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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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231頁:こまめな復習を心がけましょう

 今日明日中に短編の新作を投稿する予定ですので、もしよければそちらもどうぞ(その推敲で投稿が日付変更ギリギリになってしまいました……すみません)。

 7月7日の夜。


「ふーん、ナビキとボクがライトにとっての『主人公候補』ね……で、ボクが人殺しの殺人鬼になってダークサイドへ落ちたからナビキにルートを絞った結果、ナビキが犯罪組織の悪の参謀みたいなのに目を付けられて死んだと」


「ま、そういうことだ。だけど、別にジャックがダークサイドに落ちたって言っても、悪人になったとは思ってないぜ? ただ、みんなを引っ張らなきゃいけない場面になったとき、周りからの認識によっては正しいことをしてても背中を突かれるからな。人間ってのは『悪人の行動=悪事かそのための悪巧み』みたいに思う傾向があるから」


「そんなめんどくさい新人育成みたいなことしなくてもライトが主人公やればいいじゃん。それともなに? 下手に目立ってそういうふうにされることが怖かったの?」


「いやまあ、確かにそういうのは面倒くさいというのもあるにはあったが……それ以前に、オレにはいくつか欠陥があってな。その中の一つが致命的に主人公に向いてなかったんだ」


「欠陥?」


「ま、たとえばオレはいろんなやつの行動パターンや思考パターンを読み込んで自分の人格をそれに合わせて作り替えたりしてるが、その中には実はとんでもないやつもいて、うっかりそのパターンを実践しちまうと危ないからいろいろ自分に制約を付けてたりする。『人間の形をした物を壊せない』だの、『核爆弾を作ってはいけない』だの、そんな感じでな。ま、致命的なのは別にあったんだが……そっちの方は今は全快とは言えなくても『本当は戦えるような身体じゃないのはわかってる。だけど、オレは行かなきゃならないんだ!』って感じで動ける程度には落ち着いてる」


「まだ結構な重症っぽいけどそれ。マンガとかだと一度負けた相手に満身創痍のまま挑んでなんとか生き残っても生死の境を彷徨うレベルじゃん」


「要するにまだ表立って主人公出来るほどではないんだよ。ま、ジャックも目立ったことはできないだろうが、サポートを頼むことはあるかもしれないからそのつもりでいてくれ。いわゆる、ダークヒーローみたいな感じで」


「『ダークヒーロー』ね……ところで、ライトの当初の考えでは、ボクはどんな感じの主人公になる予定だったの? ボクのどこら辺を見て適任だと思ったのかだけでも教えてほしいかな」


「そうだな……強いて言うなら、『未発達』なところかな。『成長過程』って言ってもいい」


「……もしそれが胸を意識して言ってる事だったら、その舌引き抜いて焼いて食べてやる」


「……ジャックは最初に会った時から、ずば抜けて強かった」


「あ、逃げた」


「だが、追いはぎされてモンスターに追い詰められて木の上とか、今思い出してもなかなか間抜けなファーストコンタクトだったな」


「初対面でスカイに借金して未だに全部を返済しきれてないあんたに言われると割りと本気で腹立つよ」


「だが、オレが何より感じたのはジャックの変に偏った強さだったよ。もちろん、戦闘能力に関してだけじゃなくて、コミュニケーション能力だとか駆け引きだとか、そういうのも合わせて……ジャックは、一人で生きるのに苦労するタイプだとすぐわかった。自分の得意分野には突き抜けてて、その反面で要領が悪くて楽できない。そこは今でも変わってないな。裏でコソコソ悪人ばかり狩る殺人鬼なんてやってるが、やろうと思えば断罪者としてのキャラを広めてもう少し動きやすくできるはずなのにそれをしない。変にいい子ちゃんぶる気はないって事なんだろうが、世間の悪評や敵意を真っ向から迎え撃つ覚悟を持ってその姿勢を保つのは難しいよ」


