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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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236頁:特集『必見! 大ギルド職場案内』

 作者は『スパイ』というものに対しては、映画で出てくるような様々なスキルを極めて完璧人間のようになっている人間より、意外と『見るからにスパイに向かない人間』の方がよりスパイに向いているんじゃないかと思っています。

 まあ、あくまで心の底に強い意志を保ち続けられる信念があったらという前提ですが……

 鎌瀬は、正式な『攻略連合』のメンバーだ。

 誰かとすり替わったわけでも、潜入のために身分を偽っているのでもなく、紛れもなく本来のプレイヤーネームで、彼自身としてギルドに参入した。


 彼がギルドの仲間たちへ向けている友情は本物であり、スパイではあるものの、ギルド自体への敵意を胸の内に隠しているというわけではない。だからこそ、彼は自分を騙すまでもなく自然な顔で笑い、ギルドに溶け込み、疑われることなく潜入できている。


 しかし、彼がスパイの本分を忘れ、心からギルドへ傾倒してしまうことはない。

 それは、犯罪組織の仲間との絆や、任務への強い執着などというものより、確実で強い根拠だ。



 このギルドのどこかには、鎌瀬が憎んでも憎みきれない……必ず見つけださなければならないプレイヤーがいる。

 それこそが、スパイである鎌瀬がいつまでもスパイでいられる理由なのだ。










《現在 DBO》


 8月5日、8時18分。

 『攻略連合』ギルドホーム『騎士団の城』にて。


「おはよう、定規(さだのり)。今日のミーティングはなんか重要な情報とか……」


「あったよバカやろう!!」


 いつも通りに遅刻してきた鎌瀬に、出会い頭でラリアットをかます三角(みづの)定規(さだのり)。突然の奇襲で驚いた鎌瀬は、ラリアットを避けきれず吹っ飛ばされる。


「ぐはっ!? 割りとマジな威力だった!?」


 本当のことを言えば全力回避で避けられないこともなかったのだが、悪いのは自分だろうと思って反省の意思を示そうとそのまま受けた……のだったが、思ったより痛かった。四割り増しくらいで。

 城の中はほぼ全域『HP保護圏内』なのでダメージは受けないが、痛いものは痛い。


「てめっ! 俺が何したってんだよ! そこまでされる憶えねえぞ!」


「遅刻してきたこと怒ってんだよ! よりにもよって今日に限っていつもよりさらに遅れて来やがって!」


「いったい俺の何がどうしたらこんな怒られるんだ!?」


「てめえの『手柄』が『表彰』されたんだよ! このアホ! サプライズでな!」


「……は?」


 鎌瀬の思考が止まる。

 『てがら』、『ひょうしょう』というワードが自分と結びつかなかったのだ。

 だが、そんな鎌瀬の胸ぐらを掴んだ定規は、迷うことなく彼を持ち上げて人気のない通路へ引っ張っていく。


「正確には、『俺達』の手柄だけどな。何せ、鎌瀬が犯罪者を捕まえたときはいつも二人の協力で捕まえたって報告してたしな。おかげで俺、本当はなんにもやってないのに一人でギルメンの前で『犯罪者を確保するときのコツ』だの『一番大変だった事件』だの喋らされたんだぞ! てめえが来る直前までな!」


 そう言われて、やっと状況を把握する。

 鎌瀬は、犯罪組織の方の情報網もあるので、統制のとれない犯罪者を逮捕するために『攻略連合』の一員として犯罪者を捕まえている。その手柄は定規と分け合うことであまり不自然に見られないようにしていたつもりだったのだが……どうやら鎌瀬と定規がセットで『犯罪者捕獲コンビ』として認定されてしまっていたらしい。


「えっ、つまり……」


「ミーティングにいなかったてめえについては、『またぞろどこかで潜入捜査でもしてるんだと思います』とかって誤魔化しといたが、幹部の何人かが嫌そうな顔してたぞ。とっとと行って、勲章とかもらってこい。ついでに怒られろ」


