238頁:特集『戦慄! 夜の町を覆う恐怖』
安心してください、健全なバトル展開です。
(ちゃんと勝負になるとは保証しかねますが……)
ゲーム開始から一年以上が経過し、大手ギルドでの攻略時の協力体制の確立や縄張り、市場の区分けがほぼ確定している現状の裏では、表に知られない勢力図もまた表ほど判然としたものではないにしろ、誰が決めるともなくほぼ確定されていた。
表の、一般的なプレイヤーは知らないが裏社会では常識と言えるほど浸透している裏の勢力図だ。
その中でも、大ギルドを揺さぶるような大きな行動を起こせるほどの戦力を持つ集団、あるいは喧嘩を売っても絶対に割に合わないほどリスクの高い集団……いわゆる『秘密結社』のようなものが鎌瀬の所属する犯罪組織を加えて四つほどある。
まず、代表的な一つが先々月大ギルド同盟に戦争をふっかけ、その悪名を表にまで響かせた犯罪組織『蜘蛛の巣』。
鎌瀬も所属するこの勢力は、簡単に言ってしまえば『犯罪者のための組織』だ。これは、組織の中の鎌瀬達からすれば一般の『犯罪をするための組織』という認識とは一線を隔す意味合いを持つ。
戦争などという派手なことをしておいてこう言うと賛否両論ありそうだが、『蜘蛛の巣』は比較的『平和主義』を自負しているのだ。
チーム間の繋がりが弱く一部が暴走したとき食い止めにくいが、基本的に組織の発足当初からの存在目的は犯罪を起こすことではなく、犯罪を犯したプレイヤーが捕まらないことであり、組織としての活動は主に犯罪者を過剰に取り締まろうとする危険なプレイヤーへの攻撃以外は基本的に地味な諜報活動や誰かの依頼によるもので、前回の『戦争』で受けたダメージから最近ではますます動きを抑え、大人しくしている。
正直言って、今一番『無害』な勢力だ。
鎌瀬がシャークに教え込まれた所では、他の三戦力は遥かに『ヤバい』。
シャークいわく、『敵に回すと歴史の闇に放り込まれかねない』という『触れるな危険』の勢力……『時計の街』の教会に拠点を構える情報組織『教会』。
デスゲームという特殊環境下でのメンタルケアの名の下、多くのプレイヤーにコネクションを築き、人心を掌握する見えない支配者。頭数やレベルで測れないその戦力は、本気になれば世論すら簡単に操作できるとも言われている。
せめてもの救いは、勢力の方針が基本的に『中立』であるということ。プレイヤー全体の雰囲気を絶望で包むようなこと(たとえば先々月の『戦争』のようなこと)をしなければ、表裏関わらず過度な干渉はしない。
言わば、刺激したくはないが対策の取れる、縄張り意識の眠れる猛獣のようなものだ。
次に、シャークいわく、『敵味方どっちにもしたくないくらい頭がおかしい』という『常時警戒対象』の勢力……思想集団『冒険者協会』。
彼らは、既に開放されたエリアのさらなる探索を進め、レベルに関係なくあらゆるプレイヤーによる攻略へ協力の可能性を模索するための共同体……という建前だが、実のところは『もう元の世界になんて帰りたくない』という意思で繋がった、このデスゲームの世界での永住すら考えている集団だ。
