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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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256頁:特集『驚愕! 時止め破り!』③

 対『時止め系』最大級の悪夢……襲来。

 鎌瀬はある日、ある一人の他人の死をもって知った。


 自分には、知らないことがあることを。

 自分には、知るべきことがあったことを。









《現在 DBO》


 8月16日。00時51分。


 鎌瀬のとっさの判断は迅速だった。

 もはや、困惑や恐怖など挟まず、生存本能が彼を動かした。


 目の前には、今にも額縁の外へ出てこようとする『沼男(スワンプマン)』の『絵』。


 鎌瀬は、まだ満足に動けない身体を無理やり動かして、額縁を掴んだ。

 そして、『沼男(スワンプマン)』が飛び出してくる前に壁から外し、まだ軽いそれを持ち上げる。


(よし! 外せた! しかも軽い! やっぱり、これはただの『出入り口』で、あいつそのものじゃない。なら……『TW2Y』!)


 『止まった時』の中。

 まだ『T(タイム)R(ルール)L(ルーズ)P(ペース)D(ダウン)』を解いていない鎌瀬の行動可能時間は15秒。今の瀕死の病人のような動きでも間に合う。


 次の瞬間、鎌瀬は『絵』を額縁ごと断崖絶壁から投げ出していた。


 鎌瀬の精一杯の勢いをつけられた『絵』は時が動くと同時に与えられた速度を取り戻し、谷底に落ちていく。

 そして、そこから鎌瀬に飛びかかろうとしていた『沼男(スワンプマン)』も、虚空へと飛び出すこととなる。



 『……』『Now Loading』『……』『なるほど』『掴んでたもの』『も』『巻き込める』『……』『理解した』『哿不可(カフカ)』『ヴェラ=スーパーセル』『メイクアップ』『擬人化風霊(ウンディーネ)』『⑤』『……』



 空中で身体に文字を浮かべながら落ちていく『沼男(スワンプマン)』。しかし、鎌瀬はいつまでもその姿を確認しようとはせず壁によりかかる。


「『T(タイム)R(ルール)L(ルーズ)P(ペース)U(アップ)』……わかってるよ、この程度で殺せないのは。だけど、毒が抜けるくらいの時間は稼がないとな」


 15秒の『止まった時』で一気にEPゲージの三割を失い、ここまでの逃走劇もあって既に四割をきった鎌瀬は、回復アイテムの連続使用で効果が落ちてきているとわかっていながらもEP回復の栄養剤を飲み込む。


「あいつなら、空中で絵の中に戻って落下ダメージを防ぐくらい普通にできるだろうな。額縁を掴んだままじゃ、俺まで引っ張り込まれかねなかったし」


 時間を速めていることもあり、段々と薄まっていく神経毒のアイコン。

 これなら、あと数分もすれば完全に動けるようになるはずだ。


 だが、完全に動けるようになったところであの『沼男(スワンプマン)』が倒せる気がしない。


(なんていうか、勝てるイメージが全く沸いてこない。ていうかそもそも、あれは何なんだ? HPバーの表示のされ方はプレイヤーだったけど、あれは人間って感じがしない……まるで、設定されたルーチンワークで動くNPC……いや、まだNPCの方がもっと人間らしさを出そうとする意思を感じる)


 それこそ、『4番』や『11番』のような『サキュバス』や『キング・オブ・メタルエッジ』の方が数段人間らしく感じた。


(だけど……あれは、逆に人間から『人間らしさ』をきれいに抜いたみたいな不気味さがある。むしろ、『ササキ』とかに変身してたときの方が人間に近かった気がするな。他から持ってきた人格……それか、魂みたいなものを被せてその不気味さを隠してる。『4番』を取り込んだみたいに、自分に足りない『人間らしさ』を補うのを利用して技術まで真似てるみたいだ)


 その『人間らしさ』の付け外しを喩えて言うなら、まだVRMMOどころかCGすら発展途中にあった時代に作られた映像の人型モデルが近いかもしれない。小動物を撫でようと手を伸ばして触れる動作だけでも、人間はそれを優しく傷つけないようにする温かみが自然と表に出るが、そこから人間味を引くとまるで頭を握りつぶそうとしているのではないかと思わせるようなシーンができる。

 そこに、精巧な肉付けや生物的な動きのパターン、表情を加えることにより、人はそれを人間らしいと錯覚し始める。そして、その体型や顔つき、仕草のパターンを付け替えることによって、どんな人間にも加工できるのだ。


(底が見えないし、ここはあっちに有利すぎる。そもそも、ここはあいつのテリトリーみたいだけど……まるでこのダンジョンを『創った』みたいな、そんな空間を把握して支配している感じがある。プレイヤーに可能か? いや、ギルドホームに狩場を作れるんだし、不可能じゃないはずだ。だけど、じゃあ何のために創ったんだ? この規模のものを創るのはそれなりの労力が必要だろうに……あの扉を守りたいだけなら、こんな『遊び』はいらない)


 たくさんのドアと部屋も、自立する『絵』も、ただ長い通路も必要ない。

 『沼男(スワンプマン)』は絵を移動できるなら、逃れようのない一本道でトラップを満たして侵入不可能にしてしまえばいい。


(まさか、ここに来る者を試してるのか? いや、だけどそうなると……『資格がない』っていうのは、こっちのダンジョンをクリアしてあそこに辿り着いてないから、問答無用で襲ってくるってことか?)