 何気に、『潜入捜査をしている』というのが真実と言えば真実なので洒落にならない誤魔化し方なのだが、それ以前に上に目を付けられるのはヤバい。


 実のところ、シャークからは『不自然なほど真面目に仕事してると怪しまれるからある程度不真面目なくらいでいいが、上から目はつけられるな』と言われているのだ。

 まさか、遅刻を咎められるより前に、サプライズで表彰されるとは思っていなかった。


「ヤッベ、定規! どこに行けばいい!?」


「人事部の部屋だよ! ほら、さっさと行け!」


 定規に投げつけるように放られた鎌瀬は、すぐさま身なりを正し(一応、鎧の下に着る『攻略連合』の制服を着ているので、襟や裾を直すくらいだ)、『人事部』の部屋へと走る。


 そして、扉の前で敬礼し……


「連合三軍正規兵の鎌瀬! 只今到着しました! 朝のミーティングに遅れたのは……」



「いい……とにかく入れ。中で聞く」



 中からの『ようやく来たのか、今何分だと思ってるんだ』という意思を感じさせる怒気をはらんだ声に肩をすくめる。


(やば……これ、もう詰んでるかも)


 思えば、目の前の部屋が『人事部』だということも恐ろしい。

 このギルドでは、上層部のプレイヤーの配属が一部伏せられている。それは上層へのコネで不当に出世するプレイヤーが出るのを防ぐため(という建て前で、実際は下層のプレイヤーが密かに独自のコネクションを作って下剋上するのを防ぐためとも言われている)、鎌瀬の任務の一部はそのポジションを調べることでもあるのだが、『人事部』は性質的にガードが固くどのようなプレイヤーがいるのかほとんどわかっていない。


 相手の性格次第では……下手をすれば表彰からの即降格(傘下ギルドへの左遷)という可能性もある。


 鎌瀬は、相手が寛容な人物であることを願いながら、さも就職の面接に赴く新社会人のように音を立てないように扉を開け、後ろ手にならないようにゆっくりと閉める。


 そして……


「さて、鎌瀬くん……貴様には今日二つほど要件があったのだが、三つに増えたかな。まあ、三つも四つも変わらないか。さ、とりあえず三つ目の用事から済ませよう。そこのギザギザの板の上で正座しなさい」


「マジですか……」


 扉を閉めて振り返った鎌瀬は、おそらくは『世界拷問大百科』とかで出てきそうな石板をイメージしながら、意を決して視線を上げる。


 そこには……


「……えっと、床一面フカフカのカーペットに見えるんですが……いや、これは俺の脳が恐怖を紛らわすために作った幻覚か」


「いや、見ての通りフカフカのカーペットだ。ていうか、ギザギザの石が常備してある職場はヤバいだろ。ジョークの通じないやつだったか?」


 部屋は、イメージしていた内装と違った。

 六畳ほどの部屋の床にはフカフカのカーペット、机を始めとするはアンティーク口調の高級品、おまけに棚には酒や菓子が詰め込まれ、なんというか……『人事室』というイメージからはかけ離れた、思いのほか豪華な部屋だった。


 そして、その奥の椅子にふんぞり返るように腰掛けるのは一人のプレイヤー。

 意外にも、その人物は女性だった。

 二十代中盤といったところか全体的に肉付きがよく、『攻略連合』の軍服っぽい制服を着て、しかも見下すかのように鎌瀬を見る姿から連想されるものは……


「おい今、『エロ本の特殊な趣味系のコーナーでいそうなキャラだな』って思ったろ?」


「……」


「私の名前はミリア。ちなみに趣味はお人形遊びだ」


「意外!?」


「笑うなら笑え。左遷されても悔いのないほどな」


「職権乱用!?」


「ところで貴様、左遷される心当たりはないか? たとえば、遅刻の常習犯でせっかく用意してやった勲章を受け取れなかったとかな」


「すいませんでした!」


 職権乱用どころか至極真っ当な処罰として左遷されかねない立場だった。


 とりあえず正座になった鎌瀬は、カーペットに額をぶつかるまで頭を下げ、完璧な土下座を決めた。


「……一つ聞く、貴様にプライドはないのか?」


「ご想像にお任せします」


「……まあ、そこまで反省しているのならある程度の手心は加えてやろう。しかし、いきなり土下座とは……正直ちょっとドン引きした。というか、そこまでは求めてなかったんだがな……」


