表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/443

乱丁18:自分にできることを忘れてはいけません

 お待ちかねの方々もいるかもしれませんが、『脇役』のターンです。

 

 私は『凡百(ぼんぴゃく)』、脇役だ。


 私は少しだけ『死後の世界』という概念を少し信じている。

 別に、どこかの宗教の死生観とかを具体的に信じてるわけじゃなくて『悪いことをすると、死んだおじいちゃんが悲しむ』とかその程度だけど……でも、多分世界にはそんな程度の認識の人がたくさんいると思う。


 国とかによって宗教観とかの違いはいろいろある。

 仏教だと別の物に生まれ変わる輪廻転生が普通だし、神道なら幽霊になったり神様になったりしてこの世に留まることもできる。聖書はよく知らないけど、天国や地獄とこの世界は繋がってて、そこを行き来できる存在もある。


 私は、こういう『死後』についての考え方の根幹にあるのは、死んだ後に何かが『残る』と信じる心だと思う。


 死んだら、その人の自我は完全に消えちゃって、その人にとっての世界は終わってしまうのかもしれない。

 『世界が終わる』……そう考えると、何をしても無意味な気がしてしまうけど、自分が死んだ後でも、魂だろうとなんだろうと『自分』の欠片のような物が残って世界を見続けることができると思えば最後まで生きる意味を失わずに済む。

 そして、自分の周りの人の死にも、意味を感じることができる……きっと、その『意味』は『生き様』と呼ばれるものになる。


 私はまだ、自分の生き様について語れるほど立派な人間じゃないけれど……



 ずっと先の誰かが私を語ってくれることがあるとすれば、その人が私を思い出して、笑っていてくれればいいと思う。











《6月30日 DBO》


 『ライトの隠し子』……そんなわけのわからない説明とともに私に押し付けられた子供……プレイヤーネームを『ナナミ』という女の子は、仮眠用の仮設ベッドに寝かされて戦いが始まって遠くから機関銃の音が響いてきても、一向に目を覚ます気配がなかった。


「年は……7か8ってところかな。ライトの子供だとしたら……って、流石にないか」


 枕元に腰掛けて頭を軽くなでながら、ライトとは似ても似つかないかわいい寝顔を覗き込む。


 この子を押し付けてきたローブの人の発言には驚いたけど、普通に考えて比喩表現だと思う。

 例えば、『匿っておいてほしい子供』を暗に示すために縮めて『隠し子』とか……うん、あいつなら言いかねない。椿ちゃんのときもそんな感じだったし。


 気になるのは、どうしてこんな『戦場』になる場所にわざわざそんな子を隠したいのかだけど……


「まあ、ここがある意味一番安全かもしれないしね」


 『灯台下暗し』……隠したい相手が犯罪組織とかなら、戦いに備えた戦闘職のプレイヤーがたくさんいるここが一番安全なのかもしれない。

 私がいるのは、『時計の街』の中心ら少し西へ行ったところの建物の屋上に作られた臨時の野営陣地。大きなテントみたいになっていて、私がいるのは端っこの非戦闘員の避難所みたいなところだけど、別の区画にはギルドマスターみたいな偉い人達もいる。もちろん、そのための警備も万全だ。


 遠くから聞こえてくる銃声みたいなのは、戦いがすぐ身近で起こってる感じがして怖いけど……


「ここはたくさんの魔法陣とかで護られてるらしいし、大丈夫だよね」


 『敵』の主力は私も追いかけられたことがある(あまりの大変さにどうやって逃げ切ったか記憶がないくらい追われた)黒い人型のモンスターの亜種……話によると、犯罪組織が生み出した『合成生物(キメラ)』の一種らしい。

 すごく強いけど、頭は悪い。だから、この陣地の近くに来ないように誘導しながら戦えばここは安全らしい。万一はぐれて来る個体がいても、防御用の魔法結界と待機してる戦闘職がすぐ倒してくれる。


 『妖怪』達を戦力として貸し出している私に今できることなんて、このよくわからない女の子……『ナナミ』の面倒を見てるくらいで……


「ん……」


「え、今……」


 ほんの少し、ほんのちょっぴり声を出しただけだけど、今までなんの反応も見えなかったナナミちゃんがアクションを起こした。

 いきなりのことで、そのまま起こすべきなのか寝かせるべきなのかもわからずに、ただ固まって観察していると……ナナミちゃんは、ゆっくりと身体を起こして、私を見て言った。



