21頁:人助けは丁寧にしましょう
第二章スタートします。
時系列は一章の一週間後です。
「キミのポテンシャルは一見高い。でも実際は、使いわけがうまいだけで本当はそこら辺の人間と大差はない。まあ、限られた才能を最大限に生かす能力があるのもそれはそれで良いことだけど、思い上がってはいけないよ」
いつだったか、ミカンは正記にそう言った。
「他人には完璧に見えても実際はそう見えてるだけ、見せてるだけ。普通の相手ならそれで十分以上かもしれないけど、時にはそれじゃ適わない相手もいる。あまりある才能をさらに磨いてある方面に特化した人間には、その方面で勝つのはキミでも難しい。じゃあ、遭ってしまったらどうする?」
正記は答えた。
「争わなければいいのでは?」
ミカンは心底うれしそうに笑った。
「正解。仲良くしてあげなさい。きっと、そんな人間は君みたいな友達を喜ぶから」
《現在 DBO》
ノシ……ノシ
そんな擬音を立てながらライトが『時計の街』の街路を歩いている。その足取りは重く、遅い。
それもそのはず、その背中には人が二人くらい楽に隠れられそうな棚が乗っているのだ。
しばらく歩いたライトが棚を一つの家の前に下ろすと、ライトの目の前に『クエストクリア』が告知される。
「はあ、はあ……『荷運びスキル』確認完了」
スカイにクエスト完了のメールを送る。
そして、すぐさま次の目的地を以前のメールから確認し、呟く。
「次は『染色スキル』だな」
『大空商社』の本格開店から一週間が経った。あれから、この街の状況は大きく変わった。
第一に、座り込みをするようなプレイヤーを見かけなくなった。『攻略本』の発売によってクエストの安全性、クリアのこつなどが知れ渡り、最初は恐る恐るだったが、次第に皆が積極的にクエストをするようになったのだ。
その裏には双子の中学生姉弟マイマイ、ライライの影響もある。彼らがスカイに委託している《特製弁当》が人気なのだ。ここ最近このゲームの中で食べていた味気のないパンなどと遠く離れた『手作り感』が人気の秘密らしいが、毎日弁当は完売で二人は大忙しだ。しかも、スキルのレベルも上がっているので本気で『料理人』になるつもりらしい。
しかも、最終的には自分たちのレストランを持ちたいのだとか。最近ではマイマイからしょっちゅう『新メニューの実験台』の依頼がライトに来ている。
ライトとしても食事代が浮いて美味い料理を食べられるから言うことなしだが、うまくできていると何故か毎回マイマイから頭を撫でるように要求されて、しかもその時のライライからの視線が冷たい気がする。
「あ、そういえばマイマイとスカイからポップストーン頼まれてるんだった……『染色スキル』の確認が終わったら行くか」
ライトは今は主に『攻略本』に使う情報の詳細確認をしている。
開店後、攻略本に載せる情報を一般プレイヤーから買い取るシステムをスカイが作ったのだが、思いのほか集まる情報は精密さ、正確さに欠けていた。そのため、掲載前にライトがそれを確認するという事になったのだ。
ライトはスカイに借金があるため報酬は借金から差し引かれる事になっている。
お陰でライトは『四六時中クエストをしているクエストフリーク』という認識を一部のプレイヤーから持たれている。
だが、ライトもクエストばかりやっているわけではない。アイテムやマップ情報を手に入れるためフィールドに出ることも多いのだ。
ただ、何故その噂が立たないかと言えば……
「また遅くなったな……そろそろ帰るか」
昼間より凶暴なモンスターの跋扈する深夜のフィールドのど真ん中でライトは呟いた。
ライトをフィールドで見たという情報がほとんどない理由がこれだ。ライトは基本夕暮れ時にフィールドに出て夜に活動している。危険を避けて昼間だけ狩りをする一般プレイヤーとは入れ違いなのだ。
「さて、もう《ポップストーン》も持ちきれないし、こんだけあれば畑の一つ二つ出来るだろ」
ライトは中身が満タンに入った大きな袋を足下から拾ってメニューからストレージに収容した。貨幣や細々としたアイテムはこのように予め袋に入れておかないと一度に実体化したとき散らばったりして大変なのだ。
ライトがいるのはフィールドに点在する《ポップストーン》という岩の前だ。この岩は塊でフィールドの地面に配置されていてそのまま動かすことはできないが、削って集めることが出来る。
この岩は生命力が溢れ出ているらしく『周囲のモンスターのポップ率を極端に増加させる』という力がある。そのため、削って集めるのも一苦労だが、粉末にして荒れ地に撒いたり植木鉢に入れたりすると植物がよく育つのだ。
スカイからは『農夫志望のプレイヤーに売るから』マイマイからは『スパイスの材料の植物を育てたいから』という理由で頼まれていた。
本来は数人のパーティーで削る担当とモンスターに対処する担当に分かれて採集するのだが、ライトは一人で採集している。
その理由は彼の得た秘伝技『威風堂々』だ。
この技は発動中、弱いモンスターを寄せ付けない。このフィールドの通常モンスターくらいなら寝ていても襲ってこない。(実際に試しみた。それからは時々宿代をケチってフィールドで寝ている)
一応、モンスターが寄ってこなくなるアイテムもあるのだが、消耗品であり安値のポップストーンを集めるために使うのは割に合わない。
その分、スキルは多少EPを消費するだけなので節約になる。
