20頁(折り込み裏):ボスには精鋭で挑みましょう
第一章最終話です。
次の章の準備も進んでいます。
「知ってるか? 死神って実は天使の部類なんだ」
祭の最中、行商人の店で《トランプ》を見つけたライトはその中のジョーカーを見ながらナビキに若干脈絡なく言った。ジョーカーの絵柄は鎌を持ったおどろおどろしい黒マント。
「とてもそんな風には見えませんよ。むしろ怖いです」
「まあ、確かにこの絵みたいに怖いイメージはあるな……だが、コイツらは言わば『目覚まし時計』みたいなもんなんだよ。迷惑で好きにはなれないかもしれないが、なければそれはそれで困る」
「『困る』……ですか?」
「張り合いがないじゃないか。無理に起こそうとするからかえって二度寝したくなる。無理にでも連れて行こうとするからかえって反抗したくなる。死ぬのが怖ければ生きようとする。一度死にかけてそれから世界観が変わった……雷に打たれて何かの能力とかに『目覚めた』という話も多いしな」
実際に一度死にかけたがそれ以前の記憶がないナビキには想像しにくい話だった。
一度死にかけて『忘れる』という能力を得たともいえるかもしれないが、そもそもそれ以前を知らなければ生まれつきみたいなものだ。
本当のところ、誰よりも『死』に近づいたはずなのに、ナビキはその恐ろしさも、恐怖も理解できないのだ。
理解した次の瞬間には、その記憶を失ってしまうのだろう。もしかしたら忘れる前に死んでいるのかもしれないが……
「死ぬのは…先輩でも怖いですか?」
自分ではわからないから頼れる先輩に聞いてみた。
ライトは笑って答えた。
「さあ、死んだことないからわからないな。ただ、死んでやる気もほかの奴を死なせる気もさらさらない……むしろ、死ぬことより死なれることの方が怖いかもな」
《サーカス開演時 DBO》
スカイを表舞台へと送り出した後、ライト、ナビキ、草辰、マイマイ、ライライはテントの奥に向かった。先日、マイマイとライライがライトに言われて探した物があった部屋へ向かう。
その『行軍』の中、草辰が不満を洩らした。
「てか、ホントにそんなイベント起こんのか? そんな情報全然なかっただろ」
それに対して、ライトは先頭から冷静に返答する。
「間違いなく起こる……とまでは言わないが、十中八九起こると思って良い。それがオレの見立てだ」
「はっ、どうして根拠もなくそんな自信が持てるんだか」
「納得行かなきゃ超能力ってことにでもしておいてくれ。オレには未来が見えるんだ……さあ、そろそろ武器を出した方がいいかもな」
ライトが言うと、ナビキは《イージーランス》を、マイマイとライライはそれぞれ《フライパン》と《中華包丁》を、草辰は文句を言いながら愛剣を、そしてライトは《丈夫な糸》を実体化する。
そして、ライトは大きな声で後ろの四人に言った。
「うまく行けばオレだけでも勝てるかもしれないが、オレ一人では勝てない可能性も高い。だから、その時にはサポートを頼む」
そして、サーカスのマジックテントの奥深くの扉……『飼育室』の扉を開けた。
そこには、数々の『檻』があり、その中央には一際巨大な檻がある。高さ7m近い立方体の檻だ。
そして、その中に『あれ』がうつ伏せで眠っていた。
ライオン型モンスター。
今回のサーカスの目玉〖ダイナミックレオ〗だ。
体高は5mはあろう。その目は赤く輝き、牙をむき出している様子はもはやライオンなどというより怪獣のようだ。
「オレは仕込みに取りかかる。ナビキ、マイマイ、ライライもこれ置くの手伝ってくれ。草辰は見張りを頼む。そいつか檻に何かあったら教えてくれ」
「なんで俺が見張りなんだ?」
「『技術力』。あと、いざ始まったとき、戦える奴が一番にいたほうがいいだろう?」
「始まったときはな……わかったよ!! 檻見ときゃいいんだな?」
そう言って、草辰は手頃な木箱を見つけて椅子代わりにした。
ライト達はマキビシ、糸、遠隔式の弓矢などを仕掛けていく。
草辰は思う。
本当に、こんな茶番に意味があるのか?
