229頁:覗きに気をつけましょう
先ほど、短編〖八方美人『花散里天女』の甘言〗を投稿しました。
こちらの本編とは関係ない話ですが、もしよければお楽しみください。(残酷模写のキーワードはついていますが、それほど物理的にえぐい模写はないです)
ある研究者が、『彼』に命じた。
「これと同じ素材の欠片を集めて来るんだ。いかなる手段を用いても構わないよ」
ある女が、『彼』を阻んだ。
「行かせないよー。仲間の旅立ちの邪魔なんてさせたくないし」
ある放火魔が、『彼』に立ちふさがった。
「あーらら、不死身なのかしらこの化け物」
ある殺人鬼が、『彼』を見て笑った。
「すごーい! 見て見て! 映画でしか見たことないよ!」
ある少女が、『彼』に言った。
「あなたは最悪ですよ……なにより、あなた自身にとって」
そして、ある少年が『彼』に刃を向けた。
「見つけたぞ……今日が、お前の最後だ」
そして、如何なる時も『彼』は……ひたすら、全力でぶつかって行った。
「I feel my living when someone feel threat for me.」
≪現在 LOM≫
「固有技『メタルシェルター』!!」
林の中、逃げ惑っていた二人のプレイヤーの内一人が固有技を発動し、自分達の周りを鋼鉄の半球で覆って防御する。相手は機関銃にRPG、AMLまで、強力な兵装を持ち歩き、長射程超破壊を平然とやってのける化物だ。防御に特化した固有技とはいえ、長くは持たないだろう。
「長くはもたないだろうが、少しはあいつを阻めるはずだ! 今の内におまえの固有技でトンネルを作って逃げ道を作ってくれ! それから、あいつが穴の中を追って来たら穴を塞いで崩落させるんだ! そのまま地中に閉じ込めれば時間をかけて圧殺できる!」
「わかった、すぐ始める! 三分耐えてくれ!」
「ああ! 穴くらいは空くかもしれないが、そこから撃たれないように気を付けろよ……」
ゴンッ
なんとか、圧倒的戦力を封じようと即席の作戦を立てる二人だが、その会話がどうにかまとまった時、シェルターを軽く小突いたような音がした。
「奴が来た……」
「安心しろ、このシェルターは防音性だ……作戦は聞こえてないはずだし、衝撃は分散する。そう簡単には……」
そこまで言いかけたところで急に、鋼鉄の壁の一部が赤熱し始めた。
しかもそれは、線を……円を描くように、少しずつ移動し、内側に火花を散らし始める。
「なんだよそれ!? 聞いてないぞ!!」
「いそげ……急いで穴掘れ!! とにかく逃げ道だけでも確保してくれ!!」
円が完成し、切り取られた円盤が内側へと強引に押し込まれる。
その外側に見えたのは、酸素ガスバーナーを片手に中を覗き込む……『ジェイソン・B・フレンディ』という名を持つ脅威。
そして、そのもう片方の手には先に火の付いたノズルが……火炎放射器が、構えられていた。
「ちくしょう……」
「嘘だろ……」
「Don’t worry.I wish only to worm you.」
鋼鉄のシェルターは、火炎地獄へと姿を変えた。
「20人中11人……半分以上がやられたってところかな。真正面から戦って玉砕、逃げようとして先回り、遠くから気付かれて狙撃、隠れようとして袋の鼠……強すぎる」
黒ずきんは、ホタルに現在の戦況を小声で伝える。
黒ずきんは自分について、ホタルには姿を隠蔽した相手の位置を常に感知し続ける『能力』があると、さも固有技かのように誤魔化しているが、実の所は持ち前の『予知』に近い能力で敵の放つ『殺気』を感知して位置と意識の方向を大まかに感知し、微妙な距離を保ちながら林の中から行動を見ているのだ。
ダンジョンを住処としていると言ってもいいような生活をしている黒ずきんは『暗視スキル』がホタルと比べてもかなり高いため周囲の警戒を担当し、ホタルは気休め程度にしかならないが、行く手を阻むというより敵の動きを察知するためのものとしてトラップを仕掛けている。
