258頁:特集『反撃開始! よい子は真似しちゃいけない化け物退治』
反撃開始です。
『ところで決意したとこなんだけど、本当はパスポートの発行なんて出来んのさね』
「は!?」
『おいおい、そもそも不法侵入者専用の発行所なんてあると思うかい? ちょっと美味しい話をちらつかせてきみの覚悟を試しただけさね。それか、上げて落として立ち直れなかったらここで安全に「飼って」あげても面白いかもと思ったんだけどねえ』
「せ、性格最悪じゃねえか!」
『まあまあ、そう言うなよ。何だかんだできみが気に入っちまったって話なんだからね。きみみたいなからかいがいのある後輩っぽい子と一緒に隔離された空間で共同生活とかやったらラブコメっぽい物語になるんじゃないかって期待もするだろう? こう見えて、私も恋に恋するお年頃なんだよ。一度チャンス逃がしてるしねえ』
「いやもう何言われても信憑性皆無なんだけど……」
『クハハ、それでいいのさ。そもそも表情一つ見えない女の、モニターに映った文字列だけで全幅の信頼なんて築こうとしてたら出会い系サイトで詐欺られるのが落ちさね。だけどそれはそうとして、利用できる情報はちゃんと貰っておくべきだ。釣り針についた餌だけ食い逃げするように、擬似餌には気をつけてねえ。よくマンガで、昔敵対してたやつが共闘してくれる時に「こんなやつの言うこと信じられるかよ!」とかって全否定しようとするほど愚かなことはないよ。それなら相手は、動かしたい方と逆向きに誘導すればいいだけだからねえ。「騙されてやるものか!」なんて賢ぶってるやつが一番何も考えてないんだよ』
「……そんなに嫌ってはいないよ。あんたのおかげで覚悟が固まったし、状況も整理できたんだ。まあ、状況説明がまるまる嘘だったら怒るけど」
『それでいい、情報を受け入れながらそれが嘘の可能性も忘れてない、それくらいで丁度いい。嘘じゃなくても相手の伝達ミスや記録ミスはあるし、上手く改変された情報も状況の変化で本当にそっちに傾いてる時もあるんだからねえ。でだ、そんな情報を「集める」だけじゃなく「使う」資格を得たきみには、私から嘘かホントか悩ましい無責任な情報を提供するよ』
机の引き出しから、数枚の折り畳まれた紙が取り出され、鎌瀬に手渡される。
「これは……手書きの、ダンジョンの略図?」
『ちょっと前にここに来たやつが落としていった紙切れさね。ゴミの処分に困ってたからあげるよ。役に立たないこともないだろう?』
「……ありがとう、使えそうだ。じゃあ、俺は行くよ……もしかしたら、心配させちゃってるかもしれないし」
『そうかい、なら行くといい。きみの武運を……明日の天気が晴れるように祈るのと同じくらいには願ってるよ』
「……最後に、一つ聞いていい? 相手の言葉を鵜呑みにしちゃいけないっていうなら……『さっきのは嘘』っていうのも、嘘かもしれないってことでいいのかな?」
『そりゃ……今度来たときには、嘘から出た真になってるかもしれないよ? だけど、今は私は「パスポートなんて発行できない」。きみはそんな真実に関係なく覚悟を決めて立ち向かうことを選んだんだ。なら、道を間違えてから仕方なく望まぬ道を選んだんじゃなくて、ちゃんと自力で他でもない「正解」を選んだ。それでいいんじゃないかい?』
「……『逃げていればよかった』なんて後悔は必要ないってわけか。わかった、そういうことにしておくよ」
『じゃあ、私からも最後の質問返しだ。きみの名前を教えて欲しい……一つ、決戦に挑む前に名乗りを上げて行ってくれないかい? こういうのは、雰囲気が大事だから』
鎌瀬はしばし考えた。
スパイとして、あまりプレイヤーネームやコードネームを吹聴したくはないが、雑な偽名も使いたくはない。誠意を持って応えたい。
鎌瀬は不思議と、この世界における『偽名』として、現実世界での本名を名乗っていた。
「『乾 鋭刃』……反撃開始だ」
その簡素な名乗りに、『灰色の女性』はゆっくりと深くうなずいた。
『うん、「A-2」……いや、「鋭刃」くんかい。キラキラとした……いい名前さね。きみは物語から逃げずに、堂々と登場人物一覧に名前を刻んだのさ。さあ、ここから始まるきみの新しい物語を見せておくれ!』
《現在 DBO》
8月16日。2時57分。
暗闇での隠密装備を黒面を外側にして纏った鎌瀬は、ダンジョンの中の一室に飾られた額縁から、周りを警戒しつつ静かに姿を現した。
そして……
「ジリリリリリリリ!!」
額縁の真下にいた使い魔が、侵入者を知らせる警報装置のような叫びを上げる。
「っ、やっぱりか!」
鎌瀬は素早くナイフで使い魔を仕留めるが、既に居場所は筒抜けだろう。
鎌瀬は素早く、辺りの地形を確認する。
『絵』の前の足場はまたも半径数メートル程度の狭い場所だが、今度は崖っぷちではない。足場の先は湖……半径30mほどの湖で、同じような足場が東西南北四カ所に存在する。
水は濁っていて何がいるかわからないが、ここを通らないと他の三つのルートに進めないというステージなのだ。
「大きな湖……『釣りスキル』『遊泳スキル』『操舵スキル』のクエストステージか。とりあえず、絵の外もあの地図はある程度正確みたいだな」