「流石王様の能力、便利だな」
この『秘伝技』は一番ヘイトを稼いだためかライトだけが修得していた。ライトは勝手に〖ダイナミックレオ〗に認められたからだと解釈している。
「だがこれ、プレイヤーはあんま防げないんだよな……」
最近、仲間を失ったなどで前線を退いて帰ってきた戦闘職や、材料集めで『ある程度安全なレベル』を生産系スキルで得て、技の出し方だけは覚えてきたというプレイヤーがフィールドに出て恐喝紛いの事をされたという情報がスカイのもとに寄せられている。殺しは起きていないらしいが、装備や狩りで得たアイテムを奪われたという話だ。
他にも、戦闘に慣れないプレイヤーがレベルだけを頼りにフィールドに出てモンスターに囲まれて命からがら生還したりしなかったりという話もある。
ライトも一度、夕時に囲まれたが『威風堂々』を使用したら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「最初は初期装備しか持ってないプレイヤーがほとんどだったが、今は結構稼いでるのも多いからな……噂では犯罪ギルドがあるらしいし……」
最近ではプレイヤーの所持金も増え、装備も高級になり、それを狙う『旨み』も増した。ライトも、今では初期の服ではなく少しランクの上な服を着ていて、腰には刀を差している。
まだ正式なギルドが作れるクエストは見つかっていないが、擬似的にそれに近い集団もできている。多くても十人までいかないらしいが、放置していていい問題ではない。
ただし、厄介なことに非公式なため現場を押さえないと仲間である証拠もなく、犯行時に顔を隠されると目撃者の証言では容疑者も見つからないのだ。プレイヤーの名前を確認できるようになるのはダメージのやり取りがあったときだが、それもプライバシー保護のためのアイテムで一定ダメージまで無効化できる。
実はライトも顔の見えにくい帽子を被っているため何度か容疑をかけられたが、『その時間? クエストしてたけど?』で大体アリバイが実証できた。
「てか、オレがそんなことするはずないだろって……オレは身包み剥がすよりコスプレを要求したい」
ライトは実は結構なコスプレ好き(主に見るほう。ただし、写真などは無粋だと考えている)でコスプレが見たくてVRMMOを始めた側面がある。(その邪心でデスゲームに巻き込まれたのだからある意味因果応報も良いところだ)
実は今も、いつかスカイに着せてみたいと思って祭りの時に仕入れた数々のコスプレアイテムがスカイ店の倉庫に預けてあるライト専用の収納アイテム(ライト自作)を圧迫しているのだが、使う機会に恵まれていない。
「いい加減パトロールでもしたほうがいいか? だが、流石に攻略止めさせて来てもらうのもな……赤兎達やナビキはともかく他の戦闘職は『ならフィールドに出ずに武器でも作ってろ』とか言うかもな……」
三日前、攻略を進める前線のプレイヤーを悩ませていた『三つの砦』が突破された。その際、ライトとスカイも僅かながら裏から手を貸したのだが、それ以降ははっきりと『生産職』と『戦闘職』が分かれてきている。
ただ役割分担がされるだけなら問題はない。しかし、問題は『戦闘職』の中に『生産職』を卑下する傾向のあるプレイヤーが多くいることだ。
戦闘職の言い分としては『命をかけている自分達の方が偉い。』ということらしい。今はまだそのようなプレイヤーが時計の街まで来ることはほぼ無いので、ライトやスカイのような前線と交流を持つ一部のプレイヤーしか知らないが、この先、生産職が先に進むようになればいずれ向き合わなければならなくなるだろう。
欲しいのは、前線並の戦闘能力を持ち、尚且つ戦闘職としての驕りのないプレイヤーだ。そんなプレイヤーが数十人もいればパトロールと犯罪者の捜索も出来るようになるだろう。
ついでに、さすがに手が回らなくなってきているのでライトを手伝ってくれるようなプレイヤーも欲しいが、ライトはそれが難しいと自覚している。半端な人員では倒れるのがオチだ。
「だが、どう考えても一人じゃ難しいクエストとか有るしな……戦闘系に関してはスカイじゃ無理だし」
『時計の街』でのクエストのほとんどは戦闘能力を必要としないクエスト。得られるスキルも生産系や『荷運びスキル』のような生活に関わるものばかり。
しかし、その周りの町でのクエストには戦闘系、特に一定数のモンスターを狩るなどの『スローター系クエスト』や、強いモンスターを倒す必要のある『討伐系クエスト』などがある。これらは一人では出来なくはないが効率が悪すぎる。
「流石にレオほど強い奴はいないが……」
昨日フィールドで見つけた洞窟は少し危なかった。昼間フィールドにいる〖ヘビーメタルワーム〗のねぐらだったらしく、奥へ進んでいったらその親玉らしきボスモンスターがいて物量攻撃で圧殺されかけたのだ。
ライトは完璧ではない。
一人で全てが出来るほど完成していないのだ。
ライトは考え事をしながら歩いていた。
なにせ、フィールドにいようとモンスターが自分から離れていくのだ。集中を邪魔する物など何もない。
キー キー
だが、ライトの思考を邪魔する『鳴き声』が聞こえた。
「……ドワーフエイプ?」
夜のフィールドに出現する背の低い猿型のモンスターの鳴き声だ。それも複数。だが、ライトが『威風堂々』を使っている以上ライトを襲いに来たわけではない。
……では、『誰』が襲われているのか?