「さっき集中攻撃を受けてたけど、全然堪えてないっぽいね……HPゲージもほとんど減っていないし、もしかしてクエストとして倒すのに条件があるのかもね。弱点とか、ギミックとか……それを見つけるまでは、戦わない方がよさそう」
ホタルも、事態が急激に悪化していっていることをしっかりと理解しながら、むしろややリラックスしたような感じで話す。
ホタルは、こんな状況でも行動目的がしっかりしている方が気楽なのかもしれない。あるいは、逆にそう振る舞うことで平静を保とうとしているのかもしれないが……
「武器を収めるケースが、腰に二対、背中にデカいのが三つと、肩から前にかかってるタンクが二つ……探偵の七つ道具ならぬ、殺しの七つ道具ってあたりかな。ストレージがないのか、もしかしたらスペアの弾でもぎっしり入ってるのかわからないけど、ライフル、機関銃、ロケットランチャー、それに酸素バーナーやタンク……あれだけの積載量であの速度で動き回るとか、いっそ人間大の戦車だとでも思った方がいいかもしれない」
「チェーンソーとかはないんですね」
「『チェーンソー使うホッケーマスクの殺人鬼は本物じゃねえ!』……とかって言うタイプのデザイナーが作ったのかもしれないね。あそこまで現代兵器堂々と使われるともうそれ以前の問題って感じがするけど……あ、また一人やられた。今度は狙撃」
「残り、私達を含めて8人……最初の六人を考えると、全員で一斉にかかっても勝てる気しないね」
「それ以前に集まって態勢を整えようとしたらその時点で見つかって木端微塵だよきっと。メール使えないから奇襲の打ち合わせとかもできないし……あいつ反撃されても全く効かないから、少ない方から確実に潰すより多い方からまとめて潰した方が楽なんだろうね。本当は二人でいるのも危険なんだろうけど……うわっ! ホタル伏せて!」
突如、黒ずきんはホタルに飛びつき、地面に伏せさせる。
その直後、二人の頭上を弾丸が飛んで行く。
「見つかった!?」
「このまま、そこの坂を下りるよ。そっちは死角」
「わかった!」
次弾が来ないうちに地形を利用して逃げる二人。相手が対物ライフルなら木の陰に隠れたところでほとんど意味がない。
二人は転がり、絡み合うように僅かな坂を転がり下り、そこから這うように逃げて行く。
何度か後ろから弾丸が飛んでくるが、黒ずきんの感知能力で直前に軌道を読み、何とか無傷でより木の密集した場所へと逃げ込んだ。高い技術の伴った狙撃は殺意の方向と実際の弾道が一致するので黒ずきんにはむしろ予測しやすいのだ。おかげで、ホタルにも気を配る余裕があった。
しかし……
「っく……やっぱ、ダメだ……全く反撃なんてできない。逃げるので精一杯……」
「く、黒ずきんちゃん、あ、脚、震えてる……」
「そ、そりゃね……あんな殺気向けられたら……ね……」
黒ずきんは、木を背にして座り込んでしまう。
ホタルは心配するが、しかし今は慰めより周囲の警戒の方が黒ずきんのためになると考えたのか、周囲を警戒しながらそっと黒ずきんから離れる。
そして、一人残った黒ずきんは、誰もいなくなったのを感じ取って、呟いた。
「『殺人鬼』になれない……殺意で自分を護れない……ボクが殺してきた『人間』って、こんな気分だったのかな……」
先ほど、ホタルを護る程度の余裕があったのは確かだ。
しかし、それはいつもならば隣にいる人間を護るためではなく、反撃に使っていたはずの……相手に向ける殺意を実現するのに使っていたはずの余裕だった。
相手が自分を本気で殺しに来ていて、自分が相手を殺すことができない……『勝ち目』のない戦いが、ここまで怖いとは思わなかった。
「相手が単純なモンスターだったらよかったんだけど……」
感じ取った殺気は、単純なプログラムの作り出す紛い物ではなかった。
