169頁:大局も大事ですが、個人戦も大事です
作者は敗者復活戦とか大好きなタイプです。
今回は、一度黒星がついてる『OCC+α』の出番です。
ライトの『公開処刑』は、6月30日の午後7時に行われる。
それは、『イヴ』が商店街に攻め込んだ時間とほぼ同じ時間。現実世界を再現した夏の空が、血のように赤く染まる夕暮れ時。
場所は『大空商店街』のギルドホームである『本部』の前に建設された急造の処刑台の上。一度は『イヴ』に破壊された商店街を一望できる特等席。そこでライトはプレイヤーを殺すことの出来る特殊な武器を持つ『処刑人』によってHP全損の刑を受けることになる。
それまでは居場所は秘匿され、一部の者しか知らない。もしかしたら既に『本部』の中で拘留されているかもしれないし、あるいは街の外からギリギリになって護送されてくるかもしれない。確実に彼のいるタイミングを狙おうとする者は、襲撃のタイミングを処刑直前に限られる。ライトが『本部』にいると賭けて襲撃しても本当は別の場所にいたなら今度は場所がわからないところへ連れて行かれるかもしれない、逆もまた然りだ。
つまり、それは午後7時……その時間こそが、『決戦』のタイミングになるように仕向けられているのだとも言える。タイミングを限定することで迎撃準備を整えて防衛側も侵攻側と同様に全力で防御出来るようにするための策だ。
しかし、形だけとは言っても略式裁判、仲間の情報を吐かせる尋問、協力ギルドの準備……それらを考慮に入れても午後7時は少々遅い時間だ。敵側には大量の『黒いもの達』がいることも予想されるが、黒い身体が闇に紛れるそれらをわざわざ夜に近い時間に迎え撃つのは得策とは言えない。その状況の有利さこそがさらに敵にそのタイミングを選ばせるとしても、それだけの目的にしてはリスクが高すぎる。
この遅い時間には意味がある。
それは、『敵陣』に戦術を仕掛けるの時間的な幅を与え、衝撃を緩衝すること。もっとわかりやすく言えば、『最終決戦』では引っ張り出せないような特殊な駒を決戦準備の妨害のために使わざるを得なくさせ、『前哨戦』でそれを削り取ることだ。
そして、さらに感情的に言うなら、個人的な動機で戦いたい特別に強いプレイヤーが敵の中でも特別な位置にいるプレイヤーと個人的に争う『個人戦』の機会でもある。
敵軍と自軍が全員一斉に激突するだけが戦いではない。
名を名乗り、将同士で正々堂々刃向かいあうのもまた伝統的な正しい戦いの一つ。
『私怨』や『誇り』で戦うことの出来る、戦いの形。
戦端は、雪辱戦から始まる。
《現在 DBO》
6月30日。
朝7時。『公開処刑』まで残り12時間。
『時計の街』の1時の方向、地面から炎の常に漏れ出る『鉄鍋の町』にて。
一人の女が、薄着の下着のようなファッションにローブを着込んで、商人NPCと話している。
「『時計の街』への護衛をするから、馬車の荷台に乗せてくれない☆ ほら、あの街に出荷しなきゃいけない大事な荷物なんでしょ?」
女はNPCの商人からクエストを受注し、朝一番の馬車の護衛として『時計の街』まで便乗しようとしている。このクエストはNPCにほぼ自動で転移設備のない『町』と『街』の間を運んでもらえる移動に便利なクエストだが、移動の速さだけ考えればモンスターを蹴散らせる高レベルプレイヤーが馬に乗って走った方が速い、プレイヤー全体のレベルが上がった昨今ではあまり重宝されない。
しかし、今日の利用者はこの女の他に『もう一人』いた。
「ねえ、おねえさん。ボクも一緒に乗っていいかな? スペースが空いてればだけど」
先にいた女が目を向けるとそこにいたのは、黒いフードケープをまとって顔を見えなくしているが、黒いエプロンドレスのポケットに手を突っ込んでいるとわかる少女。腰に30cmほどの短めの杖を携えた魔法職系のプレイヤー。
「えっと……ごめんね☆ この馬車は御一人様用なのでーす☆」
「……結構広そうに見えるけど」
「どんなに広そうに見えても、プレイヤーは一人しか乗れないの☆」
「そっか……じゃあ、しょうがないよね」
その瞬間、小さな大砲のような発砲音と共に、少女の『ポケットの中』から発射された弾丸が女の顔面目掛け発射され、女のローブのフードがその『内部』で起こった衝撃に跳ね上がった。
そして……
「痛ったいわね!! 今のは本気で痛たかったわ!!」
