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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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201/443

181頁:準備運動より精神統一の方が大切です

 今回はキャラ崩壊が半端ないです。(今に始まったことじゃないというか、そもそも主人公が人格的に崩壊しまくってるかもしれませんが……)

 常識人の率が異常に少ないのは、類は友を呼ぶ原理だと思ってください。

 ナビキは……七美姫七海は、有名小説の『人間失格』を、あらすじだけ知っている。

 それは、小説をしっかり読んだわけではなさそうな曖昧な記憶なので、おそらくネットで検索した程度の知識なのだろう。

 知識以外の『出来事』としての記憶が消えているため『その時の七海』が何を思ってそんなものを調べていたかはわからないが、少なくとも全てをちゃんと読もうとは思わなかったらしい。


 『人間失格』とは、周囲に合わせて道化を演じ続け、後に金や酒、そして薬で人生を台無しにしていく最低の男の話だ。


 ナビキはその話を思い出す度……心の中でそれを『人生に溺れていく男』の話だと感じる。


 才能に溺れ、酒に溺れ、女に溺れ、水に溺れ、金に溺れ……最後には、薬に溺れてどん底へ沈んでゆく物語。

 そして思う、『贅沢な悩みだ』と。


 なまじ人を欺いて好感を得る才能があったから、道化の姿が定着してしまった。

 なまじモテたから、女に依存できた。

 なまじ金があったから、酒や薬を溺れるほど手にできた。

 なまじ苦労せず生きる余裕があったから、自殺なんて考える暇があった。


 そういった物を持ちすぎていたから、彼は沈んで行けたのだと……そう思った。

 本当は器が大きかったからこそ、倒れることも捕まることも保護させることもなく、最後まで沈みきることができたのだと、そう思った。


 それに比べ、ナビキには大きな器などない。

 そこまで落ちて行く前に、必ずストレスで記憶がリセットされて、『ふりだし』に戻されてしまうのだから、そこまで沈みきることはない……そう、考えていた。


 しかし、それは間違いだ。

 いくら器が小さかろうと、抱えるものが軽かろうと、溺れることはできるのだ。

 コップ一杯の水だろうと、人は溺死するのだ。


 ナビキは知らない。

 『人間』を『失格』した男の根幹にあったのが、『人間』への隔意と恐怖であったことを。

 ナビキの持つ感情と、非なりながらも似通ったものであったということを。










《現在 DBO》


 6月30日。

 未明。


 ナビキは頭痛に苛まれる。

 『複製災害(クローンハザード)』によって増殖した分身(アバター)の情報処理が本来の許容限界を遙かに越え、脳がパンクしてしまっている。


 分身達の知覚や記憶は『他人格』として情報を主人格(ナビキ)と分離しているが、あまりの情報量にデータが溢れ出し、ナビキ自身の記憶と混ざり合って、さらに無理やり集中力を底上げするために大量に摂取した『仮想麻薬(ハーブ)』も相まって、頭痛と共に強烈な幻覚となって彼女の精神を蝕んでいる。


 そして、幻覚はナビキの抱える『心の闇』という形をとって、彼女に襲いかかる。




 誰かが言った。


『ねえ知ってる? 七美姫さんって本当は、ロボットなんだって』


 発端は、中学生の時の担任教師がナビキの脳内に埋め込まれている特殊なチップについて『理解を求める』という形で説明したことだった。

 ナビキは大きな事故で脳を破損し、その部分を市販のものより高性能な『極小脳内埋め込み式情報端末』……通称MBIチップによって補い、生命維持に必要な信号すら補っている。

 一昔前で言えば、ペースメーカーや酸素ボンベのようなもの、脳内からの信号を調節してそれと同じようなことを行う機能が付属された、それ以外はごくありきたりなMBIチップ……それだけの違いだと、説明して欲しかった。少なくとも研究の関係者やナビキは、そういったつもりで学校側に説明していた。


