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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第六章:ダーティープレイ編

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225頁:技術の流出に気をつけましょう

 ジャックは基本的に何かまずい状況になっても最悪殺せばなんとかなると思っている部分があるので策謀や人間感情にはかなり疎い……というか、考えが甘いです。


 敵方としても作者としても強くてチョロいってすごく扱いやすかったり……

 ホタルの『調査』に同行したジャックは、その情報力に驚かされることとなった。

 というより、今まで戦闘一辺倒だったジャックは初めて本当の『情報収集』や『諜報活動』という行為の実態を知った。


 ゲート近くで転移して来るプレイヤーを相手に商売をする路上販売の生産職の中には、客寄せをするように見せかけながら特定の人物の通過を見張る情報屋を兼ねた者がいることを知った。主に個人的な依頼(ストーカーへの警戒や浮気調査など)を受けたプレイヤーが副業的にやっている仕事だが、その依頼以外にも有名プレイヤーや普段そのゲートを使わない珍しいプレイヤーを見るとその情報も別に記録していることがあり、金や情報の交換条件次第ではその情報を売ってくれる。


 プレイヤーショップの下働きのNPCに盗聴系のアイテムを付けて、店主に知られずに商売の会話を拾う方法があることも初めて知ったし、店の近くで盗聴しているプレイヤーを見つけて盗聴を黙っていることと引き換えに情報を手に入れるという手法も知らなかったし、さらには交換条件に店の中で特定の話題について店主から情報を引き出す会話をするという即席の調査協力にも驚いた。


 そして、どのように情報を引き出しても、最後に『情報を喋ったことは口外しないための口止め料』と『今後も取引を続けてほしい』という二つの意味合いを込めて、取引で要求された分とは別に少しだけチップを持たせるというような、後々に繋がる交渉はジャックの中にはなかった概念だった。


 ジャックにとって、情報とはまず『買う』ものではなく、『奪う』か『消す』ものだったのだ。

 欲しい情報に関係のありそうなプレイヤーを襲って、脅してそれを奪い取ることはあっても、平和的にそれを買い取り、さらなる情報を調べさせたり、口封じをせずとも金で口止めをするということはなかった。


 ホタルの傍らで、ジャックは自分の考え方がどれだけ殺しや暴力に偏ったものだったかを自覚した。

 逆に、ホタルが本当は復讐などというものより、平和裏にたくさんのプレイヤーの情報網を繋げて問題を解決するほうがずっと向いている。

 ホタルは物作りなどできなくても、情報という商品をうまく転売して利益を出す立派な『生産職』であると理解できたのだ。


 そして、ジャックは心の底から思った。



(ボクって、殺すだけで……本当に何にも生み出せないんだな……)



 殺すことしかできない鬼である自分への疑問が、泥のように心の底へ溜まって行くのを感じるのは、きっと気のせいではなかった。










≪現在 DBO≫


 7月12日。


 ホタルと一緒に調査を初めて丸一日ほど経った昼ごろ。

 ジャックは、食事に入ったレストランで『黒ずきん』としてホタルに問いかけた。


「ホタルはさ……もし、殺人鬼を見つけちゃったら、どうするつもりなの?」


 それは、一日かけてようやくできた質問だった。

 ジャックはホタルが殺人鬼に仲間を全滅させられたことを知っている……ということを、ホタルも知っている。普通に考えると、それだけで復讐のストーリーを思い描くには十分であり、むしろ軽々と聞ける質問ではなかった。だからこそ、一日かけてホタルが殺人鬼を探しながら見つからないことを期待しているような雰囲気を見つけて、初めてできた質問なのだ。


 それに対してホタルは、少し考え込んで……


「そうですね……正直に言うと、自分が本当はどうしたいのか、よくわかってません。すいません、こんな曖昧な気持ちでやってる調査に付き合わせちゃって」


「いや、いいよ。ボクが勝手に付き合ってるだけだし。でも、ほら、ホントに見つけちゃったら、どうするか先に決めとかないとやっぱり危ないじゃん。話しかけても、問答無用で攻撃してくるかもしれないしさ」


