乱丁22:労働精神を忘れてはいけません
私は『凡百』……脇役だ。
これは、私がまだ知らない、舞台裏の物語。
私とマックスくんが『悪政王の試練』をクリアした直後の物語。
「いくらなんでも、いきなりパーフェクトスコアでのゲームクリアなんてありえないでしょ! きっと最初から、ゲームについてなんらかの情報を……きっと、イザナ辺りがどうにかして教えたんですよ!」
メモリちゃんより幼い姿の、夜空のような着物姿の少女が訴えかけるのに対して、『悪政王』は平然と答える。
「何を言う『玉姫』。儂にはわかるぞ? あれは大きな、しかも天然の器だ。不正で勝とうとするものの居住まいではなかった」
「しかし、裏ルールのペナルティーを……『パートナーを片方が二回以上疑ったら時間内に戻ってきてもゲームオーバー』のルールを知らずに、一度もパートナーの動きを確認せずにクリアなんて……コースを10時間で踏破する方は前情報でどうにかなるものではないですが、主題の『信頼関係』の隠しペナルティが事前に知られていたら、デスゲームとしての難易度が下落します!」
「だから不正をしとった様子はないと言うに……」
「『人間こそ一番信用ならん!』とか偉そうに言ってたあなたはどこに行ったんですか!? ていうか、あなたほどの理不尽ゲームが楽勝でクリアされたというのが問題なんですよ! あちらがそれほどの器だというのなら、それを示さないとこれから作るデスゲームの難易度設定がむちゃくちゃになります」
「……では、どうすると?」
着物の女の子は、目を爛々と輝かせた。
「『追試』です。プレイヤーがただまぐれ勝ちしてしまっただけなのか、それともそういう器だったのかを試す……あなたの『もう一つのデスゲーム』を、展開してください」
それを聞いて、『悪政王』は呆れたように笑った。
「なるほどのう、前情報なしに儂のゲームをパーフェクトスコアでクリアしたのなら、イザナの知らない方の儂のゲームにも余裕で勝つはずと? よかろう、乗ってやろうではないか。儂も本気を出す前に勝ち逃げされてしまって、どうにも収まりが悪かったからのお?」
こうして、私の知らないところで、『デスゲーム追試』が決定したのであった。
……正記じゃあるまいし、なんでテストを山勘で満点取っちゃってカンニングを疑われたみたいになってるんだろ、私。
《現在 DBO》
7月13日。
『切り株の街』の(曰く付き)格安宿にて。
「お金がありません。だからちょっと、みんなには自給自足をしてもらいたいと思います」
私は意を決して言った。
少し前から、切実な問題として底をつき始めていた貯金(もちろん私の個人貯金だ。ギルドのお金はキングくんに任せてる)の残高と睨めっこしながら、いつか言わなきゃいけないと思っていたのだけど……
「……」
「そんないきなり言われても」
「……すりすり」
「コホッ、コホッ……すみません……」
「す、すいません。調子に乗って毎日毎日……」
困惑する三十体くらいの『妖怪』(『神々』含む)と、頭を下げる『妖怪』たちの『生みの親』であるイザナさん(大人モード)。
さすがにイザナさんはすぐにこの話の要点を察したみたいだけど、他の子はあんまりピンと来てない子が大いな……ていうか、アワシマさんはいつもの自分の振る舞いで気付いてほしいんだけど……
「私一人の甲斐性でこの数を養い続けるのはさすがに無理! ていうかアワシマさん浪費しすぎ!」
イザナさんの特殊能力『神生み』は、一日一体の『妖怪』(一部は『神々』とも呼ばれるもの)を生み出して使役できるという能力だ。『妖怪』は基本的にテイムモンスターに近い性質があって、私の実力不足で制御不能になりそうなものは生まないようにイザナさんには頼んでるから、戦闘能力で飛び抜けた子はあんまりいない。むしろ、ほぼ小妖怪(驚かし系の比較的無害な妖怪)の集まりみたいなもので、普通のモンスターよりも燃費はかなりいい。
だけどさすがに、『OCC』の他のメンバーならともかく、平均くらいのレベルしかない私の稼ぎじゃちょっとごまかせない数になってきた。
あ、別にイザナさんに『無計画に生みすぎ』って言ってるわけじゃないよ?
