乱丁19:それぞれの強さを忘れてはいけません
反響の大きかった街全体を巻き込んだクエストの裏側のちょっとした冒険です。
ちなみに凡百さんの体重は同年代の平均値ピッタリです。
(重くも軽くもない……なんの話についてかは本編で)
私は『凡百』、脇役だ。
名声は欲しくない。
無視されるのは嫌だけど、注目され過ぎるのはそれはそれで嫌だ。
地位はあまり興味がない。
自分が人の上に立つべき選ばれた人間だなんて思ったことはないけど、人に蔑まされるほど悪いことはしないように生きて来たと思う。ほどほどがいい。
金品は……ちょっとだけ欲しいかな。
だけど、たとえば宝くじで何億円も当たったとしたら逆に使い道で困っちゃいそうだから、ちょっと趣味に費やせる小銭があればいいくらい。まあ、その小銭を稼ぐバイトクエストとかも結構、趣味目的で選んでたりするんだけど。
でも、迷いなく言える。勝利は欲しい。
これは純粋に、何の景品もなくても言えること。全力で持ってる力を出し切って、それが結果に反映されたと思うと、それだけでテンションが上がる。
欲を言えば、それを誰かが評価してくれて、目標達成のお祝いとして何かをくれるなら……これ以上、モチベーションが上がることはないと思う。
≪6月30日 DBO≫
「どうかな? 私のアイデア」
『へえ、面白そうじゃねえか』
『……』
「いいな、その作戦。成功すれば状況を覆せる」
『流石、我らがギルドマスター。考えることが違いますね……しかし、それだと少々問題が……』
「針山を肯定。その策は前提として代理ユーザーに少なからぬ危険を伴います。それを考慮した上での判断と受け取っていいですか?」
「う、うん。一応そのつもり……」
ところで、私はギルド『OCC』のギルドマスターで、今さっきギルドマスターの権限でギルドメンバー全員に緊急召集の通達を出したんだけど……メモリちゃんとマックスくんの二人しか集まってない。
私これでもギルドマスターなのに……一応六人だけのギルドで私を入れて三人集まったんだから、一声でギルドメンバーの半数をすぐさま集合させられる言ったらそれなりにすごく聞こえるかもしれないけど、私以外のメンバーの半分より少ない人数しか来てくれてないんだよね……みんな、忙しいんだってさ。
メモリちゃんの魔法で映像音声通信(テレビ電話みたいな技)を使って遠隔会議してみたら、無闇さんは大ギルドからの依頼で広域センサー役、針山さんは敵モンスターの進行を防ぐために固有技でトラップを仕掛けに遠くの区画に行っててすぐにはこれない、キングくんは『イヴ』への対抗作戦のバックアップで手が放せない……らしい。
そして、今私の側にいるのは日中の戦いでの疲労を出来るだけ回復してから参戦してもらおうと休んでもらっていたメモリちゃんと、本陣の警備役を抜けてきたマックスくん(何でかわからないけど、いつものヒーロースタイルの戦闘服じゃなくてジャージ)。
二人とも実力は折り紙付きだけど……
「足手まといの私を連れて、この中を物資倉庫まで駆け抜けるのか……ちょっと怖くなってきた」
目的地の物資倉庫までの距離……4ブロックとちょっと。大体200メートルくらいだけど、その道程にはうじゃうじゃと徘徊する黒い人型に近いモンスター達(私のレベルだと掴まれれば一巻の終わりな上、あたりどころが悪ければ引っかかれただけで致命傷)……これなんてゾンビゲーム?
