリちゃんに問いかけた。これは、彼女を相手に想定されたゲームのはずだ。だったら、攻略の方針はメモリちゃんに決めてもらった方がいい。


「……このスペースに適切なパーツをはめ込むことで脱出の条件を満たす、典型的なパズル脱出ゲームですね。この空間のどこかに、ここにはまるピース、またはその一部があると思われます。それを探すのが先決かと」


「なるほど……となると、怪しいのはこの道の先だよね……」


 私は、どこまでも伸びる廊下を見て、剣に手をかける。

 でも、石頭さんが私の肩に手をかけて止める。


「おい! てめえは阿呆か!? その装備、どうみてもこの中で一番レベル低いじゃねえか!! 大ダメージトラップでもあったら即死するぞ!」


 確かに……そういえばそうだった。

 ここはメモリちゃんのレベルを想定したデスゲーム。私とメモリちゃんの間には結構なレベル差があるし、石頭さんも装備を見る限りそれなりにメモリちゃんのレベルに近いステータスを持っているはずだ。


 ……あれ?

 よく考えたら、私が一番の足手まといじゃない?


「……メモリちゃん、もしかして私がお荷物になるってわかってて……」


「ギルマス、私が出来る限りの支援魔法をかけますから、好きなだけ前に出てくださって構いません」


「あ、はい」


 有無をいわさず支援魔法を多重がけされる。でも、ステータスは補えても戦闘技術は補えない。メモリちゃんは本当に一度に使える魔法を使い尽くす勢いで私に支援をかけてたし、すぐさま床の四角の観察に戻って『頭脳労働は任せてください』という態度をとってる。どうやら、強化しても自分より確実に弱い私に、自分の分の戦闘も完全に任せきるつもりらしい。


 なるほどね……さすがに、ここに来ただけでクリアだなんて言わないよね。


「まあ、平均的なプレイヤー程度には戦えるけどさ……」


 私達のやりとりを見て大人しくしているだけのつもりではないとわかったのか、石頭さんは溜め息をついて、警戒しながら廊下に足を踏み入れる。

 すると……


「っ! なんか出て来やがった!」

「あ、こ、こっち来てますよ!」


 十人……いや、『十体』くらいの、真っ黒な黒いモンスターが廊下の壁の額縁からこぼれ落ちるように出てきて、こちらへと迫ってくる。

 まるで、いろんな色の絵の具を混ぜすぎて最終的に真っ黒になってしまった時のような混沌とした黒色の、絵の具のようなものを全身に塗りつけた人影。


 でも、その体型とか髪型とかはどこか見覚えがあって……


「く、黒く塗りつぶされた……モナリザ?」


 それらは鈍いながらも勢いのある動きで、すぐに目の前まで迫ってきた。

 そして……


「おらぁあ!!」


 石頭さんが全力で振りかぶったモーニングスターで、最前列の三体ほどが一気に絵の具をまき散らしながら頭や胴体を喪失し、床に崩れてカーペットの染みのようになって消えていく。


「あれ? 意外と弱い?」

「ぼさっとしてんな!」

「は、はい!」


 私も近付いてきた二体の『黒いモナリザ』に剣を振るうと、二体は案外あっさりと崩れ落ちる。

 手応えも、柔らかい泥の固まりに剣を叩きつけたみたいだった。これなら、ステータスを強化してなくても倒せたかもしれない。


 石頭さんがまた三体、私がもう二体を片付けて、ひとまず迫っていた個体は全て消えた。

 撒き散らしたり血糊のように武器についた一部、カーペットの黒い染みだけを残して、あっけなく倒せてしまった。


「戦闘がメインのゲームじゃないのかな……」


 油断したら即死レベルの敵が来るかもしれないと思っていたから、ちょっと拍子抜けしちゃったんだけど……何かトラップみたいなものがあるかもしれないと、一応注意深く『黒いモナリザ』が消えた辺りを観察してみる。


 すると……


「あ、あれ? なんか落ちてる……」


 黒い染みの中に色合いの違うものが散らばっていたので、ちょっと警戒しながら拾ってみる。

 すると、それは割とよく見たことのある形をしていて……


「ジグゾーパズル?」


 そこに落ちていたのは、指先で摘まめるくらいの、一見なんの変哲もないジグゾーパズルのピースだった。




「サイズから計算して、100×162のジグゾーパズル、つまり16200ピースの内1ピースです。それが、一体のモンスターから平均約50ピース、ドロップしています。つまり、残り314体を倒し、ドロップするピースをこの枠の中で完成させることでゲームをクリアできると考えられます」


