237頁:特集『徹底取材! 夜の町を見下ろす影!』
『スパイっぽい活動』って結構地味なので、話のメインにしにくいんですよね(笑)。
とある日、人気の少なくそよ風と木漏れ日が注がれるフィールドの安全エリアにて。
一人で狩りをサボって昼寝するのに最適な下草の上に寝転がりながら、少女は誰に言うでもなくぼやく。
「はあー、もうだめだー……いっそ、引きこもってやろうかなー」
そこそこに優秀なはずの少女は、それだけで物事がうまく回らない人間社会の難しさを実感する。
思い通りに生きられない不自由にウンザリする。身内に見栄を張ってケンカ別れみたくなってしまったこともあり、自分の方が間違っていたと現実に教えられたかのようで悔しい。
「でも絶対謝りたくないし、私悪くないしー」
少なくとも、悪いことをしようとした結果ではない。ただ、思いのままに動いた結果、こんな所で一人で黄昏ることになっただけだ。
「あー……誰か私の話ちゃんと聞いてくれる人いないかなー。お金払ってもいいくらいなのに」
そんなふうに誰かに聞かれてるわけでもないので適当に不満を吐いていた少女に、突然声がかけられた。
「え、それホント? いや別に、最初からお金なんていらないつもりだったけど、どうせ貰えるなら欲しいかもなんて……ごめんなさい。独り言を勝手に聞いちゃって」
いつの間にか自分を覗き込んでいた女性の顔を見て、寝転がっていた少女は呆れたように溜め息を吐いた。
「うん、払いたいんだけどさ……今、ほぼ無一文なんだよねー。後払いでいいなら、聞いてくれる?」
《現在 DBO》
8月7日。22時54分。
前線から遠い攻略済みエリア『帳の国』、『床の町』にて。
鎌瀬……仮面を側頭部に付け黒い迷彩を纏った犯罪組織のプレイヤー『夜通鷹』は、五階建てのNPC集合住宅の屋上から、長い望遠鏡を覗き込んで、近くにいる人物だけに聞こえる小さな声で言う。
「ターゲット『ルネサンス』、来店。同伴者なし、お忍びだ」
「ラジャー、代わって。確認する」
「わかった。ついでにシャッターも頼む」
屋上には落下防止のためか、腰あたりまで高さの壁が縁に設置されていた。その裏で姿勢を低くしつつ移動し、鎌瀬と場所を変わって望遠鏡をのぞき込むのは、軍服に近いデザインの迷彩服を着た鎌瀬とそう歳の変わらないように見える少女AB。
彼女は、『ルネサンス』と仮に命名されたプレイヤーを見て口角をあげる。
それと同時に、望遠鏡の横に取り付けられた装置を手動で動かし、望遠鏡で自分が見ているのと同じ瞬間を切り取ってフィルムに収める。
「ほうほう、私服のセンスがすごいねあの髭男爵は。ま、この世界観だとむしろピッタリなんだけど……急な情報だったけど、本当に今日この店で取引するんだね。後は、出てくるまで見張ってそっちも写真に撮ればお仕事かんりょー」
『デコイ』……そう呼ばれた鎌瀬は、その確認を当然というように、メールを操作していた。
「シャークさんが捕まえたメールの内容だと情報漏洩を警戒して直前に場所決めたみたいだからな。俺達にもマークされてなかった新しい店だ。まさかこっちが場所がわかってから戦車で先回りしてるとは思わないだろ。さて、『ゲストご登場』……と。店内の方への連絡も完了。これでしばらくは休憩だ。出てくるときは店内の仲間からの連絡でタイミングがわかる」
計画が予定通りに進んでいることを確信するその声に、ABは笑いかけた。
「じゃ、それまでは適当に時間潰そっか。ほら、教えてくれない? ギルドが今どんな感じかってこと、世間話の範囲でいいから」
今回の任務は『監視』だ。
対象は、鎌瀬とABの二人が屋上に陣取るNPCの集合住宅から500m以上離れたとある『店』の玄関。それも、ある特定人物……『攻略連合』の上層プレイヤーの一人が、もう一人別のプレイヤーとなんらかの取り引き……しかも、公に出来ない類の取り引きを行うかもしれないという噂の真偽を確かめるための任務であるが、店に入ってからは別チームの潜入に長けた助っ人がターゲットを監視してくれるため、二人は外から『入店』と『お帰り』だけを外から確認するという簡単なお仕事だ。
