211頁:他人の傷口を抉るのはやめましょう
ある意味久しぶり(下手すると数ヶ月ぶり)のライト(パーフェクトフォーム)のターンです。
長く書いてない間にキャラ変わってないと良いんですが……多少は『積んでる人格編成の違い』だと思ってくださると助かります。
もしかしたら後輩いびりの激しい人外先輩に見えるかも……
以下のデータは新型試作MBIチップに関するものであり、取り扱う許可なき者は以降の情報を閲覧することを禁ずる。
また、取り扱い権限を持つ者に関しても以下の情報には守秘義務を持つものとし、以下のリンクにアクセスした者はそれに同意したものと見なし、情報漏洩が認められた場合には罰則が発生するものとする。
なお、研究途中で研究を離れ権限を失った場合も守秘義務は継続し、所持するあらゆる記録媒体からこの情報を消去することを義務付ける。
(以下、一部抜粋)
このチップは被験者が一般的な社会での適合を果たせるレベルまでの能力回復を目標としているが、その上で重大な欠陥となり得る性質が発生する可能性が発覚した。
このチップは被験者の欠損した脳の機能を代替し補うことを目的としているが、被験者は『小脳』、『扁桃体』、『視床下部』を大きく欠損しており『運動』、『情動』、『食欲及び性行動』に関する機能が大きく低下している。そのため、その部分を埋める形で機能を補っているが、本来の機能を完全に補うことは現段階のプログラムでは不可能であり、今後経過観察をしながらの調節が求められる。
なお、その機能低下の結果、表出する症状として、重大なものに『欲求の混濁』が挙げられる。これは主にストレスの蓄積や極度の混乱などにより理性が低下した場合に発生しやすく、その状態と合わさり相乗的に危険な行為に繋がる可能性がある。
『欲求の混濁』とは、扁桃体の僅かに残った生体部分と代替部分の接触部で発生する元来の信号とチップの出力する信号との矛盾が原因であり、人間の外部刺激に対する内面的反応の非論理性がその根本的な問題であるため現状での即時解決は困難と考えられる。
症状として『欲求の混濁』は性的欲求と食欲の混同が主な要素であり、それに従って情動や運動機能にも異常を生ずる。
例を挙げれば、栄養失調に由来する空腹に際しそれを性欲と取り違え性的欲求を誤認してしまったり、逆に文献や画像などによって発生した性的意識を過食により解消しようと試みてしまう観察結果が報告されており、しかも間違った方法により欲求を満たそうとしても根本的な原因は解決されていないため欲求は収まらずさらなる悪循環を及ぼしてしまう。
さらにこの時、極限状態の動物が持つ機能により一時的に平時より高い運動機能が発揮された報告もあり、取り押さえるのは困難であった。これは栄養失調時の体力の過剰な消耗や消化できない無機物の摂取から生命の危険にも繋がるため、早急な対応策が求められる。
(中略)
以上の技術の応用により、このチップには精神を保護するため『PTSD防止機能』を付加し、強いストレスに繋がる記憶を消去することとする。
なお、これは前記の『欲求の混濁』の発生要因となるストレスの蓄積に対しても有効な手段だと考えられ、プログラムの改善に成功するまでは『PTSD防止機能』のストレス蓄積上限を十分に低く設定することで対応し、自我の不安定な状態から抜け出すまで(目安として成人まで)被験者には秘匿することとする。
これにより記憶に障害が発生しやすくなることが予測されるが、知識の蓄積に関しては問題がないことが実証されたため、生命的危機を予防するために記憶の消去を優先することとし、被験者には外部の記憶媒体を用いた記憶の補填を推奨することとする。
(中略)
なお、このデータは当然被験者にも秘匿するものとし、無断での情報公開、漏洩は当人の社会生活をも脅かすものであるため、彼女を想うならばこそ秘密を共有し何があろうとも守り通すべし。
《現在 DBO》
「変身スキル『偽物が本物になる魔法』発動。対象は『寄生』だ」
ライトがそう唱えた途端、ナビキの左手の薬指から指輪が消える。
そしてそれは、ライトの左手へと移る。
ライトの左手の薬指に、ナビキの指にはまっていたのと同じように。
そして、ライトはさらに技を唱える。
「義肢スキル『神経接続』、『義体擬態』……色はこんなもんだったか」