 メモリちゃんは、私のかき集めた500くらいのピースを脇に積んで、ゲームを解析する。


「1万6千ピースって……完成までにどれだけかかるか……」


「……まだ一部しかありませんが、このパズルの絵柄はゲームの出題から考えても絵画『モナリザ』の顔部分、それも黄金長方形と呼ばれる比率に近い数値で区切られた部分だと推測されます。私の記憶(バンク)にはその完成図がすでに存在するので、ピースさえ揃えば完成に時間はかかりません」


 メモリはパズルのピースをつまみ上げてひっくり返す。両面に、それぞれ違う絵が描かれているらしく、普通の人間が完成させようとすれば本当に長い時間がかかりそうだけど、メモリちゃんは例外だ。いや、むしろメモリの頭脳を知能系のゲームで試そうとすれば、これでも易しいかもしれない。


「じゃあ、数は多いけど一体一体は弱いみたいだし、残り314体を私と石頭さんで片付けて、その間にメモリちゃんがパズルを完成させれば……うん、思ったより簡単にクリアできそうだね」


 私や石頭さんだけなら永遠にクリアできなかったかもしれないけど、こちらにはメモリちゃんってチートキャラがいるし、やっぱり連れてきて正解だった。

 そう思ったんだけど……


「……いいえ、むしろ心配なのはギルマスの方です。あと314体、本当に倒せますか?」


 メモリちゃんは私に、訝しむような視線を向けた。


 私には何のことかわからなかったけど、一応他の通路を警戒してくれてたらしい石頭さんにはわかったらしくて、私に声をかけてくる。


「おい嬢ちゃん、剣を見ろよ。真っ黒になってるぜ」


 剣……私が武器として使って、『黒いモナリザ』を両断したアイテムだ。

 そういえば確かに、黒い絵の具みたいな相手を斬って黒くなってたけど、ゲームの汚れくらいすぐに……


「……あれ? 何か固まってる……絵の具みたいなのが……」


「……プレイヤー側の敗北条件は参加プレイヤー全員の『行動不能』です。仮にその絵の具のようなものが全身に付着して固まれば、文字通りの『行動不能』になるでしょうね。自分の若い姿を芸術作品としてこの空間にいつまでも保存したいというのなら構いませんが」


「いや、さすがに嫌かな……その怖い系のゲームのバッドエンドみたいなオチは」


 よく見れば、攻撃を受けたりはしてないけど倒したときに四散した絵の具の飛沫が服の裾とか手首とかにも付いてる。擦ってみたけど、異様に固くて落ちる気配がない。

 攻撃力がないにしても、こんなものを纏って抱きつかれたりしたら、すぐさま芸術作品の仲間入りだろう。


「あ、そうだ! じゃあパズルに時間がかからないならメモリちゃんの遠距離魔法でドカンと……」


「パズルのピースまで吹き飛ばしてしまっても構わないというのならそうしますが、回収のためにより深く通路に入り込む必要が出てきます。ピース自体も破壊不能ではないようなので大雑把な攻撃をするとゲームのクリアが不可能になる可能性も否定できません」


「えっとつまり……私と石頭さんが、絵の具を浴びないように近距離で倒してすぐにピースを回収するってこと……だよね?」


「念のため、支援魔法の一部を風属性の鎧代用型の結界に切り替えて飛沫を可能な限り防げるようにしますが、直接触れられないようにお気をつけください」


 言うやいなや、メモリちゃんが高速で魔法を詠唱して私と石頭さんの身体を風の鎧が包む。

 剣や足下も風で覆われてるみたいだから、これなら上手くやれば絵の具に触れずに戦い続けられるかもしれないけど……残念ながら、直接攻撃を完全に防げそうにはない。


 集中力をきらさずに戦いきれるかどうか……それが心配かな。

 だけど、このままグズグズしていてもメモリちゃんの魔力を浪費しちゃうし、覚悟を決めよう。


「じゃあメモリちゃん、パズルを作り始めてくれる?」


「これまではチュートリアルのような、ゲームルールを推測させる意図が見られます……可能性として、このピースを枠内に入れることで、ゲームが本格的に開始されるかもしれません。仮にそうであれば、ピースを一定数当てはめるごとに敵が湧く可能性も予測されます。その場合は、作業ペースの指示をお願いします」


 そう言って、メモリちゃんが四隅のピースの一つをはめた。

 そして、メモリの言ったとおりに、通路の奥の額縁から『黒いモナリザ』が現れて……



「そんじゃ、嬢ちゃんはちっちゃい嬢ちゃんの護衛頼むわ」



 私の不意をつくように、石頭さんが一人で突撃していった……って、え!?