「そうですね……もしそうなったら、黒ずきんさんは逃げてください」


「黒ずきんさん『は』って……ホタルは、逃げないつもり?」


 自分を囮にして逃げろと、ホタルの言葉はそう言っているように聞こえた。

 そして、それに対するジャックの質問を、ホタルは否定しない。


「いえ、誤解しないでください。別に、差し違えようとか思ってるわけじゃなくて……本当に、自分がどうしたいのかわからないんです。もしかしたら、仲間の仇を前にすれば衝動的に襲いかかるかもしれないし、もしかしたら、何にも感じないのかもしれない……そこがわからないから、計画が立てられないんです」


 『もしかしたら、それを知るために殺人鬼を探しているのかもしれません』……ホタルは、呟くようにそう言った。


 その表情を見て、ジャックは思い至った。


 彼女が殺人鬼(ジャック)を探すのは……自分(ジャック)が、ホタルのギルドを全滅させたときと同じ動機なのだ。


 あの時のジャックは、人間(プレイヤー)2人を殺しても何も感じない自分の心を信じられず、それを確かめようとあの凶行に至ったのだ。


 殺すことに罪悪感を抱かない自分を認識したとき、ジャックは倫理観と自身の感覚の相違に混乱し、パニックに陥った。今は『人間を自分と同じ生物として認識できない』という自身の性質を理解し、ある程度の折り合いをつけているが、当時はそれを理解するまでおかしくなりそうだった。


 それは言ってみれば、今まで見ているのが楽しくてしょうがなかったアニメが、ある日突然、内容は何にも変わっていないはずなのに幼稚過ぎて見ていられない物になった時のような感覚に近い。自分の中から何か素敵な、重要なものが突然失われて、それを二度と感じることができなくなる……最初はそれを何かの間違いだと思って、すぐにまた楽しめるようになると思ってより一層真剣に画面を見つめるが、むしろ先が予想できてしまって、そしてそれをつまらなく思う自分まで想像できてしまって、どうしようもなく悲しくなる。


 そんな、純粋さを失う感覚……ジャックは、自分が人を傷つけ、殺すことに関してそれを味わった。散々味わい尽くした結果、それを受け入れ、子供が『大人』になったかのように、自身を『鬼』としてその変化を受け入れたのだ。マリーの話によると、数いる殺人鬼の中にはその折り合いが付けられず、好きだったアニメが楽しめなくなったことを『内容が幼稚だから嫌いになった』と思い込んで毛嫌いするかのように、殺人という行為を忌避しない自分を『殺しが好きだから罪悪感を覚えない』と思い込み、快楽殺人に走ってしまう者も多いらしい。

 それに対して、ホタルはおそらく自分の仲間が殺されたことで、感じるべき憎悪や怒りを自分の中に感じ取ることができなかった。だが、それを受け入れることができず……それを受け入れてしまうと『自分は非情な人間だ』と、あるいは『人間としての心が欠けている』と認めてしまうことになると無意識に感じていて、それを拒絶してこのように、どうでもいい復讐の茶番を演じているのだ。


(もし殺人鬼を見つけて、その時に衝動的に襲い掛かったりできれば……ホタルの人間らしい心は証明される。でも、もし見つけて冷静でいられてしまったら……きっと、その自分を否定したくて逆上したふりをして襲い掛かる。それこそ、去年の時みたいに)


 ジャックは、以前自分を調べ、襲って来た時の『義賊』時代のホタルを思い出す。

 思えば、あの時のホタルは遠巻きに攻撃してきて、二回目は途中からライトが乱入したとはいえ二度もジャックを攻撃して逃げおおせたのだ。それは、彼女が冷静に状況を判断しながら攻撃し、逃げるべきタイミングで逃走を選択できたからに他ならない。

 だとすれば……


(ホタルはもしかして、本当に心が欠けてるってこと?)