左手の指輪を顔へと運び、空になっていた眼球の空席へと、球状にした≪ガラスの靴≫をはめ込み、本物の眼のように埋める。そして、埋め込まれた義眼はもう片方の眼と全く同じように、外見からは本物の眼と区別のつかない色へと変わる。
その様子を見て、ナビキは混乱した。
「これって……一体何が起こったんですか? そんな技……」
「ああ、ナビキは知らなかっただろうな。何せこれは、『≪ガラスの靴≫を二つ同時に所有すること』を条件にした技だ。片方だけじゃ表示もされない、知ってるのはオレとエリザだけだ」
最初に二つの≪ガラスの靴≫を手にしたのはエリザ。
ナビキはその片方を手にした直後に暴走してしまったため、二つ同時に持った場合のみ表示される効果など知るはずがない。知っているとすれば、≪ガラスの靴≫の効果でナビキの分身をプレイヤーの姿に戻せることを調べていたエリザのみ。
だが……
「それっておかしくないですか? だって、≪ガラスの靴≫は今両方とも私の手元にあったはずなのに、どうして……」
「なあナビキ? 疑問に思わなかったのか? なんでこのアイテムが二つ存在するのかって。」
ライトの問いかけに怪訝な顔をするナビキ。
そんな『ゲーム仕様』について深く考えたことのなかった彼女には、その問いかけの意味がわからなかったのだ。
「『靴』は二つセットだから……じゃないんですか? だって、片方だけじゃ意味が……」
「そう、これは両方あって初めて真の効果を発揮するアイテムなんだ。おとぎ話の『灰かぶりの少女』が、どうやって『お姫様』になったか、知らないわけじゃないだろ?」
少女の元には魔女が現れ、舞踏会に行くのに必要なドレスや馬車を、その時の彼女の服や家の動植物から『変身』させて、『お姫様』のような立派な姿に変えてくれる。
そして舞踏会へ行った彼女は王子に見初められるが、魔法が解ける時間となってしまい慌てて逃げる最中、ガラスの靴を落としていってしまう。
そして、それを拾った王子はそれを手掛かりに持ち主を探し回り、それをピッタリと履くことのできた少女を妻に迎え入れた。
これは解釈を変えれば、その『ガラスの靴』こそが一夜限りの仮の姿だったはずの『お姫様』を本当の姿とするための権利を付加して手元に戻って来たということになる。
「どんな奴がこんなアイテムをデザインしたかは知らないが、これは『そういう』アイテムなんだよ。どんな姿にもなれて、だが装備を外しても戻らない。二つ同時に持ってないと発動しない効果が、一つ持ってるだけじゃ表示もされない。そして誰でもどんな形にしても持つことができる……これは、『そういう』アイテムなんだ」
「意味がわかりません! 何が言いたいんですか!?」
「だからな、これはさ……」
ライトが、自分に突き付けられたナビキの両脚の間の『口』に自分から頭を突っ込んだ。
「ひゃっ!?」
「『片方を相手にプレゼントして、それを回収することで一緒に相手の能力を自分に持ってくるアイテム』なんだよ」
ライトの姿がナビキの下から、視界から消えた。
すり抜けたのではなく、体内に潜り込んで行くように消えた。
これは……
「『寄生』!?」
「メイクアップ『ベイス』、哿不可『ベイス』……正解だ」
気付けば、ライトは空色の羽織以外は最初の姿になり、ナビキの後ろにいた。
『口』を通りぬけ、体内を透り抜けらたのだ。
「オレの『変身スキル』のレベルじゃこの技一つのポテンシャルを盗み取るのが限界だったがな。相手の技を奪い取る系の技は何もおまえの『強奪スキル』だけじゃないんだぜ」
ナビキは振り返りながら腕の牙を延長し振るうが、ライトはそれを楽に躱す。
その動きをさきに予測されていたかのように、完全に軌道を先読みして、間合いを伸ばすことまで予知して避けられている。
「苦労したんだぜ? この技の最後の条件は『相手が自分の意思でこれを変形させて装備すること』だったからな。だからこれ見よがしに変身を繰り返して、ナビキがこれを取りに来るように誘導したんだ」
「でもそれは、ありえません!!」
ナビキは全身の『口』の牙を延長し、十数通りの軌道からの斬撃を一度に見舞うが、ライトはそれを回避する。
「これの本当の使い方は、誰か『なり変わりたい相手』にこれを渡して、姿も名前も変身させた後に技を発動してそいつの能力ごと≪ガラスの靴≫を回収してしまうってやり方なんだろうな。エリザはそんなこと思いもよらなかったから、これの期限は『アイテムを装備した24時まで』で期限切れになってた。だから今回改めて装備させる必要があったんだぜ?」