「……」


「変に要領のいい人間は、低い能力で大きな結果を出す方法を模索するから能力自体が上がりにくい。ただ単純に要領の悪い人間は能力を上手く結果に繋げられないから諦める。能力が欲しい結果を出すのに足りないから、能力を鍛えて結果に届かせようとするってタイプは貴重なんだ。それも、ジャックみたいに、手段を選ばずに動けて、それでも少し不幸体質で不器用で苦労が絶えなくてどれだけ鍛えても楽に生きられるようにならないようなタイプはそうはいない」


「後半は悪口にしか聞こえない」


「最初から最後まで、褒めまくってるよ。要するに、伸びしろがあって成長性が高いってことだ。しかも、過去に囚われやすいところがあるのもオレ的には利点だったな。死んだ仲間の意志を継いで名を残すためにP(プレイヤー)K(キラー)になるとか、筋金入りだろ。性質的には前へ前へひたすら突き進む赤兎より、オレとの相性がいい」


 ライトは、ストレージから酒を取りだして言った。



「悲しみとかは飲んで忘れて、思い出だけは残しとけ。初代ジャックのこともエリザのことも、過去はどんどん引きずって、復讐だろうと継承だろうと好きにやれ。勝手に他人の人生終わらせる殺人鬼が仲間のことを悼んだって罰は当たらない」



 そして、最後に言い含めるように言った。



「おまえはオレとは違うんだ。死んだやつ『そのもの』になんてならなくてもいい。おまえなら、元祖(オリジナル)よりもっと強くなれる……オレはそう、信じてるよ」












《現在 LOM》


「あれからずっとあんたボクの中に隠れてやがったのか!! ボクが酔いつぶれて寝てる隙に!? あの後妙に体が重く感じたのあんたのせいか!?」


「ああ、一週間前から『軽業スキル』とか『自傷スキル』に『ボクシングスキル』の長期減量技、それに『変身スキル』とかで体重はギリギリまで押さえてたんだけどな。ちなみにあの≪携帯電話≫はただの飾りで、マリーの声もオレだ。視界も通信中どころか常時共有だ」


「一週間もボクの視界盗撮されてたの!? そもそも、ボクのことまるで信用してなかったな⁉ てか、ボクの着替えの時とかもずっと……いや、極限状態に見る幻覚って可能性もあるし、『ジェイソン』とか『本』が作った偽物の可能性も……」


「混乱してるとこなんだが……一応言い訳をするなら、ほとんど人格はジャックに合わせてたからどんな格好をしてても邪な感情を抱いたことは一切ない……てか、普段のオレも多分反応しない。それにジャックが狙われてる可能性が高いんだからジャックの近くにいてもおかしくないだろ? 結果から見ても、オレの忠告聞かずに偽物殺してあっさり罠にかかったやつに信用について文句言われたくないぞ」


「この全く許してもらう気のない社交辞令みたいな弁解は紛れもなく本物だ!! ていうか普段でも反応しないってなんだ!! 女子に失礼にもほどがあるだろ!! それまさか、私だからじゃないだろうな!! たとえばナビとかマリーさんでも反応しないんだろうな!!」


「……おっと、そろそろホタルがヤバいな。このまま放置してたら死ぬぞ」


「あ、ライト!? ホタルの体内に逃げ込むな、って、キモっ!! 脚の傷から体内に!!」


「『寄生(パラサイト) 浸蝕モード』……ホタルのアバターとオレのアバターの耐久値を均一化して補填する。傷に詰め物して血を止めるみたいなもんだから元通りに動けるようになるわけじゃないが、急場はしのげる。オレはホタルの中から動けないから、ちょっと行って『ジェイソン』倒してきてくれ」


「ライト、なんかあんたホントに人間離れしてきたっていうか、ガチ人外じみて来たっていうか……本当はどこぞの究極生物とかの親戚なんじゃないかって思い始めてるんだけど……しかも気軽に敵ボスを倒してこいとか……」