彼らが望むのは、本当のファンタジー世界の住人のようにモンスターと戦い、魔法や剣を極め、現実世界よりもはるかに高い超人的な能力を自由に振るえるこの世界からの脱出ではなく、退屈で窮屈な現実世界に帰るくらいならこの世界で余生を死ぬまで堪能すること。
もっと簡単に言ってしまえば、『攻略反対派』のプレイヤーだ。
『蜘蛛の巣』も犯罪組織として結果的に攻略の妨害をしていると言えるかもしれないが、それはあくまで犯罪という行為の弊害であって、それが主目的ではない。しかし、『冒険者協会』は時に、攻略の直接間接的な妨害を本気で企てている。まだ、全エリアの約半分が攻略されていないこともあり動きはそれほど激しくないが、着々と力を貯えて危険度を増している。
この勢力が厄介なのは、彼らがゲームクリア自体は望まないものの、レベルや活動域などの向上、拡大に繋がる攻略自体はある程度望んでいるということ。はっきり言って、いつどこに牙を剥くかわからないのだ。先々月の『戦争』では、攻略体制の『掌握』を目標とするという形で交渉し干渉を事前に防いだが、活動が見えにくいだけで、『蜘蛛の巣』に全く劣らない戦力を持っている可能性すらあるらしい。
そして、最後の勢力がシャークいわく、『一番異常』な勢力『人外魔境』。
はっきり言って、一番『ヤバい』勢力……いや、そもそも『勢力』と呼べるかもわからない。はっきり言って、そのような常識が通じない。ある意味、犯罪者として活動しているときには一番『遭遇』したくない相手だ。
この勢力の最大の特徴は、ここに属する者が誰も彼も他者と一線を画す『怪物』だということ。そして、ほとんど組織だっては動かないということだ。いや、この言い方には語弊があるかもしれない。
この勢力は、同じ目的を達するために複数の者が力を合わせ、手段を同じくして行動する『組織』ではなく、各々がそれぞれのやり方で動くのを邪魔しないというだけの『個人戦力』の集まりなのだ。
大手のギルドに属さず、定石や常識に捕らわれず、それぞれが自分の考える最善の方法でゲームクリアを目指す。そこには迷いや躊躇いはなく、あるのはそれぞれの理屈と行動だけ。
その例としてわかりやすいのは『最凶』こと『殺人鬼ジャック』であろう。凶悪犯を問答無用で狩り出し殺す……そんな倫理や常識から離れたプレイスタイルを貫き、実践する『彼』は、正に遭遇したくない相手としては最高峰だ。他にも、『彼』のようにユニークスキルを所持するプレイヤーが複数おり、中にはGMも紛れ込んでいるのではないかと噂されるほどぶっ飛んだ連中。むしろ、『ジャック』はわかりやすくクリアを目指した行動をしていると見えるが、他には何を考え、目的にしているかわからない者も多い。
そして、その中の一人、かなり最近になって浮上してきた際物がいる。
闇色のドレスを纏い、夜を舞う蝶のごとく自由気ままに妖しく振る舞う貴婦人……『夜の女王』こと『リリス』。
それが、監視任務直後の鎌瀬とABの前に……あるいは、真上に現れた女の名前だった。
《現在 DBO》
8月7日、23時58分。
『帳の国』、『床の町』にて。
(ッ『最悪』……じゃないけど、十分にヤバい!)
