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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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287/443

264頁:特集『音量注意! 保管室のスニーキングミッション!!』

 今日は久々にギャグテイストです。

 あと、次からしばらく鎌瀬はお休みします(=あの人の活躍です)。

『却下だ。せめてもう一人、ギルドでの経験の長いプレイヤーをいれろ』


 原因は、ミリアからのこんなメールだった。

 いや、これを原因というのはお門違いかもしれない。

 そもそもの発端は、ミリアから指示されていた新設部署『特別犯罪対策室』を作るために必要な人材が見つからない鎌瀬が、近々ギルドメンバーになる新人二人を(協力を強制されたし下手に正体を漏洩されないために監視したかったので)部署のメンバーに加え、それをギルドの上申メールでミリアに申請したことだった。


(『4番』の代わりに七草が新規メンバーになるって話だったから、こっちは問題ないと思ったんだけどな……さすがに、信用のおけるメンバーを監視に置きたいのは当然か……)


 『4番』消失の原因とも言えなくもない七草がどうやってその枠をリリスから手に入れるかは鎌瀬にはわからないが、七草には一応強力な後ろ盾(所有者)がいるので、下手に触れないことにした。

 しかし、ギルドメンバーになったとき、人ならざる人外『七草楔』と『サキュバス』の『11番』は絶対に浮く。というより、彼女達は人間の中に適応するために鎌瀬を利用しようとしているのだ。ならば、いつも世話をやける立場を作っておかないと困る。


 お節介とかではなく、スパイであるという弱みで協力させられている鎌瀬はどちらか一方が捕まっただけで芋づる式に正体が露顕しかねない。


 だが、そうなるとミリアの指定した『ギルドの経験が長いプレイヤー』……つまり、『ミリアがお目付役としてある程度信用できるプレイヤー』には、細心の注意を払う必要がある。

 鎌瀬達がスパイだということに最も気付きやすい立場になるプレイヤーであり、それに気付けばミリアに密告できると確信される信頼があり、そしてその上で実際は『鎌瀬達を裏切らない』プレイヤー。


 残念ながら鎌瀬には、そんな心当たりはなかった。

 友人の三角(ミヅノ)定規(サダノリ)や、同じ三下メンバーも考えはしたが、巻き込むのは気が咎めた。


 そこで思い立ったのが……『古株メンバーの弱みを握る』という方法。鎌瀬達の行いを密告すれば、弱みが明かされるというお互いに弱みを握り合った状態を作ることだった。


 そのために、鎌瀬は元『攻略連合』メンバーのABにその手の弱みのありそうな古参メンバーの候補を聞き、ギルド初期の統制の緩い時期に横領まがいの経費の使い込みの噂があったことを知り、ギルドの古い記録の残る記録保管室に侵入することにした。



 鎌瀬にとってはかなり『厄介』な状況がそこに待ち受けているとは……予想していなかった。










《現在 DBO》


 8月17日。12時31分。

 『攻略連合』ギルドホーム『騎士の城』にて。


 『盆休み』の最終日、鎌瀬はギルドメンバーとしては休日中なのにも関わらず、ギルドホームに来ている。これは、急な呼び出しや休日返上の任務ではなく、犯罪組織『蜘蛛の巣』のスパイとしての侵入だ。


 本当は昨日までの疲労もあるしちゃんと休みたいところではあったのだが、休みのメンバーが多くてギルドホーム内の人口密度が低いこのタイミングを逃したくはなかった。

 鎌瀬は正規のギルドメンバーであり、高い『聴音スキル』と『隠密スキル』を持ち、さらに『止まった時』を移動できる。人の目が少なければ、誰にも見られずに内部構造を知り尽くしたギルドホームに侵入するくらいはわけがないのだ。


 特に今は昼食時、人の動きが予測しやすい時間帯なので、鎌瀬の侵入は順調だった。


(俺は休みの日だからな。後で侵入の痕跡が見つかったとき、休んでたはずの俺が目撃されてるとややこしくなる。逆に誰にも見られてなければ、侵入者候補からは外される。見つからなければ大丈夫だったはずだ……)