ここまで増えたのも理由はあるし。
先月中は、とりあえず数的にはそれほど維持に困ることもなかったし、ゲーム全体が緊迫した状況だったから、目くらまし程度でも身を守る力になってくれる妖怪達はありがたかった。
で、戦争の最後にはそのサポート能力を買われて、『大空商店街』から力を貸してほしいと要請されて派遣したりもした。
で、さらに戦争が終わったら今度は復興ラッシュ。私のサプライズ企画を手伝ってもらうために数を増やしてもらったし、復興現場に派遣し初めてからは要請のあった案件に最適な『妖怪』を『神生み』するようになって……いつの間にか、この数になってた。
働いて疲れて帰ってくる『妖怪』のみんなに、バイトクエスト仕込みの大鍋料理とかを振る舞ってたら、いくら一体一体が小食と言っても食費がかかるかかる……エンゲル係数も上がる上がる。
でもこのままだと、エンゲル係数以前に私の個人収入が維持費に負ける。
今この宿を使ってるのも、戦争の時に人質が閉じこめられたという曰く付きの宿で、ただ同然で泊まれるからだし。
まあ、こんな宿泊客が妖怪だらけじゃ、曰く付きとか事故物件とか関係ないレベルだと思うけど……このままだと『妖怪』のみんなが宿を移ったら次のお客が来なくなって潰れそうだな。格安の(『妖怪』のみんなも周りの住人に悪い顔をされない)宿を見つけて押しかけたときには宿屋を畳む直前って言ってたしな……
「えっと……なら、とりあえず復興の方も軌道に乗ってきたみたいですし、普段役に立たない『妖怪』は『依代』に戻しておくというのは……アイテム化しておけば、勝手に消耗もしませんし……」
イザナさんがオズオズと提案してくるけど、その提案を聞いた『妖怪』のみんなの表情が少し強張ったのを見て、それも予測してた私は即座に返す。
「却下。だってみんな、『自由時間』を結構楽しんでるでしょ?」
『依代』とは、『妖怪』をアイテム化して持ち運べるようにとり憑かせたもの。弱って活動できなくなったり実体化を解いたりすると自動で戻ってくる。昔のゲームのモンスターをポケットサイズにして収納するボールみたいなものだ。
確かにそれなら、維持にはアイテムを置く場所くらいで住むから、最悪倉庫一つあればいくら増えても問題はなくなる。
だけど……『妖怪』は、ただの機械的に命令をこなすNPCじゃない。特に言うことを聞かないアワシマさんが代表だけど、仕事がなければ遊びたい欲求はあるし、そのためにお小遣いをねだりに来たりもする。この前のサプライズ企画が乗っ取られた後のお祭り騒ぎでは、屋台で買い物をするお金をあげたら喜んで街中に散っていったし……そんな、自由に動ける楽しさを憶えさせてから、『依代』に閉じこめるなんてそれこそ酷だと思う。
「別に、遊ぶ暇もなく働いてとかじゃなくて、小食なんだし、ローテーションでもいいから少し働いて食費を入れてくれれば、とりあえず大分なんとかなるから……あと、余ったお金はお小遣いでいいし」
「でも、いきなり働けなんて言われても……ほら、人型じゃないのも多いし……得手不得手もあるしさ」
一番人型に近い部類のアワシマさんがそう言うけど、まあ私もそこを考えてないわけじゃない。
そもそもみんな、働いていないわけじゃないし。ただそれが『仕事』って認識になってないだけ。
「細かいことはこれから決めるけど……みんな大なり小なり街の復興を手伝ってるでしょ? 今まではなんとなくそこら辺の人を手伝って、その場その場で感謝料とかおすそ分けをもらったりしてたでしょ? そういうのを、善意から強要にするのは心苦しいけど……そういうのを『依頼』ってことにして、できるだけ安くしたいとは思ってるけど『依頼料』をもらうことにします。これまでの下地があれば、多分多少は残念がられても受け入れてはもらえるから……その代わり、料金とは別に私的なお金とかをもらっちゃダメだからね」
これは、キングくんに少し相談して決めた方法だ。
