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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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乱丁24:威厳を忘れてはいけません

 作者は故事や逸話の教訓的な話を本来と別な考え方で解釈したりするのが結構好きなタイプです。(本当にその故事を作った人が伝えられてる通りの意味で言ったのかはもう誰にもわかりませんが……)

 私は『凡百(ぼんぴゃく)』……脇役だ。


 これはまだ、私の知らない舞台裏の物語。


「どういうことですか! デスゲーム追試って!」


「仕方ないでしょう? もう決まったことなんだから。手を出しちゃダメよ? 今回の発端は、あんたがあの子に入れ込みすぎてるんじゃないかって疑惑から来てるんだから」


 運営の休憩室でリリスさんに詰め寄るイザナさんが、痛いところを突かれたようにぐっと黙る。


「呼び出しがかかったから怪しいとは思っていましたが……裏でこんなことが進んでいるなんて」


「『夜』を警戒するように言ったのはよかったけどねー。私本人がこっちにいたから安心した? 残念、ここで男をたぶらかす能力の差が出たわね。私自身が動かなくても、適当なプレイヤーを使って会場まで誘導するのは簡単よ?」


「く……同じバツイチの癖に……」


 イザナさんは、効果的な反撃ができずにうなだれる。

 そもそも、彼女はこの大きなデスゲームの一部であって、一人のプレイヤーに肩入れしすぎるわけにもいかない。出来るのは精々、曖昧な言葉で注意を促したり警戒を誘導するくらいなのだから、こうなってしまえばどうにもならないのだ。


「まあ、見てなさいよ。心配しなくても、戦闘で真価を発揮しないプレイヤーにガチ戦闘タイプをぶつけて潰したりするのはゲームの目的にも反するし、今回のゲームは難易度低めのはずだから」


「いやでも、あの人は……変なところ抜けてるから、心配なんですよ……今までも、まぐれか実力かわからない勝ち方してますし……」


「キャハハ、まあこれでまたミラクル起こしたら、今度こそ実力だったって認めちゃえばいいんじゃない? ここで死んじゃえば全部まぐれで、そこまでだったってことで」


「……この悪魔、人でなし」


「いや、普通に悪魔だし。あんたも人じゃないでしょ?」


 実に正論だった。











《7月14日 ダモクレスの王座》


 デスゲーム『ダモクレスの王座』

『ゲームルール

 ①赤、青、白それぞれの砂時計には3時間分の砂が入っている。

 ②白の砂時計の砂が尽きた時点でゲーム終了とする。なお、白の砂時計への干渉は不可能である。また、白の砂時計の砂が尽きるまでは、王座のプレイヤーは剣以外の干渉を受けず、王座から立ち上がることもできない。

 ③赤、青の砂時計は落ちる砂がなくなれば、ロープが解放され、砂と同じ色の剣が落下する。なお、剣への干渉は不可能であり、剣は椅子に座るプレイヤーのHPを全損させる効果を持つ。

 ④赤、青の砂時計の耐久値は反対の色の剣と連動しており、砂時計は破壊されれば剣と共に即座に消滅する。なお、赤、青の砂時計には半径3m圏外にいるプレイヤーからの干渉は不可能である。』


 要約すれば『三時間後、砂時計の砂が尽きて即死効果の剣が落ちてくる。それを防ぐには相手の砂時計を壊す必要がある』……かな?


 私の命を繋いでいる、剣を吊した紐を止める赤い砂。その砂時計を護る針山さん。


 そして、ゴコクさんの砂時計を護る護衛さん。

 動けない私とゴコクさんの命は、この二人にかかっている。


 ゴコクさんが、護衛さんに叫ぶ。


「おい! 何をしている石頭(いしず)! さっさと俺を助けろ!」


 あ、護衛さんの名前『石頭(いしず)』っていうんだ。ようやく名前わかったけど……その石頭は、ゴコクさんの命令に乗り気じゃないらしくて首を横に振る。


「『助けろ』なんて言われても……どうしろってんですかねえ? あんたの所に駆け寄って椅子から引っ張り起こせってんなら、やめた方がいい。あんたの生命線が無防備になっちまうからなあ。それか、『助けろ』ってのは、『別の意味合い』でもあるんですかねえ? それなら、はっきり言ってくれないとバカな俺にはわかんねんですがねえー」