今はメモリちゃんの魔法陣で見つかりにくくして作戦会議してるんだけど、この魔法陣から出たら見つかってしまうらしい。
「ざっと百体くらいいるね……」
「目算で105体です」
メモリちゃんの平坦な詳細情報。
「昔の消費税くらいの上方修正ありがとう……」
「さらに三体接近、108体です」
「増税したかー……ていうか、増えてない?」
「そりゃ、目的地が一緒なんだから時間が経てば増えるよ」
マックスくんの更なる情報。
うじうじ考えてるほど状況が悪化するってわけだね。それにしても……
「マックスくん、ヒーローやめたの?」
「ちょっと考えることがあってさ……少し、休業して自分を見直してみることにした」
口調も素の時のだし、何か彼にとって重大なことがあったみたいだ。昼間の戦いでは勝ったらしいけど、相手には逃げられたらしいし、それが関係してるのかもしれない。
まあだけど、戦う意志はむしろいつもより強く見えるし、今は問題ないだろう。ジャージだけど、武器の鋼鉄ブーツはちゃんと履いてるし。
それより今の問題は……
「問題は、私自身があそこまでたどり着かないといけないってことだよね……マックスくんやメモリちゃんだけならすんなり行けちゃいそうだけど」
「認識の訂正を求めます。私のスキルは援護射撃には有効ですが、私自身の機動力が低いため強行突破の成功率は『すんなり』という表現には適さない範囲になると思われます」
「僕は行くだけなら割りとどうにかなりそうだけど、ギルマス抱えてはちょっと……いや、別に重そうだからってわけじゃないから! 人一人抱えて走るのは大変だって話!」
そんな慌てて否定されるとむしろそんな気になるんだけど……でも確かに、アイテムならストレージに入れていれば気にならないけど、人間は筋力値で重さを無視してもかさばるし動く。特に、素早く動き回る戦闘スタイルのマックスくんは私という大荷物を抱えていれば戦闘能力は大幅に落ちるだろう。
だったら……
「私は、自分の足で走らなきゃね」
私の言葉に、マックスくんが驚いた顔をして……少し笑った。
「はは、今日はギルマス、いつになくやる気満々だ。なんか良いことでもあった?」
「別に、大したことがあったわけじゃないよ。ただ、いつもみんなに危ないことさせてるから、偶には私も同じ場所で生きてみようかと思っただけ」
『イヴ』の時に私を守ってくれた『妖怪』達はみんな防衛戦力として『大空商店街』に貸し出しちゃってるから、今度は本気で無力な私。
何体か手元に残しておけばよかったけど……まあ、こっちの数が多いと敵は気配で集まってくるらしいし、少数精鋭で行く方が無難だと思おう。
それに……
「この役は、絶対に代役が利かない……本当に、私にしかできないことかもしれないから」
たとえそれが、ただのくじ引きの結果だとしても、本当はもっとふさわしい人が得るはずだった物を間違いで私が拾っただけだとしても、今それを持っている私がやらなければ、他には誰も出来ない。私はただ、全プレイヤーの誰かが持つはずだったものを、プレイヤーの持つ可能性の一つを代表して使うだけ。
別に、自分が選ばれた者だとか、責任感だとかそういうのを感じた訳じゃない。ただ、ゲームで思いついた面白そうなゲームプレイを確かめてみたいだけ。
これは、人間の可能性を信じる私が、自分自身の可能性を確かめたいがためにやる……勝手な挑戦だ。
「決意は固いってことか……わかった、全力で付き合うよ」
マックスくんは、軽く柔軟体操みたいな動きをして、遠くの物資倉庫を見やる。
「僕が先に出て、邪魔な敵を片付けながら進むから、ギルマスはすぐ後ろをついて来てほしい。もし僕が危なく見えても、絶対に助太刀とか考えないで……ただ、真っ直ぐ前へ進むんだ」
そう言いながら、マックスくんに剣を取り上げられ、彼のストレージに入れられる。
私程度の強さじゃ下手に抵抗しようとしても、たとえ防御に使おうとしても攻撃は受けきれない。だから、たとえ『何があろうとも』……ただ、走ることだけ考えろ。そういうことだろう。
一切戦うことは考えず……マックスくんを信じて走り抜ける。
「僕が出て……二十秒したら、全力で走り出せ。僕が必ず、道を開けていく。メモリ、『反転』を頼む」
メモリちゃんが静かに詠唱を開始する。
そして、少し待ったマックスくんは自分の胸に手を当てて、強く叩いた。
「『グレートスター』!」
星のマークが浮かび上がる。
それを、身体の各所に張り付けるように五回……確かあれは、ステータスダウンの反支援だったはずだけど……
「ステータス増減反転。古代魔法スキル『リバーシブルバフ』、発動します」