「もしかして……」

「……戦力外通告ですね」


 石頭さんは私が追いすがる暇もなく、現れた『黒いモナリザ』を一人で一掃してしまった。


 いやいや、私が覚悟決めてる間にそれはないでしょ、石頭さん。







「……露骨に私をお荷物扱いしてる」


 本格的な戦闘開始から40分。

 私は、ちょっとふてくされていた。


 石頭さんは私を寄せ付けないくらいの勢いで、『鉄砲玉』というような言葉を連想してしまうような鬼気迫る戦いぶりで廊下に現れる『黒いモナリザ』を掃討していく。

 返り血のように降りかかる絵の具に少しずつ黒く染まりながら、それでも動きを落とさずに大立ち回りを繰り返す。


 私がなんと言おうと、『戦闘経験の多い俺の方が前に出るべきだ』とか『唯一パズルを解ける小さな嬢ちゃんを無防備にできないだろ』とか『俺の武器は間合い広いから他人がいるとやりにくいんだ』とか言って、私を廊下の奥へ入らせない。


 『黒いモナリザ』は段々通路の奥、遠いところにたくさん現れるようになってきて、放置してパズルを進めていると後で中心のこの部屋に一気に殺到してしまうから現れてすぐにそっちへ攻め込まなきゃいけない、たとえるならウェーブ制の防衛ゲームみたいになってるんだけど……石頭さんは、今の所それを一人でやってしまっている。

 石頭さんは、移動速度がかなり速い。レベルが高いからだろうけど、メモリちゃんにガンガンに強化された私よりもずっと速い。


 まるで生き急いでいるかのように……私が動く隙を与えないように、敵が現れるやいなや突っ込んで行って倒してしまう。


 そして……



「……ギルマス、全てのピースが揃いました」



 私がほとんど戦闘することなく、石頭さんは一人でピースを集め終えてしまった。

 一人で、316体を……


「……無茶しないでください」


 私は、全部の危険を一人でやりきってしまった石頭さんに、感謝の言葉なんてかけられなかった。

 でも、石頭さんは勝ち誇ったように、私を睨む。


「元々、俺一人でやるはずのゲームだったんだぜ? 勝手に飛び入りして、無茶したのはどっちだよ?」


 確かに、そもそも私も他人のデスゲームに割り込むなんて無茶をしているのは、全く石頭さんのことを言えないかもしれない。

 でも……


「そんな自殺みたいな……私を護ることを口実に自分を追い詰めるみたいなやり方……」


 石頭さんの勢いは、自分の危険なんて度外視した、玉砕覚悟の突撃だった。

 仮に自分が倒れても、戦闘能力の高いメモリちゃんが援護射撃でもすれば私とメモリちゃんだけでも無事にデスゲームを攻略できる可能性は高い。でも、私達がゲームをクリアしたとして、『行動不能』になった石頭さんが元の空間に戻れるかはわからない。


 ルールの記述が少なすぎる。

 下手をすれば、『死にはしないけど動けないまま』なんて場合もあり得る。


 なのに……



「かまねえだろ、覚悟はできてる」



 それは覚悟じゃない。

 ただ、自棄になってるだけだ。そして、何より私を納得させるつもりがない。私を、ただの無力な女の子としか見てない。


 それが少し……頭に来る。

 こういう時に他人と比べるのはどうかと思うけど……『あいつ』なら、もっと上手く私を騙して安心させようとする。

 この人は、私が怯えようがパニックになろうが、状況が変わらないと思ってる。むしろ、怯えて竦んでいてくれた方が邪魔にならないと思ってる。


 なんか……軽んじられてるって感じがして、気分が悪い。



「……もう、勝手にしてください」



 お望み通り、部屋の隅に座って小さくなってみる。メモリちゃんも石頭さんも、デスゲームの最中にいじけた私を見て、勝手にゲームを再開する。


 メモリちゃんがピースをはめて、石頭さんが追加される敵を狭い通路を横凪に一掃できるモーニングスターで迎え撃つ。それだけの、後は消化試合みたいなものだ。


 メモリちゃんにパズルのミスはあり得ないし、最短時間でゲームが終われば石頭さんはそれまで耐えるだけ……



(……ん?)