鎌瀬は仮面の下で焦燥を露わにする。
作戦の機密性はもはや諦めるしかないが、それを差し置いても今ここを切り抜けられるかどうかが問題だ。
ここは街中、こちらは二人、相手は『人外魔境』の『リリス』一人。交戦しても組織間の戦争になる可能性は低いが……リリス一人だけでも、敵に回すのは非常に危険だ。二対一でも勝てる保証がないどころか、個人として『蜘蛛の巣』を敵視されても脅威になりかねない。
しかも……
「さっきしまった望遠鏡、あれフィルムが出たってことはカメラも入ってるのかしら? まさか『風景を撮ってたら偶然写り込んでました』とか言わないわよね?」
よりにもよって、その縄張りで、取引の様子を盗撮していたのがバレた。
まさか、店から500mも離れたこんな場所で……しかも、暗闇の中で発見されるとは想定していなかった。
(いや、こうなった原因なんて考えてる場合じゃない。問題は、今この状況をどうするかだ)
問題は、ここからどう動くか。
取引の瞬間を押さえたフィルムは鎌瀬の手の中にある。なまじ上手く写真に収められただけ手放すのは惜しいが、あちらの怒りが顧客の情報漏洩に関することなら大人しく差し出せばある程度敵意を緩和してくれる可能性もある。シャークも、こういう場合は作戦を失敗してもとにかく逃げていいというふうに言うだろうし、取引が確かにあったことを報告するだけでもある程度は戦果として見ることができるだろう。
だが、リリスの様子は明らかに『それを渡せば赦す』というものではなかった。
むしろ、『目の前で罪を犯してくれて襲う口実が出来た』というような表情なのだ。鎌瀬の経験上、こうした手合いは交渉の余地がない。
ならば、フィルムを渡す必要は皆無。
ここから全力で逃げ出すのが最適解だ。
ナイフを構えた鎌瀬は、隣で銃を構えるABに、小さく声をかけた。
「悪い、ちょっと『跳ばす』ぞ」
ABがその声に反応した瞬間、鎌瀬はナイフをリリスへ投擲し、ABの方へと跳んだ。
そして、ABに手を触れた瞬間……
「え!?」
「騒いで見つかるなよ。『TW2Y』」
次の瞬間、ABの姿がその場から『消えた』。
リリスがナイフを打ち払った時には、既にそこにいたのは鎌瀬一人。彼一人が……リリスに向かって『何か』を投げ、耳をふさいで伏せていた。
「AB特製、《閃光音響爆弾》。しっかり味わえ!」
鎌瀬……犯罪組織のメンバー『夜通鷹』の叫びと共に、撤退戦が始まった。
十秒後。
リリスは、とっさに自身を球状に覆った『闇』……装備した装束の付加効果で生み出した黒い粒子を集めて作った『壁』を取り払い、呟く。
「不発……? いえ、やられたわね。これ、グレネードなんかじゃなくて、ただの空き缶じゃない」
足下に落ちていたのは、《缶コーヒー》の缶。中身はほとんど飲み干されていたようで、その残りの中身も地面にこぼれ落ちてしまっている。
辺りを見回すと、鎌瀬……仮面の少年は屋根から屋根へと飛び移り、リリスに背中を向けて走り去ろうとしていた。
「なるほどねー……閃光音響爆弾なんて言って投げれば、相手はとっさに視覚と聴覚を閉ざそうとするし、爆発しなくても不発弾がいつ炸裂するかわからないからしばらくはそのまま……むしろ、下手に爆発しても自分が動けないかもしれないしね。咄嗟の機転としては満点かしら」
むろん、相手が『フラッシュスタングレネード』という言葉に即座に反応せずそのまま空き缶を注視していればすぐにわかってしまう嘘であり、むしろ自分が視覚と聴覚を封じるふりをする時間だけ対応が後れるが、そこは相手が『手練れ』だと見ての判断だろう。
そして……
