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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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196頁:悪鬼に気をつけましょう

 『鬼ヶ(おにがしま)殺鬼(さつき)

 ……殺人鬼(希少種)。


 母方の一族の伝承によると先祖に酒呑童子を持つ鬼の血統の末裔。組織的な殺人鬼の集団を代々まとめ、何世代も前に海を渡り亡命したものの定住が難しいため各国を転々としていたが代を追うごとに数が減り、とうとう彼女の母親の代で独りきりになってしまったが、亡命中に世界中の殺人鬼とのコネクションを築いていたためそれを利用し、裏家業の組織へ取り入って殺し屋の斡旋で成功。そのための既成事実として作った子供がサツキ。


 サツキは狭い集団内で血が濃くなっていたためか非常に強い殺意と戦闘の才能を持っていたため隔離され、裏切り者を中心とした『殺し屋殺し』をお役目として与えられ、自分を暗殺対象として狙ってくる殺し屋を逆に殺し『任務に失敗して死亡』という穏便な形で処理してきたが、本人には利用されているという感覚はあまりなく、ただ単に『遊び』として相手の殺意に答えている。

 本来は『The Golden Treasure』の参加者として選ばれたわけではなかったが、参加者を暗殺しかえした際に参加権の『お宝』を気に入って自分のものにしたためになし崩し的に参加となった。


 ちなみに、ごく稀に自分を暗殺しにきた相手と仲良くなってしまうことがあり、世界中に文通相手がいる。(基本的にサツキの強さを見抜いくなどして降参した相手は、一方的に殺しても楽しくないので殺さない)

 中国の(ジー)白角(バイジャオ)ともメル友で、同世代なので仲がいい。


 日本人なら中学生くらいの年なのだが、初見では小学生くらいにしか見られないのが悩み。大人の色気を武器に暗殺を行う殺し屋の話を聞く度に密かに殺意を募らせている。

 昔々あるところに、『悪党』と呼ばれた者達がいた。


 元々、『悪党』という言葉は荘園などの支配体制への反逆を行う者へと付けられた俗称であり、悪事を行う者を総称するものではなかった。


 多数派の占める支配体制こそが『正義』であり、少数派の属するはぐれ者こそが『悪』……支配者の価値観としては、それで十分だったのだ。

 『自分達と違うもの』を差別することで自己を正当化すれば、いつまでも自分達こそが『正しい側』でいられると信じて疑わないのが人間というものだったのだ。


 しかし、当の『悪党』にとっては、差別されようが自分達が正しい側でなかろうが関係はなかった。


 大きなものに真っ向から刃向かうには、それだけの理由と意志があった。


 あるいは、税収で困窮した村。

 あるいは、疫病で隔離された集落。

 あるいは、支配体制が確立される一方で追い出された原住民。


 いつの時代も人の絶え行く過酷な環境さえあれば、『彼ら』はどこにでも生まれてくる。


 作物がなければ奪えばいい。

 拒絶されたら乗っ取ればいい。

 追い出されたら押し入ればいい。


 命がかかれば、無法だろうと法の内。


 そうして生まれる者達は、ある者は罪人として、ある者は蛮人として人間達に処理され、歴史の闇に消える。個としての強さも、数の暴力の前ではすぐに潰えるのが世の定め。



 しかし、稀に生まれ出る『希少種』はその優位を覆す。



 かつて、群れることのない『彼ら』をまとめあげ、人の支配を象徴するべき都に攻め入り、卑怯な毒酒の前に倒れるまで猛威を奮った賊の頭領は後に伝説となりただの悪党からこう呼ばれることになる。


