252頁:特集『大潜入! 死者の洞窟!』
今回は最後の辺りだけ、ちょっとホラー展開かも……
8月15日の朝……結果だけ簡潔に言ってしまえば、鎌瀬は『七草楔』とその一部とも言える木刀《常緑》の融合した木の巨人『エヴァ・グリーン』と戦闘……そして、敗北した。
勝負に勝って試合に負けたとか、精神的に負けたとかではなく、普通にHPをレッドゾーンまで削られ、『エヴァ・グリーン』に食べられるような形で拘束された。口内は蔦のようなもので埋め尽くされていて動きにくく、数本切断できたとしても逃げられない……いや、切断される前提で鎌瀬の動きを把握できるようになっているのだ。
そんな、自由に動けない空間に閉じ込められ、どこかに運ばれながら、回復アイテムを服用しつつ考える。
(『敗因は甘さ』か……いや、単純に俺が弱かった。師匠なら、相手が復活しようがしまいが関係なく生け捕りに出来ただろうし、ABなら相手が巨大化しようと撤退戦くらいはできた。シャークさんならきっとマトモな強さ比べになんて持ち込ませなかった)
振り返ってみれば、こうならない方法は鎌瀬にだって確実にあったはずだ。鎌瀬の固有技『TW2Y』……『TWwY』の『止まった時間を動く能力』なら、出来ることはいくらでもあった。
『背の口』からタケノコが飛び出る瞬間、回避することもできた。
植物のドームが出来る瞬間、全力で走って外に出ることもできた。
甘さを指摘され、目の前で『エヴァ・グリーン』が出現した瞬間だろうと、完全に七草が覆い尽くされる前にもう一度殺すこともできた。
しかし、発動するタイミングを逃した。
一応、挙げれば理由はいろいろある。
まず、この能力は知られていなければ、スパイとして特定の場所へ侵入してものを盗んだりするのにうってつけだ。そのため、鎌瀬はできるだけ能力の正体が露見しないように非常時以外は使用を控えている。使っても、相手に『視界内の一定距離までテレポートする程度の能力』だと思わせるようにしている。
だから、咄嗟の回避で使うかどうかを考えて反応が遅れることや、テレポートとのつじつま合わせを気にしてできないこともある。
植物のドームが作られたときも、ドームが完成する前に焦って逃げたように見えたら、能力の正体が看破させるかもしれないと思ってしまった……その結果、七草を追いつめたかのように、逃げる必要がないからドームの外に『瞬間移動』しないように見せかけようとして、勝負を焦って能力を看破された上に負けたのだ。今思えば、全方位から狙われるのは避けたかったとすれば良かったとも思う。
「マンガやなんかについて話してて、『ここで能力をこう使ってれば勝てたはずだ』とかってよく言うけど、そんなもん考えながら戦える人間がどんだけいるんだって……俺には、こんな能力は使いこなせない」
『TW2Y』は、万能な技ではない。
発動にインターバルはあるし、細かいルールも多い。しかし、やはりそれに見合う……シャークが、明らかにポテンシャル計算が性能とコストで合わないと言うほどの性能がある。だが、鎌瀬はそれを使いこなせているとは思っていない。
応用範囲が広く癖が強いこの技は、使い方によって強くも弱くもなるのだ。
もっとも、今回は相性が悪かったということを思わないわけではない。
今回、『七草楔』が《常緑》と融合し『エヴァ・グリーン』となった時点で、鎌瀬には勝ち目はほぼなくなった。
鎌瀬が止まった時間を動けるとしても、大規模な破壊ができるわけではない鎌瀬には、『エヴァ・グリーン』という鎧は固すぎた。逃げるにしても、七草が全方位からの攻撃を図って作ったドームは『瞬間移動』ならぬ『時間停止』で抜けられるものではなかった。
いや、七草……あるいは《常緑》も、鎌瀬の能力を『瞬間移動』と言いながらも、『見えないほど高速で動く能力』や『残像を残して透明になって忍び寄る能力』程度には読み違えを考慮してダメ元でも対策としてドームに人の通れる隙間を作らないようにしておいたのだろう。『瞬間移動』としての認識でも、知られない方がよかったのだ。
(何かの情報を持ってそうだったから欲を出しすぎた……最初から、全力疾走で逃げたら良かった)
七草は、鎌瀬に何かをさせようとしているふうだった。
そして、現に鎌瀬は閉じこめられながらも命の危険を感じるようなことはなく、ある意味『大切にされている』とすら感じる。