そんな根拠のない推測でここまで準備する必要ないだろう。
この『〖ダイナミックレオ〗が逃げ出して暴れ始める』なんてイベントが起こるなんて、そんな確証のない推論に、そこまでする必要はないだろう。
女子供はあのガキの話を信じてるようだが、俺は信じていない。
生産職がまぐれで戦闘職に勝てちまって調子にのっているのだと。
だから気が付かなかった。
祭の始まりを告げた機械の鳥が鳥モンスターの檻の裏に隠れていて、その機械の鳥が口から飛ばした矢がライオンに突き刺さったのには気が付かなかった。
真面目に監視していない草辰の目の前で、ライオンが立ち上がる。
そして、大きく息を吸うモーションをして、大地が震えるほどの音量の咆哮をあげた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」
檻が内側からバラバラに吹き飛ぶ。
草辰は唖然とし、ナビキとマイマイ、ライライは耳をふさぎ、ライトは呟いた。
「ち、できれば外れて欲しかったが……やっぱり来たか!!」
ライオンの頭上には〖ダイナミックレオ〗という名前と四段のHPバー。
五人の目の前にイベント開始のウィンドウが現れる。
『草原の王〖ダイナミックレオ〗の凱旋』
『人に縛られしこの草原のかつての主
彼の百獣の王は全ての障害を払いのけ、魔女に奪われし己の土地を取り戻す。
クリア条件:〖ダイナミックレオ〗の脱走の阻止
ただし、〖ダイナミックレオ〗がステージに辿り着いた段階で失敗となる。』
まるで、失敗が前提のような説明文を五人が読み終えると、ライオンのレベルが表示される。
プレイヤー側のレベルは
ライト。レベル20
草辰。レベル19
ナビキ。レベル9
マイマイ。レベル10
ライライ。レベル10
これなら、レベル20代くらいならいくらでもどうにかなる。
だが、ライトを含めた五人はその敵の強大さに唖然とする。
〖ダイナミックレオ LV20+19+9+10+10〗
計算が完了する。
〖ダイナミックレオ LV68〗
絶望的ボスバトルが始まった。
巨体の割にゆっくりとした速度で〖ダイナミックレオ〗は飼育室の扉に向かって歩き出した。
巨大な敵の接近に草辰は呆然としたままだ。
やはり、最初に動いたのはライトだった。
配置途中だった《罠用小弓》を予め手元に集めておいた糸を引っ張ることで全弾一斉発射。
さらに獅子の横を回り込んで前に行き、ありったけの《マキビシ》をぶちまける。
極めつけに部屋のそこかしこに引っ掛けて檻を囲む状態にしていた《丈夫な糸》を動かし、獅子に絡みついて動きを阻害させる。
「『インビジブルバインド』『ストリング・ストロング』!!」
『糸スキル』の中級技で獅子を拘束し、さらに糸の強度を増す。
だが……
「▲▲▲!!」
〖ダイナミックレオ〗の鬣が黄金の輝きを放ち、その鬣を振り乱してその場で体を揺さぶった。
おそらく、それは『技』なのだろう。
その『一撃』で、矢は弾かれ、マキビシは地面を掠めた鬣で蹴散らされ、糸は全て引きちぎられた。
「チッ、予想以上だ!!」
そこで、ライトが糸スキルを使ったことでヘイトが上がったらしい。獅子の右前足が振り上げられて……
「『クイックパン」
「■■!!」
ライトが迎撃の技名を言い終わる前に獅子の攻撃がライトに届き、ライトはなすすべなく吹っ飛ばされた。
「先輩!!」
「■▲■!!」
ライトを心配して叫んだナビキを、獅子はライトを吹っ飛ばしたのと同じ足で、虫でも払うように吹っ飛ばした。
「きゃっ!!」
獅子の背後で悲鳴が上がる。
吹っ飛ばされたナビキを見たマイマイが上げた悲鳴だ。
獅子は前方の草辰を見据え、自分が『囲まれた』と認識する。
そしてまた、大きく息を吸う。
「まさか……」
仮にもVRMMO経験者の草辰はそのモーションの意味を悟った。
「全方位攻撃のプレモーションか!?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!」
凄まじい衝撃波。
まるで爆弾が爆発したかのような衝撃波が広がった。
草辰、マイマイ、ライライは壁まで叩きつけられる。
圧倒的だった。
ステータスも技の性能も桁違い。
一瞬の内に五人は蹂躙されたのだった。
草原の王をうたわれる〖ダイナミックレオ〗は何事もなかったかのように、何の障害もなかったかのように、何の障害もないように悠然とステージへ……
