乱丁16:大切な人を忘れてはいけません
私は『凡百』、脇役だ。
先にに断言しておく、これは夢落ちだ。
私が6月27日から28日の間に見た、ちょっと印象的な夢。
物語的でも脈絡がなくて、意味深でも大した意味はなくて、思い通りにはならないのにご都合主義がまかり通る。
でも、夢なら私に都合よく解釈してもいいはずだ。私の勝手なイメージだとしても、あれが少しくらい現実の暗示なのかもしれないと思っても、罰は当たらないはずだ。
何が言いたいかと言えば……結構、いい夢だった。
脈絡のない始まり。
それは、深い深い穴に落ちるような感覚から始まった。
落ちているのに怖くはなかった。
隣には、何故かウサギの毛皮の真っ白なコートに身を包んで、マフラーや手袋、耳当てまでして完全防寒のマリーさんがいた。
「導入のイメージは『不思議の国のアリス』にしてみました。このくらい不可思議な世界観でないとライトくんの特異な内面なんて表現できそうにありませんし。クスクス……私はその道案内、さしずめ、お茶会に急ぐウサギさんというところですか。モフモフしてみます?」
私は、その言葉の意味をよく理解できない。
夢心地で頭が回らないというより、マリーさんが私にわかるように説明しようと思ってない感じ。
「ちなみに、今は理解できないと思いますが謝罪させていただきます。あなたのお身体、少々お借りしました。異物を摘出してあなたの心に出来てしまった隙間を埋めるためということもありますが、ライトくんが信用しているあなたを通してでないと、彼の心の深くには潜らせてもらえなかったもので。私は道案内ですが、あなたに付き添わせていただくだけの付き人でしかありません」
身体を借りるとか、異物を摘出したとかっていうのはよくわからなかった。
でも、説明はよくわからなかったけど、ここがライトの……正記の心の中なのだと言われたのはわかった。
だから私は……
「もっと奥に、進みますか?」
その問いに、覚悟を持って頷いた。
昔、掴めなかった……彼の正体に迫るために。
夢は脈絡なく、時間感覚もなく展開する。
いつの間にか私は、枯れ果てたような葉のない樹海にいた。暗くて深い、雪の降り続ける森の中。でも、もしかしたら全く別の景色なのかもしれない。
だって、雪が降ってても寒くはなくて、木々は実はその形をした白い灰みたいなものの塊で、それがボロボロと崩れるのと同じ速さで空から落ちる雪みたいなもので生長する。
雪景色にはピッタリの雪国みたいな防寒装備をしたマリーさんは、私の手を引きながら語りかけてくる。
「『崩壊と再構築を同時に実行し続ける偽物の樹海』ですか……いかにも彼らしい精神世界ですが、これが全てではないはず……前に聞いた話では、確実に一人、常にアクティブな人格があるはずですが……」
私は、そんな話を理解できずに、降り積もる灰のような雪を手で掬い上げる。
でも、サラサラとしたそれは指の間からすぐこぼれ落ちてしまう。
今度は近くの木の枝。
触れた瞬間に崩れてしまった。
少しムキになって、枝の根本。太い幹なら掴めるかと思ったけど、そっと触れても、触れたそばから風に消えていく。
掴みどころのない奴だ。
そんなことをしていると、マリーさんがちょっと慌てたような声で私に語りかけてくる。
「あ、ちょっと待ってください! 今の私は本体ほどの能力はないんですから、あんまり勝手なことをされると」
そう言われた瞬間……私の手が食い込んでいた木が、大きく抉られた幹が、自重に耐えられずに折れた……木が、倒れた。
倒れた木は、その瞬間に粉々に風壊する。
それと同時に……白い嵐が吹き荒れる。
偽物の木々を粉々に吹き飛ばしながら、新しい木々を次々に生み出しながら、景色は様相を変える。
「……あれ?」
気がつけば、私は一人で白い森をさまよっていた。
私、なんでこんなところにいるんだろう?