二つの《ガラスの靴》を手に入れたプレイヤーは、本来なら『魔女』にモンスター化されたプレイヤーへとその片割れを渡し、その効果を使ってプレイヤーの姿へと戻すのが普通だろう。だが、そこで問題になる……『このアイテムは、これから誰が持っているべきなのか?』という判断。
一つあれば変身できるのに、一人が二つとも持つ必要はない。簡単に売り払って金を山分けにする判断をするには、アイテムの汎用性が高すぎる。下手をすれば、仲間割れに発展する可能性すらある。『ビルドの再選択』『容姿の変更』……それは、どんなプレイヤーにとっても魅力的な能力だ。
そして、仮に仲間割れが起きた場合……起きてしまった場合、『最初に二つとも《ガラスの靴》を持っていたプレイヤー』が、アイテムを取り返すために、そしてその『元仲間』を排除するためにその技を使うかどうか……そんな『絆』を試されるアイテム。
エリザはその純粋さ故に全くそのような意図に気付くことはなく、《ガラスの靴》の説明を受けたライトだけがそれに気付いた。
「不可能です!! そのアイテムは二つしかないんですよ!? その技の効果でそのアイテムを回収するには、手元に一つ残ってる必要があるはずです!! 一つは私がずっと持ってて、もう一つを先輩から取ったのに、なんで先輩が『変身スキル』の技を発動できるんですか!?」
「はは、そんなことか。ナビキ……オレの『固有技』、忘れてるだろ?」
ライトは一度義眼の片方を抜き、握りしめる。
そして、それを長い棒状のものを振り回すように横一線すると、その形状が、そして材質が変わる。
長く節くれだった、針葉樹の枝に。
「オーバー50『ツールブランチ』。オレの持つスキルに対応して、あらゆる道具に代用できる『枝』を作り出す技だ。『剣術スキル』なら≪刀≫、『木工スキル』なら≪鋸≫や≪金槌≫、『変装スキル』なら≪竹光≫や≪空砲≫、そのスキルでダメージ判定できるアイテムならなんにでもなる。そして……ボス攻略の報酬アイテムに付加されたインスタントスキル『変身スキル』に対応するアイテムは、≪ガラスの靴≫以外にはありえない」
≪ガラスの靴≫は本来二つしかない準ユニークアイテム。
だが、ライトの『枝』も固有技のユニークアイテム。
あらゆる道具を代替できる、究極の代用品。
「最初から『枝』を≪ガラスの靴≫に変えて……私がそれを盗ろうとすることまで読んで、目の中に?」
「ああ、最初の変身からずっと、両方とも『義肢スキル』で見えるようにした義眼だ。悪かったな、ナビキが手に入れたと思ったのはガラス玉ですらない木の偽物。指輪の交換はまだまだ終わってねえぜ?」
ナビキは激昂し、腕を硬化させ、爪を研ぎ澄ませて襲い掛かるが、ライトは『枝』を振り、変化させる。
それは、拳より大きな≪鈴≫。
『武九美』の武器としていたものと同じもの。
≪鈴≫に受け止められた衝撃は振動として吸収され、直後に硬化した腕に横から叩きつけられ弾かれる。
「っ!!」
「『変身スキル』での本来の質量変化は『(スキルのレベル)×0.1㎏』だ。ナビキの場合、50㎏くらいが限界か? 『イヴ』には到底届かない」
「グッ、でも、質量ならまた増やせば……!!」
「やっと気づいたか。ナビキ、おまえが『イヴ』に変身するためには、質量の変化と形状の変化が必要だ。『寄生』と『複製災害』のコンボで質量を底上げして、≪ガラスの靴≫で形状を変える。だが、おまえにはもう『寄生』の技が残ってない。それを持った分身も体内にはもういない。他の分身達も、栄養の補給を優先して占有ポテンシャルの大きな『寄生』はもう消えてるっていうのは、メモリとエリザに確認させてある。『強奪スキル』は自分で倒した相手からしか技を奪えない。もうおまえは、『イヴ』にはなれないんだ」
分身自体は『複製災害』を使えばいくらでも量産できる。
しかし、『寄生』の能力を持った分身は『黒いもの達』という量産型ではなく、その能力を持つナビキ自身の源流を汲んだ個体でなければならない。
あと少し、戦闘の流れが遅ければ……早い段階で同じことをされていれば、ナビキは体内の分身を一体殺すだけで能力の補填ができた。
だが、体内の分身を排出しきり、能力の予備がなくなったこのタイミングでの『寄生』の喪失。
これはつまり、ナビキをどれだけ追い込むか、そしてどこで『逆転』され、≪ガラスの靴≫に変じた『枝』を奪われるかまで読まれていたということ。
