171頁:真剣勝負には意地でも勝ちましょう
それぞれのキャラの活躍を期待していた方、ダイジェストっぽくなってすみません。
ギルド『OCC』は、犯罪組織の秘密兵器『イヴ』によって、一度崩壊の危機にさらされた。
黒ずきん……ジャックは、針山を傷つけられたことをまだ赦していない。
花火は、操られて椿を傷つけたことを、後悔している。
対して、シャークのチームの戦闘員達は、ここまでの緒戦で勝ち続けてきた側だ。全て上手く行き、相手に対して恨むようなことも、奪われた物もない。
さて、勝ち続けてきた方と負け続けてきた方、どちらが優勢だと言えるだろうか。もちろん、白星と黒星を比べればその差は明らかであり、勝者の得た戦利品はさらに勝ち続けてきた方を強化するだろう。
しかし……モチベーションはまた別の話だ。
傷つけられたプライドは、最後を譲るまいとする意地は、負けても立ち上がったという自負は、その心を支える力になる。
死んだら負けのデスゲーム……しかし、生きている限り何度でも立ち上がる権利がある。それこそが、デスゲームの醍醐味だ。
《現在 DBO》
時間は少し遡り午前9時。
『時計の街』の周囲の六つの街で戦闘が始まってから2時間。個人と個人の戦闘時間としてはかなり長い時間だが、この時点でようやく一組の決着がついた。
場所は『車輪の町』。
中国映画vsアメリカ映画のようなアクションを繰り広げていたミク、マックスの格闘は唐突に終わりを告げた。
何故なら……
「アイヤー、ストップネ。降参するヨ」
突然、ミクがトロッコの上で手を挙げ、降参の意を示したのだ。ヌンチャクも腰紐に挟んで武装放棄の構えまで済ませている。
蹴りを繰り出そうとしていたマックスは、呆気にとられて動きを止めるが、ミクは不意を打ってくる様子はない。
「どうしたんだ、いきなり」
「今、うちのご主人様からメール来たヨ。さっきから何度も来てるから、多分ヘルプメールネ。迎えに行くヨ」
「……逃げるって事か? 決着もまだついてないのに」
「だから降参する言ってるヨ。世の中には勝ち負けより大事なものたくさんあるアル。お金とか、ダメなご主人様の世話とかアルネ」
「……倒したら捕まえるように言われてるんだ。悪いけど、簡単に逃がすわけにはいかない」
「アチャー、それは悪いネ。今度また相手するから、ゆるしてほしいヨ」
ミクが軽い口調でそう言い……手を下げ、顔を覆った。マックスが首を傾げたのも束の間……ミクは、指の隙間から笑った。
「そっちの『ゾンビ』に言っておいてほしいアル……『次は、本気でやるヨ』」
そして、顔を覆っていた手を顔から離すと……そこには先程まではなかった『札』が貼られていた。『僵屍』という古めかしい文字が大きく書かれていた。
そして、心なしか土気色に近い顔色になったミクは、マックスに向けて別れの言葉のように言う。
「マックス、おまえはヒーローとして二流ネ。空も飛べないアル。だけど……一流の『僵屍』は、空だって飛べるネ!」
直後だった。ミクは、宣言通りに宙に浮き、トロッコとは逆方向へ飛んでいったのだ。
おそらく、ご主人様……シャークを助けにいったのだろうが……
「……まだ本気じゃなかったのか……悔しいな……」
マックスvsミク。
勝者はマックス……しかし、快勝とは言えない、なんとも苦い後味だった。
次に決着がついたのは10時過ぎ。
ほとんど時間差なく二つの戦いが決着した。
先に決着したのは、『石碑の町』の戦い。
「うぐぁ……グホッ、グホッ……貴様、一体何を……」
有刺鉄線で縛られ、音の衝撃波を放とうとするも咳き込むコールに、針山は慇懃に頭を下げる。
「あなたの『歌』は攻防一体、死角のない、単純故に厄介な能力でした。しかし、その分弱点の見極めは容易……あなたは、『歌』の途中に息継ぎをする必要がある。そして、息継ぎの瞬間があるという事は、意識して大きく息を吸っているということです。ですので私は、前もって石槍にはこのようなものを仕込ませていただいておりました」