AIではなく、本当の生き物にしか放つことのできない類の殺気。アバターの向こうには、誰か操縦者がいるのだ。
「そういえばライトは『人間の形をしてる物を壊せない』とかだっけ……ライトはすごいな、ここにいたら何とかしたんだろうけど」
思い返せば、ライトとはゲームの初期からよく一緒に狩りをしたりもしたが、良く考えたらそれはその弱点を補わされていたのだろう。殺人鬼のジャックは、ライトとは逆で人間の形をした相手は率先して殺してしまう。一緒に戦えば、ライトはそれ以外の相手だけを自然に相手できるというわけだ。
まあ、ライトに関しては今回の黒ずきんとは違い、やろうと思えばどんなことでもやれてしまうが故に、自身を縛るために課した呪いらしいのでナビキと戦った時のように必要とあらば自分で外すこともできるらしいが、逆に言えばいつでも『殺さなければいけない』という状態まで追い込まれないようにふるまっていたのだ。
「どうやったらいいのか、コツくらい教えてもらえないかな……」
そう、黒ずきんが呟いた直後……
『もしもーし、おい、聞こえてるか?』
頭の中に、ライトの声が響いた。
「……え!? ライト!? 通じるのこれ!? メール使えないのに!?」
『メールは使えなくても固有技とかはすり抜けるのがいくつかあるんだよ。それに、おおよその事態は今把握した。変なクエスト……っていうか、独立したデスゲームの空間にいるらしいな』
「どうやって状況把握してるの!?」
『マリーのユニークスキルで覗いてる。今は、ジャックの見てる視界をそのままこっちでも映し出してる状態だ』
「勝手に他人の視界盗撮できるのマリーさん!?」
『普段はプライバシーがあるからあんまり使わないらしいがな……それはともかく、聞きたいことがある』
「聞きたいことがあるのはこっちだよ! ていうか、マリーさんに代わって! 敵がマリーさんの『透明マント』使ってるみたいなんだけど!」
『こっちの方が優先だ。近くに、巻物みたいなの置いてないか? 寿司じゃなくて書物の方』
「巻物……って……」
黒ずきんは、背にしていた木の裏側を見る。
するとそこには、確かに巻物が置かれていた。同時に地面には『開かずにそのままで。8時ジャスト、封を解いて湖に投げ込んでください』と彫ってあった。
「なにこれ……これってまさか、ホタルの……」
『やっぱりか……それはホタルの固有技「逆口寄せ」の転移で使う巻物だ。それを置いて離れて行ったってことは……』
ライトの言葉に、黒ずきんは顔を真っ青にした。
『ホタルは、玉砕覚悟で敵に挑む気だ。おまえを守るために』
「これでいいんだよね……黒ずきんちゃん」
林の中ホタルは、誰に言うともなく呟いた。
一度宣言した『黒ずきんの命を最優先に』という言葉を真実にするために、彼女は一人で動いたのだ。
いや、『一人』ではない。
「これで残りは全員か?」
「うちのリーダーが……この……」
「このままじゃジリ貧か……」
「……やってやら、ミリオタ野郎」
「こわいこわいこわい」
「仇を討つぞ」
メールが使えないからと言って、離れたものとの連絡の手段がないわけではない。
ホタルは逃げ回る間に各所にトラップを仕掛け、同時にそこにメッセージを残して集合場所を伝えたのだ。それも、敵にわからないように、わざとプロが引っ掛からないようなわかりやすい、しかし中級戦闘職程度ならかかってもおかしくないようなトラップにだ。
しかもそこには、『敵の弱点がわかった』という文面を添えて。
もちろん、それは嘘でありはったりだ。
しかし、戦力を集めなければ……犠牲覚悟で調査し、検証しなければ、弱点など見つかる前に削られて全滅してしまう。
「いいですかー。敵の弱点は、あの強力な兵器そのものにあると思われます。特に、酸素バーナーと火炎放射器のタンクです。あれを破壊して、自爆させることであの強固なボスを撃破できるものと思われます」
