168頁:決戦の前日にはチェックを欠かしてはいけません
ようやく『悪魔の六月』の最終局面です。
作中の一ヶ月がここまでかかるとは……最初の一ヶ月以来の展開速度にお付き合いいただきありがとうございます。
その作戦が決まったのは、6月26日時点。
『切り株の街』を取り返し、人質問題が大方解決した段階だった。
「さて、シャークは頭の切れるやつだ。街を奪還されても、すぐに次の手を打ってくる。こっちが打つ手を見越して、最善手の裏をかくように先回りした策を用意している。あいつにとっては、負けることまで計算の内だ。なら、どうしたらいいと思う?」
集まっているのは、マリー=ゴールド、スカイ、ジャック、キング、そして新たに会議に加わった椿。
その目の前でライトは、堂々と迷いなく言い放つ。
「最善手が無理なら、最悪手を打ってやろう。誰も予想しないような、誰もやらないような、誰一人理解できないような破滅的な一手を……人間のできない選択を、見せてやろうじゃないか」
《現在 DBO》
6月29日。朝。
発信された『緊急連絡』は、全プレイヤーを震撼させる。
『本日未明、「イヴ」の確保に成功。各ギルドの決議の結果、明日6月30日、「イヴ」の本体……プレイヤー「ライト」の公開処刑を執り行う。』
メール連絡網、ギルドチャット、拡声器や映像系の魔法まで使って喧伝されたその情報は瞬く間に広がった。避難のために大量のプレイヤーが特定箇所に集中していたこともあり、ほぼ全プレイヤーに広がるのに、時間はかからなかった。
そして、その後のプレイヤー間での混乱はさらに大きく、激しく荒れ狂う。
ライトが全くの無名ではなく、そこそこの知名度を持ったプレイヤーであったことも手伝って、様々な憶測やデマが飛び交い、自体の収拾は不可能なレベルに達する。
そしてそれは、当然人々の陰に潜む犯罪組織にも……『真犯人』にも届く。
「どうして! どうして先輩が……!」
ナビキが手を机に叩きつけると、机は粉微塵に砕ける。
その様子に、シャークは内心で震え上がりながら宥めるように言う。
「お、落ち着け! これはどう考えても罠だ! 絶対に下手なことするんじゃない! 心配しなくても、ヤツらがあいつを処刑するわけがないだろうが!」
これは罠だ。
それもあからさま過ぎる罠だ。
『公開処刑』というのも、公開される相手は戦闘系大ギルドメンバーばかり……どう考えても、これはナビキを……『イヴ』を誘い出すための罠だ。『イヴ』がそう簡単に負けるとは思えないが、全勢力で準備万端の所へ考えなしに突入するのは無理がある。今でももう、迎撃の準備は整っていると考えるべきだ。ここまで先手を打ち続けてきて……ここで、後手に回った。
予想だにしていない手だった……一応、予想外の手を打たれた場合に時間を稼ぐため、何人かの人質を『切り株の街』とは別に確保してある。重要度が低く確保しやすいプレイヤーばかりで正面きって交渉のカードに出来るほどではないが、引き渡し交渉で時間稼ぎ程度は出来るはずだった。しかし、『ライトを処刑するのをやめないと人質を殺す』という要求は当然出来ない。敵の重要な戦力を敵が自ら捨てるのを止めるなど、戦略的に考えて出来るはずがないのだ。
シャークは慎重で、だからこそここまで戦局を思い通りに動かして来たが、その分たった一手で全てが変わるような、最終決戦の火蓋が落ちるような執行猶予なしの急手は予想になかった。
『降伏勧告』でも『時計の街』の破壊は宣言したが、あくまでもそれは戦略的で計画的な持久戦のつもりだった。増殖していくらでも増やせる『黒いもの達』を小出しにして、さらに『イヴ』や精鋭戦闘職を駒として動かして、詰め将棋のように追い詰め、抵抗する力を奪うつもりだった。
だが、今のナビキは冷製さを失っている。このままでは、無計画に自身の動かせる全兵力を突入させかねない。
そうなれば……負ける。
でなければ、ライトはこんな手を打ってこない。
だが……
「チクショウが……あいつ、なんてこと考えてやがるんだ。こんなの、勝っても負けても全てを失う最悪の手だぞ……」
仮に何も起きなければ……宣言通りにライトは処刑されなければならなくなる。
何せ、情報の発信元にはあのスカイが関わっているのだ。信用にかけて、そのような『誤報』を許さないだろう。
