221頁:忘却に気をつけましょう
今回の『戦争』で少々活躍が少なめだったジャックのお話です。
7月7日……七夕。
唐突に行われた7月6日の『復興前夜祭』の翌日である7月7日は、元々各ギルドの代表者が『大空商店街』に集まって会議を開く予定があった。
しかし、前日の大宴会で集結したプレイヤー達はその会議に強い興味を示し、とても秘密会議など出来そうにないと判断した『大空商店街』は急遽会場をオープンスペースへと変更し、今まで大ギルドの上層部だけで行われていた会議を公開形式にした。
そして、一般プレイヤーや地位としては末端にあたるが攻略を支える前線戦闘職を招き入れ、現状の確認としばらくの復興作業に必要な資材系のアイテムの収集を目的とした大規模な狩りの計画や、今まで個別に相場や明確な報酬を定めていなかった小中規模の戦闘ギルドへの警備雇用条件の画一化などの会議を行い、その前向きな姿勢をアピールすることになった。
今までは方針として迅速にデスゲームの世界から帰還すべきという風潮から戦闘職は生産職に束縛されることなく新エリアの攻略やレベル上げに勤しむべきとされていたが、今回のことから如何に早く攻略が進もうとその裏で人命が失われていては意味がないということと、ハイペースな攻略が生み出すストレスが犯罪者の発生に繋がるということなどが議論に上がった。
これを解決するために、これまでの競うような新エリア開拓を廃止し、前線ギルドとその他の戦闘職プレイヤー達の間で計画的に開拓するエリアを取り決めることにして、その分の時間を精神的な休養や生産職プレイヤーの依頼に当てること……いわゆる『ノルマ』と『休暇』を設定することが決まり、これに呼応して生産職プレイヤー達にも娯楽や交流のための施設開発が求められた。
最前線ソロプレイヤーや大ギルドのどこにも迎合しないことを公言する独立ギルドなども会議には参加したが、大衆の前の公開会議だったこともあり大きな反発などは出て来ることはなく、会議は概ね順調に進行した。
ただ……一人のプレイヤーの、ある議案に対する猛烈な反対を除いては。
「納得できません! どうして犯罪者の捜索を中止するんですか!」
そのプレイヤーの名は……ホタル。
『大空商店街』のサブマスターであり、スカイの腹心とも言える彼女が、今回に限っては真っ向からスカイに反抗したのだ。それも、公の場で、大衆の前でだ。
本来ギルドマスターのサポートをするはずのサブマスターが人前でギルドマスターともめる、それはギルドの分裂を思わせ責任ある立場としては絶対にすべきではないことだが、それでもなおホタルは声を荒げた。
「落ち着きなさい。『中止』じゃなくて『一時中断』よ。今は犯罪組織は沈静化してるし、今はそれより攻略や生活の立て直しが大事だから、そっちにさく余力がないって言ってるだけ。もちろん犯罪が起きれば犯人を押さえるし、責任追及をやめる気もないわ。でも、潜伏中の犯罪者の捜索には高い労力が必要よ。そんなこと、『あなた』がわかってないわけはないでしょう?」
スカイの言葉は、正論だった。
そして、ホタルにそれがわからないわけはなかった。
ホタルは元犯罪者であり、しかもその後犯罪者を狩る『義賊』と呼ばれていたこともあり、さらに今は『大空商店街』で情報収集や諜報活動の中核も担っている。隠れる側としても、探す側としても、それを指揮する側としても、その労力は誰よりもよく知っている。
しかし……
「なら……ギルドの力は借りません。私は個人的に、一人で探します」
ホタルは、そういったことを二の次にしてもどうしても探したい『犯罪者』がいた。
「ちょっと、落ち着きなさいって。こんな会議の場で、サブマスがそんな勝手に……」
「……わかりました。会議の進行を邪魔してすみませんでした」
「じゃあ、その話はまた後で……」
「サブマスターの権限と独断で、会議の進行を妨げたギルドメンバー『ホタル』に一週間の停職処分を出します」
「えっ、ちょっ……」
ホタルは、前線戦闘職プレイヤーと比べても劣ることのない速力を発揮し、スカイに引き止められる間もなくその場から姿を消した。
その突然の暴走に唖然とした顔をした周りのプレイヤー達に対し、スカイはため息をついて冷静に頭を下げた。
「身内の見苦しいところをお見せしました。では、会議を再開しましょうか」
《現在 DBO》
7月7日……夜。
とある街の宿屋にて。
一人の少女が部屋の扉を開ける。
「はーあ、やっぱり人混みは慣れないね」