「……」


「とりあえず、三つ目の用事はそれで済んだことにしておいてやる。こっちとしてもお咎めなしというのは、少々具合が悪かったし、どうせ処罰しても反省はせんだろう? 貴様のことはいろいろと調べさせてもらったからな」


 鎌瀬は、内心で『ギクリ』と固まった。

 態度からして、人事室をほぼ私室として占領しているように見える……間違いなく、人事部の重要ポジションにあたるであろう幹部プレイヤーに、素性についての興味を持たれたというのはスパイとしてかなり追いつめられていると言える。


 だが……


「調べてわかったよ。貴様がギルドに忠誠なんて誓うタイプではないということは……この経歴を見れば、納得する。貴様が、どうして手柄を二の次にして犯罪者を追うのかもな」


 ミリアは、同情するような視線を鎌瀬に向けた。



「初めて入ったギルドに裏切られ、次に入ったギルドの内部分裂を目の前で目撃し、最後には自分の手でギルドを売った貴様が……ギルドというシステムの闇を誰よりも知る者が、ギルドに信頼や忠誠心を寄せるなどということがあるわけがない」







 二人は、人事部の部屋を出て歩きながら話を進める。その間にも、鎌瀬は自分の過去を回想する。


 鎌瀬は、『攻略連合』の前に二つのギルドに入っている。


 一つ目は、構成員がたったの十人程度で成立した小規模ギルド。デスゲーム開始から二ヶ月辺りで結成された、最初期のギルドの、最初期メンバーの一人だった。

 しかし、彼はそのギルドを追放されることになる。

 彼が仲間の一人と一緒に狩りに出た際、犯罪者のパーティーに襲われ、仲間は死に、彼だけが生きて逃げのびてしまったのだ。

 命からがら帰って来た彼を待っていたのは、『仲間を囮に一人だけ生き残った人間のクズ』という批難の声と、嫌悪の視線だった。


 そして、そのギルドを抜けた彼は次に生まれようとしていた新しいギルドに加わった。

 心機一転、もう一度新しい仲間との絆を作ろうとした彼が見たのは……内部分裂を極めたギルドの、壮絶にして悲惨な最期だった。


 最終的に、ギルドのサブマスターがギルドマスターを殺害し、ギルドの共有財産を持って逃亡。

 その後、ギルドの名簿の上から三番目に名前があった鎌瀬が暫定的にサブマスターの座に収まり、しかしもはや絆も資金も何も持たないギルドの立て直しなどできるわけもなく、鎌瀬はメンバーからの脱退申請によりギルドが自壊する前に、『攻略連合』と取引をした。



「『俺達は弱くて一人では生きていけない。だから、傘下にしてほしい』……誠意大将軍(サブマス)の話では、そういうことを言ったそうだな。だが実の所、それは粗大ゴミの押し付けだったろ? 貴様は自分の所に転がり込んできた権利でギルドを売り、自分は見事大ギルドの正規メンバーに収まった。本当はもう、責任とか地位とか関係ないただの下っ端になって楽したかったんだ。だから、手柄を立てつつ不真面目に、そうやってバランスを取ってたつもりなんだろう?」


 鎌瀬は、ミリアに連れられてギルド内の廊下を歩いていた。

 しかも、それは普段鎌瀬が歩くことのない廊下……ギルドの一部の専門職が集まるブロックの廊下だ。


「……上司に向かって失礼なのはわかってるけど、一応言わせてください。紙の上で情報を読んだだけで、全部わかった気にならないでほしい。二つ目のギルドの方は……」


「『仮想麻薬(VRドラッグ)』か? 知ってるよ、他の傘下ギルドに散らばった貴様の元ギルドメンバーが教えてくれた。その時ギルドにはまだ裏で流通し始めたばかりで危険性も知られてなかった『仮想麻薬』が広がってて、ギルドのサブマスターは大量の『仮想麻薬』を服用して錯乱し、ギルドマスターを殺した。元々は仲の良い和気あいあいとしたギルドだったらしいが、汚染されて、屋台骨が腐ったんだ。ギルドの誰かが悪かったわけじゃない。悪かったのは……そんなものを自分達へ流した『犯罪者』だ。そういうことだろ?」