針山が袖から出して見せたのは、縦に無数のひびが入った透明な鉱石。これこそが、針山の仕掛けた仕掛けの種。コールから歌声を封じたものだ。
「それは……『毒』か? だが、ゴホッ、毒対策は万全なはず……なぜ、浄化されなかった……」
「毒ではありません。これは『塵水晶』……とでも呼ぶべきでしょうか。この鉱石は砕けると微細な『針』となって宙を舞います。そしてこれを深く大きく吸ってしまえば喉やその奥の気管部分に刺さり、深く傷をつけていきます。ここまで歌い続けられた執念はさすがなものですが、とうとう気合いなどではどうにもならないところまで来たようですね」
「ぬぬぬ……ゴホッ、ゴハッ」
コールは有刺鉄線をふりほどこうとするが、そんな力はない。ポテンシャルのほとんどを歌のためにEPにでもつぎ込んでいたようだが、今ではもうその歌すらも唱えないのだ。
「おのれ……私は歌い続けるのだ……この世界で……」
しかし、それでも目に執念を宿すコールの顔を見て……針山は、静かに口を開く。
「『コール・ウェストン』……日本人とアメリカ人のハーフで、プロの男性歌手でしたが、喉に腫瘍が出来てそれまで通りの声が出せなくなったので引退……数年前からはほとんど表舞台に立つことがなく、ほとんどの人から忘れられた不幸な音楽家。それが、あなたですね。昔、コンサート映像を見たことを思い出しました」
「……私にはこの世界しか、私が唱えるのはここしかないのだ」
「あなたが歌以外の能力を何も使わなかったのも、あなたなりのこだわりがあるのでしょう。大事な喉を傷付けるという卑怯な策を弄したことをお許しください。そして、そのついでといってはなんですが……」
躊躇のない動きだった。
針山の懐から突き出した穴の開いた鉄針が、コールの喉を突き刺し、口に代わる『通気口』としてヒューヒューと笛のような音を立てる。
「!……!!」
コールは驚愕するも、もはや口から声は出ない。
「とりあえず、護送中抵抗されると困るのでその歌声は完全に封じさせていただきます。安心してください、死にはしませんから」
針山は微笑みながら躊躇うことなくコールの舌や唇、耳までも『封じて』いく。
相手のプライドや思い入れなど関係なく、それらの『大切な物』を、相手の目の前で串刺しにして曝していく。
それが拷問狂の殺人鬼、針山の『本領』。
針山vsコール……勝者、針山。
しかし、本当に長いのは勝敗がついた後からだった。
一方、少し時間はずれて『戦士の町』にて。
互いに『金剛錬武』と『場外乱闘』『スパルタガッツ』で自身を強化した法壱と花火は、素手で壮絶な殴り合いを続けていた。
互いにダメージはほとんどなく、武器も戦略もない。
ただただ、その気力だけの……根性と度胸だけの勝負。
スピードを犠牲に筋力と防御力を引き上げ、岩のような身体で拳を振るう破壊僧法壱に対するのは、運動能力を底上げする技と蓄積する痛みを対価に常識外の耐久力と回復力で立ち続ける花火。
技の特性的にこの勝負は対等なものではなかった。
攻撃力はほぼ互角だとしても、防御面には大きな差があるのだ。
法壱は僅かにダメージを受けるものの、痛みはほとんど残らない。ゲームのシステム的に痛みは現実世界の半分ほどに抑えられていることを考えると、ほとんど問題にならないレベルだ。回復系のスキルも持つことを考えると、その持久力は一級品。
それに対し、花火はHPのダメージを受ける以上の速度で回復していく代わりに……その『痛み』が真っ赤なエフェクトとして残り続ける。殴られた痕だけではなく、殴った拳でさえも痛みを蓄積していく。半減した痛みだろうと、蓄積すればその苦痛は多大なものになる。数値的ダメージがなくとも、その『苦痛』は精神を削り取る。
結果の見えている勝負だった。
「ぅうら!!」
「ぬあっ!?」
血のように真っ赤なエフェクトを全身に纏った花火の、真っ赤な拳が法壱の顔面を突き抜けるように殴り飛ばした。
そして、さらに力強く歩み寄った花火は、法壱の胸倉を掴んで拳を振り上げ……