手伝った相手の心遣い次第だったお礼も、プレイヤーのレベル層によっては高価だったりそうじゃなかったりするし、時には力は弱いけどたくさんの『妖怪』がいたからと、不相応に高い報酬をもらってしまったりということもあった。
だけど、この方法なら依頼料を安くして『お金は決まった額をもらってるから気を使わなくても大丈夫です』ってことにもできるし、利益を出したいわけじゃないからそう嫌がられる金額にもしなくていい。
それに、今この復興が落ち着いて新しい日常が始まりかけてるタイミングなら、そういうシステムを下地にして安定した収入もできるかもしれない。そうすれば、『妖怪』が増えても、増えた分だけ収入も増えるなら数の心配もしなくてよくなる。
失敗したとしても、最悪の場合で倉庫行き……まあ、その時はその時ということにしておこう。ローテーションで『自由な日』を作れば、多少窮屈になっても楽しむときに楽しむことができるようにはしてあげられるだろうし。
でも、みんなが自由を謳歌し続けるにはやっぱり、このちょっとした挑戦が必要だ。
「それから、みんなが働くためにイザナさんにお願いが……」
話し合いの途中、声をかけたイザナさんが遠くを見るような表情をしていることに気付いた。
話を聞いてなかったわけではなさそうだけど、なんていうか、余所を向いてすごく遠くのものを見ているみたいな……無闇さんがたまにああいうことしてるけど、私は感知能力低いからわからないだけで何かの気配とかを感じ取ってるのかな?
「えっと、どうしたの?」
「あ、ごめんなさい。大事な話の途中なのに……でも、モモさんは今日は早めに帰った方が……いいえ、護ってくれる人がいるのなら『OCC』のギルドホームにでも行った方がいいかもしれないわ。この話は私が進めておきますから」
……なんか、不穏な空気みたいだ。
こういう場合は、素直に従った方がいい。話を進めておくとまで言うのなら、私はなるべく早くギルドホームに向かった方がいいのだろう。
理由を話さないのは、根拠がなくて説明できないからじゃなくて、説明する暇も惜しいからかもしれないし。
「……わかった、じゃあ後のことはよろしくね」
一応、外用の装備に切り替えて部屋を出ていこうとする私に、イザナさんは少し迷ったような仕草をした後……こう言った。
「モモさん、『夜』になったら出歩かないようにしてください……女の子の一人歩きは危ないですからね」
最後の部分は付け加えたみたいな感じだったけど、私を心配してのことだろうから……詳しく説明できない理由があるとしても、とりあえずそのまま受け入れよう。
「うん、そうだね。まだ物騒だし、戦争が終わっても危ない人がいなくなったわけじゃないからね」
そして、その日の夜。
ギルドホームで時間を過ごしていた私は、少し困ったことになっていた。
「メモリちゃんも無闇さんも、今夜は無理かー……エリアダンジョン攻略の協力じゃ呼び戻すわけにもいかないしな……」
「ではやはり、私はいない方がいいのでは?」
私と一緒にギルドホームにいるのは、銀髪燕尾服という人を選ぶファッションをなかなかの完成度で決めている紳士、針山さん。物腰が低めで貴族より執事寄りだけど、彼はこれが基本姿勢だ。
今もさり気なく簡単な夕食を作ってくれてるけど、彼は私に仕えてるわけじゃないし、彼にとっての普通の気配り範囲なのだと思う。
そして、このギルドホームから出て行こうかという提案も気配りなんだろうけど……
「うーん……できれば居てほしいんだけどな……」
「私は構いませんが、部屋など他にありませんし……」
イザナさんの最後にかけた言葉が気になる。
その前にギルドホームのことについても他に誰かいるならって感じだったし、言ってたことを併せると、『今日は夜に一人にならない方がいい』って言いたいみたいだっけど……なんで、遠まわしに伝える必要があったのかな?
