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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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240頁:特集『スキャンダル! 秘密の会合のお相手は?』

 演出スキル『伝統芸能(リトルトラブル)

 別プレイヤー、NPCとの攻撃以外の衝突の際、繊細な顔面や手を相手の『特に柔らかい部分』にぶつけることで負傷を防ぎ、衝突事故を大きな問題(トラブル)に発展させない技。

 ただし、注意しなければいけないのは相手が女性型アバターだと……

 ギルド『攻略連合』サブマスター『誠意大将軍』(誤字ではない)。


 ギルドマスター『レーガン』に次ぐギルドの権力者であり、ゲーム攻略のために日々行われるダンジョンやボスの攻略と『一軍』『二軍』の養成に力を注ぐギルドマスターに対し、ギルド内の調節や維持、治安維持といった比較的地味な裏方を担当する陰の功労者。鎌瀬のような組織を下から支える立場のプレイヤーからすれば、ギルドマスターよりも近しく重要なポジションだと言える。


 見た目は、『若い優男』というふうで、人を引っ張るような行動力があるタイプのリーダーではないし、かと言ってエリートとして人を見下すタイプでもない。しかし、鎌瀬の印象としては『上司』として……あるいは、『中間管理職』としての人柄としてはこれ以上ないほどしっくりくる性格をしている。


 現場に判断を任せ、積極的な指示を出さない調節役。

 中立中庸、議論は意見のある者に競わせて客観的に結論を出す聞き上手。

 自分から大胆な改革はせず、問題が起こる度に適宜対処し、大きな摩擦や衝突を避ける事なかれ主義。


 彼が最終的な指揮権を持つ『三軍』が最小限の軍としての体裁を保つためのルール以外はノルマ制で自由に行動できるのも、彼が部下を束縛しての跳ね返りを嫌うからという部分が大きいだろう(ただ単に細かい取り決めで縛り付けるほど重要視されていないだけかもしれないが……)。


 鎌瀬がスパイとして活動する上で、放任気味の体制を維持してくれる将軍はとても重要な存在なのだ。人間的にも嫌いではないし、スパイとしての仕事の上でも助かっている。将軍との関係の悪化は避けたい(というより、スパイとしては目を付けられること自体避けたい)し、将軍が立場を悪くしそうな不祥事や陰謀があれば自分が危険にならない範囲で陰からフォローしようは思っていた。


 だが……



(か、帰ってくれよ! よりにもよって、なんてタイミングで……)



 鎌瀬は今、将軍のことが心から嫌いになりそうだった。

 悪いのはきっと将軍より後ろめたいことのある鎌瀬であり、もっと言えば何よりも悪かったのは運とタイミングなのだが……


「もう一杯、お酌を頼みます。今度は水割り半々で」


(これバレたら俺、社会的に終わる!)


 遊楽(キャバクラ)で女子プレイヤーに扮して働く鎌瀬は、注ぐ酒に黙って呪いを込めるしかなかった。










《現在 DBO》


 8月8日、02時20分。


 状況確認だ。

 鎌瀬は、自身の置かれた状況を改めて整理し、打開の策を練る。


(俺は犯罪組織での任務中にリリスに捕まって『捕虜』になった。そして、どういうわけか『呪い』で姿をドジっこメイド少女に変えられて、リリスの店で働かされている。この時点でもちょっと意味不明な展開だけど、まあそれは性悪悪魔に捕まって弄ばれてるってだけで片付く。悲しいことに、この羞恥プレイにも慣れてきて、とりあえず黙って笑顔で酒を注いでればいいんだってわかってきたところだ。そっち方面の心配はとりあえず置いといていい)


 最初の方はミスをすると店員の『サキュバス』が獲物の隙を狙うような視線を向けてきて気が気でなかったのだが、それが却って『びくびくふるえながら仕事をする小動物系女子』みたいなキャラ付けとなり、むしろ不自然なく場にとけ込めている。

 もはや本気の怯えか演技か自分でもよくわからないが、とりあえず急場はしのいだ。


 まあ、本職がスパイなので場にとけ込むくらいはその気になれば何とかなったということでいいだろう。元から女装をして(キャバクラ)で働く才能があったと認めるよりは、百倍いいはずである。


 問題は……


(『女装して働いてるところに上司がご来店』ってなんだよ!? 気まずいなんてもんじゃないし、バレたら何もかも終わる!)