シャーク自身も、そんな結末は御免被る。ライトとは正面から戦って決着をつけたい。
しかし……
「先輩、待っててください! 今助けに……」
「一軍の将として、てめえを行かすためにはいかねんだよ!!」
シャークが合図をすると、現れる選りすぐりの部下達。
その中の一人、黒子のような格好をした少女の手には、このような時のためにナビキの力にも耐えられるように作らせた特注の『拘束服』がある。
ナビキはハッと気付いて辺りを探るが、エネルギー源の『黒いもの達』も全てアジトから排除され、巨体での戦闘力を削ぐため狭い部屋のそこかしこに鋼線や杭が仕込まれている。
シャークは、ナビキの心中を知りながら、そして自身の気持ちを抑え込んで……一軍の将として、指示を出す。
「『イヴ』を拘束しろ……手加減するな」
一方、その頃。
『時計の街』のプレイヤーショップ『大空商社』にて。
スカイは街の地図に目を通し、チェックを済まして部下に指示を出す。
「ゲートポイント周辺をもう少し集中的に配置しなさい。あと、全機メンテナンスを欠かさないこと。もちろん、サボリなんてしたらただじゃおかないわよ。あと、補給用のラインの護衛をちゃんと確認して。それと、被害予想地区の資材の避難もね」
スカイの指示に従い、テキパキと動くギルドメンバー達。
そして、スカイは一通りの指示を出すと、人払いをして店の地下に作られた地下室へと、壁に手をつきながら降りる。
そこにあるのは……
「さあ、私も今回は暴れるわよ……『シリウス』。最終調整に入りましょう?」
一方、『戦線』のギルドホーム『戦士の村』では。
「公開処刑か……ライトも相変わらず、とんでもないこと考えるぜ。俺なんかには想像できない深い考えがあるんだろうが……」
赤兎は、届いた情報に慌てることなく思考を巡らせる。
ライトが『イヴ』ではないのは、ボス戦で一緒に戦ったときにわかっている。他のギルドメンバーも動揺している者こそ多いが、この一報を信じている者はほぼいないと言っていい。
つまりこれは、『戦線』ではない誰かを騙すための嘘……ならば……
赤兎は『サブマスター』として『ギルドマスター』に上申する。
「イチロー、スカイの所に確認取ってくれ……俺達は、戦いの準備始めておくから」
所詮、『戦線』は戦闘マニアの集まりだ。役割なんて決まってる。
そして、昼頃。
ナビキは、ダンジョンの奥深くで唸っていた。
「んん~! んっ!」
口には顎を下から押さえるタイプの口枷がはまっていてこもった声しか出せない。全身も、腕を組んだ状態で反対の肩に繋がった袖で固定されるタイプの拘束服に捕らわれて、もがくことしかできない。『イヴ』に変身するために必要な《ガラスの靴》は細い透明な鎖となってナビキの首に深く食い込んでいるため無理やり外されることはなかったが、変身しようにも拘束服が丈夫すぎて大きくなろうとしても小さくなろうとしても抜け出せない。
何せ、変身なしの地の力でもナビキの『筋力』はプレイヤーの中でも指折りで、しかも『イヴ』に変身すればエリアボスですら単独で打倒できる……その強さを知った上でシャークが作らせた、拘束服……アイテム名《閉鎖衣装》。自他共に認められる『臆病者』であるシャークの、万全を求めた拘束服がそう簡単に抜け出せるものであるはずもない。
ベース素材は最高級繊維《フタバの種殻》……ナビキがエリアボス〖キング・オブ・グリーンショット〗から手に入れた、種の殻から取った緑色の繊維。エリアボスの装甲だっただけあって、そこらの木材の何倍も丈夫な繊維素材で、加工も非常に手間のかかるものだった。
さらにそれを補強する高級皮素材《永久保存羊皮紙》は、多数の虫系能力を持つナビキを警戒して腐食耐性及び熱耐性完備。
さらに、ナビキのパワーを抑え込むためにこれでもかと言うほどレア金属をつぎ込み、布の中に鎖や鋼線を仕込んである。金属材料に使った費用だけでもそのまま前線級の薄型全身鎧をオーダーメイドできるほどだ。
そして、拘束服自体は完璧だったが芋虫のように這って逃げられたというようなマヌケな失敗を避けるため、ダンジョンの安全エリアの壁に頑丈なスパイクで拘束服に付属したフックを固定している。ここまでの完全拘束で逃げられることはないだろう……
「んっ!! んっ!!」
ギシッ! ギシッ!