「もう一人の女の子……確かに、私が視界を閉ざすより前に消えたわね。だとしたら、固有技……瞬間移動や転移の類かしら。自分ごと跳べるならこんなことする必要はないし……」
リリスは未だに背中を『見せながら』逃げる仮面の少年を見て、結論付ける。
「さっきの隙に視界から逃れて隠れようとしなかったのは、瞬間移動の距離が短いからって辺りかしらね。多分、さっき消えた女の子も近くにいて、足の速いあの男の子が囮になってる間に他の町なりフィールドのダンジョンなりに逃げ出す算段……それがわかってても、こっちは見えてる方を追う方が早いってわけね。随分と、怖がられてるわね。『HP保護圏』の中だっていうのに」
リリスは、愉しげ笑う。
「じゃあ、私も期待にお応えして、楽しませてあげましょうか」
24時03分。
鎌瀬は走りながら、フィルムケースを胸の内ポケットの隠しストレージに収め、後ろから自分を追って動き始めた気配に小さく嘆息する。
「さて、そろそろ狙いはこっちに定まったみたいだな。ABは怒ってるかもしれないけど、とりあえず、フィールドの方へ逃げてくれてるか」
作戦前に決めた非常時の取り決めを記憶から引き出す。
監視対象に気付かれた場合は、こちらの所属が発覚する前に即時撤退。これは、今回関係ない。監視対象は取引を終え、出来るだけ早く街からは離れているはずだ。
次に、監視対象以外のプレイヤーに見つかった場合……それも、監視対象とは無関係な者が相手の場合。可能ならその場を誤魔化して撤収、そうでなければ、脅して口止めか、戦力的にそれが無理ならとにかく逃げる。
しかし、戦力的に逃げることも難しい場合は……
「とにかく、そっちの手についてはある程度逃げながら様子を見てからだな」
今の『夜通鷹』として動いている鎌瀬は、最前線クラスに近い暗殺者タイプの戦闘職。速力、隠密行動のスキル、技術共に高く、戦わずに逃げ隠れするだけなら大抵の相手には負けない自信がある。
(人海戦術で駆り出されでもしなければこのまま……)
バカ正直に姿を見せ続ける必要はない。
ある程度引っ張ってABが逃げる時間を稼げば、後は上手く隠れて撒いてしまえばいい。
「俺の足なら、町から出さえすれば30分かからずにゲートポイントへ……へぅあ!?」
撒くタイミングを見定めようと小さく振り向き、後ろから追ってくるリリスの様子を確認した鎌瀬は、その目に入った光景に思わずわけのわからない声を上げてしまった。
しかし、それも無理はあるまい。
何せ、背後から追ってきてるのは……
「逃げられると思ってるのかしら?」
蝙蝠の翼を広げ飛んでくるリリス。
そして、その周りを舞い、まるで空を覆わんとするかのごとく広がる数十の蝙蝠。一体一体が人間を抱えて飛べそうなほど大きく、蝙蝠というより翼竜のようにも見える。
「魔法系スキルの使い魔!? いや、完全にそんな生易しいものじゃない、テイムモンスターか!?」
魔法系スキルで呼び出された『使い魔』は通常のオブジェクトより存在が薄く、倒された時にも死体などが残らず霧散する。それは視覚的にも像が常にぼやけるという形で判別でき、一目でモンスターと分別できる。
だが、もしも調教されたモンスターだとするなら……
「数が多すぎる! これじゃあまるで……」
鎌瀬が想像したのは、先の『戦争』で猛威を振るった『蜘蛛の巣』の主戦力『黒いもの達』。全滅したはずの、モンスターでありモンスターではないもの。
数が数だけに、群体型のモンスターと考えた方が理屈には合いそうだが、一体一体の威圧感が群体型のそれではない。むしろ、一体を相手に倒そうとしても苦戦しそうな気配すら感じられる。
