173頁:死線は気をつけて潜りましょう
今回はちょっとしっかりとした戦闘シーンを書いてみました。
『黒ずきん』は『殺人鬼ジャック』の表の顔である。
ボス戦に時折に参加し、『医者』として傷ついたプレイヤーを癒やし、ダンジョンに潜ってその戦利品を市場に流し、一人の女の子として他の女子プレイヤーと遊んだりもする……そういった、彼女の平穏な日常を担う顔だ。
殺人鬼とは全く逆。
しかし、『ナビキ』にとっての『ナビ』や『ライト』にとっての『三木将之』のような別人格ではない。
ただの、猫を被っただけの表の顔。ただの、都合よく振る舞うための演技だ。
名前はライトがつけたあだ名。
正体は忌み嫌われる殺人鬼。
一度でも正体が公に露顕すれば、完全に消えてしまうような儚い存在だ。
しかし、ジャックは……茨愛姫はこの『黒ずきん』という顔を気に入っている。鬼が角を隠して人里に下りるための仮面にすぎないとわかっていても、そこには思い入れがある。
それはある意味、彼女自身の理想の姿でもあるから。
自身の正体など知らず、『普通の女の子』としてデスゲームを楽しむ自分の姿……一歩だけ間違えなければ彼女の正体となるはずだった少女。
そして、忘れてはいけない。
茨愛姫は元々大人しい少女などではなく、男の子のような活発な少女で、それこそ迂闊に手を出せば怪我をするような茨のような少女だった。
『殺人鬼』などという肩書きがなくとも、彼女はか弱い護られるだけの存在にはならない。
鷹は爪を隠していても、嘴だけでも十分に強いのだ。
《現在 DBO》
6月30日。午後2時。
夏の暑さが厳しい季節の、最も気温の高い時間。
しかし、そんなことが些細と思えるような『暑さ』に、黒ずきんは苦しんでいた。
「暑い……『トーチクラーケン』の炎の結界、まさか地面から噴き上がる炎まで取り込めるなんて……聞いてないし……」
瓶から生暖かい飲み水を飲みながら、小声で愚痴るように呟く。
場所は『時計の町』から1時の方向、『鉄鍋の町』と呼ばれる、地面の所々から湧き水のように高温の炎が噴き上がる町。しかし、その光景は突然の『火事』によって、大きく変わり果てていた。
黒ずきんは焦げた岩陰から、炎の噴出点に囲まれた大岩の上に立つ、その『火事』の原因を覗き見る。
「どーしたのー? 出てきなよー★」
ショートパンツにヘソ出しルック、さらにピンクのショートヘアというクレイジーなファッションでクレイジーに笑う女……犯罪組織『蜘蛛の巣』の先鋒の一人カガリ。炎の魔法を使い、さらに炎の触手に護られている。
炎の触手は燃料補給をし続けないと維持できないはずなのだが、この町では天然の炎を直接吸収して何時間でも防衛力を発揮できる上、余った熱量を本体であるカガリの魔力に還元しているらしい。先程から補給もほとんど見せずに火炎弾や爆炎を乱射している。
簡単に言えば、常時発動の攻性防壁に護られた火炎放射器とグレネードランチャー装備の固定砲台だ。おまけに弾数無限ときている。
対する黒ずきんは……
「《ダムダム弾》は届く前に融けちゃうし、ナイフが届くほど近付けないし、あれ貫通できるほどの闇魔法とかないし……しかも逃げられないし……」
『黒ずきん』としてのメインアームは反支援系の魔法が中心の闇魔法を扱う小さな杖と、サブアームのナイフ、そして素性さえ詳しく明かさなければ誤魔化せないことはないレベル50固有技『ブラッドバレッド』の単発銃、防具は動きやすさと隠密性を優先した薄手のエプロンドレス……はっきり言って、軍備に差がありすぎる。カガリは持久戦で魔力を使い切らせれば勝てると踏んでいたから無限砲台の対策なんてしていない。
戦闘開始から約7時間……本当ならさすがに攻略を諦めて帰りたいところなのだが、それができない状況になってしまっている。
何故なら……
「ああもう! こんなことになるんだったらカッコつけてNPCの避難とか待つんじゃなかったよ!」
ここはそこそこ規模の大きい『町』の中。
しかも昔、黒ずきんが拠点を構えていた場所でもある。