「しょうがないだろ、オレは動けないんだから。ま、でも時間ができたんだから、ちゃんと準備して万全の状態でやり合うくらいの余裕は出来ただろ。それを上手く使えば、きっと勝てるよ」


 いつしかホタルのアバターと一体化したライトは、ホタルの口から、ホタルの声で答えていた。

 しかし、やはり喋るので精一杯で戦うことは出来なさそうだ。そして、喋るだけでも消耗するのか、ライトはそこからは喋らなくなる。


「丸投げされたし……全く、さっきまでの絶望的な感じはどこ行ったんだか……ライトが現れた途端なんか一気に緊張感がなくなった気がする」


 いや、実際の所はずっと、ライトは一緒にいたのだ。しかし、『寄生(パラサイト)』を解いて直接『ジェイソン』と戦うか、あるいは今のようにサポートに徹するかを決めかね、待機していた。そして、ジャックの『ホタルを助ける』という選択を聞き、それを尊重することにしたのだ。


 今、ホタルはなんとか致命傷に近いダメージを受けてもライトが入り込むことでHPの全損を食い止めているが……この方法で助けられるのはたった一人、それもこの方法を用いている間はライトは動けない。あるいは、ジャックがホタルを見捨てて構わないと言っていれば、ライトは一人の戦力として姿を現し、ジャックと二人で『ジェイソン』を討ち取ろうとしていたはずだ。その方が、ジャックが生き残る可能性はずっと高いだろう。

 そもそも、ライトがジャックの中にいたのは、最初は潜伏のためだったとしても、『呪い』を受けた後はおそらくジャックを常に護り続けるためだ。姿を現さなかったのも、ジャックから離れる危険を避けるためだったと考えれば辻褄は合う。相手が超遠距離攻撃をしてくるなら、下手に二人分の的になるより一人分の、しかも殺気を感知して回避できるジャックと重なっていた方が安全だ。


「こいつ……他人を勝手に避難所みたいにしやがって……もう絶対にこいつより先に寝ない。今度やったら殺してやる」


 少々腹を立てたジャックは、≪血に濡れた刃≫を取り出し、ホタルに……その中にいるライトに向ける。

 手は……震えない。死にそうになっていたホタルを治すために治療器具として刃物を使った時か、あるいはホタルを助けるために『ジェイソン』を倒すと決意した時かはわからないが、『呪い』が消えている。

 人を殺そうとする殺意を封じる呪いが人を助けようとすることで消えるとは、まったく出来過ぎた話だ。


 しかし、何はともあれ『呪い』がなくなれば、ただ逃げている事しかできなかった時とは話は別だ。

 ここからは、どんな手を使ってでも、ただ『ジェイソン』を殺せばいい。

 あちらも今は殺気を感じない。殺気を抑えて忍び寄ってくるタイプには見えなかったし、ホタル達との交戦で負った傷の処置でもしているのか、あるいは武器弾薬の補充でもしているのかもしれない。あちらが戦いに備えているというなら、こちらだって最大限に態勢を整えても文句は言わないだろう。