メモリちゃんが魔法をかけると、ステータスダウンの魔法が『裏返る』。
星が輝き、眩い光に包まれたマックスくんは、まるで秘めた力に目覚めたヒーローのように最大限に上がった力を手にし……走り出した。
いつもみたにい翻るマントはないけど、その姿は本当に私の常識を軽く越えて縦横無尽に、飛び回るように敵を圧倒していく。
凄まじい迅さで一番近くの一体の懐に入り込んで、一瞬私の認識が追いつかないくらいのスピードで回転して高回し蹴り。しかも、そのまま反動で飛び上がって壁を足場に離れた一体にかかと落とし。さらに一瞬たりとも停滞せずに対応しきれない数体を背後からの痛烈な一撃でなぎ倒していく。
真っ向から力で破るんじゃなくて、跳んで、走って、回り込んで、あらゆる方向から有効打を決めて、止まらず、敵に囲まれず、狙いを定めさせることもなく、強化された攻撃で確実に倒していく。それも、全てを深追いして倒しきることはなく、足を破壊したりして効率よく動きを封じて、道を作ってくれる。
そして……
「二十秒経過、スタートしてください」
「わかった!」
私が走り出すと同時に、メモリちゃんも駆け出した。
ビルド的にスピードが高くてレベルもかけ離れたマックスくんが敵を翻弄して倒しながら進む速さと、一応スピードは少し高めにしてある私、それにスピードビルドではないけどレベルが高いメモリちゃんはほとんど変わらないスピードで、先にマックスくんが敵を片付けた通りを、後を追うように駆け抜ける。
そこでいきなり、予想外の自体。
マックスくんに足を破壊されて動けなくなっていた敵の一体が、肩から伸ばした触手のようなものをバネにして飛びかかってきた!
「うわっ!」
「『暴風障壁』展開。そのまま進んでください」
だけど、メモリちゃんはさっき隠れてた魔法陣の魔法を打ち切って、高速詠唱で次の魔法を準備してくれていた。
私とメモリちゃんを囲むように吹き荒れた暴風の結界が飛びかかってきた敵を明後日の方向へ吹き飛ばす。
「ありがとう!」
「油断は禁物です。敵の攻撃力が高いため、連続で攻撃されれば危険です」
さすがにマックスくんも、後方へ吹っ飛ばされた敵まで相手にしてはいられない。
後ろに飛ばされた敵がまだ立ち直らない内に、さらに前へと走り、なんとか1ブロック目を通り抜ける。
そして、2ブロック目の半ばで、またも予期せぬ事態が起こった。
敵モンスターが基盤を食い尽くした建物の壁が、トラップのように倒れてきた。
こればかりは、マックスくんにもすぐには破壊できない。それに、暴風の結界に魔力を割いていたメモリちゃんが新しい魔法で防ぐにも時間が足りない。
明らかに間に合わないと頭ではわかっていながら、私はただ足を前に進めるしかなかった。
そして、巨大な影が私とメモリちゃんの頭上を覆い隠し……
その壁は、突如割り込んだ巨大な縄のようなもので支えられた。
飛び込んできたのは、力強く壁を尾で引っ張る大蛇。
「これ、確かキングくんの……『ポチ』!」
キングくんのテイムモンスター。
それが、私達を守ってくれた。
今ここにいなくても……私に、協力してくれている。
私は、仲間の力を感じながら前へ走る。
そして、3ブロック目。
突如として、敵モンスターの動きが変わった。
素早いマックスくんに対応するためにか、攻撃を受けた敵が致命傷にも怯まずに肩の触手でマックスくんを捕らえようとし始める。
なんとか避けるマックスくんだけど、相手の触手の力が強いから警戒して深く攻撃を決められなくなる。
そこに……『ヒュン』と、一本の矢が飛来した。
しかもそれは、空中で何十にも増え、私達の眼前の敵モンスターを襲う。
「ガガッ!」
「ギッ!」
少し錆びてボロボロに見える矢が、マックスくんの致命傷にも怯まなかったモンスター達を怯ませていき、その隙を一瞬として遅れずに突いたマックスくんが止めを刺して走り抜けていく。
これは、無闇さんからの援護射撃。しかも、矢の特性みたいなものまでマックスくんはしっかりと把握して迷わず突き進む。
これが……『OCC』のチームワーク。
そして、そのチームワークに護られて、私は4ブロック目を迷わず突っ切って……
後ろの、遠くの方で大きな爆音が響き、少し遅れて爆風が押し寄せる。
そして同時に……それを追い風として翼に受け、後ろで倒れていた敵モンスター達が一斉に飛来して来る。
マックスくんは前。
メモリちゃんは横だけど、魔法は一瞬では強力なものは使えない。何十という相手を一掃するには時間が足りない。
暴風の結界も、どれだけ耐えられるかわからない。
だったら……追いつかれる前に、ひたすら前へ!