誰が書いたかもわからない、しかも完全にダンジョン全体が網羅されているとは言えない地図だったが、部屋に用意されたクエストの種類やルート、絵の中の空間がどこからどこへ繋がっているかなど、鎌瀬に必要な情報が多数記されていた。それが信用できるらしいということは、かなり嬉しい情報である。
「後は、あれが来る前に……」
鎌瀬は、自分の出てきた額縁から大きな袋を引っ張り出す。抱えたら前が見えないような大きな袋だ。
「まず、初撃が肝心だろうからな」
鎌瀬が袋の口を開けようとしたとき、額縁のプレートの文字が変わり始める。
「早いな! やっぱりダンジョン全体のどの絵にも転移できるとか反則だろ!」
鎌瀬は丁寧に袋を開けるのを諦め、ナイフで側面を破る。
そして、『絵』から『ヌルリ』という擬音が似合いそうな不気味に滑らかな動きで掴みかかってくる黒い泥のような人影……『沼男』に、裂け目を入れた袋を叩きつけ、手を離して叫んだ。
「『TW2Y』!!」
次の瞬間、鎌瀬は『沼男』が現れた足場から40mほど離れた隣の足場に現れ、同時に爆音が湖に波紋を広げた。
「技の発動時に触れてなければ、液体も『止まった時間』の中では変形しないから泳ぐよりずっと速く上を走れる。そして、置き土産の特大火薬袋……ある程度行けるかと思ったけど、思ったより派手じゃなかったな……防がれたか」
鎌瀬は走り去る直前に火をつけたマッチを火薬袋の裂け目に突っ込み、時間が動き出すと同時に爆発させた。ゼロ距離でノータイムの大爆発なら大ダメージを与えられるかもしれないと思ったのだが……
危険物取り扱いスキル『緊急対処マニュアル』。
特定の爆薬や劇薬に対して事前に設定した行動を行う技。
大食いスキル、火起こしスキル複合技『バーニングブラッド』。
可燃物を食べて火の鎧を纏う技。
ヒーロースーツ『ヒートテック』。
布地を赤熱させる技。
傘スキル『風雨に負けず』。
風圧とそれに伴う飛来物を受け流す技。
気功スキル『オーラバースト』。
力を解放して爆風を起こす技。
『沼男』は、身体を自ら燃え上がらせながら悠々と爆炎を踏み越えて現れた。身体には、使用したスキルを示すらしい文字が浮かんでいる。
「俺が時を止めるってわかってるから、当然ノータイム爆弾くらいの対策は取ってあったか……だけどまあ、これで勝てるとは思ってないけど」
むしろ、防がれても十分に目的は達している。『絵』の世界から出た直後に追いつかれるのはわかっていたし、『絵』を出た直後の迎撃で鎌瀬の間近にある絵からの奇襲を警戒させられれば上出来だ。
そして、爆発を起こしたのは空間移動の手段となる額縁を破壊するため。鎌瀬の反撃を警戒してまた見えないところへ行かれては鎌瀬の神経が持たない。
(それに、あの文字がフェイクじゃなければ……やっぱり、ゲーム的なステータスがデタラメってわけじゃない)
いくつものスキルを使い、爆発の直前に火薬を削り、炎をまとって爆発の熱に対抗し、爆風を減衰して相殺している。一瞬のうちにそれだけの技を展開できたのは恐ろしいが、逆に言えば爆発を食い止めるのにそれだけの技を使って爆発の威力を弱めなければならなかったのだ。
(『トーチクラーケン』を使ったカガリさんなら、至近距離であの量の火薬が爆発しても確実に防ぎきれた。相手はステータス的にはプレイヤーなんだ、それもチートステータスなんかじゃない。ただ、『触れたらウイルスを流される』……それを除けば、変形も破壊力もナビキの『イヴ』の方がすごかった)
鎌瀬の目標は敵の無力化。
戦うと決めてしまえば、やりようはある。相手が無機質にどこにでも追いかけてくるというのなら、逃げきることを考えなければ、迎撃することを考えればいいだけだ。
(俺と違って、あいつは水の中を通るしかない。あっちの足場にはもう『絵』がないからだ。こっちの足場に近付いてくれば……)
鎌瀬は、『手品スキル』で懐に隠した特殊な瓶を確認する。
(水面から出ようとしたところで、さっき『絵』の中で手に入れた『これ』をぶっかけてやる)
『灰色の女性』と別れた後、鎌瀬は手に入れた略図の中にいくつかアイテムらしき名前が書き込まれていることに気付いた。そして、その場所に行って確認するとそこには探せば見つかるように隠されたアイテムや、外では手には入らないようなアイテムまで揃ったアイテム屋があった。
先程の火薬も、そのアイテム屋(店員はやはり『絵』だった)から買ったもので、この瓶は隠されていたダンジョン攻略のためのキーアイテムだ。
アイテム名は《薄氷の橋》。
効果は、このダンジョンの中限定だが、水面を瞬時に凍らせて道を作れるというものだった。
これは隠し通路の鍵のようなギミックに近いもので、水中を移動するスキルのないプレイヤーが安全に移動する程度にしか使えない。氷も、一度誰かが渡りきってしまうと消えてしまう程度のものだ。そもそも水上を走って移動できた鎌瀬にはあまり必要がない。
だが、もしも誰かが泳いでいるときに、その周りの水を凍らせるのに使えば……
(移動用ギミックだから、凍結ダメージで致命傷になったりはしないだろう。だけど、同時に熱で溶かすことも楽じゃない。誰も上を通らなければ……仮に『絵』が助けに来るとしても、それまでは動きを封じられるはずだ!)
