表紙:ゲーム選びは自分でしましょう
始めまして、あるいはお久しぶりです。
前作を読んでくださった方がいればありがたいです。
この作品は前作の厳密な続編ではありませんが、同じ世界での話だと思ってください。
見覚えのあるキャラもいきなり出てきますが、前の作品を読んでなくても十分楽しめるようにしますので今作からでも気軽に読んでください。
「ねえ、なんか暇じゃない?」
「暇だとしても、暇潰しで首絞めるのはやめてくれません?」
話しかけたのは女子高生。学校指定の制服を着ているが背が異様に高く、おそらく190を超えている。だが、巨漢と表現するには全体的に細く、手足は締まっていて長く、バスケットボールの選手のような細くとも力強い筋肉がついている。
髪は艶やかな黒髪で背中の中ごろまで届くほど長く、それを数本のミサンガで一本の帯のようにまとめていて、さらに頭には彩度の高い輪の髪飾りをいくつもしていて虹のようになっている。
対して、話しかけられたのは男子高校生。
こちらも背は高いほうだが180前後と隣の女子高生と比べると若干小さく見える。
伸びた髪が目を隠しているので表情はわかりにくいが、今は苦しそうな顔をしている。
その表情の理由は今の二人の体勢にある。
座っている男子高校生の後ろに立った女子高生が、顎を前にいる男子高校生の頭のうえにのせている。それだけならカップルの微笑ましいスキンシップに見える。
だが、問題は女子高生の長い腕の行き場だ。
その腕は男子高校生の首に巻き付けられ、見事な裸締めが完成している。
しかも、二人がいるのは部活終了後の部室で残っているのは二人だけ。助けは期待できない。
「いい加減死にそうです、ミカン先輩」
「こら、私のことは『師匠』って呼びなさいって言ったでしょ。先輩なんて堅苦しい」
「師匠、締めが堅くて苦しいです!!」
女子高生の名前は天照御神。
高校三年生で本来は受験勉強に勤しんでいなければいけない時期なのだが、彼女は
『勉強ばっかりしてたら駄目な人間になる』
という持論に基づいて、息抜きの名の下に部活やゲームに明け暮れている。
しかも、それで好成績を出しているため誰も文句を言えない。
首を締められながらミカンと話しているのは行幸正記。
高校二年生で、ミカンと同じ部活の後輩だ。部活の後に残って宿題を片付けていたら、突然後ろから文字通り『絡まれた』のだ。
正記はとりあえずホログラムのキーボードで宿題をセーブしてから、ミカンの腕を掴んで脱出を試みるが完成した裸締めはそう簡単には外せない。
首を締められながらも、正記にわりと余裕があるように感じられるのは彼がこのような展開に慣れているからだ。
ミカンと正記は付き合っているわけではないし、正記が締め落とされるのを好む性癖を持っているわけでもない。ただ、ミカンがいつも暇つぶしに様々な技をかけてくるので耐性がついただけだ。
もっとも、周りの人間は大抵このやり取りを『子弟ごっこ』だと思って理不尽な攻撃を見て見ぬふりしているが、正記自身にとっては結構本気で生命の危機を感じる時間だったりする。
「あ、そろそろ本気でヤバいです、脳に血流が全然行かなくて死にそうです」
「ねえ、暇? 答えてくれなきゃ離さないよ」
「暇です!! そして死にそうです!!」
正記が必死に答えるとミカンはようやく腕を首から外した。
そして、さっきまで暇だと言っていた様子から一気にテンションを上げる。
「死ぬほど暇? オーケー!! アンケートにお答えくださったあなたにはこれを差し上げまーす」
アンケートと言うよりは戦時中の尋問に近かったが、正記は無駄な反論をする気はなかった。
ミカンは目の前にホログラムのウインドウを出して簡単な操作をした。すると、正記の目の前に
『データを受け取りますか?』
と表示される。
正記はそれをすぐ承諾してデータを受け取り、中を確認した。
「なんですかこれ? 『Destiny Breaker Online』?」
「そう、通称《DBO》。新しいVRMMORPG……まあ要するに、大規模ヴァーチャルゲームのプレオープンの参加用アカウント」