「うぐっ……」


 ゴコクさんはさっき、『相手を殺さなければ両方とも共倒れする』って言ってた。それでいくと、ゴコクさんの『助けろ』という言葉は『相手の砂時計を壊せ』……つまり、私を『殺せ』という意味とも解釈できる。

 でも、誰だって手を汚すのは嫌だ。

 彼らの間には強い信頼関係があるようには見えないし、曖昧な言葉で裏の意味まで『察してやる』つもりはない。責任を取るつもりの感じられない命令を実行する筋合いはないということだろう。


 少し読めてきた……このゲームの流れが。


「針山さん! 赤の砂時計から離れないで! 『じっとしてて』!」


「くっ、貴様! 守りに入る気か!」


 ゴコクさんが呻くけど、私だって聞いてあげる筋合いはない。

 ゲームのルールで、砂時計への遠距離攻撃は一切不可能。そして、針山さんと石頭さんはそれぞれ上司である私とゴコクさんの砂時計を守ってる。私達は椅子から動けないし、他に参加者はいない。


 つまり、相手の砂時計を壊そうとすれば、その間に自分の砂時計ががら空きになる。

 今、私は針山さんに『砂時計を離れないで』という指令を出した。私が何も言わなかったり攻撃を指示したりすれば、あちらも砂時計を離れて無理やり針山さんを突破しようとする可能性があったけど、これで『膠着』する。


 私とゴコクさんの椅子側は階段の上。

 針山さんと石頭さんの砂時計側は階段の下だ。砂時計との間を真っ直ぐ突っ切るのが距離的には最短かもしれないけど、戦闘職なら階段を回り込んで地面に垂直な面で踏ん張った方が速いかもしれない。

 お互いのステータスがわからない以上、後出しでも『勝って』しまうかもしれない。


 だけどこのゲームは……


「ギルマス、一つよろしいでしょうか?」


 針山さんが、私に声をかけてくる。

 この部屋は音を遮るものは何もない。30mも離れた私達が会話しようとすれば、それは当然この部屋の全員に聞こえる声量になる。

 つまり、私達のやりとりは筒抜けだ。


 針山さんだって、それをわかっている。わかっているはずなのに……彼は、とんでもないことを言った。



「このゲームに勝つつもりなら、遠慮なくそうご命じください。私なら、あの程度の『人間』一匹退けて砂時計を破壊する程度、簡単でございます」



 その言葉に、石頭さんがまず反応する。


「ほう? 俺はそんなに弱っちくみえるかい?」


「あなたは、あまり彼を快く思っていないようですが、邪魔をせずに大人しく引き下がっているのなら痛い目には合わせません」


「そういう問題じゃねえんだよ、阿呆か。俺はあんたが暗にオッサンを『殺す』ことが簡単だって言ったんだぜ? 俺はそれに、二つの意味で信じられねえ。俺があんたより全然弱いって前提で話してることと、人殺しになんの躊躇いもなさそうなところがな。特に後者……あんた、本当はかなりヤバいやつなんじゃね?」


「あなた方……というより、彼の言動から察するに、彼はギルマスを罠にはめようとして巻き込まれた。自業自得でしょう? それに、私は砂時計を壊すだけ、彼を殺すのではなく我がギルドのマスターを救うだけで、彼を殺すのはこのギミックであり状況です。二人の内一人しか助からないなら、身内が生き残れるように祈るのは当然でしょう?」


 あ、ヤバい……護衛側二人で勝手に火花散らし始めてる。

 これは……このままなのは、まずい。


 私は、声を張り上げた。



「針山さん! 動かないで! そんな方法より、もっと簡単にゲームクリアできるから! 何もしないで!」



 私の言葉に驚いたように、他三人の目線が私へ向けられる。

 そして……


「あ、えっと……うん、多分だけど、このゲームの『必勝法』? 見つけたから、うん、な、何も心配しなくていいよ?」


 針山さんの呆れた顔……うわ、『もっとマシなハッタリをしてください』って顔してるよ。

 で、石頭さんは『何言ってんだこいつ?』って顔。まあだけど、落ち着いたみたいだから結果オーライ。


 問題は、少しの間動揺で思考が止まったらしいゴコクさんで……


「ひ、『必勝法』だと!? なんだそれは!! 教えろ!! 本当にそんなものがあるのか!?」


「え、ええまあ……二つくらい?」


「ならばすぐさま俺に教えろ! そうすればこんな場所すぐに……くそっ! バカか! 必勝法なんて物があったとして! それを俺に教えるわけがない! こいつが『必勝法』を見つけたということは、俺を殺す目処が立ったということだ! くそっ! 石頭! 早くしろ! こいつが『必勝法』などというものを使う前に! 何としてでも赤の砂時計を破壊しろ! こいつを……殺せ!」