「……おなか、すいた」



「……え?」


 反応する暇もなかった。

 いつの間にかベッドに腰掛けてたはずの私は、ベッドに寝てたはずのナナミちゃんに引き倒されて、ベッドの上に四つん這いになったナナミちゃんに肩を押さえつけられていた。


 速い……それに、力がすごく強い……


 プレイヤーとしてのレベルが違うのか、全く抵抗できない私を見下ろしながら、ナナミちゃんは言った。


「何か、食べなきゃ」


 ゆっくりと、小さな口が迫る。

 その八重歯は、不気味なほど鋭く見えた。




 ビリビリと、布の裂ける音がする。

 そして、噛みつかれたものの中身が……ワタが、こぼれ落ちる。


「ん……おいしくない」


 ナナミちゃんはそう言って、顔を上げて私の上から離れた。



 そして私は、ようやく安心して盾にした『枕』を下ろして小声で嘆息した。



(ビックリした……寝ぼけて食べられるかと思った……)


 枕がボロボロになってる。街中でダメージを受けないとしても、これは噛まれたらかなり痛そうだ。後で弁償は……ライトに払わせよう。元はといえばあいつが元凶だし。


 それにしても……いきなり噛みついてくるなんて、本当になんなのこの子?

 昔、ゾンビ映画の最初の方でゾンビのことをまだ知らない人が怪我人だと思って近付いたら突然噛まれるとかってシーンを見たことがあるけど、とっさに枕を使わなかったらその二の舞だったかもしれない。


 とはいえ……どうやって接したらいいんだろう?

 ライトがなにを思って私にこの子を預けたのか知らないけど、こんな力が強くていつ噛みついてくるかわからないような子を、非力な私にどうしろと?


 しかも、なに考えてるのかよくわからないし、枕を噛み散らして離れていったあの子はそのまま歩いてどこかに……


 ドテッ


 あ……転んだ。

 しかも、うまく立ち上がれてないし、まるで身体が思うように動かないみたいに……

 これは……


「えっと……噛みついたりしないなら、食べ物あるところまで連れて行ってあげようか? お腹、空いてるんでしょ?」







 この陣地には、戦うプレイヤー達のエネルギー補給のために特設された臨時の厨房テントがある。


 私は、服に掴まって歩くナナミちゃんを連れて、厨房テントの中で頭を下げて手を合わせた。


「ごめん、ちょっとだけ台所使わせて! あと、余りもので良いから材料分けてくれない?」


 目の前にいるのは中学生くらいの双子料理人、マイマイちゃんとライライくん。ちょっとした知り合いなんだけど……


「この子の食欲すごくて、私の手持ちの食べ物じゃ足りないの!」


 戦場で重要な補給係として料理を作ってる(レベルの高い『料理スキル』で作る料理は回復効率も即効性も携帯型アイテムよりずっと高い)。この子達の迷惑になるのはわかってるけど、事情が事情だけにコネを使うのも許してもらいたい。

 ナナミちゃん、食べ物がなくなると服やシーツまで食べようとし始めるし……


「えっと……凡百さん?」

「その子は一体……」


「えっと、ライトの……じゃなくって私の隠し子、でもなくて、人から預かったの! 誰とは言えないけど!」


「えっ! 凡百さんと……?」

「ライトさんの……隠し子?」


「ち、違うの! とにかく、私の子じゃないのは確かなの!」


 しまった!

 誤解させないようにありのままを伝えようと思ったけど、表向き犯罪者ってことになってるライトの名前を出しちゃいけないって思ってカバーしようとしたら一番ヤバい勘違いさせちゃった!


「本当は凡百さんの子じゃないんですか……そういえば、どこなく顔がナビキさんに似て……」

「そういえばナビキさんとライトさんはリアルからの知り合いだって……でもこの子の年だと……」


 しかもなんか二人の間でさらに話がややこしくなってる感じがするし!