 まず最初に社会的に終わる。

 悪いことに、鎌瀬と誠意大将軍の間には面識があるのだ。対等な友人である三角(ミヅノ)定規(サダノリ)辺りなら友の情けでごまかして黙っててもらうことも出来るかもしれないが、将軍はそんなことに応じる義理はない。


(『この手の店』に来ていたことを言わないことと交換に……ダメだ。店自体はそこまでいやらしいことはしてないし、そもそも『大人』が『大人の店』に来てるだけだ。しかも、なんて分別と品のある飲み方なんだ! 泥酔かセクハラでもしててくれたらそれをネタに出来るのに、なんで黙って酌だけさせてるんだ! そんなにダンディーな飲み方出来るならバーに行け! 何をこじらせたらキャバクラでメイドを侍らせて黙々と酒が飲めるんだ!?)


 普段から大人しいだけのように見えて隙のない男だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

 それに、捕虜として仕方なく働かされてることを忘れたわけではないが、ここまで羽目を外さず飲まれると芽生えたばかりの何かが傷付く。


「……すみませんね、湿気た飲み方をしてしまって」


(ビクッ!?)


 『呪い』で言葉を封じられた鎌瀬は、首を横に振ることでそれを否定する。

 一瞬、心が読まれたかと思ったが、将軍は言い訳をするように、優しく言う。


「安心してください。そろそろ『時間』ですから、この一杯で最後です」


(時間……?)


 鎌瀬が疑問符を浮かべた直後、背後から鎌瀬へ……ではなく、その先の将軍へと声がかけられる。



「なんだよ、こんな場所で会おうって言うから豪遊でもしてるかと思ったのに、なんか地味な飲み方してんな」



 鎌瀬が振り返ると……そこにはまた、鎌瀬にとって面識のあるプレイヤーがいた。とは言っても、鎌瀬は一方的に相手の顔を知っているだけで面識とは言えないのかもしれないが……


(あ、あの時のチャクラム使いの用心棒!? しかも、あの胸のエンブレムは……)


 『四方に伸びる矢印の十字架』が描かれた胸章。

 鎌瀬が知る限り、ゲームのルート分岐を意味するそれを掲げる組織はたった一つ……『冒険者協会』。表向きには攻略済みエリアのさらなる探索と網羅を標榜し、裏ではこのデスゲームに『永住』することを目論む思想集団。


 鎌瀬は、以前はその胸章を付けていなかったチャクラム使いが今回はそれを堂々と付け、攻略の主戦力の一つである『攻略連合』のサブマスターと驚いたふうもなく言葉を交わしたことに、とんでもない可能性を得てしまった。


(将軍が、『冒険者協会』と繋がってる……攻略を引き止めようとしている勢力が、攻略の主力ギルドにここまで食い込んでるのか?)


 そうだとすれば、大発見どころの騒ぎではない。

 勢力図を見直す必要すら出てくる。もちろん、あまりに突拍子もなさすぎて精査しなければならない情報ではあるが……


(『冒険者協会』のエンブレムや裏の勢力図を知らないプレイヤーならともかく、諜報関係者が知ったとバレたら両勢力から全力で口封じされかねない……)


 社会的にどころか、生命的にもピンチだ。

 というか、知るだけで命に関わるような会合を簡単に目に付くようなところで行わないでほしい。


(いや……違うか。この店が『人外魔境』のリリスの縄張りだからこそ、こんな会合が出来るのか)


 『攻略連合』と『冒険者協会』、どちらの支配下の場所においても、堂々と出来る交流ではないだろう。しかし、安全が確保できない場所や他の組織の監視下も論外だ。

 しかし、他組織との利害関係がない独立勢力『人外魔境』なら……その中でも、特に組織間のイザコザに興味がなく、しかも戦力行使の口実とはいえ機密を保証する意志のあるリリスの支配下にあるこの店なら、他よりも気兼ねなく内密な話も出来ると言うことなのだろう。


(実際、店の周りは盗聴とか盗撮しようとするとリリスに見つかるから、うちの『蜘蛛の巣』も二度とここで諜報とか出来ないしな……ま、それで捕虜になったマヌケなスパイが働かされてるなんて思ってもみないだろうけど)