……とはわかってるものの、シャークはナビキの今にも食らいついてきそうな目を見ると、とても気が気でなかった。
「お、おい……ちゃんと設計通りに作ってあるよな? チョキちゃん……あ、いや、スズメちゃん?」
「……」
コクン
黒子のような格好をした少女は首肯する。新しくシャークのチームの装備を担当することになったスズメ……本来の名前は『チイコ』だ。シャークのチームに正式に迎え入れるまでに様々なことがあり心を閉ざし気味だが、仕事自体はちゃんとやる腕利き。本人の専門は金属武器だが、他の材料の部分まである程度理解できている彼女が設計通りに出来ているというのなら、そうなのだろうが……
「最小サイズまで変身しても、すっぽ抜けたりしないんだよな?」
コクコク
「ナビキの力でも、一日二日で壊れるものじゃねんだよな?」
コクコク
「……材料費ケチって粗鋼とか使ってないよな?」
……コクン
「無言で嘘つくなよ! 何だよ今の間!? 後で領収書ちゃんとチェックし直して……チクショウ! この前燃やされたんだった!! やっべえ、すげえ不安になってきた……」
フルフル!
首を横に振り、身振り手振り。
「あ? 『粗悪品は使ってない。思ったより安く買えたから、お釣り使って、女子会でブュッフェ』? ……男子も呼べや! ミク、カガリ、AB! 罰としてナビキ見張っとけ! 俺はちょっと応援要請してナビキを閉じ込める『本』を運ばせて来る!」
シャークの怒鳴るような指示(その怒りの理由は経費の横領なので真っ当な怒り)に従って、シャークのチームの女子メンバー三人が出てくる。だが、顔色を見る限り横領がバレたことをあまり危機的に感じていないらしいようなので、もしかしたら割といつもやってるのかもしれない。
それを理解してますます仮想の胃がキリキリと痛み出すシャークに、女子メンバー中最年長の(成人していても『女子』を否定すると怒る)カガリが笑いながら言う。
「シャーク様ったら怖がりー☆ そんなに不安なら『お薬』使えばいいのに☆」
「前も説明しただろが! こいつ毒虫のボスモンスターの能力取り込んでるから毒耐性で眠らせたりとかって出来ねんだよ!」
すると、カガリは煙管を指で回しながらカラカラと笑う。
「何言ってるのシャーク様? そっちじゃなくて、気持ちよくなる方の『クスリ』の方☆ あれ大量投入してトロトロにさせとけば好き放題にできるのにさ☆」
「オマエな……もうちょっと健全な対応策考えろよ。どう考えても精神的に負担デカすぎるし、第一あの『ハーブ』だっていくらでもあるわけじゃねえんだぞ? あれは『荘園』っていう極秘の秘密農園で繁殖させてる希少な植物を使っててな……」
シャークが部下に小言を垂れていた時だった。
安全エリアの入り口から、巨漢の破壊僧……シャークの部下の一人、法壱が入ってきて声を上げる。
「大変だあ! 大変な連絡が来たぞ!」
「声でけえよ!! 今度はなんだ!? 『黒いの』が大量にダンジョンに迫ってるとかならトラップで対応できるだろ……」
「そんなもんじゃない! もっと大変なことだ!!」
「次から次へと、一体なんだってんだよ!?」
法壱の次の言葉は、シャークの予想を遙かに越えた大事件だった。
「『荘園』が奪われた!! 奪い返そうにも、近づくことすらできないぞ!!」
一方その頃、前線から遠く離れた犯罪組織の者以外はまず来ない農村……件の『荘園』の周囲にて。
「どういうことだ! いつの間にか通り過ぎてるぞ! ちゃんと真っ直ぐ村を目指してたはずなのに!」
「この標識、さっきも通った場所だ! 同じ所を回ってやがる! 迷いようがない平原のはずなのによ!」
「あれ? オマエさっきあっちに歩いて行かなかったか? なんで後ろから現れるんだよ?」
「今起こったことをありのままに話すぜ! 俺は真っ直ぐ『荘園』へ走っていたはずなのに気がつくと全力疾走で遠ざかってやがった! 何言ってるかわからねえと思うけど、俺自身何が起こったかわからねえ! 高速移動とか時間停止とかじゃない、ずっと恐ろしいものを見たぜ!」
遠くに『荘園』に辿り着けずにさ迷う人々の声を聞きながら、あまりに美しいナチュラルブロンドを持つ、少女と女性の中間のような美しさを持つプレイヤー、マリー=ゴールドは広々と盛大に整備された『麻薬畑』を眺める。
