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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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174頁:自制心を持ちましょう

 1971年……アメリカで、とある残酷な実験があった。

 『スタンフォード監獄実験』と呼ばれる、心理学の実験だ。


 実験の目的は複数の被験者に『看守役』と『囚人役』という役割を与えて監獄を模倣した環境を作ることで、『普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられるとそれに相応しい行動をとろうとする』という仮説を証明すること。しかし、この実験は証明には成功したものの、その過程でひどく危険な事態が発生した。


 それは、実験で『看守役』と『囚人役』を与えられた被験者、そして実験を安全に進められるように監視しなければならないはずの研究者達までもがその『役割』に染まり、歯止めが利かなくなったこと。途中、経過観察のカウンセラーが訪れた時にはもはや『囚人役』には十年近く治療の必要な精神障害が発症した者もいて、『看守役』には実験の前提として禁止されていた暴力までもが容認されるという状態になっていた。


 この実験の結果は『人は本来の性格に関わらず条件が揃えば立場に従った行動をするようになる』というありきたりな言葉で結論付けられるが、ことの本質はそんな生易しいものではない。


 『支配者すらも支配して活動を続ける閉鎖郷(ディストピア)』……そのシステムこそが恐ろしい。それはまるで生物のように、自身の内包する弱者を虐げ、強者を狂わせることによってその形であり続け……あまつさえ、強化されていく。


 『人の不幸は甘い蜜』……しかし、その蜜を吸っている者は気付かないだろう。自身が背後からもっと大きな物に、もっと大切な物を吸われ続けているということに。










《現在 DBO》


 6月30日、午後3時。


 『荘園』は、入ってきた二百人近いプレイヤー達を手厚く『歓迎』していた。

 それはあたかも、食虫植物が虫を罠にはめ、ゆっくりと溶かしていくように。




「おい見ろ! ご馳走がたんまりあるぜ!」

「こっちは酒だ! いくらでもあるぜ!!」


 プレイヤー達は欲望のままに目の前のものを口に運ぶ。

 押し入った村の家屋を調べていると、そこに豪華絢爛な食事が用意されていた。見たことのないような、一目で欲望を押さえられなくなるような食事。


 プレイヤー達は、村へ攻め入った理由も忘れて舌鼓を打つ。



「さあさあ、いくらでもありますから。遠慮なんてしないでくださいね。満足するまで、存分に食べてください」



 次々に運ばれてくる皿から、奪い合うように貪る。その姿は段々と品位を失い、手掴みで口にかき込むように、獣のように食べるようになっていく。



「ほらほら、マナーなんて気になさらないで、ご自由にお食べください。ここでは、誰も堅苦しいマナーなんて気にしませんから」



 その目には最早、理性の光は見えない。

 ただひたすら、貪り食う。



「ほら、遠慮なんてしないで、ぜーんぶ食べて良いんですよ。あなた達は、欲望(おくすり)を捨てられなかったワガママさんですものね? どれだけ食べても、欲しい物が手に入ってないんだから、満足なんて出来ないんですよね?」



 食べて、食べて、食べて、食べる。

 飲む、飲む、飲む、飲む。

 それが本当は、高級料理と美酒ではなく、地に生えた雑草と水路を流れるただの水だというのに、その手を止めない。


 いや、止まることができない。


「うぷ、もう腹一杯だ……」

「苦しい……」

「いくら美味くても、もう食えねえ……」



「あらあら、本当に『満足』していますか? 心のどこかに、まだ餓えている部分はありませんか? 遠慮しないでください、あなた方が『満足』なさるまで、いくらでもご馳走しますから」



「「「うわぁぁぁ」」」


 延々と己の『欲望』に苦しみ続ける人々に、マリー=ゴールドは優しく諭すように言う。



「『人はパンのためにのみ生きるべからず』……欲望は生きる目的として必要なものではありますが、欲望を満たそうとするだけでは生きているとは言えません。一度己の欲望を見つめ直してみましょう。本当に欲しかったものは何だったのか、どうしてそれが欲しかったのか……錯覚ではない、自分の本当の望みを思い出してください。それが出来ない内は……他人に植え付けられた欲望に溺れているのがお似合いです」