「軽業スキル『アクロバットマン』」
あろうことか、獅子の誇りである鬣に、その背中から飛びついた者がいる。
「■▲■▲▲▲!!!!」
「玉乗りスキル『テンカウントバカンス』!!」
獅子はそれを振り落とそうと身を震わせる。だが、下手人は奇妙な技で踏みとどまり、さらなる狼藉を働く。
獅子の背中に幾本もの槍や剣を突き立てたのだ。
しかも、狼藉はそれで終わらなかった。
「木工スキル『ノッキングネイル』!!」
槍の石突きを、剣の柄を鈍器で打ちつけ、毛皮で止められていたそれらを肉の奥深くに届かせた。
「▲▲▲▲▲!!!!」
獅子が鬣を金色に輝かせて振り乱し、ようやく下手人は背中から落ちた。
獅子の目の前に落ちた下手人は左手に棍棒を持ち、右手で拳を握りしめて、獅子を正面から見据える。
その右手には金色の輝きが宿り、それはなんと獅子の鬣と繋がっている。
「糸スキル基本技『ロールロール』。『糸を巻き上げる』ただそれだけの技で普段は使い終わった糸の回収に使っているが、相手に糸を引っかけたまま引っ張り寄せたりも出来る。そして……ふつうの糸なら引きちぎられても、その立派な髪の毛ならそう簡単には切れないよな!!」
下手人は……ライトは、獅子の真正面に陣取り、過去最大級の気合いで叫んだ。
「ここを通りたければ、オレの屍を越えてゆけ!!」
何故、自分の三倍以上のレベルのモンスターに攻撃されたライトが生きているのか、その理由は簡単だ。
ここでは、HPが保護されているのだ。何があっても攻撃によってHPが空になることはない。
だが、痛みは現実比50%という少なくない割合で襲ってくる。
ライト以外は悶絶して動けない。『自傷スキル』で痛みを軽減できるライトですら、一時的に動けなかったのだ。
特に危ないのはナビキ。何せ、気絶するほどのストレスを受ければ記憶が消えるという特殊な脳構造をしているのだ。
今は痛みで気絶もできない状態だが、本人は感覚的にわかっている。このまま意識を失えば記憶が消えてしまう。
だからライトはまだ動けないパーティーメンバーに大声で指示を出す。
「動けるようになったらレオの後ろ足を攻撃しろ!! とにかく同じ場所を徹底的に責め続けるんだ!! レオの進行と反撃は心配するな……オレが正面から進行を受け止めて、タゲを取り続ける」
レオは進行を邪魔する無礼者にまたも右前足を振り上げる。
だが、ライトはそれを完全に無視して、捕まえた鬣と『軽業スキル』を用いて獅子の眼前まで飛び上がり、棍棒を振るった。
「『ロッククラッシュ』!!」
棍棒が獅子の脳てんにヒットする。
だが、それは大したダメージを与えず、逆に頭突きで反撃されて後ろに吹っ飛ぶ。
しかし
「今度は逃がさねえぞ!!」
右手で掴んだ鬣で獅子のすぐ目の前に落下する。
その左手に握られた棍棒は不相応なダメージにたった一撃でボロボロだ。あと数回使えば確実に壊れる。
だが、ライトは逃げようとはしない。
〖ダイナミックレオ〗も、自分に幾度もかかってくる無礼者を赦す気はない。
「さあ来いよ。毛皮にしてやる」
「■■■■■■■!!」
たった四人しか観客のいない舞台裏で、ライトの『王への反逆』という一世一代の大舞台は始まった。
一方、ライト以外の面々は動けるくらいに回復しても、動くことができなかった。
ライトと〖ダイナミックレオ〗の戦いの光景が、あまりに異常で受け入れられなかったのだ。
ライトは獅子の攻撃のタイミングを読んで先にカウンターを決める。しかし、それは逆転の一撃には遠く及ばず、虫を払うかのような気軽さでより大きなダメージを与えられる。
しかし、ライトは止まらない。
吹っ飛ばされれば起き上がり、武器は数回使えば壊れてしまうが壊れてもすぐ新しいものに変え、まるで何事もなかったかのように同じことを繰り返す。
疲れも恐怖も諦めも感じられず、勝てない敵に執拗に襲い掛かるその姿は正に『ゾンビ』。
しかし、そのやり取りも『有限』だ。
ライトも大量に武器を準備していたのだろうが、それでも、十個ほどの武器を失うとライトは新しく武器を出すのをやめ、左の拳と蹴りで戦い始めた。
「チッ……誰か、一瞬こいつの気を引いてくれ!!」
その声に応える者はいない。
武器を使い切り、防御から体勢を立て直すまでのタイムラグが長くなってしまったのを獅子が感じ取ったのか、その四肢を折り曲げ、鬣を金色に輝かせた。
