207頁:顔色より急所を探り合いましょう②
新年、明けましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願いします。
『ゾンビ』という概念はよく、『生きている死体』や『歩く屍』という表現をされることがある。
もちろん、ゾンビという存在の登場しうるのはほとんどフィクションの世界に限ることもあり、その発生原因や能力などにも違いがあるため適切な表現は変わって来るだろうが、広く使われているそれらの表現はゾンビに共有される本質をついているとも言える。
それは『もはや人間ではないものが、人間としての活動をしている』という点だ。
人間と違うから懼れるのではない……人間と近しいものだからこそ恐れるのだ。
『人間』としての、種としての境界を脅かされるから怖ろしいのだ。
人が死体を嫌悪するのは、それが近しい人の死を連想させる物体だからだという説がある。
人は皆いずれ死ぬ……人はいずれ死体になる。
ある者はそれを自己の消滅だと捉え、ある者はそれを肉体という器からの解放だと言い、ある者はそれを単なる化学的変化の一種だと捉える。
しかし、自分が『自分でない何か』になるという解釈には人は生理的な嫌悪感を覚える。
人間は時に肉体の死より精神の死を恐れるのだ。
だからこそ、『ゾンビ』という概念は生まれたのだ。
人間が死体になる……その『死』というものを直接的に表現したのが、『生きた人間』に『死』の要素を与えた、あるいは『死んだ人間』に『生』の因子を与えたのが『屍生者』なのだ。
たとえば、親しい者が死体になった時に、それを『物』として割り切ることができるかどうか。
たとえば、自分がそれになることが確定した時に、それを容認して最後まで生きるか自分という自我を保ったまま自身の終わりを認識するか。
たとえば、それを破壊した時に、本来生物的に組み込まれているはずの『同族殺し』として罪を感じるかどうか。
対面したそれが抱かせるのは、そういった生命倫理や生死観の不確実さ。
ただ外敵を排除するという価値観だけでは対処できない、存在自体が一つの問いかけとして人間の自我を脅かすのだ。
生命倫理や生死観が狂ってしまえば、人間は簡単に終わってしまえるのだ。
その意味を踏まえて考えれば、『ゾンビ』という種が数ある人外種の中でも特にフィクションの世界で人類文明を滅ぼす頻度の高い種族であるのは、やはりそれが人間という種を内側から崩壊させるのに最もふさわしい種だからなのかもしれない。
≪現在 DBO≫
20程の≪心臓≫奪った『切り裂きジャック』は、ひとまず小休止に入ったらしい『イヴ』の攻撃に最低限の警戒を払いながら、足下の死体をざっと数える。
「とった心臓は20くらいだと思ったけど、死体は60くらいかな? 心臓の座標を重ねてあったのかもしれないけど……さすがに多いな」
足の踏み場もないほど……というほどには死体オブジェクトを嫌悪しないため『切り裂きジャック』は堂々と死体の上に立っているが、その下の『イヴ』が見えなくなってきているが、それはそれで困る。
さすがに人体の中身を透視する能力があろうと死体の山を見通して心臓を見つけ出すのは難しい。
「そろそろ一度下りようか……それとも、一度『丙』のおばさん呼んで火葬してもらった方がいいのかな?」
死体の山ができて『切り裂きジャック』が攻撃をしなくなってから、『イヴ』も攻撃をしてこなくなってきている。直接触れていないせいで位置を特定しにくくなったのかもしれないが、作戦の立て直しを図っている可能性もある。
膠着状態……というより、お互い一休みといったところだ。
しかし……
「もうそろそろ少し刺激してみるか、もしかしたらやり過ぎて知恵熱とか起こしてるかもだし……ん?」
『切り裂きジャック』は足下に僅かな動きを感じ、『イヴ』がまたも変形して攻撃して来るかと身構える。しかし、その動きは今までの攻撃のように全体に広がるのではなく、本当に足下の……『死体』だけが動いているような感じがする。
怪訝に思って下を向いた『切り裂きジャック』は……驚愕した。
「ッ! そうきたか!!」
素早くフック銃を『イヴ』の脚に向けて放ち、ワイヤーの巻き上げの力を利用して『イヴ』の身体の上から脱出する。そして、その脱出の僅かな瞬間に左足の裾が強力な力で引っ張られて破られる。