物資倉庫まで、残り50m……40……30……
残り20mの辺りで、後ろから追いつかれて暴風の結界がガリガリと突撃で耐久を削られていくのを感じる。
そして、残り10mの辺りで……結界をすり抜けた手が、私の肩を掴んで……
「非戦闘員が何してんだ! 死にたいのか!」
私の知覚しない内に割り込んだ知らないプレイヤーが、私の後ろで剣を振るった。
一瞬、少しだけ見えた装備はよく見慣れた量産品の高級鎧……『攻略連合』の戦闘員。多分、物資倉庫を護っている護衛の人。
もう目の前には、本陣と同じようにモンスターを遮断する魔法陣に護られて、群れる敵を十人くらいの戦闘職がなんとか追い払っているらしい物資倉庫が見えていた。
後ろには、捌ききれない数の敵が群がってるかもしれないけど……ここまで来れば!
「メモリ、効果時間終了だ! 後は頼む!」
「詠唱完了しました。衝撃にお気をつけください」
暴風結界の補強もほどほどに魔法を準備してくれていたメモリちゃんが後方に爆発の魔法を解き放ち、集まった敵を一掃しながら私達は物資倉庫へ飛び込んだ。
「はあ、はあ、はあ……怖かったぁ……」
ひとまずの安全を得た私は、仮想の息を整えて気持ちをリラックスさせる。
そして、何人かの護衛プレイヤーに護られながら唐突な来訪者に驚く物資倉庫の管理人らしきプレイヤーに尋ねる。
「ふう……突然、すいません。あなたがここの責任者ですか?」
「は、はあ……そうですが、あなた達は? こんな危険な中を……」
「細かい話は後で、それより、物資の運搬ってどうなってますか?」
「見ての通り倉庫周りを囲まれて、何とかストレージ操作系技能を経由して運搬はしてますが、なにぶん効果範囲が限られてるのでなかなか……」
「あの! 残ってる物資を一度預かってもいいですか? 私のスキルなら……うまく行けば、街全体に一度に送れるかもしれないんです」
「そ、そんなバカな! そんなスキル聞いたこともない! 大体あんたら誰なんだ! そっちの二人は見たことあるが、完全に信用できない相手に物資を預けられるわけないだろ! これは戦うプレイヤー達の生命線なんだぞ!」
「今のままじゃどちらにしろ危険です! それに、ここだっていつまでもヤツらを防げないでしょ! 一瞬だけでもいいから、私を信じてください!」
「こんな危ない中いきなり飛び込んできたやつを信用できるか! そもそも、ただの倉庫番の俺の一存でそんなこと決められるないんだ! なんと言われようと、得体の知れない奴らに指一本触れさせるわけにはいかないんだ!」
ダメだ……話が通じてない……というより、この人は少しパニック気味になってる。思いもしなかったピンチに、何も考えられなくなってただひたすら最初に言われた役割に……『倉庫番』っていう役になりきることで、恐怖を紛らわそうとしてるんだ。
そこにいきなり現れた私達は、彼にとってかっこうの『悪役』。むしろ、役目なんかより私の言葉に反発して自分の精神を護ろうとしてるように見える。
これじゃあ、いくら頼んでも……
「せ、せめて上の人に掛け合ってください! 『OCC』のギルドマスターからの要請だって言えばもしからしたら!」
「ふざけるな! 『OCC』のギルドマスターのじじいは死んだって聞いたぞ! 第一、そんな悪戯かもしれない唐突な話、敵の応戦で手一杯の上が聞いてる暇あるわけないだろ! さっきから物資の催促ばっかりされてんのによお!」
「ああもう!!」
埒が明かない。
私は無理やりにでも先へ進もうと一歩足を踏み出す。だけど、すぐに後ろから腕を掴まれて進めなくなった。警備の『攻略連合』のさっき、私を助けてくれた人だ。
この人も仕事は物資倉庫の護衛……本当は、外で一体でも多くの敵モンスターを撥ね退けなきゃならないんだろうけど、私達が変なことをしないように鎧を着た二人の兵士が待機してる。もう一人は私達が暴れた時に外の人にメールで応援を呼ぶためか、手元でメニューを操作している。
ここで戦う?