「固有技とユニークアイテムの組み合わせは再現できないにしろ……似たような組み合わせで再現したか、もしかしたら死体から『合成生物』でも作ったか、どちらにしろあれが『黒いもの達』と同じくらい強いなら……」
鎌瀬は、飛べる相手に立体的な逃走は不利と思い屋根の低い建物から地面へ降り、道を踏みしめて走しる。
その頭上に、星明かりを遮る影がかかった。
「これ……やばっ!?」
鎌瀬は、頭上を確認する余裕もなく一心不乱に走る。
そして、頭上の影は鎌瀬を追いながらさらに大きくなり……
「さあ、『ハウス』しなさい」
頭上から、数十の蝙蝠によりどこからか引き抜かれてきた『民家の二階』が降ってきた。
「『TW2Y』!!」
押しつぶされる直前、鎌瀬の姿が消え、80mほど先に現れる。
そして振り返り、道に『落とされた物』の瓦礫を見て、その惨状に顔を歪める。
「ヤッバ……圏内でも今のはヤバい。あんなのに捕まったら何されるかマジでわからないぞ!」
すぐさま鎌瀬を再捕捉し、また追跡を始める蝙蝠達。
パワーが予想以上、桁違いだ。
数十体で建物一つの一階層を持ち上げられるパワーがあるなら、掴まれて飛ばれたらまず逃げられない。
なりふり構ってはいられない。
「あんまり使いたくないんだけど……『TRLPD』!」
鎌瀬はポケットの中の隠しストレージから幾何学模様の描かれた『札』を数枚取り出し、自身の腕に貼る。
すると、『札』に描かれた模様は発行し、同時に僅かずつ薄くなり始める。
「時間内に撒く!」
鎌瀬の使った『札』は、魔法陣の描かれたもので、言わば『護符』のような役割を持つものだ。『魔法陣』には様々な種類があるが、その中には書き込んだ魔法技の種類によって使った瞬間に攻撃魔法が飛び出すものや、回復アイテムとして機能するものなどがある。高威力、高性能なものは作れる者が少ないため高価なアイテムとして取り引きされる。
よくあるアイテムのタイプとして評価するなら、使い捨て分類の『所有スキルに関係なく一度だけ特定の魔法を発動できる』というものだ。
そして、鎌瀬が使ったのは『支援』の魔法。『筋力』『速力』『回避率』の三種類。
パーティーメンバーに支援を行える者がいなくてもそれに代わる能力強化の手段として活用できるものだが、高価なためよほどの危機に陥ったときか大事な戦闘でしか使われないアイテムだ。
しかし、これがあまり使われないのにはもう一つ理由があり……
(『魔法陣』は直接魔法使いが魔法技を使う時と比べると使い勝手が悪くなってる……デメリットがある。攻撃魔法なら、その反動で魔法陣が書かれたアイテムがダメージを受けて破損するし、回復なら直接より効果が小さくて遅い。そして支援なら……効果がきれた後、一定時間逆に能力が落ちる)
札の模様が消えたとき、魔法陣の効果はきれる。
そしてそこから、付けを払うかのように反支援の時間が始まる。
(これは魔法を使ったドーピング。この札なら、支援は5分で反支援は3分……これを『TRLPD』と『TRLPU』で15分と1分に変える!)
鎌瀬は、よりいっそう素早くなった身体を全力で動かし、時間を最大限に活用するため縦横無尽に町を駆けた。
誤算があるとすれば、それはリリスと鎌瀬の精神性の違い、あるいは年期の違いだろう。
鎌瀬は若く、リリスは鎌瀬よりも長生きしている。
そして、鎌瀬にとって逃げ切りは絶対だが、リリスにとって鎌瀬の捕獲は絶対ではなかった。
9分経過……路地裏に隠れた鎌瀬は、想定していなかった事態に困惑していた。
(どうした……追っ手がピタリと止んだぞ? 諦めたのか、それとも増援でも待っているのか?)
