23頁:仲間がいるときの投擲は気をつけましょう
投稿する時刻が不確定ですいません。
空き時間で書いてます。
7月のある日、ミカンのプライベートVR空間であるオフィスビルの中で正記は逃げ回っていた。
「いい? 逃げるときは追う側がどう追って来るかを計算しながら逃げるのよ」
追いかけながら話すミカン。
正記とミカンは『鬼ごっこ』をしているのだ。
「逆に追う側の時は逃げる側の動きを読む。キミにとってはどっちも簡単でしょ?」
正記は階段を駆け上がりながらその話をテレパシーのような通信で聞く。ミカンは先ほど少し考えた末に下向きに階段を下りて行った。
そして、走りながら答える。
「師匠の考えなんてわかりません!!」
「わかるはずだよ。未来が読めるキミになら、その内『神様の台本』も読めるようになるかもしれない」
そう言いながら、ミカンは階段を『下りる』。
そして、『駆け上がって』来る正記の死角から腕だけを伸ばした。
「『一期一会』」
ライトは自分からラリアットに飛び込んでしまった後、ミカンの行動を理解した。
下に言ったと見せかけて、壁面を上って窓から入ってきたのだ。
「んな!?」
「未来を見るくらいの能力、出し惜しみするものじゃないわ。キミは持ってるもの全部出してようやく一人前なんだから」
≪現在 DBO≫
ライトとジャックがパーティーを組み、活動し始めたのは二人が出会った日の翌日の朝であった。
ジャックはクエストに必要な武器としてナイフを支給され、本人の強い希望で黒のフードケープを追加で借りている。
ライトはジャックに対してどうしても確認したい事があり、ジャックが臨時の宿として使ったイザナの家の前で質問した。(ライトは馬小屋で寝た)
「三つほど質問があるんだがいいか?」
「答えられる範囲なら」
ジャックの返事は素っ気ない。フードケープで顔も隠れているので端から見たらライトが一方的に話しかけているようにしか見えないだろう。
だが、ライトは構わず質問する。
「第一人称が『ボク』だし名前がジャックだし、胸ほとんどなかったけど……ホントに女の子?」
「胸はほっといて!! それに今時女が自分を『ボク』って言うくらい別に珍しいことじゃないでしょ」
「名前が『ジャック』なのも珍しくない?」
ジャックの言葉が詰まる。
「……マくらい」
「え?」
「ネカマくらい珍しくないでしょ」
ネカマというのはゲーム上で実際とは違う性別でロールプレイする行為、もしくはプレイヤーだ。
ただし、このゲームはデスゲームになった際にリアルの容姿が露わにされてしまったためネカマをしようとしたジャックは『男の名前の女の子』という状態になってしまったのだろう。
女から男というパターンは珍しいが、ない話ではない。
そう思えば顔を明かしたくないのも少しは納得できる。
「じゃあ第二に……呼び方はどうしたらいい? 『ジャック』で呼び捨てか、それともスカイが言ってたみたいに『ジャックちゃん』とでも呼ぼうか?」
すると、ジャックは少し押し黙って小さな声で言った。
「二人きりなら呼び捨てでいいけど、人前では『ジャック』自体をやめて別の名前にしてくれた方が助かる……あ、でも勘違いしないで。『ジャック』が嫌なわけじゃない……大切な名前だし……」
「ネカマがばれたくないから?」
「まあ……そんな感じ」
ジャックは言葉を濁す。それをライトはあまり追求はしない。
「じゃあどんな名前がいい?」
「変なのじゃなきゃ何でも良い。適当に呼んで」
「うーん、じゃあジャックにぴったりなのは……」
ライトは今のジャックの格好をマジマジと見つめた。
「『黒ずきん』なんてどうだ?」
「なにその狼を虐殺してそうな名前」
童話の『赤頭巾』のダークバージョンっぽい。
「顔隠すのもキャラ付けってことに出来るし、案外似合ってそうだけどな」
「『黒ずきん』……まあ、あんまり変な名前出されるよりましだから、それでいい。最後の質問は?」
「これからクエストを受けるにあたって、修得するのとかぶるといけないから持ってるスキルを教えてくれ。レベルは無しで種類だけでいい」
「人の個人情報をよくそんなズケズケと聞けるね」
他人のステータスを聞くというのはVRMMOでは少しマナー違反だ。戦闘が発生したとき手の内が知られていると対策が取られてしまう可能性がある。まして、命懸けのデスゲームではそう易々と教える情報でもない。スカイもそれをわかっていて最低限の情報だけを聞いたのだ。
だが、ライトは平然と言う。
「教えてくれたらオレのスキル全部教えるから」