「おなかすいた……カプッ」

「あ、こら! いたい! 歯を立てないでって言ってるでしょ!」


「『歯を立てないで』ってまるで……」

「本当のお母さんはナビキさんで、育ての親は……」


「こらっ! 話を勝手に飛躍させないで! とにかく、台所借りるよ!」


「「はい! どうぞ、二号さん!」」


「変なところに結論するな! もう突っ込まないからね!」


 周りの他の料理人達が昼ドラを見るような目で見ていると感じるのが、ただの自意識過剰だと信じたい。




「さて、手頃にできるものだとこんなもんかな? ほら出来たよ」


「いい匂い……」


「あ、こら! ちゃんと手を合わせて『いただきます』しなさい! あと、箸使える? 使えないならフォークとかスプーンで食べてね。手掴みは禁止」


「あうー」


「返事は?」


「……いただきます」


 分けてもらった余り物で作った料理の並ぶテーブルの前の席にナナミちゃんを座らせて、箸と木でできた危なくないフォークとスプーンを渡す。


 メニューは分けてもらった野菜や肉を細かく切って味噌とスープのダシ汁で軽く味付けしながら火を通した肉野菜炒めと、戦闘職の人がすぐ食べられるように作ってたおにぎりに使えなかった釜の底の方のおこげのついた固いご飯を食べやすく醤油で味付けした卵と混ぜてみたお粥、それと使い残しとして放置されてた大量の魚の骨をくっついてた身と一緒に茹でてそのままダシと具にしてみた汁物。


 残り物で時間短縮と量を優先した、バイトクエストばかりやってる私の特製『残り物まかないセット』だ。これで文句は言わせない。


 ナナミちゃんはを箸を持って一瞬悩んだみたいだったけど、すぐに正しい持ち方で食べ始めた。


 最初は慌てて口にかき込むように……でも、驚いた顔をして、だんだん味わいながら食べるようになっていく。


 ペースは落ちたけど、不味いから嫌っているというふうには見えない……それなりに気に入ってくれたみたいだ。


 それにしても……


(なんだか少し、賢くなってきてる?)


 枕にかぶりついてた子が箸を上手に使って食事をしていること自体驚きなんだけど、食事の所々で見える所作が段々様になってきていて……目に見えて、知能が上がってきてるかのような印象を受ける。


 お腹が減ってたみたいだし、空腹感が強すぎて頭が回らなかったのかもしれないけど、今ならちゃんとした会話ができるかもしれない。


 料理をあらかた食べ終わって少しペースが落ち着いたところで、味わうような咀嚼の終わったタイミングを狙って質問してみる。


「な、ナナミちゃん? おいしい?」


「……あじがある」


 ……うん、味付けしたの私だから知ってる。

 まあ、まずいとは言わなかったし、食べ方からしてどちらかと言えばおいしかったんだと思っておこう。


「ナナミちゃんって、何才なのかな?」


「……ついさっきうまれた」


 ……予想外に深い解答だ。

 小さい子は誤魔化すにしても大人ぶって少し年上を装うかと思ってたけど、こんなふうに言われると逆に本当はすごく長く生きてるんじゃないかと一瞬疑ってしまうくらいだ。


「えっと、すごく力強いみたいだけど、レベル高いんだー。すごいね、私ビックリしちゃった」


「……うまれつき」


 本当にビックリした。

 え? 今まで私が戦ったどんなモンスターより強かった気がするけど……いくらなんでも、リアルでこんな力の子供がいるわけないし……


「あなたは……何者なの?」


 すると、ナナミちゃんは……首を傾げた。


「わたしは……『わたし』って、なに?」


 そして突然、何かの発作のように、その強い力で指が食い込みそうなほど左手で右腕を押さえて声を上げた。


「あつい……あつい! てがあついよ!! たすけて!!」


「え、どうしたの!? しっかりして!!」


 いきなり苦しみ出すナナミちゃんの右腕にこのデスゲームの世界ではめったに目にすることのない『ノイズ』が走って、まるで火に直に炙られて焼けただれたかのようなヒドい火傷が浮き出てくる。

 まるで、ヒドい火傷をしていたのを急に『思い出して』、それが仮想の肉体(アバター)に反映されたみたいに。


 私は、痛みに悶えて倒れたナナミちゃんをわけもわからないまま抱き上げた。



 とにかく、助けなきゃいけないと思った。

 だって……この子は、私を見て『たすけて』と言ったんだから。







 五数後。


 仮設陣地の医療用テント。

 テント自体も特殊なマジックアイテムで鎮痛や回復の効果があるという特別なテントで、回復用のベッドに横たわるナナミちゃんは、まだ苦しそうに見えるけど、ようやく少しだけ楽になったようだった。


 ナナミちゃんを看てくれた医療班のエプロンドレスの女の子が、濡れタオルを用意しながら『病状』を説明してくれる。


「これは多分、PTSD……心的外傷(トラウマ)に近い症状だね。ボクも……少しだけ経験があるけど、この世界では精神的に大きなダメージを受けたプレイヤーのアバターにはノイズが走ることがある」


 幸運にもナナミちゃんの症状に詳しい人がいて本当に良かった。これは普通の傷とは全く違うらしくて、他の医療プレイヤー達には対処法がわからなくて困ってるところに彼女が来てくれた。