『炎の触手』によって弾丸を受け止めていた女……フードが取れて顔をさらしたカガリは杖を振り上げ炎をまき散らすが、少女はそれを回避してフードケープを取る。
「チッ、不意打ちのヘッドショットでも止められる強度の常時発動型の防御壁か……初撃で殺せれば楽だったのに」
少女……『黒ずきん』は、炎を避けながら杖を振りかざし、馬車の馬を狙って魔法を放つ。
魔法は馬に命中し、地面に倒れ込ませる。
「なるほど……将を射んとするならまず馬からって言うけど……シャーク様の作戦、ばれちゃってるわね☆」
「これでそのクエストはもうしばらくは執行できない。大人しく帰る? それとも……」
黒ずきんはカガリに、妙な殺意が僅かに混ざっているを感じる。『模倣殺人』の『陰性タイプ』……凶暴性が低く時間制限がある代わりに、自律的に動けて『HP保護圏内』でもプレイヤーを殺傷できる能力を植え付けられている。
つまり……邪魔者は殺す、その準備は万端ということだ。
「転移もできない町でそう簡単に逃がしてくれる気はないでしょ? だったら……」
カガリは煙管を加え、香を燃やして煙を吸う。
そして、ハイになったテンションで黒ずきんに笑いかける。
「あなたのこと、燃やし尽くしちゃうぞ★」
黒ずきん(ジャック)vsカガリ。
殺人鬼の表の顔と、元攻略プレイヤーが、衝突する。
『積み荷を護れ』
それが、『時計の街』と周囲の町を繋ぐクエストの名前だ。内容は文字通り商人の馬車を護衛し、積み荷を護ること。
そして、このクエストには少々特徴的な性質がある。それは『難易度が運次第で変化する』という性質だ。運が良ければモンスター一体とすら交戦せずに快適に辿り着けるが、運が悪ければ雨嵐に見舞われながら、時には竜巻で吹き上げられたモンスターの雨の中を街まで行くことになる。
高レベルプレイヤーならばどれだけ運が悪くても余裕で切り抜けられる程度の障害しか現れないが……重要なのは、天候すら変動するこのクエストが空間的に隔離されて移動するということ。実は積み荷の中に《冒険者教本》という魔導書が積まれていて強制的に異空間に巻き込まれて『冒険』を体験させられるという裏設定があるのだが、この『異空間』の移動が問題なのだ。
このクエストさえ利用すれば、索敵をくぐり抜けて『時計の街』に入り込むことができる。当然のように警戒されているゲートポイントも通らず、東西南北の門すらも通り抜けることができる。しかも、《冒険者教本》を破壊すれば異空間は抜けられる。出現地点を見張るのも効果が薄い。
一部の者しか知らない、『時計の街』への侵入経路。そこで、これを知っていたシャークのとった策が『少数精鋭で街に潜入し、ライトを秘密裏に拉致する』というもの。シャークの見立てでは、ライトは必ず『時計の街』にいる。何故なら、別の街にいるならゲートポイントから処刑台までの移動に大きな隙が出来るはずだと考えたからだ。
だからこそ、シャークは自身の部下を送り込んで『公開処刑』の前にライトを拉致誘拐することで計画を狂わせ、ナビキの暴走を止めようとしているのだが……ライトはまた、それを予知していた。
そうなれば、ジャックの広域『殺気探知能力』によって警戒人員を配備するのも難しくない。
この戦争で、これまで辛酸を舐めさせられてきた強者達の……活躍の時だ。
『時計の街』の5時の方向、洋風の館の立ち並ぶある町『館の町』にて。
砲音が鳴り響き、上流階級らしき服を着たNPC達が逃げ惑い、並んだ館の窓が砕ける。
「はは! そんな旧式の武器で挑んでくるなんていい度胸じゃない! 時代は現代兵器、弾丸と銃の時代だよ!」
世界観をぶち壊す戦車の覗き窓から顔を出したABが戦車に付属した機関銃を掃射する。彼女の固有技『レオパルドX』で召喚した戦車は凄まじい破壊力で街を蹂躙する。
しかし……
ヒュッ
「うわっ! 危な!」
ABは視界の端に入り込んだ影に反応し、戦車の奥に逃げ込む。そして、その直後に飛んできた『矢』が窓枠に当たり弾かれる。
そして、戦車の主砲が矢の飛んできた方を向き、間髪入れずにカウンターの砲弾を放つが、それが館の屋根を吹き飛ばした時には既に、矢を放った深緑の外套のプレイヤーは次の屋根に飛び移り隠れている。
そして、そのプレイヤー……闇雲無闇は身を潜めながら耳を澄ます。
「……」