 同性愛者であることを公言し、自分をスカイの所有物だとして全てを捧げながら他の数々の女子に迷惑と言って何一つ過言ではないアプローチをしかけるホタルが少々度を越した変わり者であることは自他ともに認めることだ。それにジャックは、ホタルが親から身体に痕の残るような教育……いわゆる、『虐待』らしきものを受けていたらしいことも薄々認識している。そのため、彼女が成長過程で心のどこかにその手の不全を抱えていても不思議ではない。

 そして、その仮説がもし本当なら……ホタルの中に、殺人鬼(ジャック)へと向ける感情が何もないならば、それは人間としては欠陥であり悲しむべきことかもしれないが、ジャックにとっては復讐の心配をする必要がないかもしれないということであり、好都合だ。その欠陥をホタル自身に受け入れさせることさえできれば、最悪の場合でもホタルを殺す必要はなくなる。


 一日一緒に過ごして多少の情が湧いたのかもしれない。

 ジャックは、未だに『殺人鬼を見つけてしまったら』という問いの答えを考えているホタルに、一つ提案するように言った。


「じゃあさ、一回試してみようか?」


「試す……ですか?」


 首を傾げるホタル。

 それはそうだろう。ジャックとて、さすがにここでいきなり実験のために正体を明かしたりはしない。


(確か、マリーさんが簡単なやつだけ教えてくれたけど、こんな感じで……)


 指一本をホタルの顔の前にそっと立て、優しく囁くように声をかける。


「この指先をじっと見つめてみて。目が疲れても、いいって言うまでそのまま見てて」


「え、いきなり何を……」


「ボクが知り合いに教えてもらったお(まじな)いみたいなやつ。いいから、言うとおりにしてみて」


「は、はい」


 ホタルはジャックに言われたとおりに、じっと指先を見つめる。

 ジャックは、マリーに教えてもらったことを思い出しながら、決して強すぎる口調にならないように続ける。


「じっと指先を見つめながら、ボクの今から言うことを繰り返して。あ、質問とか突っ込みはなしだよ、笑っちゃったりしても駄目だからね」


「はい」


「『私は、これから言うことを、全て信じます』」


「私は、これから言うことを全て信じます」


「『私は指先を見つめています』」


「私は、指先を見つめています」


「『指の向こう側には、誰かが座っています』」


「指の向こう側には、誰か座っています」


 少し間を開け、指先に寄せられたホタルの目の焦点がずれ始めるタイミングを見計らい、次の指示を出す。


「『ゆっくりと、瞼を閉じて』」


「はい、ゆっくりと、瞼を……閉じて……」


「『瞼を閉じたまま、目はそのまま指先を見ています』」


「瞼を閉じたまま、目はそのまま指先を見ています」


 基本的な暗示は、まず相手の意識を一点に集中させ、それ以外の無意識の領域にアクセスしやすくする。

 マリー程の技術があれば、誘導の指示などしなくても相手がどこへ意識を向けているか、どこが意識の隙になっているかなどを把握して、あるいはそれを意図的に操作して催眠状態まで持って行けるのだが、付け焼刃のジャックでは、相手に協力してもらっても簡単な幻覚程度が限界だ。


「『指の向こうには、誰かが座っています』」


「指の向こうには、誰かが座っています」


「『私は、目の前の人を知っています』」


「私は……目の前の人を知っています」


 そして、耳元に口を寄せて囁くように言葉を吹き込む。



「『おまえの目の前にいるのが、本物の殺人鬼だ』!」



 次の瞬間……


「!!」

「え、うわっ!!」

 ガタンッ


 ホタルが物音に驚いて瞼を上げると、黒ずきんが椅子ごと仰向けに倒れていた。

 何があったか知らないが、息を荒くしてとても驚いた表情をしている。


「ど、どうしたんですか?」


「あ、ごめん……ちょっと失敗しちゃった。うわー、ごめん、今の冗談だから忘れて。あとボクちょっと、補給しなきゃいけないアイテム思い出したから買って来るね」


 立ち上がり、そそくさと逃げるように出て行く黒ずきん。

 その背中を見送り、ホタルは首を傾げた。


「どうしたんだろ、いきなり」










 同刻。


 レストランを出て、店の裏手に回ったジャックは、深く息を吐く。


「こっわ……慣れない事するもんじゃないな……今のはヤバかった……」


 ジャックが椅子ごとひっくり返った要因……それは、『本物の殺人鬼』という言葉を聞いた直後に無意識状態に近いホタルが放った『殺気』だ。全く予想していなかっただけに、本気で驚いた。


「隠れた刃どころじゃいよあれ……人間こわい、てか、ホタルの精神が正常じゃなかったら大丈夫かもとか変なこと考えるんじゃなかった。人間にとっての危ない人間って鬼にとってもやっぱ危ないわ。一回頭冷やそ」