「アバターの容姿の元になってる自己イメージが乱れて起こるとか、ショックで起こる激しい痙攣をアバターの動きとして入力しようとして矛盾してバグが起こるとか、あるいは暴走した精神の力がシステムを書き換えるとか……諸説はあるけど、確実にわかってることはこれが心的要因から引き起こされるってこと。システム的なダメージじゃないから死ぬことはないだろうけど、反対にアイテムじゃ治せない……一番いいのは、誰かが側にいてあげることだよ」


 心的要因……それが何なのかは、私にはわからない。

 でもきっと、私がした質問が何か触れてはいけない部分を刺激したのだろうというのはわかる。


 私のせいで、この子は……



「でもこの子はきっと……の『バックアップデータ』。きっとこれは……フィードバック、エリザの取り込んだ分の残滓……なんでこの人が……」



 医療班の子が何かを呟いてるけど、独り言みたいでよく聞き取れない。

 きっと病状を少しでも良くする方法を考えてくれてるんだと思う。


「あの……お医者さん、私に出来ることは……」


「あ、ああ! えっと他人との簡単なコミュニケーション……『会話』が一番かな?」


「『会話』? 特別な話術とかを使って?」


「うん。催眠療法とかもあるけど、素人がやると却って危険だから本当に普通の会話で良い。その傷に触れないようにとか、そういうのも考える必要はあんまりないよ。必要なのは誰かと話して、それをきっかけに自分の本心と向き合うことだから……ボクも、それで大分楽になったよ」


「自分の本心と……向き合う」


 私は、まだ少し苦しそうなナナミちゃんを見る。

 謎が多い女の子、簡単な問答が成立するかもわからない女の子。まだまだ、私の知らないこと、はぐらかされてること、隠されていることがたくさんあっても不思議じゃない。

 でも、もしかしたら……それは、彼女自身も同じかもしれない。


 だって、この子がこんなに不安定になったのは私がこの子の『正体』について探りを入れようとしたときなのだから。


「無理はしなくていいよ。何かあった直後は情緒不安定になってることも多いし、それで心にもないこと言っちゃったりして関係にヒビが入ることもある。『無言でそっとしておく』っていうのも、立派なコミュニケーションだからね」


 そう言った女の子の顔は、自分の『その時』を思い出して苦笑してるようだった。この人も、自分を助けてくれた『誰か』との間に何かあったのかもしれない。

 けど……きっと、それで『終わり』にはならなかったんだと思う。


「私とこの子は……知り合いから預かった子供で、私はこの子の事を何も知らないし、その知り合いとの関係も知らないの。そんな私でも……いいのかな?」


 私の呟きが聞こえたらしい彼女は、苦笑を深めて、私に背を向けながら言った。


「良いんじゃない? 赤の他人でも、極端な話殺し合いとかしながらでも。任せるよ、ボクは専門じゃないし」


「え、そんな丸投げされても……」


「残念ながら、ボクはこう見えても戦場の要のお医者さんだからね。専門外の患者を看てる暇はないんだよ……ちょっと、忙しくなりそうだからね」


 彼女はテントの壁の向こう、さらに遙か遠くを見やるような目をしてる。

 いや、もしかしたら本当に何かのスキルや能力で壁を透視して何かを見てる?


「今すぐその子連れて仮眠テントにでも行って、ベッド空けてくれない? ベッド足りなくなるかもしれないから」


「一体何が……」


 困惑する私に、彼女は冷や汗をかきながらこう言った。



「敵が溢れた……第一防衛線が、完全に突破されちゃったみたい」







 十分後、仮眠テントにて。


 医療用テントで教えてもらった通りに、痛みを誤魔化すために冷たい水タオルで右腕を冷やしていると、ナナミちゃんはまだ少し辛そうにしながらも意識を取り戻した。


 横たわりながら、私を見て呟く。


「そんなこと、しなくてもいいですよ。そんなことしても、意味ないですから」


「起きたのナナミちゃん! ……意味ないってどういうこと? もしかして、痛み全然良くならないの?」


「いえ、ちゃんと効果は出てますよ……まあ、それでも押さえ切れてないのは本当ですけど」


 何だかさらに知的になったように見えるナナミちゃんの腕を見ると、さっきまでの火傷に加えて斬られたり貫かれたりしたような蚯蚓腫れが増えている。

 でも、ナナミちゃんは達観したように痛みをこらえて微笑んでる。


「私なんか、心配したり治したりする必要も価値もないんです。今は痛くても、すぐに全部忘れちゃうから……あなたの心遣いはすぐに無になっちゃうから、全部無意味で無駄なんです」