ライトには自分の個人情報を守るという発想はないのかと思いながら、ジャックは溜め息混じりに答える。
「初期設定の4つ以外は『ナイフ』『料理』『隠密』『走行』『暗器』『医療』『解体』『聴音』『暗視』このくらい。結構多いでしょ?」
前線ではダンジョン対策として敵を探知する『聴音スキル』『暗視スキル』は必需品とされているが、他には使用する武器のスキルくらいしか持っていないというプレイヤーもいる。
スキルを修得するためのクエストは地味に難易度が高かったり手間がかかったりして、あまり人気がないのだ。
それに対してライトは自分のスキルを列挙する。
「えっと……『糸スキル』『自傷スキル』『研磨スキル』『木工スキル』『筆記スキル』『裁縫スキル』『穴掘りスキル』『ダウジングスキル』『園芸スキル』『斧スキル』『釣りスキル』『細工スキル』『剣術スキル』『槍術スキル』『ナイフスキル』『メイススキル』『弓術スキル』『盾スキル』『武器整備スキル』『鑑定スキル』『機械工スキル』『ペイントスキル』『組み立てスキル』『梱包スキル』『変装スキル』『玉乗りスキル』『手品スキル』『軽業スキル』『ジャグリングスキル』『武器破壊スキル』『効果付加スキル』『農作スキル』『武器作成スキル』『採掘スキル』『料理スキル』『発酵スキル』『綾取りスキル』『独楽スキル』『メンコスキル』『歌唱スキル』『打楽器スキル』『木管楽器スキル』『荷運びスキル』『染色スキル』、あと秘伝技の『威風堂々』……これくらいだな」
「え……マジで?」
ジャックは唖然とする。
一つ一つが厄介なクエストの成果。一つ一つが前線のプレイヤー達にスルーされた試練だ。それをそんなにもクリアしたなんて正気の沙汰とは思えない。
だが、ライトは威張るような様子もなく、悪びれることなくジャックに言った。
「ジャック……黒ずきんはオレの持ってないの沢山持ってるな、あとで修得したいからクエストがどこでやってるか教えてくれ」
十分後、二人は時計の街の中の5時の方向にある『役所』に来た。
「こんな所に連れてきてなにするの?」
「ここではこの街でも数少ない戦闘系のクエストが受けられるらしい。まずは二人でそれをやる」
「……まさか、この街で受けられるくらいのレベルのクエストが、自分一人では出来ないってわけじゃないよね?」
たとえ生産系だとしても、あれだけの数のスキルクエストをしていればレベルもかなり高いだろう。実際、ジャックと出会ったときにもレベル10前後のモンスターが行き交うフィールドにいたのだ。
ライトは少し間をおいた後、少し後ろめたそうに言った。
「黒ずきん、オレは黒ずきんがどれだけ戦えるか知らない。だから、少し確かめたいんだ……なんかオレ上からで偉そうだな、ゴメン」
それを聞いたジャックはしばし黙った後、一言言った。
「バイトの採用試験?」
「……まあ、そんな感じ。オレもバイトみたいなもんだけど」
心なしかジャックの声が弾んでいた……気がした。
「バイトが嫌なら別の待遇もスカイに頼んでみるけど? 元々手伝う義理なんてないんだし、ソロがいいなら分割でも……」
「ううん。バイトがいい」
ジャックはここで敢えて『バイト』を強調した。
そして、今度ははっきり声を弾ませて付け加えた。
「バイト、一度やってみたかったの」
そう言うと、ジャックはライトを急かしながら市役所に入った。その時、ジャックから押さえきれないやる気が出ているのをライトは感じ取っていた。
クエスト『爆ぜる妙薬』
特定の時間帯に大量発生するモンスター〖マッシュボム〗を刈り尽くすスローター系クエスト。
ただし、必要なのは約一割の割合で現れる色違いからとれる《火薬胞子》というアイテム。
街の外の大岩の影にて、ライトとジャックはクエストの方針を立てる。
「あと数分でこの影の中に〖マッシュボム〗が大量発生する。〖マッシュボム〗の特徴は知ってるか?」
「攻撃してから倒しきるまでに時間がかかり過ぎると、爆発して増えるキノコだよね? ドロップも分散するから爆発させない方がいいやつ」
「正解。攻撃は単純な殴打と頭突きくらいで強くないが、もたもたしてると囲まれる……まあ、オレたちのレベルなら楽に突破できるだろうが……あと、今回のクエストでは黒い笠のキノコからドロップするアイテムが10個は必要だから。黒い奴は積極的に狙ってくれ」
これはジャックの戦い方をライトが見るために受けたクエストだ。レベル的に全て一撃で倒せるだろうが、その動きを見たい。
そこでジャックはライトの腰の刀を見て言う。
「ライトも戦う?」