もし一瞬でも遅かったら、その強力な握力で足そのものを掴まれていた。
なんとか捕まる前に振り子の力で『イヴ』の外へ着地した彼が振り返って見たものは……
「なるほど……これが本気の『ゾンビ』ってわけですか」
『切り裂きジャック』がこれまで心臓を奪い取って殺してきた分身の死体60体分。
その全てが、『イヴ』から伸びる管のようなものに繋がれ、それこそゾンビ映画のワンシーンのように立ち上がり、あるいは起きあがらないまま這いながら、自分へ向かって来る光景だった。
『切り裂きジャック』はその特殊な目で、その『死体』達を観察する。
そして、その正体を看破する。
「抜き取ったのとは別の心臓が入って中から動かしてる……『寄生』を死体オブジェクトに使ってるのか。だけど、それならむしろ手間が省けるだけだ!」
フック銃で新しい心臓を狙い撃ち、奪い取る。
しかし……
心臓を奪われて『死体』から弾き出された新たな『死体』に『イヴ』からの管が枝分かれして突き刺さり、二体とも同じように動き出した。
敵を一体倒したはずが、むしろ一体増えてしまったのだ。
さらに……
「■■■■!!」
低く唸った『イヴ』は巨大な身体全体をバネのようにして、身体の上に乗った『死体』達を『切り裂きジャック』の周りに投げ出した。
地面に打ち付けられるように落下したノロノロとした動きの『死体』達だが、しかし確実に包囲しようと動いているのがわかる。
「う……おっそいけど、ちょっとこれヤバいかも」
近くに落ちた一体が這いずりながら『切り裂きジャック』に掴みかかる。
彼は、今度は増えないようにと心臓ではなくその首をサバイバルナイフの三連切りで完全に切断するが……
「……マジ!?」
『死体』の動きは止まらない。
もはやHPなど残っていない死体は、首のないままにそのまま掴みかかってくる。斬りつけた腕を掴まれそうになって振り払おうとするが、その時に感じたのは不自然なまでの『重さ』。
「うわっ、重すぎ……二体分のアバターが一体化してるせいか!」
予想と違う重さに一瞬気を取られ、『死体』の後ろから伸びてきた別の『死体』の手が顔の面を掠め、面がとんでいく。パワーも予想以上だ。
慌てて『死体』の手を切断して逃れる。
手応えからHPというクッションがないせいか普通のプレイヤーアバターよりかなり壊れやすくなっているように感じたが、しかし逆に言えばHPという限界がなくとも、首なし死体ですら動き続けるのだ。
その動きを止めるには、体内に潜む心臓を狙ってその動きを中から操作している『寄生』の使用者としての分身を殺すしかないが、そうすると動き回る『死体』が増えてしまう。
「『イヴ』の質量を死んだアバターに移して割いてるだけだから限界はあるんだろうけど……しまったな。多勢に無勢ならソーンに手伝って欲しかったな」
『切り裂きジャック』は観念したようにフック銃をしまい、もう一本サバイバルナイフを取り出して二刀流の構えを取る。
「本当はボク、取り巻き相手の多対一とかより強いボス一体が相手の方が楽なタイプなんだけど……こっちが質量を削りきるのが先か、削り殺されるのが先かって所かな?」
冷や汗をかきながらも、『切り裂きジャック』は刃を手に笑う。
「まあ、たまには無双も悪くない」
『イヴ』は、市街地戦で発達した分身達の同時制御のプログラムを流用し、60以上の『死体』を動かし、敵を取り囲む。
傷口や口からプレイヤーやモンスターに入り込み、内側から操る能力『寄生』。今回使っているのはその応用だ。
この能力には、入り込んだ宿主の動きに同調して動きを邪魔しないようにする『潜伏モード』と、内側から動きを操作して宿主の意思に反した動きをさせる『支配モード』、そしてその中間である『浸食モード』がある。
『潜伏モード』では動きの自由がなくむしろ強制的に同じ動きをさせられている状態になる代わりに、宿主からHPやEPを吸い上げることができる。『イヴ』で質量を底上げするのに使っているのはこのモード。ほとんど何も出来ない代わりに、宿主に害を与えず、やろうと思えばダメージの肩代わりでサポート技としても使える便利な使い方だ。
『支配モード』は打って変わって無理やりアバターの操作権を強制的に奪い取るモード。これは宿主が抵抗すれば力比べとなるため相手が同等か格下までであることが前提となり、さらにコントロールを得ている分ダメージもほとんどが能力の使用者へと通ってしまうため『潜伏モード』と併用して相手を油断させた不意打ち程度しか使い道がない。一見便利そうに見えて不便な使い方。