 古い記録が残された『記録保管室』は以前ミリアに案内された『資料管理室』とは違い、整理され終えてまとめられた書類が保管された部屋だ。改めて整理しなおす必要はなく利用者も少ないため、保管室には鍵がかかっていて普段は誰もいない。記録が追加される時も、ファイル型をした保管アイテムに大量の書類がまとめられて一気に運ばれるため、そもそも部屋を開ける頻度が少ないのだ。

 しかし、鎌瀬には抜かりはなかった。


 鍵は合い鍵を持っている。

 これは誰かのものを失敬したわけではなく、自分で作ったものだ。何か理由を付けて鍵を借りてその記録を残すのはよくないので、以前保管室に入ろうとしていたギルドメンバーを見つけたときに、『止まった時』の中で接近し、鍵穴に刺そうとしていた鍵に『手品スキル』で手のひらの隠しストレージに仕込んだ粘土で鍵を挟んで型を取っておいた。後は『偽造スキル』で合い鍵の一つくらいお手のものだ。


 鎌瀬はスパイとして、同じ方法でいくつかの部屋の鍵を作っている。シャークに教えられたテクニックだが、その際に教えられたとおりに部屋に先客がいないか入念に確認し、侵入した。


 部屋の中は大きな本棚が立ち並び、作業人数を二人、三人程度に想定した『資料管理室』よりも二回りほど大きかった。『資料管理室』が一時保管庫に近い意味合いを持っていたことから考えて、この規模は妥当なところだろう。死角は多いが窓はなく、外から見られる危険もない。


 鎌瀬はドアの横に設置された部屋の明度を上げるランプに伸ばしかけた手を止め、ストレージから手の平サイズの小さな棒状のランプを取りだす。ABの作ったもので、明度の上がる範囲は狭く時間的にも長くは保たないが、とっさに光を隠したいときは握り込めばいいという、こそ泥をするのにはうってつけのアイテムだ。

 鎌瀬は足音を抑えて静かにギルド初期の記録を探す。


 そして、ABの言っていた横領の噂のあった時期の資料がまとめられた区画を見つけ、手を伸ばしたとき……鎌瀬の『聴音スキル』が、部屋の外から鍵穴に鍵を通す音を探知した。


(なっ、このタイミングで誰か来た!? ドアが開いた瞬間に『TW2Y』で逃げるか!? いや、こんな部屋の奥からじゃ15秒使っても気付かれずには……)


 ドアの前に行くまでなら問題はない。

 しかし、ドアから入ってくるプレイヤーを避けてドアの外へ出るのは難しい。『止まった時』の中ではドアを動かすこともできないので、ドアの開き方によっては、入ってくるプレイヤーの目の前で立ち往生してしまう。


 鎌瀬は光源を握り込み、息を潜めて本棚の陰に隠れた。今はギルドの制服を着ているが、明かりもつけずにコソコソと記録を漁っていたと知られたらマズい。何せ、あちらは本物の鍵を持っているのだ。『どうやって入ったか』と追及されれば答えられない。


(こうなったら……あっちが出て行くまで、隠れてやり過ごす!)


 こうして、鎌瀬の受難が始まったのだった。




 鎌瀬は『聴音スキル』で聞き耳を立てる。

 接近される気配がわかるように、その素振りが先にわかるように、神経を研ぎ澄ます。


 すると、思っていたより幼い声が聞こえてきた。


「えーと、あれは……N-235ですね」


(この声……確か、資料管理室にいた……『不知火(シラヌイ)白亡(シラナイ)』?)


 小学生か中学生程度の歳で、報告書で溢れかえる資料管理室を任される少女『不知火白亡』。

 子供ながらもギルドメンバーから提出されて整理を待つ書類を管理する資料管理室の室長なら、この保管室へ来る理由もいくらでも想像できる。


 しかし、よりにもよってタイミングが悪すぎる。

 彼女は鎌瀬と顔見知りだ。ここで不審者として顔を憶えられるのは困る。


(今は確か、N-25って言ってたか……だったら、まだ遠いな)


 本棚の高さは2m程度。配置は、壁にはめ込まれた両端を加えて七つ、入り口側の壁との間に一人一人入れる通路があり、本棚の間は二人がすれ違う時に少し肩が触れる程度。壁の中央のドアの横、ランプの反対側には作業用の小さな机があり、その部分の空間を空けるために本棚の一つは幅が少し狭くなっている。この部屋が作られるときに記録保管室という部屋の役割はそれほど重要視されなかったのか、複数人が同時に動き回るには狭い構造になっているのだ。