 そこで、どうやったらあの鋼鉄の怪物を殺せるかと殺意を込めた策を考えた始めた時に、ふと、あることに気がついた。


「あ、ライトのやつめ……マリーさんの人格持ってるなら『呪い』の解き方くらいすぐわかるじゃん。わざと教えなかったな……この意地悪」






 『ジェイソン・B・フレンディ』は、空になった弾薬ケースと銃器の予備のパーツを収めていたケースを踏みつぶし、蹴り飛ばし、もはや役に立たなくなったそれを見て呟いた。


「俺は……生きている」


 彼は考える……『生きる』とは、『消費する』ことだ。

 食べ物も、空気も、消費しているからこそ生き物は生きられる。

 生きているからこそ、消費することを許される。消費しているからこそ、生きていられる。この二つは、不可分のものだ。


 だからこそ、彼は消費する。

 弾薬も、パーツも、命も……ゴミのように消費していく。

 しかし、機械だって燃料や電気を消費して動く。生き物と機械の違いは、消費を常に続けるか、停止することができるかどうか。

 だからこそ、彼は消費し続けなければならない。

 消費し、壊し、殺すことこそが彼が……身体の大半以上を機械に堕とし、それでも彼が生き物だと証明する唯一の方法だから。


 だから……


「そろそろ、メインディッシュと行くか。喰うか喰われるか、確かに生き物として弱肉強食の戦いは避けられないな」


 殺戮を、破壊を、消費をやめるわけにはいかない。


「簡単に死ぬなよ? 手応えが無さ過ぎると、俺が生きてるって証明にならねえから」


 これは、最も原始的なデスゲーム『殺し合い』。

 最も古く、しかし現代もなお進化を続ける最も新しくもあるルールだ。







 ジャックは、様相を改めて湖の畔で仁王立ちし、時を待つ。


 ここは、最初のパーティーと『ジェイソン』の戦闘があった場所。コテージのすぐ傍。そこでジャックは一人、吊り上った目と角以外何もない鬼面を付け、黒革の装備に身を包み、腕には赤い『DEATH』の文字が染め抜かれたバンダナを巻いていた殺人鬼としての正装で『ジェイソン』を待ち構える。


 ホタルとライトは先ほどの場所に置いて来ているが、そちらが狙われることはおそらくない。

 感じているのだ……『ジェイソン』の殺意が、自身を狙っていると。

 この空間全体に『ジェイソン』の殺気が満ちていてはっきりとした位置が特定できないが、それが自分へと向いていることがわかる。この空間は、『ジェイソン』の存在そのものと繋がっているのだ。獲物どこへ逃げても、どうやって隠れても、あちらは必ず見つけ出すことができる。


 だからこそジャックは、逃げも隠れもせず、どこからでも狙いやすい位置に敢えて陣取り、待ち続ける。


 ゴングは必要ない……殺しの合図は、殺気で十分だ。



「……オーバー50『ブラッドブレッド』」



 ジャックは感じ取った……300m先から自分を狙い、引き金に指をかけられたA(アンチ)M(マテリアル)L(ライフル)を通して放たれた、一筋の殺気を。


「さあ、全滅の時間だ」


 『ダムダム弾』を込めた大口径の中折れの単銃(コンテンダー)を手にし、殺気の根元へと向ける。

 あちらは、一度狙撃を避けられてその反応速度を警戒して着弾までの時間を短くするために今度は距離を詰めたのか、あるいは直接接近して決着をつけることも考慮してまた逃げられないようにと近づいたのかもしれないが、おかげで高威力のジャックの弾も距離だけなら十分届く位置に来ている。


 問題は、ジャックが銃に特化したタイプではなく、この距離での正確な射撃など経験したことがないということだが……


「何となくだけど……マリーさんの世界の中で『サツキ』と会った時から、妙に銃を持った時の的までの距離が近く感じるようになった気がするんだよね。今なら、このくらい距離ならぜんぜんいける気がする」


 ライフルと拳銃では、狙撃精度には天と地ほどの差がある。

 しかし、戦いが『至近距離』での『銃撃戦』ならば、取り回し、発射までの時間も拳銃の方が有利になる。


「『視線の逆撃ち』……だったかな。ライトが『イヴ』と戦ってた時の殺気の感じだと……こんな感じ?」


 ジャックは、いつもは片手で構える銃を両手で構え、殺気の方角へ……今にも弾丸を吐き出さんと輝くスコープへと、引き金を引いた。

 同時に、狙いの先でも発射光が輝くが、ジャックはそれを銃を撃った反動を利用して身体を射線からずらして避け、自身の放った弾の行方を……ダムダム弾が、A(アンチ)M(マテリアル)L(ライフル)の機関部を撃ち抜いたのを見届けた。