VRゲーム。それは、近年急激に発達した仮想現実の技術を応用した最新の娯楽。
初期型はベッド並みのサイズの装置を使う必要があったが、技術の発達とともに装置のサイズは縮み、今ではボタン電池並みのチップ型小型入出力装置が普及し、日本人のほとんどが簡易手術で頭の中にチップを入れている。
そして、今ではVRゲーム人口が膨大となり、前時代のオンラインネットワークゲームのシステムにVR技術を加えたVRMMOという大規模ゲームが流行っている。
プレオープンのアカウントというのは言わば『ほかのプレイヤーより一歩先んじる権利』のようなものだ。プレオープンの特徴は従来のβテストとは違い、公式にゲームが開放された後にもデータが引き継げる。
しかも、プレオープン自体の目的は『裏技の検出、およびゲームバランスの調節』なので、うまくすれば不安定なゲームバランスなどを利用して前もって大量に資金や経験値を得られる可能性がある。そのため、プレオープンのアカウントはプロのVRゲーマーの間で高額で取引されるのも珍しくない。
「こんなもの、受け取れません」
正記はそれを送り返そうとした。しかし、ミカンにデータの受付を拒否される。
「いいから受け取りなさい。そして、そのゲームをプレイして強くなりなさい」
「いや、オレはVRMMOになんて興味ありません。これは師匠が使ってください」
「いや、実はそれね……余っちゃったやつなの」
「……はい?」
「実は同じ日から始まる別のゲームのアカウントも当たっちゃってね。さすがに二つのVRゲームを同時にやるのは難しいし、だったら面白そうな方に的を絞って残りはキミにあげようと思ったの」
「あ、これは面白くなさそうな方なんですね」
なんだか余物を押し付けられた感じは否めないが、まさか師匠からの贈り物を転売してお金にするわけにもいかない。
「……てゆうか、オレVRMMOなんてやったことないですよ? どうしてオレなんですか」
今時、十代の日本人の中ではVRMMOをやったことがない人間の方が少ないと噂されるくらいだ。だが、正記はその少数派の方だった。
だが、ミカンはその反論に対する返事も用意していた。
「キミが一番の適任だと思うんだけどなぁ。キミにとっても、これは悪い話じゃないはずよ? 案外、このゲームの中はキミにとっての天国かもよ?」
「天国……?」
「鎧姿の女の子、ゴスロリメイド、猫耳、魔女服、シスター、お姫様、その他もろもろ」
「!!」
正記には締め落とされて喜ぶ特殊な趣味はないが、一つ特殊だと言えなくはない趣味があった。
コスプレが大好きなのだ。
無論、自分自身がコスプレするのではなく、コスプレした女子を見るのが大好きなのだ。
「コスプレ姿の女子が見たくて『この部活』に入っちゃうくらいだもんね」
「あれは交渉の材料の一つであって、別に決定的な一手じゃないですよ」
昨年の七月中旬、どこの部活にも入ってなかった行幸正記は、天照御神に(かなり強引な)勧誘を受けてこの部活……演劇部に入った。演劇部では部活の劇の練習で女子がナース服やドレスなどの『コスプレっぽい服装』をするのを見る機会がたくさんあった。
「このゲームはなんか『ネタ武器やネタ装備は能力値が高い』って傾向があるみたいだから、コスプレみたいになってる子も相当数いるはずよ」
この時、正記はゲームをするかどうか深く悩んだ。
正記はミカンに個人的恩があり、それを少しでも返したいとも思っている。それに、『コスプレ天国』もなかなかに魅力的だ。
反面、正記には今までVRMMOをしなかった理由もあった。それは、彼の性格……というよりも性質的な問題があった。
この二つを天秤にかけ、正記は十全にしっかり両方の可能性を考えた。
この時、正記がこれから起こる事件に関与することになるかどうかの確率は五分五分に近かった。
その様子を見て、ミカンはそっと正記の背中を押した。
「もしゲームをプレイするなら、正式オープンで私が入ったときには、キミがプレオープンの間に手に入れた衣装をなんでも着てあげる」
この時、正記はゲームに参加することが決定した。
前は短い作品でしたが、今度は長期間連載するつもりです。
書ききれるように頑張ります。