 だとすれば、壁に横穴を空けた七草楔はこちらを正当に通って『資格』を得ることができなかったのだろう。あの『エヴァ・グリーン』でも攻略できなかった……七草に負けた鎌瀬に突破できる難易度ではないのだろう。


(いや……違う。戦闘能力だけで決まる『資格』なら、それこそこんなに複雑にする必要がない。あれの求めてる『資格』は……見ようとしてる『何か』は、別のものだ。それはきっと……)


 そこで、あと一分ほどで完全に神経毒が抜けるというところで、谷底から異様な音が響き渡った。



『『『『□□□□□□□□□□!!!!』』』』



 それは、風のようであり、唄のようであり、悲鳴のようであり、嘲笑のようにも聞こえた。


 ただ確かなのは、その中心が下から迫ってきていること。そして、それは壁を登っているのでも跳躍してくるのでもなく、壁から10mほどの距離を保ちながら、一定速度で『浮上』してくる。


「え……ちょっと待てよ……『時止め』対策だからって、『それ』は反則だろ……そんな魂どこから連れてきた!」


 目の前に浮上したのは、暴風を纏った『何か』だった。しかも、いつしか周囲の壁や空中に祭り囃しかパレードかのように楽器を持った使い魔が配置されている。

 その何かを守る風は、まるで小規模な竜巻だ。

 風で中心が見えない……しかし、何をやっているのかは察しがついた。


(垂直に飛行できるほどの風属性魔法! 『イヴ』のやってたのとほぼ同じ、『口』の数を増やした同時多重詠唱か! しかも、周りの使い魔に楽器を持たせて伴奏で威力を底上げしてる!)


 おそらく、身体の回りに風の結界を纏って防御力や機動力、リーチや瞬発力に補正をかける汎用性の高い風属性の強化魔法。同じ系統でも自身もダメージを受ける火や呼吸が弱点になる水、動きが遅くなる土の属性に対して術者へのデメリットの少ない風属性だが、バランスがいい代わりに実体がないため強化技としての効率の低い魔法だ(光や闇の属性だと同じ系統が隠密や目くらましに特化している)。


 しかし、実体のない風の鎧も何枚も重ねてそれぞれを補助効果で強化すれば、実体以上の障壁となる。

 そして、一つなら落下ダメージを軽減し、移動時に僅かに浮いて摩擦を減らす程度の機動力の補助も、ここまで来れば別物だ。確かに、理屈的には体重分の重力を相殺できるだけの威力を真下に放ち続ければ空中浮遊くらいは出来るだろうが、一度きりの跳躍を補助するならともかく、浮上し続けるとなれば消耗も激しい。


 あの『イヴ』も、体力の分身を予備電池とすることで『歌唱スキル』の同時多重使用などということができたのだ。それを、燃料切れすれば即座に奈落の底に落ちかねない場所で使うなど……


「……ヤッバ!?」


 鎌瀬が今いるのは、その断崖絶壁に作られた僅かな足場だ。あちらも燃料切れする前に落ちない位置へ移動する必要があるなら、そのつもりで壁に貼り付くでもよじ登るでもなく『浮上』してきたとしたら……するべきことは一つしかない。



 この断崖絶壁の僅かな足場に、鎌瀬のいる場所に、飛び込んでくるしかない。それも、竜巻と呼べるような暴風の鎧を纏いながら。



『『『『□□□□□□□□□□!!!!』』』』



 風の中でさらに魔法を付け足したのか、嘲笑のような風音が響き渡り、助走をつけるかのように風の中心が後ろに下がる。


(突っ込んでくる!! 風で吹き飛ばされればまだ毒の残ってる俺は壁にしがみつく力もなく奈落の底!! ドアから廊下に出るか!? いや、ドアは内開きだった、風圧で簡単には開かない!!)


 ナイフや火薬を投げて接近を止める?

 いや、圧倒的な風の防壁を前にそんな小細工は吹き飛ばされるだけだ。時を止めようと、手元を離れたナイフが届くまでに吹き飛ばされるし、仮に上手く風の隙間を通り抜けてもダメージが微少では牽制にもならない。

 『止まった時』の能力は純然たる出力差の前にはほとんど役に立たないのだ。そして、回避行動を取れる場所もないとなれば……


(いや……逃げ場は……あった!)


