227頁:休める時に休みましょう
『水晶ヶ池』の元ネタはもちろん有名なあの映画の舞台です。
最初に『水晶ヶ池』へと踏み込んだのは、7月10日の夜中に、高難易度のクエストボスを狩るつもりでやってきた6人パーティーだった。
NPCの一般人や手配書からクエストフラグを確認してきた彼らだが、ここへ来てしばらくして想定していなかった状況に自分たちが陥っていることを理解した。
『水晶ヶ池』のマップは空間的に独立していて外に出ることが出来ず、その脱出条件とも考えられるクエストボスが見つからないのだ。
十分な食料アイテム、退屈しない程度に高レベルでドロップもそこそこいいモンスター、さらには回復用の薬草や据え置き型の武器の整備装置まであり、生活するのに不自由はしない場所だったが、流石に帰れないのは困る。
そこで、最初のパーティーは言語力を持つモンスターを捕まえて、ボスについて問いかけてみた。
すると……
『明後日、夜、すごく怖い、出てくる、みんな隠れる』
という、ボスの出現時間を匂わせる台詞を聞き出すことが出来た。
そして、日付が11日から12日に変わる辺りで六人パーティーがさらに二つ、どうやら同タイミングでクエストの情報を得て、可能な限りの協力を確約して一緒に『水晶ヶ池』へと踏み込んできた。
一日も早く先に入っていたパーティーがいたことには驚いていたし、参加もレイドではなくパーティー指定だったのに複数のパーティーが同じ空間でクエストを受けられることも疑問だったが、話し合いの結果『複数のパーティーでボスを取り合う争奪戦方式なのだろう』という結論に落ち着いた。ボスが現れるまでの時間にこの場所を見つけたプレイヤー達が集まり、ボスを先に倒したパーティーが報酬を得るのだろうと、そう考えた。
そして、日付が13日に切り替わる頃、最後の参加者二人が……ホタルと、マリーの『呪い』で殺意を封じられた黒ずきんがやってきたのであった。
《現在 LOM》
(うわ……知らない人がいっぱいいる……恐い)
「ホタル、離れないでね」
(うわー……いつもはちょっとボーイシュな黒ずきんちゃんがちっちゃくなって背中に隠れてる……かわいすぎるよー……このままお持ち帰りしちゃいたい)
「うんうん、黒ずきんちゃんは私が護ってあげる」
何者かの策略にはまり『殺意』を封じられてしまった黒ずきんは、とてもではないが見知らぬ人間が20人近くいる中で平然としていられない状態だった。彼女にとっては、殺人という防衛手段を失い無防備になった今の状況で多くの人の前に立つということは、一糸まとわぬ裸体を曝してしまっているのに等しい。身を守るためホタルを壁にしてその後ろに縮こまっているのはそのためなのだが、ホタルとしては思わぬお得な状況らしくだらしなく笑っている。
だが、その様子に突っ込むプレイヤーはいない。
ホタルの顔や性癖は知れ渡っているので、傍目からは、ホタルが籠絡した気弱な少女といちゃついているようにしか見えなかったのだ。
よって彼らは、黒ずきんを差し置いて残りのメンツで円を描くように立ち並び、今後の方針を話し合うことにした。
「今回のマップは少し特殊で、ボスを倒すまでは脱出不可能なタイプだ。そこで、最優先はボスの討伐ということで意志を一致させておきたいが、いいかな?」
「異議はない」
「当然!」
「大丈夫、私の最優先は黒ずきんちゃんの安全にするから」
最初にこの空間に踏み込んだパーティーのリーダーが取り仕切り、提案した内容に他のパーティーのリーダーが賛同する中、ホタルだけは少々ずれた答え方をするも、否定するようなことではないので仕切り役のプレイヤーは苦笑して頷く。
「……ああ、身の安全は大事だな。ボスを倒すのは大事だが、無理して特攻とかする必要はない。基本戦術は『命を大事に』で、いいな!」