一瞬、あるいは長い時間、私は森をさまよった。夢の中なら時間なんて関係ないはずだから、気にはならなかった。
ただ何もない中を真っ直ぐ歩き続ける時間は退屈で、でも何故か少し懐かしい感覚だった。
その中で、少しずつわかり始める。
『これは夢だ』と。
その根拠は特別なことじゃない。マリーさんの防寒具を思い出して、私の服装に注意を向けた時……それは私の着ているはずのない服だと気付いたから。
それは、現実世界の私が持っていた服。あの正記との『かくれんぼ』で負けて以来着ていない、私の勝負服だった服だったからだ。
そんな中、私は一つの光を見つける。
眩い日の光とは違う、人の作る暖かい光。
私の足は、知らず知らずの内にそちらへ向かっていた。
そこには『家』があった。
リアルでは見飽きるほどあった一戸建ての建て売り住宅。狭い庭を塀で囲った、二階建ての一軒家。
何の変哲もない家……でも、その形には見覚えがある。何度か行ったことのある……正記の家、『行幸家』だ。
だけど、もちろんあの家はこんな森の中にはなかったし、それに細部が違った。
何より、表札が違った。
それは、普通の家庭の住宅についているものといより、どちらかというと孤児院のような施設に近い名前……
「『他人たちの家』?」
それは私には、どこか歪で、どこか特別な意味合いを持つ名前のように感じた。
私は、引き寄せられるように表札の隣のインターホンに手を伸ばす。そして……
「あら? 凡百さん? 良かった、お一人で辿り着けたんですね。はぐれてしまった時にはどうしようかと思いました」
その手を、門から出てきたキレイな手が優しく包んだ。
その手は、そして、その優しい声は間違えるはずもない……
「マリーさん?」
目の前には、はぐれたはずのマリーさんがいて、再開を喜ぶように私を見つめて微笑んでいた。
マリーさんに連れられて、私は家の中に入る。
玄関の構造を見る限り、中も『行幸家』とほとんど同じらしい。でも、そこに置いてある家具や装飾は全くセンスが違う。少なくとも、あの家には傘立てにカカシを立てるような個性的なアートはなかったはずだ。
そうやって周りを見回す私に、マリーさんは振り返ってニコリと笑う。
「本当に良かった。他人の精神の中で迷子になってしまうと、その内に自我が混ざって性格が変わってしまったりしますから。本当は私も外に探しに行こうかと思ったんですが、万が一凡百さんが自分でここへ辿り着いてしまうと危ないと思って待っていました。正解だったようで良かったです」
「……『危ない』? ここって、一人だと危ない場所なの?」
「『ここ』というより、ここにいる人達ですけどね……いえ、別に全員が全員危ないわけではありませんし、接し方を間違えなければ皆さんいい人のはずですよ? でも、中には生前手を血に染めた人も多いですからね……」
「『手を血に』って……『生前』?」
私は自分の手を見てみる。
マリーさんの言葉が比喩表現なのはわかってるけど、なんとなくだ。
だけど、手の甲に小さく『GAME START』とラクガキみたいなのが書いてある以外は、何の変哲もない私の手だった。
「はい、ここにいる人達はほとんど……」
短い廊下はすぐに終わり、一階のリビングルームに到達する。
そこにいたのは、部屋が狭く感じるような多くの人達。
煙草を吸う女の人に、アップリケでいっぱいの三毛猫模様の着ぐるみパジャマを着た性別の判然としない子供、それにヘッドホンで音楽を聞きながら鼻歌を歌う褐色の肌に金髪の女の子と、その椅子の大して広くない背もたれ上でイヤホンをして一緒に音楽を楽しむ私より少し年上っぽくて手足の長いお姉さん、そして床にビニールシートを敷いてウイスキーボンボンをつまみに瓢箪とボトルで酒盛りする男の子と、少し幼い着物の女の子と、長身の外国人っぽい男の人。
誰も彼もが統一性がなくて、でもどこか普通じゃない空気をまとっていると言う所で似通っている、個性的な人達。
その目がいきなり部屋に入ってきたマリーさんと……私に向く。
「……ここにいる人達は、生前には誰よりも特別な個性を持ち、そして志半ばで誰よりも数奇な運命の中消えていった……死者の、魂達です」
……私の背後で、独りでにドアが閉まった。
さて、これが夢物語だとして、ここで終わっていたらちょっとした臨死体験じみた不思議な夢ってオチになるんだろうけど、この夢はここで終わらない。ドアが閉じた後もそれでフェードアウトすることなく、物語は連続する。