 『鬼の頭領』……酒呑童子。


 首を切られても魂は死なず。

 『鬼に横道はなし』と真っ向から人間という種に挑んだその誇りは、死してなおも潰えることはなかった。










《現在 DBO》


 『鬼ヶ(おにがしま)殺鬼(さつき)』……そう名乗った和装の少女は、ニコニコと笑顔でナビキを見つめる。


 周囲を囲むのは、ナビキが意識的に操作する百体あまりの分身達。

 『ダイナミックレオ』の奇襲で『イヴ』から露出してしまったナビキは、警戒しながら分身達を自分の周りと『サツキ』の周りに集まらせる。


(一度、分身を自動(オート)操作に戻してその間に『イヴ』を組み立て直す? いや、そうしたら今度はまた『アイラ』に戻ってコントロールを奪われる。でも、片手間でも『イヴ』を組み直すしかない)


 一度半端に崩れてしまった『イヴ』をまた不都合なく動けるように組み直すには少々時間が必要だ。何故なら『イヴ』という形態はアレックスの固有技ような純粋な巨大化ではなく、腕を《ガラスの靴》の効果で増産させることで巨体を装っているだけで、実の所は純粋な巨大化とは全く違う。システム的に大きな差異があるのだ。


 まず第一に、根本的な話として『イヴ』は人型を取る必要がない。操作性を上げるためにまとめ上げた腕を巨大な『腕』二本と『脚』二本、それに前後を意識しやすくする目印としての『頭』を作ってそれを基本形としていたが、それはその方が自由度が低く判断が早いから。

 本気で何千という腕を組み替えれば、巨体を保ったまま狭い洞窟を通ることも地面を埋め尽くすことも出来る。しかし、自分で把握しきれないパーツは敵の回避力が高ければ役に立たないのだ。


 そして第二に、『イヴ』は言わば組み体操に近い形で形状を保ち、『筋力』のステータスを上げることで圧倒的破壊力を生み出す質量を支えている。だが、それはあくまでも『組み体操』。本来、システム的に認められた『巨大化』ではそれに合わせて肉体(アバター)の耐久性も上昇するアレックスと違って、ナビキの肉体(アバター)の耐久性や密度は人間体の時と変わらない。

 数百人規模の組み体操を雑に行えば……失敗し、崩壊すれば、おそらく死者が出るだろう。『イヴ』も、サイズだけを求めて中身を雑にすれば中核となるナビキが自重で潰れてしまう。


 しかし、今のナビキには『「イヴ」を使わない』という選択肢もまた、取りようがなかった。


(声が枯れた今の私は、どうやっても人間体では勝てない)


 ナビキは『強奪スキル』でレイドボス〖蠱毒の蠱々〗の能力を『蠱毒』『蓑虫』『プラナリア』『ミミズ』など大量にストックしている。それに、『イヴ』の組み上げに不可欠な『寄生(パラサイト)』も当然ストックされたままだ。

 〖蠱毒の蠱々〗はレイドボスのわりに能力を多種多様に持っていて性能(ポテンシャル)の上限の中で効率よく強力な能力を得られたから厳選した能力を強奪してあるのだが、それでも本来そう簡単にいくつも持っていい能力ではない。いくらユニークスキルが公式チートだとしても、然るべき代償が求められる。


 『強奪スキル』の奥の手……『大器覆水』。

 ストックできる能力の上限を増やすことができる代わり、それに見合った修得済みスキルが使用停止になり……文字通り、覆水盆に返らず。使用停止になったスキルは二度と使用可能には戻らず、再修得も不可能になる(他人から奪って修得し直すのは可能)。


 ナビキは『イヴ』が本格的に動き出してからナビのアバターに居候する形でそのスキルも使用していたが、実の所ナビキ本人のメインアバターには『イヴ』で効果的に使える『歌唱スキル』『拳術スキル』『投擲スキル』『投げ技スキル』『大食いスキル』程度しかスキルが残っていないのだ。

 ナビと全てを共有していたとき修得していた『槍スキル』『鎌スキル』も、ライトに料理を振る舞ったことのある『料理スキル』も、威力を一人分以上上げられない『魔法スキル』も、全て捨てている。