 それは痛みを紛らわす強がりとか、冗談とかには到底聞こえない……本気の口調だった。


「すぐ忘れちゃうって……どういうこと? もしかして、そういう病気なの?」


 数日しか記憶が保たないとか、そういう病気を聞いたこともあるし……


「病気というか、欠陥ですね。私は強いストレスで記憶が何日分も消えちゃうんです。どうです? 物珍しいでしょ?」


「物珍しいとか、自分をそんな言い方しなくても……」


「別に遠慮しなくてもいいんですよ。なんなら、私を虐めて楽しんでもいいです。傷口に塩を塗り込むとか、いっそHPが尽きるまでメッタ刺しにしてみるとか……好きなようにしてください。どうせ、私は不死身で不気味な『化け物』ですから」


 自嘲するようにとんでもないことを言うナナミちゃん……知能が上がって、なんだか言ってることがひねてきたな。早くも反抗期?


「よくわからないけど、全部忘れちゃうから何をしても無駄……そういうこと?」


「ついでに言うと私、このゲームの世界では固有技のせいでどんなに殺されても死なないんですよ。さっきまでは少しデータ容量が足りなくて恥ずかしいところを見せちゃいましたが、今度はこのくらいの知能で元通りに戻ります。こんなチンチクリンの姿で良ければ、お好きなように弄んでいいですよ? なんなら一宿一飯のお礼に身売りでもしましょうか? 需要はそれなりにあると思いますよ?」


「なんてこと言うのこの子は!? さっきまであんな素直で純粋だったのに!!」


「そんなの、処理落ちしてちょっとおかしくなってただけなんですよ。本当の私は、そういう汚くて頭のおかしい女なんです。嫌になったなら、どこにでも捨ててもらって構いません。どうせ、そのうちそれすらも忘れますから」


 まるで自暴自棄だ。

 破滅願望に近い印象を受ける。それに多分ゲーム的に考えて何か条件はあるんだろうけど、『不死身』っていう能力を持っているにしても、自分を乱暴に扱いすぎてる。むしろ、早く記憶を消して『リセット』をしたがってるみたいに見える。

 右腕の痛みを『忘れる』ことで消すため……?

 いやでも、それにしては痛み自体を全然恐れていないようだ。


 消したいのは『痛み』なんかじゃなくて……


「ナナミちゃんは……私との繋がりを消したいの?」


 何も知らないし、推理したわけでもない。ただ、何となく感じた『避けられてる』でもなく、『嫌われている』でもなく、『嫌われたがっている』みたいな態度を彼女の言葉から感じたままに言葉にしてみたら、ナナミちゃんの目が揺れた。


「私があなたにヒドいことをして、記憶の消えたあなたを突き放せば、私はあなたのことを話さないし、あなたは私のことを憶えてない。そうすれば、私とあなたの繋がりはなかったことになる……そう考えてるんじゃないの?」


「……」


 ナナミちゃんは黙り込んだ。


「なんでなのかは知らないけど……多分、ライトが何も言わずにあなたを私に預けたのは、あなたの後ろに何か触れてはいけない事情があるから。私は、それを詮索しない。わざわざ無関係な私を選んだなら、きっとそれは知らなくていい……今は、知る必要のないことだから。でも、あなたは多分必要以上に私との繋がりを消そうとしてる」


 それは私のことを考えてくれてる部分もあるのかもしれない。だけどそれ以上に、彼女は私から逃げようとしている。私自身が怖いんじゃなくて、私と一緒にいること自体が怖いみたいな反応だった。

 


「多分、私が知ったらいけないことがあるからってだけじゃない……あなたは、私に情が湧くのが怖いんだ」


 ナナミちゃんが黙り込んでるのをいいことに、私は思いつきを口から出任せに語る。

 出過ぎた真似だとはわかってるけど……この子の今の保護者は私だ。だから、子供を預かった身として、仮の『親』として、勝手に説教させてもらう。



 相手が本当は何歳だろうと、赤の他人だろうと……こんな、目の前で自分の人生を『自殺(リセット)』しようとしてるような人を黙って見ていられるわけがない。



 だから、さっき本人から言われたとおりに、好きにさせてもらう。

 虐めるのも弄ぶのも自由なら、心配するのも厳しくするのも私の自由だ。


「最初に『そんなことをしなくてもいい』って言ったっけ。でも、痛みは続いてるし、ちゃんと気休め程度にはなってる。やめさせる必要なんてないのに最初にそれをやめさせようとしたのは、私に優しくされたくなかったから」