 石はパンに、水は酒に、見るもの全てが欲望を満たす幻想となる。

 自身を律し、欲望を押さえ込まない限り、この幻想から逃れることは出来ない。







 『荘園』の人家密集地にて。

 マリー=ゴールドのサポート要員として半ば嫌々に侵入プレイヤーを迎え撃つことになった椿は……


「武器を捨ててください。隠し持っている物も、ストレージの中の物も、全てのアイテムをそちらの箱に入れてください」


「えっ……でも……」


「口答えはしないで、私の言葉を理解したら頭を下げてください。これは『命令』です」


「は……はい……かしこまりました」


 セーラー服に似せた洋服で、特殊な趣味の店のサービスのように人々を見下しながら椅子にふんぞり返っていた。

 しかし、決して防衛をサボっているわけではない。彼女の『命令』を聞いているのは、『荘園』に攻め込んできたプレイヤー達なのだ。


「武装解除が終わったら、そこの鎖で互いを縛って、目隠しをしてください。これは『命令』です……繰り返します、これは『命令』です」


「「「はい……わかりました」」」


「ふぅ……」


 予め用意された『台本』の通りの言葉に従って動き出すプレイヤー達を確認して、椿はほっと一息吐き、椅子の背もたれに身を委ねる。

 椿の身体に完全にフィットした……マリー=ゴールド特製の、椿の能力の『増幅器』の機能を持つ椅子だ。



 アイテム名《独裁女王(コマンドクイーン)》。

 見た目は、花の咲いた木を削って掘り出したようなデザインをした安楽椅子(アームチェア)。背もたれは枝が絡み合ったようなデザインになっていて、座ると枝先の花が強調され、真正面からは背景に様々な色の花が咲き乱れているように見える。しかし、それらの花は本物ではなく精巧な彫刻であり、枯れることはない。

 そして、その『増幅器』としての機能の秘密は、彫刻の花から漂う、本物の花以上に魅惑的な香り。香木や椅子の中に仕込まれた香炉、香水を染み込ませたり燻したりして香りを染み込ませた花、そして椿自身による調整と椿が座ったときに完成する視覚的暗示……マリー=ゴールドの『人の心に触れる能力(デザイン)』と椿の『印象の根を張る能力』の組み合わせが、その香りを嗅ぎ、その姿を見た者の心を支配する。


 一度術中に嵌まれば、椿の『命令』には逆らえなくなる。



(といっても……まさかここまで言うとおりに動かせるなんて、印象操作とか暗示っていうより洗脳みたいですね。本当に何者なんでしょう、あのマリーさんという人は)


 普段も香りと身振りで他人を自分に『惚れさせる』ことでそれとなく誘導して行動を操っている椿だが、今回のように初対面の相手に露骨な『命令』を聞かせられるというのは不思議な感覚だ。


(マリーさんは『目の前の相手が従うのが当然だという態度でいれば、あちらも従うのが当然だと思うようになります』なんて言ってたけど……この状況に疑問を持たないんですかね、この人達)


 椿の命令に従い、武装解除して互いを拘束していくプレイヤー達。その手はたどたどしいが、逆らおうという様子は見て取れない。

 まるで、自分で考えることをやめてしまっているような挙動……いや、そもそも彼らは自分で何かを考えてここまで来たのだろうか?


 『仮想麻薬(VRドラッグ)』に植え付けられた紛い物の欲望に引っ張られてここに集まって、それに便乗した誰かの命令で攻め込んできた、自分の意志を持たずに動く愚かな群集……もはや、命令の意味なんて深くは考えていないのかもしれない。命令者がすり替わったところで、疑問なんて抱かない。


 そして、この『椅子』の周りに放つ香りは思考力を奪うと同時に……より低い場所に漂う香りは、頭を垂れた者に『命令』に従う安心感と悦びを錯覚させる。

 『命令』に従うことが快感に繋がると、無意識に刷り込ませる。


 理屈は聞いていてもなかなか信じられない効果に首を傾げている椿にふと、仲間を縛り上げていた女性プレイヤーの一人が声をかける。最後に他のプレイヤー達を縛り、目隠しをしていた最後の一人だ。


「あの……」


「な、なんですか? く、口答えは禁止だと……」


「い、いえ……アイテムを全て外すようにと言われましたが……今着ている『服』も、外しますか?」


「『服』? ……それは別に……」


 椿は否定しかけて、ふと言葉を止める。


(服を脱がせる……そんなことまで、『命令』出来るんでしょうか? いや、これはそもそもあちらが提案してきたことだし、本当に武器を隠し持ってないか確認するためには脱いでもらった方がいいかもしれませんし……いやでも……一応、少しくらい、どのくらい『命令』ができるのか試してみるのもありかもしれませんね。私の安全確保のためにも……『実験』するだけなら……)