「『装填(リロード)』。さあ、次はどうする!」


 すぐさま新しい弾を召喚しながらそれを銃に込め、『ジェイソン』の元へと駆けて行くジャック。

 『ジェイソン』は使い物にならなくなったA(アンチ)M(マテリアル)L(ライフル)の残骸を躊躇なく捨て、その手に新しい兵器を装備する。


 ホタルが仕掛けた弾詰まりを直した機関銃(ミニガン)だ。しかも、『ジェイソン』は常人が持って歩くには重すぎるそれを持ったまま、自らジャックへと接近していく。

 しかし、ジャックはそれを見ても動じず、そのまま接近を続ける。

 お互いが相手へ詰め寄る形になり、その距離が80mをきる辺りになり……とうとう、機関銃(ミニガン)が火を噴いた。


(っ! やっぱりさっきのより躱しにくい! だけど……遅い!)


 ジャックの感覚が加速する。先ほどは距離、そして今度は時間に関しての認識が変化する。

 弾丸が、尾を引きながら宙を進んでいく像が見えそうなほど世界がスローモーションとなり、機関銃(ミニガン)の銃口から発射された弾丸の列が、まるで鞭のようにしなりながら、ジャックを逃がさないように左右に大きく振られながら襲い掛かる。


 しかし、ジャックはその『鞭』の動きを把握し……やろうと思えば、手掴みにできるのではないかという感覚すら覚えていた。


(銃口から、最初に発射された弾まで全部わかる……これなら、まっすぐ飛ぶだけの弾丸なんて当たる気がしない)


 スローモーションの世界で弾丸と接触する直前に≪血に濡れた刃≫を抜き、構える。

 そして、破壊不能の呪いを受けたその刃の側面を使い、襲い掛かる鞭の先端を躱しながら、どうしても潜りきれずに接触してしまう部分だけを弾き、弾道を曲げて道を作っていく。


 そして……


「これだけ近ければ、外れるわけがない」


 手にしていた銃で、機関銃(ミニガン)の束ねられた銃口のど真ん中を撃ち抜き、回転する銃身を自壊させる。

 瞬く間に強力な二つの武装を破壊された『ジェイソン』は、驚きの表情を口元に浮かべながら……


「ははははは!! やんじゃねえか糞餓鬼が!!」


 壊れた機関銃(ミニガン)を躊躇なく捨て、腰から一振りの鉈を抜く。


「極東の猿のクセによお!!」


 振り下ろされた鉈は、ジャックに避けられ、そのままの勢いで機関銃の残骸を真っ二つにした。


「いつの時代の差別用語だ! この時代遅れ!」


 ジャックは弾を込め直す暇のない銃を逆手に握り、グリップをハンマーにして《血に濡れた刃》と共に振るう。

 グリップで鉈の峰の部分を押さえ、刃を『ジェイソン』の眼へと突き出す。


 だが……


「曲芸で勝てると思ってんかよ!!」


 『ジェイソン』はパワー任せに押さえられた鉈を大きく振り上げ、ジャックを宙に浮かせた。

 そして、そのまま鉈を横なぎに、ジャックを上半身と下半身で両断するように振るう。


「ぐっ!?」


 空中では回避が難しい。

 ジャックは銃と刃で防御するが、威力が強すぎる。特に、破壊不可能な刃は押し込まれながらも相手の刃を受けられるが、銃は破壊可能だ。銃のグリップが両断され、受け止めきれなかった部分がジャックの腹へと食い込み……