「あっ!!」
ライトは鳴き声の方を向いた。
そこには、三体〖ドワーフエイプ〗がいた。一体は木に登ろうとし、一体は木から落ちている。そして、最後の一体は木の上から『蹴落とされる』ところだった。
木の上の誰かが、襲い来る〖ドワーフエイプ〗を必死に撃退しようとしている。
「チッ、暇じゃないってのに!!」
ライトは弓と矢を実体化した。
そして、〖ドワーフエイプ〗を狙い、矢をつがえる。
「『ストレートショット』!!」
放たれた矢は猿の一体を貫いた。
それによって残り二体はライトを見る。
ライトは今度は剣を実体化する。
「逃げるなら追わないが、逃げないなら斬るぞ」
猿達に仲間をやられて引き下がるという考えは無いらしい。
二体がライトに襲いかかる。
「『クロススラッシュ』」
剣の軌道でXを描く。
二体を同時に仕留め、ライトは弓と剣をしまった。
そして、ライトは木の根本まで歩いていく。そして、上を向いて話しかける。
「モンスターは倒した。降りても大丈夫だ」
しかし、木の上から返事は来ない。
そこにいることは影で分かるが、姿はわからない。
「街まで送る。安心してくれ」
返事は来ない。だが、少々動揺した気がする。
「オレもそろそろ帰るつもりなんだが……このまま置いていくわけには行かないんだ。降りてきてくれ」
返事は来ない。
「……降りてこないなら、無理矢理引きずりおろすぞ?」
動揺が葉音を通して伝わる。しかし、返事は来なかった。
ライトは斧を実体化した。
「斧スキル『フルスイング』」
木ごと倒しにかかる。
何度も同じ場所に斧を振るう。
木が大きく揺れ、上にも何をしているかが伝わった。しかし、それでもなかなか沈黙を崩さない。
だが、それもずっとは続かない。
「あ、やめっ!!」
初めて声を出して反応してきたのは木が傾き、ゆっくりと倒れ始めた時だった。
ライトが声のした方を見ると、人影が落ちてくるところだった。どうやら木の下敷きになる前に自分から飛んだらしいが、それを予測していたライトは斧を離してその人影をキャッチする。
「きゃ!!」
「え?」
だが、ここでライトの予期せぬ事態が発生した。まず、落ちてきたのは少女だった。だが、それくらいは驚くことではない。
問題はその少女が下着以外何も身につけておらず、裸だったということだ。
「え、ちょ、ごめん!! でもまさかこんな格好だから降りられないとは」
「ボクを見るな!!」
ライトはその少女に顔面を殴られて倒れた。
『ボク』と言っていたが、声は少女……しかも、恐らくライトよりやや年下。
少女はライトの上から降りると、何かに気が付いたように胸を隠しながら言った。
「あ……ゴメン、つい……」
ライトは起き上がりながら帽子をズラして自分の目を隠して、極力優しく答えた。
「いいよ。オレはライトだ、君の名前を教えてもらっていいか?」
ライトはとりあえず自己紹介から始めた。
少女は小さな声だが、確かに答えてくれた。
「ボクは……ボクの名前は……ジャックだよ」
このとき、ライトはまだ知らなかった。
この少女がこのゲームにおいて重要な役を担うようになることなど、予知できなかった。
(イザナ)「一週間ぶりのNPCトーキングルームの時間です」
(キサキ)「メタ的には三日も経ってないんだけど……というか、またコーナーの名前微妙に変わってるし」
(イザナ)「ここで早速、残念なお知らせです!!」
(キサキ)「テンション上げるところじゃない。で、なんなの?どうせ大したことないんだろうけど……オマケだし」
(イザナ)「キサキちゃん二章で出番ないよ」
(キサキ)「……………」