「服を……脱いでください。下着はそのままで、それ以外を全部脱いでください」


「はい……わかりました……」


「あ、ちょっと待ってください!」


 女性プレイヤーが頭を下げ、メニュー画面を開いて装備解除の操作をしようとするが、椿はそれを止める。


(どこまで『命令』を聞いてくれるか調べるなら、機械的に解除操作で済ますより、ゆっくりと観察した方がいいですよね……いや、別に変な意味合いではなく……)


「その手で、一枚ずつ脱いで……ゆっくりと、脱ぐ姿を見せてください」


「は……」


 『はい』と言いかけて、女性プレイヤーは途中で言葉を止め、恥じらうように目を伏せる。

 そんな様子を見て、椿は思い出したように付け足す。


「……これは『命令』です」


「……はい、かしこまりました」 


 女性プレイヤーは、『命令』の通りにゆっくりと服を脱いでいく。上着から腕を抜き、頭を通して、絹の擦れる音を立てながら、見せつけるように。

 思わず、ある種背徳的なその姿をじっと見つめていると、目の合った女性プレイヤーが目を背ける。


(操られてても恥ずかしくなくなるわけじゃないんだ……それを『命令』で強制的になんて……)


「恥ずかしい……ですか?」


「はい……すごく、恥ずかしいです。それに……」


「それに?」


「周りの男の人たちが……」


 椿は、他にも操ったプレイヤー達を見る。三十人前後、その内半数は男のプレイヤーだ。一応目隠しをさせているが、少しでも透かして見えないかと視線をこらしているように見える。


 椿は脱がせていた女性プレイヤーに思っていた以上の羞恥を感じさせてしまっていたことに気づき、思わず『命令』する。


「男は跪いて顔を伏せなさい! 決して頭を上げないで! これは『命令』です!」


 男達は罪悪感もあったのか、即座に跪いて深く頭を下げる。そして、まんじりとも動かなくなる。

 それを見て、椿は満足げに頷く。


「ほら、これで恥ずかしくないですよね?」


「は……はぃ……」


 まだ、恥ずかしくないわけではないらしい。

 そこで椿は、ふと思いつく。


「……なら、服を脱ぐのは一旦中止していいですよ。だけど、その代わりに……他の女の人たちの鎖と目隠しを解いてください。それから……」


 椿は、初めて体験する奇妙な快感にニッタリと笑う。


「みんなの前で、服を脱いでください。女同士なら、恥ずかしくないですよね? 逆らってはいけませんよ……これは、『命令』だから」






 十数分後。


「⑤番と②番、⑦番をくすぐってください。嫌がってもやめてはダメですよ? ⑦番は嫌がってもいいけど、逃げたり抵抗したりしてはダメ。これは『命令』だから」

「「「はい、かしこまりました」」」


「それから①番、この暑い中でその格好、よく頑張りましたね。『ご褒美』です。⑨番、あなたの装備は水魔法でしたよね? ①番を魔法で冷やしてあげて……カッチカチの、氷の魔法で、もちろん全身を」

「はい」

「は、はい!」


「じゃあ残りはそうですね……⑩から⑳番はまた男を連れて新しい子達を『捕って』きてもらいますか。残りは①番と⑦番のあられもない姿を観賞タイムと行きましょう。あと、さっき返事の遅れた⑨番は後で『お仕置き』だから、楽しみにしててね?」

「え、は……はい」


 椿は椅子の上で目の前のプレイヤー達を見下すように見る。

 その姿は最早完全に『女王様』。しかも、『命令』をする女性プレイヤー達を番号付けし、必要以上に横暴で無意味な『命令』で弄ぶという行為に、今まで知らなかった新しい快感を覚え始めている。


 初めはただの『実験』だった。

 この『椅子』と自分の能力を組み合わせれば、どの程度まで理不尽な『命令』を聞き入れてくれるのだろうかという興味だった。


 しかし、その強制力の強さを自覚すると共に、別の欲求が頭をもたげてきた。



 もっと、この能力(ちから)を引き出したい。

 もっと……『支配』したい。



「いいですか? 私の言うことは全部『命令』です。だから、言われたことは何でも、すぐに、実行してください。もし口答えしたりもたついたりしたら……『お仕置き』ですから」