率直に言って、入店までの張り込みは長かったが、これからしばらくは退屈なのだ。
ちなみに、スパイの鎌瀬がこんなことをしているのは、ギルド上層メンバーの顔を照合するためだ。
そして、その相棒として隣にいるのが、同じくチームの遠距離攻撃、及び機械担当のAB。撮影用の改造望遠鏡(カメラが組み込まれていて写真が撮れるようになっている)の機械トラブルが起きたときはABが修理することになっているが、どうやらその必要はなさそうだ。
もちろん、二人で見張るのはうっかり眠ってしまうのを防ぐ意味合いもある。眠気を予防するためには、ある程度騒ぎすぎない範囲での会話もサボっていることにはならない。
それに……
「ふーん、名もなき墓標ねー。ロマンチックだねー」
「ロマンチックっていうか、象徴的っていうんだろうと思うけど」
二人は、寝ないように持参した《缶コーヒー》(前線でも人気の携帯飲料、『睡魔』のバッドステータスの予防としての効果も微量にある)を飲みながら、何気ない話をする。
ABと鎌瀬は、チーム内では一番話しやすい『仲間』でもあるのだ。チームには他にもシャークやミクという信頼できる仲間はいるが、シャークは一応『上司』であり、ミクは戦闘技術においての『師匠』だ。縦の関係が厳しいチームではないが、やはりどちらかというとABより話しにくい部分もある。
あるいは、ABが『機械』の担当であり、鎌瀬が『潜入』の担当であることもあるのかもしれない。お互いに別方向の専門であり、優劣がつかない。
簡単に言ってしまえば、スパイ映画におけるスパイと、スパイグッズを作る技術者の間柄に近いかもしれない。鎌瀬が必要な小型カメラや録音装置(機械でなくても魔法系のスキルでの記録や通信もできるが、魔力探知の魔法でばれるので潜入には向かない)の要望を叶えたりするため交流も多く、互いに気兼ねせず会話するのに慣れている。
「そういえば、あの店って何の店なの? 作戦会議では『大人のお店』とかって言ってたけど、お酒もタバコもVRMMOでは年齢制限ないよね? なんで私達は入っちゃだめなの?」
「さ、さあな……俺もわからないな」
「ふーん……」
もちろん、いくら気心が知れていても気兼ねせず話せないこともある。
世の中には、まだ純粋さを残す少女が知らない方がいいことなどいくらでもあるのだ。
「そういえば、ABのプレイヤーネームって本当は『アサルトB』っていうんだよな? それってもしかして、アサルトAとかアサルトCとか知り合いにいるのか?」
「あー……Aじゃないけど、EAとCCがいるかな。身内で、たまにMMOで一緒にね。ま、このゲームにはCは来てないけどね」
鎌瀬が話を逸らすように出したキャラネームの話題に、ABは軽く答えた。
「デコイ……夜通鷹って、本当のプレイヤーネームは『鎌瀬』なんだよね?」
「うん、『カマセって「噛ませ犬」の「噛ませ」? じゃ、コードネームは「デコイ」だねー』って言われたときにはちょっと驚いた」
「だって漢字知らなかったしー。ていうか、じゃあなんで『鎌瀬』なの? もしかして、本名だったりする?」
会話の流れからすれば当然といえば当然のことだが、名前に関する質問返しに心の備えがなかった鎌瀬は一瞬悩んだ。
もう一緒に犯罪組織の構成員などやっている間柄で隠すようなことではないが、おそらく言えば少しあちらは気にすることだ。
しかし、下手に隠し立てすると後々余計に重く取られそうなので、結局すぐに本当のことを話すことにした。ABとはそれなりに長い仲ではあるし、一時的に多少空気が重くなったとしても関係にひびが入るようなことではない。その程度には、遠慮のない間柄だと思っている。
「うーん、本名っていうのは……半分正解かな」
「半分? 名字だけってこと?」
ABが首を傾げる。
それに対し、鎌瀬はできるだけ大したことではないように軽い口調を意識して話す。
「いや、名字だけ……っていうか、昔の名字なんだよなそれ。親の間でいろいろあって、何年か前に変わったんだ。『鎌瀬』はお父さんの方の姓だよ」
鎌瀬の言葉に、ABは僅かに表情を変える。
しかし、そんなABに鎌瀬は気軽に笑いかける。