 バチッ


「っ!?」

「『虚影』」


 一瞬、鉈の太刀筋が鈍り、その瞬間にジャックが『忍術スキル』の技で一瞬『消える』ことにより、通り過ぎる鉈をすり抜ける。

 そして、通り過ぎた鉈を握る腕に脚を絡め、そのまま回転して跳びあがり、鉈の腹に立ったジャックを見て、『ジェイソン』は舌打ちした。


「チッ、ゲーム技か……今てめえ、俺の腕に……『電気』流しやがったな?」


「やっぱり、自分の弱点くらいは把握してるんだね。現実世界じゃどうだったか知らないけど、ゲームの世界ではゲームのルールを守らなきゃいけない……絶対無敵の勝てない敵なんて作っちゃいけない。その丈夫な身体は『義肢スキル』に特化したアバターの表面を機械の義体で覆ってるだけだよね」


「チッ、猿知恵が。偶然相性のいい技持ってたくらいで威張り腐るんじゃねえ」


「まさか、こんな能力持ってなかったよ? ついさっき取ったんだよ……EXスキル『A(エゴニィ)E(エクスチェンジ)D(ディスチャージ)』。ボクも『EXポイント』とか忘れててずっと放置しっぱなしだったんだけどね。戦闘中に新しい能力に目覚めるとか少年漫画みたいだね」


 戦闘経験を反映するスキル『EXスキル』。

 ポイント制で困難な戦闘を繰り返すほどポイントが貯まるというスキルだが、レベルが上がり安全な戦闘ができるようになってくるとそのポイント取得効率は下がり、いつしか気にもしなくなっていたスキル。しかし、その最大の特徴は『いつでも能力を選択修得できる』という部分かも知れない。まさか、戦闘中の劣勢に立たされて身を隠した短い時間に、相手と相性のいい能力を修得し形勢逆転を狙うためのスキルだったとしたら……このスキルの設定者はおそらくかなりのロマン主義だろう。


 そして、ジャックが取得した『AED』は簡単に言ってしまえば『刺激(痛み)を電撃に変える技』だ。

 秘伝技『自爆』の派生技『バックドラフト』が受けた衝撃ダメージを小爆発に変えて反射するのと同じように、受けたダメージの痛みの信号を増幅して身体の外へ放電する。使用者はダメージを受けても痛みをほとんど感じず行動することができ、相手が触れていれば逆に怯ませて追撃を防ぐことができるという技だ。

 信号を増幅して放電すると言っても、高いダメージを与えられるわけではない。与えられるダメージは多くても自分の受けた分の一割以下、相手の感じる苦痛も上手く相手に電気を流して自分の受けるはずだった分と同等程度だ。不意打ちならばまだしも、相手が電撃を覚悟して身構えたまま攻撃していればほとんど効果はないだろう。


 だが、『ジェイソン』の身体が、ゲーム的には『義肢スキル』に特化したものとして、機械的に強力な破壊力と強靭な防御力を実現するために造られたものだとすれば、それは例外になる。機械系のモンスターや義肢は、生物系のモンスターに比べて高い防御力を持ち、攻撃に対する動揺や痛みの反応が少ない代わりに、極端に相性の悪い攻撃属性や弱点となるパーツが設定されている場合がほとんどだ。その代表が機械を組み立て、分解できる『機械工スキル』と、伝達回路を混乱させる電気系の攻撃。

 人間は心構えによって耐えることのできる電撃でも、無機質な導線はそうはいかない。


「もちろん、電流対策くらいはあったんだろうけど……そんだけ表面がボロボロになってちゃ、それもほぼ意味なくなってるよね。今のボクなら、そのためのアースみたいな構造が爆発でボロボロなのもわかるよ」


 『ジェイソン』の身体は、ホタル達との戦闘で人膚を模した表皮が焼け落ち、中の金属の骨格や筋肉が露出している。この状態では、電流対策も本来の機能を果たせていないだろう。