 Nのファイルがある棚は丁度真ん中あたり、ドアの真正面。

 鎌瀬がいるのは、部屋の角のAのファイルがある場所だ。


(『TW2Y』でドアの前まで突っ走るだけならすぐできる。でも、『止まった時』の中で動いた分だけクールタイムがあるから、その間に見つかる可能性もある。普通にドアを開けたら音がするから、気付かれずに出るにはドアに触れてから『TW2Y』を発動し直さないといけない……できれば、Zの棚に行ってくれたらその隙もできそうなんだけどな……)


 一番いいのは、必要な記録を見つけてすぐに帰ってくれること。そうすれば、その後で鎌瀬も脱出できる。鎌瀬の『聴音スキル』なら、部屋から出る瞬間を目撃される距離に接近しているプレイヤーがいないかはドアの前で耳を澄ませばすぐわかるのだ。


 今は、シラヌイが立てる軽い足音が聞こえている。

 Nのファイルのある区画へ歩き、目当てのものを探して書類を抜き出し、入り口の方へと戻る。


 しかし、ドアを開けることはなく、作業台に書類を置いて別の紙に何かを書き始める。


(なるほど、記録の紛失を避けるために直接原本は部屋から出さずに書き写してるのか。確かに、それが正しい保管室の使い方だ。正しいけど……今はその正しさがキツい!)


 よりにもよって、作業台はドアの目の前なのだ。

 作業台で書類を書き写すシラヌイに気付かれずにドアを開けるのは不可能だ。




 数分して、シラヌイは作業台から立ち上がった。

 どうやら、書類の一部が必要だっただけらしく、書類を元のファイルに戻しにいく。

 そして、ドアの前に戻って……


「えっと次は……A-59でしたっけ」


(え、A!? ヤバい、こっち来る!!)


 シラヌイの足音が近付いてくる。

 鎌瀬を隠す本棚は後、三つ……二つ……一つ……


(『TW2Y』!)


 鎌瀬はシラヌイが最後の本棚を通り過ぎる直前で『止まった時』に入り、壁側の本棚を踏み台にして跳んだ。そして、一つドアに近い本棚の向こうに着地し、その音を『存在しない5秒間』の中に置き去りにして動きを止め、気配を殺す。

 5秒程度で移動できるのは本棚一つ分が限界。タイミングが早すぎれば、シラヌイに出現の瞬間を見られてしまう。ギリギリのタイミングを狙うしかなかったのだが……


(EPは残り約五割……でも、シラヌイが作業台に戻る時にもう一回『TW2Y』を使うことを考えたら、残りが四割程度になる……部屋の端からドアに行くにはどうやっても、『15秒』は必要になる。ドアを開けるのにさらにもう一回……いや、シラヌイは資料を戻しに来る! 本棚を越えるのには『5秒』必要だ! この方法じゃ見つかる!)


 侵入の過程で何度か固有技を使っている。

 鎌瀬の固有技は消耗するEPの調節が利くものの、通常は最大値の一割を消費する。回復するにも、隠れながらポーションや食料を摂取するのはリスクが高い。多少の動きや物音は遠くのモンスターの気配で誤魔化せるフィールドとは違い、ここは『室内』なのだ。


(この明るくて物の配置が整った部屋じゃ『隠密スキル』を使っても視界に入ればバレる! 今の内にどうにかしないと……そうだ、あれなら!)


 シラヌイがファイルから書類を抜き出し、また作業台に戻ろうとし始める。


 そして……



 フッ……と、明かりが消えたかのように部屋の明度が大きく下がった。



「ひゃっ……ランプの明かりが……消えた?」


 シラヌイは、壁側の本棚に手を触れ、壁伝いにドアの前まで歩いていく。そして、ドアの横に設置されたランプに触れ、スイッチを入れるが……


「つ、つかない……オイルがきれたんでしょうか?」


 外からの光を取り入れる窓や解放状態のドアなどがない室内は照明アイテムで視界の明度を調節できる。だが、それらは永続効果の付加されたマジックアイテムでもないかぎり、大抵は燃料を消費し続ける。

 燃料が尽きて消えるときは一時的に明度が不安定になったりすることがほとんどだが、前触れなしにふと消えてしまうこともないわけではない。


 だが、もちろんこれは鎌瀬が極端に運が良かったわけではなく……


(よし、上手く行った! ランプの火が消えたぞ!)