 流石に、リリスが気まぐれに捕まえた盗撮犯でこんな遊びをしているとは思うまい。まあ、下手をすると情報を持ち帰る前に『サキュバス』の群れが寄ってたかって鎌瀬の脳からきれいさっぱり他の諸々を含めて吸い出してしまう可能性もあるが……



「では、明日も仕事があることですしさっそく本題に入りますか。どうですか? 『例の件』は」



 これほどのチャンスはまたとない。

 二人は、他に客もほぼいなくなったタイミングをよしとしてか、鎌瀬がいるにも構わずそのまま話を始める。おそらく、今の鎌瀬はこの店の人間……つまり、リリスの配下だと思っているのだろう。リリスは組織間の情報を利用しようとはしないだろうし、その配下なら『情報漏洩』などという店の客が減るようなことはしないはずだ。


(まあ、俺が仮に組織に帰れて、シャークさん達にこれを話して大事になったら俺がリリスに殺されるかもってことだけど……一応、ここでヒントを集めて俺個人で他ルートから調べた方が確実か)


 鎌瀬は、酌の指示を待つふりをして、二人の話を聞き逃さないように耳を澄ます。

 すると……


「『例の件』? ……ああ、『戦線(フロンティア)』の赤兎か? ダメだ、けしかけたヤツが逃げ帰って来た。数に任せて全面戦争でもするならともかく、少数で内密に倒すとか無理だぜ」


「そうですか……まあ、ならそれでいい。しばらくはそっちには手を出さないでいい。それだけの戦力があるってわかっただけで収穫ですから」


 『戦線(フロンティア)』、『赤兎』、『けしかけた』。これらの言葉から、鎌瀬は会話の要点をすぐさま理解する。


(攻略トップギルドのプレイヤーへの攻撃……攻略を邪魔したい『冒険者協会』と、攻略の二番手に甘んじてる『攻略連合』の利害が一致したのはそこか)


 会話の内容からすると、どうやら殺す気での攻撃ではなく、警戒を誘い攻略に割く力を削がせる牽制というニュアンスだが……


(同盟を組んだ大ギルドが裏で別の組織を通して争ってるとは……しかも、それに将軍が関わってるのは意外だ。抗争とかは興味なさそうだと思ってたんだけど……)



「なら、これではっきりしましたね。『戦線(フロンティア)』は『あれ』を……『少年兵』を保有していない。あれを持ってるのは他の組織ということだ」



 将軍の言葉に、チャクラム使いが目を丸くする。


「そ、そりゃどういうことだよ? なんで威力偵察だけでそんなことわかるんだ?」


 その動揺した様子から鎌瀬は、将軍の言葉が……『少年兵』と呼ばれたものが、何かしらの重要度の高いもの……それも、組織の勢力図に関わるものだということを感じ取った。


「いつも一番最初に新エリアを探索する彼らが一番に情報を握った可能性は高いと踏んでたんですがね……もし彼らがあれを持っているなら、赤兎なんて強い駒を遊ばせておくわけがない。なのに、赤兎を狙った刺客は無事帰ってきて報告出来たのでしょう? だったら、彼らが『少年兵』を使う準備に入っていない……持っていないということだ」


 将軍の言葉を飲み込んだチャクラム使いは、目を閉じて唸る。


「うーん……だとしたら、どこだ? 少なくとも、俺らとあんたらのどっちかじゃないとして、あれを使えるように出来る戦力なんて……」


「そうですな、一番怪しいのは犯罪組織『蜘蛛の巣』辺り。この前の戦争がその前準備だった可能性は高い。あるいは……『殺人鬼ジャック』なら、もうほぼ条件をクリアしてて、しかし『少年兵』を本人が知らないという状況もありえる。いずれにせよ、あれを野放しにしておくのは我々両方にとって良いことではないでしょう。早く見つけなくては」


「だが、どこも調べるだけでも一筋縄では行かないだろうが……ちなみに、この前接触した『アマゾネス』のメンバーに鎌を掛けてみたが、心当たりはなさそうだった。あそこは人数がそこそこいるし、末端には隠されてるかもしれないけどな……サブマスがあんたみたいな腹黒だしよ」