「いや、いいよ。別に気にしてないから。ただ……こうやってゲームで昔の苗字使ってて、昔の知り合いとかが気付いてくれたらなー……なんて、ちょっとロマンチックな展開を考えたりしたことがあったんだよ」
本来、ゲームでの本名の使用は非推奨行為。特に、それはPVPのあるRPGMMOでは顕著だ。
それは、現実世界での個人情報が流出すれば、ゲーム上ので諍いや勝負の結果から生まれた負の感情がリアルでの争いや事件に発展するのを防ぐためである。
しかし……それでも敢えて、現在の名前でなくとも、過去の名字を使えてしまうということは……その時代の知人と、そう簡単に会えない環境になってしまったということは、想像に難くない。
それを理解したABはしばし押し黙った後……
「お詫び……っていうわけじゃないけど、私の秘密も教えてあげる」
そう言って、笑いかけた。
鎌瀬が同情や謝罪を求めてない以上、それらを口にすることはむしろ失礼に当たる。しかし、そのまま会話を進めるには、AB自身の気持ちが収まらない。そう考えた上で決めたようだった。
そして、ABは静かに語り始める。
「私のちょっと恥ずかしい話……調子に乗って『攻略連合』から追い出されたときの話だよ。仮にもギルドの『創設メンバー』の一人だった私が、ギルドにいられなくなった時の話」
ABは、このデスゲームが始まったとき、一人の知人と一緒にログインしていた。
その知人とABは従姉弟にあたり、いつもABは彼を振り回し、比較的活発な彼女と内向的な彼はゲームでも行動力に差がでることが多かった。
しかし、それは優劣ではなくプレイスタイルの違いに近かった。
ABは派手なプレイスタイルが好きなタイプで、従姉弟は堅実なプレイスタイルが得意だった。
そして、二人はデスゲームとなったこの世界での行動方針で割れた。積極的に戦闘で経験値を得ようとしてABに対し、純粋な生産職となることを一番安全な道だと判断した彼は今までにない反発を見せた。
そして……
「売り言葉に買い言葉……私だけがフィールドに出て、EAは堅実にコツコツとスキルのレベル上げをして、完全に別ルートに入ったわけ。で、私はしばらくして……自分の非力さを知ったの」
ABは、VRゲームの経験があった。ガンアクションゲームで、ハイスコアを出すこともしばしばあった。反射神経やマッピングにはそれなりの自信があった。
だが、本当の『死』の可能性を前にしてみると、彼女には肝心の『覚悟』が足らないことが初めてわかった。
「近距離で足がすくんでる自分に気付くようになってからは、戦闘スタイルを遠距離方向に特化させていったよ……最初は石とかを投げてたけど、EAに言われて一応取ってた生産系スキル、『機械工スキル』で、ストリング、ボウガン、マスケット……どんどん敵から離れて戦えるようにって、後退していった。皮肉なことに、あいつの言ったとおり一番私に合ってたのは、より危険から遠ざかる戦い方だったってオチ」
本当はそもそもABが前線で戦ったこと自体が何かの間違いだったのかもしれない。彼女の作る遠距離武器の強さを考えれば、本人が個人で戦うための武器としてより量産して集団で使う武器としての利用の方が戦力増強に繋がっただろう。現に、同じく『機械工スキル』を高めながら自身は戦闘に参加せずひたすら技術促進を進める『大空商店街』のギルドマスターはそれで街の防衛を成し遂げたのだ。
「それに、デコイは知ってると思うけど、私の開発と戦闘はすごくお金がかかるからさー……一人じゃきつくって、限界を感じて、技術者としての協力と引き換えに大きなプレイヤーの集団に入れてもらったの。それが後の『攻略連合』……あの時はただ、攻略に参加したいけどレベルが少し足りなかったり装備が不十分だったりするプレイヤーが集まって、戦力を補い合うだけだったんだよね。で、しばらくしてギルドが作れるようになって、正式に『攻略連合』って名前が付いた。それからだよ、今みたいに規律とか階級とかって堅苦しいのが始まったのは」
多くの人間が集まって協力しようとすれば、どうしても全体を統制するルールが必要になってくる。階級は元々、パーティーメンバーの足を引っ張らないようにレベルを区分けしただけだった。