そして……
「あはは、傑作! 化け物を煙でむせさせて暴発させるなんて! まるでちょっとコメディ入った怪獣映画みたい! ねえ? 他にはないの? 海水浴してて巨大鮫に食べられそうになったとか!」
「それよりも、さっきの知り合いの女の子を助けるために化け物の溢れる街のド真ん中に駆けつけた話もっと詳しく聞かせてよ! その後、どうやってピンチ抜け出したの?」
「ひ、一人ずつ順番に、順番にね?」
私は、以外にも簡単に受け入れられた。
というより、転校初日(私は転校したことないけど)の質問責めみたいな空気になった。
ちょっとした大人気だ。
「女子高生?」
「うわっ!? 今の誰の声!?」
「あ、勇真は『透明人間』だから。別に驚くことないわよー」
「ええ!?」
……なんか、『こぶとりじいさん』の鬼の宴会に迷い込んでしまったけど思いのほか気に入られてしまった人みたいな感じだけど。
ていうか、ガイドのはずのマリーさんも……
「あらジャックくん、結局キスもしないまま死んじゃったんですか? 別れ際にそれくらいしていけば良かったのに……」
「しょうがないでしょ、男友達みたいな感覚がまだ抜けない頃だったし、そういうのは死亡フラグっていって……」
「どちらにしろ死んじゃってるじゃないですか。やっぱり男女間のことはもっと積極的にいかないと……」
「お嬢ちゃんだって結局処女のままじゃねえか。小僧のこと言えねえだろ」
「わ、私はいいんです! まだまだ生きてますし、一応血のつながった娘はいますし!」
こっちに来た着物の女の子と入れ替わりに酒盛りに加わって楽しくトーキング……ていうか、お酒のペースがムチャクチャ速いのに全然酔い始める気配がない。テンションは上がってるけど、口調がすごくハッキリしてるし。
ツンツン
「……ん? どうしたの?」
着ぐるみパジャマの子が私の袖を摘まんで引っ張った。さっきは座って縮こまってたから小さく見えたけど、間近でよく見ると足が長くて思ったより大きい。もしかしたら中学生くらいかもしれないけど……可愛すぎる。子供っぽいパジャマとか、縮こまった身体とか、気弱な表情とか……思わず、抱きしめたくなっちゃうような子だ。
でも、この子のパジャマのデザイン……どこかで……
「……凡百、さん?」
「う、うん。そうだよ。あなたも、何か聞きたい話があるの?」
首を横に振った。
そして、決心したようにじっと私の目を見つめてくる。
「凡百さん……死んじゃったの?」
その質問は、他の人からはされていなかったものだった。
ここは、基本的に死んじゃった人の場所らしい。もちろん、私はまだ死んではないけど、他の人達は敢えてそこに触れないようにしていたみたいに思う。
ここでは生者は異物……ここでこの質問にはっきりと答えを出してしまったら、この場の空気が一転するかも……もしかしたら、いきなり周りが敵になるかもしれない。ここはごまかして、断言しない方が賢い選択だろうと思う。
だけど……私は、やっぱり面と向かって、この真っ直ぐな目を裏切ることは出来ない。
この目は『こう』答えて欲しがっていると、すぐわかったから。
「心配しないで。まだ、元気に生きてるよ」
一瞬、部屋に静寂が走る。
たった二秒にも満たない沈黙。だけど、それはあまりに長く感じる。
そして……
「ぅぅう……良かったぁ、もしかしたら死んじゃってここに来たんじゃないかってぇ……」
泣き出す着ぐるみパジャマの子。
「あーら。迷子だったの? まあ、僧侶ちゃんと一緒に来た子だしそうじゃないかと思ってたけど、一応管理人に報告しておくべきかしらー? ほらほら、雨森ちゃんも泣くんじゃないの」
泣く子を母親のように宥める女の人。
「侵入歓迎。千客万来」
私の肩を叩く『透明人間』さん。
「ねー、それよりお話は?」
人の生死に興味がないらしい着物の女の子。
「~♪」
「~♬」
そもそも話を聞いていないらしい、褐色の女の子と手足の長いお姉さん。
「なんだ? お嬢ちゃんのペットかと思ってたぜ」
「いや、てっきり愛人か何かだと……」
「あなた達、私を何だと思ってるんですか? 私は博愛主義です。ペットや愛人なんて区分は私の中にはありません。みんな、私の大事な人達ですよ」
構わずに酒盛りを続ける三人……ていうか、『ペット』とか『愛人』とかって単語が聞こえた気がするけど、気のせいだよね?