「……」


「貴様が『犯罪者』を狙って独自に捜査をしてるっていうのは調べれば簡単にわかった。『お友達』が、本当はただの隠れ蓑だってことも。一回目は犯罪者に仲間を殺された上、その罪を自分に押し付けられて、やっと見つけた安住の地をまた犯罪者に壊された。そりゃ、片っ端から懲らしめたくもなる……いや? それとも貴様は探しているのか? 自分が本当に復讐すべき相手を……貴様が大層慕っていたというギルドマスターを殺した……」


「やめてくれ!」


 鎌瀬の叫びが、廊下に反響する。

 その反応を見て、ミリアは目を細める。


「ああ、今はここまでにしておいてやろう。さて、残りの用件の内一つはこれだ」


 ミリアは、何かを鎌瀬へ投げ渡した。

 それは勲章……それも、小さな手柄を立てたものへと形式的に贈られる統一規格のものではなく、見たことのないオリジナルのデザインだ。


「これは……『犯罪対策調査特別勲章』? 見たことないやつですけど……」


「ああ、最近作ったからな。ま、それは形式的なものだ。今の内にそれを持たせておけば、後々面倒が減るからな」


「後々? もしかして、報告詐称の処罰でも?」


「それなら『お友達』の方は表彰する必要はなかったな。まあいい、とにかくここへ入れ」


 ミリアに促されるまま、扉の一つを開け、中に入る。

 するとそこには、本棚に乱雑に積まれた糸綴り式の紙束(ファイル)の山がそこかしこにあり、その中で一人のプレイヤーが紙束の山に囲まれながら、しゃがんで何かをしていた。


「あ、ミリアさん。珍しいですねこんな散らかったところにいらっしゃるなんて」


 しゃがんでいたプレイヤーが立ち上がると、それは12か13歳くらいの少女だった。

 どうやら、バラバラになって床に散らばっていた紙を集めていたらしい。その胸元には『資料管理室室長』という職員証のようなものが付いている。


「えっと、この子がここの室長……さん? 随分とお若く見えますけど……」


「ほかにここの担当プレイヤーがいませんので『室長』となっていますが、やっていることはただの書類整理です。ところでミリアさん、この人はカマセさんでしたよね? もしかして、ここへ配属になるんですか?」