「ご冗談を。椿さんも私も、ギルドのことを一番に考えているだけですよ」


 鎌瀬は、会話を一文字一句聞き逃さないように、忘れないように記憶する。これが、とてつもなく重要な会話だと直感したからだった。

 そして……



「しかし、もしかしたら、彼女なら……何か知っているかもしれないですね。表裏にとても広い情報網を持ってたし、数ヶ月前から行方不明になってて気になっていたんですけども……失踪時期から見て、秘匿されていた時期から『少年兵』に関わりがあるかもしれない。彼女の専門からすればどこで繋がっていてもおかしくない案件ですから。だとすれば、かなり詳しく情報を集めていてもおかしくない」


「へえ、じゃあそいつを探して聞き出すのが早いってわけか。で、誰なんだよその女って」


「ああ、探してくれると助かります。彼女のプレイヤーネームは……」


 そこで、鎌瀬の頭の回転は一瞬止まった。

 何故なら……



『ニャァァァァアアアアア!!!!』



 突然響いた『猫の鳴き声』に店が震えた。

 一瞬『11番』辺りのネコミミ状態のサキュバスかとも思ったが、どちらかというと『本物』の猫に近い鳴き声だ。


 それに反応し、『サキュバス』達とリリスが表情を大きく変える。どちらも、『まずいことになった』という表情だが度合いが違い、『サキュバス』達の表情に吹き出しをつけるなら『あっ』という程度であるが、リリスだけは『げっ……』という、地味に心底嫌なことが始まったという顔である。


 しかし、それも束の間。

 リリスと『サキュバス』達は店主と店員という顔になり、残り少ない客たちに呼びかける。


「はいはい、ごめんなさい。今日はここで店じまいです。お代は結構なので、またのお越しをお待ちしております」


 それを聞くと、客たちは皆(将軍もチャクラム使いに促されて)そそくさと退出し始める。

 そして、その全てが店から出ると……


「がさ入れが来るわよ! 急いでその子を隠しなさい! じゃないとまた……」



『「また」……なんでしょうね? リリス?』



 店内を見渡して指示を出そうとしていたリリスの肩が『ビクン』と上がる。

 それと同時に、その展開をわかっていたかのように『サキュバス』達が苦笑する。


「えっ、えっと……い、いらっしゃいイザナ、サン? ま、またいらっしゃったんですね?」


「はい、『また』……来ちゃいましたよ? でも、別に嫌がったりする必要はありませんよねー? やましいことがないなら、ガサ入れなんてただの掃除のお手伝いですから」


 ギクシャクと振り向くリリスの後ろに立つのは、ニコニコと何やら影のかかった笑みを浮かべる、割烹着を着た赤髪の大人な女性……そして、その周りに控える十数人の着物を着たNPC達。


「お……おかしいわね、最近警備体制を強化したつもりだったんだけど。コウモリ逹は寝ちゃったのかしらねー」


「いえいえ、そんなことはありませんよ。ちょっと新しい『妖怪』に通信妨害が上手な子がいて、連絡がそちらまで届かなかっただけです」


「くっ、用意周到な……」


 リリスが、鎌瀬の方に目を向け睨む。

 その目は語っていた……『騒いだら()る』と。しかし、鎌瀬の頭の中はそんなことを考えている場合ではなかった。


(どうして将軍の口から……『恩人』の名前(プレイヤーネーム)が……)


 いや、知っていること自体はおかしくない。

 ABの件で少なくとも一回は面識があると考えれば、ゲームの初期から知っていてもおかしくはない。


 だが、文脈からすると……


(『恩人』が目覚めなくなったあのことの真実を知ってる……いや、知らなくても関わってるのか? 知りすぎて消された……つまり、同じものを調べていた? 『少年兵』って一体……)