 戦争が始まった6月の始めの時点で、自分の可能性の多くを捨ててしまっている。そして、未練を断ち切るためにスキルを全て残した分身などバックアップとして用意もしていない。



 あるいは……それは、ナビだけだったのかもしれないが、ナビなら今の反則級に強いライトとも雄々しく笑顔で戦っていたかもしれないが、もう彼女はいないのだ。



「っ……また頭痛が……」


 ナビキはふと思い浮かんだ人間体での正面からの戦闘というイメージを振り払い、それから逃げるように真逆の作戦を決める。


(絡んだ腕を一度全部戻そうとすると無防備になって危ない……分身で応戦しながら、絡まってない部分で防御してもう一度『イヴ』を組み上げる!)


 《化けの皮》がないため防御力は落ちるが、応戦される可能性のある『(ひのえ)(しずか)』は商店街がほぼ燃え尽きた今では一回目ほどの火力は出ない。『雨森』はパペットの展開に時間がかかる。そう考えての判断だった。


(今の姿はどんなふうに攻撃してくるかわからないけど、大きな武器や装備は見えないから多分大火力じゃなくてさっきの歌みたいな搦め手みたいなタイプのはず……それなら、こっちは防御を固めてれば……)


 そうやって考えを巡らせたところで……『サツキ』が突然、指を真上に天高く向けた。


 ナビキは警戒して分身達を身構えさせる。


 五十近い分身が、いつでも攻撃できる態勢で全方向から取り囲んでいる……しかしそんな中、『サツキ』は陽気に声を上げた。



「おーにごっこやーるひーとこーのゆーびとーまれ!」



 分身達が飛びかかる。

 何をしてくるかわからない相手の謎の行動に動揺し焦ったということもあるが、相手が暗示や催眠の類を使ってくるのであれば、文字通りの問答無用で攻め立てるべきだという考え方もあった。


 しかし……


「じゃあ、サツキが殺人鬼(オニ)やるね!」


 次の瞬間、それが判断ミスだったと悟る。

 感覚の一部を共有した最前列の分身達から伝わってくるダメージ。攻撃されたことを理解したのは数瞬の後、飛びかかった分身四体がコントロール出来なくなった時だった。

 視覚が弱い分身達の視界を共有して立体的に把握していたはずの、動くものへの認識力の高いはずの視覚の中で、ナビキは認識力の虚を突いて攻撃してきたのだ。

 しかもそれが、無防備に受ければ致命傷になるほどの威力を持っている。


「っ……!」


 即座に密集は危険だと思い分身達を飛び退かせるナビキ。

 そして、その瞬間にまた一体が捕まり致命傷を負わされるが、今度はそれを予期していたため『サツキ』の動きをなんとか捕捉する。


 飛び退こうとした分身の初動に反応し、着物の袖を振り回して脚に引っかける。動きにくそうに見える引きずるような着物だがそれを武器としても使っているらしい。

 そして、態勢を崩した分身に袖を引っ張った力の反動を利用して重力を感じさせない動きでしなだれかかると、反撃の間も与えず喉に当たる部分を『かっ切る』……のではなく、『>』の形に『切り取る』。

 その手の獲物は、ナイフや短刀よりもさらに小さい。鋭く研ぎ澄まされた二本の鉄の棒……『箸』だ。(かんざし)に仕込まれていたらしく装飾が描かれているが、指に触れる部分の先は研ぎ澄まされて鋭利な刃になっている部分は血のように赤く染まっている……『ジェイク』の使っていた釘と同じように。