「ぼ、凡百さん、あの、後でボクの部屋に……は、話したいことがあって、その……」
涙目でテンパりまくりの着ぐるみパジャマの子……っいうか、さっきこの子女の人に名前呼ばれてたけど……
「『雨森』ってあの、雨森さん?」
顔をじっと見つめて、声をよく聞いて、仕草を観察してみる。
いつも着ぐるみ着てて顔なんて見たことないし、声も同じような中性の声でもこもってたし、細かい動作だってわからなかったけど……
「あ、ここの縫い目とか、雨森さんの服の縫い方とそっくり」
パジャマによくある左胸ポケットの縫い目を少しだけ引っ張ってよく見てみる。すると、思った以上に動転して重心が定まってなかったのか、こっちの方に倒れ込んできて……私の手の平が、真っ平らな胸板に押し付けられる。
「う、あ……キュー」
突然、動かなくなってしまった。
なんだか、緊張がピークに達して気絶したみたいな反応だったけど……
「えっと、これって……やっぱり私のせい、ですよね?」
呆れたように苦笑して頷く女の人。
そして、姿は見えないけどどこかにいるらしい『透明人間』さんが、耳打ちしてきた。
「方針決定。ドキドキ看病イベント」
見えなくても含み笑いしてるのはわかるからやめてほしい。恥ずかしいから。
場面は変わる。
私は可愛い男の子(雨森さん?)をベッドのある部屋へ運んで寝かせた。死んでる人を寝かせるってなんか変な感じだけど。
それにしても、この可愛い寝顔で寝てる子が本当に雨森さんなら……
「受け入れられない? しばらく会わない内に、知ってる人が死んじゃってたなんて」
声のした方を振り向くと、そこには煙草を咥えた女の人がいた。
腕を組んでドアの枠にもたれかかって、横目で私を見ている。
「あなたは……」
「オッハー、私は『丙静』よ。一応最年長だから、本来の『管理人』がいない間の代理人みたいなことやってるけど……凡百ちゃん、あなたが今聞きたいのは私のことよりそこで寝てる子のことでしょ? ここに来る前……つまり両方とも生きてたときは、仲良かった……少なくとも、悪くはなかったんでしょ? それが、いきなり死んでるなんて言われてビックリしてる。違う?」
「い、いえ……全く違うわけじゃないけど、ビックリっていうか、イマイチ状況がよくわからなくて……ここって、臨死体験とかで見るっていう三途の川みたいなものなんですか? 死んでるなんて言われても、こんなにハッキリ見えて、こんなにしっかり触れるのに……」
これは夢だ。
そう思いながら、同時にただの夢じゃなくてもっとスピリチュアル的というか、もっと重要なもののような気がしてる。
それを拙い言葉で表現すると、丙さんは鼻で笑った。
「ここが川なんかに見える? ここは夢よ。徹底掉尾現実から乖離した、ただの夢」
そして、私を見つめ直して、強調するように言った。
「だけど、勘違いしちゃだめよ。ここは『夢』だけど、『あなたの夢』じゃない。ここは……この家は、ある男の子が見た、儚い夢の残骸なのよ」
昔々というほど昔じゃない、何年か前くらいの話。
ある少年には優しい両親があり、温かい家庭があり、幸せな暮らしがありました。
少年はその日常が大好きでした。いつまでも永遠に続いて欲しいと願うほど、そして、そのためには何でも出来ると思えるほど。
しかし、ある日……唐突にその日常の裏には、大きな亀裂があることを知ってしまいました。
それは、彼の家族を繋ぐ絆を揺るがす真実。それが明らかになれば全てが壊れてしまう、それほど大きな秘密。
同時に、それは少年の人生を揺るがす、大きな転機であり、彼の心を動かしたもの。彼が、今までの日常に嘘を重ねて背を向けてさえ、手放せなかったもの。
彼は思いました。
『せめて、せめて最初からみんな、他人だったなら』と。
『家族は通じ合っている』……そんなのは始めから、よく考えれば簡単にわかるような嘘だった。家族と言っても結局はみんな他人。全ての経験を共有してるわけでも、心の内が互いに聞こえているわけでもない。だけど、他人なら『知らなかった』で済む真実が、家族なら『騙していた』ことになってしまう。たった一つの傷で、簡単に砕けてしまう。
せめて、最初から他人として集まって、他人のまま幸せになれていたなら……