「あ、ちょっと待って! 教えますから落ち着いて……」



 その時だった。

 『青の砂時計』に繋がった剣が大きく揺れた。

 その揺れがロープを伝わって、砂時計を揺らす。そして、一瞬だけ僅かに砂が多く流れ、同時に揺さぶられた砂の中で軽く巻かれていたのか、絶妙な釣り合いを保っていたはずのロープが掘り起こされて、連動して『青の剣』が20cmほど降下して止まる。



「な、何が起こった!? どうして俺の砂時計だけが!? いや……貴様、何をした!?」


 ゴコクさんが私を怒鳴りつけてくる。

 だけど……私は深呼吸して、気を落ち着かせる。


(これは私にも予想外だけど……動揺するのはマズい)


 私は、平静を装って声を落ち着かせて答える。


「私は何もしてませんよ。ルールには書いてないけど、このゲームの『仕様』の一部だと思います。だから、落ち着いてください。確証はないけど、下手に騒ぐと剣がさらに落ちてくるかもしれませんよ?」


「し、『仕様』だと!? ふ、ふざけるな! まさかこれが貴様の『必勝法』か!? どんな手を使ったか知らんが、俺の砂時計を……何をしたんだ!」


「私の考えた『必勝法』は……もっと、平和的ですよ。でも、二つのうち一つがちょっと実行が難しくなってきましたけど……」


「貴様、しらを切るつもりだな! 俺だけが不利になる細工をして、それをゲームのせいにして……手を汚さずに切り抜ける気だな!」


「そんなつもりは……」


 マズいな……ゴコクさん、冷静さを失ってる。

 私の言ってる『必勝法』は、別に時間稼ぎのデタラメじゃない。というか、『必勝法』なんて言うのもおこがましいほど、ルールをよく読めば簡単にわかる方法だ。

 だけど、このゲームもこの前の『悪政王の試練』の隠しペナルティーみたいなものがあるとしたら、それを実行するのは急に難しくなる。

 特にゴコクさんは既にその隠しペナルティーに触れてしまった……一番確実な方の『必勝法』がもう使えない可能性が高い。


 そして、残ったもう一つは……この場の全員の協力が必要になる。

 冷静さを欠いたゴコクさんに正直に話したとして……絶対に協力してもらえない。

 それに、針山さんも……きっと、反対する。いや、『反対しなかったとき』の方が怖い。彼が私のアイデアを深読みして、失敗する可能性がある。


 だったら……今、この場で一番中立なのは、ゴコクさんの護衛だけど忠誠心があるわけじゃないらしい、石頭さん。

 ゴコクさんはどちらにしろ動けない。

 石頭が協力してくれれば、彼と針山さんが私の言葉をちゃんと聞いてくれれば……勝機はある。



「石頭さん! 一つ、確認いいですか?」



 私が突然この場で一番距離が遠い石頭さんに声をかけたことで、当然その声が鮮明に届いたゴコクさんと針山さんは少し驚いた顔をする。

 だけど、一番驚いたのは私に声をかけられるとは思ってなかった石頭さんだったみたいで、目を見開いて私を見てる。


「な、なんだ? そんな馴れ馴れしく……」


「すいません、でも確認しておかないといけなくて……石頭さんは、戦闘職ですよね? 武器は持ってますか? あったら、見せてもらってもらいたんですけど、いいですか?」


「……ああ、まさか、丸腰だったら相方が楽に倒せるとか、そういう確認じゃないだろうな?」


 石頭さんは、ストレージから一つの武器を取り出す。


 鎖につながった鉄の棒の先にトゲトゲの鉄球が繋がった打撃武器、《モーニングスター》。一撃の威力の高い……丁度いい武器だ。


「いいえ、ありがとうございます。あの、その武器、しばらく出したままにしてもらってていいですか? このゲームが終わるくらいまで」


「……構わねえが、どういうつもりだ?」


「……針山さん、武器を出しておいてもらえますか? 一応、念のために」


「……? はあ、わかりましたが……」


