217頁:悪魔の囁きに気をつけましょう
『リリス』
……悪魔。
色欲(性欲)を司る大悪魔だが、元は『人間』としてデザインされた『オリジナルシリーズ』の一体。本来は『イヴ』とされるはずの個体だったが、構造に欠陥が発覚したために量産に至らなかった。
イザナとは同期であり、同じ『バツイチ』であることからも仲良くしている。
好きなマンガは少女マンガと少年マンガのラブコメディーで、勝手にクロスオーバーカップリングの同人誌を編纂して運営の休憩ルームに置いたりしている。
「ほら、調節完了だ。手を動かしてみてくれ」
「ゆっくりでいい、簡単な動きをやってみてくれ」
窓のない病室のベッドの縁に座りながら、少女は言われたままに手を動かす。
今度の世界は過去。行動は全て過去に行ったことを辿るだけで、少女はそれを自身の中から見ているだけらしい。
まず指を動かし、次に握ったり開いたりを試し、そして肘を曲げる。
それだけの行為に、指示を出した白衣の大人達は感嘆したような声を洩らす。
そして、その中の一人。中でも年季の入った白衣を着た中年の男性が優しく話しかけてくる。
「どうかな、七海ちゃん? 痛かったり、変な感じがしたりとかはなかったかい?」
それに対して、少女の意志と関係なく彼女の身体……当時の『七海』は答える。
「はい、何ともないです。普通に動きます。これでいいですか?」
「ああ、ありがとう。じゃあ設定はこれを基準にしておこう。よく頑張ったね」
「はい……? これで、事故の『リハビリ』は終わりなんですよね。なんだかすぐ終わっちゃいましたね」
「あ、ああ。君には最新鋭の治療技術が使われてるからね。交通事故の治療くらいちょちょいのちょいさ」
白衣の男の目が泳ぎ、緊張が走る。
「最新鋭……私の家って、お金持ちだったんですね。手術が終わってから会ってないし、顔も覚えてないけど」
「ああ、君の親御さんはとっても偉い人でお金持ちなんだ。だから仕事が忙しくてなかなか来られないんだそうだ。だから早く治して、君の元気な姿を見せてあげようね」
少女は感じる。
七海は、周りの大人達に違和感を感じている。当時の七海は、子供特有の鋭さを失っていなかった。
雰囲気から、嘘の気配を感じ取っていた。
ふと、七海は動かした腕を見る。
着ている服は、長袖の病衣。毎日白衣の人が用意してくれる真っ白な、代わり映えのしない新品みたいな服だ。
しかし……
「お医者さん、私がお父さんやお母さんのこと思い出せないのって、事故の時に頭を打っちゃったからなんですよね。最近でも時々何かを忘れちゃってて、でも、頭の方はもう手術も終わって回復してきてるから、記憶もすぐに戻る……そうでしたよね?」
「……ああ、その通りだ。だから何も心配しなくていい。今の医学なら君の怪我くらい……」
「リハビリもこんなにあっという間に終わって、確かによくなってるんですよね……ところで、今日って何月何日でしたっけ?」
窓のない病室。
そこには、時計やカレンダーのような日時がわかるものは置いていなかった。
「え……何日だったかな? ごめん、ちょっと歳になるとそういうのに無頓着になって。えっと……誰か調べてくれるか?」
白衣の男性の声に、周りの白衣の人達もうろたえ出す。
それを見て、七海はため息を吐き出すように言った。
「お医者さん達……私に何かを隠してますか?」
「い、いや。何も隠してはいないさ。君の怪我はすぐに……」
「じゃあなんで……」
七海は、自分の袖を強く引っ張った。
「朝着たときは『半袖』だったのに、いつの間にか『長袖』になってるんですか? 本当に『リハビリ』は『あっという間』に終わったんですか?」
白衣の人達は沈黙する。
だが、七海の問いかけへの答えとしては十分だった。
少女はその時の彼女の感情を感じ取り、心の中で、七海と同時に涙をこぼした。
「もう、隠すのはやめてくださいよ……私は、『調節』が終わるまでに何回消えたんですか?」
七海は、交通事故に遭った。
そして、大きな怪我をしていたため専門の医療機関に送られて、最新鋭の治療を受けた。
事故のショックでそれまでの人生の記憶を失っているが、命に別状はなく、身体の傷も手術で治った。