「面白いじゃない……さっきからコソコソと、そんな矢なんていくら撃っても戦車の装甲版は貫けやしないけど、これじゃあ馬車を確保することもできないからさ……隠れる建物、全部ぶっ潰して吹き飛ばしてやるわ!」
弓矢vs銃火器の狙撃戦。
闇雲無闇と、ABが矢と弾を交える。
『時計の街』の11時方向『車輪の町』にて。
通称『ジェットコースターの町』とも呼ばれるこの町の特長は、鉱山をくり貫いて作られた町の中を移動するために張り巡らされたトロッコのレールにある。大変急な坂や急加速急減速急カーブにより、現実世界のジェットコースター並みのスリルが楽しめると言われ、一部のプレイヤーからは人気を集め、一部からは忌避されているのだが……
「てりゃあ!! 『スタントキック』!!」
「アイヤ!! 『転々(ティエンティエン)』!!」
さすがに、ジェットコースター並みの動きをするトロッコの上でそれこそアクション映画のように戦う中国武人とアメリカンヒーローという絵面はなかなか見られるものではない。もちろん二人ともシートベルトはなく、不安定という表現では済まない足場でヌンチャクと鋼鉄ブーツをぶつけ合って戦っているのだ。
「美国かぶれにしてはなかなかやるネ。だけどアクション映画の本番は中国ヨ。カンフー最強ネ」
「アクションといえばハリウッドだろ!」
「あんなのどうせ異能アクションのフィクションアル。再現可能な格闘技術の方が参考になるヨ」
「異能使って何が悪い! カッコいいだろうが!」
戦いながら迫ってくる柱にぶつからないように互いに床に伏せる。そしてアメリカンヒーロー……マックスが、足でトロッコのボタンを押し、行き先を変更して進路を変え、急なカーブを利用して跳び蹴りをかますが、中国武人……ミクはそれをヌンチャクの鎖で止める。
「アリャー、このトロッコ今の急カーブでブレーキ壊れたヨ。これじゃ次の駅でバラバラなるネ」
「じゃあ、また乗り継ぎだな」
「今度はミクがお金出すネ」
トロッコが目的地に近付き、そこに停車してある鉱石運搬などのためのレンタルトロッコが見えてくる。そして、二人は一度戦いをやめ、ミクが自動貸し出し装置に小銭を飛ばす。
「『一気投銭』アル」
そして、マックスは小石をトロッコの目的地ボタンに投げつける。
「『大リーグボール』!」
貸し出しが完了し、ボタンを押され動き始めたトロッコの後部に今乗っているブレーキのあまり利かないトロッコがぶつかり壊れるのとほぼ同時に二人はトロッコの前方へ跳び、押し出され急加速したトロッコへと飛び乗る。ハリウッドのロープアクションも真っ青なアクションだが、二人は慣れたように姿勢を整える。
「そろそろタイミング慣れてきたけど……これやめないか? そろそろ地に足つけてもいいんじゃないかな?」
「ならトロッコ壊さずに戦うネ。さっきの衝撃でこっちのトロッコも結構壊れたアルけど」
「この速度でレールに落ちるのは嫌だな……じゃあ次のはもっと優しく乗り移るか」
「じゃあそれまでまた勝負ネ!」
「……無限ループって怖いな。だけどまあ……付き合うぜ、こんな真正面からやりあってくれる相手は久しぶりだしな!」
マックスvsミク。
技と技とがぶつかり合う。
『時計の街』の3時方向。『石碑の町』にて。
胸を大きく張った燕尾服の男……コールに、八方から石を縦に割って尖らせた槍が降りかかる。しかし……
「まずは、発声練習からだ」
男が大きく息を吸ってそれを『声』に変えて放つと、衝撃波を生じ、空中の槍は見えない壁にぶつかって砕ける。
そして、衝撃波はそれだけでなく、前方の石碑を砕き、そこに隠れていた銀髪の紳士……針山の姿を露わにする。
「隠れて私の歌を聞くな。堂々と聞くけ」
「これは失礼しました。不意打ちで終わらせられればあまり痛い思いもさせずに済むかと思いましたので。しかし、正面からの対面を望まれてはしょうがありません……」
お互い、服装は燕尾服。
しかし、コールは貴族に近い尊大な雰囲気があり、針山は執事らしい謙虚な雰囲気がある。
だが、針山はその執事らしさを自分の感情を交えない事務的なものに変える。それは、自身の秘める『危険性』を引き出すため。
執行者が満足することない、『義務』としての拷問を始めるため。
針山は、さも『気は進まないが』というように懐石碑の裏から物を取り出す。
槍、フォーク、有刺鉄線、etc.