 針山さんは元々いろいろすぐに出せるように隠し持ってたはずだけど、私の言葉に従って長い槍を出してくれた。


 ここまでは上手く行ってくれて、ほっとしてる私に、隣のゴコクさんがいぶかしむような声を投げかけてくる。


「貴様……何のつもりだ? 互いに命を狙いあう状況で、わざわざ敵に武器を見せつけるように指示するなど……それに石頭! 勝手に手の内を見せるとはどういうことだ!」


 だけど、ゴコクさんの叫びに対して、石頭さんは首をすくめる。


「いや? 俺は助かったと思ったけどよお? ゲームが始まってから、下手に武装なんてしたら開戦を宣言するのと同じじゃねえかよ。そこまで取り回しのいい獲物じゃねえし、いつだすか困ってたんだ。だけど、相手の方から武装を求めてきたならいいじゃねえか。てか、あんたは俺に素手で砂時計を壊させに行くつもりだったのか?」


「くっ、こいつ……」


 さっきまでは、(多分だけど)暗器を仕込んだ針山さんの方が抜き打ちの奇襲合戦になったら有利だった。あっちにとっては、悪い要求じゃなかったはずだ。

 でも、ゴコクさんは頭に血が上って、そこまで頭が回ってない。ただ、自分の部下のはずの石頭さんが自分じゃなくて私の言うことをきいたから、それを嫌がっている。


 さて……ここからどうしよう。

 ベストなのは、ゴコクさんと協力してゲームをクリアできる関係を作ることなんだけど……


「ゴコクさん……残り時間は少なくとも二時間半はあることですから、一旦相手を敵視するのをやめて落ち着きませんか? どちらにしろ、私達はみんな動けないわけですし」


「な……なんだと? 双方を武装させておいて『休戦』だと? 貴様は……本当に、何を考えているのだ」


「『休戦』というか、一時間くらい『休憩』するというのは? ほら、両方とも武器を持ってるなら、不意打ちなんて簡単にはできないし、ルールを見直してしっかり理解したり、考えをまとめる時間は必要だと思うんです」


 できれば、自分で気付いてほしい。

 私だって簡単に気づけた『必勝法』に。

 私達が協力すれば、こんなゲームは本当に簡単にクリアできるということに。



「私達は二人とも、生きてこのゲームを出ることができます。だから早まって相手を殺そうとする必要はないんです」



 私の言葉に、ゴコクさんは憎らしげな表情を浮かべて、俯いた。


「騙されんぞ……この状況で二人とも助かるなど……そんな方法を考える人間など……いるものか……」


 考え込んじゃったか……まあ、今はこれ以上何を言っても逆効果になりそうだし……彼が落ち着くまで、気長に待とうかな。





「ん……ふぁあ……」


 椅子に座ったまま軽く欠伸をした私は、重大なことに気付いた。


(……あ、しまった……寝てた)


 デスゲームの最中に居眠りとか、私どれだけ図太い精神してるんだろう。ゴコクさんの考え待ちしてて何もすることがなくて、時間的には深夜の本来とっくに寝てるはずの時間で、しかも椅子の座り心地が今まで座った椅子の中で断トツなほど良かったからとか……言い訳になるかな?


 いやほんと、剣が吊されてる下でわりとぐっすり眠れてしまうとは……我ながらおそろしい。まるで前にもデスゲームの最中に寝たことがあったみたいに、しかもそれにちょっと慣れてるような変な感覚すらあるんだけど。


 白の砂時計見る……残りの砂は三分の一くらい、残り一時間ってところかな。


 目を覚ました私を見て、針山さんと石頭さんがすごい目線を向ける。


「……おはようございます。ぐっすりとお休みになれたようで」


「オッサンの煽りガン無視して涼しい顔してると思ったら……マジで寝てやがったのか。おい、あんたの所のギルマスどんな神経してんだ?」


「いえ……大して親しくもない男性と一緒でも小さな小屋の中で熟睡するつもりでしたから、なかなかに肝は据わっていると思っていましたが……これほどとは」


 あ、あれ……?