(何させるつもりかは知らないけど、自由になったら絶対に逃げてやる)
能力を知られたことは致命的に痛いが、それよりもマズいのは自分が人質などにされてシャーク達に不利な状況を作られること……そして、それにより眠っている『恩人』に危険が及ぶことだ。
鎌瀬は闇の中で決意を固めた。
《現在 DBO》
人間は、長い間刺激がないと眠ってしまう。
いや、鎌瀬の場合は隙ができたときに全力で動けるように頭を休めていたというべきかもしれないが……
8月15日、未明。
目覚めた鎌瀬は、暗闇の中で決意を固めた瞬間の自分に心の中で釈明した。
(まさか、目覚めたらどっち行けばいいかもわからないところに投げ出されてるなんて思わなかったんだ……)
体感的には、半日程度だろうか。
『エヴァ・グリーン』の口内に閉じこめられた鎌瀬は、いつの間にか眠ってしまっていた。まあ、相手が植物の怪物のようなものなので、『睡魔』のバッドステータスを与える花粉でも充満していたのだろうが、それを予測して防毒装備をしていれば、眠ったふりをしてすぐに逃げ出すことも出来たかもしれない。
『地面』が、『植物』ではなく『岩』になっている。
周りには蔦もなくなっている。
そして、周囲は明度の低い洞窟特有の不気味な空気が充満している。
(寝ている間にダンジョンのど真ん中に置き去りにされたか……服に隠したナイフとかが手付かずなあたり、無防備にしてのMPKとかではなさそうだけど、下手に動くのが危険なのはすぐわかる)
メニュー画面を開いて時間や持ち物も調べてみるかと思ったが、よくよく考えればそれもまた危険だ。特別に暗い、鎌瀬の『暗視スキル』をもってしても先の見通せない洞窟でメニュー画面を開けば、その画面の光が目印となる。他に誰か潜んでいれば即座に見つかる。
(かといって、マップを見なきゃ自分がダンジョンのどこら辺にいるかもわからないし……まず、周囲がしっかりと見回せる灯りのあるところへ移動しないとな)
この手の不気味さを演出して高いスキルのプレイヤーにも視界の明度に制限をかけるタイプのダンジョンは、大抵が『お化け屋敷』のような性質を持つ。それはもちろん、プレイヤーを驚かすために適切なシチュエーションを演出するという意味であり、急に飛び出してくるトラップや、明かりに反応して襲ってくるモンスターも多い。パニックになってマップを確認しようとメニューを開いて集中攻撃されたというのもよく聞く話だ。
しかし、そういったダンジョンは全域真っ暗というわけではない。ギミックを動かすと明かりが灯ったり、中ボスを倒すとダンジョン全体が明るくなったりする。そうなれば、難易度は格段に下がって安全も確保できる。
(今の明度でも周囲5mくらいははっきり見えてる。この程度なら、多少動き回っても問題ない)
鎌瀬は、周囲を警戒しながらも光、あるいはそれを発生させるギミックを探して歩き出した。
歩き始めて、しばらくした頃合いだった……鎌瀬の『聴音スキル』が、確かな『足音』を察知したのは。
「……!」
鎌瀬は足を止めて、音のした方を見る。
足音は二人分……それも、忍び足というわけではなく、堂々と鎌瀬の方へ向かってきている。モンスターというわけでもない、人間らしい足音だ。
(七草か……いや、二人分なら違うかもしれない。七草は誰かと協力して動くタイプには見えなかった)
単独で動いていた七草に無理やり捕まえられてここに放り込まれた鎌瀬が言うのだから、大方間違いない。彼女は地力が強力だが、その使い方が未熟すぎる(それに捕まった自分は偉そうなことは言えないことは自覚しているが……)、仲間がいたらもっと上手い使い方を勧めるだろう。
(接近してるのは、無関係のダンジョン探索者か? それなら出口を聞きたいけど……そう甘くはないはずだ。七草が俺をここに閉じこめたからには、簡単に抜け出されちゃ困る。無関係のプレイヤーが入ってこないように、洞窟の入り口を木々で隠すくらいはするだろう。入ってくるとすれば……俺がここにいるとわかって、多少の障害があっても普通に入ってくる明確な『敵』か『味方』だ)
『味方』だとすれば、ABとミクあたりだろう(シャークはおそらく『お化け屋敷』には来ない)。
しかし……
(……チッ、足音的に片方が明らかに二人よりも背が高い。カガリさんくらいある! 別人だ!)