 鎌瀬は、暴風の中に見つけた。

 風に巻き上げられ、木の葉のようにヒラヒラと舞い踊る……『絵』のハマった額縁を。その中に広がる、奥行きのある空間を。絵は破れていないし、額縁も壊れていない。まだ、『出入り口』として繋がっているのだ。

 驚くべきことだが、『沼男(スワンプマン)』は一度『絵』に戻って落下ダメージをやり過ごしたのではなく、空中に投げ出されたまま、地面に激突する前に『絵』まで巻き上げる形で風を纏っていたのだろう。


(あの中に飛び込めば、とりあえず落下は防げるはずだ。あいつ自身が風の中心、すぐに追って来るにも、風を解いて絵を捕まえようとすれば落ちる。少しだけでも時間は稼げるはずだ。問題は、どうやってあの絵の中に飛び込むか)


 荒れ狂う暴風の中、宙を舞う木の葉のような絵に飛び込む。言うのは簡単かもしれないが、困難を極める挑戦だ。例えるなら、荒れ狂う海に浮かぶ浮き輪に高さ10mの飛び込み台から飛び込むのに等しい。それも、自分自身も錐揉みされる嵐の中でだ。


(時間を止めたら……俺は『空気』に触れている。風の防壁は使用者が止まるから範囲は固定されても、近づくものを吹き飛ばす風の鎧の力は消えないだろうな。額縁は止められても、俺が思うように動けない)


 本来は風は空気の動きだ。しかし魔法で作り出した風は魔力を変換して作り出された火や土と同じで、空間を満たす空気とは別物として扱うことができる。たとえば、風の刃が迫っているときに時間を止めれば空気は動いても刃を形作るエネルギーは止まるので空中に『見えない斬撃』が留まる形になる。『風』『水』『土』『火』というような状態を装った『魔力』という物が滞空していると考えればわかりやすい。

 巨大な風の鎧は明らかに鎌瀬の接近を阻害する程に影響力を持ち、余波ではなく風の鎧そのものに『触れて』しまっている。『TW2Y』を使っても、風は干渉し続ける。


(『止まった時』の中では予め決めておいた動作しか出来ないから動きの微調節ができない。暴風さえなければ軌道を計算して行けるけど……)


 パワーが違いすぎる。

 燃費を度外視した瞬間的な力だとしても、それを逃げ場のないこの地形で持って来られると火力の上限が低い鎌瀬は為すすべがない。


(俺が魔法系の技を使えたら同系統の魔力結界で身体の表面だけでもあっちの風を遮断して動けたけど……結界系の護符は大して役に立たないと思って携帯してないんだよな……一瞬でも、風の無い空間に入れれば……)


 そこで鎌瀬は、風の中で動かないものを見つけた。


 それは、魔法の唄を彩り補助する『使い魔』達。

 空中に漂い、壁を歩き回り、しかし吹き飛ばされはしない。


「『TW2Y』!」


 毒はまだ完全には消えていないが、待っている暇はなかった。『1.6秒』の間に七草楔を縛り付けたのと同じフック付きの(ワイヤー)を風下に漂う使い魔に投げつけ、引っ張り寄せ組み付く。そして、予想通りに半径1mほどの球状の風除け結界が張られているのを感じ取る。


(やっぱりか! 表面だけを結界で無風にしても『演奏』はできない! ある程度の空間を確保してないと音が響かないからな……ここは、結界の隙間の『安全地帯』だ!)


 そして、固有技のクールタイムが終わる直前に額縁の位置を確認し、ほぼ真下に来るタイミングで、もう一度固有技を発動させる。


「『TRLPD』『TW2Y』!」


 次の瞬間、鎌瀬は額縁に手をかけていた。



『『『『キャハハハハハ!! ウフッ、キャキャハハハハハハハ!!』』』』



 そして、風の結界が予想以上の破壊力で岩壁を破壊しながら突進する姿に戦慄しながら『絵』の中に飛び込んだ。


 その瞬間、額縁のプレートに刻まれたタイトルと副題が変化したことに……鎌瀬は気付かなかった。



 〖変人『野分鏡花』の処世術〗

 『常識という設定と現実という思い込み』

 ちなみに、『ヴェラ』というのはとある台風の国際名です。


 自然現象や災害の擬人化というのは、古代から行われていますが(むしろそれらが神様や魑魅魍魎の概念の始発点だったりしますが)、中にはどんな殺人鬼もなし得ないような大量殺人を当然のように行っている災害もあるわけで……それを人格化したら、蟻の巣に水を流し込む子供のようなとても無邪気な性格になったりするのかもしれませんね。

 ……あるいは、気性の荒いヒステリックな女性みたいなイメージもあるのかもしれませんが。


 『ヴェラ=スーパーセル』も実はかなり極端で容赦のない(だからこそ思い切りのいい高出力な)魔法を使う分、制御不能でライトもなかなか使わない切り札だったりします(作り溜めした護符とかを一気に大量消費してしまうというのもありますが……)。


 冷静に考えて、狂ったように笑いながら『壁ドン(粉砕)』をしてくる女性って……絵的に怖すぎますよね。

 世の中には、そんな相手に千回近くも挑み続けた時止め使いがいるようですが……


 

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