「あ、これヤバい……」
獅子の表情は嗤っているようにも見えた。
その獅子の攻撃は単純な『突進』だった。
ただし、その残光は金色で、その威力はライトの抵抗などもろともせず部屋三つ分を直進するものだった。
最初に我に返ったのはナビキ。
「先輩……ライト!!」
その後にマイマイ、ライライそして草辰が続く。
三つ先の部屋では……ライトが獅子の口に自分の左手を突っ込み、右手で牙を掴んでいた。
「ライト!! 手が……」
ナビキが心配して声を上げた時、獅子が頭を振ってライトの腕を吐き出したが……
「知ってるよ!!」
ライトは自分から腕を突っ込み直す。
それを吐き出そうとまたも獅子が暴れる。
ナビキは悟った。
ライトは時間を稼いでいるのだ。
この部屋の先にはもうステージが控えているのだ。ここを突破されたら、もう一度さっきの突進をされたら、このイベントは失敗だ。
「ナビキ、一瞬でいい、こいつを、止めろ!!」
ナビキにはもう限界が近い。今は必死に意識を繋ぎ止めているが、もう倒れそうなのだ。
ならば、最後の仇花だ。
「『ランスショット』!!」
ナビキは槍を投擲する。
その槍は獅子の鬣に当たり、一瞬だけ獅子の意識がナビキに向いた。
そこで、ライトが左手を動かし『注文の品』を開放する。
「これでどうだ!! 『所有武器一斉実体化』!!」
次の瞬間、獅子の口の中で数十種類の『武器』が開放された。
口の中でライトがメールを打ち、返信があったのを確認し、最後にナビキが作った時間で『一斉実体化』の操作を完了させた逆転の一手。
「■■▼▲▼■!!」
獅子は苦しげに頭を振り、とうとうライトは振り落とされた。
倒れた状態で、さすがに疲れたようにライトは腕を押さえる。
「痛っ……さすがにこれで……」
だが、ライトの予想は覆された。
獅子は首を振りながら大量の武器を吐き出し、その足でライトを踏みつけたのだ。
「ガッ……さすが王様……安物の武器じゃ口にあわないか……」
もはや、ライトにはどうにもできない。
ライトの逆転の一手も、これまでの攻防と合わせても〖ダイナミックレオ〗の四段のHPの内、一本目をやっと削りきったくらいなのだ。
ナビキ以外の仲間もこの部屋に来ているが、とてもじゃないが戦いに参戦できない。勝てる気がしない。戦意が湧いてこない。
そして、そろそろナビキも限界だ。
記憶にはないが感覚には残っている『記憶が消える』前兆。だが、抗う術はない。
唯一抗う方法があるとすれば、それはストレスの根本的解決。記憶が消える前にストレスを取り除き、精神を安定させて情報を守る。ゲームを始める前の日常の中では音楽でストレス解消していたのを覚えている。そんな風に、精神を安定させることで記憶は守れる。
しかし、それは現状不可能なのだ。
ナビキの目の前には二つの選択肢がある。
一つは獅子と戦うこと。
もう一つは戦わないこと。
しかし、戦えばナビキは戦闘のストレスには耐えられず記憶は消える。
戦わなくともライトのやられる姿や、用意した舞台が台無しにされるストレスでやはり記憶は消える。
どちらにしろ記憶が消えてしまう。
その絶望的選択肢の前に頭を抱えてただただ終わりを待つしかないナビキの前に、一つのアイテムが飛んできた。
獅子の吐き出した武器の一つ……スカイが行商人から購入した槍系統の際物武器。≪大鎌≫。ナビキの身長に近い長さの柄に、三日月のように歪曲した刃がついていて、柄の上端は刃を突き抜け、先端が槍のように研ぎ澄まされている。
まるで、死神の武器だ。
「■■■■!」
獅子がこれでもかというほどライトを踏みつけ、もう立ち上がって来ないようにする。
ライトを襲っている痛みはもう死より辛いものかもしれない。
いっそのこと、死んでしまえたら楽だろうに……
『そんなこと考えてるのは臆病者だけだけどな。あたしには、死んだ方が楽なんて考え方信じられねえ』
……え?
『あたしらはこの前までの「人間の出来損ない」ならいざ知らず、「ゾンビ」を名乗ることにしたんだろ? 「ゾンビ」って言ったら「死神」なんて門前払いして、どこまでもしつこく生にしがみつくってのがセオリーだろ? 自殺なんてもってのほか、あたし的には記憶の死だって絶対お断りだ。ライトとの出会いもなかったことにしたくはないだろ?』
ならどうすればいいの?