「本当は三日くらい前から仕込んでいたんですけどね。ライトくんが解読してくれた地図でここの場所を探り当ててから、入念に『結界』を作っておいたかいがありました……咲ちゃん、椿さん、中の方の準備は順調ですか?」
マリーに声をかけられた二人は、鉢植えや看板を運ぶ手を止める。
鉢植えを運んでいたまだ9歳か10歳ほどの少女『咲』は笑顔で答える。
「オーケーだよ! お花、言われたとおりに全部植えたよ!」
看板を地面に置いた椿は、複雑な顔でさ迷うプレイヤー達を見て呟く。
「本当に迷ってる……話には聞いてたけどすごいな……上位互換っていうか別物って感じですね。あれってどういう理屈なんですか?」
「そんな大したことではありませんよ。一面の草原といっても全く何もないわけではありません。誰かの焚き火の跡、街までの距離の看板、何かの足跡、尖った石ころ……そういった何でもないようなものでも人は無意識に認識して避けたり記憶したりと、影響を受けるものです」
彼女が施した『結界』の正体は、最初からそこにあったごく当たり前のもの。あるいは、環境そのもの。
それが、村の周囲数十キロを『見通しのいい迷宮』へと変えている。
「ほら、遠くの目的地を目指すときにはずっと最終地点を見ようとしていると疲れてしまいますし、まずそちらの方向にある目印を見つけて、それを頼りに進むでしょう? 真っ直ぐ進んでいると思っていても、進行方向の目印を乗り継ぎする内にいつの間にか曲がっている。それと同じ理屈ですよ。彼らは気づかない内に散りばめられた『矢印』に従って迷路を進んでいるんです……この村まで到達するルートのない迷路を。あ、二人もうっかり村の外に出ないでくださいね? 出るのは簡単でも入るのが難しい設定にしてありますから」
マリー=ゴールドがこの『結界』を作り始めたのは『切り株の街』を奪い返し、ドクターの研究室からここの地図を手に入れた6月26日。そして、違和感を抱かれないよう、ゆっくりと『出るは自由、入るは困難』という『結界』の完成度を上げ、犯罪組織の誰も気付かない内に無人の状態を作り出し、占領したのだ。ここは見つかりにくいようにゲートポイントのある『街』から遠く離れた村。出て行った仲間が長時間戻ってこなくても不思議はないし、最後の一人もマリーが交代人員に扮して街に断っただけであっさりと出て行ってくれた。
マリーにとって、村一つを『平和的』に占領する程度は朝飯前なのだ。
そして、占領する前から、既に次のための『準備』は進められていた。
その『準備』のために(ライトの使命で)駆り出されていた椿は、自分の運ぶものを見て首を傾げる。
「それにしても……誰も入って来れないのに、こんなの準備する必要ありますか? あっちの『仮想麻薬(VRドラッグ)』の原料を押さえたならそれで十分なのに……」
「そうでもありませんよ。簡単に蹴散らされてしまう小石や木の枝のマーキングなんてそう何日も持つものじゃないですし、この『結界』は明日には穴があきます……そう作りましたから。そうなれば、入ってくる方々をお出迎えしなければならないでしょう? そうでなくても、時間さえあればまた別の場所で同じような畑を作っちゃうかもしれないじゃないですか。何より……」
その時のマリー=ゴールドの声に、何故だか椿は鳥肌が立った。
「私だって、うちの子に手を出されてこのくらいで赦してあげるほど寛容じゃないんです。もう二度と悪いお薬になんて触りたくもなくなるような、こわーい夢を、見せてあげましょう」
そして、マリーは震え上がる椿を余所に、メニューを開く。
「はてさて、どうせなら悪い子をもっと集めてあげましょう。それとなく噂を流して……」
マリーは自分に届いていた大量のメールを見て、黒く微笑む。
「あらあら……ライトくんも、本気みたいですね」
そして、夜。
『時計の街』の西側、『大空商店街』のギルドホーム『本部』にて。
ライトは、エリザに開かせた『大空商店街ギルドチャット』を見てほくそ笑む。