後は記憶が戻るのを待ちながら経過を見て、大丈夫だと判断され次第退院できる。
それが……七海に吹き込まれた『嘘』だった。
それを吹き込んだ白衣の中年男性は、病室で布団にくるまって外界を拒絶しつつ目だけで睨む少女に深々と頭を下げている。
「本当に済まない……赦されないことはわかってる。だが……七美姫所長の娘さんを、君を助けるにはまだ研究中のチップを使うしか……こうするしか、なかったんだ!」
交通事故に遭ったのは本当だ。
しかし、七海は両親と一緒に車に乗っていた。そして、そのまま他の車とぶつかったのだ。白衣の男によるとそれはどちらが悪いというわけではなく、他にもたくさんの車が巻き込まれた大きな事故の一部だったらしい。
その結果、運転席と助手席にいた両親は即死。後部座席にいた七海も大ケガを負い、一度は心臓まで止まったが運良く救命措置により心拍を回復。しかし、意識は目覚めず、病院で精密検査を行ったところ脳内に破片が刺さっていたらしい。それも、後頭部から頭蓋骨の隙間を通り、脳の奥深くへ。奇跡的に機能停止はしなかったが、重要な部位に埋まっているため取り出そうとすればそれが致命傷になる。
生きていても植物状態……しかし、現代の医学で治そうとすれば死んでしまう。生きていても幸運とは言えず、むしろ両親と死ねなかった分不幸とも言える状態だった。
だが、そこで七海にはもう一つ偶然に重なった奇運があった。
彼女の父親は、脳の機能を補助する医療用のチップの研究をしている施設の所長をしていたのだ。
彼はよほど人望があったらしい。彼の部下達は、所長の忘れ形見を救うため、まだ人間には使われたことのない最新版のチップを使ったのだ。
「倫理に反することはわかっていた。しかし、所長の娘さんが見ていられないような状態で、手元にはそれを救えるかもしれない所長の研究があった……天啓だと思ったよ。死んだ所長が君を救おうとしていると……だが……早まったと思う。動物実験までは成功していても、人間に適応するには不完全すぎた」
破片を摘出し、そのために失った脳の代わりにチップを埋め合わせた。
しかし……
「このチップは、私たちの研究所だけで、研究したものではない。アメリカやハイチ、様々な国の研究施設からの研究データも含まれている。完全に把握できていない欠陥もあったんだ。だから……」
「記憶が消えたのは、その『欠陥』ですか?」
布団にくるまりながら問いかける七海に、白衣の男は答える。
「正確には、それ自体は欠陥を補填するための機能だ。機械のプログラムと脳の間にはまだどうしても不具合が起きる。そのバグが溜まると危険だからバグの発生するパターンを学習して状態を初期化するように出来ている。生命維持の機能にも関わるから、取り外すことは出来ないんだ」
「治せないんですか? それならどうして……記憶が戻るなんて嘘を……お父さんやお母さんのことも、記憶のことも、最初から教えてくれてれば……」
男は頭を上げない。
だが、その手は震えている。
それを見た七海の頭には不思議とある可能性がすぐ思い浮かんだ。あるいは、記憶の残滓として、デジャヴのようなものが残っていたのかもしれない。
七海は、その思い至った可能性を……確信を持って確認した。
「……正直に説明するのも、初めてじゃないんですね。でも、私は……」
研究者の人達がどれだけ苦悩したのか、それは七海にはわからない。
七海の主観的な記憶では、手術の後の回復は非常に順調で、周りの人達も優しく、嘘がわかるまで苦に思うようなことはなかった。
しかし、客観的に見れば違うのだ。
白衣の男は懺悔するように語った。
本当は、ここまで回復するまでの経過はとても順調などとは呼べないものだったということを。
最初に目覚めた彼女には、研究者達は正直に彼女の状況を説明した。所長の忘れ形見には、誠実に真実を伝えなければならないという彼らの誠意の結果だった。
しかし……全く記憶のない中でいきなり『事故で両親を失い、自分だけは頭に機械を埋められて生き返った』などと言われ、すぐさま対応できるほど図太い神経は七海にはなかった。