いや、普通に『夜は危ない』なんてデスゲームの一般論だし、前後の会話から私が深読みしただけならいいんだけど……普通に道案内NPCやってたときから彼女のそれとない誘導は頼りになったから、ちょっと無視する気になれないんだよね。
ただ、ここに泊まることにして、偶然コーヒーブレイクしていた針山さん以外のみんなの予定を確認したら、みんなすぐには来れないみたいだし(緊急SOSなら来てくれるかもしれないけど、根拠のない不安で呼べないくらいには忙しい)、特に私以外の女子メンバー(メモリちゃん、無闇さん)はギルドのチャットにダンジョンに深く潜るからしばらく音信不通になる旨が書かれてた。
つまり、『OCC』のギルドホーム(内部屋なしの掘っ建て小屋)で男の人(針山さん)と二人きり。
……いや、別に私は男性恐怖症とかって設定ないし、彼のような紳士が寝てる女子に変なことするとも思ってないよ?
でも、ここで軽々しく『気にしない』って言っちゃっていいのかな? それはそれで男の人には失礼じゃない?
それに、多少は気心が知れてるとしても男の人の前であんまり無防備に安眠しちゃったら、それって女の子としてどうなのって話だし、逆に寝ないで警戒するのは針山さん信じてないみたいだし、逆に『不安だから私を守って』とかって言うのはなんか変な誘いをかけてるみたいになるし……
「……やはり、私がいたら安眠はできませんね。では、私は小屋の外に出るとしましょう。ご安心ください、フィールドで野宿くらいは日常茶飯事ですので」
「針山さん気が利きすぎ! 違うの! そんな外に追い出すほど警戒してないから!」
いくらなんでも針山さんを追い出して自分だけ小屋の中とか、逆に安眠できない。
しかも多分だけど、針山さんは外に出たら野宿どころか朝までドアの前で立ってそうだし。この人平気で自分をいじめそうだしな……
針山さんは私が考えてる以上に変に気を回しそうだし、誤解のないように上手く……
「あー……いや、私一人で考え込んでるからかな。私はあいつじゃないんだし、相手がどこまで考えるかなんて読めないしな……」
「……?」
一度落ち着こう。
つい三日くらい前、私は決めたんだ。ギルドマスターとして、みんなをちゃんと信じて、頼るべき時はちゃんと頼るって。
針山さんとは、あんまり深い会話をしたことはないけど……今までなかったなら、今から話そう。会話が弾んで夜がいつの間にか過ぎててくれたらいいなくらいのつもりで。
「針山さんとは……あんまり、話したことないよね。ギルマスとして情けないけど、私は針山さんのこと何も知らないし……だから、失礼だってわかってるけど、一応質問させてくれる? 針山さんは、目の前で私が無防備に寝てたら、とりあえずどうするかな?」
「そうですね……まあ、特に異常がなければそっとしておきますが。それとも、そこは『手を出さないのは失礼なので悪戯くらいします』と答えるのがマナーでしたか?」
「いや、別にそういう裏の意味みたいなのはないから。うん、特に変な気を回さなくていいからね? 正直に答えてくれていいから」
「はい、了解しました。ギルマスが寝返り一つで奈落の底に落ちそうな崖っぷちで昼寝をしていようと、そっとしておくことを誓います」
「いやそれは気を回して! そんな状況ないとは思うけどさすがにそれは何とかして!」
思わず突っ込んだけど、今のは針山さんなりのジョークだよね?
話してみたら案外気さくで話しやすい。いやいや良かった、うん、本気じゃないよね? 真顔だけど、それも含めて冗談だよね?
それ、ホントにやったら悪戯で済まないよ?
「はあぁ……私、悩んでたのがバカみたい。そうだよね、針山さんみたいな人が寝てる女の人に変なことするわけないし。針山さんは大人だし、紳士だもんね」
針山さんはモテそうだし、そういう相手がいたとしても、きっとこんな普通なだけの私より大人できれいなお嬢様みたいな人なんだろうな……あ、そういえば針山さんは本当に『お嬢様』に仕えてるんだっけ?