いや、マックスくんとメモリちゃんがいればここの三人には勝てるかもしれないけど、それで呼ばれた外の人達が私達と戦おうとしたらここは破られる。味方同士で争ってる暇なんてない。
どうすれば……
「お願いします! 僕たちを信じてください!」
私の隣で、マックスくんが深々と頭を下げた。
本当に誠心誠意、心の籠った嘆願の言葉。
そうだ……お願いをするときにまず必要なのは、頭を下げる事。心をちゃんと伝える事。
目の前の倉庫番の心に届きそうになくても……私は、できることをしなきゃいけない。
「お願いします!!」
深々と頭を下げる。
手を握りしめて、言葉だけじゃなく心から願いながら。
結果だけを求めて、その過程をないがしろにしてはいけない……ナナミちゃんにそう諭したのは私なんだから。
その心は……
「あんたら、いい加減に……ん? ちょっと待て!」
頭を下げたままじっと待った。
一分くらいだろうか、待ち続けた後……声をかけられる。
「……いいぜ、好きにしろ」
「そこをなんとか!」
「いや、聞けよ! だから、あんたの作戦試してみていいらしいぜって言ってんだよ」
「……え?」
驚いて顔を上げた私に鍵が手渡される。
「奥の倉庫の鍵だ。これを使えば、部屋の中の在庫の所有権をまとめて移せる。ほら、さっさと行きやがれ!」
「いきなり……なんで……?」
「今、上からメールがあったんだよ。『OCC』のサブマスから正式に申請が通って、あんたの所の依頼が正式に承認されたってな。ほら、わかったらさっさと行け!」
「は、はい!」
突然下りた許可に戸惑いながらも、私はメモリちゃんを連れて奥の倉庫へと走る。
そして、その中の見た目より大量のアイテムを収納できるマジックアイテムの箱が山ほど詰まれた棚を見て確認する。
「食料、武器、消耗武器、ポーション……うん、これだけあれば行ける。メモリちゃん、私の声を街中に響かせて!」
メニューを開き、操作をしながらメモリちゃんに指示する。
メモリちゃんは頷くと、自分のこめかみに指を当てて、人が良く何かを思い出そうとするときのようなポーズをとる。すると、指のあたっている部分が青く光りだした。
「メモリちゃん……通信系の魔法?」
「いえ、拡声などの魔法では戦闘音が激しい街全域に高い音質を届けることは難しいため、より効率的で確実な方法を使用します」
メモリちゃんが指を頭から離し、光を引っ張ったまま空中で円を描くと、それは円盤のような形を取った。CDとかDVDっていう、何年か前よく使われてた記録装置に似た円盤。
メモリちゃんはそれを手に取り、静かに唱える。
「オーバー100固有技『メモリアルディスク』……固有技『ローカルシグナル』を再生します」
何もない空間から現れてメモリちゃんの耳に装備されるヘッドホン。
その端から伸びるコードの先のケースに円盤をはめてボタンを押すと、メモリちゃんの目の前にメニュー画面が表示され、メモリちゃんはすぐさまそれを操作する。
「これって……」
「私の固有技により、記憶していた『戦線』の通信に使われている固有技を再現し、設定を変更して通信に割り込みます。これにより、音量を最大限に上げて街中の『戦線』メンバーを音の発信源にすることで情報の速やかな伝播が可能となります」
他人の固有技の再現って……何気にすごいんじゃないかこの子。
まあだけど、みんなに伝わるならそれに越したことはない。
「わかった、じゃあ始めよう!」
「了解しました。では、一度だけの技ですので、通話を拒否される可能性を下げるため、前もって説明をさせていただきます」
メモリちゃんは、手の上にアイコンを一つ呼び出してそれをマイクのように口元に寄せ、平坦な口調で語りかける。
「こちら物資倉庫。『戦線』の皆さん、今から至急音声通信の音量を最大にします。街で戦う全プレイヤーに緊急通達があります」