 『T(タイム)R(ルール)L(ルーズ)P(ペース)D(ダウン)』と『TW2Y』での、15秒間の行動。しかし、技の発動時に最初から触れていないドアやランプを直接動かすことは出来ない。

 だが、鎌瀬が持ち込んだものなら、自由に移動できる。


(ランプの隙間から消火剤を直接ぶち込んでやった! これなら、一度ランプを開けて着火点をふき取らない限り、火はつかない! 暗くて作業が出来なくなれば、換えの燃料を持ってくるために一回部屋を出るはずだ! その間に本当は残ってる燃料を抜いて中を拭き取れば証拠は残らない!)


 先日の『沼男(スワンプマン)』との戦闘で炎上ダメージの苦しさを知った鎌瀬が装備に仕込んだ粉末消火剤入りの煙玉。それを『止まった時』の中でランプまで駆け寄って投入し、戻ってくるシラヌイに見られないように入り口から見えない位置、Aの区画がある本棚から数えて5番目と6番目の本棚の間に駆け込んだ。


(さあ、暗いだろ? 怖いだろ? さっさと部屋を出ろ!)


「こんなに暗くては作業が……しかし、こんなこともあろうかと……」


(……え?)


「タララテッテテーー♪ ラーンーターンー♪」

(うぉい!? 素直に帰れ!! しかもなんで秘密道具っぽい出しかた!? 一人だと変なテンションになるけども!! 空元気か!?)


 シラヌイは携帯可能なサイズのランタンを作業台に乗せ、記録を写し始める。ランタンは部屋全体を照らすほどの性能はなく、作業台の周りの範囲だけが明るくなっている。


(くっ、すぐには出て行かないか……だけど、これだけ暗ければ俺のスキルで影の中に隠れてればそう簡単には見つからない。後は物音さえ立てなければずっと楽なはずだ)


 焦らずチャンスを待つことにした鎌瀬の耳に、『バサリ』という、何かが落ちる音がした。おそらくシラヌイにも聞こえるような音量だが、鎌瀬の出した音ではない。

 シラヌイの方へ集中していたので正確な位置はわからないが、まるで本棚から勝手に本が抜け落ちたかのような……


「ひゅあ!?」

(うわびっくりした! てかさっきから悲鳴わりと可愛いな性格は小生意気なくせに!)


 シラヌイが驚いたように辺りを見回すが、ランタンの近く以外は暗くてよくわからないだろう。


 しかし、暗くても高い『暗視スキル』で周りが見える鎌瀬にも、音の原因はわからない。

 とりあえず様子を見ていると、『ズリッ ズリッ』っと、床を何かが引きずられるように移動する音が響いた。


 そして、それは段々と……鎌瀬の方へ、近付いてくる。


「そ、そういえば……保管庫には、へ、変な噂がありましたね……」


 鎌瀬は、ようやく自分の視界に現れた音源を目撃した。

 それは『本』だ。それも、古めかしい皮作りで、しかもハードカバーの表紙と裏表紙に牙のようなものが生え、表面の皮が全体的に動いて自らの重さを引きずるように移動している。


(あれはアイテム……いや、モンスターか? アイテムに擬態して、手に入れようとしたプレイヤーを襲うミミックタイプの……何で俺に……)


「確か……『記録を粗末に扱った人に襲いかかる、オバケの本』でしたっけ。粗末に扱った憶えはないですし……大丈夫、ですよね……」


 『オバケの本』は、ジリジリと鎌瀬に近寄ってくる。その表面にしわが寄って、獰猛な獣の表情に近いものを形作る。


(え、ちょ、俺も粗末にした憶えないよ? ちょっと昔の記録を見ようとしただけだろ? てか、噂とか怪談どころか実際に目の前にいるし……あ! まさか記録保管庫の無断使用に対するセキュリティー!? てかこいつ……)


 しっかりと本を視認した鎌瀬の目に、モンスターとしてのキャラクターネームが表示される。


 〖人皮装丁本 LV130〗


「仮に……そういう呪いの本とかがあったとしても、人を驚かすくらい、ですよね」


(つよっ!? 驚かすだけとかじゃねえよ!? てか俺よりレベル高いし!?)