どうやら、一番望ましい展開ではないらしい。
鎌瀬はナイフを構え、相手がはっきり見える距離まで接近したら速攻を仕掛けるため、重心を落として飛びかかる直前まで脚に力を蓄えた。
そして……
「ヤッ!」
「あ、いたいた。探したわよ『22番』」
「見つけたにゃ!」
「何故に!?」
全力で攻撃動作をキャンセルし、ずっこけた。
地面に体を打ち付け、ちょっとダメージが発生するほど痛かったが、そうせざるを得なかった。
何故なら、目の前に現れたのは……
「『4番』『11番』……なんでこんなところに……」
裏の四大勢力『人外魔境』の一人リリスの部下である『サキュバス』の……鎌瀬が最も良く知る二人組だったからだ。
少し大人っぽいレディといった外見の『4番』と、子供っぽい格闘家ふうのネコミミ&ニャンニャン語尾(どうやら鎌瀬が気に入ったと思っているらしい。最初は容姿の変化に驚いただけでドキリとしたわけではないのだが……)の『11番』。共に、人間に見えるものの実際は人を模したNPCだ。
「なんでって……普通に、拉致られたっぽいから迎えにきただけだけど?」
「『22番』は結構拉致られてるにゃ」
「いやまあ、最近は拉致されたり洗脳されかけたりしすぎなのは自覚してるけど、その内の一件はそれこそあんたらだし……てか、どうしてわかったの?」
「あら? 気付かなかったの? あなたの身体には、私の『影』の一部を仕込んであるから居場所くらいすぐわかるのよ? タイミングが合えば会話くらいは拾えるし」
「いつの間にそんな盗聴発信器付けやがった!?」
鎌瀬は自身の体を弄って何かくっついていないかと調べるが、『4番』はカラカラと笑う。
「身体の表面なんて探っても見つからないわよ? 『影の槍』を刺したとき体内に侵入させたから」
「あのボス戦の時か……てか、七草には種植えられたし、知らない内に得体の知れないもの打ち込まれてるし……俺、どんだけ埋め込まれてんだよ」
「にゃは、だったら定期的に病院と教会に行くことをお勧めするにゃ。ちゃんとお布施して調べてもらえば大体わかるにゃ」
「『病院』はともかく『教会』は苦手なんだけどな……ちょっとトラウマだし」
何はともあれ、その得体の知れないもののおかげで一応『味方』と呼べる者が来てくれたのは助かった。
(……それにしても、どっちも攻撃されたときに打ち込まれたみたいだし、居場所が大方わかるとか、能力が似てるな……こういう能力って多いのか? それとも……あの『七草楔』も、『サキュバス』と似たようなものだったりするのか?)
仮に……もしも、仮にという話だが。
『七草楔』と『サキュバス』の間に何か関係性……ある種の親戚に近い関係があった場合、彼女達二人が突然手のひらを返して背後から刺してくる可能性もあるのではないのか?