残りの全員が集まったのはかなり幸運だ。
しかし、皆感じていたはずだ。このままでは全滅は避けられないと。
ならば、今動くしかない……その、恐怖と焦燥が入れ替わるタイミングに上手くメッセージをねじ込めた。
「この周辺の林は特に木が密集していて、しかも枝が入り組んでるのでロケットランチャーや狙撃では狙いにくくなっています。なので、敵は遠くから一方的に私達を攻撃することはできない。直接中距離までは接近してくれるはずです。そして、相手の火力を考えると変に密集陣形にこだわるより、個々に回避行動を取った方が安全です。なるべく一方向に集まらないように、多方向から集中攻撃してください。固有技も出し惜しみなしでお願いします」
ホタルの言葉を聞き届けた六人は、集まっている状態が危ないと判断し、すぐさま木の密集地から出ないように散開し、『ジェイソン』を待ち構える。
そして、最後に残ったホタルは、懐から小さな鈴の付いたかんざしを取り出し、髪に挿す。音の鳴らない鈴だが、ホタルはそれを僅かに揺らし、そこから聞こえてくる音に耳を傾けるように眼を閉じる。
「力を貸してね……私」
そう呟いたホタルの目の前に……闇から浮き出るように、ホッケーマスクの殺人鬼が姿を現した。
同刻。
黒ずきんは、林の中を駆ける。
ホタルが場所を秘密にしていようと、戦闘が始まってしまえば殺気のぶつかり合いを感知して居場所がわかるのだ。
しかし……
「なにこれ! 一方的じゃない!」
感じるのは、次々と怖じ気づき、消されていく小さな殺気達。中には数人強い殺気を保っている者もいないではないが、戦況は明らかにプレイヤー側の劣勢だ。
『真正面からかかっていっても、彼に勝つのは困難です』
「マリーさん!? あいつのこと知ってるの!?」
黒ずきんは《携帯電話》の向こうのマリーへと問いかける。
そして、戦闘の光が見えてきたため一度足を止め、ストレージから『猟銃』を改造したライフルのパーツを取り出し、そのスコープを使って戦闘の様子を窺う。
するとそこには、異様とも言える……あるいは、災害でも起きたかのような光景が映り込む。
まるで障害物のポールのように薙ぎ倒される木々に、ばらまかれる弾丸、そして、その中心にいるホッケーマスクの殺人鬼『ジェイソン』。
その相手をするプレイヤー側は、もうほとんど壊滅に近い状態になっている。
しかし、その中でも唯一、素早い動きで至近距離に貼り付きながら、敵を翻弄しつつ躍るように動き回るのは……クナイを構えたホタルだ。
黒ずきんの視線の先で、ホタルは研ぎ澄ませた殺気をクナイに乗せ……それを、『ジェイソン』の胸のど真ん中、心臓に突き立てていた。
「やった!」
しかし……『ジェイソン』は、致命的なはずのその一撃を意にも介さないかのように、自分に飛びついていたホタルを払いのける。
木を打ち倒す怪力で吹っ飛ばされたホタルは近くの木に打ち付けられるが、すぐさまその木を足場として跳び、続いて襲いかかった火炎放射器の轟炎から逃れ、またしても『ジェイソン』に挑みかかる。
まるで、子供が大人にあしらわれるのを見ているような……梨のつぶてで巨人を倒そうとしているかのような、そんな光景だった。
「どうなってるのあれ!? ホタルのクナイは確かに胸に突き刺さったのに……肋骨にチタンでも入ってるっていうの!?」
『いえ、彼の場合は肋骨にチタンではなく……』
ホタルが火炎放射器のチューブを斬りつけ、そこから漏れ出した燃料が火炎に引火し、小爆発を起こす。
そして、服の一部が焼け散り、『ジェイソン』の半身がむき出しになった。
肌色の皮膚の下に隠された……金属の筋肉と骨が。
『彼は、白兵戦用人型サイボーグ試作機、通称「ジェイソン」。私が数年前にデスゲームで出会った……全身の骨格がチタン合金の、「殺戮兵鬼」です』