 まるで焼き魚の切り身でも切り分けるような気軽さをもって、分身の一体の喉を治療も不可能なほど深く裂いた『サツキ』はその『箸』を口元に寄せてはにかむ。



「どうしたの? 逃げないのかな?」



 『イヴ』が復元中で動けないナビキが戦慄するその目の前で……交代のルールのない『リアル殺人鬼(オニ)ごっこ』が始まった。







 教会の鐘突き堂の屋根の上にて。


 『アマテラス』は指を輪にして西を見通す。

 そして、指の輪をといてカメラワークを見るように『「 」』の形にして四角く切り取った視界を見て楽しげに笑う。


「いーわね、このアングル。2Dの横スクロールアクションみたいで」


 切り取られた視界の中では、彼女の言うとおり『サツキ』が前に立ちふさがる『敵キャラ』たる『黒いもの達』を接近して近づく側から倒して先へ進んでいく。一度もダメージを受けていないあたり、アクションゲームなら余程の熟練者のコントロールするキャラクターだと見えるだろう。

 ナビキもどうにか進行を止めようと次から次ぎへと分身達に攻撃されるが、その全てが返り討ちになっていく。しかし、『イヴ』再構築までに時間稼ぎは必要なのでやられるとわかっていても襲わせないわけには行かないのだ。


「どうやら装備で直接戦闘型はないと判断したのかもしれないけど、残念ながら大外れ。『鬼』は丸腰でも『殺し合い』になると先天的に高い運動神経と集中力を発揮する……命の危機を感じたり殺意が湧いたりして、精神的なスイッチが入るとそれこそ人間離れした動きするから。『サツキ』の反応速度はその中でも異常だけど。ある意味『予知』の領域に踏み込んでるとも言えるほど」


 三体の『黒いもの達』が同時に攻撃する。一体は肩から脚に触手を巻きつけて鈍器のようにして下段蹴り、一体は触手を槍のようにして中段の刺突攻撃、一体は上から覆い被さるように飛びかかりながら食らいつく。

 上中下、どの方向へも回避できない同時攻撃。しかも、立体的に見れば三体は左前、正面、右前というふうに配置されていて左右への回避も難しい。ナビキが意識的に操作している故の完璧な統制のとれたコンビネーション攻撃だが……それは、やはり『サツキ』にとっては絶体絶命のピンチには程遠い。


 同一の意思に制御された同時攻撃も、『サツキ』の見ている世界では『同時』ではないのだ。


 あるかないかの僅かな時間差で一番に届く下段蹴りを左の袖口で絡め取り、引っ張って前のめりにさせる。二番目に届く噛みつきは右手の箸で緩んだ顎を下から両断。そして残った刺突は裾を振り上げて貫かせることで方向を逸らし、引っ張って槍先を踏みつけて動きを封じる。

 後は、相手が対応する前に態勢の崩れた三体に順番に致命傷を与えていく。


 おそらく、ナビキには三体が瞬く間に……『同時』に倒されたようにしか感じなかっただろうが、『サツキ』は一体ずつ確実に対応していっただけなのだ。

 反応速度が違いすぎて、戦闘経験が離れすぎている。


「あー、オレには何起きてるかすらよくわからねえけど?」


 キングはつまらなさそうに呟く。

 彼にとっても『サツキ』の見ている世界は時間感覚が違いすぎて、見ていてもわからないのだ。それはプロゲーマーが常人が反応できない速度の最高レベルのゲームを当然のようにクリアするのを見ている感覚に近い。

 『すごい』ということはわかっても、とても真似できないと悟ると人間は理解を放棄してしまうのだ。


「ま、純粋で単純な直接戦闘型としてはあの子は反則級だからね。馬鹿みたいに広範囲高火力で天災並みの被害を振りまくマリーやアイラ、静とも純粋な戦闘力だけで張り合ったのよ? 蠅どころか銃弾だって箸で捕まえられるようなのが相手じゃ、雑兵がいくら集まったってまぐれ当たりもしないわよ」


