25頁:睡眠は適度に取りましょう
なんとかペース維持して書いてます。
1年近く前、ネット上で話題になった、少年や少女だけで構成されたギルドがあった。
その名も『ネバーランド』。推定十数人の中規模ギルド。しかし、その構造が少し特殊だった。
普通、ギルドとは同じゲームの中で仲間が集まり作るものである。しかし、彼等はそうではなかった。
彼等は幾つものVRMMOに点在しながら、同一のギルドネームを名乗り、同時に活動していた。
ただの偶然の一致ではない。
同一団体としての証明に皆が『英単語が赤で染め抜かれた黒いバンダナ』を腕に巻いていて、それぞれのゲームで同一の名前のギルドマスターがいた。
その名は『ジャック』。
その名の下に『ネバーランド』は数々の功績を上げた。
だが、急激にその話題は消えていく。
一人、また一人とメンバーが減り、どのゲームからも姿を消していく。
半年もすれば忘れ去られ、話題にも上がらなくなる。
だが、記憶から消えていってもそれに抗うために戦うプレイヤーが一人残った。
時の流れにたった一人で抗う幽鬼が残った。
《現在 DBO》
「で? このクエストはなんなの?」
ジャックは正式パートナーとしての最初のクエストに早速文句を言う。
それに対して、ライトは全く手を止めず答える。
「クエスト『千の祈り』。千羽鶴を完成させればクリアというわかりやすいクエストだ」
二人は今、イザナの家のちゃぶ台でせっせと鶴を折っている。かれこれ一時間ほど作業しているが、未だに終わりは見えない。
「わかりやすいけど……面倒くさい、その上戦闘能力関係ない」
「黒ずきんは『技術力』それなりに高いだろ? たぶん一番が速力で、二番目が技術力だ」
「……どうしてそう思うの?」
「戦い方。高速戦闘でクリティカル当てまくって反撃させないタイプだろ? デスゲームでそれが出来るのはすごいと思う」
ライトは何でもないようにジャックのプレイスタイルを看破していた。確かにあれは実力を見せるための戦いだったが、ここまで深く解析されるとは思わなかった。
ジャックもせめてもの反撃に知ったような口をきいてみる。
「そういうライトは変な戦い方だよね。弓とか槍とかいろいろ使って、しかもその腰の刀は抜かないし。なにそれ、飾り? それとも『奥の手』かなんかなの?」
ライトはジャックと出会ってから一度も腰の刀を抜いていない。一度剣を使ったときはわざわざストレージから呼び出して装備していた。
ジャックが疑問を呈すと、ライトは無造作に腰の刀を外して鞘ごとジャックに投げた。
「見てみ」
「え、うわ!」
ジャックはいきなり飛んできた刀を空中でキャッチし、少しだけ抜刀してみる。すると、中からは金属の光沢は見えず、木の繊維が剥き出しになっていた。
「た、竹光?」
「前武装解除し損ねた経験を生かしていつも装備してるんだ。戦いでは武器は敵を確認してから選ぶし」
相手に合わせた武器なら確かに効率よく戦えるだろう。しかし、そのために普段は戦いに使えない偽物の刀を装備しているとは、酔狂を通り越してまるで狂人だ。
ジャックは仕返しに強めに竹光を投げ返すが、ライトは楽々とキャッチする。スキル特有のエフェクトが出たが、空中のものをつかむ『ジャグリングスキル』あたりだろうか。たくさん持っている分、使わなければ損なのだろう。
「ライトってどんなビルドなの? ボクのビルドをライトが知ってるのに、ボクはライトのビルドを知らない」
「どんなって言われても……全能力値平等上げかな」
「…………ホントに? それって長所が無いって事じゃないの? やりにくくないの?」
「かもしれないな。だが、慣れれば結構面白い戦い方もできる」
選択できる六つの能力値を全て同時に上げれば、同じくらいのレベルで何かの能力に偏ったプレイヤーにはその能力での勝負で必ず負ける。ライトはそれをシステムに頼らない自前の戦闘能力で補っているらしい。
全く持って見たことのないタイプだ。
「ところで……黒ずきんさんはどうして『ボク』って言うんですか? 女の子……ですよね?」
思わぬ所から思わぬ所を突かれた。
犯人は先ほどから黙って一緒に鶴を折っていたNPCのイザナだ。このクエストの依頼主であり、協力者でもある。
VRMMOはベテランを自負するジャックだが、まさかNPCからそんなクエストに関係ない話を持ちかけられるとは思っていなかった。
「そういえば、そうだな。いい加減格好は女の子になっちゃってるんだし、もう女の子らしく『わたし』とかにしたら? イザナも精神状態を心配してるみたいだし」
「な……」
確かに顔をさらして、名をさらして、どう振る舞えばいいのか悩んではいるが、NPCに心配されるほどとは思わなかった。
「……もしかして、本当は男の子……なんですか? 魔女様に喚ばれた時に間違って女の子の身体になったなら、ずっと西のお城に住む進化の魔女様に頼めば……」