 しかし、その担任教師が冗談のつもりで付け加えたのか……あるいは、そもそも理解の仕方が間違っていたのかわからないが、紹介の後、軽い口調で付け加えた一言が……ナビキの人生を揺らした。


『ちょっと変なことを言ったり動きがおかしかったりしても、叩いて直そうとするなよ。これでも見た目は、女の子なんだからな』


 おそらく、担任教師はナビキをクラスに馴染みやすくするためにそんなことをいったのだろう。しかし、時はIBMチップの隆盛期であり、極小回路を利用したVR技術や人間と変わらないようなアンドロイドが次々と開発されている時期だった。

 大人の担任教師からすれば冗談のような技術でも……世代が違えば常識が違う。激しい技術の変転を目の当たりにしながら成長してきた子供達には、そのセンスを完全に理解することは難しかった。


 そして、ナビキのチップが持つ『性能』は、時間と共に薄れていくはずの『誤解』をさらに深めることになってしまった。



 ナビキが中学校で初めて記憶を失ったのは、水泳の授業で溺れかけた時らしい。

 ナビキが自分が泳げないことを知ったのは、保健室で数日分の記憶の空白を実感し、その理由を聞いたときだった。

 『自分が泳げないということを知らなかった』、そして『溺れかけた程度で記憶が消えた』という事実が、ナビキの『異様さ』を印象付けてしまった。


 そして、そこからさらに疑惑の深まることが続く。


 ナビキの『記憶喪失』はあくまでも、ストレスとなった出来事と時間的に近い『出来事』全てが消えるだけ……『知識』は蓄積される。それも、普通の人間より機械的に、正確にだ。

 記憶喪失になりながら、勉強だけは人並み以上についていける。

 友達になったはずのクラスメイトのことは憶えていないのに、授業の内容だけは憶えている。

 これでは、人間関係など上手く行くはずもない。


 そして、ナビキはそれになかなか気付けなかった。

 忘れられた友達(クラスメイト)や、普通の努力でチップ頼りの記憶力に負ける優等生(エリート)の気持ちを理解するには、事故で記憶を全て失い病院や研究施設でその記憶にある人生のほとんどを過ごしてきた彼女には、人生経験があまりに少なすぎた。

 ナビキが孤立するのに、時間はかからなかった。



 この、当時のクラスメイト達などいるはずのないデスゲームの世界をさまよいながら、ナビキは過去に苛まれる。


『七美姫さんって、ロボットなの?』


 肩から生えた分身が、かつてのクラスメイトの声で話しかけてくる。


「違う……私は、みんなと『同じ』なの……何度もそう、いってるでしょ」


 ナビキは、背に作り出した大きな口で、その牙で、分身を呑み込み黙らせる。

 しかし、今度は逆の肩から生えた分身が小馬鹿にしたように言う。


『おまえがテストの点いいのって、変なチップでズルしてるからなんだよな?』


「違うって、ちゃんと勉強して……憶えてるだけなの。ズルしようと思ったことなんて……一度もないの」


 その分身を噛み砕くと、今度は腹から分身が頭を出して言う。


『聞いたぜ。人間みたいな見た目してるけど、本当は機械が詰まってるんだってな。服脱いで見せてみろよ、どうせ機械なら見られても何も感じねんだろ?』


「違う! 私はみんなと同じなの……そういうふうに言われてイヤなのは、みんなと同じなの……どうしてみんな、わかってくれないの?」


 力なく歩くナビキの周りに、真っ黒なもの達が集まってくる。それは、ナビキと心を共有するナビキの『心』の一部(カケラ)達。

 真っ黒なもの達はナビキの腹の分身を食い尽くし、歩くナビキの周りに集う。

 そして、行く手を阻むモンスターも、木々も、岩でさえも食い破っていく。それはまるで、無意識がナビキを護るために『心』を総動員して邪魔なものを壊していくように。


 ナビキは、朧気な幻覚の中、決意とも思いつきともつかないひどく無感情な言葉を口にする。



「みんな、『私』をわかってくれないんだね……だったら、みんなが『私』になればいいんだ。あはは、どうして今まで気付かなかったのかな……私がおかしいと思われるのは、みんなと違うから……だったら、みんなが『私』だったら……誰も『私』をバカにしたりなんて、しないよね?」