鎌瀬は一度、冗談ではなく背中から(後ろではなく下からだが)刺されたことがある。あれは鎌瀬を危険なボス戦から離脱させるためだったが、倫理観や常識が必ずしも共有できるわけではないということを思い知らされた。
もし、七草と彼女達の利害が一致したら……
「大丈夫、安心して。信じてとは言わないけど……私達は、やり方はともかくあなたを護るつもりでいるわ。リリス様には、そう言われてるから」
『4番』が、鎌瀬の表情から察したように言った。前に聞いた話では、彼女達『サキュバス』はより人間らしいNPCになるため人間の反応を常に観察しているのだ。この程度は不思議ではないだろう。
しかし、鎌瀬は読まれるならと開き直って問いかける。
「その『リリス様の命令』って、要するに俺を利用出来るかもしれないからキープしておけってだけだろ? 言っておくけど、俺は恩の一つや二つ売られたからって宗旨替えするつもりはないし、この前いきなり刺されたことだって忘れてない。言うことを聞かないなら言うことを聞くまで動きを縛ればいいなんて思うなよ?」
最初は、あくまでも『いくらお節介をやかれても引き抜きとかには応じない』ということを伝えようとしただけだった。
しかし、喋ってる途中から熱がこもり、声が荒くなる。
「そもそも、あんたらが来なくたって俺は自由に動ければこんなダンジョンくらい一人で抜けられるし、恩だとも思ってないからな。むしろ、勝手に何かわけわからないものを埋め込まれて、それを『こんなこともあろうかと』みたいに誤魔化されてもありがたくないんだ。第一、あんたらが俺を気にかけるのは俺が今いなくなったら『攻略連合』へ潜入する伝手がなくなって困るからだろ? そんな打算で心配されても嬉しくないね」
言い終わってから、少し強く言い過ぎたかもしれないと思った。
しかし、鎌瀬はここで助けられても、何をされようとも、『恩人』を助けるまでは彼女の側から離れるわけにはいかないのだ。
リリスは、利用などとは考えずただの気まぐれで……本当にただ『気に入ったから』こそ二人を派遣してくれたのかもしれない。リリスの戦力があれば、鎌瀬を無理やり確保することだって難しくはないはずなのだ。
それに、『4番』が自分を刺したのも、エリアボスの強さを鑑みて安全を確保するためだったこともわかっている。むしろ、エリアボスと一対一で逃げ回って自覚していた以上に精神的に疲弊していたであろう鎌瀬が戦闘から離れるためには、目に見えて重大な負傷を負っていたとした方が立場的によかったことも、自演だと思われない背中を狙ったこともわかっている。
だが、鎌瀬は敢えて強く言った。
七草に甘さを指摘され、自身の弱さを体感し、少々ムキになっていたとも言える。
しかし、はっきりさせたかった。
相手は本物の人間ではなく、よくできているだけのNPCだと、自分に言い聞かせたかった。
この二人が突然敵に回っても、今度こそ躊躇わずに動くために。
完全には信用できないはずの二人を見つけて、心底安心してしまった自分を否定するために。
しかし……『4番』は、哀しげに呟いた。
「そう……『人間』って、難しいわね。こういう時って、少しは感謝してくれるものだと思っていたけど……『ありがとう』って、言われてみたかったのに」
その、受け取り方によっては『素直な感謝の言葉も言えないのは人間としてなっていない』とも取れる言葉に、鎌瀬の罪悪感が生まれつつあった心は、一気に沸点を超えた。
「もういい! あんたらなんていなくても、一人で帰ってやる!」
鎌瀬は、二人と反対方向へ逃げるように駆け出した。
自分を止めようとする『11番』を振り切って、二人の来た入り口の方と逆方向あるでろう方向に進んでいることにも気付かずに、よくわからないまま、鎌瀬は何かから逃げ出した。
どれほどたっただろうか。
少しだけ落ち着いた鎌瀬は、一人溜め息を吐いた。
「NPC相手に……何をムキになってるんだよ、俺は」
ここから出ようと思えば、入り口を知るであろう彼女達に聞くのが一番良かった。そんなことは、誰が考えても明らかだった。