しかし、いつからかギルドメンバーの間にはそれが『義務』となった。
ABも、ある程度堅苦しくなるのは覚悟していた。その上で、強い武器の開発を進められればそれでよかった。
だが……
「ほら、上下関係とか厳しくなってくるとあるでしょ? 『新人いびり』とか、『先輩優位』とかさ。訓練だって言って高レベルのフィールドでモンスターと戦わせて後輩の倒せないモンスターを倒して見せて威厳を示したり、後輩に危ない役をやらせて削れたクエストボスを仕留めたり。そういうのが肌に合わなくてさ……そういうのを見つけたら遠距離で潰してたんだよ」
ABの攻撃はコストは大きいが、その分射程が大きく威力が高い。後輩の援護射撃やラストアタック狙いのギルドメンバーへの牽制などは容易かった。
しかし……
「そしたらいつの間にか、『味方を背中から撃つ性悪ガンナー』なんて言われるようになってた。フレンドリファイアだけはしないように気をつけてたんだけど……要するに、嫌われちゃったんだよー」
『新人いびり』というものを嫌う者は他の者から嫌われる。それは、『上下関係とはこういうものだ』と教え込むための行為で自分が嫌われるのを厭い後輩を甘やかす者がいると後輩の認識が『意地悪な先輩』と『優しい先輩』に分けられてしまうからだ。それが正義感によるものだったとしても、空気の読めない人間への風当たりは厳しい。
支持の膨張と他の先輩側の印象悪化を防ぐために、ABの悪評を広めていたのだろう。
しかし、当時のABにはそれは理解できないことだった。
善意でやったことが、訳の分からない内に嫌われる原因になって、どうすればいいかもわからなくなった。
そして……
「ギルドに居場所なくて、作った武器もお金もギルド名義にしちゃってたから抜けることも出来なくて困ってた私に声をかけてくれたのが……」
「『恩人』……か」
鎌瀬がその先を読んで言うと、ABは微笑みながら頷いた。
「いやー、あの人すごいよねー。無理を論理で通すっていか、勝てないっていうか……あの人のおかげで、私は自分の武器も、研究成果も、十分な資金まで取り返してキレイにギルドと縁を切れた。ま、ちょっとした仕返しに私の主導してた量産銃器の設計図の数値をデタラメに書き換えておいたからそれで竜騎兵隊の編成がボツになったのは悪いことしたと思うけどね」
「人事部の誰かさんが聞いたら激怒しそうな話だな」
ぜんぜん懲りていなかった。
鎌瀬は頭の中に浮かんだギルドメンバーの安全率の確保に闘志を燃やす幹部ミリアに頭を下げる。彼女はABの自由主義とは真っ向から対立しそうだし、当時二人の間で何かあっても不思議はない(そのエピソードを下手に聞いてミリアの前でボロが出るのは嫌なので追求はしない)。
まあ、ABが懲りてミリアと仲良くやれるようになっていたら犯罪組織の構成員などやっていないのかもしれないが……
「ほーんと、私が男だったら『恩人』には惚れちゃってたかもねー。ま、現に男の子で惚れちゃった口のでやつがここにいるわけだけど」
「うるさいなぁ。いいだろ、男が女に惚れるくらい」
「惚れてるのは否定しないんだね」
「……まあな。それに関しちゃ嘘は吐かないよ。ていうか……嘘ついても意味ないだろこの質問。『恩人』はけっこうモテてたし、男なら誰だって少しくらい……」
「でも実はご本人が男より女の方が良かったりって話も……」
「えっ、ちょっ、マジ? それ初耳なんだけど!?」
「まあ、そこまでガチなやつじゃないけど……実は商店街でのナビキちゃんのミニコンサート、たまに見に行ってたんだよねー。スケジュールも調節してー、私も誘われたりー……」
「で、でもそれって音楽鑑賞とかそういうことだよな!? 女子ってそういうの結構好きだもんな!?」
「あんまり人気がなかったマイナーブロマイドコンプリートしてたけど」
「……一応、一時期は『蜘蛛の巣』の仲間だったしそれで……」
「え? デビュー当時から注目してたみたいだけど?」
「……」
驚きの新事実に固まる鎌瀬の頭に、メールの着信音が響く。