「ま、待ってくれ! 俺の負けだ! もう殴らないでくれ!」
血のように真っ赤なHPバーを携えた法壱が、必死の形相でそう叫び、花火は手をギリギリで止める。法壱にはもう、HPはほとんど残っておらず、回復するためのスキルを使うEPも残っていない。
三時間に及ぶ殴り合いの末……とうとう、花火の拳が法壱の高い防御力に守られたHPと体力を削りきったのだ。
もちろん、それは一方的なものではなく、花火も無傷ではない。ずいぶんと前に掴まれて脱ぎ捨てた特攻服は地に落ち、その下のジャージは殴り合いのせいでボロボロ、上半身の前面には痛みを示すエフェクトがない部分の方が少ない。だがしかし……背中には、一切のエフェクトがない。
花火は、法壱との殴り合いで一度として背中を見せなかった。攻撃を避けることなく……全てを、正面から受けきったのだ。
法壱は力尽きたように大の字に倒れ、花火がそれを見下ろす……勝敗は明らかだった。
あまりに強靭な花火の喧嘩根性に、そして命の危機すら感じるその気迫に、法壱の精神が屈したのだ。
「チクショウ……まさか女に喧嘩で負けるとは思わなかった……強えな、あんた」
横たわる法壱に跨がるように立つ花火は、全身に痛みを感じているはずなのに、楽しげに口角を上げる。
「うちも、こんだけ喧嘩につきおうてくれる男は久しぶりや。逃げずにようここまでやってくれた。楽しかったで」
「足が遅くて逃げられなかっただけだぜ、技解いたら本当にすぐ殴り殺されると思ったからな……あんたこそ、どうして避けなかった? 俺のおっそい拳なんて、避けるのわけなかっただろ」
「アホかい! 拳銃や真剣ならともかく、素手喧嘩でそんな無粋なことせんわ! あたしはそういうしみったれたやり方嫌いやねん。そこら辺あんたは気に入ったで、リベンジしたかったらいつでも歓迎や」
ハラリと……花火のボロボロになり耐久力が尽きた服が、風と共に花火の身体から離れる。
その露わになった肌に刻まれているのは……刀傷や銃創の数々。明らかに、一般人が日常生活で受ける訳のない種類の疵痕。極道の抗争にでも巻き込まれたような、法壱との殴り合いなど自慢にならないような経歴の証。
「こちとらいつでも準備オーケーや。寝取るときでも、男かっ食らってる時でも、女抱いてる時でも、いつでも相手したる。だから、今は悪いこといわんで大人しく捕まりや……あたしは、気に入った男のの『タマ』取るのは嫌やからな」
花火は、暗に『逃げようとすれば殺す』と言い含める。それは、彼女に本当に『殺す覚悟』があるから言えることだろう。
法壱は、抵抗する気力すら起きず、力なく笑った。
「ふはは、あんた本当……『漢』だな、全く」
すると、花火は心外そうに膨れ顔をしてみせる。
「失礼やな、あたしは見ての通り『女』やって」
恥ずかしげもなく堂々と胸をさらして腕を組むその姿は……どう見ても、誰よりも男らしい女だった。
花火vs法壱……勝者、花火。
二人は拳で語り合った末、互いを認め合った。
そして、正午を少し過ぎた辺りで、また一つの戦いが決着した。
『館の町』にて。
ABの召喚した近代戦車『レオパルドX』に蹂躙され、破壊された瓦礫の陰から、戦車の様子を『音』で探る者がいた。
闇雲無闇……彼女は、直接相手が見えずとも音でかなりの範囲を詳しく認識できる。これと弓の曲射を合わせば、射線の通らない位置からでも一方的な狙撃も可能であり、相手に一切の反撃も許さない完封も難しくない。
しかし……今回の相手は、『障害物』くらいではものともしない相手だった。
「発射!」
無闇が瓦礫の裏から飛び出して逃げると同時に、瓦礫の山が吹き飛んだ。
『レオパルドX』が主砲で吹き飛ばしたのだ。
「ふ、ふ、ふ……この温度センサーにかかれば、コソコソと隠れ続けるネズミを見つけるのもかーんたん」
その独り言が聞こえているのを知っているかはわからないが、どうやら戦車には温度センサーなるものがあり、それで体温を感知されたらしい。