しかし、今は彼女達の顔を見たくない……顔を見せられない。たとえ、悲しそうな顔をさせようと、自分の情けない姿を見られようと、相手は人間ではない……そうわかっていても、戻れなかった。
「休み明けからは一緒のギルドだったっけ……謝るなら、その時だな……」
謝る必要があるかどうかわからないが、このままではろくにギルドで一緒にやっていけるとは思えなかった。
子供っぽい『11番』は、あまり鎌瀬の言葉を気にしている様子はなかった。鎌瀬も、彼女に言ったわけではない。しかし、大人な『4番』はどうにも哀しみの表現が板に付いている……まるで、心が芽生え始めているかのようにどこかリアルなのだ。
(……お母さん……みたいだったな……昔の)
彼女がリアルに見えるのは、鎌瀬が彼女に少しだけ似た人物を知っているからかもしれない。
離婚する前の母親を思い出した……父親と些細なことで喧嘩し、その嘆きを聞き入れてくれない父の代わりに、彼が仕事に行っている間家にいる息子に自分の嘆きを聞かせる母親だった。
鎌瀬は、父を尊敬していた。両親が離婚したらどちらの方へ行きたいかと言われたときには、当然父を選んだ。しかし、やはり母親を忘れることはなかった。
母親はあまり好きではなかった。自分にマナーや気遣い、礼儀みたいなものを教えて……本来、心から自然に出るべきものを『常識』として強要し、うっかりそれを怠ると失礼だの教えたはずだだのと言う母親を少し苦手に思っていた。
わかっているから何度も言われるのがいやだったし、反発してわざと教えを破っているのにそれに気付いてくれない母親が嫌だった。
何より、父の悪口を言い、小言を積み重ね、幼い頃から大好きな『お母さん』を嫌いにさせようとする母親が何より嫌いだった。
母親は離婚の時には父に対して『今まで信じていたのに裏切られた』と言ったが、息子の鎌瀬にしてみれば、その言葉で本当に裏切られたのは母親を好きでいられなくなった彼自身だった。
「それで最終的にそんな母親を選んでるあたり、馬鹿なんだよな……俺は」
鎌瀬は最終的に、父ではなく母親へとついていった。
その意思の変更に両親は驚いていたが、彼自身が一番驚いた。
父親と過ごすようになれば、尊敬していた父親まで嫌いになるかもしれないと思ったのか……あるいは、父のことさえなければ大好きだったころの母に戻るかもしれないと思ったのか、今でもよくわからない。
ただ、プレイヤーネームで父の名字だった『鎌瀬』をそのまま使って、その名で呼ばれて嫌悪感を抱かないということは突然父が嫌いになったのではないのだろうと思うと、少し安心する。
「信じるのが怖かった、信じられるのが怖かった、裏切るのが怖かった……裏切られるのが怖かった」
両親の離婚後、鎌瀬と母親はそこそこうまくやっていた。
本当に……『そこそこ』にしかうまくやれなかった。
昔のように信じることができず、ある程度距離を置いて、生活の時間帯をずらして顔を合わす時間を減らして、母親を傷つけないように、裏切らないように、裏切られないように、嫌いにならないように接した。
しかし……今さっき、傷つけてしまったかもしれない『4番』に、母親を重ねてしまった。
「NPCの顔が母親の顔に見えるとか……ホントもう、ホームシックにでもかかったかな……」
あるいは、この一年で母親の顔が記憶から薄れてしまったのかもしれない。何しろ、デスゲームが始まる前からろくに顔を合わせない生活をしていたのだから。
「とにかく、今遭ったら気まずすぎるし、すぐにここを脱出しよう。別れ道とかもあるし、あの二人の来た以外の脱出路もあるはずだ」
鎌瀬は、頭の中で地図を組み立て、二人のいた場所を回り込むように帰れる可能性のあるルートを模索する。
そして、そのルートに繋がりそうな壁(正確には『抜け道でもあればいいな』という希望的観測のできる壁)を見回しつつ、移動していくと……
(それにしてもこのダンジョン、モンスターが全く出ないな……寝てても全く大丈夫だったみたいだし。なんでこんなところに……あっ!)