 そんな鎌瀬を余所に、赤髪の女性……イザナが、リリスに詰め寄る。


「どこを見てるんですか? もしかしてまた、どこからか気に入った人を(かどわ)かして無理やり働かせたりしてるんじゃないですよねえ?」


「アハハ、何言ってるの? うちにいるのは『サキュバス』と高給目当てのバイトの子だけよー。無理やり働かせたりなんて……」


「恥ずかしい格好させてそれを秘密にする代わりにって言質を取り付けたりは?」


「アハハ……スルワケナイデショウ?」


「じゃあ、調べても何も出ませんよねえ? 総員、ガサ入れ開始!」


 動き始めるイザナの脇に控えていたNPC逹。

 それに対し、リリスはすぐさま反応し声を上げる。


「本日の営業時間終了! 総員、速やかに退社しなさい! うちはホワイト会社だからね!」


 要するに、『ヤバいことがばれない内にずらかれ』という命令である。

 着物を脱ぎ捨て、まるで百鬼夜行の挿絵のように変化して飛び回る『妖怪』と、羽を生やして逃げ出す『サキュバス』。


 店内は、言うまでもなく大混乱である。


 そして、一番割を食うのは考え事をしていて混乱のど真ん中から逃げ損ねた鎌瀬だった。


(え、ちょ、うわっ、ぶつか……あっ……)


 避けている内、メイド服の『ドジっこ属性』の呪いが発動。飛んできていた『サキュバス』を避け損ねただけでなく、巻き込んで大転倒。さらに、それは他も巻き込み……



「え!?」

「きゃあ!」

「いやーん!」

「ケケッ!」

「あ、誰か胸触った!」

「演出スキル『伝統芸能(リトルトラブル)』!」

「ぬりかべー」

「え、ちが、おまえじゃな、うぎゃぁああ!!」

「やったな!」

「ぴぎゃ!」

「なんか反応のおかしい奴が混ざってるぞ!?」


 ボンッ!


「あ……」

「リィリィスゥー……詳しくお話聞かせてくれるかしら?」

「重苦し……あれ?」


 こんがらがった人山から抜け出した鎌瀬は、自分身体に違和感を感じた。

 そして、あちこちを触り……



「も、戻ってる……て、え!? まさかさっきのどさくさで誰かと……」


 

 一瞬喜んだ鎌瀬だが、自分を見るイザナに気付き、しかも自分が身体だけ戻ってもメイド服のままであることにまで気付いてしまい……



「えっと……こんな所で奇遇ですね、203号室の『二等兵くん』?」

「あの……このことは他の人に言わないでもらえますか? 103号室の『赤髪先生』?」










 そして、今回の後日談。

 というか、ことの顛末。


 鎌瀬はイザナに保護(補導?)されて、夜明けに背を押されながら『泡沫荘』に朝帰りすることとなった。


 その道すがら、イザナには誠心誠意頭を下げ、『自分があそこにいた理由は詮索せず、あそこにいたこと自体も秘密にしてほしい』と頼み込み、大きな借りを作る形で承諾をもらい(犯罪組織としての仕事についても知られたくはないが、仮にも家族のように思っている大家さんに女装して働いていたなどと知られるのも嫌だった)、もしかしたらもう帰れないかもしれないと思っていた自分の部屋に帰ってから、シャーク達へメールで自分が無事であること、脱出に成功し、おそらく組織間の問題になりそうな『後腐れ』はないことを報告しておいた。




 組織間の関係が険悪になるような『後腐れ』……は、とりあえず起こらないだろう。


 鎌瀬は将軍の会話から偶然にも重要な情報を得てしまったかもしれないが、それを口外しないように釘を刺されたりはしなかった。むしろ、『またご指名があるかもしれないから「22番」は欠番にしておくわね』とまで言われてしまったくらいだ。まあ、昔から酒場や娼館はスパイの聖地と言われる場所ではあるし、女装はともかく店員として会話を盗み聞きするくらいのイカサマは『許容範囲内』なのかもしれない。


 彼女は初めから鎌瀬が将軍を見たときの反応を見て、担当に鎌瀬を割り当てていたように思う(十中八九、知り合いにばれないように女装して働く鎌瀬を見たかっただけの嫌がらせだ)。彼女としては鎌瀬の行動で問題が起きようと、『それはそれで面白そう』と思っているようなだった。


 鎌瀬は『泡沫荘』のメンバーの外でのポジションについては詳しくは知らない、というより複雑な立ち位置の自分もあり、詳しく知ることで純粋に『家族』のように見ることが出来なくなるのが嫌なので知らないようにしていた。