『簡単だ、戦えばいい。死神の武器だろうが奪い取って、生きるために使ってやれ……「オマエ」ができなければ、「あたし」がやる』
その瞬間、ナビキの周囲の仮想空間にノイズが走った。
そして、『ブチーン!!』という音とともに、頭の三つ編みの結び目が消滅し、ナビキの表情が別人のように変わった。
ナビキは……『目覚めた』。
「『ブレッドポイント』!!」
ライトを踏みつける獅子の足に鋭利な大鎌の先端が突き刺さる。
さらに、突き刺さった鎌はすぐに抜かれ……もう一度同じところに突き刺さった。
「■!!」
獅子の力が緩み、その瞬間にライトは抜け出した。
そして、その鎌の持ち主を見る。
「ナビキ……ありがと」
「このバカ!!」
ライトは唐突に大鎌の柄で殴られた。
「痛い!! 不意打ちは正直レオの一撃よりずっと痛いぞ!!」
「一人で戦うな!! あたしも混ぜろ!!」
ナビキの様子がおかしい。
髪型が変わっているのもそうだが、雰囲気が違う。
弱弱しかった目つきが鋭くなり、口元には以前は浮かべなかった好戦的な笑みが浮かんでいる。
「てか、ホントにナビキ? なんか気がおかしくなったみたいな……」
「今更キャラネームにいちゃもんか? じゃあ『キ』がおかしいなら『ナビ』とでも呼べばいいだろ!! それより、次どうする?」
「そういう意味じゃないんだが……そうだな……避ける」
二人は一斉に跳んで、振り下ろされる獅子の前足を回避する。
ナビキの反応は前日の訓練の時より格段に良くなっていた。
「ほんと何があったのナ……ナビ? ホントに別人みたいなんだけど」
「うっせえ!! 吹っ切れたんだよ!! それより、このまま二人で倒すか? 時間かかりそうだぞ?」
ただ攻撃的になっただけではない。ちゃんと最低限の状況判断もできている。
だから、ライトは指示を出した。
「二分時間を稼ぐ。その間にみんなを参戦させて後ろ脚を削らせろ」
「ふん、そんなもん一分でやってやるよ!!」
ライトは地面に落ちていた剣を手に取る。
『ナビ』はその間にまず草辰のところに行き、いきなり鎌の柄で殴った。
「グア!!」
「いつまで休んでるつもりだこのデブ!! この中で一番の年長者オマエだろ!! 普段さんざん調子に乗ってあたしたちを女子供とか言っといていざ戦いになったら老兵気取りか? さっさと手伝いに来ないといい加減キレるぞ!! なんならオマエの大事なモンこれで切ってあれに食わすぞ!!」
「ひっ、はい!! すぐ行きます!!」
その返事を聞くと、次に『ナビ』はマイマイとライライの許に走った。
「おい!! いつまでも震えてんじゃねえ!! 戦うって決めたなら最後まで貫けよガキども!! せっかくライトがやることまで指定してくれてんだ、さっさと動け!!」
「「でも……痛い……し……」」
「よしガキども一つ選べ。今ここで少し痛い思いして戦うか、あとで姉弟で首切られて体を入れ替えられるのとどっちがいい?」
「「い、今すぐ戦います!!」」
「よし、終わったぞ!!」
「一体何言って来たんだ? なんかすごい強迫観念に突き動かされてる表情なんだが……」
その時、囲まれた獅子が息を大きく吸うモーションをした。
「また来るぞ!!」
ナビが警戒する。
そこに、ライトが指示を出す。
「喉を狙え!!」
即断即決。
ライトがナイフで、ナビが大鎌で獅子の喉を切り裂く。
「■■!?」
その直後に今度は鬣を金色に染め上げる。
ナビは突進か鬣を振り乱す動きか迷ったが……
「ただの防御技だ!! いったん後ろに跳んで動きが終わったら攻撃だ!!」
ライトの読みは的中した。
獅子は鬣を振り乱すが、その鬣は二人には届かず、後ろの三人にも届かない。
モーションこそ派手だが、よくよく観察すれば鬣で前方からの攻撃を全て遮るだけの防御技なのだ。
それが終わった直後に二人は獅子の左右の前足を斬りつける。
先ほどはライト一人で戦っていたため、獅子からの攻撃の全てがライトに集中していたが、今は二人で攻撃を分散しているので先ほどのように一方的に攻撃を受けるという場面は少ない。主に狙われるのはライトだが、ナビがそれを邪魔して、ナビを襲おうとした獅子をライトが邪魔するというコンビネーションを作り上げている。
後ろから攻撃する三人に時折攻撃が行きそうになるが、後ろ蹴りや方向転換の兆しをライトが察知して警告して避けさせる。
HPへのダメージこそ小さいが、確実に攻撃が決まっていく。
その最中、ナビは戦いながらライトに叫んだ。
「ライト!! 戦いって、楽しいんだな!!」