 小さな室長はさらっと怖いことを言った。

 こんな機能しているのかどうかもよくわからない部署に配属になったら、それはそれで本当に左遷である。


「いや。だが、貴様らはこれから仲良くしていかなければならないかもしれないから、一応顔見せさせておこうと思ってな。おい、鎌瀬も挨拶しろ」


「あ、はい。どうもはじめまして……だよね? でも、俺の名前知ってたみたいだけど……もしかして、会ったことあった? 悪いけど、名前教えてくれる?」


 同じギルドのメンバーなので、どこかで会っていてもおかしくはない。

 だが、一方的に名前を忘れているのは失礼な話だ。メンバーのほとんど大人の男が占める相手がこんな小さな子なら印象は強そうなものだが……


「しらないです。でもたぶん、あなたはわたしの名前しらないです。わたしは、写真であなたの名前を知ってただけなので」


「あ、そうなんだ。で、名前は……」


「しらないです」


「……? もしかして、怒らせちゃった?」


「いいえ。しらない、です」


「えっと……一応聞くけど、記憶喪失とかじゃないよね? きみは、ちゃんときみ自身の名前をわかってる?」


「はい、わかってます。しらないです」


「……えっと、ミリアさん。この子、日本語苦手なタイプですか?」


「いや? 特に言葉に不自由なタイプではないはずだぞ? むしろその年の子供にしては利発なはずだ」


「えっと……」


 鎌瀬は、どうにも噛み合わない会話を振り返り、考え直す。


「問題です、俺の名前は?」


「カマセさんです」


「きみの名前は?」


「しらないです」


「……マイネーミズ、カマセ。ファットユアネイム?」


「……my name is Shiranai.」


「発音思ったより良かった! ていうかようやくわかった、『知らない』んじゃなくて、『シラナイ』って名前なのか!」


「ちなみにプレイヤーフルネームは『不知火(シラヌイ)白亡(シラナイ)』です」


「じゃあ最初からフルネームを教えてほしかった!」


「うちの家訓で『殺し合いをしたくない初見の相手には名字を教えてはいけない』というものが……」


「それどこの忍者文化!? ていうか、じゃあなんで今になって教えてくれたの!?」


「思ったより理解が遅かったのでこれなら勝てるかな……と」


「人生三分の二くらいの相手に思いっきり侮られた!? ていうか、もしかして遊ばれてた?」


 思った以上に利発な子供だった。

 というより、下手をすると鎌瀬より精神年齢が高そうだった。


「ちなみに、シラヌイはこの散らかった資料管理室の中にある資料の位置を全て把握している。一見散らかっているだけに見えるし室長一人だけで機能していないように見えるが、実際の所こいつ一人いれば必要な物は引き出せる。仮にここに配属されても、鎌瀬にできることなどない」


「優秀過ぎる……」


「この部屋にはギルドホーム全体で『保留・一時保存』扱いの操作を受けた資料が乱雑に放り込まれますからね。元々は転送先にこの部屋の本棚の収納ストレージが設定されていたはずなのですが、ギルドの皆さんが日々大量の報告書を送り込んでくるため容量を超えて溢れてしまって。領収書、戦闘での戦果報告、そして犯罪の被害報告、捜査記録、調書もあります」


「犯罪の記録書類……」


 シラヌイが最後に強調して言った『犯罪』に関連する資料の情報が、鎌瀬の思考を刺激した。プレイヤーの配属が秘される部署が複数存在するこのギルドで、秘されるはずの部署のプレイヤーの情報を開示し、互いを紹介させるというのが必要な『手続き』があるとすれば……


 鎌瀬は、ミリアへと視線を向ける。


「もしかして、これから仲良くって……」


 ミリアは、鎌瀬が自分の考えを理解したことを察し、口角を上げた。



「そうだ。近々新しく、計画犯罪対策に特化した捜査・対策に関する部署を作ろうと思っている。貴様には、その犯罪者への執着心をそこで如何なく発揮してもらいたい」







 ミリアは、困惑する鎌瀬を資料管理室から連れ出し、城の中庭へと連れてきた。


 中庭は狭い草原に小さな林があり、広く見た目はいいものの特に快適というわけではなく、ほとんどのプレイヤーは城の廊下から見ることはあっても、直接入って来ることはない場所だ。落ち着いて休むにはどうにも空気が落ち着かず、戦いの練習をするにも静謐すぎてやりずらい。ある種の『神聖さ』に近い空気がある。


 ミリアは鎌瀬を連れて、その林の奥へと入る。


 林の奥へと入ってしまえば、城の中の通路からはまず見えなくなるが、すぐ側に城の領土の境界にもなっている岩壁があるのだ。狭く、何かができるようなスペースはないはずだ。


 しかし……


「着いたぞ。ここが、私が貴様に最後に見せておきたい場所だ。ここで私の話を聞いてから、先ほどの話をよく考えてほしい。ギルドに忠誠を誓うこと、あるいはギルドとは何かということについての、私の考え方だ」


 ミリアが連れてきた場所にあったのは、壁際の地面に突き刺さった一本の剣だった。

 高級品ではない……むしろ、クラス的にはかなり初期のもので、さほど強化もされておらず、今の前線では使い物にならないであろうもの。


 しかし、それは傷みながらも丁寧に手入れされているらしいことが見て取れ、ただの剣とは呼べない何かを内包しているように感じられる。


「これが最後の用件……さっきは、意地悪を言って悪かった。だが、知っておきたかった。貴様が、『仲間』と『ギルド』という言葉の間にどれだけの距離を置いているか」


 その言葉に、鎌瀬は内心跳び上がった。

 確かに、鎌瀬は『ギルド』と『仲間』を完全に分けて考えている。鎌瀬にとって、『ギルドの仲間』と言えば、それは『ギルドに所属している内の、仲間と呼べる一部の者』という意味になる。それ以外は鎌瀬にとって、赤の他人に近いのだ。