「このゲームだと赤兎と同じタイプか……すげえな、あの年で」


「何せ『殺し屋専門の殺し屋』ってお役目で命のやりとりばっかしてたからね……物心ついたときからダンジョンの『ラスボス』を押しつけられて、戦闘経験はそこらの特殊部隊なんて軽く上回る。その結果があの無双状態よ。わかりやすく表現すれば『ジャンケンに勝つためだけのロボットにジャンケンで勝てる程度の能力』……『希少種』ってこともあるけど、あれだけの実力がなきゃ名ばかりとはいえ殺人鬼の元締めなんてできないわよ」


 『サツキ』に襲いかかる『黒いもの達』はナビキの遠隔操作で死を恐れず、怯まずに襲いかかる。時には、味方の身体を目隠しにして背後から貫通させてでも攻撃を当てようとするが、時間の感覚が違いすぎては不意打ちも全く不意を打てない。

 目の前の相手の腹から突き出てきた触手の刃すら、届く前に余裕を持って受け流される。


 『サツキ』は死屍累々を笑顔で踏み越えて、あたかもアトラクションを楽しむかのようにナビキへ歩み寄っていく。


 『イヴ』は……まだ、完成しない。


「戦闘能力だけ見ればこれ以上のカードはないけど、巻き込まれたら皆殺しだから普段は絶対に使えない人格……死んでダンジョンから解放されたラスボスなんて、使用に制限のなくなった禁止キャラなんて、ボスモンスターを単独撃破できる一プレイヤーなんかよりずっと恐ろしいわ」


 『鬼に横道はなし』。

 既に70あまりの屍を作り上げながらも未だ衰えない勢いと集中力。

 防衛のために襲いかかってきていた個体のほとんどは屠り去られ、執念じみた殺意は興味と共に、必死に身体を作り直そうとする『イヴ』に向けられた。







 必死に『イヴ』を再構築しながら、ナビキは戦慄する。


(殺される!)


 分身達の操作に情報処理能力を割いていることもあるが、動揺も大きいせいか『イヴ』の組み上げは遅々として進まない。やっと絡んだ腕を大方解きほぐした所だが、腕全体がイメージ通りに動いていない。

 まるで、精密なカラクリにバネの欠片が挟まってしまったように、どこかがつっかえている。


(データ容量不足で制御が利かなくなって勝手な動きをしてる『腕』が他の腕を邪魔してる? でも、動かないことはあっても私の意思と全く違う動きをする腕なんて……!)


 ナビキはこの時、自分の周りの腕を見てやっと気が付いた。

 その中に、他とは違う形をした腕が混ざっていると。そしてそれらが、他の右手の指を掴んで動きを止めている。


「ひ……左腕? まさか……!」


 ナビキは右利きであり、操りやすいように『イヴ』は全て右腕で組み上げている。本来、『左腕』が混ざっているはずなんてないのだ。

 ナビキの人格の中で左利きなのは、ナビキから完全に独立していたエリザとナビだけ。


 そして、今ナビキの精神に干渉して一部だけでもコントロールを奪いに来れるとしたら、それはエリザだけ。



「サツキ、これでも鬼のお姫様なんだよ? 丁度近くに『同族(なかま)』がいたから手伝ってもらったの」



 『殺人鬼(サツキ)』が、崩れた塔のようになった『イヴ』に足をかけていた。

 気付けばナビキの周囲は『左腕』によって輪のように右腕が動きを引き止められ、さらに『サツキ』の踏んでいる部分から目の前まで階段のように『左腕』が絡み合って足場を作っている。


(やられた! 分身とのリンクを強くした隙に侵入された!)