 なんか、ちょっと引かれてない?

 い、いや、二人はこの椅子の座り心地がわからないから、うん。しょうがないよね。


「あ、そうだゴコクさん。ごめんなさい、話しかけてくれてたみたいだけど無視しちゃったみたいになって。この椅子、なんか気持ちよすぎて眠たくなっちゃいますよねー。で、何の話でした?」


 とりあえず、同じ椅子の座り心地を知るはずのゴコクさんに話しかけてみる。

 でも、ゴコクさんは椅子の座り心地の感想に同意するどころか、信じられないような目で……


「な、なに……まさか貴様、本気で聞いていなかったのか!? 挙げ句の果てに眠っていただと!? ふざけるな!!」


 あれ……?

 もしかして、私が寝てる間になにか大事な話してたかな? すごい悪いことしちゃったな……


「針山さん……どんな話だった?」


「いえいえ、特に重要な情報はありませんでしたね。『さてはあの女とグルになって俺をハメたのか!?』、『はっ、わかったぞ! ハーブのことで俺を恨んでて、道連れにしてしまう算段だな!』などと、論理性の感じられない妄言を吐き散らしておりまして……しかも、その時々に剣が下がってくるので、『どうやって攻撃してるのだ!』と喚いていたくらいです」


「え……『剣が下がってきた』?」


 ゴコクさんの頭上の青い剣を見ると、針山さんの言葉どおり1mほど前に見たときより低い場所まで下がっていた。私の赤い剣はそのままの高さだ。それに、砂時計も青い砂の方が目に見えてわかるほど砂が残り少なくなっている。


(あ、これやばいかも……)


 これだと、やっぱり一つ目の『必勝法』はもう使えない。二つ目を使うには……


(私も、本格的に覚悟を決めないといけない)


 私の決心を付けた表情を見て、何を思ったのか、ゴコクさんが騒ぐ。



「わかったぞ! 貴様の考えている『必勝法』とやらが!」



「え……やっと、わかってくれましたか?」

 私は期待の視線をゴコクさんに向けた……けど、彼の答えは全く予想外のものだった。



「貴様は、石頭を買収して俺の砂時計を割らせるつもりだな! だから俺を挑発して醜態を演じさせ、裏切りやすいようにし向けているのだ!」



 ゴコクさんは名探偵のごとく自信満々に、私が考えもしない『必勝法』を語った。


「……は?」


「そうやって余裕ぶっているのも、俺を小馬鹿にした態度も全て、俺を怒らせて取り乱す様子を無様に見せるための演技だ! 『必勝法』などというのも、貴様の方が賢いと印象付けるためのブラフに過ぎん!」


「え、いや……醜態とか無様とか、ゴコクさんが普通に取り乱してるだけなんじゃ……」


「黙れ!! そうやって、石頭から俺への信頼を奪おうとしておるのだ!! その手は食わんぞ!! それなら先に、貴様の部下を買収してやる!! さあ、そこのお前! 欲しいものを言え! 金か、女か、それとも権力か! なんでも用意してやる! ここから出れば大金が入るあてがあるのだ! 俺にはハーブを売る過程で得た人脈もある! 元手さえあれば、いくらでも成り上がれる才能があるのだ! さあ、砂時計を割れ! 俺に従ぇええ!!」


 喚き立てるゴコクさんの頭上の剣が揺れる。

 砂が多く落ちて、剣がまた下がる。


「ゴコクさんストップ! 落ち着いて! 剣がまた……」


「うるさい魔女め!! そうやって心配するような素振りをしながら剣を下ろして俺の動揺を誘い、自分に都合の悪い言葉を封じようとしているのだろう! 第一なんで俺の剣だけが、俺の砂だけが落ちていくのだ! このまま時間を稼げは貴様の勝ちではないか! 認めんぞ! いつも俺は成功してきたんだ! 世界が俺に都合よく回らなかったことなど、あの幻覚女が出てくるまであり得なかったのだ!」