「なんだか気を使って救済措置的なクエスト教えてくれるのは嬉しいけど、ジャックはただ男の子のフリをするのがちょっと好きなだけの女の子だ。そういうのを『ボクっ子』って言うんだ。覚えておくと良い」
「なるほど、黒ずきんさんが『ボク』っていうのは『ボクっ子』だからなんですね」
「まあそうなんだけど……あんまり他人に言わないで欲しい」
下手したらイザナからジャックの妙な個人情報が広まるかもしれない。イザナの無邪気な笑顔がより怖い。
「イザナちゃん、手が止まってるよ」
「あ、すいません!」
今このクエストはライト、ジャック、イザナの三人で進めている。一人一つの鶴を折るのに30秒かかるとしても、三人で約167分。集中力の低下を考えれば三時間くらいはかかる計算だ。
とてもじゃないが、効率のいいクエストには見えない。
「このクエスト、何で受けたの? 時間の無駄じゃない?」
「イザナちゃんに頼まれたしな……それに、時間はかかるが無駄じゃない。少し、これからの方針を話し合うのにちょうど良いと思ってな」
ライトは話しながらも手を全く止めない。
ジャックはそれを見てマイマイとライライの言葉を改めて理解した。
要領が良すぎる。おかげで、無駄が無いから休む暇がない。一つの仕事をしている間に次の仕事の準備が出来てしまえば連続で仕事が出来てしまう。
「方針って言ったって、クエストをやるだけじゃない?」
「六つの町の回り方とか、報酬の配分とかいろいろあるだろ。あと、戦闘系のクエストでの役割分担とかな」
ジャックは思った。
マズい、このままでは話の主導権が持って行かれる。
ライトは会話の進行が上手い。展開を自由に、自分の話したいことに持っていく。そして、なし崩しに決定事項に変えてしまう。
たったの一週間で店を開いたスカイは凄いが、それを可能にしたのは間違いなくライトだ。というより、無理やり可能にさせたのがライトなのだ。
ライトの進行を止めるためには少しばかり強攻策が必要だ。
ジャックは若干睨むような強い目つきでライトを見た。
「いっておくけど、ボクはお金を返すために一緒に戦うんであって深い仲になるつもりはないよ。パートナーの話だって、頼まれたからするだけであって、本来ライトじゃボクにはつりあわない。ライトはVRMMO初心者らしいけど、ボクはずっと前からやってるベテランだよ。全くつりあってない」
「そんなこと言われてもな……」
ライトが困るのは当然だ。いくら自前の能力が高くても『初心者』だという事実はどうにもできない。
「だから、ボクがつりあうように鍛えてあげる。やることは先にボクに許可を取って、わからないことがあれば質問するんだ」
「いや、そんなの悪いだろ。むしろ成り行きでパートナーになったジャックにそこまでさせるのは……」
「聞いたよ。他のプレイヤーとの連携が苦手らしいね」
「う……」
「即興パーティーでの連携もできないようじゃ、ベテランにはなれない。周りも迷惑してるし、ボクが基礎から教えてあげるって言ってるんだよ」
ジャックは強い口調で念を押した。
「従えないならパートナーの話は無し」
三十分後……
「zzzzzz……」
「寝ちゃいましたね」
「あんなこと言ってても、話が付いたら安心して眠くなるなんて、やっぱりまだ子供だな。……でもすごいよな、今まで女の子一人で二週間戦ってきたんだから」
ライトはジャックの寝顔を見つめる。
モンスター相手にナイフをふるっていた時とは別人のような安心しきった顔だ。
本当のところ、ジャックも仲間が欲しかったのだろう。自覚は無いだろうが、ライトが折れて正式にパートナーとなったときは顔が綻んでいた。
何か事情があって気軽にパーティーは組めないようだが、やっぱり一人で過酷なデスゲームを生き抜くのは大変だったのだろう。
「その上、同じプレイヤーに襲われたんだもんな……ひどい奴もいたもんだ」
ミカンの言葉を思い出す。
才能に溢れるジャックも孤独はキツいだろう。
ライトはジャックに聞こえないのを承知で優しく宣言した。
「安心してくれよ。オレはキミが誰だろうと何だろうと、いつも味方だ」
ジャックが目を覚ますと千羽鶴が八割方完成していた。
「……え!!」
「あ、起きたか?」
「おはようございます」
「おはよう……って、ボク寝ちゃった!? どのくらい?」
「えっと……二時間くらいかな」
「そろそろお昼時です」
「……ごめん、まさかパートナーなんて偉そうに言っといて寝落ちするなんて……」
「気にするな。前フィールドのド真ん中で仲間に寝落ちされて数十体のモンスターに囲まれた事もある。街の中での寝落ちくらい何も問題ない」
「そのエピソードの方は問題ありだけどね」
残りは200羽弱。ジャックもすぐに加勢しようとしたが……
「そうだ、黒ずきんは『料理スキル』あるんだよな?」