「そのつもりだけど?」
「じゃあ、どっちが多く倒すか勝負しようよ。分裂させずに」
どうやらライトがジャックを品定めするように、ジャックもライトを品定めしたいらしい。
ライトとしてもその方が対等らしくて気楽に戦い方を観察できそうだ。
「面白そうだ。その勝負乗った」
丁度時間になった。
ジャックはナイフを、ライトは棍棒を取り出す。
「じゃあ、キノコ狩りを始めるか」
「うん。全滅の時間だ」
その後、ライトはキノコと戦いながらジャックの戦い方を見ていたが……
ヒュッ シュッ ザクッ グサッ ズバッ
一言で言うなら……容赦がなかった。
一撃で倒せるのは明らかなのに三、四回の攻撃を与えるのは当たり前。しかも、それが時間のロスを感じさせるような『無駄』に見えない。
ジャックはほぼ止まらずに、高速で走り回りながら次々とキノコを仕留めて行く。
対して、ライトはほぼ動いてはいない。
近距離は棍棒。
近距離を刈り尽くしたら中距離で槍。
槍も届かなくなったら弓。
その間に接近されたらまた棍棒。
高速で武器を変えながら、このループを繰り返して着実に狩りを進める。
そして、たちまちポップは枯渇し、二人の間には最後の一体が残った。
その時、ライトの持つ武器は槍。そして、最後の一体はライトに近かった。
「ラスト一体!! もらうぞ!!」
数はお互い相手まで気が回らなかった。だからこそ、この一体が勝負を分ける気がした。
ライトは槍を横凪に振るう。いかにジャックの足が速くとも、ライトの槍が先に届くと思われた。だが、
「させるか!!」
ジャックがナイフを投擲し、ライトの槍がキノコを刈り取るより先にとどめを刺した。
しかし、予期せぬ事が起きた。
ジャックは『投擲スキル』を上げていたようで、レベルの高いスキルの威力を乗せられたナイフはキノコを貫通した。
「!!」
目前に迫るナイフを体を反らして紙一重で回避を試みるライト。
ザクッ
「あ……」
「なっ!!」
ライト自身の回避は成功していた。
しかし、ナイフはライトの頭上にあったアイテムに命中し、貫通する過程でその耐久力を削りきった。
二人の目の前で、ライトの帽子は破壊された。
場所を移し、二人は帽子の『残骸』を調べた。このゲームでは壊れたアイテムも壊れ方次第ではスキルで修復できる。しかもライトは『裁縫スキル』をはじめとした大量のスキルを持っているのだ。直せる希望はあった。しかし……
「ダメだな、修復できない」
「え、本当に?」
「これを《布地》にして同じデザインの帽子を作ることは出きるが……特殊効果が消えてる。同じにはならない」
「特殊効果!? あの安っぽい帽子にそんなのあったの!?」
「あれ、ああ見えて結構とるのに苦労したんだよ。みんな『安っぽい』とか『ダサい』とか口そろえて言うけどな」
「ホントにゴメン」
ライトはしばらく帽子の残骸を調べた後、妥協するように言った。
「まあいいか、またとってくれば」
「手伝うよ」
ジャックはせめてもの詫びにと協力を申し出たが、ライトはそれを拒否した。
「いや、あれはオレ一人の方がいい。それより、頼みたいことがある」
ライトはよく見えるようになった目でフードの奥のジャックの目を見つめる。
「その強さを見こんで頼む。一週間で良いから付き合ってくれ」
「……………は?」
ジャックの思考は数秒間止まった。
ツキアウ……ってなんだっけ?
ど突き合い? フェンシング? いや、流れ的に……
「それは、いせ……」
「頼む!! 攻略のために一緒に六つの町のクエスト踏破してくれ!! オレ一人じゃ危なくて止められてるクエストでも二人でなら……」
「そんなことだろうと思ったよこのクエストバカ!!!! 言い方が紛らわしい!!」
数十分後、マイマイとライライが拠点としているキッチン付きの宿にライトがフードケープを着たプレイヤーを連れて訪ねてきた。
ドアを開けた二人に、いつもと違い帽子をかぶっておらず真剣そうな表情を露わにしたライトは真剣そのものの声で言った。
「突然で悪いが、何か接待に向いた料理を頼む。大事な交渉なんだ」
(イザナ)「おはようございます!! NPC相談室のコーナーです」
(キサキ)「また名前変わった」
(イザナ)「お便りあります!!」
(キサキ)「そのシステム存続するんだ」
(イザナ)「えーと、ペンネーム『とあるキノコの大爆発』さん。『乱獲されて困っています、もう怒りで爆発しそうです』……えっと……カルシウムを取って怒りを静めましょう!!」
(キサキ)「そういう問題じゃないと思う」
 