 つまり……


「直接攻撃は深くは入らせねえってわけか……なら、こういうのはどうだ!」


 『ジェイソン』は鉈を手放し、腰の両側のケースから武装を取り出す。

 それは……


「デカい銃!?」


「俺のお気に入り≪パイファーチェリスカ≫ってんだ。世界で最強の拳銃なんだぜ?」


 ホタルの脚を吹き飛ばした≪パイファーチェリスカ≫二丁の銃口が、落下する鉈の上のジャックを狙う。


「っ! 『マーダーズ・コレクション』!」


 ジャックは鉈の柄を掴み、固有技『マーダーズ・コレクション』を発動した手でそれを掴み、赤く染めることで≪血に濡れた刃≫同様のステータスまで強化し、弾丸を弾くように斜めに構える。


 だが……


「ガッ!?」


 ジャックは二発の弾丸で三つに折れた鉈ごと、凄まじい衝撃によって後方へ吹き飛ばされ、湖の水際まで飛んで行ってしまった。

 予想以上の威力に受けたダメージも大きく、痛みは『AED』でほとんど感じないものの、腕にはまるで巨大モンスターの全力突進を真正面から止めようとしたかのような感覚が残っている。


「言い忘れてたけどこれ、拳銃ってことにはなってるけど人間は理論上、立って撃つことのできないって代物だぜ? 何せ装甲車ですらぶち抜くって威力だ。どこに隠れようが、どんなに逃げようが、どう防ごうが、こいつは関係なく相手を殺す。一発使えば、一つの命を消し飛ばす。そのすっきりした等式が大好きなんだ。ま、二発同時に撃たれても即死しなかったてめえは運が良かったみたいだが……ここまでだ」


 『ジェイソン』は二丁拳銃で狙いをつけたまま倒れたジャックへと近付き、胸を踏みつけて押さえ付けながら見下すように、その仮面の額に銃口を突き付ける。


「象の頭も粉砕する弾だぜ。さあ、どうするよ殺人鬼。ここから自慢の曲芸でどうにかしてみるか?」


 『ジェイソン』の挑発するような言葉に、ジャックは……



「曲芸じゃなくて、マジックでもいい?」



 『ジェイソン』の『背後』から、仮面を通さない素顔の口から応えた。


「は!? てめえ後ろに!?」


 踏みつけ、押さえていたはずのジャックが後ろからホッケーマスクに手をかけ、よじ登るようにして来る。そして、それを視界に入れようと首を上げたまま捻った『ジェイソン』の顎から上へと突き上げるように、ジャックはあるものを突き刺した。


「ぐっ、これは……!」

「ボクからのプレゼント、たっぷり飲むと良いよ」


 突き刺したのは、注射器だ。『マーダーズ・コレクション』で強化されたその針は、『ジェイソン』の顎の下に隠されたチューブのようなものに刺さり、中身を吐き出していた。


 『ジェイソン』はジャックを振り落とそうと身体を奮わせながら、足下の踏みつけていたものを蹴飛ばす。

 するとそれは仮面が外れ、それから数秒し……形を失い、『本』となった。


「丁度ボクの偽物の『本』があったからね。死んでて仮面がなくなってたからボクのをかぶせといたんだけど」


「てめえ! 偽物とすり替わってやがったのか!? しかもいつの間に後ろに!」


「ホタルに首狙われたとき、顎引いて首守ったでしょ? だからわかったんだよ。あんたは『機械人形(ロボット)』じゃなくて『改造人間(サイボーグ)』で、『義肢スキル』も脳までは作れない。透視した構造的に、胴体の生命維持の機関と頭脳を繋ぐチューブが、今のやつなんじゃない?」


 ホタルの攻撃で、『ジェイソン』の仮面は上下に二分された。しかし、ホタルは初めから顔を狙うことはしていないはずだ。ダメージの確実性を考えれば、強度の分からない仮面なんかを狙うより頸部を狙った方がいい。それでもホタルが仮面を切ったのはメッセージでも策でもなく……ただ単に、『ジェイソン』が頸部への攻撃を嫌い、仮面を防御に使ったから。