 何かが引っかかった。

 これはメモリちゃんを相手に想定したゲーム。メモリちゃんなら、どんな高度なパズルだろうと単純作業みたいに解いちゃうだろうし、魔法の結界でも張れば、パズルのピースを壊さないように水際で敵を掃討することも難しくないはずだ。

 ピースさえ集めてしまえば、後は攻め込む必要もない。通路の入り口を魔法で塞いでしまえば、もうメモリちゃんの勝ちが確定する。


 メモリちゃんにパズルゲームで勝とうと思えば……



「…………ギルマス、問題発生です」


 もうほとんど『モナリザ』の顔を完成させている

メモリちゃんがしばし手を止めて、私に向かって機械的に要件を言語化する。

 でも、私はその一瞬前に、なんとなくそこに続く言葉に見当がついていた。


「全てのピースが揃いましたが……全てのピースの組み合わせを検証しても、『モナリザ』の顔を完成させることは不可能であることが発覚しました」







 これは、私が後から聞いた話。


 石頭さんは、一人で『黒いモナリザ』の集団に突っ込んで、メモリちゃんのパズルを邪魔させないようにしていた。


 風の鎧もあったけど、何より石頭さん自身の技量もあって、危なげなくどんどん敵をなぎ倒していた。

 でも……


(ちっ……敵の数が増え続けてやがる!)


 パズルが完成に近づくほど、『黒いモナリザ』は絶え間なく現れるようになって、段々処理できなくなってくる。

 武器のモーニングスターも、一度にたくさんの敵をなぎ払おうとすれば、それだけ抵抗が強くなる。


 でも、負ける気なんてしてなかった。

 彼は確かに命を捨てても、差し違えるつもりでここに来ていたけど、それを察知されて巻き込んでしまった無関係二人のプレイヤーは、なんとしても守り抜くつもりでいた。


 そして……このゲームをクリアしたら、その後で改めて黒幕を捜すつもりだった。

 今度は他人を巻き込まないように、行方不明になった自分の友人がどうなったか……何をされたのかを、突き止める意志を固めていた。


 意識は確かに未来に向いていて……『現在』が、疎かになっていた。


 石頭さんが気付いたのは、モーニングスターを振るった後の異様な『重さ』だった。


 敵をなぎ払うときに受けた抵抗と逆の、戻すときに感じる抵抗。絵の具で表面が固まろうが威力がさして変わらないはずの武器にかかった、不意な力。


 石頭さんは手に持ったモーニングスターを見て……


「っ! くそがぁあ!!」


 そこに、二体の『黒いモナリザ』がまとわりついて押さえつけていることに気付いた。

 『黒いモナリザ』は一体一体がかなり弱い。低いダメージでも倒せるから、高威力のモーニングスターなら一気に大量になぎ払える。


 だけどさすがに限度があった。

 一息になぎ払われた十体の端の二体が一撃で粉砕できず、仲間の犠牲で威力とスピードの落ちた武器にしがみついた。


 石頭さんはとっさに手を離して下がろうとしたけど出来なかった。

 とっくの昔に、手は絵の具でモーニングスターとくっついて離れないようになっていた。


 そして……


「メモリアルディスク『ガンマビーム』を使用します」


 眩い光が、『黒いモナリザ』を一掃した。 










 時間は前後する。


「完成しないって……集まってないパーツがあるの?」


 メモリちゃんが手を止めたパズルは、あと数十ピースで完成と言うところだった。これくらいからなら、パーツさえあれば私でも完成できそうだけど、メモリちゃんは首を横に振る。


「この枠を埋めるのは問題ありません。しかし絵柄が不一致となります。このパズルはピースが裏表、同じ形状のピースとなら入れ替えも可能で無尽蔵に絵柄が作れますが……『モナリザ』は作れません」


 表裏逆転とピースの入れ替えで組み合わせ無尽蔵とかさらっといってるメモリちゃんは規格外だけど……それでも、作れない絵はメモリちゃんでも作れない。


「このパズルは一度ピースをはめると継ぎ目が消えるので、端や穴の部分から分解するしかありません。つまり、一度間違った絵で完成させてしまうと、それ以上の変更が不可能になる可能性が高いと思われます」


 つまり、一発勝負のパスワードみたいなもの……それも、角とか組み合わせとかあって単純にそうとは言えないだろうけど、16000桁の超難題。

 それが、今まで正解だと思ってたのが全く別の答えだった?