 私に優しくされたくないというならその理由は大体絞れる。

 私が彼女に実はすごく憎まれてて触られるのも嫌とかなら、自分を好き勝手させるより、私をねじ伏せた方が早い。ステータス的には、私なんて彼女に手も足も出ないんだから。


 だとすると、逆に考えて……


「あなたは、この今の記憶が『大事なもの』になるのが嫌で、それを早く『なかったこと』にしたかった。だから、私が自分にヒドいことをするようにあんなことを言ってた」


 まあ、あんなことを言われて『はいそうですか』なんて、言われたとおりにするわけないけどさ。この子はそういう駆け引きは出来ない……私を騙そうとしてた訳じゃなくて、単純に少し素直になれなかっただけ。


「あの時……まだ、言葉も今ほど流暢じゃないとき。あなたは『たすけて』って言ったんだよ? 私は、あれがあなたの本心だったと……そう、思ってるんだよ?」


 ひねてしまった子に『昔は素直だったのに』などというのはズルいし反発されるのはわかってるけど……そこはさすがに、少し見ない内どころかしっかり見てても瞬く間にこんな反抗期に突入された里親の気持ちも考慮して許してほしい。


 そんな気持ちも込めて言った私の言葉に……ナナミちゃんは、顔を歪めた。


「なんでですか……もうすぐ全部なくなって、全部忘れて、全部無意味になっちゃうのに……どうしてそんなこと、言うんですか」


 ポロポロと、雫が落ちる。


「もう、どうしようもなくて、全部終わっちゃうのに、どうして……」


「全部……終わっちゃう?」


「今迫ってる個体は何千もいて、もし先輩が主人格を……『イヴ』を倒したとしても、もうどうにもならないんです。あなた達も、イレギュラーな個体の私も、全部食べられて終わっちゃうんです……なのに、少しでも良い思い出なんて作ったら……消えるとき、辛いだけじゃないですか……」


 言ってる意味はわからない。

 この街を狙って迫るモンスター達の戦力が圧倒的すぎて不安に押しつぶされてる……いや、そんな漠然とした『不安』なんて感情よりもっと確信のある『絶望』を抱いているように見えた。

 まるで死刑宣告を受けて何日まで生きられるか知っているように、死の足音を間近に感じているようだった。


「何をしても無意味なのに……そもそも、一回死んだらそれで全部無意味になっちゃうのに、どうしてあなた達は人間はたった一つだけの命で……そんなに人に優しくしたり、笑ったり……生きたりできるんですか! 頭おかしいですよあなた達は! どうして、自分が遅かれ早かれ消えるってわかってて、思い出も感じた感情の記憶もなくなるってわかってて、それを積み重ねていこうと思えるんですか! 人格データが受け入れ一方通行でどこにも転送できない、どうしてこんな状態で平然と、迫ってくる最後の時を待っていられるんですか!」


 そこまで声を上げてから、ナナミちゃんはふと何かに気付いたように、糸が切れたように上向いた。


「ああ……そっか。これは罰なんですね……こんな逃げ場のないアバターとプログラムを組ませて、削ったデータを集めて私の人格を再構成させて、たっぷり死の恐怖を感じさせた後、自分の分身達に食べられて消える……それが、先輩の決めた私の罪への報いなんですね……それならわかります。こんな人の所に置いたのも、最期の後悔をより強くする、それだけのためなんですね……なんて残酷で、優しい……それなら、せめて最後の愛情だと思って、噛み締めます」


 『罰』や『罪』という言葉に込められた気持ちの強さは、とてつもなく重かった。彼女が何をしたのか、自分の感情をどう割り切ったのか、それはよくわからないけど、きっとそれは本当に彼女が償わなければならない何かが死の恐怖と釣り合ったということだろう。

 自己完結した彼女はきっと、もう一人でそれを受け止めることができて、彼女なりの心の安定を取り戻すことができるだろう。


 でも……それは、ライトの求める展開とは違うはずだ。

 でなければ、ライトがこんな私に彼女を託すはずが……人生を諦めたようなナナミちゃんを黙ってみてられない私なんかに、彼女を託したりはしないはずだから。



「無意味じゃないよ……生きることは、無意味じゃないし、無価値でもない」



 私は、ナナミちゃんをそっと抱きしめる。

 ステータス的には私より遙かに強くて、その気になればすぐこんな手をふりほどけるはずの彼女の身体は、それでもやはり、恐怖に震えるだけの小さな女の子のものだった。


「どうしてですか……死んじゃったら、何も残らないのに」


 その気持ちもわかるよ……だって、私だってこのデスゲームが始まってすぐの頃には、いろいろ考えたから。このゲームの世界で死んじゃったら……ゲームオーバーになっちゃったら、もう元の世界には戻れないんだって、もう家族や友達とも会えないんだって思ったら、怖くて震えが止まらなかった。