 その言葉に従うように、周りの『黒いもの達』は動き出す。


 それは、ナビキの無意識を代行するように、世界を変えていく。

 記憶の奥に刷り込まれた、人間達からの疎外感……疎外感は恐怖に変わり、恐怖は敵意に転嫁される。それはあたかも、人間が不可能を前に精神的に成長し挑戦心を抱くかのように、世界から抑圧され溜まった圧力(プレッシャー)は行動力という(エネルギー)に変わる。


 ナビキの分身達は『人間』の世界である『街』を食らいつくし、分身達で埋め尽くしていく。

 そんな中を、ナビキは歩いていく。

 住人(NPC)も、食べ物も、建物も、壊し尽くして、食べ尽くして、残るのは分身(ナビキ)だけの世界を歩いていく。



 自分は、どこから来てどこへ向かっているのか……何のために、こんなことをしているのか……曖昧な思考に、幻覚がまとわりついてくる。



『悪いのは、こんなゲームを作った人達だよ。私は悪くない』


 分身の一人がそう言って顔を寄せてくる。

 しかし、反対側からは違う分身が文句を言う。


『ルールはともかく、私が人を殺しちゃったのは違わないでしょ?』


 すると、はじめの分身が文句を言った分身に噛みつき、黙らせる。


『あれだってプレイヤーの姿を紛らわしくしたゲームが悪いの! あれは事故、どうしても防げなかったの!』


 それを聞いたナビキは、口許だけで薄く笑う。


「そうだよね……悪いのは、この世界(ゲーム)だよね……」


『この世界はキミ達「人外」のための実験場なのだよ。実験のために人が死ぬのも予定通りなら、キミが手を汚させられるのも予定通り……全ては仕組まれていたことなんだ。そう思えば、罪悪感なんかを抱くよりもっと大事なものに気付くだろう?』


 それは、ナビキが以前聞かされたこの世界(ゲーム)の『真実』……すがりつきたかった、都合のいい責任者の存在。

 幻聴となったそれは、ナビキに語りかける。


『傷つけるべきは自分自身じゃない。キミをそんな気分にさせた者達はきっとキミの精神状態をモニターしてせせら笑っていることだろう。ならば、彼らに鼻をあかしてやろう。キミは一度、起きたことを全て忘れ、記憶の奥に沈めるんだ……キミのチップは特別だ。記憶を失ったふりをして、切り離して、裏をかくんだ。私たち「本当の味方」に会っている時だけ、その記憶を思い出すんだ……黒幕達の息のかかった「表の仲間」の前では、以前と同じキミであり続けるんだ。悟られてはいけないよ……キミの大切な人にもね。悟られれば、きっと彼は黒幕に「利用」されてしまうだろうからね』


 ナビキの大切な人……『哲学的ゾンビ』ライト。

 ライトはナビキを『同族』として大切にしていたが、ナビキはライトを『同族』としては見ていなかった。ただ一人の……『理解者』だと思っていた。

 恣意的であれ強制的であれ、記憶が簡単に消え、人格を連続した一人として保てないという他人には理解できない感覚を理解してくれる唯一の人物だと信じていた。


 何故なら、ライトはナビキの最も求めていた存在……完全な人間でなくても人間らしく生きたいという願いを肯定し、先導する『先輩』となってくれたからだ。

 