 よく言い聞かせる。

 従うことを当然のことにして、従わないことへの(リスク)を刷り込む。


「恥ずかしいですか? なら、もっとたくさんの人に見てもらいましょうか」


 相手を辱めるのは、自分の状況に対する思考を自ら止めさせるため。尊厳を奪うことで、抵抗力を失わせる。


「ほらほら、新しい子達の到着ですよ。歓迎に、番号をつけてあげますよ」


 操った者達を使って、さらに人を集める。武力と数を持って確実に屈服させてから操れば、相手は二度と逆らわない。


「男は縛り上げて『椅子』にでもしておいてください。ほら、好きな『椅子』を選んでください」


 ただ辱めるだけじゃない。

 女達には、現実では自分達より強い男達を屈服させる悦びを教え込むことで、それを『与える』ことで、背徳感を共有し、同時に上下関係を刷り込ませる。そして、男達は深く跪かせることで、低地に漂う香りから『安心感』を錯覚させ、反抗心を奪う。


「これは『命令』です……いえ、『命令』よ。これから先、私のことは『御主人様』と呼びなさい。私はあなた達の『御主人様』……完全な支配者様。それに従うあなた達は、私の可愛いオモチャ……なんだから。もしも間違えたり恥ずかしがったりしたら、捨てちゃうんだから」


 椿自身も変わる。

 より広く、深く『支配の根』を張るために、支配を根強くするために、印象を最適化していく。


 敬語を外し、より命令者に相応しい態度に。

 より高圧的に、より身勝手に、より尊大に……さも『誰もが自分の言うとおりになるのが当然だ』とでも言うように。

 セーラー服風の洋服も着崩して、眼鏡も取って、より『支配者』に相応しく……




『便利だからって「能力(ちから)」に頼り過ぎると大事なものを無くすからな』



 それは、ふと蘇った記憶だった。

 以前ライトに釘を刺すように言われた、妙に意味深な言葉。

 それが、根本まで変わりつつあった椿の心を『釘』として間一髪で縫い止めた。


 我に帰って、自分を見つめ直す。

 乱れた服装も、女性を辱める命令も、口調も、いつしか自分の物ではないものへ……いや、『新しい自分』へと変わろうとしていた。


 人を操ることに躊躇がなくなり、むしろさらに深く操るために操るようになる。操ることに関する自制心や倫理観が壊れていく。



 『能力』に……自分自身の『支配力』に『支配』されている。



(これが……ライトさんの言ってた……『人外化』?)


 急速に危機感が芽生え始める。

 決定的な一線を越えかかっているのを自覚し、ライトの言う『人外』の意味を初めて、自身の心で理解する。


 『能力』が独り歩きを始め、自らを拡張させようと……『進化』し始める。

 自身の人格をもって『能力』を使っていたはずが、優先順位が……立場が、逆転し始める。

 楽な生活がしたくて働いている内に過労で死ぬ人間がいるように、芸術の才能を見出された人間が周囲に染まって独自性を失わないようにする内、人格が破綻していくように…


(はやく……止めなきゃ……)


 『椅子』から立とうとするも……行動に移される前に、意志が消えてしまう。


 今『支配力』を失ったらどうなる?

 このまま、制御できるようになればいいんじゃないか?

 こんなに『強く』なったのに、今更捨てるのはもったいないだろう?


「新しい『奴隷』が大量に見つかりました。こちらで番号付けして、『ルール』を説明しておきます」


「……そうね、そうしてちょうだい。あと、数が多くなってきてわかりにくいと困るから、番号は顔にでも描いておいて。描く場所は、捕まえた子に任せるわ。それと、最初に『命令』して身分を弁えさせる仕事もあげる。楽しみなさい」


「はい、ありがとうございます」


 思ってもない『命令』が、勝手にスラスラと口から飛び出す。

 より強く『支配』するため、より広く、より深く『根』を張るための『命令』が、勝手に浮かび上がる。

 直接でなくても『支配』が成り立つように、そのシステムまで形成し始めている。


 もはや、自分の意志では止まらなくなって来ている。



(誰か……私をこの『椅子』から、引きずり下ろして……)



 本当にしたい『命令』が、喉元より先から出てこない。

 まるで根でも張っているかのように、あるいは根に絡みつかれているかのように、身体が『椅子』から離れない。


(私を……『支配』から……解放して……)


 目の前に、①番の凍結を終えた⑨番が立つ。

 理不尽な『お仕置き』を受けるために、期待の眼差しを支配者たる自分に向ける。

 椿は、当然それに答える『義務』がある。

 だから……



「あらあら、『命令』に抵抗を感じてるということは、一線を越えるのを拒みますか。わかりました、あなたがそれを……『人間』の道を選ぶのなら、私はそれを尊重しましょう」



 『⑨番』の、彼女自身のものとは明らかに違う口調……そして、この『椅子』の作者である『彼女』の口調で発された言葉には、思考が止まった。



「私の『因子(カケラ)』を埋め込んだ子を端末(サクラ)として紛れ込ませておいて正解だったようですね。もう少しであなたの意志を踏みにじって、うっかり『人間離れ』させてしまう所でした。どうやら、ライトくんの方が正しかったみたいですね」