蝙蝠の羽音も、建物をひっくり返す音もしない。いや、もしかしたら建物をまるごと落とすようなことをさせるのはさすがに負担がかかったのか、回復を待っている個体がいるのかもしれないが……それにしても、気配がしなさすぎる。
鎌瀬が支援を使い始めてから、ある程度距離を離し、視界から外れたと思い隠れながら場所を移している内……違和感に気付いたのだ。
相手が、自分を追ってこない。
(護符の効果がきれるのを待ってるのかとも思ったけど……本来なら、もう支援が終わって狙い目の反支援も終わった時間だ。長めの効果を見越していても、全く探していないのは妙だ。反支援の短い時間を狙いたければ、その前に居場所を捕捉してる必要がある……)
追われているなら、逃げればいい。
だが、追われていない状況での派手な逃走は逆に姿をさらす危険がある。
もしリリスが諦めたなら、その気が変わらない内に、もっと言うなら支援がきいている内に町を出た方がいい。支援がきれて反支援になった途端に襲われるのは怖いからだ。
もしくは、リリスが最寄りの街から味方を呼んでローラー作戦でも企んでいるなら、やはり早く広いフィールドに逃げた方がいい。時間が経つほど、その危険は高くなる。
しかし、もしこの状況が罠だった場合。
もしくは、あちらが何らかの理由で見当違いの方を探している場合……今動いてしまえば見つけてくださいと言っているようなものだ。
見当違いの方向を……
(……! まさか、狙いはABか? 足が速くて捕まらない俺を諦めて、ABを探し始めた? そうだったら……マズい。狭い町の中じゃ奥の手の戦車も使えない)
ABから町の外に出たというメールは来ていない。
足が遅い分慎重に町を出ようとしているとすればまだ町の中にいるのもおかしくはないが、それでもやはり遅い気はする。
(この町の出入り口は東西に二つ、相手がリリス一人なら俺が東へおびき寄せてる間に西から出られるだろうけど、あの蝙蝠達がそこを見張っていたら……やっぱり危ない! 俺が興味を引いて出口を手薄にしないと、町から先に出ようとしたABが狙われる! 一体や二体なら強行突破できるだろうけど、あいつらが集まったら戦車ごと持ち上げられかねない)
その時はSOSのメールが来そうなものだからまだ捕まっていない可能性は高いが……今にもそれが来るかもしれない。
もしかしたら、捕まって手を押さえられ、メールもできない状態かもしれない。その場合を考えれば、フレンドリストの座標機能で町のマップ上のどこにいようとあてにはならない。
支援開始から10分……鎌瀬は、決断した。
「今すぐ動こう」
鎌瀬は、隠れていた路地裏から飛び出した。
そして、鎌瀬は建物の屋根を足場に高所に上がり、町を見渡すようにして……姿をさらす。
すると……見つけた、同時に見つかった。
遠くの空を飛んでいた巨大蝙蝠と、目が合った。
すぐさま地面へ降り、逃走を開始する鎌瀬。
仲間を呼び、鎌瀬を追い始める蝙蝠達。
(さっきの様子だと、広く散って広域を同時に探してたっぽいな……『狙いをABに切り替えて、まだ見つけていなかった』ってところか。間に合った!)
鎌瀬は、全速力で町の東出口へと突っ走る。
(支援が切れる前に町の外へ出て、フィールドで身を隠す。モンスターの気配に紛れていれば1分は稼げる!)
後ろに集まる蝙蝠の羽音。
またも、何かを上から落とそうとものを持ち上げるような音がしているが……
(遅い!)
鎌瀬は、妨害の手の間に合わないままに町から飛び出した。
支援効果開始から14分。
東出口を飛び出した鎌瀬は、近くで身を隠すのに手頃な場所を探した。
後一分以内に身を隠せないと、能力が低下した状態での逃走を強いられる。
急いで隠れなければ……
「こっちこっちー! こっちだよー!」
隠れ場所を探していた鎌瀬に茂みの中から声がかけられる。
驚いて振り向いた鎌瀬は……
「AB!? どうしてここに!?」
「そんなことより早く隠れて! 見つかっちゃうから!」
迷彩服の隠蔽効果を最大限に生かすように茂みに隠れて伏せるABに従い、鎌瀬は茂みに入り込んで声を潜める。