そっか、じゃあ別に変なこと気にする必要なかったじゃん。私なんて眼中にないだろうし。
「針山さん、私は今日ここに泊まるつもりだけど、ちょっと不安だから一緒に泊まってくれない? 一応、寝袋くらいストレージにあるし、端っこの方で寝てるから」
この小屋は机と椅子代わりの木箱を端に寄せれば二人や三人楽に寝れるスペースはある。私は寝相がそこまで悪い訳じゃないし、場所的にはどうにかなるはずだ。
「かしこまりました。では、私は机をバリケードにして出口側で寝るとしましょう」
「……あれ? バリケード? いや、『相手にされないならこっちから迫ってやる!』みたいな展開はないからね!? ていうか出口の方って侵入者を見張ってるっていうより私から逃げる準備っぽく聞こえたんだけど、気のせいだよね!? 私は一般的な女子としての防衛を考えただけだからね!?」
「はあ、そんな心配を……。しかし、失礼ながら言わせていただければ……襲われる心配をしたいなら、もう少し可愛くなってからにしてください」
「失礼っていうか無礼!? 慇懃無礼!?」
「具体的には、背丈をあと15cmは縮めてバストはあるかないかくらいにしていただかないと、頼まれても襲いません」
「私って身体測定でごく平均的な体格なんですけど!? その注文の仕方だとどう考えても犯罪的なシーンを連想しちゃうよ!!」
「しかし勘違いしないでください。もしも仮にあなたがその条件を満たしていたとしても、それだけで相手にしてもらえると思われるのは心外です。中身が伴っていなくては。強いて言えば、食事に嫌いな食べ物が入っていればナイフとフォークを投げつけて文句をお言いになるような元気で強い主体を持った性格が望ましい」
「紳士は紳士でも変態紳士か!」
私は頭を抱えた。
目の前には、針山さんの作った料理が並べられる。
うわー、おいしそうー……食べてから話をきり出せばよかった。
ていうか、えー……ねえ、冗談だよね? ネタばらしのタイミングだよ? 料理を並べながら『と、言うのは冗談です』とかって言うタイミングだよ?
なんで普通に自分の分も用意して席に着いてるの? これ、一世一代のカミングアウトじゃないの?
「……いや、ここは逆に考えるんだ。『針山さんが小さい子が好きでよかった』と……それなら、私に一般的な魅力がないわけでもないし、一緒にお泊まりしようと何も問題はない……うん、とりあえず今は思考停止で乗り切ろう……」
「不躾ながら、ギルマスの女性としての魅力は容姿に限って判断するなら平均程度かと。不細工な部分はこれといってありませんが、特別美しいパーツがあるわけでもありません」
「不躾どころじゃないよねその指摘! ていうかさっきから聞いてて不安になったんだけど、メモリちゃんとか変な目で見てないよね!?」
「ご安心を。メモリのような主体性のない『道具』には同族嫌悪すら抱きますが……そこは、『性根より利便性』ということで割り切っていますので」
「うわっ! このギルド意外にギスギスしてた!?」
ていうか、メモリちゃんと針山さんって仲悪かったの!?
しかも嫌いな理由が『同族嫌悪』って……理解を拒んだり否定してるわけじゃないぶん、逆に決定的な溝が垣間見えてる気がするんだけど……
「は、針山さんってさ……意外と、ズケズケ本音を言うタイプだったんだね。もっとなんか、ことなかれ主義みたいなイメージがあったけど……」
「『正直に』という話でしたので。それに、そもそも私はギルドメンバーとしてはギルマスに従いますが、私はあなたにお仕えしているわけではないので、不快にさせてしまわないように気を回すつもりもありません」
「いっそその割り切り方が清々しい! こんな慇懃無礼な紳士本当にいるんだ!?」
針山さんはやっぱり結構上品に食事を口に運びながら、あっさりと私の抱いていたイメージと芽生えかけた偏見を同時に否定する。
「言っておきますが、別に私は幼女趣味があるわけではありません。元から、女性全般には敬意を持つように心がけています。しかし、以前少々たちの悪い『詐欺』のようなものにかかりそうになりまして……それ以来、あからさまに見栄えのいい、人に好かれやすい『美女』というものは、『人と人』との関係ならともかく『男と女』のような意味での意識を持つことがなくなりましたね。これは私の抱える欠陥とも言えるかもしれませんが、だからといって直す気も、必要性も感じません」
長く生きていれば、それだけいろんな体験もするし、それだけトラウマとかも抱える……そういうことだろう。
大人になるほど完璧になれるわけじゃない。
自覚していても、ふりほどけない認識や偏見もある。
(そういう、自分の欠点を堂々と口にできるっていうのは……ある意味、信頼してくれてるってことなのかな?)