流体タイプの敵は凍らせれば一時的にでも動きが止まると相場が決まっている。
殺せなくても、いつかは脱出されても、『11番』を助け出してダンジョンを脱出する数時間が稼げれば、それで十分なのだ。
鎌瀬の要望に応えるように、あるいは消火をかねてか、『沼男』はまるで入水自殺でもするかのような、坂をごく普通に下るかのような歩き方で水底へと足を進めた。
そして、まっすぐに鎌瀬のいる足場へと迫ってくる。
そして、足場から水中の姿がはっきり見えるようになったところで、鎌瀬は瓶を取り出して腕を振り上げた。
「食ら……」
水中に見えたのは、水底に足を着けて水面を見上げ、耳の辺りをヘッドホンのように変形させ、そこに『円盤』を埋め込む『沼男』の姿だった。
仮眠スキル『防寒体質』。
熱を体内に保持する技。
義肢スキル、機械工スキル複合技『内臓型デバイス』。
体内に機械を埋め込む技。
メモリアルディスク『インスタント・バスリゾート』。
触れた水をお湯に変える固有技(温度は体温±10度程度)。
「……えっ」
次の瞬間に起こったのは、湖の水そのものが爆発したかのような衝撃だった。いや、『ような』ではない。おそらく、実際に水が爆発したのだ。
『水をお湯に変える』……それだけの技でも、さきほどの火炎を取り込んだ状態で使用すれば、一気に水は蒸発し……水蒸気爆発する。
そして、『水』がなくなったことで、《薄氷の橋》は不発に終わり、それどころか激しい衝撃に感覚がシェイクされてガードもままならない。
吹き飛ばされた鎌瀬は、真後ろにあった『絵』の中の空間へと背中から飛び込むこととなる。
しかし……
(それくらい……想定内だ!)
『絵』に入った鎌瀬を追って額縁を跨いで入って来る『沼男』。しかし、鎌瀬は倒れたまま、地面から伝わってくる『振動』を感じ取り、笑みを浮かべる。
『絵』の中の空間は広い片田舎のような情景で、周囲にはまともな建物もない。
しかし、地面には……鉄で出来た線路があり、鎌瀬はそのすぐ側に倒れていた。
そして、線路のすぐ側の樹に埋め込むように設置された額縁から出てきた『沼男』は一歩一歩鎌瀬に接近してくるが、それよりも速く接近してくるものがあった。
「きっかり、毎時00分……この額縁の前を通る。描いてあった通りだ」
なんとか立ち上がった鎌瀬の背後を、巨大な貨物列車が通過する。
そして、その最中に……
「『TW2Y』!」
次の瞬間、鎌瀬は列車の最後尾の手すりに掴まっていた。
まるで最初からそこにいたのかのように、飛び乗ったとは思えないほど安定して立っていた。
(時間が動き出すとき、俺が触れていた『止まっていたもの』の中で一番重いものと俺の相対速度はゼロになる。全速力で走るABの戦車にだって飛び乗ってもほとんどGは感じなかった。だけど……『俺以外』は違う!)
鎌瀬の掴まった手すりには、長い鋼紐にフックが結ばれたものが引っかけられていて、その反対側は首吊りのロープのように結ばれ電車の外……『沼男』の首にかけられていた。
「その首、ぶった切れろ!!」
鎌瀬の目の前で、ロープが伸びきった。
オマケ《略図の落とし主》
(鎌瀬)「すごい助かったけど、この略図誰が作ったんだろう? 見た感じ、このダンジョンを本当にゲーム感覚で攻略してたみたいだけど……あれ? この筆跡、見たことあるような……」
同刻。
(??)「クシュン!」
(??)「あ、大家さん風邪ひいた?」
(??)「うーん、違うっぽいかな。誰か噂でもしてるのかな……ところでハチミツちゃん、二等兵くん知らない? 昨日から帰ってないけど伝言板には何も書いてないし……私もそろそろ寝るけど、朝ご飯いるかどうかわからないし」
(??)「うーん……案外またエリアボスみたいなおっかいのに追っかけられてたりして」
(??)「あはは、まさかー。いくらなんでもいきなりそんな展開にならないでしょ……た、多分ね? え? べ、別に、心当たりなんてないよ! ほら、さっさと寝よ!」