 『オバケの本』が獲物を見つけたと言うかのように牙をむき、飛びかかってくる。

 予想以上に速い。高いレベルは伊達ではないらしい。


(俊敏すぎるだろ!! どこの魔法学校の教科書!? 『TW2Y』!!)


 次の瞬間、鎌瀬は本棚の上に退避していた。

 部屋の明かりがついていれば、こんな影で部屋のどこからでも見つかりかねない場所へ逃げることは出来なかったが、部屋の明かりが消えていればシラナイの位置から見つからないだろう。


(危なかった……ダメージはなくても、あんなのと戦闘とか物音立てないように気を使いながらとか無理だし、ここまで高く上がればさすがに……)


 安心し、音のない溜め息を立てた鎌瀬の目の前に……



 『オバケの本』が現れて、意識が弛緩して本棚の上からはみ出ていた右足にかぶりついた。



(ぎゃあああ!! 2m垂直跳び!? てか噛みつきムッチャクチャ痛え!?)


 鎌瀬が痛みに身じろぎして『オバケの本』の背表紙が本棚にぶつかって音を立てる。

 慌てて痛みをこらえるが、それなりに大きな音がしたのは間違いない。シラヌイに気付かれないはずはなく……


「ひゃっ!? まさか、噂は本当に……」


(ぐわぁああ!! もう何でもいいから、怖がって出て行ってくれ!! ガマンの限界が……)


「い、いえ! そんなはずはありません! き、きっとあれですよ……ラップ音とか、家鳴りとか……こ、怖がってなんていないんだから!」


(どっちにしろ超常現象だろ!! そこで意地を張るな!! 子供は子供らしく大人に泣きつきに行け!!)


「も、もう小学生じゃないんだから、こんなことでへこたれません! オバケの本なんてありません! メルヘンやファンタジーの世界じゃないんだから!」


(メルヘンやファンタジーのVRMMOなんだよこの世界は! 普通に今ここに実体を持って実在してるんだよ『オバケの本』!)


 鎌瀬はもう多少の音が出るのも仕方がないという思いで、脚に噛みついた『オバケの本』の口を開けて脱出しようとする。しかし、一応それなりの防御力があるはずの『攻略連合』のズボンの生地をしっかりと貫通した牙は太股に食い込み、音を立てないように気をつけているとは言え前線級の筋力を持つ鎌瀬の全力でもなかなか外せない。


(くっ、伊達にレベル130とか表示されてない! こうなったらナイフで『殺す』か? いや、これがセキュリティーとして上層部が配置したトラップなら侵入の痕跡に……あれ? 力がゆるんで……)


 噛み付く力が弛み、外すチャンスかと思った鎌瀬は……次の瞬間、声をあげそうになった。


(こいつ!? ズボンに守られた脚から素肌が剥き出しの手に狙いを変えやがった!! ぐぁああ!!)


 右手に食らいついた『オバケの本』を振り落とそうと、腕を大きく振り回す鎌瀬。当然、その動きの気配もシラヌイに伝わったようだが……


「あ、あれですよ……大きな蠅とかネズミが、小動物とかがいるだけです。もうすぐ書き終わりますし、怖がる必要なんてないですよね……あははは」


(こんなデカい小動物がいてたまるか!! もうこの本投げつけてやろうか!)


 思えば、派手に音を立ててもこれがセキュリティーとして配置されたモンスターなら全部押しつけてしまえばいいだけだ。鎌瀬は左手の袖口からナイフを取り出し、自分の指を切断することも辞さない覚悟で『オバケの本』の口をこじ開けようとして……


「おっわりましたー! さーて、早くファイルに戻して帰ろっと!」

(あ、ちょ、今!? ランタン持ってくる!? 直接見られるのはマズい!!)


 鎌瀬は光を反射するナイフを袖口に収め、本棚の上に伏せる。鎌瀬が今いるのは中央近くの本棚、シラヌイが書類を返しに行くのは端の方の棚だ。最初と最後の通過だけやり過ごせば……


「あ、あれ? どうしてこのファイルがこっちに……Pの棚に戻しておかないと……」


(Pの棚……ここじゃねえか!? 誰だよ適当な場所にファイル戻したやつ!! 空気読め!! そしてシラヌイ! ほっておけば後で戻しといてやるからそのまま帰ってくれ!)