私が思っているほど、彼は彼自身を完璧だとは思っていない……それを『正直に』教えてくれる針山さんは、そうすることで私と『対等』の立場を示してくれてるんだと思う。
この二人きりの空間、ギルドマスターとギルドメンバー、大人の男とまだ青い子供、そんな不安定な空間の中で、媚びない姿勢と自分の弱点を見せることで均衡を保っている。
私が怒ったり引いたりする瀬戸際を見定めて、空気が壊れないようにしている……やっぱり、針山さんはそこらへん、いい意味で大人だ。
「だから、あなたは私にとってただの『人』……いくらでも、どこにでもいるただの『人間』です。正直に言えば、以前ギルドマスターとしてあなたを受け入れた時にも、特別な理由などなく不都合はなさそうなので賛同しましたが……今は暇を貰っていますが、私の本来の仕えるべき方があなたを不都合とすれば……いえ、場合によっては私自身の判断でも、あなたを裏切るでしょうね」
「そう……針山さんが私をギルドマスターとして認めたのは、要するに『誰でもよかったから』なんだね? それで、いざとなったら代わりは利く……というより、針山さんにとっては、その本来の主従関係のためならこのギルドへの所属だって、大きな問題にならない……だったら、針山さんは今どうして……ううん、どうして『ギルドに入ろう』って思ったの?」
「そうですね……あのご老体の誘いというのもありましたが、ひとえに『労働精神』という部分が強いですね。社会貢献のつもりとも言えるかもしれませんが……私が敬愛する方にお仕えするのは、ただのわがままであり生き方ですから、仕える相手は理屈や益で決めませんし、その勝手を通している分として申し訳程度の社会貢献はしますよ。『OCC』は私がゲーム攻略に貢献するのに効率がよかったですし」
「……」
ホント……割り切れてるっていうか、吹っ切れてるっていうか……私なんかの質問くらい、いつでも答えられる用意はできてるみたいだなあ。
まあ、私も不意をついて針山さんを変えたいわけじゃないけどさ……なんか、『誰でもよかった』って言われるとギルマスとしてのモチベーションみたいなものがさあ……
私の表情を見たからか、針山さんが宥めるように言う。
「すみません、『正直に』とは言われていても、『余計なことまで』話すように言われていたわけではありませんし、適度に聞き流してください。要するに……今のところ私は、あなたに害をなすような興味も理由も持たないし持ちえない。しかし、ギルドメンバーとしてある程度真面目に命令を聞き、あなたも護る程度の義務感も持っているということです。あなたはただ、気楽に王座に居座っているだけでいい。その方が、私も楽ですから」
「……」
私が、それに対して何か少しでも言い返すべきか考えていると……
コンコン
そうやって、ギルドホームのドアを通じてノック音が響いた。
『OCC』内の針山の好感度リスト(1~10)
マックス(4)
「嫌いではありませんよ? あの真っ直ぐさは眩しく感じますが」
メモリ(1)
「本編以上に掘り下げるつもりはありません」
闇雲無闇(7)
「分別のある猛獣といったところでしょうか……女性としてではないですが、可愛いとは思いますよ」
キング(7)
「無闇さんとは逆に呆れるほどの人間らしい狡猾さは、いっそ清々しく頼りになります……味方の内は」
凡百(6)
「正直平凡すぎて良くも悪くも評価し辛いですが、まあ無闇さんを戦線復帰させた手腕はプラスにしてもいいかもしれません。まぐれかもしれませんが」
(ジャックは10です)
今後変更されていく可能性もあります。