 そう独り言を洩らしながら、言い訳通りに買い物をしておこうと適当なNPCショップを探して店から離れたジャックはふと、路地裏の方から何やら争いのような気配を感じた。

 争いの気配は激しいのに、殺気はほとんど感じない……奇妙な気配だ。


「猫のじゃれ合い……なわけないか。ちょっと覗いてみようかな」


 無音の歩法で近づき、そっと角から争いの気配のする現場を見る。

 すると……



「ぎゃぁああ!!」

「ホントに知らないの?」



 鬼面を付けた黒ずくめの何者かが、倒れた男へと何度も何度もナイフを振り下ろすのが見えた。


(あ、偽物発見しちゃった? このタイミングで?)


 先程までなら、ホタルを呼んで一度その姿を確認させて自身の正体を隠すためのアリバイ工作として使おうかと思っていたのだが、今さっき事情が変わった。


(ホタルを連れてくるのは危ない。今のホタルだと、あれと対面させたとき何をするかわからない)


 今さっきと言わずとも、一日行動を共にしたことでホタルに多少の情や愛着のようなものは感じている。そのホタルを、わざわざ危険な状況に誘い込むのは気が進まなかった。


(あの動き……あの程度の強さなら、一人でやれる)


 ジャックは、ナイフを握りしめ、周囲に待ち伏せしている者の気配がないか探りながら無音で偽ジャックに後ろから接近する。

 そして、偽殺人鬼が倒れた男の絶命を確認し、ふと辺りを確認するように顔を上げたタイミングで……


「悪いね、どこかの誰かさん。身元は後で確認するから……とりあえず、死んで」


 偽ジャックの顎をナイフとは逆の手で引っ掛けて上を向かせ、その顎の下から延髄を切り裂くように、頭の中へとナイフを突き立てた。

 暗殺における、有名な型とも言えるこの簡単な二行程だけで、偽殺人鬼は動かなくなった。


「はい、お掃除完了。後は、適当に身元のわかるものを拝借して、この変な策略を仕立てた黒幕まで調べれば……」


 とりあえず殺してから後付けで考えた計画を確認しながら、二人分の死体をより表から見えにくい場所まで引きずる。


「相変わらず思うけど、死体って重いな……」


 愚痴りながらも死体を運び終えたジャックは、見知らぬ男の死体を放置して、とりあえず偽殺人鬼の仮面に手をかける。

 そして、それを引き剥がして素顔を見てみると……


「きゃ、きゃぁあ!!」


 その顔に思わず震え上がり、尻餅をついて悲鳴を上げてしまった。


 そこに……


「今の悲鳴、黒ずきんさん!? そこにいるの、黒ずきんさんですか!?」


 間の悪いことに、急にいなくなった彼女を探していたのか、悲鳴を聞きつけたらしいホタルが駆け寄ってくる。


 そして……


「こ、これは……」


 ホタルに、ナイフを持ち、死体の側に座る姿を見られてしまった。平常時ならその現場を見られる前に逃げるなりナイフを隠すなり出来たはずなのだが、今のジャックには動揺でそれが出来なかった。

 そして、『犯行現場』を目撃されてしまったジャックには、次にしなければならないことが条件反射のように頭をよぎった。


(殺さなきゃ!)


 ナイフを握り直し、不意をついてホタルへと迫る。

 だが……


 カラン……


「え……どうして……」


 《血に塗れた刃》を人前で使えないため、代わりにいつも使い、握り慣れているはずのナイフが手からポロリと落ちる。

 慌てて拾おうとしても……手が震えて、掴めない。


「ど、どうなってるの……これ……」



 そして、時を同じくして、ホタルには別の光景が見えていた。


「どうなってるんです……これ……」


 転がる二つの死体オブジェクト。

 それが消えて行き、その場には二冊の『本』だけが残った。


 そして、二冊の本に変じた死体の側には……震える手でナイフを取り落として腰の抜けたかのように座り込む、いつになく弱々しい黒ずきんだけが取り残されたかのように、そのまま小さく佇んでいた。

 素人の催眠術は本当は危険なのでだめ絶対!

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