攻防はしばし続き、ライトたちの出番が近づく。
そろそろ決着をつけなければならないが、獅子のHPはまだ二本目の途中だ。
五人の動きに焦りが混じる。
だが、それよりも苛立ちを募らせていたのは〖ダイナミックレオ〗の方だった。
今までにないモーションをする。
鬣を金色に輝かせ、大きく息を吸い、四肢を曲げる。
『突進』と『咆哮』の合わせ技。
これを通してしまったら、〖ダイナミックレオ〗はステージに突っ込む。
ナビはその獅子の表情から、ただのAIとは思えぬ強烈な『意志』を感じ取った。
『人間よ。最後の勝負だ、止めれるものなら止めてみろ』
「どうする!? あたしたちじゃ受け止めても……」
「ナビ、奴の口に鎌突っ込め!!」
ナビは迷わずライトを信じて攻撃直前の獅子の口に鎌を振りかぶって刃を突き入れる。
さらに、ライトがすぐ後ろで拳を振り上げた。
「『ノッキングネイル』!!」
その拳に装備された≪ハードグローブ≫の拳骨の金属パーツが鎌の刃の後部を叩き、さらに獅子の前進のタイミングが重なる。
次の瞬間、その場所で衝撃の爆発が起きた。
獅子が自分の技の威力で後ろに吹っ飛び、ナビ、ライト、草辰、マイマイ、ライライも吹っ飛ぶ。
「■■■■□□□……」
獅子はまだHPが残っているが、もう立ち上がらない。
それを見て、ライトは帽子を押さえて笑う。
「やっぱりそろそろ限界だったか……HPが減らなくても、それとは別に各部位ごとに『アバターの耐久力』が設定されてるんだ。HPが残っていても腕が切れたり指が切れたりな……まあ、絶対攻略できないんじゃゲームにならないし、レオはレベルから見れば紙耐久だったみたいだが……やっぱりさっきのが限界のシグナルか……」
そう。これがライトが『同じ場所を攻撃し続けろ』と言っていたことの目的。
イベントのクリア条件は『脱出阻止』だった。勝てとは言われていない。
ダメージが少なくても狭い範囲に大きなダメージを蓄積させればその部位はその内動かなくなり、悪くなれば切断ダメージとなる。
さんざん局所攻撃の『インビジブルカッター』で自分の指を切り続けたライトだからこそ知った戦術だった。
目の前に『DESTENY BREAKE!』という文字が表示され、大量の経験値、アイテム、そして初めて見る『秘伝技』の修得が通知された。
「秘伝技『威風堂々 LV68』……なるほど、ほぼクリア不可能なクエストをクリアするとそれに見合った報酬が受け取れる……だから『DESTENY BREAKER ONLINE』なのか」
とりあえず通知画面を閉じたライトは他の仲間の安否を確認する。といっても、死ぬことはないはずなので意識があるかどうかくらいだ。
獅子を後ろから攻めていた三人は吹っ飛ばされてはいたが、まあ、無事だった。
しかし、ナビは口のすぐ近くにいたためか受けた衝撃が大きかったらしく壁に叩きつけられて気絶していた。
「おい、生きてるか? ナビ?」
ライトはナビの頬をペチペチと叩いた。
すると、彼女は目を覚まし……
「あ、先輩!! あれ? 私、寝ちゃいました?」
雰囲気が元に戻っていた。
そして、ぐったりしている三人を見て……
「何してるんですか!! もうすぐ出番ですよ!! 控室に行って着替えないと」
「「「は、はい!!」」」
あまりの変容に、ライトは彼女に尋ねた。
「なあ、ナビ……ナビキって……人を鎌の柄で殴ったことあるか?」
「え? ……そんな危ないこと、私はしたことありませんよ?」
≪現在 DBO≫
「つまり……どういうこと?」
「ああ……どうやら戦闘の過度のストレスで解離性同一性障害……俗に言う二重人格を患ってしまったらしい。便宜上『もう一人』のことは『ナビ』って呼んでるが……ナビはなんか凄い戦闘狂でさ、あの後も久々に寝ようかと思ったら夜中に突然勝負挑んで来たりして結局オレ寝れてないし……なんか寝ると入れ替わるらしい」
『大空商社』開店の次の日の朝、話を聞き終えたスカイは呆れたようにため息をつく。
「よくもまあ人が売り子なんてやってる裏でそんな大バトルやってて、しかもその後の演劇なんてできたわね……てか、よく台詞を覚えてたわね。そんなことあったら普通全部頭から飛ぶわ」
「それに関してはオレとナビキ以外の三人はその通りで……しょうがないからってナビキが『変装スキル』の技で声変えて四人分やってたんだ。もちろん子ライオン二人同時のセリフは本人たちにやってもらったけど」
「え!? あれ私とライト以外ほぼ全部ナビキだったの!? ナビキ全部覚えてたの!?」