そのため、多少の思い入れがあった黒ずきんは戦いながら人気の少ない町外れまでカガリを誘導し、一般人NPCに被害がなるべく出ないように、そして『燃料』をそこらのNPCや家屋から補給できないようにと、炎の噴出点が多くあまり生活には利用されていない岩場に連れてきたのだが……これが大誤算。
カガリが『トーチクラーケン』の触手を広範囲に展開し、周囲の炎を吸収させながらその触手に持ち上げられて大岩の上に陣取ったとき、黒ずきんは己の失敗を悟った。
完全に地の利を得たカガリは、見晴らしのいい大岩の上から最大級の攻撃魔法をペース配分も細かい狙いも気にせず乱発し始めたのだ。
黒ずきんはとっさに岩の裏に隠れて防いだが、まるで隕石のような威力の『流れ弾』が地面を砕き、岩を割り、離れた町の市街地にまで火をつけた。
高い場所に陣取るというのは、飛び道具同士の戦闘では定石だ。相手に見つかりやすく狙撃される危険はあるものの、飛び道具は上から下へと放つ方が下から上を見上げて放つより遥かに当てやすく、視界も広くとれるので射程も広くなる。
何より、自分へ肉薄しようとする相手がいても、急な坂や壁に守られていればその攻略に手間取っている相手を地面に叩き落とすだけでいい、その安心感が射撃に心の余裕を持たせる。
高いところから相手を見下ろす、それだけでも精神的に有利になるのだ。
おまけに、カガリの場合は足下に無限の天然弾薬庫があり、いくら敵に見つかろうと完璧な防壁がある。これほどの好条件は他にないだろう。
「時間制限の『模倣殺人』も切れた様子はないし……どんだけしっかり準備してきてるんだか……」
まあ、実のところ『黒ずきん』は相手が町中でもダメージを発生させる技を持っていようが持ってなかろうが関係ないのだが、相手がその時間制限で退いてくれる気配がないというのは困る。何せこの異常に暑い中、スナイパーに狙われた歩兵のように岩陰の死角に何時間も閉じこめられてしまっているのだ。逃げたいところだが、姿を見せれば安全圏まで逃げ切る前に丸焼きにされてしまう。
しかも、困ったことにあちらには優秀な観測手がいる。
ザリ
「キュッ!」
「…!」
「トーチ★ 見つけたかな?」
少しだけ動こうとしたが、その微かな音を聞き取る者がいた。
『火竜トーチ』……カガリの足下で周囲を警戒し、主人を護り続けるカガリのもう一体の召喚獣。
攻撃はカガリ自身、守りは『トーチクラーケン』、索敵は『火竜トーチ』……召喚獣二体を含めて一人で完璧な小隊の機能を確保している。
ライトも以前苦戦した相手らしいが……今は輪をかけて分が悪い。
「針山辺りに助け呼んじゃおうかな……いやでもな……」
黒ずきんは、何時間も前に自分の担当する町の戦闘を終えたはずの針山に助けを求めようかと考えるが……メール画面を開く前にやめてしまう。
「いや……これはボクの戦いだ。針山にも……あの町で消えていった『人間』達にも、自分の力でやらなきゃ合わせる顔がない。それに……『狙撃封じ』の茨愛姫が、あんな地の利を得ただけの三流狙撃手になんて負けちゃいけない」
針山に『お嬢様』とは違う存在としての自分を認めてほしい。
傲慢でそんなガラじゃないとはわかってるけど、犯罪組織のせいで死んだ……その中でも『ジャック』が手を下した人達に、せめてもの慰めとして、彼らと同じ『表側の人』として弔い合戦をしてあげたい。
『ネバーランド』で茨愛姫が誇っていた二つ名に恥じない戦いをしたい。
一人で戦う動機なんて、そんなもの意地とかこだわりみたいなもので十分なのだ。
黒ずきんは、音を立てないように慎重に手を動かし、持ち物をチェックする。この状況を打破するのに使えるものを探すために。
思えば、以前もこんなことがあった。
あの時はMPKされそうになって、洞窟の隠し部屋に閉じこめられたが、持っていた道具をフル活用してその状況を打ち破り……勢い余って真の殺人鬼になってしまったのだったか。
しかし、今度は……
「さあ、正義の時間だ」
殺人鬼はお休みして、たまには正義を演じてみよう。
大岩の上で、カガリは魔法の杖をかねた煙管を咥え、軽めの『ハーブ』を吸いながら眼下を睥睨する。