「え、うん。あの二人には及ばないけど……」
「じゃあお昼を作ってくれないか? 腹が減ってきているし、HPの自然回復でEPを消費した分残量が少ない。このままだと身体がうまく動かなくなる」
「そんなになるまで我慢してたの?」
「空腹は最高の調味料だっていうだろ? 今なら仮に大失敗されても美味しく食べきれる」
「しないよ!! そんな失敗を計算に入れてオーダーしないで!!」
「あ、あとイザナちゃんも食べるらしいから三人分で」
「三人? ボクはさっき御馳走してもらったし、二人だけで食べてていいよ」
「いや、これは食事会兼コンビ結成のお祝いだ。このイザナちゃん立ち会いのもとな」
それからしばしの間、二人は友好を深め合った。
互いにこのゲーム内での武勇伝を語らい、手持ちの珍しいアイテムを見せ合い、これからの展望を話し合った。
そして、食事が終わればクエストを再開しながらも話し続けた。
そして……
「クエストクリア!!」
「千羽鶴完成!!」
楽しい時間はたちまち過ぎ、面倒なはずだったクエストはいつの間にかクリアしてしまった。
二人は息を合わせてハイタッチした。(ライトの方がかなり背が高いが、ジャックは脅威のハイジャンプでハイタッチを成功させた)
「さあ、この調子でガンガンいくぞ」
「うん、一気にこんなゲームクリアしちゃおう!!」
このとき、ジャックは充実していた。仲間がいて目的があって希望があった。
彼女は後にこの時のことを振り返る。
この一週間こそが、彼女という人間の最後の安息だったのだと。
二人はスカイの店に寄ってこれからのクエスト攻略に必要な回復アイテム、武器、食料などを買い集めた。
その様子を見ていたスカイは一言。
「もう好きなようにやりなさい」
後にスカイはライトに『もうラスボスまで一気に突き進みそうな勢いだった』と語っている。
そして、準備を整えた二人は復興し始めた西側の荒れ地を抜けて、街の西側の門をくぐった。
「黒ずきん、最初の目的地は?」
ジャックはフードの奥で遠くを見据える。
「ボク達が最初に攻略する町は『修行』を産業とする町『看板の町』だよ」
同刻。
街の裏道にほ三人のプレイヤーがいた。
ただし、それは仲間ではなく、無抵抗の一人を二人が攻撃しているという構図だ。
「おい、さっさと全部よこせよ」
「知ってんだぞ、おまえさっきクエストやって金持ってんだろ?」
二人は顔を布切れで隠している。
俗に言う『犯罪者』だ。
街の中ではHPは減らないが痛みはそこそこ感じる。街には戦闘能力の高い『治安維持型』のNPCもいるが、その目の届かない場所では犯罪が行われても街を追われるようなペナルティーは発生しない。
しかし、だからといって犯罪行為が赦されるわけではない。
「まったく、困ったものです」
「あ?」「お?」
犯罪行為に勤しんでいた二人の犯罪者は声の方を見る。まったく気にもかけていなかった方から声をかけられ、そちらに注目するのは当然のこと。
しかし、この時当然では無いことが起こった。
襲われていたプレイヤーの存在が二人の頭から消し飛んだのだ。
「せっかく銀メダルが頑張ってみんなを元気にしたのに、陰でこんなことになってるなんて……しょうがありませんね、私もそろそろ動きましょう」
犯罪者達の脳内は恐怖で満たされていた。目の前のたった一人のプレイヤーを前に、足が動かなくなっていた。
「さて、あなた達はどうします? こんなことをしていると巻き込まれますよ?」
犯罪者達はもはや指一本すら自由には出来ず、ただギロチンの刃が落ちてくるのを待っているような気分で固まっていた。
「お逃げなさい。そして、二度とこんなことはしないで、真面目に働きなさい。さもなくば……」
「ひぃぃぃぃぃいいい!!」
「うわぁぁあああああ!!」
犯罪者達は奇妙な悲鳴を上げながら走り去っていった。
いつの間にか襲われていた方も逃げていた。
一人残った『金メダル』はぽつりと呟いた。
「最後まで聞いてほしかったです。独り言みたいで恥ずかしいです」
(キサキ)「どうも、名前が安定しないオマケコーナーです。今日はイザナがクエストでいないのでゲストをお呼びしました」
(カカシ)「ギギ、街の守護者〖スケアクロウ〗だ。」
(キサキ)「あ、良かった。喋れたんですね」
(カカシ)「喋れるの知らずに呼んだのか? まあ、オマケコーナー用特別個体だと思ってくれ。言わば〖スケアクロウ オマケ〗だ」
(キサキ)「ではオマクロさん」
(カカシ)「略すな!! なんだ?」
(キサキ)「変な帽子ですね。似合ってます」
(オマクロ)「それは誉めてんのか、それともけなしてんのか?」
(キサキ)「その帽子を見たらそう言うのが流行なんです。オマクロさんもどうですか?」
(オマクロ)「自分のいつもかぶってる帽子をそんな風に言いたくねえよ」