ターゲットが店から出てくる合図だ。
鎌瀬は手にしていた缶を足下に置き、真剣な口調でABを促す。
「……詳しいことは後で聞かせてくれ、今は仕事だ」
「うん、わかった」
すぐさま鎌瀬の様子から状況を理解したABはカメラを内蔵した望遠鏡を『大人の店』へと向け、シャッターのボタンに指をかける。
そして鎌瀬は、メールの内容を確認し……
「AB、ケースBだ。店内ではブツを交換しなかったらしい。店内での引き渡しがNPC店員に『店内での商売』として注意されたそうだ。玄関を出てからすぐ交換する可能性もあるけど、場合によっては追跡に入る。判断できるようにしっかり撮ってくれ」
「ラジャー、変な動きしないかしっかりと……いや、こっちに気付かずに通りだけ確認してるね。取引は今ここでやるつもりらしいよ」
距離約500m。『暗視スキル』の高いプレイヤーの目でも、夜中のこの距離を見通すのは難しい。こちらは暗所から改造望遠鏡で見ているが、あちらは明るい場所から裸眼なのだ。店の明かりがあるからフラッシュはいらないし、このまま気付かれずに決定的瞬間を捉えるのも可能なはずだ。
ABが、抑えた声をやや荒げ、シャッターをきる。
「ビンゴ、なんか袋渡して中身確認してる。片方は多分お金、もう片方は……多分、袋の形的に何かの小さな粒みたいなのがたくさん入ってる。あれは……植物の種かな?」
「わざわざ実体化して受け渡すようなものだ。相当重要なものに違いないぞ」
アイテムのトレードだけなら、現物を実体化させなくてもストレージからの操作で間に合う。しかし、それを利用し自作のアイテムに既存のアイテムと同じアイテム名を付けてトレードする『同名アイテム詐欺』というものが広まってからは、重要なアイテムは実体化させてから引き渡すという方法がよくとられる。
それも、やましい取引で危険を冒してまで確認する必要があるということは、相当に重要だということだ。
ABはシャッターをきり続ける。
そして……
「取引成立みたい、二人とも逆方向に店から離れてくよ」
「よし、しっかり撮れたな。後は客にまぎれた仲間に撤収のメールを打って……AB、フィルムを出してくれ」
ABがロール状になったカメラのフィルムを取り出し、鎌瀬がそれを小さな金属の筒に入れ、蓋に粘着力の強いテープを貼り固定する。これで、蓋はテープを破らない限り外れない。
そして、ABも素早く望遠鏡を分解してストレージにしまい込み……
「「作戦完了!」」
二人で小さく手を打ち合わせて笑いあう。
待機がほとんどの作戦だったが、それでも無事終わると思わず笑ってしまうのだ。
「AB、さっきの話だけど、『恩人』のこともっと教えてくれよ。俺の知らないこと、まだ知ってるんだろ?」
「えー、じゃあデコイの秘密と交換ねー。じゃないと『恩人』が起きたとき怒られちゃうしー」
「そうねー。私も混ぜてもらっていいかしら? あなたたちの秘密、聞かせてほしいなー……って」
気の緩んだ二人に『頭上』からかけられる女の声。
二人はギョッとしてその場を飛び退き、声のした場所を見上げる。ABは腰のホルスターから拳銃を抜き、鎌瀬は片手で《夜鷹の面》をしっかりと被りなおし、もう片方の手でナイフを抜きながら、ダメージの発生しない街中だが、いつでも攻撃できるようにして身構える。
すると、そこにいたのは……
「たとえば、あなたたちが私の『お店』のお客さんを盗撮してた理由とかね。一応、扉の外とは言えそういうことに関してはお客の秘密は洩れないようにして心置きなく楽しんでもらうっていうのがうちの方針だから」
コウモリのような翼を生やし、宙に浮く黒いドレスの貴婦人。
二人に武器を向けられても、全く動じずに妖艶な笑みを口元に浮かべ、彼女は言った。
「覗きをする悪い子は、食べてしまおうかしら?」
ちなみに、特集最初の中でサラッと書いてた『ギルドホームで軽い調べもの』というのも、複写禁止な過去の予算配分書とかをこっそりABの作った小型カメラで撮影したりしています。
以前使った煙玉とか火薬とかの類も大体ABが作ってくれてるので、『手品スキル』で身体中に発明を仕込んでいたりもしていたり……