そして、今『死体』を動かしているのはその折中案にして最凶のモード『浸食モード』。宿主を思い通りに動かしながら、ピンポイントで心臓を狙わなければダメージは能力の使用者へは通らない。
使用者の身体を原形を留めない流動的なアメーバのようにして、対象の肉体の損傷部分を埋める形で一体化するのだ。切断された手足などは話が別だが、その部位の機能が停止するほどのダメージが蓄積していれば自身のアバターの耐久値を分け与える形で回復させ、その分だけ深く侵入できる。
『浸食モード』の使用者の本体の基準となる心臓との接続を途中で切られてしまえば自分のアバターを削られて回復させ損になってしまうリスクはあるが、宿主が抵抗もせずそもそも致命傷を受けた死体オブジェクトなら関係はない。現在も『イヴ』は指を伸ばした管を『死体』に突き刺し、倒される側から流動化させた分身を移動させて動かし続けているのだ。
『イヴ』は死体をまるで指人形のように扱い、敵を人海戦術と呼ぶにはあまりに手荒い物量作戦。質量が二倍になっているためバランスも悪くノロノロとしか動けないが、群がり、掴み、まとわりつくことで動きを封じて押し潰す。
(理論上、『死体』の最大数は現在512体。そして、深い損傷を与えればその傷から分身を侵入させて動きを封じて完封することも不可能ではない)
速さは必要ない。
相手が二倍速く動くなら、こちらは二倍の数で行く手を封じてしまえばいい。
相手が自分の百倍強く、相手を倒すまでに百回殺されるというのなら百と一の身体で襲いかかればいい。
多数派であることが最大の武器となる人間と同じように、しかし彼らのように徒党など組まなくとも一つの存在として完全になればいい。
少数派だから虐げられるなら、多数派になればいい。
敵にノロノロと襲いかかる『死体』達。
その姿は、仲間を求めて人を襲う孤独なゾンビのようでもあった。
『切り裂きジャック』は、手に持っていたサバイバルナイフを投擲し、次のナイフを服の中のホルスターから引き抜いて悪態をつく。
「チッ、次から次へとキリがないな」
さすがに強化された赤い武器と言えども、無限に斬り続けられるわけではない。特に今回のように相手が刃の刺さったままでも関係なしに襲って来たり、刃の刺さったパーツが簡単に壊れてくっついてきたりすると刃そのものの切れ味は落ちていなくても思うように切れなくなる。
それに、ナイフには投擲武器としての使い方もある。
少々遠くとも数十秒先に取り囲まれて戦況が不利になる可能性を察知すれば、すぐさまそれを予防する必要がある。心臓を貫けば増えるがその前に一度倒れて動きが鈍るのだ。敵が増えるとわかっていても致命的なダメージを避けるために仕留めるしかない場面もあるのだ。
敵を殺すだけなら簡単な殺人鬼だが、そもそも死んで動いているだけのものを壊すなどその範疇ではない。映画でよくある脳を壊せば止まるというパターンならまだしも、急所を正確に狙うほど増えるなどたちが悪いにも程がある。
はっきり言って、相性が悪い。
「チッ……こうなったら、削れるところまで削ってやるか」
『切り裂きジャック』は懐のナイフを確認する。
サバイバルナイフは残り五本、それに服の下に仕込んだ暗器のギミックがいくつかある程度。
「『銃のおじさん風』に言うなら、弾切れするまで相手してやるよ」
対して、敵の『死体』は大凡100体。
百倍の敵を前に、『切り裂きジャック』は声を上げて進撃する。
「さあ! 全滅の時間だ!」
まずは正面に五体の『死体』。ノロノロと二本脚で歩いているそれらの懐に飛び込み、横移動して掴みかかって来る腕を姿勢を低くしてすり抜けながら、右手のナイフで心臓を的確に一突きずつで貫いていく。そして、その五体の壁を横へ抜けたまま敵の復活など待たずに後ろへ回り、背中に刺さっている『イヴ』からの管を強く引っ張って枝分かれした個体達のバランスを不安定にする。
すかさず、その中でも二体の『死体』を巻き添えに倒れたものに目を付け、走り寄って起きあがる前に一回ずつナイフを突き立てていく。
そしてまた、その内の一体の管を引っ張り次の獲物を探す。