「痛かったら手を挙げてください。動けるうちにですが」
「おまえこそ、動けるうちに我が歌に拍手を送れ」
針山vsコール。
全てを押し返す歌の盾に、凶悪な矛が挑みかかる。
『時計の街』の9時の方向、道場の立ち並ぶ『看板の町』にて。
錫杖を携え、岩のように屈強な身体を持つ破壊僧に、金属バットを肩に担ぎ特攻服を着た女が立ちはだかる。
「ライトから聞いたで? あんた、メッチャクソ固いらしいやん。試したいから殴ってみていいか?」
特攻服の女……花火の敵意を隠すことのない言葉に、破壊僧……法壱は笑う。
「良かろう。この『金剛錬武』、女の力で破れるものなら……」
「ほな、遠慮なく試してみよか」
法壱が言い終わるのも待たず、花火はバットを振りかぶって法壱の腹を強打する。
法壱はそれを涼しい顔で避けずに受けるが……
「そんなもの……ぬっ!?」
花火は、法壱の腹に受け止められて止まったバットに、その状態からさらに力を入れて振り抜いた。
法壱は思わぬパワーに数メートルぶっ飛ばされて建物に叩きつけられる。
「ぐあっ!?」
「わるいわるい、思たより貧弱やといかんと思って最初手を抜いてしもたわ。せやけど、あんたなかなか頑丈やないかい」
見れば、花火のバットが若干歪んでいる。法壱の頑丈さ、そして花火のパワーに耐えきれなかったらしい。
花火は、戻った来た法壱を目の前に腕を組んで笑う。
「どうや? 一発いれさせてもらった代わりに、一発いれさせたるわ。男なら、女に殴り飛ばされて黙っとれんやろ?」
挑発するような口調。
法壱は、その挑発にあえて乗り、錫杖を振り上げる。
「ぬぬぬ……よかろう、そこまで言うのなら見せてやろう」
法壱の『金剛錬武』はスピードを犠牲に筋力と防御力を大きく底上げする身体強化系の固有技。避けるのは容易くとも、受け止めるのは難しい。
相手が避けないというのなら、一撃で戦闘不能に出来る……そんな威力の技だ。仮に止められるとしたら赤兎の無敵モード『ドラゴンズブラッド』くらいのはず……そのはずだったが……
「ぬんっ!!」
「だりゃあ!!」
法壱はその結果に驚くこととなった。
花火の頭を狙って振り下ろされた錫杖が、彼女が組んだまま頭上へクロスさせて上げた腕の防御にぶつかり……ポッキリと折れたのだ。
「な!?」
驚く法壱に対し、花火は笑う。
真っ赤なエフェクトが残留する腕を押さえながら。
「固有技『スパルタガッツ』……痛みは技を解くまで残るけど、ガマンできる限りは倒れることはないし、手足が壊れるような限界まで力を出せる。あんたのとか赤仁のと似たような技やろ?」
花火は、腕の痛みで持つのが辛くなったのか、あるいは錫杖を失った法壱に合わせたのかはわからないが金属バットを捨て、法壱と向かい合う。
互いに身体強化。
僅かずつだがHPがすり減っていく法壱と、HPは減らないが戦うほどに痛みが蓄積していく花火。
その『ハンデ』を正しく認識しながら、花火は勝負を持ちかける。
「どっちも腕自慢ならやること一つやろ。素手喧嘩で決着つけやうや」
花火vs法壱。
これはもはや、戦闘センスなどではなく度胸と根性の勝負である。
そして、同刻。
『時計の街』の7時方向『壷の町』にて。
鋼線や傭兵、その他諸々の策を用意して自らも出陣したシャークは……目の前の光景を見て呟く。
「あれ? これ、俺んとこ戦力多過じゃね?」
目の前には、ギルド『OCC』の『非戦闘員』であるキング。そして……
「よーしいいか? うっかり噛み潰したりねじ切ったりしちゃだめだぞー。甘噛みくらいならOKだけどな。あ、ギルマスからの伝言で『この前追いかけ回されたお返し』だそうだから、降参はなしな」
シャークの身の丈の数倍はある蛇や狼やライオンや牛や猪。
全てが、キングのテイムしているモンスター達。それも、高価な卵や幼生から育てなければ手に入らなかったり、大金を払って調教する必要のある強力なモンスターばかり。
どう考えても、シャークでは一体にだって勝てるような相手じゃなかった。
シャークは、即座に決断する。
「さあ行け! 『ポチ』『シロ』『ミケ』『ブチ』『クロ』!」
「勝てるわけねえだろこれ! 戦略的撤退だこんチクショウ!!」
キング&テイムモンスター5体vsシャーク。
果たして、シャークは無事逃げられるのだろうか!?