 近付いてくる足音と明かり……鎌瀬はEPの残量的に残りの使用回数が少ない『TW2Y』で緊急退避をしようと目論むが……その直前で腕が本棚に引っかかった。いや、引っかかったというより……


(な、なんだと!? 『オバケの本』!! なぜ表紙を本棚に貼り付けてガッチガチに強ばっている!? まさかさっきナイフで攻撃しようとしたから防御態勢に入ってるのか!? てか噛みついたまま強ばるな!! よけいに食い込む! あ、やば、うわぁああ!! 見つかる!! ヤバい!! どうにか……)



「あ、あの……カマセ、さん? 何やってるんですか?」



「……オバケ、退治?」

(終わった……)


 自分を見上げて首を傾げるシラヌイを騙すには、あまりに無理のある言い訳だった。 










 後日談……というか、今回の裏話(オフレコ)。 


 鎌瀬にとっては通常のギルド任務の数百倍の精神的疲労が積み重なり、むしろ何故か妙な解放感を覚える三連休開けの8月18日。

 珍しく遅刻せずに、むしろミーティングよりだいぶ早く出勤した鎌瀬は、ミリアに指定された部屋で待機しながらため息をついていた。


 意外にも、鎌瀬の記録保管庫への侵入は、ギルドから咎められることはなかった。

 というより、その記録保管庫の新しい記録として鎌瀬の記録が残されることも、そもそも報告書が上層部へと届くこともなかった。


 何故なら……


「クフフフフ、それにしてもあの時のカマセさんの顔、オマヌケでしたね!」


「チクショウ……小生意気どころか性悪だぜ、シラヌイさんこの野郎」


「はてさて、何のことでしょう? カマセさんが勝手に騒いでただけでしょ? わたししーらない」


 何故なら、『不知火(シラヌイ)白亡(シラナイ)』が鎌瀬の行為をギルドに報告するほどの忠誠心がなかった……いや、もっと言えばそもそも今回のことについて、『全てが始まる前から』上に何も報告するつもりがなかったから。




 あの時、見つかった鎌瀬と数十秒見つめ合ったシラヌイは、今と同じように笑った。


『クフフフフ! スパイ映画の人達を見習ってくださいよ、そんなコメディー映画みたいなかっこう、ウケ狙いですか?』


 彼女は最初から鎌瀬がスパイであることを知っていた。そして、素知らぬふりをして、鎌瀬がスパイ行為をバレまいと足掻くのを楽しんでいた。

 彼女は、鎌瀬に食いついていた本に気安く呼びかけた。


『「人皮装丁本(フェイスブック)」、あなたの「臭い」を追跡させました。この子はわたしの固有技ですよ』


 『オバケの本』は鎌瀬に執念深く食いついていたのが嘘のように手を離し、シラヌイの手の中に収まってただの本のようになった。

 そして、シラヌイは本を帽子に見立てて頭の上から背中へ運び、深々と頭を下げた。


『改めまして、「教会(ディストピア)」から参りました、潜入工作員、コードネーム「アンノーン」こと不知火(シラヌイ)白亡(シラナイ)です。我らが「本体」の意思と興味に従い、あなたの正義の行く末を見定めさせていただきます。以後よしなに』




「思いっきり遊びやがって……どんなご挨拶だっての。わざとらしい独り言まで呟きやがって……こんな性格悪い子供みたことねえよ」


「えー、そんなこと言っていいんですか? わたしのおかげで、あなたの抱えていた問題も解決したのに」


 シラヌイは、鎌瀬よりずっと前からこのギルドに潜入していた。それは、スパイにとって喉から手が出るほど欲しい記録全般を堂々と参照できる『資料管理室室長』というポジションを手に入れることができるほど……ミリアにも、『信用できる者』として、認められるほどだ。


 そう、丁度鎌瀬が求めていた『特別犯罪対策室』のお目付役を名乗り出て、それを許可されるほどにだ。


「わたしは『資料管理室』の方もありますから、室長はカマセさんにお任せします。でも、忘れないでくださいね? わたしはあなた方の『お目付役』なんですから。賄賂はちゃんと食べられる黄金色のお菓子を期待します」