様々な機能を搭載し、分厚い装甲を誇る戦車に、闇雲無闇は予想以上の苦戦を強いられていた。独り言を聞く限りだと、あの戦車は独自にカスタマイズ可能な機能があるらしく、自ら製作したオプション部品を組み込んで対人戦がしやすいようにチューニングしてあるようだ。砲弾も装甲を打ち抜く装甲弾より着弾後爆発する炸裂弾や無数の鉄針に分裂する分裂弾などが多く込められており、無闇も何度か危険な状況に追い込まれている。
しかし、普通に射ても矢は装甲を貫けず、AB自身も警戒してなかなか外に出ない。
この状況でどのように勝つか……
その時、『ガガガ……』という、まるで草刈り機に小石が挟まったような音が聞こえ、無闇は『勝利』を確信した。
「あれ!! 転輪のゴムがいかれた!? 吸気口も!? まさか矢に魔法陣を仕込んでたの!? でも、対魔装甲はどうなってやがんのよ!!」
戦車が頑強な装甲板に守られてると言っても、稼働する以上露出したギミックはそこかしこに存在する。
履帯の部品にはゴムが使われている。そして、戦車の吸気口に火炎瓶でも投げ込めば戦車を壊せるというのはある種有名な話でもある。
無闇はそこに、矢を打ち込んだ……内部に酸や可燃性の薬品を封入した、筒状の陶器の矢だ。
正確な狙いで機関の奥まで刺さった矢は、ギミックの動きで砕けて内部の薬品を解放する。矢の利点は、ゲーム特有の魔法を込めた『魔弓』を放てることばかりではなく、弾丸や砲弾よりも高い精度で大量の『タネ』を仕込めることだ。鏃に毒を塗るだけでなく、矢の棒部分を改造したり、発射に爆発を利用しないため素材そのものに火薬を含ませることもできる。
人類が弓矢でマンモスを駆逐できたように、闇雲無闇は弓矢で戦車を圧倒した。
そして、戦車を潰されたABにもう打つ手は……
「こうなったら……命令通りに、奥の手使うか。オーバー50『超速改修』!」
「……!」
突然のことだった。
戦車から壊れたパーツが弾け飛び、残ったパーツだけでも走行できるよう、組み換えられる。重量を減らすため砲台や機関銃も取り外され、部品が空中に消える。
「三十六計逃げるに如かず!」
そして、戦車からバージョンダウンした軽量装甲車が、一目散に瓦礫の山を踏み越えて逃げていく。
「燃料もう全然ないし! 今回は勝ちを譲ってやるけど、次は負けないからねー!!」
「……」
無闇は、そのあまりにも潔い撤退の姿勢にその背中を見送るしかなかった。
闇雲無闇vsAB……勝者、闇雲無闇。
しかし、シャークの教育の賜物か、見事な撤退だった。
そして、午後1時。
もはや町を完全に離れて必死の逃走を繰り広げるシャークを除く最後の戦場『鉄鍋の町』にて。
地面から常に火の出続けるこの町では、『時計の町』の防衛側にとって少々想定外の事態が発生していた。
「アハハハハハ!! どうしたの? かかっておいでよお嬢ちゃん!!」
地面から漏れ出る火を触手から取り込み続けて巨大化した『トーチクラーケン』に護られながら笑うカガリ。対するは……
「あれ……完璧に地の利もってかれてる」
圧倒的な熱量に近づくこともできず、遠距離からの攻撃も全く通らない。
カガリは炎の魔法に特化した魔法使いであり、その固有技『トーチクラーケン』は燃料を周囲から補給して自動的に本体を護る炎でできた蛸のような召喚獣だ。本来なら、燃料が尽きるまで攻め続ければカガリの防衛は破れる。ライトからはそう言われていたが……
「地面から湧き出る炎まで吸収できるなんて聞いてないんだけど……」
黒ずきんは、一番の苦戦を強いられることとなっていた。
ちなみに、マックスの前から逃げたミクは真っ直ぐシャークを助けには行かず、町の周囲を密かに取り囲む妖怪軍団やプレイヤー達を避けて逃走ルートを確認してから向かっているので(一応事前の指示通り)シャークに助けが来るのは数時間先になったという裏設定になっています。(ミクがシャークを焦らしてピンチになったところを助けたかったという側面もなくはないですが……ギャグテイストな逃走劇を演出させられるシャークがちょっとかわいそうかも…)