 おそらく、最初の『このゆびとまれ』はエリザへの指示。遠くからそれを理解したエリザが、言われたとおりに『指』を掴んでエリザがナビキに直接攻撃できるだけの形を整えていたのだ。


 あの、誰の言うとおりにも動かないエリザが、チームプレイの苦手なエリザが、簡単な合図だけで、目配せすらせずに素直に従った。

 『鬼の姫様』……『吸血鬼』エリザすら従わせるほどの種としてのインパクトが彼女にはあるのだ。

 そして、それはこれまでのデスゲームでナビキが感じたことのないレベルの殺気として襲い掛かってくる。



「じゃあ、行くよ?」



 真正面から、駆け上がって来る。

 足場は直接踏んでいる腕以外は全てナビキの一部、全方向から攻撃を受ける可能性があるにも関わらず、それを承知しての正面突破。


 もはや、分身を集結させる暇など皆無だった。


「うわああああああ!!」


 細かな狙いなど定める間もなく文字通りの『ありとあらゆる手』を使い、全ての腕で叩き潰すように、押しつぶすように、あるいは一瞬引き止めるだけでもできればと掴みかかるが、反応速度が違いすぎる。『サツキ』はそれをジャングルジムでも潜り抜けるようにすり抜けて行く。


「だ、だめ、止められない!!」


 『サツキ』の箸はジャックの武器と同じ『血に濡れた武器』。いくつもの分身が狩られ、その威力は実感している。

 防具のない急所に受ければ、万全のプレイヤーでも一撃死があり得る。


(とにかく、壁を作らないと!! 蟻の一匹も通さないような、隙間の無い壁を!!)


 『蓑虫』の能力で『左手』が邪魔する輪の外から反対側へと糸を張り巡らせ、力の限り引っ張って『左手』ごと巻き込むように穴を狭めて行く。

 だんだんと狭まる視界の中、その小さくなっていく穴に飛び込むように『サツキ』が接近して来る。

 まるで、ドラマで殺人犯に追立てられながら必死に逃げ込んだエレベーターでドアが閉まるのを接近して来る犯人を見ながらボタンを連打している被害者のような気分だ。


「はやく!! はやく!!」


 穴が狭まる……人一人が立ってようやく通れそうな大きさに。

 『サツキ』との距離はあと三歩。


 穴が狭まる……人が飛び込めるギリギリの大きさに。

 『サツキ』との距離はあと二歩。


 穴が狭まる……人の頭が通れるかどうかの大きさに。

 『サツキ』との距離は、あと一歩。


 そして、穴が狭まる……腕一本が通りぬける大きさになったところで、完全に『サツキ』の間合いがナビキを捉え、その頸部へ箸を伸ばした。



哿不可(カフカ)『ベイス』!!」



 ナビキは咄嗟に≪ガラスの靴≫がもたらす恩恵『変身スキル』の技を使った。

 『変装スキル』の瞬間換装技と変化するのが装備かアバターかという違い以外はほぼ同じ『姿を瞬く間に変える』技で、共通する詠唱(ワード)……『基本(ベイス)』。それは、予め登録しておいた姿に身を変える技の解除技として設定された『姿をスキル発動前に戻す技』だ。

 ナビキの変身は技の発動と同時に全て初期化され、増えた腕も元の二本だけに戻って人間体へと強制的に姿を戻される。


 しかし、姿が戻る時の基準はプレイヤーの最大の弱点(ウィークポイント)である心臓だ。

 ナビキの場合、狙われた場所は体の中心から近い頸部では位置は大して変わらない。だが、急に足場が消えたことで僅かに狙いが逸れた刃は首筋ではなく胸元へと迫り……



 『ガキン』と、硬質な音を立てて弾き飛ばされた。



「……あれ?」


 『サツキ』の手に伝わって来たのは、異様なまでに硬い金属の感触と予想を遥かに超えた重量感。

 ナビキの身を包む最高防御力の拘束服クローゼット・イン・ドレスに仕込まれた鋼鉄の拘束具の感触と、『寄生(パラサイト)』によって数多の分身アバターを寄せ集めて得ていた『イヴ』の質量を一ヶ所に集めて高密度化させたアバターの重量感。


「限界までアバターの質量を圧縮させれば、体重差でほぼ完全に衝撃やノックバックを反射できるんですよ。まあ、重すぎて速くは動けないんですけど」


 一瞬の後、ナビキは今までの本来のサイズとは変わらない腕とは違う人一人くらい包み込めそうなほどの大きさの『手』を肩から生やし、空中で僅かに身をよじるようにして『サツキ』へと叩きつけた。