 椅子を揺さぶる……剣も揺れる。


「そうだ!! あの時もあの時も、俺は勝ってきた! あの腑抜けからギルドを奪ったときも、ハーブで厄介だった商売敵を堕として牛耳ったときも、『不死山(アンデットマウンテン)』でろくに武器もなくフィールドを抜けて洗脳を逃れたときも、運は全て俺に味方したのだ! そんな俺がこんな所で、こんな見栄えばかりでリスクしかない王座などで死ぬなど、あってなるものか!」


 必死に立ち上がろうとしてるみたいだけど、この『デスゲーム』で私達が椅子から離れられないのは、大前提のルールだ。どんなに筋力値があっても、意志を振り絞っても、それは変わらない。

 それどころか、彼の表情が必死になればなるほど、砂も剣も落ちていく。


「さあ! 俺に味方しろ! 誰にも知られずに隠してあるハーブもある! 俺に従えば、今まで味わったことのないような幸福や快楽だろうと思いのままだ! あんなどこにでもいるような女子供より、ただ一人、ここにしかいない、価値ある俺を助けろ!!」


 有らん限りの叫びだった。

 でも……



「確かにギルマスはどこにでもいるような女子供ですが……その誘いは、お断りさせていただきます。あなたのような、人間の中でも程度の低く気品のないクズのような方より、『どこにでもいるような人間』の方がマシですので」



 針山さんは、それを素気なく拒否した。

 口調はあくまでも丁寧に、だけど言葉は容赦なく、慇懃無礼に答える。


「先程まで、私もギルドマスターなど椅子に座っていてくれれば誰でも同じだと思っていましたが、世の中は広いもので、あなたのようにここまで不快感を与える者がいるとは……大変、勉強になりました。そのお礼として私からあなたへの印象を言葉にするなら……あなたは、自身を『価値がある』と言いましたが、あなたの価値はマイナスです。混乱を振りまき、迷惑をかけ、他を貶めて得たものを自分の成功だと信じて疑わない……あなたは、実のところ奪うばかりで何も生み出してはいない」


 私が寝ている間もゴコクさんの言葉を聞いていたであろう針山さんは、ここでの彼の振る舞いを総合して、こう言った。



「他人を疑い罵倒することしかできないあなたは、豪華な王座についたところで、救う価値のない暴君にしか見えませんよ?」



 ゴコクさんは、その言葉に黙り込んだ。

 だけど……めげずに、今度は石頭さんに叫ぶ。


「石頭!! なんとしても赤の砂時計を壊せ!! 差し違えてでも、俺を助けろ!! 何のために高い金を出して貴様を雇ったと思ってる!? こんな時のためであろうが!!」


 だけど……石頭さんは、溜め息をついて肩をすくめる。


「おいおいおいおい、こんな時のためじゃねえだろ? 勘違いされちゃ困るが、おらあ『用心棒』として雇われただけだぜ? 『用心棒』ってのは『護る』仕事であって『殺す』仕事じゃねえしよ。そもそもの話が、小ギルドのくせに金が有り余ってるらしい怪しい所があるから、騙くらかしてどんな手を使ってるのか聞き出すとかって話だったじゃねえか? 相手があの『OCC』だなんて聞いてないし、こんな命の取り合いになるなんてもっと聞いてねえよ。人の命は重いんだ、他人の命綱切るなんてことは、今回の依頼金じゃ割に合わねえよ」