 でも……


「たった今、生きてることに意味があるんだよ……たった一つだけの命で、人に優しくしたり、笑ったり……そうやって生きてるときに感じる、楽しさとか幸せとか絆とか、そういうものが一番大事なんだよ」


 あの時の私は、剣を持ってフィールドへ踏み出した。

 ひたすら宿屋の一室で震えてることなんて、『普通』に生きることしかできない私には到底できなかった。

 そんな『退屈』な時間には、耐えられなかった。


「結果だけが全てなんて言う人もいるかもしれないけど、私は過程だって大事だと思う。道の途中で感じたことやしたことはきっと、全部じゃなくても必ず残るから。ナナミちゃんが私の料理おいしそうに食べてくれて……私は、嬉しかったよ」


 『味がある』……よく考えたら、それは『味がない』ものばかり食べていたかもしれないということだ。

 だから、『おいしい』という気持ちがよくわからなくて、そう言えなかったのかもしれない。

 ゲームの世界なら栄養剤のポーションでも飲んでれば死なないし、この子が言ってた『不死身』がそもそもちゃんとした物を食べる必要のないような能力だったとしても……そんな味気ない毎日じゃ、つまらない。


「ゲームだって、中身をプレイせずにスコアだけ表示されても、どんなに高得点がでても全然嬉しくないでしょ? 本当は、意味や結果なんて……生きてる今の、おまけでしかないんだよ」


 進み続ける過程に意味がある。

 その内の一瞬だけ切り取って、この瞬間の出来事は最終的には残らないから無意味だなんて言うのは……昔の人が、矢の飛んでいる一瞬を切り取って『矢は飛ばない』と言っているのと同じ、根本的に間違ってる。

 最後にはどこかに落ちるとしても、与えられた力は消えたりしない。必ずそれは、どこかに生きている。


「積み重ねた時間は、きっと『次』に繋がっていく」


 『OCC』の初代ギルドマスター『ジャッジマン』……おじいさんは、死んでしまった。


 でも、おじいさんがギルドマスターとして過ごした時間が、マックスくんやメモリちゃん、針山さんやキングくん、そして無闇さんをつなぎ止めていたから、『OCC』は消えなかった。みんな全くタイプがバラバラで、共通の目標があるとも言えないようなみんなをつなぎ止めているのは、おじいさんがいたときに築いた……目に見えない、契約や貸し借りみたいな強制力もない、だけど根深くみんなをつなぎ止める絆。

 それがあったからこそ、私は新しいギルドマスターになれた。


 他にも死んでしまった人はたくさんいた。

 だけど、その近しい人の中には、必ず何かが残されていたのを、私は知っている。

 死んで全てが無になんてなってないと、私が知っている。


 だから……


「生きるのを諦めちゃダメだよ……精一杯、生きなきゃ」


 死んでしまった人達から何かを受け取った私達は、次の誰かに何かを託すまで、生きなきゃいけない。



「あなたは……人間は、強いですね。将之さんの言ってたこと、やっとわかりました。でも……私達は、やっぱりここで終わりです」



 ナナミちゃんの言葉とほとんどかぶるようなタイミングで、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。

 それも、一人二人じゃないし、誰かを担ぎ上げているようなアーマー同士が擦れ合うような音も混ざってる。

 これは……医療テントに、怪我人が運び込まれてる?


「やべえぞ! 補給線がやられた!」

「敵が多すぎる! 早く怪我人を運び込め!」

「くっそ! 補給部隊を追って物資倉庫までついて来やがった!」

「囲まれるのも時間の問題だぞ!」


 補給線が……物資倉庫が、囲まれる?