 だからこそ……



「どうして……どうしてですか、先輩……」



 ライトの拒絶は、ナビキを精神を狂わせた。

 拒絶された理由がわからなかった。


『たった十数人の犠牲だと?』

『おまえはたくさんの物語を踏みにじった』

『このメンヘラモンスターが!』

『大事なことを教え忘れていた』


「どうして!!」


 分身を吸収し、分裂させ巨大化させた腕を振るい、周りの黒い分身達を薙払う。しかし、他の分身達も集まって来て、口々にナビキを責め立てる。


『おまえが殺した』

『この人殺し』

『もうおまえは同族ですらない』

『倫理観がないのか?』

『おまえの本性はそれか』

『絶対に赦さない』


 ナビキはさらに巨大化し、辺りを薙払いながら、分身達を潰しながら叫ぶ。


「本物の先輩がそんなことを言うはずない!! 本物の先輩を返して!!」


 すると……遠くの分身の一体が振り返り、口を開く。



『僕は「三木(みき)将之(まさゆき)」……「行幸正記(ライト)」の元主人格だ』



 それは、ナビキを糾弾したときのライトの人格が名乗った名前。ライトとは考え方を異にし、ナビキを否定する存在。

 それを幻視したナビキは……人ならざる姿で呟いた。



「そうだ……先輩は今、おかしくなっちゃってるんだ」



 その『閃き』に活路を見いだしたナビキは、人の姿に戻りながらある種の冷静さを取り戻していく。

 それは、彼女の中では完全に矛盾なく展開される理論的思考……他人に理解される必要のない、理解を求めるつもりのない絶対的真理。


「そっか、何かおかしいと思ったら先輩が変だったんだ。先輩が私を理解してくれないのも、変なこと言うのも、全部あの『将之(まさゆき)』とかいう奴が悪いんだ。きっとあれは黒幕が作った擬似人格でチップを使って先輩の頭に入り込んで変なこと言わせてるんだ。だって先輩も本当は実験体なんだから、そのくらい出来るように作られててもおかしくないし、きっと私の動きが気に入らなかった運営者が私を騙すために先輩の身体(アバター)を乗っ取ってるんだ……きっと本当の先輩は今頃心にもないことを言わされてやらされて、すごく困ってて、でも何もできないんだ。なら、私が助けてあげないと、先輩のことを理解してるのは私だけなんだから私が行かないと、そう私が私による私としての力で、表面的にどんなに拒絶されても諦めずに手を伸ばして……」


 ナビキは、自身の使命を得たような感覚に身を震わせ、恍惚とし、熱を持った頬を確かめるように手を当てながら呟く。



「先輩は、私が守ってあげなくちゃ」



 その時、幻覚は消え去った。

 その代わりに生まれた狂気が冷静さと執念を持って、行動の目標を定め、動き始める。



「待っててくださいね、先輩。必ずその身体に憑いてる悪者をぶっ殺して、元の優しい先輩に戻してあげますから……だから……」



 『黒いもの達』は、ゲートに向かって一斉に走り出す。



「全部終わったら、私達二人『だけ』で一緒に生きましょう?」










 同刻。


 『背の高い女』は、隣街まで迫り来る黒い軍団を睥睨する。

 それは、雲の上のような高見からではなく、『時計の街』の教会の鐘突き堂の屋根上という比較的『低い』場所からの視点。

 デスゲームの……最前線。


「さーてと……現役は引退してるわけだけど、こうやって第一線を間近で観戦する方法がないわけじゃないのよねー。まあ、抜け道みたいなものだけど。

 それにしても、猫ちゃんはふて寝して来なかったし、あのビッチちゃんは夜までは出て来ないだろうし……誰か一緒に観戦してくれる人いないかしらねえ? 一人と二人だとテンションも変わってくるんだけど……」


 すると、タイミング良く鐘突き堂に一人上がってくるプレイヤーがいた。あるいは、その気配を察知していたからの独り言なのかもしれないが、『背の高い女』は、現れたプレイヤーを一目見て微笑む。


「普通のねーちゃんからの話でまさかとは思ってたけど、やっぱ現れやがったか。たくっ、他人のデスゲームを高みの見物とか相変わらず良い趣味してやがんな……『主催者(ホスト)』のねーちゃん」


 『主催者(ホスト)』……そう呼ばれた『背の高い女』は、気軽な笑顔で笑いを返す。


「ひさしぶりだね。今回は賞金とか用意してないけど……またここから見ながら賭けでもやってみる? 『♢(ダイア)のキング』くん」

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