「わっ! ビックリした!」


 驚異的な反応速度で足場のない空中でも態勢を変え、迫る『手の平』に足をついて逆にそれを推進力のようにし、掴まれるのを防ぎつつ遠くへ着地してダメージを最小限に抑えた『サツキ』だったが、流石に驚きを隠せない。

 そして、同時に着地して見たナビキの……『イヴ』の新しい姿にも、驚きを禁じ得なかった。


「……Oh、仏像(Buddhist)?」


 『サツキ』の手の届かない高さへと本体(ナビキ)を持ち上げて支える数十の腕。

 ナビキの背中から後光のように円形に広がり本体を護る腕の輪から、さらに外側へと枝分かれを繰り返し展開された千にも迫る腕は、一目で『千手観音』という言葉を連想させる。


 そして、地面から7mほどの高さのナビキを中心に周囲へ伸ばされる腕は、生き残っていた『黒いもの達』の腹へ突き刺さり、その内臓を抜いて手の平の口から呑みこむ。


「決めた……もう近づけない、もう寄せ付けない」


 腕は長く伸び、互いを支え合って遠くへ伸ばされ、焼け跡から建物の地下に埋まっていた支柱や燃え残った石材などの残骸を拾い集め、石弓に矢をつがえるように強く力を込めて振りかぶっている。

 自分の身を危険にさらしながらも自身の目で標準を合わせて圧倒的物量の投擲で押しつぶす『固定砲台』の構え。


 それを見た『サツキ』は、誰に言うともなく独り言のように呟いた。


「えー、もう交代? しょうがないなー」


 懐から小さな瓢箪を取り出し、それをメニューからストレージへと収納した『サツキ』は小さく唱える。



「メイクアップ『教会(ディストピア)』、哿不可(カフカ)『マリー=ゴールド』!」



 『サツキ』は姿を変える。

 それは、ナビキも良く知る人物の姿だった。


「あらあらナビキさん、久しぶりですね?」










 同刻。


 『ナナミ』というプレイヤーネームを持つアバターは、自分の目の前に置き去られた『攻略本』のページを捲りながら、自分に転写されている『ナビキ』としての記憶を想起する。


 ライトと一緒に挑戦したクエスト、スカイと共にまとめた原本、マイマイとライライに作ってもらった料理、皆で倒したボスモンスター、ヘトヘトな中なんとかやり遂げた演劇、赤兎に頼み込んで入れてもらったパーティー『TGW』、途中参戦して感謝されたエリアボス戦、毒で死ぬかと思った襲撃イベント、事務処理で大変だったギルド結成、友達の恋愛相談にギルドの勧誘まであって大混乱だったお祭、その他にも大切な思い出が次々と想起されて来る。


 主人格ではないせいかどこか他人の記憶のように感じるが、なぜか涙が出て来るような不思議な記憶。


 そして……


「ごめん……ごめんなさい、ナビ……」


 同時に痛いほど感じられるのが、第二の人格だった『ナビ』の感情の記憶。

 今になってわかる、失ってやっとわかる。

 いつか記憶が消えてしまうなら何をしても無意味と達観した気になっていたナビキの裏で、それを補うように一喜一憂し、笑いながら生きたナビ。いつか、ナビキが精神的に『健康』になったら消えるべきだという自分の運命を悟りながら、少しでもナビキに楽しい思い出を残そうとしていつも陰から支えてくれていた彼女は、一年足らずの短い人生を誰よりも懸命に生き抜いたのだと。


 だからこそ……


「私ももう少しだけ……がんばるから」


 ナナミは、自分の中にあるであろうナビの魂に、もう絶望はしないと誓った。

 意外なところで役に立つシャーク特注拘束服(防具扱い)。

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