集まったプレイヤー達はとりあえず各々でレベルを確認する。と言っても、明確なビルドやステータス、レベルの値は重要な個人情報なので互いにぼかしながら普段の狩り場や得意なポジションなどを明かして行くが、大方、最初に来たという6人パーティーが前線級に近い上級戦闘職、次に来た二つのパーティー12人は稀に必要なアイテムなどがあれば万全の準備をして前線の攻略済みのダンジョンへも行く中の上程度の中級戦闘職、ホタルと黒ずきん(医療担当を主張しておいた)はボス戦にも参加し、時には一人で未踏破ダンジョンにも赴く最前線級ということがわかった。
一番レベルが高いのはおそらくホタルか黒ずきんだということは全員が暗黙の内に理解したが、本人達の希望と統制力から、一応上級戦闘職パーティーのリーダーを便宜上のレイドリーダーとして、そのまま話を進めた。
「ボスが現れるのは今日、13日の夜辺りのはずだ。それまではモンスターを狩るなり、仮眠をとるなり、食事するなり自由にしていて構わないが、注意しておいて欲しい。一つは、ここが全域『HP保護圏』のないダメージ発生圏内であること。もう一つは、敵の強さが未知数なため、安全のため、団結して挑むために日の入り前にはあそこのコテージに戻っていることだ。以上、解散」
まず黒ずきんはホタルと共に、湖を中心としたこの空間を一度見て回ることにした。話をややこしくしないために敢えて黙っていたが、二人だけは自分からここへ入ってきたのではなく、むしろ霧の中を移動する空間に呑み込まれるようにして入ってきたのだ。単純なクエストではなく、能動的にプレイヤーを取り込もうともする辺りから危険な空間であるこを推測するのは難しくはなかった。
それに、黒ずきんもホタル一人が相手ならどうにか元の調子を取り戻せる程度には気を持ち直していたので、二人で行動する方が気楽だったのだ。
そして、一通り湖の周りを一周してみた印象は……
「なんか……既視感っていうか、映画で見たことある景色だね。しかも『13日』指定って……」
「で、ですよねー」
まず第一に、場所の名前が『水晶ヶ池』だ。
畔には富裕層の別荘っぽいコテージや、木材を切り出すための少々危険な重機やチェーンソーが完備された木こりの小屋、さらには『Destiny Breaker Online』の世界観には明らかに似合わない自動車やモーターボートまで発見できた。しかも、テラスには怪しげな注射器やアルコールランプ、年代物の酒など、素行のよくないハイティーン達が好みそうなグッズのテンプレートとも呼べそうなアイテムが揃っていた。
「ボクってあんまりホラーとか見る方じゃなかったんだけどさ……これって、あのシリーズになぞらえたステージだよね。あの有名な……ホッケーマスクのやつ」
「あんまりにも影響が大きくていろいろ社会問題みたいになりましたよね……ほら、何年か前にも世界的なテロ組織がホッケーマスク付けて暴れまわって話題になったりとか……」
「あー、あの世界の軍事事情が妙に緊張してたとかって言われてる時期ね……ま、時代が最近すぎるからちょっと変な感じもするけど、ある意味神話みたいなものだから、それをモチーフにしたモンスターやらクエストやらが出てきてもおかしくはないか……問題は、集められたプレイヤーの数だね」
「中級戦闘職以上が4パーティー20人ですよね……レイドではなくパーティーを指定していた辺り、考えられるのは……」
「ゲリラ戦……かな」
同じ20人で挑むのを想定した難易度のクエストでも、その形式によっては全く違う攻略法が必要になる。
エリアボスの攻略では、大抵の場合舞台は地面が平坦で大した障害となる地形もない場所で、戦闘能力の高いボスモンスターを取り囲み、陣形を組んで取り巻きの相手や壁、そしてダメージディーラーというように役割を分担し、それぞれがどれだけ自分の役割を全うできるかで勝敗が決まる。そのような場合は、20人で挑むなら20人が一つの指揮官に従って統制される形でのレイドが望ましい。
しかし、攻略するべき相手の土俵が真正面からの火力や防御力というような戦力の比べ合いではなく、地形などの戦場の特殊条件を利用して技巧を凝らすゲリラ戦であれば、事情は変わる。