「人格が分かれてから記憶力が上がったみたいだ。ただ、『ナビ』の時の出来事は憶えてない」
まさかナビキも別人格の自分が仲間を脅迫していたとは思っていないだろう。あの時、三人がナビキに怯えてたのも納得できる。
あまりに壮絶な話だったせいで結局徹夜してしまった。
もうそろそろ開店の時間だ。
「さて、まあ一段落ついたところで今日の営業も始めましょうか……『これ』も大人気だし」
ライトが提案し、スカイとライトとナビキの三人で製作したオリジナルアイテム。これを求めて周りの街から戻って来るプレイヤーもいて、この街には周囲で狩られたモンスターからドロップした食料などのアイテムが回り始めている。それに、『これ』のおかげで今まで無気力だったプレイヤー達もちゃんと自分のできることから始めようと生産系のスキルを習得し始めている。
まさに改心の一手。
もはやこの店の代名詞になりつつある商品だ。
「そういえば……草辰、鍛冶屋に転向するらしいわよ? なんか『調子乗ってて悪かったな』って」
「へぇ……しかし、赤兎のパーティーは優秀な戦闘員が一人減って大変になるかもな」
「あ、それについてはなんか新しく優秀な戦闘員見つけてスカウトしたらしいわって……もしかして、それってライト?」
ライトの実力は元々の強さに加え、『デステニーブレイク』で増強された戦力なら前線でも十二分に通用するだろう。しかし、ライトは首を横に振る。
「スカウトは受けたけど断ったよ……しばらくはまだこの街を本拠地にするつもりだ。『これ』の材料集めついでにこの街のクエストをできるだけ多くやっておきたいしな」
「そう……あ、そうだ。これ、今回の請求書」
「請求書?」
そこには約13万bというとんでもない金額が表示されていた。
「なんだこれ!?」
「観客に無料配布した分の値段と頼まれて送った武器の代金の合計。責任はライトが取るって約束だったでしょ?」
知らないうちにまた総資産がマイナスになっていた。
なまじ『借りる権利』なんて得てしまったため武器も『借金』としてカウントされてしまったらしい。
「はあ……オレって今回凄い功労者のはずなのに……」
その時、店のドアがノックされた。
まだ開店よりは早い時間だ。お客じゃない個人的な用だろうか?
「おい、ライト!! 起きてるか?」
赤兎の声だった。
ライトは扉を開ける。ここはスカイの店だが、ライトがそのくらい勝手に決めてもスカイは文句は言わない。
「おお、ライト。早起きして店の手伝いか?」
「夜更かしして世間話してたよ」
「徹夜したのか!? ……まあ、いいや。少し出発前に挨拶しようと思ってな」
赤兎達は祭りが終わって早々だが、もう前線に帰って攻略を進めるらしい。
だが、挨拶に来てくれたのは都合が良かった。ライトは赤兎が出発する前に聞いておきたい事があった。
「そういえば、草辰の代わり見つかったらしいな……どんな奴だ?」
もしもナビの脅迫でチームの戦力が下がっていたら申し訳がないので聞いてみた。だが、心配は無用だった。
「こんな奴でーす!!」
聞き覚えのある声が赤兎の背後からした。
そして、赤兎の後ろから顔を出したのは声の通りの人物……ナビキだった。
イベントでの経験値で確かに前線に近いレベルにはなっていたはずだが……
「ってナビキ!? え、前線行くの? なんで!?」
「取材旅行といいますか……『これ』の材料集めのためにも外に出ようと思いまして……ついでに、旅をして『自分探し』でもしようかな~と」
そういって、ナビキは棚から一冊の冊子を手に取る。
これこそがオリジナルアイテム……『攻略本』だ。
種明かししてしまえばなんということはないが、ライトがスカイに頼んだのは大量生産のための『印刷機』の設計と組み立て。(印刷機とは言ってもプリンターは流石に作れなかったので、祭で仕入れた『固まる粘土』と軟木の板と鉄製のペンで即席のはんこを作るというスカイの発明品だ)
スカイがナビキに相談したのは記憶が消えた自分にもわかるように試行錯誤が加えられ、わかりやすく書き方が工夫されたナビキのメモ帳を参考にした編集のため。
そして、ライトが不眠不休で戦闘やクエストをしていたのは中に載せる情報を集めるため。
「これ、なかなか参考になって助かるぜ。これからも続編待ってるからな」
「スカイさん、新しい情報があったらメールで送りますからね」
そう言って、赤兎はナビキと共に去って行った。
「……なんか、自分を慕っていた後輩が別の男についていくとちょっと寂しいな」