 しかし、今回意図せずわかってしまった。

 『赤髪先生』ことイザナは、リリスと同じ『人外魔境』に属する戦力……それも最も表側に近く位置する『人外魔境』の入り口とも言える『八百万協力社(魔境)』の後ろ盾だ。基本的に他メンバーとの争いを避ける方針にある『人外魔境』の間での引き渡しなら、イザナの関係者として認識されたなら、よっぽどのことがなければまた無理矢理に捕まえようとしてくることはないだろう。



 しかし……


「俺は……やっぱり、未熟者だな。何も出来なかった」


 今回は、偶然知り合いがリリスに対して強い立場にあっただけ……ただの幸運で、助けてもらっただけだ。

 『運も実力のうち』などというのは、物事の99%を自身の実力で満たし、残りの1%の僅かに届かない部分を掴むような者にしか当てはまらないと鎌瀬は考えている。偶然に偶然が重なり、まぐれに次ぐまぐれにより手に入った結果など身に釣り合わない。実力不足もいいところだ。


 そもそも鎌瀬にもっと警戒心が、そして能力があれば、リリスには捕まらずに逃げきれた。リリスについての情報がなかったことを言い訳にしても、鎌瀬の実力不足は弁解できない。鎌瀬がABと共に配置されたのは、AB一人では対応しきれないような不測の事態にも対応できる能力があると判断されていたはずだからだ。


 だが……


「怪我の功名……かな」


 反省は次に活かさなければならない。

 同時に、失敗によって偶然に手に入れたチャンスも、無駄にしてはいけない。


 将軍の口から出た『少年兵』という謎のワード。そして、それを知りすぎたことにより狙われたかもしれないという『恩人』についての情報。


(つまり、『少年兵』について調べていけば、俺も辿りつくかもしれない……『恩人』を、今の状態にした相手に)


 希望的観測かもしれない。

 そもそも、今回の鎌瀬達がマークしていた取引と、将軍の密会が同じ日に同じ店で行われていたというところに、この情報の流れが何者かに仕組まれていたのではないかという疑念すら覚える。


 取引を仕組んでいた誰か、鎌瀬を将軍に割り当てたリリス、わざわざ鎌瀬に席を外させず会話を進めた将軍、レモンの件から鎌瀬をマークしてた可能性のある『冒険者協会』、あるいは直接姿を見せることのなかった誰か。鎌瀬に……『蜘蛛の巣』に情報を与えることで誰に利があるのかはわからないが、偶然を装ってスパイに情報を与えるのは大きな諜報戦の一手としてはよくある話だろう。


 鎌瀬は『主人公』ではないのだ。

 予期せぬ幸運や運命が味方したと思うより、このデスゲーム全体をゲーム盤として操っている誰かの思惑の一部として、伝令役に利用されたと思った方がしっくりくる。たとえそれが普通の物語なら『○○の情報を掴ませておきました』程度のセリフで流される動きだったとしても、今回の鎌瀬にとってはそれが最大の成果だ。


 踊らされているとしても、それが『恩人』を助けることに繋がるのなら鎌瀬は迷わずその流れに乗る。


(まあ、さすがに何も確証がないままシャークさんに報告するのは罠の危険もあるし、しばらくは俺一人で探る必要があるかもしれないけど……俺を利用しようとしてるやつがいるなら、それを利用しかえして、もっと情報を出させてやる)


 決意を固め、『攻略連合』のメンバーとしてまた今日もスパイ活動を続けるため仮眠をとろうと横たわった鎌瀬に、『重要連絡事項』専用のギルド一斉メールの着信音が響き、反射的にそれを開いた鎌瀬の目の前にそのメッセージが表示された。



『緊急連絡! エリアボスの部屋を発見、本日は朝8時からのミーティングは中止し、12時より第24ボス攻略会議を開始する!』

 ちなみに、リリスの店『フリーオーダー』には三日に一回くらいのペースでイザナのガサ入れがありますが、リリスもそれを警戒して警備強化を施したりしています(大量のコウモリもその一環)。

 戦闘能力的には『サキュバス』≧『妖怪』ですが、リリスはイザナに精神的に勝てないので好き放題にされています(定期的にアダルト雑誌の隠し場所をチェックしに来る悪友のような関係に近かったりします)。


 作者的にはそういう『仲良くケンカする』みたいな関係は大好きです。

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