 やっぱり、石頭さんはお金で雇われただけだったらしい。


 この場にはもう、精神的にゴコクさんの味方をしようとしている人はいない。

 それを感じ取ったらしいゴコクさんは……



「うぉおおおお!! くそぉおおおお!! 誰でもいい、俺を助けろぉおおおおお!!」



 『発狂』した。

 椅子から立てるはずもないのに、剣から逃げられるはずもないのに、狂王のように王座の上で暴れ、身体を揺さぶる。


 そして、それが伝導したかのように、砂時計が大きく震えて、砂がすごい勢いで落ちていく。

 剣がどんどん下がっていく。



 いけない、このままじゃ……

「……針山さん! 私の砂時計を壊して!! 早く!!」



 私の叫びに、針山さんが珍しく驚愕した表情を見せてくれるけど、それに気を向けてる暇はない。


「急いで!!」


 もうすぐ、ゴコクさんの砂時計の砂が完全に落ちる。

 詳しく説明してる時間がない。


 でも……私はここで、今日一緒にいたのが針山さんでやっぱり良かったと思った。


 私に忠誠を誓って『大事にしてくれてる』わけではない針山さんは、数瞬の内に決断して、槍で私の砂時計を貫いてくれた。


 ゴコクさんの頭上の剣と砂時計が同時に消える。

 そして……



『勝てた勝負を情に流されて捨てるとは……愚か者ですか、あなたは』



 振り返って私を見た針山さんは、呆れたような目でそう言っているようだった。

 だけど、私の目は……既に、別のものを見ていた。


 だから、私は針山さんの視線に、ギルドマスターなんて誰でもいいと言っていた彼を見返すように、勝ち誇った笑みを作りながら、視線を返した。


『それはどうかな?』


 次の瞬間、『砂時計が割れる音』がもう一つ響いた。

 私の『赤の砂時計』ではなく、ゴコクさんの『青の砂時計』を、石頭さんが割った音。



 『DESTINY BREAK!!』



 私の頭上に落ち始めていた剣が、幻だったかのように消えていく。

 私に届く前に、3mの距離を落下しきることなく、消滅していく。


 それを見て、その現象を引き起こした石頭さんが感心したように頷いている。


「『武器を出しておけ』って……こういうことかよ。最初からこのクリアの仕方を……『同時クリア』を狙ってたとか……半端ねえな、あんたらのギルマス」


 石頭さんが針山さんにそう声をかけるけど、針山さんは困惑したように私を見る。


 私は、いつも澄まし顔の彼がそんな表情をしてるのを見て、思わず笑ってしまいながら、ゲーム開始の時の彼の呆れ顔の仕返しに、得意げに言った。


「ね? 簡単でしょ?」







 答え合わせというか、白い砂時計が尽きるまでの時間つぶしの会話。


「……何故、先に打ち合わせもなく、こんな危険な真似を……」


 いやまあ、本当はもっとちゃんと説明してからやるつもりだったよ?

 でもさ……


「針山さん、変に気が回るからこの作戦を先に言ったら『同時にタイミングを合わせるふりをして自分は割らないようにする作戦だ』って深読みしそうじゃん。あっちが同じこと考えて寸止めするリスクとか考えてさ……だから、まず石頭さんにどうにかしてこの考えに気付いてもらって、私の砂時計を先に割ってもらうしかないと思ってさ」


 ゴコクさんの砂が予想外に早く落ちちゃって、石頭さんと打ち合わせする間もなかったんだけど……その前の会話で、あの人はきっと、直前で私を助けようとしてくれそうな人だと思ったから。


 まあ、間に合うかどうかは賭けだったんだけど……


「そもそも、このルール、砂時計が空になったとき剣が『落ち』て、砂時計が壊れたとき『即座に』剣が消えるってことは、落下時間のタイムラグ分、状況をひっくり返すチャンスがあるってことでしょ? ルールを読んだときにそれに気付けば、このゲームをクリアする方法なんて簡単に見つかったんだよ。ゴコクさんは気付かなかったみたいだけど」


 私の見つけた『必勝法』の一つは、今実際にやった『両方の砂時計をほぼ同時に破壊する』方法。


 でも、もう一つ(というか、先に気付いた方)は呆れるほど簡単だ。

 『何もしない』。

 ゲーム終了を告げる白い砂時計と、赤青の砂時計に入ってる分の砂が同じ時間でなくなるなら、剣が落下し始める瞬間にゲームが終わる。ゲームが終わって剣が即座に消えるかどうかはわからないけど、白の砂時計が尽きた時点で椅子から立つことはできるんだから、剣が消えなくても避けられる。


 方法が簡単すぎて、逆に自信がなかったくらいだ。


(まあ、このゲームの目的を『二人のプレイヤーの内一人を確実に殺すこと』とかって先入観で見てたら、何もしなくてもクリアできるなんて思いつかないかもしれないけど)