「はは、すげえ混乱してる。誹謗中傷喝采流言飛語罵詈雑談虚言冗談真実、入り乱れてわけわからなくなってるな。安全地帯に『避難』して犯人が捕まったから、次は『非難』の時間ってわけかね。これじゃあオレの無実を知る奴のアリバイ証言なんて呑まれて終わりだな……お、エリザ。そこで匿名で『日本の法律的に死刑でいいだろ』って打ち込んでおいてくれ。反論来たら『じゃあ弁護士でも呼べよ』ってな」
それを聞いたエリザは、言われたとおりにコメントを書き込みながら不機嫌そうな顔をする。
「自分で煽ってる。冤罪なのに」
「大衆が認めれば冤罪でも有罪になるんだよ。あと、今回のはシャーク達への不意打ちを狙った分強引な『大空商店街』の処刑宣告に非難が行きかねないから、そこはマリーの『異教を弾圧させる能力』で『イヴ』の危険性と商店街の受けた被害を理由に正当化する。『巨大化は数日のチャージがいるらしいから今やらないと逃げられる』とか『実は前から「イヴ」だけは例外的措置をギルド間で決定してた』とかって噂も流してるし、『イヴ』への非難の声が大きければ大きいほど、後々『プレイヤー全体の処刑の声が大きくてしょうがなかった』ってできるしな」
「時系列、違う。処刑宣告の方が前」
「今はそうだろうが、しばらく経って熱が冷めれば原因と結果の順序なんてみんな憶えてないんだよ。あっちが先にやったからこっちもやり返したって、どこの戦争でもってそんなこと言ってんだ。そもそも今回『公開処刑』とは言ってても『死刑』とは言及してない。処刑だって、拷問系とか晒し者とか、封印刑とかいろいろあるだろ? 何せゲームの世界だし、石化とかで無力化する能力のやつが最初からいてそいつの能力を施すつもりだったが、周りが早とちりして殺す流れになったってことにもできる。要は、『大衆の殺意』が重要なんだよ。そして、オレが求めてるのもそれだ」
「……どうして、そんなに恨まれたがる? 本当に悪いのは、『私達』なのに……」
「……エリザ、勘違いするなよ? ナビキは『悪く』ない。少なくとも、今はな」
「……?」
「『正論を言われて傷つくなら、それは傷つく方が悪い』……オレの『正しい』『悪い』の基準になってる言葉の一つだ。何か言われて傷ついても、相手の言うことが不当だと思うなら正論だと認めなければいい。行動するときには、正論に正論で言い返せるような理屈を用意できることをすればいい。相手の言葉を正論と認めながら傷つくなら、それは自分の非を認めてるってことだ。まあ、このゲームに来てからはやむにやまない事情で人を見捨てた奴とか多いから言うのは控えたけどな。そして……自分のやってる事を非難されてもそれを理解できない、ナビキは全然『悪く』はない。責任能力なしってやつだ」
「……でも、それは今だけ。ライトはナビキを元に戻すつもり。そうなったら、きっと『悪く』なる」
「まあ……そうだろうな。その時には、ナビキは罰を求めるだろうが……その時までは、まだ『罰』なんて与えるべきじゃない。てか、実力差的にそんなことできる立場じゃないしな。だから、オレは正義とか悪とか、そういうのと関係ない形でナビキと戦うんだ。大義名分とか、名誉とかそんなものはいらない。ただ一つ、あいつに教え忘れたことを教えなきゃならない……それだけだ」
ライトは、堂々と宣言する。
「チートに依存して間違ったゲームプレイしてるあいつに、『デスゲーム』の正しい攻略法を……遊び方を、教えてやるよ」
同刻。
とある低級ダンジョンにて。
『切り株の街』から逃げ出した犯罪組織の幹部プレイヤー『ドクター』は、秘密研究所で驚きの声を上げる。
「な、なんと言うことだ……いつ逃げ出したのだ!」
目の前にあるのは壊れた檻。
そして、崩れ落ちた壁。
「最新モデルが……そうか……『本体』が、呼び寄せたのか。まだ秘匿していたが……やはり、自身のアバターをチェックすれば、『この個体』を見つけることも不可能ではなかったわけか……」
そして、壁の穴を見て……人一人が易々と通れる穴を見て、乾いた笑いを垂れ流す。
「フハハ、『実験体の暴走』か……如何にもマッドサイエンティストらしいじゃないか。けど……これではもう誰も止められんな」
もう直に6月30日。
争いと悲劇に満ちた悪夢の6月が……決着する。