 確か、物資倉庫は敵に食べ物に集まりやすい性質があるからリスクを分散するために医療テントがあるこっちとは少し離れた所にあるはずだ。

 ここが直接囲まれるわけじゃないけど、物資倉庫からアイテムを補給出来なくなれば最前線で戦う人達は全力で戦えなくなる。


「私という個体には命令権がありませんが、他の個体の位置や行動の方向性はなんとなく感じ取ることができるんです。もう、分身達は嗅ぎつけてます。倉庫を破れば、分身達は爆発的に増えて手に負えなくなり……この街は、食い尽くされることになる」


 そうか……やっとわかった。

 この子は……どういうわけかわからないけど、この街を攻めてる敵モンスターの位置を大まかにでも確信を持って把握できるんだ。

 だからこそ、その『優勢』を誰よりも絶望的に感じ取ってしまう。


 だけど……それなら、まだ負けが確定したわけじゃない。

 ナナミちゃんが感じてるのは敵陣の動きだけで、こっちのことなんて何も知らないんだから。

 この状況を打破できるプレイヤーがいないなんて、決まってないんだ。ここに集まった五百人以上のプレイヤー達がそれぞれ持つ可能性を知らないで、勝手に絶望してるだけなんだ。

 悪魔の証明みたいな屁理屈かもしれないけど、諦めて絶望するには早過ぎる。


「ナナミちゃん……デスゲームで生き残るのに大事なことはなんだと思う?」

 

 私は、いつもポーチに入れて持ち歩いてる攻略本……『デスゲームの正しい攻略法』を取り出して見せる。

 これは、ゲーム一週間目で手に入れた、ある意味思い出の品。知ってると便利なコマンド操作法や誰でもできるクエスト、そんな今となっては初歩的なことしか載ってないけど、(ゲームオーバー)の恐怖を思い出した時、これを読んで大事なことを思い出す。


「情報……ですか?」


「それも大事。でも、一番じゃない」


「戦闘技能とか……交渉力とかの、プレイヤースキル?」


「あって越したことはないけど、それだけじゃ生きられないよ」


「……運?」


「はは、それは人に寄るかもしれないけど……私は、一番大事なのは『ゲームを楽しむ』ってことだと思う」


 攻略本の裏表紙に書いてあるのは、シンプルなメッセージ。

 『みんなで楽しく、このゲームをクリアしよう!』。

 ページをパラパラとめくると、そこにはこのデスゲームを少しでも楽しめるようにと、クエストの楽しみ方とかNPCのキャラ設定付きの紹介とか、いろんなことが書かれていた。


「昔、まさ……クラスメイトが言ってたよ。『好きこそものの上手なれって言うだろ? だったら、人生が……生きることが大好きな奴はきっと、誰よりもすごいことになる』って。その時は、生きることが好きでも何かをするのが得意になるわけじゃないと思ったけど、この世界に来て、本当に『生きる』ってことを感じてからその本当の意味がわかって来た……生きるって、じつはすごく難しくて、好きでもないとやっていけないんだよ」


 楽しみでもしないと、デスゲームなんてやってられない。

 もちろん、雑にやることとと楽しむことは違うし、不真面目にやることと心に余裕を持つことは違う。

 真面目に楽しんでる人が、きっと一番すごくなる。結果ばかり意識して過程を無為にしてしまったら本末転倒もいいところだ。


 HPがなくなるより、アイテムや所持金をすべて失うより先に……心が折れてしまったら、そのまま戦い続けることなんてできない。

 私なんかよりずっと強い無闇さんも、赤兎さんも……心が弱ってる時は、本当に弱く見えた。

 数値化もされない隠しパラメータだけど……きっと、それはレベルや数を覆す。

 デスゲームを途中で『終わらせる』ことは誰にでもできるけど、最後まで……『クリアする』まで続けるには、それ相応の意志力がいる。


「最後まで諦めなかった人にしか……逆転のチャンスなんてめぐって来ないんだよ」


 テントの外からの音は激しさを増す。

 だけど、私の言葉を受け取ったナナミちゃんの言葉は……はっきり聞こえた。



「なら、証明してくださいよ……ここから、本当に逆転できるって。希望があるって……見せてくださいよ……」



 抱きしめていたナナミちゃんをそっと離し、お守り代わりのつもりで攻略本を脇に置いて、私は立ち上がる。


「わかった……見せてあげる。少しだけ、待っててくれる?」


 不思議がるナナミちゃんを置いて、私はテントを出る。

 ここなら、守ってくれる人たちもたくさんいるから大丈夫なはずだ。


 たった今、思いついた……私にしかできない、逆転の一手。

 本当にできるかどうかなんてわからないけど……このまま、何もせずに負けたら後悔する。

 私なりの、ベストプレイを見せてやる。



「ギルド『OCC』集合!! みんな、私を手伝って!!」



 結構……他力本願なところもあるけどね。

 いつもより文字数が結構多く(短いときの三倍近く)になってしまいましたが、続きは次話をお楽しみにお待ちください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