 ただ、勝手に砂と剣が落ちる隠しペナルティーがあったから『何もしない』方はゴコクさんには難しくなっちゃったんだけどね。


「あ、そうだ……ゴコクさん、大丈夫ですか? 私のこと誰から聞いたのかとか、良ければ教えてもらえると……あれ? 気絶してる?」


「砂がなくなる直前に恐怖で失神していました。ギルマスに命を救われたことも憶えていないかと」


「別に、命を救ったつもりはないんだけどねー。まあ、この人も少しは反省してくれたらいんだけどさ。私達を罠にはめるつもりだったのは確かみたいだし」


「そうかい、それなら俺が後で『大空商店街』にでも差し出してやるよ。怪しいとは思ってたけど、さっきの話だと逃亡犯みたいなものらしいしな。それにしても、なんでオッサンの剣ばっかり先に落ちてたんだろうな?」


「さあ、隠しペナルティーの条件は結局よくわからなかったけど……大声とか、抵抗とかの振動じゃないなら……」


 そういえば……『ダモクレスの剣』って逸話は確か、ダモクレスって人が王様の気分を味わいたいと言って、それで王様が天井から剣を吊った椅子の上に座らせて豪華な食事を食べさせた、とかだったかな。

 いつ裏切られるかわからない、危険と隣り合わせの王座に座る気分を例えた話。


 このゲームのモデルがそれなら……


「『王座の上の剣は、王様としての姿勢を忘れた者の上に落ちてくる』ってところかな。でも、ちゃんとみんなに慕われる王様なら、剣が落ちてこようと誰かがなんとかしてくれる……そういうことなのかもね」


 他人を罵倒して、キツい口調で命令して、取り乱して……もしかしたら、彼のそういう行為が、あるいはそれを見て石頭さんが感じた不信感とかが、彼の砂時計(信頼)を揺るがしたのかもしれない。

 そして、他人のことを護るために、自分の砂時計(信頼)を失う覚悟をして、今までのものを捨てた上で新しい何かを……今回なら、協力してくれた石頭さんとの信頼関係を得る。それもまた、王様としての能力を問われたのかもしれない。


 他人を押し退けて助かろうとしたりせず、毅然と揺るぎなく、あるいは相手からも信頼を得られるように振る舞っていればそれだけでクリアできる……これはきっと、そういうゲームだった。

 










 ちなみに、白い砂時計が尽きてゲームが終わった直後、元の『時計の街』の外れに出現した私達は連絡が取れなくなって心配していたらしいイザナさんやマックスくんに見つかって勝手な行動を怒られ、何故か情報の伝わっていたらしいメモリちゃんから後日詳しい情報を説明してほしいと言う内容のメールをもらい、石頭さんの宣言通りにゴコクさんは『大空商店街』に連行された。


 で、イザナさんからナナミちゃんの無事も確認できたと聞いて一安心したんだけど……


「ここの土地、どうしようかな……」


 ゴコクさんはこんな土地はいらないと、去り際に半ば不気味なものを押しつけるように私に譲渡されたんだけど、ちょっとその後始末に困った。


 もうゲームをクリアしたし、二度と同じことはないだろうって私個人としては確信してるけど、死の危険のあるイベントの発生した土地なんてプレイヤーに買い手がつくとも思えないし……


「イザナさん、ここに例の『妖怪のお店』とか作っちゃう? もったいないし」


 曰く付きの土地だけ残ってても、周りのお店とかにも迷惑かもしれないし、イザナさんとか妖怪さん達なら噂を上塗りできるかもしれない。


「頑張ってくれた人のためにも、戦利品を有効活用するのも大事だろうしね」


 あ、それと時々私も一緒に働かせてもらっていいかな?



 私も、椅子に座って指示するだけじゃなくていつもみんなの気持ちをわかるように努力してないと、いつどこから剣が落ちてくるかなんてわからないからね。

 ゲーム攻略報酬《ダモクレスの椅子》


 いつでもどこでも、極上の座り心地の椅子を召喚できる。ただし、誰でも座ることはできるが称号『攻略者:悪政王の試練』または『攻略者:ダモクレスの王座』を持たない者が座った場合、頭上に剣が出現し、『HP保護圏内』だろうと関係なく最大HPの半分の固定ダメージを受けてしまう。





 ……実は凡百さんに『ね? 簡単でしょ?』のフレーズを言わせたかっただけだったりします。

 まあ、何もしなくても勝てるゲームなので実際かなり簡単な部類ではありますが、同時クリアは逆にかなり難しく、相手を見捨てずにクリアしようとすると一気に難易度が上がるというゲームでした。

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