そうして『死体』の群れをかき回していると、大きな輪が彼を取り囲む。横をすり抜けられないようにピッタリと密着した肉の壁だ。
しかし……
「甘いよ!」
『切り裂きジャック』は輪の内周に歩み寄ると、自分を掴もうとした腕を逆に掴んで引っ張り寄せ、心臓にナイフを突き刺してすぐさま群れの中に蹴り返す。さらに、周りの『死体』達の足に三本のナイフを投擲し歩行を難しい状態にする。
そして、攻撃に反応して出てきた手にナイフを突き刺し、掴まれると同時に手前に引きながらナイフを手放す。
すると、密集した『死体』は倒れてきながら分裂し体積が増えるものと、前に倒れたものの作った僅かな空きスペースの間に力の流れができ、それが連鎖的に一気に周りのものまで倒していく。
そして、倒れて狙いやすくなった『死体』にフック銃を撃ちこみながら踏み越え、飛び越える。
その先には輪に加わろうとして遅れていたらしき『死体』を発見したが、勢いを利用してドロップキックを叩き込み、そのまま押し倒すように深くナイフを突き立てて抜く暇を惜しんで先へ進む。
「やっぱり一番効率がいいのは、本体だろうな!」
『切り裂きジャック』は囲まれないようにジグザグと方向転換しつつ、管をたどってその大元である『イヴ』へと走る。
何度も『死体』と肉薄するが、包囲のため遠くへ集中した分『イヴ』の周りにはほとんど数がおらず、楽にすり抜けて行く。
そして……
「一番の急所は……そこか!!」
多数の『死体』の動きを処理するのに夢中だった『イヴ』は対応が間に合わず、サバイバルナイフの一撃をもろに受けてしまう。
だが……
「■■……■■■!!」
百体以上の『死体』を排出し質量を減少させていても、それでも本体から離れた質量はせいぜい三百体分。『イヴ』の体積はそれほど減ずることはなく、心臓の数もそう目減りはしていない。
サバイバルナイフは『本体』の心臓を貫くことはなく、当然それが勝負を決する一撃となることはなかった。
しかし、『切り裂きジャック』にとってそれは『計画通り』のこと……彼の『計画殺人』にとっては、順当な展開だった。
「■■■……」
『イヴ』が身体を変形させて取り囲もうとして来る中、『切り裂きジャック』はサバイバルナイフを深々と突き立てたまま言う。
「そういえばさ……ボク、生きてた時は『視ただけで心臓を止める』とかって言われてたこともあったんだよ。本当は寿命を教えてあげてる内に、『そういうふう』になっちゃっただけなんだけどさ……歴史の中でもボクほど人の心臓を止めた人はそういないんだってさ。だから、心臓ってものの仕組みにはすごく詳しいんだ」
『切り裂きジャック』は両袖の中に隠していた先の丸まった短槍のようなものを、ゴムの包みを突き破って露出させる。それは袖の奥に紐のようなもので繋がり、腰の後ろに隠された装置のようなものに服の下で繋がっていた。
「ボクって結構『切り裂きジャック』の中では異質な方だから、あんまり『切り裂く』ことにはこだわってないんだよね。心臓を止めるだけなら、別に昔ながらの刺殺や斬殺の必要なんてない。そもそも、『殺』になんてこだわる必要はないんだ。勝手に死んでくれれば、こっちも手を血で汚す必要もない」
『イヴ』は気付く。
『切り裂きジャック』の片手には、ワイヤーが伸びたままのフック銃が握られている。
そして、それの先は末端の『死体』の一体に突き刺さっていて、しかも『イヴ』本体に接近する道程で彼が辿った道筋を追うように限界まで伸びたそれは数多の『死体』や管に引っかかって……しかも、その多くが赤い武器で付けられ塞がらない傷口に触れている。そして、ワイヤーの素材は金属製の鉄線。
これは偶然ではない……管を引っ張りながら、『死体』を斬りつけて進みながら『切り裂きジャック』が選んだ回路だったとしたら……この構図が、全て計算ずくだったとしたら……
『イヴ』がアクションを取るより、殺人鬼が動くほうが早かった。
「念のために『将之』に一個借りておいたんだ。今度は装甲も皮膚もなしで、直に体内に流し込まれる電流に耐えられるかな?」
『切り裂きジャック』の姿に、僅かなノイズが走る。
仮面のなくなった素顔の、額からノイズに紛れて現れたのは、般若の面から生えていたものと似た二本の白い角。角を生やし、『イヴ』を見下ろすその顔に浮かんだ笑顔はまるで鬼のように見えた。
「さあ、雷だ。臍、よこせ!」
短槍の一方をサバイバルナイフへ、もう一方をワイヤーへとぶつける。