そして、私の手の中にも同じアイコンが現れる。
私は何を言うか考えていなかったから少し焦ったけど、心の中で少し深呼吸するように気持ちを落ち着かせる。
私は『凡百』、脇役だ。
私が誰かなんて、自己紹介とかする必要はない。私はただ、『普通』の代表として言葉を送るだけだ。
私にできるのは……誠心誠意、お願いすることだけ。
「皆さん、聞いてください……この街は、私達にとって特別な場所です」
これでも、この街の『普通』の一部として、たくさんの人と日常を過ごしてきたつもりだ。一番とは言わないけど、この街を居場所として、心の支えとしてきた人たちの気持ちはよく知っている。
私が代表するのは、この街に住んできたプレイヤー……そして、共に住んできたNPCの住人達。
だから、皆の気持ちを伝えたい。
「このゲームが始まってから今まで、皆で笑いあえるようにしようと頑張ってきた思い出が、ここにはあります
今は強くなって前線近くに住む人たち……この街から旅立ったプレイヤー達も、同じものを持ってると信じたい。
みんな、最初はここから始まって、出て行った人だってここで決断したんだから。
もし戦うのに疲れたら帰って来れる場所として、ここを覚えてると信じたい。
「私にはこんなことしか……お願いすることしかできないけど……それでも、どうか聞いてください」
これは、無力な私達の図々しくも切実な願い。
でも、この街には無力な私達と強いあなた達が共有する時間があったのは確かだと思うから。
いきなりゲームの世界に閉じ込められた時のスタート地点で、襲撃イベントとかもあって、商店街も壊されて、いろんな店を作ったりした人達もたくさん死んじゃって……でも、遠くへ行って前線を押し進めようとする戦闘職の人達も、ここに寄り添って残って、自分たちは戦えなくても少しでも何かを前へ進めようとした人達が、戦果を持ち帰ったり商品を売り買いしたりお互いに励まし合ったりして、心を通わせた場所だから。
あらゆるものが作り物ともいえるこの広い世界でどうしようもない不安や孤独を感じても、この街に来ればたくさんの『人』を感じられた。進んでも進んでも全ての舞台が用意されたこの世界でも、商店街に行けば私達プレイヤーの手だけで作り上げられた小さな町を見て、自分達の意志で前へ進むことを思い出せた。
同じことは、別の街に移ってもできるかもしれないけど、きっと今までと同じには戻らない。
ここで積み重ねてきた時間そのものに、この場所の価値がある。見えないけど、プレイヤー達の心をまとめる引力のようなものがある。
だから……
「この街を、守ってください!」
そして、『依頼』を宣言したことで私のスキル……ユニークスキル『パンピースキル』の特殊技能『クエスト発注』が発動される。
NPCに化けられる程度のユニークスキルに付随した数少ない能力『クエスト発注』。
クエスト内容は細かく設定できる。制限時間、クリア条件、報酬など……今回はこの街全体を会場とした時間準無制限(報酬品の在庫がなくなり次第終了)の討伐クエスト。それも、多人数競争型でクリア条件(敵モンスター撃破)を満たすごとに報酬品として自動的に報酬を受け取ることができ(本来は競争を盛り上げるための証拠品などを送る機能)、その報酬として物資を設定してある。
簡単に言えば、モンスターを倒すほど物資が手元に届く。
本来は狩りでの討伐数を競い合ったりするための機能で、スコアをとるか戦いやすくなるのを取るかの戦略を楽しめるように『実用品』を送ることもできる。今回は優勝とかって設定はオマケでしかないけど……
「作戦成功。無事、音声通信越しでの依頼に成功したようです」
「よかった……これでみんな、戦えるよね」