ゲリラ戦では、バランスのとれた小隊を複数用意し、それぞれがある程度独立して考えて動けるように独立した命令系統が必要になる。総指揮官がいたとしても、それは情報伝達に優れた者が安全地帯から全体を俯瞰し、同士討ちを避け敵を追い詰めるために隊同士を繋ぐのだ。
しかし、今回攻略を指揮しているプレイヤーはクエストの主旨を理解しておらず、与えられたヒントに気付いていない。『敵はワンパーティーで討ち取れるはずだ』と決めつけ、クエストの主旨を『争奪戦』と思いこんでいる。
おそらく、ホタルや黒ずきんと違い、未開の地やクエストに挑むことがほとんどなく攻略本を読みながらのプレイしかしたことがないが故なのだろうが……
「メインイベント開始前の地形把握も、相手の戦闘パターン予測も、それに対応した作戦のサインの取り決めも……雑で簡易的過ぎる。いや、そもそもクエスト内容をボスのラストアタックの争奪戦だと考えて『誰が報酬を取っても恨みっこなし』とか言ってる時点で、全体で連携することをほとんど考えてない。割の良さそうなクリア報酬に目がくらんで、報酬以前にクリアが困難なレベルの障害が起きることを計算してない。みんな、素人丸出しだよ」
湖の周りを探索するくらいはどのプレイヤーもやっているようだが、マップを見ながら道を辿り、景色を眺める程度の者がほとんどで、マップを見なくても暗い闇夜の中で走り回れるくらいに地形を頭に叩き込んでいるプレイヤーはホタルと黒ずきん以外にはほぼいない。敵ボスモンスターの攻撃パターンに対しても攻略本に載っているような定石通りの対応を示し合わせているだけで、特殊な攻撃や不測の事態が起きた時の撤退の合図や一度散開して逃げてからの再集合場所の取り決めもしてない。挙句の果てに、始まる前から取り分の話だ。
直接の参加や情報収集、攻略法の立案のため最前線の開拓に立会い、幾多のボス攻略を目にしてきた黒ずきんやホタルからは攻略最前線組と素人の違いが目に見えてわかってしまったのだ。
「んー……どうします? 今から行って、あのリーダーの人にそこら辺の指導しときますか?」
ホタルがそう提案すると、黒ずきんは気乗りしないような顔をする。
「いや……多分だけどあの人、ホタルの言うこと聞かないと思う。さっき、表面的にはホタルのフォローしてたみたいだけど……心の底では、『女なんかに仕切らせてたまるか』みたいな感じがしてたよ。だって、レベルの高いボク達に一度も意見取ろうとしなかったし。オドオドしてただけのボクはともかく、有名人のホタルには一応聞くのが筋だよ。それをしない辺り……たぶん、『攻略連合』の傘下ギルド辺りじゃないかな? ギルドの仲が悪いと、多分難癖付けられただけだと思われて助言しても聞いてくれない」
「でも一応……言っといた方がいいと思うので、ちょっとだけ行ってきます。心に少しでも留めてるだけで違うと思うから……」
「ふーん……なら好きにしなよ、ボクはしーらない」
また敬語で話すホタルと、少々ツンケンした態度を取り始める黒ずきん。
しかし、これは決して人前だからとか外だからとか、そういうわけではないのだ。
二人とも、最前線での経験から感じ取っている……この空間の危険度に、気が張っている。逆に言えば、この二人が気を緩めていられなくなるような何かが、この空間には潜んでいるのだ。
しかし……
「誤解しないでくださいね……私はさっき言ったとおり、黒ずきんちゃんの安全を最優先します。そのために、あっちの世話まで焼いてる余裕がないから今の内にできる事をしておくだけですから」
「ありがとう……でも、なんでそんなボクに拘るの? 別にボクは、何日か一緒に調査しただけでホタルを好きになったりしてないし、恋人になったつもりもないけど?」
「そうですね……強いて言うなら……」
ホタルは、こんな状況でも、当然のように言うのだった。