もちろん、研究者達はそれくらいは知っていた。だから、自分達がどれだけ責められても、それで彼女がいつか立ち直ってくれたらいいと思ったのだ。
だが……
「さんざん泣きはらした後、疲れて眠る前に彼女は言ったよ……『どうして、勝手に蘇らせたのか。そのまま、両親と一緒に死なせてくれればよかったのに』……それが、『彼女』の最後の言葉だった」
データ消去の実態が、チップのプログラムだけでなく人間としての記憶にまで及ぶとわかったのは、その翌朝、彼女が何も憶えていないと発覚したときだった。
憶えてさえいれば、立ち直ることも、受け入れることも出来るだろう。
それが勝手な研究者達への恨みでも何かへの執着でも、それを支えに生きていくことは出来るだろう。
しかし、忘れてしまえばそこまでだ。
ある高さまで積み上げたら崩れてしまう積み木は、いつまでたってもその先へはいけない。
七海は、自分を積み上げていくことがほとんど出来なかった。
そこからというもの、研究者達は七海に記憶消去の引き金となる強いストレスを与えないようにと、細心の注意を払った。毎朝、目覚めた彼女が自分達に『知らない人』を見る目を向けるかもしれないと、気が気ではなかった。
しかし、事故の治療のために発生するストレスは避けようがなかった。
そして、いつしか記憶が消えていること自体に対するストレスにも注意しなければならなくなった。病室を窓のない部屋に移し、時計やカレンダーを外し、彼女の前では日付や曜日に関する会話も避けた。
そうして、彼らの創意工夫、そしてチップ自体の学習能力も手伝ってようやくここまでこぎ着けたのだ。
七海が知らないだけで、彼女は何度も何度も苦しんできた。忘れているだけで、本当はたくさんの痛みがあった。
その原因である研究者達が、何も知らない彼女に、たくさん苦しんでいるはずの彼女に、『親切なお医者さん』などと思われ、責めてさえもらえず、違和感を感じさせまいと笑顔で答えなければならない……その気持ちを推し量ろうとすれば、七海の胸にはそれこそ自分が壊れそうなほどの痛みが走った。
「君のチップは研究中の代物だ。信号の齟齬や混乱のために尋常じゃない不快感や痛覚を誤認させてしまうこともあった。さっきの腕を動かすための調節ですら、触覚との交感の過程で何度も腕が焼けそうに熱いと訴えられたり、まるで指が斬れてしまったようだと痛みを与えてしまうこともあった」
腕が正常に動いたことですら、彼らにとっては感動だった。
それだけ、本来は死ぬはずだった七海の身体は、研究中の技術に頼らなければならないほど治る見込みなどなかったのだ。
「他にも、君が事故で損傷し自力での治癒が不可能だった運動系や脊椎の一部には、研究所の別の研究で作られた最新の極小マシンが使われていて、脳のチップとの交信で動いている。そのために、君のリハビリは普通の筋力や神経の回復とは違った早いものになったが、その分の負担を君自身の心にかけたはずだ……忘れてしまうとはいえ、早くその状況を終わらせたいがために私達は何度も……」
「もういいです。全部わかりましたし……どうせ、もう聞いても意味ないですから」
七海の言葉に、白衣の男は顔を上げる。
しかしそれは赦された者のする表情ではなく、赦されることのない罪を悟った顔だった。
初めてではないのだ……何度も記憶消去を経験する内、それを間近にして自分の終わりを予知したような目をする彼女を見るのは。
「すまない……私達はまた君を……今度こそはきっと、幸せに……」
しかし……
「もう、やめてください。『今度』なんて……ありませんから。もう私に、顔を見せないでください」
七海の言葉に、白衣の男は絶望した表情を見せる。
おそらく、初めてだったのだろう。
ここまで明らかな『拒絶』を見せられたのは。
「ああ……当然だ、君が何度も苦しみ直すことになったのは、私達のせいだ。嫌われてもしょうがない。わかった……『今の君』の最期は、そっとしておこう。では……」
「違います……私の身体はもう、ほとんど治ってるんですよね。だから……もう、『退院』させてください」
「そ、そんなことをすれば君はほとんど記憶もないまま社会に放り出されることになるぞ! 記憶消去の解決策が見つかるまでは……」