彼女の名前は黒ずきん。いつもは不本意ながら定着してしまったエプロンドレスを着ていることが多いが、今は不自然に見えない程度に女子にも似合う男物のシャツとジーパンというラフな格好をしている。
これは、会議を見てきた際、出来るだけ目立たないように一般プレイヤーに紛れ込むために敢えて安値のラフな服装の方がいいと判断したのだ。シャツが男物なのは黒ずきんの性格が元来少々ボーイッシュなファッションを好むからでもあるのだが、普段のエプロンドレスとのギャップで知り合いからも気付かれにくく、お忍びの格好として私服には男物の装備を多く持っている。
ファッション的には自分でも似合ってると思うが、唯一の不満は本気で男の子だと思われることが多いということだ。体型的にも男装しやすいのは自覚しているしそれを利用しているが、『女の子』としては複雑である。
「お、帰ったか。おかえり。夕食作ってあるぞ」
「うん、ただいまー。お腹すいた」
黒ずきんを出迎えたのは、これまたラフな服装の長身の少年……ライト。手慣れた流れで温めた料理をテーブルへ運び、黒ずきんの向かい側に座る。
「新しく『帆船の街』に移転してきた漁師の所で売ってた魚を使ってみた。やっぱりNPCショップとかもNPCのレベルが違えば捕れる魚とか違うらしい。前は前線の方じゃないと手に入らなかった種類だ」
「ボクも今日いろいろ見てきたけど、新しいNPCショップがもう結構商売始めてたよ。この調子だと、街が壊れる前よりいろんなものが簡単に手にはいるようになりそう。クエストとかもいっぱいあったし」
黒ずきんは料理を口に運び、予想通りの味に舌鼓を打つ。黒ずきん自身も料理は得意な方だと自負しているが、ライトにはかなわない。
「そういえば七夕だし限定クエストあったんじゃないか?」
「あったけど、どちらかというと生産系だったし人が多かったからやめた。残念ながらボクは手芸とかは向いてないよ」
「織り姫と彦星の叶えるのって元々芸術関係が本職だしな……ま、無理してやる必要はないだろう。おまえはそういうのより戦闘クエスト向きだし」
「そうだね、あんたは向いてそうなクエストだった……っていうか、ライトは基本的にどんなタイプのクエストでも出来るか。このスキルお化け」
「まあ否定はしない。最近はスキルが増えすぎて『スキルを数えるスキル』とかが欲しくなってきた所だ」
「実質ユニークスキルになるよねそれ。他の人必要ないし」
そんな和やかな会話をしながら、笑い合いながら夕食を続ける二人。
そして、丁度同じくらいのタイミングでテーブルの上の品を食べきったタイミングで……
「いやちょっと待って!! てか何でライトがここにいるの!? あんまりにも自然な流れだったからスルーしてたけど、これじゃあ一緒に住んでるみたいじゃん!? ここ最近音信不通になってたよね!?」
黒ずきんはやっと、放置していた問題に突っ込んだ。
そう、ライトは一週間ほど前まで犯罪組織の一員とされ、公開処刑までされる所だったのだ。そして、その戦いが終わってから行方不明とされていたのである。
「この場面だけ切り取って見たらこの一週間くらいライトがボクのところにいたみたいに勘違いされそうな感じだったけど、ボクは先月のことで最大のお尋ね者匿った覚えはないよ!? サラッと問題を持ち込むな!!」
「このデスゲーム最大級のお尋ね者に言われたくはないんだがなあ、ジャック」
そして、黒ずきんの正体は『殺人鬼』の称号を持つ最凶と悪名高いプレイヤー……ジャック。
この部屋にいるのは、悪い意味での超有名人二人なのだ。
「まあ、そんな驚かなくてもいい。簡単に説明するから、なんでここに来たのか……オレが、ジャックにどんな用があってここに来たのか」
ライトの始めた説明は、本当に簡単なものだった。
6月30日……ジャックも影からサポートしたライトと『イヴ』の決戦。当初のライトの計画では、どうやってもナビキの洗脳を解き、身柄を確保する計画だったのだが、犯罪組織の悪質な保険によってそれはかなわず、ナビキは命を失った。
そして、その結界として生じた不具合は大きかった。
ライトの語ったところによれば(どこまでが嘘ではないことなのかはジャックには判断しきれないが)、ナビキから聞き出すはずだった犯罪組織の情報が手に入らなかったことで、ライトが汚名を回復する手立てとどのような手を使っても確保するはずだった敵の黒幕への情報が断たれ、ライトは身を隠しながらその辻褄合わせのために密かに犯罪組織の調査に明け暮れていたのだ。