「ホントは部活の先輩後輩なんかじゃないくせに」
スカイが呆れたように呟く。それを聞いたライトは『あれ?』という表情でスカイを見る。
「あ、ばれてたのか? いつから?」
スカイはつまらない嘘に怒った様子もなく推理を簡潔に語る。
「ナビキの記憶の話を聞いたとき『二か月分の記憶が消えた』って言ってたから、4月8日生まれで17歳の高校二年生の後輩の高校一年生は、部活の記憶なんてほぼ残っていないでしょ? 大方、最初のクエストで手に入れた食料をイザナに『渡して』、『調理』してもらって飢え死にしそうなプレイヤーに配ってる時に見つけて、親近感だか同情だか、はたまた同族の気配だかを感じ取って、自分を他のプレイヤーとの交流の時の『身元保証人』とするために口裏を合わせたんでしょ? 軽くフォローしてあげればナビキが何でもメモを取ってても不自然じゃなくなるし、事故の前のことを聞かれても説明できるし」
自分のこともろくに知らない人間なんて、初対面ではなかなか信用できるものではない。それこそ、知り合いに『身元保証人』でもいない限りは。
スカイは名探偵のようにはもったいぶらず、あっさりと真実を提示した。
ライトは言い訳でもするように小さく訂正する。
「いや、口裏合わせっていうか……ナビキはメモ帳に書いたことは嘘でも信じるから、オレを本当に先輩だと思ってるかも」
いろいろとばれていた。
まあ、スカイにばれたところでナビキに仲間ができたならそれほど問題はないのだが……
強いて言うなら、ナビキ自身にライトを知り合いだと誤認させて精神を安定させる目的もあったが、今では自分の中に味方がいるのだから必要ないだろう。
「まあ、それはいいでしょう。ナビキの情報整理能力のおかげでこれも完成できたんだし……でも、なかなかよく考えたわねこのタイトル。斬新で、率直で、わかりやすい」
「じゃあ印税はしっかり頼むよ」
「借金から引いておくわ」
二人は開店準備を始める。
その入り口からすぐのところにある『目玉商品』の棚には三人の力で作り上げた攻略本が積まれている。
その表紙にはタイトルが大きく、わかりやすく書かれていた。
≪デスゲームの正しい攻略法≫
同刻。
『石板の街』の山城。
その奥のボスの間のさらに奥、第31コンソールのある部屋にはキングサイズのベッドが置かれている。
その上で、二人の小学生低学年くらいの少女が同じグラスからストローでジュースを飲みながら話していた。
「それにしても、よくあのイベントを回避したよね。予定では今頃何百人か死んでたのに」
顔が凄く近い。だが、それを恥じる様子もない。
片方は運営者の操るアバター。もう片方は高度な動きをしてもNPCなのだ。
「趣味が悪いですね。倒せなければ街からプレイヤーを追い出して占拠ですか……計算上その作戦が成功していればゲーム開始から10日以内の餓死者だけでも最終的には500人を超えていたでしょう。さらにその後の襲撃イベントではその10倍以上が……」
正確な数値を試算しようとするNPCの少女の口に指先をそっと当てて制止させる。
「兵糧攻めなんて戦術的には初歩の初歩よ。気がつかない方が悪い……でも、プレイヤーの士気がここまで上がるとは計算外よ。ここまで見事に切り返して来るなんて、とても普通とは思えないよね」
この作戦は同僚達にも黙って組み込んだものだ。とはいっても、『餓死』のシステムを導入するように提案しただけなので何も起きていない以上誰も気がついていないだろうが……
運営者のアバターはうつ伏せから仰向けになり、まるで遠足前日に寝付けない小学生のような期待の溢れ出る笑みをこぼす。
「大局の動きから見て、あの中に私と同じような『予知能力者』が『二人』はいる……楽しみだなぁ。早くここまで来ないかな?」
「ここまで来るのはまだまだ先かと……来たらどうしますか? お茶会でも開きますか?」
すると、少女は見た目の年齢に合わない嗜虐敵な笑みを浮かべた。
「何言ってるの妃ちゃん……そんな面白そうな駒、全力で『取って』消す前に『遊ぶ』に決まってるじゃん」
(イザナ)「はい、引き続き「■■■■■■■■■!!!!」です」
(キサキ)「今回はゲス「■■■■■■■■■■■!!!!」がいらっしゃ「■■■■■■■!!!!」た」
(レオ)「■■■■■■■■■■■!!!!」
(イザナ)(キサキ)「「うるさい!!」」
(レオ)「■□? △▼▼△▽▽▽……」
(イザナ)「次からはゲストはよく考えて呼ぼうか」
(キサキ)「そうだね。」