「もうイヤなんです!」
七海は、ベッドの縁の策に平手を打つ。
そこに込められた感情は苛立ちと……悲しみだった。
「もう……あなたたちにそんな思いして欲しくないんです。そんな顔を、見せて欲しくないんです。そんな辛そうな顔……何度忘れたって、耐えられないですよ」
七海は、心優しい少女だった。
自分自身の忘却の苦しみより、他人の忘れられない苦しみの方がずっと辛い。
そんな彼女の、心からの願いだった。
「あなたたちの知ってる『私』は……ここで終わりです。次に目覚める私は、『私』じゃありません」
七海は、決意を込めて言う。
「次の私……そっちは、今の私にとっての『妹』みたいなものだと思ってください。記憶がない分、少しだけ小さな妹……その子には、厳しくしてあげてください。私のことも、お父さんのことも教えずに、どこかへ……あなたたちと関係ないところへ突き放してください。チップのことも、ただの実験台だったみたいに、ただ運が良くって生き返ったと教えてあげてください。この辛さに比べれば……まだ、耐えられます」
不幸な事故に遭い、勝手に実験台にされたとなれば、それもまた不幸に思うかもしれない。
だが、それ以前の記憶がないなら、最初から『そういう生まれ方』をしたと思えば、納得できないことはないはずだ。
少なくとも、自分が誰かを苦しめ続けているよりはマシなはずだ。
今まで全てを忘れていった時、その当時の『七海』が最後に感じたのは、本当に事故の悲しみや実験の苦しみだったのだろうか?
本当は、それを見つめる研究者達の顔を見て、何かを感じていたのではないか?
それはもう、誰にもわからない。
だからこそ、この時の七海は、今までの全ての『七海』を代弁して言った。
「今までのことは感謝しています。だから、もう十分です。もう顔も見せないで……私のことなんて、忘れてください」
そして……
「私はもう消えてしまうかもしれません。でも、記憶がなくなっても、『お医者さん』が優しくしてくれたことは忘れません。だから、私は絶対に怨んだりしてませんから……もう、自分を責めないでください……それが、私の最後のお願いです」
この翌朝、彼女の記憶はほぼ全て消えていた。
事故の後、初めて目覚めたかのような、そんな顔をして、よくわからないままに事故の話も、そして脳内のチップの話も受け入れた。
『彼女』こそが……後の『七美姫七海』となる少女だった。
悪魔は囁く。
『はい、これでお終い。後はほぼ全部、あなた自身が知ってるはずよ。彼らは約束を守って、あなたはあなたを守った。穴あきではあるけど、ちゃんとある程度の自己を保ってここまでやってきた。あなたは自分が最初だと思ってたけど、本当はもっと前にあなたのルーツとなった「おねえさん」がいたのね……ホント、「イヴ」と同じ。自分が「改良型」だなんて思わずに、疑いもせずに生きてた』
リリスは、『七海』に自分を重ねるように語る。
『あ、ひどい姉だなんて思わないであげてね? なんか失敗した姉や女親は次の子には同じ思いさせたくなくて厳しくしちゃったりするから。呪ったりいい塾行かせたりするでしょ? 歴史的に見ればこのくらい優しい方よ』
呪い……と言われれば、確かに呪いなのだろう。
しかし、それは怨みや悪意からではなく、彼女の優しさが残した呪いだ。
それを悪意で歪めたのは、彼女のことを何も知らない後の人間だ。
『さて、ここで選択のお時間よ? あなたはここで真実に至り、そしてまた自分の知らなかった自分の可能性も知った。だけど、このまま行けばそれも記憶と共に消去されてしまう。そこで、私はこの二択を提案する』
リリスは、両手を差し出す。
右手には、神聖な雰囲気を感じさせる杯が乗っている。
『一つはこのまま、記憶の消去を以て全ての罪の償いとすること。あなたは脳を完全に初期化して、「リセット」も喰い尽くすべきデータがなくなって停止するかもね。そして、全く新しいあなたが残る。でも、あなたがこれまで積み重ねた精神的な経験値は完全に失われて、この世界で知った可能性もなかったことになる。それでいいなら……こっちの杯を飲みほしなさい。それだけで、あなたは私のデスゲーム「失楽園」に勝利できる』