「マリー……さん?」


「今、無理に制限(リミッター)を外す必要はありません。その椅子も差し上げますし……もう、いつでも出来るんですから。この場は『私達』が引き受けますから、下がってください」


 その穏やかな言葉だけで、気分が楽になる。

 椿を縛っていた『支配力』が、緩む。

 『支配』のために気を張りつめていた反動か、あるいは『人外』に変わらずに済んだ安心からか、どっと気絶しそうなほどの疲労感が襲ってくる。

 椿が弛緩すると、周りの従っていた者達も、自分達を支配していた『御主人様』の異変に、統制が乱れ始める。


「あらあら、トップに異変が起きたくらいで『支配』が緩むなんて、まだまだ詰めが甘い子ですね。自分に何かしようとする者がいたらそれを止めさせるくらいのバックアップシステムは作っておかないと、別の人に操られた人やライトくんみたいな人は防げないのに。まあでも……大きく『根』を張っていっぱい人を集めてくれましたし、これでよしとしましょうか」


 そして、屋根の上を見上げて呼びかける。


「咲ちゃーん! 『仕上げ』はお願いしまーす! この端末(カラダ)ごと、ここにいる全員、やっちゃってくださーい!」


 急に気が抜けて異様な疲労感に襲われていた椿は、それを聞いて目の前の『⑨番』を驚きの目で見る。


「ここにいる『全員』って……」


「あ、椿さんは逃げちゃダメですよ? あなたが動くと、他の人たちもついて来ちゃいますから。私はもうこの端末(カラダ)から自己消滅しますが、まあ後のことは心配せずにあの子に任せちゃってください」


 屋根の上を見上げると、そこには黒い軍服を着たまだ小学生くらいの女の子……咲の姿があった。

 その帽子に描かれたマークには見覚えがある……寺院の地図記号を裏返したような、特徴的なマーク……あれが描かれた軍服は……


「安心してください……ちょっと、巻き込まれるだけですから」


 『⑨番』はそう言いながら、こめかみに銃のようなジェスチャーをして、引き金を引くパントマイムをする。

 すると、手が銃の反動を再現して頭から離れると同時に『⑨番』は糸が切れた人形のように倒れ……それを合図に、屋根の上の咲が帽子を脱いで笑顔で叫んだ。



勝利万歳(ハイルジーク)! みんなを、『シャワー室』にご案内するよ!」



 咲の背後で、特撮で使うような火薬の爆発するような音と、煙が舞い散る。

 そして、空を見上げたプレイヤー達がバタバタと倒れていく。


 薄れゆく意識の中、椿は思った。



(『一線』を越えちゃうと……こうなるんだな……)


 椿の『人外化』を防ごうと助言をしたライト。自分の能力が効かず、知り物顔で語る彼を椿は『ちょっと人間離れしたくらいで偉そうに』と、嫌煙する気持ちがあった。


 しかし、選択を尊重してくれたとは言え勝手に一線を越えさせようとしたマリー=ゴールドや、仲間だったはずの自分を躊躇なく巻き込む咲を見て思った。


 本当に『人間離れ』した『人外』は、『人間』の気持ちなんて考えていない。

 『人間』だったときの気持ちなんて、憶えていない。

 人を当然のように操るマリー=ゴールドは、人を自由に操れるようになるのを拒む椿の気持ちを理解しきれないし、『被害』を出すのに躊躇のない咲は、そもそも巻き込まれる人の気持ちなんて想像してみるつもりもない。


 それを考えるときっと……一番『人間』に近いのは、ライトだったのかもしれない。


 椿の意識は闇へと落ちた。










 同刻。


 犯罪組織お抱えマッドサイエンティスト『ドクター』は、自身の作成した『実験機』を見て、納得したように頷く。


「うむ、これならきっと、あの『イヴ』以上に立ち回ることが出来よう」


 目の前にあるのは『ワーム型』と呼ばれた、彼の固有技『素体融合』によって作られた『人造生物(キメラ)』の改良……いや、大幅なスタイルの変更を経た『改訂版』。


 手元に残っていた実験体を存分に使ってまとめ上げた、言うなれば……


「『キマイラ型』……この姿には、そんな名が相応しいだろうな」


 彼の手には、組織の『上』から届けられた今夜の最終決戦(御披露目)への赤紙(招待状)が握られていた。

 冒頭の監獄実験の話は実話です。

 詳しく知りたい方はググってください。

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