「『ダ・ヴィンチのモナリザ』『アイルワースのモナリザ』、カリチュアの『微笑』……習作、贋作として発表された『モナリザ』と誇称される作品のどれとも一致しません。ピースの組み合わせ次第では特定人物の顔を描いた肖像画を完成させることも可能ですが、少なくとも百通り近いの組み合わせがあります」


 確かに……人間の顔だけを切り取った写真を16200枚まで分解すれば、ピースの組み合わせさえなければ目鼻の間隔とかを組み替えてどんな顔でも作れる。


 でも……それが問題だ。

 メモリちゃんは確かに頭がいいし、どんな難問でも瞬く間に解いてしまうだろうけど、答えがたくさんあってその内の一つしか答えられない場合、メモリちゃんには『どれがふさわしい答えか』がわからない。

 客観性しかない彼女は、国語のテストとかでよくある『次の内から作者の意図を選べ』とかって出題には即答できない。あらゆる解釈の仕方を知っていれば、逆にどんな形にも読み解けてしまう。


 多分、メモリちゃんの頭の中の『完成図』の中には、本当の正解が紛れてる。でも、それらが等価だから見つけられない。


(メモリちゃんが言うなら、これは『モナリザ』じゃない……でも、他の絵の一部とかだったとしても、メモリちゃんはきっとすぐにわかる。メモリちゃんの記憶力なら、見たことのある絵が答えならわかるはずなのに……メモリちゃんがすぐには答えられなくて、でもゲームとして成立する答えなんて……)


「……ギルマス、報告です。敵のポップ率がユニット『石頭』の処理能力を超えました。あと三分以内に防衛線を突破されます」


「えっ、石頭さんがそんなやばい状態なの!? すぐ助けに行かないと……」


「推奨しません。ギルマスが戦闘に加わったところで突破時間は一分以上は変わりません。私一人でのクリアが困難な以上、私はこれ以上パズルを進めることはできません。ギルマス、ここは彼の残す三分を有効活用して問題を解くべきでは?」


「……私に、答えを『選べ』ってこと? メモリちゃんの頭の中にある完成図の中から、正しい答えを」


 そんなの……無理だ。

 私とメモリちゃんは、イメージを以心伝心できるような強い絆はないし、その組み合わせを枠の外で一つ一つ組み合わせて見せてもらうような時間はない。絵だろうと無理だろう。


 第一、メモリちゃんがわからない答えが、私みたいな凡人にわかるわけない。


「……こんなとき、ライトだったらあっさりと解いちゃうんだろうけど……ライトだったらどれを選ぶかとか、わからない?」


「……記憶(バンク)にありません」


 そりゃそうだ。

 あいつとメモリちゃんが一緒にこのゲームをクリアしたことでもなければ、『メモリちゃん』に『ライト』が選ぶ答えなんてわかるわけがない。


 そんな状況は今まで世界のどこにもなかった。

 なかったものは、完璧な記憶力を持ったメモリちゃんでも知ってるわけがないし、誰にもわかるはずがない。



(……誰にもわからない……誰も知らない……メモリちゃんが解けない問題の答えなら、世界の誰も記憶してない答え? それでいて、ゲームとして成立する……あいつなら……)



 ライトなら……きっと、出題者の意図を読む。

 そういえば昔、あいつから聞いたことがある。『作者の意図を答えよ』って問題は、本当に作者が解こうとしても解けない……それは、『出題者が想像した作者の意図だから』って。


 読むべきは、メモリちゃんに解けない問題を作ろうとした誰かの考えじゃない。

 その人が想像した、『このゲームの出題者』の意図……つまり……



「『モナリザ』……『私の本当の顔を見つけろ』……『本当の私』……『本当(オリジナル)』?」



 いや、ただモデルになった誰かの顔を作るだけなら、メモリちゃんは歴史の教科書だろうが何だろうが記憶をたぐって見つけだすはずだ。現にさっき、『ダ・ヴィンチのモナリザ』以外にもモナリザがモデルになった絵は違うって……


「……『失われた微笑』……誰も見たことない、『本当の自分』!」


 ふと頭に浮かんだ答えは、こじつけにしても結構無理矢理なものだった。

 でも、完成しかかったパズルを見ると、メモリちゃんほどの記憶力のない私でも、答えがイメージできた。


「真ん中を抜いて、ルールをこう解釈すれば……」


 わかったかもしれないけど、時間がない!

 推測が正しければ、そこまでパーツの組み換えは多くはないはずだ。


 石頭さんを助けるためには……


「メモリちゃん! お願い!」


 選手交代だ。

 天才(メモリちゃん)の埋められない最後のピースは、私が埋める。

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