鎌瀬は、進行方向の行き止まりに違和感を覚えて近付いて行く。
一見ただの壁だが、色合いが少し他の壁と違う。隠し扉によくある特徴だ。
「ここならそのまま外に出られるかもしれない……後は開ける方法さえわかれば……」
メジャーなのは『合い言葉』、特定の言葉を扉の前で声に出して言えば扉が開くというものだ。
他には、専用の鍵がダンジョンのどこかに落ちているという場合や、錠がパズルになっているというパターンもあるが、それらは隠し扉をよく見ればわかる。鍵なら鍵穴が、パズルなら操作するブロックやパネル、合い言葉ならそれが当てはまる暗号などがついているものだ。
鎌瀬は、色の違う壁に顔を近づけ、ゆっくりと全体を見ていく。すると、胸くらいの高さに何かが光るものが見え、それを確かめるために手を触れ、汚れなどを落とすためにこする。
その時だった……鎌瀬の手に、鋭い『何か』が刺さったのは。
「いっ、づぁあ!!」
予想外のタイミングと言うこともあるが、激しい痛みに咄嗟に手を動かせない。隠し扉に刃物が仕込まれていたとかそんなレベルの話ではなく、刺さった何かが触れた手から腕の中へと『侵入』しようとしていのだ。
そして、腕が何故か真っ黒に変色していき、その上をノイズが覆う。
「いっ、いったい何が!?」
鎌瀬は、『何か』が食い込んでくるだけでなく腕を引きずり込まれそうになっていると理解し、しかし何も出来ずにもがくばかりになってしまう。
そこへ……
「逃げなさい!」
鎌瀬は、腕の痛みも無視して強引に後ろへ引っ張られた。そして、引きずり込まれ始めていた腕を引き抜くために、何者かが手を差し入れて腕周りの部分を引きちぎるかのように容赦なく引っ張る。
「痛っ、いたいいたいいたいって!!」
「我慢して!! こいつに呑まれたら人間でもただじゃすまない!!」
鎌瀬が抗議しようと顔を向けると、そこには必死な形相の『4番』がいた。
鎌瀬が驚きに目を見張った直後、腕が壁から出てくるとともに、引きずり出されるようにして、壁が人型に盛り上がってくる……いや、壁に一体化していた何者かが壁から現れる。
鎌瀬が先ほどよく見ようとした光もの……それが、鎌瀬の頭より高い位置に移り二つに分かれ、さらに壁のそこかしこにサイズも書式もバラバラな文字が浮かぶ。
『S』
『W』
『A』
『M』
『P』
『M』
『A』
『N』
『S W A M P M A N』……『沼男』。
まるで泥沼を頭からかぶったかのような、真っ黒な泥が人の形を真似したかのような、人ならざる何か。目の代わりに鏡のようなガラス球をはめ込んだ眼孔が、迂闊に深淵を覗き込んだ愚か者の顔を見定めようとするかのように、じっと鎌瀬を見つめていた。
泥棒対策は万全(かつ執拗)に!
完全自動操縦仕様で扱いも簡単(制御機能は別途オプション購入を推奨)!
確かな実力と実績(人格死亡事故三件報告)!
最新鋭の電子戦耐性完備(危険ですので通常回線からのネット接続はおやめください)!
一家に一体、『SWANP MAN』!
今なら特典メモリアルディスク『複製災害』も付いて来る!
……ということで、次回からは『沼男』戦です。
先に断っておきますが、主人公らしさのかけらもない(元から主人公らしいかと言われればあれですが……)、チートですらないバグキャラ仕様です。
……こんなセコムやだなあ。