「ただの『生き延びたい』っていうのより、『友達を守るために生きなきゃいけない』って方が、頑張る理由になる気がしませんか?」
黒ずきんは思った。
この、今のホタルの顔を見ればきっとライトなら……それを『嘘』だと断定するのだろうと。
そして、日暮。
コテージに集まった20名は、最終確認をするように話し始めた。
「おそらくだが、今回のクエストの元ネタはとある有名なホラー映画だ。だから、そこからボスの行動パターン、攻撃パターン、そして弱点を推測していきたいと思う」
コテージのベランダの大窓から差す夕日を背にして雰囲気を演出しながら、当然のように会話を仕切る上級戦闘職パーティーのリーダーだが、その話の内容は自分のアイデアのように装いながら実の所ホタルからの受け売りだ。その手柄を横取りするように話し始めた彼だが、実の所それがホタルに誘導された結果だということには気付いていない。そして、残念ながらその話を始めるタイミングとしては時間が遅すぎることにも、彼は気付けていない。
ホタルは、もっと早く各パーティーのリーダーを集めてこの話をするように促したのだが、アピール性を重視した彼は事前に集合時間として設定していた時間に全員の前でこの『アイデア』を披露することにしたのだ。実の所、彼にはこの話し合いの重要性がそれほど理解できておらず、ただ小娘が高レベルプレイヤーとしての威厳を示すためにリーダーたちの前でアドバイザーを気取ろうとしたのを、暫定で全体のリーダーに近いポジションにいる自分の意見として議題に乗せるためにこのタイミングを選び、印象付けようとしただけなのだ。
この手の話し合いの最も重要な点は、どれだけのパターンがあるかもわからない可能性を一つ一つ洗い出していくことではなく、互いに出し合ったアイデアから『自分の予想していないパターンもあり得る』ということを実感し、思考を柔軟にしておくことだ。言うなれば、テスト勉強として様々なパターンの出題形式を練習しておいてテスト本番で初めての出題形式が出たとしても、今までの形式の応用や出題形式に対する中で鍛えられた解き方自体の発想力でそれを解けるようにしておくのとよく似た行為だ。
十分な時間を消費し、そういった『心構え』を万全にしておけば、想定外の事態を迎えた時にそれを理解するのにかかる時間を数瞬だけでも短縮できる。そして、その数瞬がデスゲームでは命取りになるのだ。
「……やばっ! 跳べ!!」
この瞬間も、まさしくその差が浮き彫りになった。
普段からダンジョンで生活し、『想定外の事態』など日常茶飯事だという、この20人の中で誰よりも非日常と言える日常を過ごしてきたプレイヤー……黒ずきんが、誰よりも早くその『殺気』を感知し、対応した。
他の者達は、ホタルですらも少々反応が遅れた予想外の事態。
それは、夕日の沈む茜色の空から……まだ、『夜』になってもいないのにやってきた、敵の思いもしない初撃。
「ミサイルだ!!」
20人の挑戦者を一網打尽にせんと、沈む夕日に隠れた弾頭がコテージ内へ飛び込んだ。
同刻。
コテージの近くの林から≪RPG≫を打ち込んだホッケーマスクの鬼は、飛び散るガラスと煙を見ながら、心の中で嘆息する。
(ほとんど逃げられたか……思ったとおり、勘のいい奴だ)
弾頭の爆発直前、コテージの窓や壁を破壊した穴から素早く飛び降りる人影がいくつも見えた。それに、中には鎧で全身を防御した者もいるらしい。
外からの飛び道具など考えもせず、軽装で窓に背を向けていたリーダー格の男は背中から弾頭の直撃を受けてもろに爆発を受けていたが、他は部屋に弾頭が飛び込む直前に気付いて爆発前に逃げたようだ。しかし、タイミング的に全員が独自に気付いたというより、一人の反応から他の面子も察知したものだと思われる。全員がこの初撃に独力で対応できるほどの手練れではない。
そして、今の爆発で敵は散り散りになった。
烏合の衆に態勢を立て直す暇を与えてやる必要もない。
「Exterminate」
個別デスゲーム開始!