物が足りなければ、敵を倒して手に入れる。
それは、RPGゲームの基礎だ。
そして、欲を言えばこれで思い出してもらいたい。
ゲームに本気で臨むモチベーションを……『勝ちに行く』という気持ちを。
後は私にできる事なんて、この倉庫の中から転送されていくアイテムを見守ることくらいしかない。
でもまあ、今は少し休んでてもいいかもしれない。
今回の作戦の懸念は大きく分けて二つあった。
一つは、『声』だけで遠く離れた不特定多数のプレイヤーにクエストを依頼できるかということ。これは、攻略本を見て思いついたんだけど、クエストの中にはNPCの方から声をかけてくるタイプがある。それに、これは無闇さんから聞いた話だけど、目が見えなくても……相手を『視認』していなくても、『依頼』されたことを明確に認識さえしていればクエストを受けることはできるらしいから、ある程度の自信はあった。
もう一つの問題は、私がここまで辿り着けるかどうかだったけど……そういえば、あのメールってやたらタイミング良かったけど、キングくんが要請してたとしてもこんなに早く返事が来るのはおかしいし……ああ、そういえば私を引き留めてたあの人の後ろにいたもう一人の人、私を引き留めずにメニューか何かを操作してたっけ?
タイミング的には丁度あの後に、まるで会話を聞いてたみたいなメールが……
「なるほど……まあ、今回は助けてもらったし、密告とかはなしにしてあげますよ。鮫島さん」
『攻略連合』の鎧は個人差が全然ないしフルアーマーだと顔まで隠せるから紛れ込みやすい。
どういう理由でこんな所まで出張って来てるのかは知らないけど、わざわざこんな危ない所で倉庫を守ってて、しかも私に手を貸してくれたなら悪巧みしてるわけじゃない気がする。
まあ、とりあえず……
「つかれたー……けど、早くナナミちゃんの所戻ってあげないと……」
敵に囲まれた物資倉庫から本陣まで帰るのは来るときより難易度高いかもしれないけど、あの子が心配してるといけないし、早く帰らないと……
「あらあら、ここまで活躍してまだ頑張りたいんですが? それはちょっと、欲張りですよ?」
突然背後からそう呼びかけられて、思わず振り向いた私が見たのは……
「その肌どうしたの? メ……リちゃ……」
まるでここまで張りつめていた緊張の糸がぷっつりと切れたように、無理やり切られたように、強烈な疲労感と眠気に襲われて、意識が沈んでいく。
最後に聞いたのは……
「くすくす、お休みなさい。ここから先は、あなたの踏み込むべき世界じゃありませんから」
予想してくださっていた方もいましたが、凡百さんの人脈発動です。
シャーク
オーバー100固有技『エシュロン』。
周囲(メールの基地局のようなものが点在しているのでその時点で使用者がいる場所の基地局の範囲)のプレイヤーから送られた、また送られてくるメールを捕まえ、見ることができる(送り主は感知不可能)。簡単に行ってしまえば通信傍受。また、捕まえたメールを改変し、送り主と送り先にそれぞれ一回ずつ通信相手からの名義でメールを送ることができる(改変せずにそのまま送ることもできる)。
諜報技として超優秀。
メモリ。
オーバー100固有技『メモリアルディスク』。
メモリが発動の瞬間を直接観察し記憶した他人の固有技をそれぞれ一度だけアイテムとして生成し、それを『再生』し聞くことでインスタントスキルとして『再現』できる(『一回』の範囲は技による)。
……敵も味方も地味に結構なチート技を持っていますが、凡百さんはそれを把握しないまま巻き込んでいます。
本当はギルマスとして把握しようとしても問題はありませんが、『他人のゲームデータを無理に聞き出すのは失礼にあたる』というVRMMO(一般)のマナーに従って知らないままにしています。