「一応、一部のギルドの重要ポジションとかにはオレは『犯罪組織に送り込まれてた二重スパイ』って話にしてあったから、オレがそれに相応しい情報を持ち帰ればまた大手を振って動けるようになるが、当分は無理だ。だから今日は、しばらく会えなくなるからそのお別れを言いに来た。もう気付いてるかもしれないが、フレンドリストもリセットしてあるからメールも座標検索も出来なくなる」
「ふーん、これで晴れてライトも殺人鬼並みのお尋ね者ってわけだね。で、それこそそんなのはメールで十分じゃない? 他に要件があって来たんでしょ?」
黒ずきん……ジャックは、ライトの話を話半分以下に聞いて相槌を打つ。他のプレイヤーが聞けばもう会えないかもしれないダークサイドへの旅立ちの宣言かもしれないが、元からダークサイドの住人であるジャックには『しばらく出張で電話の通じない国へ行く』くらいの感慨しかないのだ。
それを分かっていてか、ライトは軽い口調で話を続ける。
「ま、オレなんてあの不意打ちみたいな防衛戦のために一夜で祭り上げた悪の象徴だからかの殺人鬼様みたいな人気者にはなれないよ。一ヶ月も隠れてれば存在すら忘れられてたりしてな。まあ、それはさておき……オレが頼みたいのは、これからしばらく犯罪者の狩りをやめてほしいってことだ」
「へえー、今まで黙認してくれてたのに、さすがにナビキが死んで人の命の重さでも実感した?」
「違う……って言ったら人として外道なことこの上ないが、これは単純に戦術的な話だ。さっきも言ったが、オレはしばらく地道に、裏から糸を辿るように犯罪組織の黒幕ポジションのやつを探すんだ。そんなときに無差別にその糸をブチブチ切られると困るんだよ。殺しなら、ナビキの分身やりまくってしばらくは我慢できるんじゃないか?」
「まあ確かに落ち着いてはいるけど……言っておくけど、殺すも殺さないも頼まれて決めてることじゃないからね? そこのところを勘違いしてない?」
「だから言っただろ、『狩り』はやめてくれって。自衛のためなら正当防衛ってことで目をつぶるから、少し殺意を抑えてくれって言ってるだけだ。それに……もしかしたら次は、ジャックが狙われるかもしれないしな」
「へぇ……心配してくれんの? ボクがそんな護られ系女子に見える? がっつり人肉食系女子だよボクは」
「さらっとカニバリズム宣言するなよ、知ってるけど。ただなあ……二つ、ナビキ関連で、謝っておきたいことがあってさ。一つはエリザのこと……護りきれなくて悪かった」
ライトは深々と頭を下げ、ジャックはそれを軽く見下ろす。
「ふーん……『ナビキ』でも『ナビ』でもなく、『エリザ』のことだけ?」
「ああ、おまえにとって『鬼』以外は別の生物だろうし、ナビキやナビに関しては謝られてもなんとも思わないだろうが……エリザのことは、怒ってるだろ?」
ジャックはライトの言葉を肯定せず、否定もしない。
ただ、じっと頭を下げるライトを見つめ、目に焼き付ける。
「……護りきれなかった、なんて言い方は偽善的だな。言い直すよ、エリザは死んだ。だが、それは多分あいつの選択の結果で、オレが謝ることじゃない。そして……ジャック、おまえが気負うことでもない。だが、それでも怒りの矛先が欲しければ、オレに向けるべきだ」
「……『予知』か、まったく。いつも人の心見透かしたみたいに……これでもボクは、年頃の女の子だってのに……勝手に頭の中覗くんじゃないよ。まだ複雑でごちゃごちゃしてて片付いてないときに」
「殺人鬼だろうと……やっぱり、『同族』が死ぬのは普通に悲しいだろ。そりゃ、年頃の女の子だしな……じゃなきゃ、こんな場所に……『時計の街』になんて、残ってないよな」
ここはとある街……『時計の街』の、東方面の宿屋だ。
治安維持のために戦闘職のプレイヤーが巡回し犯罪者にとっては居心地が悪いが、エリザが消えた場所にほど近く、もし生きていれば、ジャックなら確実にその『気配』を感知できる場所。
人混みが苦手なジャックが公開会議を直接見ていたのは、人が集まっていれば、その中に見知った気配を感じることができるかもしれないから。
ライトは顔を上げて、ジャックの目を見つめる。
「宿の鍵開けっ放しで外出とか、不審者でも入ったらどうするんだか。エリザは消えたよ……ナビキと人格を統合して、ナビキと一緒に死んだ。ナビキを殺したオレが言うんだから、間違いはない……ここで待ってみても、帰っては来ない」
「……そう、やっぱりそうなんだ。『ナビキ』が死んでても、分身として残ってるかもしれないとか、そんな都合のいいこと考えてたけど……殺した本人が言うなら疑いようがないね。うん、はっきりさせてくれてありがと。で、用はそれだけ?」