シャークから与えられた任務は『クエストを利用した奇襲とライトの身柄の奪取』、そして予備プランとして『それを妨げられた場合の敵防衛戦力の打倒』だ。最前線級の実力を持つカガリを止められるほどの戦力をぶつけられたなら、それを削れば敵戦力には大きな痛手になる。幸い『鉄鍋の町』はカガリの能力を本来の何倍にも引き上げられる。どんな大軍勢が来ても……それこそ、『イヴ』相手でもそうそう破られはしない。
炎の蛸『トーチクラーケン』は今、限界まで炎を取り込んで巨大化し、触手の長さは10m以上、太さはカガリの腕よりも太く、しかも最大の弱点だった持久力に制限がない。
八本の触手の内の四本は常時防御のため自身の周囲に巻き付けるように配置し、三本は5mほどしたの地面から噴き上がる炎を吸収し続け、残りの一本はカガリ自身に繋がれ火属性の魔法を使う際の魔力補給管として使用できる。
おまけに、足下の『火竜トーチ』が周囲を警戒しいるので、カガリが集中力を切らして敵を取り逃がす心配はない。
初弾で殺す気の一撃を放ってきた相手はなかなかの手練れらしかったが、丁度カガリが求めていた地形まで誘導するように戦ってくれてからはどこかに隠れて姿を見せてこない。近くにいるのは確実なのだが、隠密行動が得意なのかどこにいるのかはわからない。
しかし、勝負は時間の問題だ。
これだけ時間が経っても援軍が来ないということは、一人で戦うしかない理由があるのだろう。ならば、あちらが我慢比べを諦めて出てくるか、あるいはこのまま熱にやられるのを待てばいい。ゲームの世界と言えども、真夏日のこの時間は暑い。さらに炎に囲まれた状況なら体力(EP)も消耗するし精神もすり減っていく。いつかは動けなくなるだろう。
「もしかしたら……案外もうどこかで倒れてるのかもしれないけどね★」
カガリが敵をあぶり出すための攻撃魔法を詠唱しようとした……その時だった。
顔面めがけて、ガラス瓶が飛んできた。
「……ばーか★」
ガラス瓶は自動的に反応した炎の触手に弾かれて割れる。中には液体が入っていたらしいが、それもすぐさま蒸発する。
「トーチクラーケンの守りは完璧なんだから★」
たとえ瓶に爆薬が入っていても、『トーチクラーケン』は爆発を吸収できる。毒ガスならカガリに届く前に燃やし尽くす『熱消毒』の魔法陣を足下には敷いてあるし、たとえ高融点のベアリングのようなもので物理攻撃を仕込んでいたとしても、炎の触手は形状を保つための爆風が常に発生し表面を覆っているため生半可な物理なら簡単に弾き飛ばせる。
守りは完璧。むしろ今の攻撃は自分の位置を絞らせただけだ。
「トーチ、今の場所を……」
「ピギッ!」
『トーチ』に指示を出そうとした瞬間だった。
炎の触手の間を『すり抜けた』弾丸が、トーチの胸に大穴を空け、一瞬のうちに召喚を解除させ、火が消えるように消失させる。
「一体何が……!」
そして、驚きも束の間、突然視界が真っ白に染まる。
索敵能力担当の『トーチ』がいなくなった瞬間に……視界を奪われた。
煙玉……? さっきの瓶か……しかし、確かに瓶の中身は一度完全に蒸発し、その時は無色透明のになった。だからこそ、敵もトーチを狙い撃ちできたはず……いや、それ以前に『トーチクラーケン』に守られてるはずなのにどうして『トーチ』が……
「どうなってるのよ! これは!!」
『ハーブ』のせいで冷静さを失ったカガリは、錯乱し周囲を手当たり次第に魔法で爆撃した。
カガリの誤算は三つ。
一つは、『トーチクラーケン』の自動防衛能力が『術者』を完璧に守るためのものであり、別能力の『トーチ』の守りは完璧ではなかったこと。
カガリを守るために触手を瓶の方へ集中させたことで、足下の『トーチ』の周りでは触手の密度が薄くなったのだ。
二つ目は、煙幕の正体。
カガリの視界を妨げた煙の正体は、最初に投げられた瓶……《水筒》の中の飲み水だ。毒など含まれていない、ただの水。
水は高熱で一瞬にして蒸発し、触手の周りの風に流され……その周囲の『温度の低い場所』で凝結して霧のようなエフェクトを引き起こす。勘違いされることも多いが、熱湯の湯気 が白く見えるのは冷たい外気に触れて冷えてからなのだ。