自分が勝ちを確信し、上から見下ろしていたあの状況まで全て計算ずくで、掌の上で踊らされていたということだ。
「うわぁぁああああ!!」
ナビキは叫びながら、遮二無二身体を変形させ襲い掛かるが、ライトはそれを大人が子供の相手をするかのように防ぐ。隻眼になっているというのに、その動きはハンデをもろともしない。
重い攻撃は受け流す。
素速い攻撃は超絶的な反応速度で回避する。
地下を通した不意打ちは視線を感じたように見ずに察知する。
枝分かれした多角攻撃はプログラムされたような正確な動きで撃ち落とす。
それぞれ別の姿の時ほどの完全さは感じないが、それらの使い分けによってナビキの行動は完全に対応しきられ、さもわかりきっていたかのように、『予知』でもされていたかのように余裕を見せられる。
これが『ライト』だ。
ナビキという同一の存在の寄り集まった『群体』としての『イヴ』に対して、様々な技術が、経験が、因子が合わさって機能する『総体』としての人格『ライト』。
ナビキの中に、どうしようもない感情が溜まる。
勝ったと確信した直後にそれが勝手な勘違いだったと知らしめられた敗北感、あらゆるものを犠牲にして手に入れた力を奪われた絶望感、自覚したばかりの『上位互換』に対する劣等感を刺激するライトの余裕のある戦い方、そして何より……
「なんで……反撃して来ないんですか!?」
自分が『イヴ』となっていたときはあれほど一方的に攻め立ててきたのに、今ではまるで敵にならないように、敵対者とも思っていないかのように最大限に傷つけないように扱っているようにすら感じられる。
これでは……
「ナビキ、もう争う必要なんてないだろ? だって、もう危険な『イヴ』は『無力化』されていなくなったんだ。後は、おまえさえ治せば万事解決するんだ」
まるでこれでは……
「オレは騙されただけの奴をいたぶって正義の味方ごっこする趣味なんてないんだ。そもそもオレは、誰も恨んだりしないように出来てる。だから当然、今回のことだって笑って流すよ。『将之』のやつがうるさいかもしれないけど、謝ってわからないやつじゃないはずだからさ、だから……」
これでは、対等に見られていないみたいではないか。
子猫に引っかかれた程度とでも言うみたいに、怒る程のことでもないと言っているみたいではないか。
これでは……
「だから、もうこんな茶番終わらせて、笑い話にしてしまおうぜ。騙されちゃって、でも仲間の頑張りと団結で元に戻ったって美談で済ませてやろうぜ。そうなれば皆、『幸せ』になれる」
まるで今までの、自分にとっての最悪の出来事が、最大の悪事が、最強の足掻きが……このまま『なんでもないこと』のように言われてしまえば、『茶番』と認められ、『美談』で済まされてしまえば……
自分が全てが……『生まれた』意味が……否定されてしまうではないか。
このまま、されるがままに……『あの世界』のように……『幸せ』にされてしまうではないか。
「いや、ぃゃ……そんなの、いやぁあああ!!」
ナビキの心の奥に突き刺さった『楔』。
『自分は幸せになってはいけない』という洗脳の根幹。
それが表出する。
ナビキの首に鎖の形で食い込んでいた《ガラスの靴》が大きく形を変え、ナビキの身体を包み込む。
それは、内側のナビキに向かってはまるで透明な『鉄の処女』のように全身に突き刺さるように伸びたトゲと鎖が彼女を拘束し、外側へ向かっては『断頭台』や『電気椅子』、『ロープ』などの処刑器具を寄り合わせたかのような形状となり世界への負の感情を表現する。
形状を自在に変え、時に使用者の内面の歪みを表現する《ガラスの靴》が作り出したそれを見て、ライトは目を伏せる。
「悪いなナビキ。埋め込まれた歪んだ『価値観』だけはどうしても今、完全にぶち壊しておかなきゃいけなかったから、少し抉らせてもらったぜ。ま、傷口に触らなきゃ取れない破片もあるってことだ。さあ、さっさと終わらせちまわないと、痛いのが長引いちまうからな」
ライトは、今度こそナビキのよく知る『先輩』として、暴れるガラスの『楔』に相対する。
「痛かったら手を挙げてくれていいぜ。ま、途中で止めてやる気なんてないけどな」
同刻。
『ナナミ』のプレイヤーネームを持つ少女は、『時計の街』の本陣で嘆息する。
「やっぱりすごいですね……先輩」
主人格のナビキから流れてくる情報から、西の商店街の焼け跡での出来事はもう把握できるようになっている。それだけナビキが弱っているのだ。