 しかし……


「『ギルド』という集団に敵意や恨みは感じていないが、同時に価値も全く感じていないというところか。いや、集団ではなく枠組みと言うべきなんだろうが……それでも私は、貴様に『ギルド』のために働いて欲しいと思っている」


 ミリアは、『ギルドの中の誰か』や『攻略の義務』ではなく、敢えて『ギルドそのもの』を行動目的として挙げた。


「この剣は、墓標のようなものだ。まあ、こんな世界だから実際に遺体が埋まってるわけではないし、死者についてはギルドの決まりでプレイヤーの弔いは最低限の儀式の後は、それぞれの仲間に任せられている。だから誰のものというわけではない、名もなき墓標だ」


 ミリアはポケットから布切れを出し、剣の横に置かれた小さな瓶から油か何かを染み込ませ、剣を丁寧に拭く。すると、瓶の中身が武器の回復アイテムだったのか、剣は放置されて消費した耐久値を回復し僅かに回復し、鋭い輝きを見せる。


「元々、誰が始めたかもわからないんだがな。これは『攻略のために散ったプレイヤーの墓』として、こうやって一部の者が時々手入れしてるんだ。まあ、大事なものならこんな野晒しにせずしかるべき保存をするべきなのかもしれないが……私は、今の状態が気に入っているよ。こうして、こんな場所でいつまでも剣が朽ちずにいるということは、自分以外にも誰かが時々ここを訪れて、磨いてやってるってことだからな。だからこそ、こうやって規則として整備や管理を義務付けせず、公示もせず、完全な自主性に任せている」


 剣のランクから見て、この剣は半年以上前……おそらく、このギルドホームが出来た前後辺りから『墓標』として使われているのだろう。持ち主もなく放置されれば数日で錆び、数週間で耐久値を全損させただの鉄くずになってしまうはずのものが、そこにあり続けることこそが、その不自然さこそが、ある種の存在意義として成立している。


「この剣を手入れしている者がどれだけいるかは知らない。だがきっと、そこまで多くはないだろうな。私は他の者と鉢合わせした記憶はないし、話題にも上がらない。もしかしたら、秘密の場所として認識されているのかもしれないな。何せこんな林の奥、『隠されている』と思われても不思議はあるまい」


 ここに最初に剣を立てた人物は、もしかしたら本当に『隠した』のかもしれない。自分だけの秘密の場所、主を失った剣を朽ちさせて持ち主の元へと贈る儀式のつもりだったのかもしれない。

 しかし、いつしかそれは他の者にも共有され、剣は磨かれ、朽ちずにここに留まっている。

 もしかしたら、最初に剣を立てた本人すらも知らないままに……剣は、何らかの意味を持った。


「俺にそんなことを教えても良かったんですか? ギルドに価値を感じないやつなんかに」


「だからこそだよ……私にとって、この剣はこのギルドの象徴なんだ。ギルド『攻略連合』は確かに、ここで繋がっている……たとえ、ギルドメンバー全員が認識を共有していなくても、ギルドの絆というものはここにある……確実にあるんだ。私は、それを貴様に見せたかった」


 ここはギルドホーム。

 誰かが磨いていなければ確実に錆びてしまう剣。

 他に磨いているのが誰かもわからない、磨かなければならない規則も強制もない……しかし、だからこそこれがあり続けるということは、ギルドの誰かとこの場所、そしてこの剣の持つ意義を共有しているということになる。

 むしろ、わからない方がいいのかもしれない。

 『ギルドの中の誰か』がこの剣を大事にしていると認識しているからこそ……ギルドの『みんな』を大切にしようと思える。


「まあ、もちろん散っていった同志のためというのもある。これまでの犠牲なくして、今の攻略も、ギルドもありはしない。もちろん、これからも攻略を続けようと思えば犠牲は出るだろう。もちろん出したくはないが、誰一人しなないようにするなどという、理想を語っても貴様には響かん。だが、この『ギルド』だからこそ死なずにいられた者がいるであろうことは、わかってほしい」