「おい、もう町から出てたならメールしろよ! 心配したぞ!」
「ごめーん、でもちょっと手がさ……」
ABが手を前に出す。
すると手にはもやのようなものがかかり、指は軽く握られた状態で固まっているように見えた。
「変な呪い食らっちゃってさー……メール打てなかったんだよね。なんとか走って逃げてきたんだけど、これじゃ戦えないしフィールド一人で抜けられないからねー。だから待ってたんだー」
「そういうことか……だけどちょっとだけ待ってくれ、もうすぐ支援の反動が来るから、その後だったら背負ってでも帰ってやるから……」
鎌瀬がそう言うと、ABはにっこりと笑う。
「良かったー。頼りになる男はもてるぞー」
「ありがとな、じゃあ少し静かに……」
「でも……」
次の瞬間、鎌瀬は見た。
ABの手にまとわりついたもやが、黒い爪のような形を作るのを。
「女の子の変化にすぐ気がつかないのは減点だねー」
動かないはずの腕で振るわれた黒い爪が、鎌瀬の仮面を跳ね飛ばした。
そして、驚きの表情で固まった鎌瀬の素顔に、ABの顔が寄せられる。
「『嘘は悪女の常備品』。『彼女さん』と『よく似た女』を間違えたら嫌われちゃうわよ?」
『AB』の姿が、黒い貴婦人へと……『リリス』のものへと変わる。
「『変装スキル』!? いや、幻惑の魔法か!? どうしてこっちの出口で待ち伏せを!?」
「町の出口は二つ、それに最初逃げてた方角からして七割くらいの確率でこっちから出て来てくれると思ってたのよね。まあ、反対のあの最初の場所から近かった西に逃げたら仲間も巻き添えになるからってことなんだろうけど、その逆を取ってあっちから出るかもしれなかったし、これはほぼ運だったわね」
潜伏していた鎌瀬は、見つかろうが見つかるまいが逃げられる可能性の高いルートとして西を選んだ。
しかしリリスは、確実ではなくとも合っていれば楽に、確実に鎌瀬を捕らえられる方法を選んだ。
それが、精神的に余裕のある者とない者の違いだった。
鎌瀬の脳裏にメールの着信音が響く。
AB専用の着信音……リリスがそれを察知していないあたり発見や捕獲のSOSではない。おそらく、町から脱出したという知らせだろう。
「さーて、じゃあまた変な瞬間移動か何かで逃げられる前に手を打っておきましょうか」
鎌瀬の頬にはリリスの手が添えられ、鎌瀬がアクションをとる前に……
「悪魔魔法『毒林檎味の口付け』」
鎌瀬は唇を奪われ、衝撃とともに意識を失った。
裏の四大勢力を簡潔にまとめると、次のようになります。
犯罪組織『蜘蛛の巣』
(鎌瀬、シャーク、ナビキ、その他大勢の犯罪者)
規模はそれなりだが組織力はあまりない。捕まったり迫害されたりしたくないプレイヤー(『犯罪者』と呼ばれてはいても無実の者もいたりする)が互いを匿い合っているような組織。
情報組織『教会』
(マリー=ゴールド)
活動目的はプレイヤーの精神的な安寧と秩序の維持。中立だが、プレイヤー全体に狂気や混乱を振りまこうとすれば敵対することになる。
思想集団『冒険者協会』
(所属者不明)
デスゲームの世界に永住を望む。しかし、攻略が進めば活動域が広がり暮らしやすくなるため、まだ現状では表立った妨害活動をすることはほとんどなく、発見された攻略に有利な情報やアイテムを秘匿して攻略を遅らせたり、前線に進出する実力のあるプレイヤーを勧誘してしまうなどグレーゾーンな活動をしながら力を蓄えている。
公にも開放済みエリアの再探索を推奨する協力体として知られている。
異端集団『人外魔境』
(リリス、ライト、ジャック、『OCC』、etc.)
飛び抜けて強い(あるいは影響力のある)プレイヤーの集団。『味方同士』というより『不可侵協定』に近いが、時に目的が一致すれば協力することもある。影響力の強さは『登場されると大抵の計画がご破算になる(シャーク談)』と言われるほど。
……とまあ、裏の四大勢力と言いながら内二つが勢力というくくりでいいかわからなくなっています。
ちなみに、マリーさんが『人外魔境』じゃないのは、マリーさんが『人外魔境』の影響を押さえつけて混乱を防いでいる部分があるからです。