黒ずきんは長時間の観察で気付いたが、カガリは炎の触手に囲まれた状態でも暑さを苦にした様子を見せない。衣服も耐熱性の加護があるようには見えず、むしろ薄着をして暑さを凌いでいるようにも見えるが、いくら暑いのに強くても炎の触手に囲まれて長時間過ごすなら、どう考えても長袖の方がいい。しかし、カガリはある程度以上の暑さを感じていない……それは、彼女の周辺が冷えているから。おそらく、『トーチクラーケン』が熱を吸って内部の気温を調節している。
ならば、一度完全に見えなくなった水はその内側に入り込んでから湯気になる。無害な湯気ならば、触手も反応しない。
そして、三つ目の誤算は……
「はあ、はあ……やった……かな?」
数分後、火炎の魔法を乱発し続けたカガリはやっと冷静になり、辺りを見回す。
頭に血が上っていた時に魔法を乱発しすぎたせいで、火炎弾は地面を大きく抉って焦げたクレーターをいくつも作り、岩を砕いて地形が少し変わってしまった。煙幕はすぐ消えたが、爆発が立て続いたせいで敵がどこへ行ったかもわからない。
もしかしたらマグレで一発くらい爆発に巻き込まれいるかもしれないが、こんな状況なら普通は逃げるだろうし、爆煙で攻撃が止んでからも視界が遮られていたから、ある程度逃げられるくらいの時間はあったかもしれない。
とりあえず、敵の気配を探って……
「あ……あれは……」
その時、カガリは見つけた。
クレーターの一つ、人一人くらい隠れられそうなサイズの岩のすぐ隣にできた、焼け焦げたクレーターの周りに……真っ黒な肉片らしきものが、散らばっているのを。
カガリは、笑みが浮かぶのを押さえられなかった。
「……直撃、してたのね★」
カガリは大岩から触手を使って降り、クレーターへ歩み寄る。
カガリの最大級の単発爆撃を受けた地面には半径2mほどの浅いクレーターと焼け跡、そして燃えて炭化したのか真っ黒になった肉片がそこかしこに落ちている。
「アハ……アハハハハ★ 紙装甲だったにしても木っ端微塵って!! アハハハハ★ 岩陰から逃げようとした直後に直撃ってどんだけ運悪いのよ!! ハハ★ 最後にどんな顔して吹き飛んだのかそのマヌケ面見たかったけど、これじゃ無理ね!! アハハハハ★」
狂ったように笑うカガリ。
笑いながら焼け跡を踏みにじり、相手が最後にどんな姿で逃げようとしていたのかを想像するようにクレーターの中心に立ち……聞いた。
「忍術スキル『影分身の術』」
詠唱の直後、周囲に突然四つの人影が出現し、向かってくる。
忍術スキル『影分身の術』。『虚影』という技で一瞬だけ自身を『消す』ことで、その間の自分の動きをその空間に『設置』しておき、後からその動きを分身になぞらせるという技。攻撃のあたり判定も後回しになるため時間的火力は増えないが、盾や囮……そして『罠』として利用できる。
ナイフを振りかぶった黒ずきんが、カガリを四方向から取り囲み、同時に攻撃してくる。
しかし、問題は分身達ではない。
炎の触手四本でナイフを防御、さらに四本で反撃……そして、カガリ自身を守る触手は『ゼロ』になる。
ならば……
「本物は…!」
「ここにいるよ、バーカ」
その瞬間、クレーターの隣の岩陰から、炎の触手の間を通るように黒い閃光が放たれる。
狙いは、杖を持つ右手。
黒い閃光……闇属性魔法が直撃し、右手はそのデバフ効果で局部的に麻痺し、杖が遠くへ吹っ飛ばされる。
そして、さらに黒い閃光はカガリの左肩、両膝を撃ち抜き、麻痺して動きが封じられる。
分身が消え、触手が防御配置に戻る瞬間に飛び退いた、闇属性魔法の使い手……黒ずきんは、不敵に笑みを浮かべる。
「あんたの一番の誤算は、ボクの間合いに誘い出されたことだよ」
《黒い魔臓》……それが、黒ずきんが自身の死体の身代わりとしてバラまいたアイテムの正体……そして、さらにその正体は『黒いもの達』のドロップアイテムだ。
『解体スキル』を持っていたためか『ジャック』として『切り株の街』で戦ったとき大量にドロップしていたようだが、どうやらナビキの『複製災害』で分裂して生まれた個体を他の個体が補食したとき高効率でEPを引き継ぐための燃料タンクのような臓器がアイテム化したものらしい。