 『攻略連合』のプレイヤーは、鎧を支給され重装甲での戦いを模範とする。それは、鎌瀬のようなスピードビルドには大きな枷となり、様々な場面において多様性を求められる攻略においても不利となる。

 しかし、鎧を支給し、防御力重視のビルドを推奨することはギルドメンバーの生存確率を上げ、『死なせにくくする』という効果が期待できる。

 機動力を犠牲にしてでも隊列を組み、ダメージを分散させることでリスクを分散できる。


 速さを求めて防具を削るスピードビルドのプレイヤーは、自身の反応力と経験により敵の攻撃を回避し、敵の隙を突いて高効率のダメージを叩き出すが、それは判断ミスが大ダメージに繋がるリスクの高い戦法だ。突出するため仲間がミスをカバーする間もなく取り返しのつかない窮地に追い込まれることもある。『攻略連合』の鎧は、足の速いものを突出させないための足枷でもあるのだ。


「私の目標は、ギルドをもっともっと大きくすることだ。皆で足並みを揃え、いつでも互いに繋がり合い、護り合い、一人で突っ走って死ぬバカを出さないことだ。仲間に看取ってもらえず、伸ばした手を誰にもとってもらえないまま孤独に死ぬ者を出さないことだ。だから、私は貴様に求める……一人で動くのはやめて、群れて動け。場所は作ってやる、人選も貴様が書類上だけでなく本当に共に動ける者を探させてやる」


 ミリアは、中身の少なくなった瓶の横に新しい瓶を置き、剣に背を向ける。

 そして、鎌瀬を見つめる。


「異論は許さん。今度一人で勝手をすれば……私が直々に処罰してやる」




 ミリアは去り、鎌瀬は取り残された。

 スパイとしてはお説教など真面目に聞いてやる義理はないし、要はもう一人で動くなと釘を差されただけだ。それに、人選を任せるというようなことを言われても、完全に自由とは行かないだろう。そもそも、ギルド幹部の彼女と『三下』の鎌瀬ではギルドメンバーからの支持も違う。

 鎌瀬がギルドメンバーの誰を選ぼうとも、そのプレイヤーは十中八九ミリアの手先という立場になるはず。要は、鎌瀬の見張りであり監視役だ。もしかしたら、スパイ行為について疑いを持たれている可能性もある。


 だが……鎌瀬は、剣に喋りかけるような口調で、頭をかきながらその『建て前』に応えた。


「『ギルドのために』か……ま、『あんたら』に恨みがあるわけでもない。だからまあ……魂を捧げるとまでは言わないけど、真面目に膿出しくらいはやってやるよ」


 鎌瀬はスパイだ。

 しかし、その目的は『攻略連合』を潰すことではなく、調査すること。組織の裏を探ること。その根拠は、犯罪組織『蜘蛛の巣』の一部……前回の『戦争』を誘発したシャークの制御できないグループがこのギルドの上層部とどこかで繋がり、暴走している。それをギルド中と外から調べて、惨劇の再来を防ぐことこそが、鎌瀬の受けた任務だ。


 それに、このギルドには鎌瀬が必ず見つけないといけないプレイヤーがどこかにいる。


 犯罪組織とギルドの両方の視点を持つ鎌瀬が犯罪者の捜査に取り組めば、ギルドの外から調べてもギルドの中の腐敗した部分へたどり着くことも出来るはずだ。



「さて、とりあえずは仲間見つけないとな。本当に信頼して一緒に動ける仲間を」

(ミリア)「ギザギザの石が常備されてる職場とかヤバいだろ」




(スカイ)「……え!? い、いや、ないわよ? 正座オプションセットなんて……」(ほぼライト用)

(花火)「え? じゃあ焼き土下座の鉄板とかも普通のとこにはなかったんか?」(その道の事務所の用心棒経験者)


※ギザギザの石の上で正座をさせて石を乗せる『石抱き』は、大昔からある立派な拷問です。命に関わるので読者のみなさまは絶対にまねしないでください。

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