腰の後ろの発電機が魔力電池を動力源に火花を散らす。
『イヴ』の体内に、稲妻が走った。
「人体は電流を流しにくいとは言うけど、それは皮膚の上からの話だ。血管は導線と同じ。心臓なんて、ちょっとコンセントに針金突っ込んだ程度の電流で止まるんだ。それに……どうせ、たくさんあったって『HP1』の蚤の心臓だろ?」
『イヴ』は感じ取る。
削られる、殺される、壊される……次々と、分身が活動を止めて行く。
最初に『三木将之』がトラップで使ったものより幾分か弱い魔力電池。おそらくなかなか高純度の魔力電池を使っているのだろうが、持ち運びできるサイズなら出力はたかが知れている。僅かなダメージと大袈裟な刺激をもって相手に硬直を与えるスタンガンのような装置では、攻撃の補助になっても致命傷となることはまずありえない。
しかし、今の『イヴ』の中にあるのは質量のかさましのために最大数を生み落そうとHPを1しか与えていない分身達の心臓。しかも、最初のトラップの時と違い装甲や≪化けの皮≫での軽減はなく、さらに本体の心臓とは別のバラバラの位置に心臓を配置しているためダメージの配分は切り替えられない。
広範囲に分散した電撃だろうと、心臓を止めるにはそれで十分なのだ。
「■■■■■■!!!!」
『大怪獣』の断末魔が響き渡る。
同刻。
『損害が予想を大幅にオーバー。生存数149……規模を縮小し、戦闘を続行する』
電流を流された際、電極から見て『本体』の重要器官の裏側の一部の心臓はなんとか『本体』自身がダメージを肩代わりすることで電流のダメージを防ぐことができた。それによってまだ当初の『イヴ』の一割程度の質量は維持している。≪黒い魔臓≫も五つほどは確保できているため回復は可能だ。
しかし、やはりこのダメージは大きい。
だが、『兵器』としては最後まで戦い続けなければならない。
『敵は過剰負荷によりバッテリーを破損。そして、こちらの生存を確認している……反撃の機会』
心臓を止められ排出される分身達の死体に指の管を伸ばし、分身を『寄生』の『侵食モード』で送り込む。数は40体。敵を圧殺するには十分な数だろう。
『イヴ』の全身を震わせ、痙攣に見せかけながら『死体』を動かし、取り囲む。
そして……
「終わらない殺し合いって虚しいな……ここまでやって正気に戻ってくれたらそれはそれで美談になったのに。まだやり合うっていうなら、こっちも綺麗な手ばかり使っていられない。それでもいいなら……来いよ」
動きを気付かれているような言動。
しかし、もう包囲は出来ている。ここで気づかれたからといって攻撃をやめる理由はない。
そう、そもそも理由がないのだ……攻撃をやめる理由も、そもそも戦う目的もありはしない。
『兵器』はその存在理由に従い、目的がなくとも戦うしかない。
そう、ただの物のように……道具のように、その存在自体の目的を満たし続けるしかない。
ただの道具が考える必要はない、苦悩する必要はない、感情を持つ必要はない。
ただ、敵を押しつぶすだけの『兵器』……そう、何百回と殺されようと、何をされようと変わることはないのだ。
だからこそ、『イヴ』は『死体』を一斉に動かし、さらに足場を撥ね上げて四方八方どころか上から押しつぶすようにして飛びかからせた。
そして、その中心で敵が唱えた言葉を聞いた。
「後悔するなよ……メイクアップ『自動迎撃装置』、哿不可『ナナシカカシ』」
飛びかかった40の『死体』が、空中で迎撃され撃ち落とされ、跳ね返される。
そのあまりにも早い動きは格闘技や反射神経といった生易しいものではなく、まるで初めから予定されていたその動きの軌道上に偶然『死体』がいたかのような、そんな速度。
そして、数多の『死体』を退け、その場に君臨していたその者の姿は……
「迎撃完了……これより、待機状態へと移行する」
『イヴ』の本体の人間体の姿と寸分違わぬ体型体格。
『イヴ』の本体と瓜二つだが、どこか違う顔つき。
そして、それらは『記憶』の中のある人物と……ここにいるはずのない、この世に絶対存在しえない者と一致する。
「ナ……■ビ……?」
『イヴ』の内部に、激しいバグが生じる。
『道具』になりきれず、『人間』になって死んだ少女の面影が……『兵器』となった少女の中の何かを大きく揺さぶり始めた。
ライトのオンパレードは次でほぼ最後です。