 シラヌイは得意げにそう言う。

 しかし鎌瀬は、ふてくされたように俯いて答える。


「まったく、人を手の上で転がすのが好きだからって、あんまり威張ってもいいことないぜ? 特に、俺はともかく後の二人はある意味常識の通じないくせ者だからな」


 鎌瀬がそう言うと、部屋の入り口から一人の少女が駆け込んできた。


「く、くせ者ですか!? どこですか!! いざとなったら七草が『エヴァ』で……」


 真新しいギルドの制服(ユニホーム)に身を包んで、腰に木刀をさした少女。

 その腹部から、ヒソヒソと声が聞こえる。


『たとえ話だと思う。ていうか、自分はこんなところで待機して、ミーティングで七草だけに自己紹介強制して陰口とか、いい度胸じゃない? この子、人見知りなのに頑張ったんだよ?』


 そこにさらに一人、制服の各所に鎧の装甲を縫い付けた改造制服を着た小柄な少女が一人飛び込み、鎌瀬にすがりつく。


「鎌瀬くん。私も人見知りなのに頑張ったんだよ、撫でてー」


 その二人に対して、鎌瀬は困ったように返事を返す。


「七草、落ち着け。《常緑》は怒るな、悪口のつもりじゃないから。しょうがないだろ、俺も揃ってミーティングに出たりしたら、絶対ハーレム目的で人選んだって言われるし、『本人の希望で犯罪者を捕まえる仕事がしたくてギルドに入った』ってことにしとかないと……それと、霜月は人見知りじゃないだろ。遊楽出身者が人見知りなわけがあるか」


 『特別犯罪対策室』の鎌瀬、シラヌイを除く残りのメンバーにして、ギルドへの新参者。二人の自己紹介は鎌瀬とシラヌイの編集の元、『「攻略連合」が新しく計画犯罪の捜査に特化した部署を作ることになったから、その助っ人として犯罪捜査の経験のあるプレイヤーを勧誘した』というふうに受け取られるように虚実を織り交ぜてある。


 しかし、実際は二人とも人ならぬ人外であり、『人外魔境』から送り込まれたスパイ。

 一人は、『沼男(スワンプマン)』の命令で、鎌瀬に従いながら自身の標的を探る、〖ミュータント・ゾンビシード〗の『七草楔』と、その相棒の木刀《常緑》。

 もう一人は、リリスの命令で組織という環境の中の人間の心理状態をモニターするために送り込まれ、一昨日の一件から鎌瀬に対する認識が変化したらしい『11番』と呼ばれていた『サキュバス』こと、コードネーム『霜月』。


 そしてまた、鎌瀬もシラヌイも別の組織から送り込まれたスパイであり、ここには真の意味での『攻略連合』のメンバーはいない。


 その奇妙な空間を再認識して、鎌瀬は苦笑する。



「それじゃあ、全員揃ったことだし……『お仕事』でも始めるか」



 ここから始まるのは、卑怯で陰湿で地味で地道で、大義や名誉とは程遠い、裏切り者達の物語。

 黒の中で揺れる灰色のようであり、沼で溺れる種のようであり、闇の中でさ迷う蝙蝠のようであり、時の流れに呑まれた約束であるような存在達の広げる、小さな波紋の物語。


 最後に笑うのは誰か、それは誰にもわからない。

 〖人皮装丁本(フェイスブック)

 ……使用者、『不知火白亡』。


 オーバー100固有技により生み出された、本の形をしたモンスター。


 優れた追尾能力を持ち、対象を追いつめたが最後、前線級のパワーでも引きはがすのが難しい力で噛みついて離さない。

 なお、厳密には追跡するのは『臭い』ではなく『皮膚』であり、プレイヤーやNPC、モンスターが触れたものの表面を削り取って保管(サンプリング)したページを与えることで、それを覚えさせて目次でページ数を指定して、サンプルに最後に触れた者(手袋などをしていない者にかぎる)や、それが触れたアイテム・場所を追跡できる。

 サンプルは時間経過で食いつきが悪くなるので、一番新しく触れたものが好ましい。

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