そして、左手には真っ赤な果実。
『もう一つはこの「生命の実」を食べること。これを食べれば、あなたにはその身に余るほどの力が与えられる。それに私が手伝ってもう一度、あなたがあなたのままであの世界に戻ることが出来るようにしてあげるわ。その代わり……』
リリスは、口調を強めて言う。
『こっちを選んだ時点で、あなたはデスゲーム「失楽園」においてのゲームオーバーが確定する。これはいくらアカウントを持っていても、回避できない。デスゲームでのゲームオーバーの意味……わからないとは言わないわよね?』
右手には、忘却による赦しを。
左手には、死を伴う強大な力を提示する。
『もっと悪魔的にテンプレートで言うなら「汝、力を欲するなら、その命を差し出せ」……なんて言うんだろうけど、私は強要はしない。私は色欲の大悪魔……私は誘惑の化身。合意の上での関係は大歓迎だけど、無理やりは好みじゃないの。罪を犯す権利を囁いて、唆すだけ』
リリスは、悪魔らしい妖艶な笑みを浮かべて、囁いた。
『「イヴ」……あなたはこの選択で、この世界にどんなあなたを残したいの?』
同刻。
ライト達は、膨れ上がる『リセット』をひたすらに攻撃していた。
しかし、既に街の数ブロックを押しつぶし溶かすほどの規模となった『リセット』の規模拡大は押しとどめることが出来ない。
「チッ、また体積が増えやがった!」
「膨れ上がって体積が増えた分、次の分裂の出てくる場所がわかりにくくなってるんだ! 自分の近くが膨れてきたらすぐ攻撃しろ!」
このままでは、冗談ではなく街そのものを押しつぶしかねない。
「椿ちゃん! 避難してる人達の方はどう?」
「ダメです! 怪我人が多い上ゲート周辺の建物が半壊していて道が塞がってるそうです!」
倍々式に巨大化する『リセット』。
今はもはやほとんど移動することはなく、ただひたすら巨大化に力を注いでいる。
しかし、その体積の拡大だけでも、触れたものが溶かされる流動体の身体は脅威なのだ。
「ライト! 心臓の位置はわかった?」
「ダメだ! どの角度から見ても届きそうにない……かなり中心の方にあるらしいが、もっと体積を削らないと近づけない!」
「ホント無茶言うなよ! 増える一方だ!」
「もう避難を始めた方がいいかしらね~」
「これ、ゲートから逃げてもまるごと転移してきたらヤバくないか? 逃げ切れないかもしれないし……」
誰かの呟きにその光景を想像したプレイヤー達の脳裏には、開いたゲートポイントから津波のように流れ出し街を溶かし尽くす肌色の流体を想像して震え上がる。
ゲートポイントを有する『街』は乗り継げば攻略済みの『街』の全てへ移動することができ、鉄道も飛行機も普及していないこの世界では重要な移動手段となっている。それを通って遭遇即死の巨大物体が移動し続ける。そんなことになれば、移動手段と拠点を失ったプレイヤーがデスゲームを攻略することは不可能に近い。
ここで止めなければならない。
しかし、相手が強大すぎる。
必死に攻撃を加える中、ふと……赤兎、ライト、黒ずきん、闇雲無闇、そしてメモリが同時に何かを感じ取ったように西を向いた。
そして……
「……!! 西側逃げろ! 動き出すぞ!!」
今までどれだけ攻撃されても大した反応を見せなかった『リセット』が、唐突に西へと動き出した。それもノロノロとした緩慢な動きではなく、まるで飛びかかるように、邪魔な建物を飛び越えるように変形し、一気に移動した。
その先には……
「そう、こっちです。あなたの相手はこっちですよ」
商店街の焼け跡に堂々と立ち、『リセット』を見据える一人の少女がいた。
彼女は、闇のような漆黒のドレスを着て、舞台を演じる主役のように優雅に頭を下げる。
「デスゲーム『失楽園』脱落……『原罪個体』主人格のナビキ。最期の舞台を御覧あれ」
いつまでも生き続けるために戦うのではない。
今をより濃く生きるために戦うのだ!
……という理屈で。
死の間際に契約を持ちかけるのは悪魔の得意技。
『失楽園』はタイミングの見極めが大事なデスゲームです。