「……そう追い出そうとしなくても、泣きたきゃ胸貸してもいいぜ?」
「じゃ、借りたついでにぶっ刺していい?」
「レンタル品の破壊はおやめください」
「じゃ、やめとく。いやまあ……普段殺人鬼なんてやってて、『身内』が往生しただけでこんなに響くとは、自分でもビックリしてるよ。でも、ちょっと安心もしてる……ボクはやっぱり、エリザが死んだらショックを受けるくらいには心があるんだって、もっと早く気付いてあげてたらって思う程度には、罪悪感あるんだって……これを殺意に変えてライトに向けたら、ただのバケモノになっちゃう気がするから、ライトを怒ったりしないよ」
「そうか……『鬼の目にも涙』ってやつだな」
「うっさいなあ、女子の泣き顔マジマジと見んな」
ジャックは涙をごまかすようにフォークを指でライトへと飛ばすが、ライトはそれをあっさりと首を反らして避ける。そして、僅かにこぼれた涙を拭うのを見ながら、ライトは話を続ける。
「……もう一つ謝ることは、さっき言った『ジャックが狙われるかも』って話だ。ジャックは今まで殺してきた犯罪者の敵討ちとかを想定してるかもしれないが……今回の黒幕は、そういうことで動くタイプじゃない。完全な愉快犯だ。だから、リスクを度外視して、今の弱ったところを狙ってくるかもしれない。あっちがナビキを狙った以上、ジャックも狙われる可能性がある。何故なら……」
ライトは、謝罪するようにもう一度頭を下げた。
「ジャック……おまえは、オレがこのデスゲームで初めて自分の『予備』に選んだ相手だからだ。あっちの狙いが、このゲームを順当にクリアしようと調節するオレの『立ち位置』なら、次に狙われるのはおまえ……それが、オレの『予知』の結果だ」
7月10日。
ジャックは、『黒ずきん』として街を歩いている。
三日前の夜、ジャックに謝罪と今後の方針などを告げて立ち去ったライト。その後、ジャックは気持ちの整理をつけるために久しぶりにダンジョンの奥深くに潜り、久しぶりの経験値稼ぎと感情の発散のために無我夢中で刃を振るった。
そして、補給のためにプレイヤーの多い街へと出てきたのだが……
「そういえば……表向き、ライトってどういうことになってるんだろ?」
数日ダンジョンに潜っていた間に、復興は方向性が定まり、プレイヤー達の間にはまた新しい『日常』が整いつつあるように見えた。街ですれ違うプレイヤーの表情に以前は見られなかった余裕が混じっているように見える。そして、余裕が生まれれば、自然と情報が共有され『噂』という形で世論がまとまっていくものだ。
そこでジャックは、消耗品の補充のために寄ったプレイヤーショップで会計のついでに、そこにいた店主に何気なく話題を振ってみた。
「流通もすっかり回復してきたねー。そういえば、あの人知らない? ほら、『イヴ』の本体だか何だかって話になった人……ライトだっけ。最近どうしてるかとか、噂ない?」
ジャックとしては、有力な情報など求めず、ただ世間が今現在ライトへ向けている評価を把握したいだけだった。
しかし、返答は全く予想もしないものだった。
「『ライト』……さて、知らない名前だね。そんなプレイヤー、聞いたこともないよ」
オマケの一幕。
リクエストのあった、幼稚化エリザとジャックの会話(本編と関係ない『ありえた世界』での一幕だと思ってください)。
『エリザにおねえちゃんと呼ばせてみた世界』。
(エリザ)「おねえちゃん?」
(ジャック)「エリザ、なあに? ボクに質問?(かわいい……)」
(エリザ)「おねえちゃんはなんで、『ボク』って言うの?」
(ジャック)「えっと……慣れ、かな?」
(エリザ)「おねえちゃんはなんで、男の子の服ばっかり持ってるの?」
(ジャック)「い、いや……動きやすいから?」
(エリザ)「じゃあなんでおねえちゃんは、おっぱいないの?」
(ジャック)「……ないわけじゃないんだよ? これから育つはずだし……まだボク、子供だしね? ほら、マリーさんもエリザよりおっきいでしょ? 大人になってくると、段々大きくなるんだよ」
(エリザ)「でも、咲ちゃんの方がちょっと大きいよ?」
(ジャック)「え……」
(エリザ)「ねえ、本当に『おねえちゃん』でいいの?」
エリザ(七美姫七海 17歳 C)>ジャック(茨愛姫 16歳 AA)
(ジャック)「……」
(エリザ)「ねえ、『おねえちゃん』って呼んでみてくれる?」
言葉は時に、殺意のこもったナイフより残酷である。