そして、今のナナミにはライトの繰り返してきた『変身』の意味が理解できる。ナビキが『先輩』と呼び慕ってきた『ライト』という存在……『行幸正記』という存在の本質はこの変幻自在の振る舞いにこそあるのだ。
『ナビキ』という存在が何千という人格を生み出し同時に動かすことができ、その意志を決定する司令塔として……『主人格』として全てを代表し内包する存在であるのと同じように、『ライト』は今まで見せてきた人格の全てを総称し内包する。
ナビキが自分の意志を叶える手足や手段として無数の人格を使役するのに対し、ライトは行動を決める要素として複数の人格を尊重する。
『三木将之』の言い分も頷ける。
『ライト』の精神は最初から分裂し破綻しながら、行動は決して破綻しない。行動理念は常に矛盾しながら、決して停滞はしない。
ナビキが向かい合っているのは、おそらくナビに対してライトが『一つになろう』と言っていた、その先にある行為によってライトに転写された人間の心……あるいは、魂と呼ぶべき者達。
それぞれ完成し、別方向へ尖りきった、人間離れした文字通りの『異端』達。
『ライト』という存在の中では、彼ら、彼女らが常にせめぎ合い、押し合って表層へ自分を反映しようとしている。
今ならわかる。
ナビが『人間』と呼ばれ、ナビキが『人間』になれなかった理由。それは、『葛藤』や『迷い』、『躊躇』や『無駄』と呼ばれるものがあるかないかだ。それを歪な形にしろ、複数の人格をぶつけ合い、邪魔し合うことで実現するからこそ、ライトは『最も人に近い人外』足り得るのだ。
人間が何らかの能力を手に入れるには、その人物が元々持っている潜在能力をそのベクトルへ集中させ、特化させ、尖らせる必要がある。
その分布図の先が鋭く尖るほど、その能力は際立ち、不可能を可能にする。
それが、どうしようもなく極限まで研ぎ澄まされ、どうやっても方向を変えられなくなるまで固まってしまうと……人の道をはみ出し、『人間離れ』した『人外』と呼ばれる領域に脱線してしまうのだ。
煩わしく心を惑わし、悩ませ、苦しめる可能性の分岐点や選択肢。しかし、それは踏みとどまり方向を修正する重要なチャンスなのだ。それを常に決まった選択を貫き通していれば、いつしか他の可能性が選択肢から消えてしまう。
燃やすのに躊躇いのなくなった女は『放火魔』となった。
誰にも見てもらえないことを是とした少年は『透明』となり、自身の弱さを人形の中に隠して勇気を手に入れた子供は『偶像』としての強さを得た。
人を殺すことを当然とした人々は『鬼』として畏れられる存在になり、動物と心を通わせるために野生に心の全てを明け渡した少女は『獣』と呼ばれた。
人の心へ抵抗なく触れられるようになった『何時か何処かの誰か』は、人の限界を超えて生きる『何か』になった。
そして、忘れることを怖れなくなったナビキは、自身の欠損を忘れて欲望のままに動き続ける少女は、人生に必要な何かを失って『屍生者』となった。
ライトが次々と姿を変えて見せるのは、それを教えるためだった。
そのために、躊躇なく自分の存在を塗り替え、『他の誰でもないの自分』というものを捨てて、他人に認められるべき『行幸正記』としての同一性をも捨て去って、ナビキを真っ向から非常識さで圧倒した。
自分を殺すことに慣れすぎた『不死者』は、勝手に道を外れきったつもりでいた同族に『広い世界』を見せつける。
そして、同時に教えているのだ。
一流の『デスゲーム経験者』に共通する、どんなデスゲームにも通じる『正しい攻略法』を、実演しているのだ。
「いつまでも初心者気分で、ゲームのルールに文句ばかり言っていても何も始まらないってことなんですよね……本当に、いい先輩です。だから……」
ナナミは歩き出す。
北と中央に戦力が集中し台風の目のように、戦場の中の空白となった街の中へと歩き出す。
『西』へ向かって。
「先輩と、それにあのお姉さんを見習って、怖いけど勇気を出してみることにします。そうすればきっと、私も人間に……あなた達に近付けると思うから」
最近株を下げっぱなしのナビキですが、そちらの崩壊と反比例して『バックアップデータ』のナナミは精神的に成長していっています。
どこぞの『普通のお姉さん』のおかげで非常に健やかに育ってますので、こちらは嫌いにならないであげてください。
あと、次回は久々なライトの『全力戦闘』の予定です。