フレーバーテキストによると『栄養満点』らしいが、元がナビキであることを知っているとなかなか食べ物としては見れないが……
「さて、こっちも体力満タンだし、そろそろ決着つけようか」
黒ずきんは、魔臓の一つを呑み込んでEPを満タンまで回復させ、待ち伏せで受けたダメージに動揺するカガリに杖を向け宣言する。
「もう、離れないから」
杖を手から離され、さらに行動阻害の魔法で四肢の動きを制限されたカガリだったが、やはり元は最前線の攻略プレイヤーだったこともあり判断は早かった。
八本の触手の内一本を腰に巻き付けて身体を支え、一本を近くの炎の噴出点に向かわせ、四本を自分を囲む檻のように編み、最後の二本を腕に巻き付け、両手の延長のように操作する。
炎熱の鎧と鞭、それがカガリの奥の手。
手の動き、その手を動かそうとする意志に従って鞭は動き、物に触れると爆発を生じる。
だが、黒ずきんも負けはしない。
この至近距離は、黒ずきんの領分だ。
「この距離なら、大砲より拳銃の方が強い」
黒ずきんはカガリの周囲を高速で移動しながら低級の単発行動阻害魔法を連射し、それを防ぐ炎の触手を逆に利用してカガリの視界を妨げて反撃を防ぐ。太過ぎる触手は大きな目隠しとしてデメリットを露見する。
そして、触手の動きが攻撃に対し徐々に遅れ始め、カガリ自身も身を逸らしかわし始める。
「チィ! ……ちょこまかと!」
「何メートルも離れた場所から発射された射撃攻撃ならともかく、この至近距離からの多角攻撃には間に合わないでしょ?」
詠唱の短い、低威力の射撃魔法。
そして、爆発する炎の鞭を回避ながら防御しようとする触手の隙間を通して標的を狙う技術。
銃撃戦や弾幕戦ならば火力で勝るカガリだが、至近での戦闘なら黒ずきんが上だ。
誰が見ても明らかな形勢逆転。
炎の補給もままならず、『トーチクラーケン』の炎の勢いも急激に衰えていく。
攻撃が当たらず、一方的に攻められ続けるカガリは……
「ふっざけんなこの小娘があ!!」
腕の二本だけでなく、身を守っていた触手も一本だけを急所を護るために残し、残りの全てを地面に叩きつけて、一斉に起爆させる。
これにはさすがの黒ずきんも……
「『六方向への殺意の発散』……『予知』の通りだよ」
カガリが、爆発の殺傷圏をギリギリすり抜けるように迫ってくる黒ずきんを目に捉えたのは、その手の『拳銃』の引き金が引かれる直前だった。
だが……
(あの銃の弾は……)
カガリは口角を上げ、触手で防御の構えをとる。
おそらく、あの弾は初撃の不意打ちと同じ弾……熱に弱く、威力はあっても触手を貫通できない弾だ。ならば、これを防げばその直後周りの触手を引き寄せて敵を捕らえられる。
カガリは勝ちを確信し、叫んだ!
「私の勝ちだ!! くたばれ!!」
しかし、黒ずきんは……冷静に答えた。
「くたばるのはあんただよ。馬鹿女」
引き金が引かれる。
弾が発射され、炎の触手に当たり、その高熱の中をつき進む。
そして……
触手を突き抜けた弾は、あっさりとカガリの胸を撃ち抜いた。
「……え?」
訳が分からないように後ろに倒れるカガリ、触手も消えていく。
そして、その最中……黒ずきんは言った。
「弾頭を改造してはいけないルールはないからね……《ダムダム弾》は弾頭に柔らかい金属を使うから当たったときに変形して衝撃を伝えやすいけど、熱さに弱い。だから、弾頭を抉って埋め込ませてもらったよ……この町の常に炎に焼かれ続けても耐久が減らない石ころの欠片を削ったやつをね。上手くできるまで時間がかかっちゃったけど」
黒ずきんvsカガリ……勝者、黒ずきん。
カガリはHP的には致命傷だったが、心臓は外して撃たれていたため蘇生に成功、捕縛された。
同刻。
二人の『模倣殺人』の能力者、『カイン』と『アベル』はナビキを見張る。
シャークの要請では拘束用の『本』を持ってくるように言われていたが、二人の手にはそれはない。二人の主人が持たせなかったのだ。
表向きの理由は『本』が貴重なアイテムであり、相手を操る『模倣殺人』の二人がいれば問題はないだろうという理屈。しかし、それが本当の理由でないのは明らかだった。
しかし、二人はそれをまだ知らない。
自分達が……『餌』だということを。