 ジャックはそこから頸部に弱点があると考え、そこを狙ったのだ。


 しかし……



「狙いは良かったが……経験値の差が出たな」



 『ジェイソン』は、二丁拳銃をホルスターへと収め、身を屈めて……通常プレイヤーの何倍も重いアバターを全身の力で後方へ『バク宙』させたのだ。

 それも、後ろからしがみついていたジャックの身体が遠心力で離れる勢いで。


「え!? 嘘!?」


 ジャックの宙に浮いた首を、地響きをたてて着地した『ジェイソン』がガッシリと掴み、持ち上げる。


「俺は不死身のサイボーグだぜ? 戦う度にバージョンアップを重ねて強化されてきたんだ。毒も細菌もウイルスも、免疫機構で克服してんだよ!」


「グガッ!」


 ジャックは首を押さえて暴れるが、『ジェイソン』はものともしない。

 そして、口角を歪めて言う。


「そうだな……このまま首をへし折ってやることも出来るが、また電流で抜けられると困るな。だから、こっちからぶっ飛ばしてやるぜ!」


 『ジェイソン』はジャックの首を掴んだまま腕振りかぶり、宙に投げあげた。そして、落ちてくるジャックの胸のド真ん中に渾身の鉄拳をぶち込んだ。


「がっ……!」


 回避も受け流しもできない状態で、一瞬でダメージ全てを体幹の急所である心臓に叩き込む一撃必殺の殴打。基本ステータスの差を武器に、致命的なダメージを与える単純明快な答え。



「死ねや……糞餓鬼」



 湖の方へと吹っ飛んでいくジャックを見て、『ジェイソン』は勝ち誇った笑みを浮かべた。


 その笑みを見ながら、湖に落ち沈んでいくジャックの視界の端に映るHPバーは減少を続け……



 そのゲージは、『0』になった。










 同刻。


 『ジェイソン』は拳を解き、湖の方向に背を向ける。

 彼にとって、殺した相手の死体など食べ終わったスナック菓子の袋程度にしか興味のないものなのだ。捨て置いても、何も感じない。


 そして、戦闘の高揚が急速に退いて行き、最後には寂寥感のような物が残った。


「見込みなしか……たくっ、てめーらがもっと頑張ってくれないと、俺も安心して『引退』出来ねーてのによ。嫌になっちまうぜ」


 『ジェイソン』は額から角のようなアンテナを突き出し、自身のデスゲームに挑む挑戦者の位置と強さを、生体反応として確認する。


「……チッ、ノイズがヒドい。さっきの電撃でセンサーがやられたか」


 残った敵は後二人。

 一人は瀕死でとても小さい反応なので今の状態ではほとんど関知できないが、もう一人はその治療のために、ピッタリと瀕死の一人にくっついていたはずだ。ならば、今の状態でも問題はない。


 もはや、勝負は決まったようなものだ。


「やっぱ二十人そこらじゃ足りねえか。今度は百人くらい引き込んでやるか? ま、負けてやる気なんてねーけど」


 どれだけ人数を集めようと、やはり強い一人がいた方が強いだろう。彼が多くのプレイヤーを引きずり込もうと考えるのは、『大軍』を相手にするためではなく、その中に混じる強い個体を相手に出来る確率を上げるためだ。


 レア度ノーマルのカードが何百あろうと、激レアの一枚に勝る価値を持たないように、彼にとって敵の数など、何十だろうと何百だろうとさして問題ではないのだ。


「ま、面倒だが残り物をいつまでも放置しておくのも気持ち悪いし、さっさと終わらせるか」


 『ジェイソン』は湖から離れ、生体反応のする方へと歩き出す。


 そして、次の標的に意識の移った彼は、背後の湖面に浮かんだ水泡に気付くことはなかった。

 はっきり言ってもはや人間じゃないのは弾丸を目視するジャックも他人のこと言えないという……今更ですね(笑)。

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