「『他人のまま幸せになれていたなら……僕は、僕のままでいられた』。ここの管理人の言葉よ。それから、この家は彼の心の中に出来たの。本来『彼』自身の自我が収まるべき場所を、『彼』自身が家主になって思い思いに作り替えるべき場所を、まるで塗りつぶさせるように他人の人格で埋めて、自分さえも居心地の悪い『他人たちの家』に変えている。ま、入居させてもらってる私が言うことでもないんだろうけど……」
「……」
それは……なんとも悲劇的な話に思える。
家族すら、そして自分自身すら信じられなくなって、全てを『他人』として見限ってしまうなんて……
「わかりにくかった? じゃあもっとわかりやすくこの世界の状態を某人気ゲームでたとえれば、対戦中に『手持ち』のモンスターを『ボックス』の中のモンスターと入れ替えられることのできるチートを見つけた奴が調子に乗ってそれを使いまくってる内にバグって普通に対戦しようとしても『手持ち』として『ボックス』が直接表示されるようになっちゃった上自分で捕まえたモンスターは『手持ち』にも『ボックス』にも飛ばないようになっちゃったもんだから、同じゲームをやめた人のカセットをパクってそっちから取ってきた最強の手持ち6体パーティーをそのまま対戦で使ったり、相手に相性のいいやつだけ持ってきて出したりしてるわけ」
「微妙にわかりやすくはなったけど、悲壮感が皆無になった!? ていうか何ですかその『手持ち』=『ボックス』って鬼仕様!? チートどころの騒ぎじゃないし!!」
ていうかこの人、ゲーム詳しいな!
さてはあなた、やりこんでますね!?
「まあ一応、肉体は一人分だけだから6体やられたら負けるけどね。ちなみに、管理人はたとえるなら一応チート使わなかった場合の最強の手持ちチームかな。それだって、バグで消し飛んだ手持ちと同じモンスター集めた再構成みたいなもんだけど」
「えっと……話はそれましたけど、要するに表に出る人格は対戦の時の『手持ち』6体チーム、ここは言わば『ボックス』の中で、丙さんや雨森さんは死んだ人の記憶から連れてこられた『手持ち』のチームだと……」
「やっぱり最近の子はゲームの話だと理解速いわねー。ま、ちょっと修正するなら『連れてこられた』っていうより『復元された』って感じだけどね。対戦履歴とか、殿堂入りの記録とかそんなところから。だから、ある意味私達は『大元』とは無関係だと言えるし、でも『大元』が現存しない以上、今は私達が『本物』だとも言える……ま、幽霊だと思ってくれて構わないわ。少なくとも雨森ちゃんは、あなたに『偽物』とは思ってほしくないと思ってるはずよ」
丙さんは、私に背を向ける。
「ここに来るのは、決まって『最期まで頑張って戦った人』の魂よ。だからこそ、諦めきれなかったからこそ、二度目のチャンスだって全力で戦える。だけど……やっぱり、誰かに自分の頑張りを知って、褒めてほしいとは思ってるものよ。偽物が本物になるには、誰かに価値を認めてもらうしかないんだから」
その背中は、人を導きなれた大人の、大きな背中だった。
しばらくして、あるいは数瞬で、雨森さんは目を覚ました。
そして、私の顔を見て……
「よかった…ひっく…本当に、生きててくれた……うぇぇぇん!」
またも、泣き出してしまう。
私は、何も聞かずにそっと雨森さんを抱き寄せた。そうするのが、一番だと思ったから。
黙って、雨森さんの言葉を聞く。
「ひっく、心配だったんです……あの後、襲われたりしてたらどうしようって……大丈夫だったって聞いてはいたけど、信じられなくて……」
雨森さんの手は、私の服をギュッと抱きしめる。
大切なものを、握りしめるように。
「ボク、悪い人たちに捕まっちゃって、逃げたり助けを呼んだりしたら、知ってる人を殺すって言われて、わからないようにリスト消したけど、みんな無事かわからなくて、心配で……」
脈絡がなくてわかりにくい……けど、わかる。
雨森さんは……この子は、悪い人に捕まっちゃって……でも、誰かが助けに来るとその人も捕まっちゃうから、自分でフレンドリストを消したんだ。自分を心配した誰かが……たとえば、私とかが 居場所を見つけてしまわないように。
その『悪い人』にシャークさんみたいなメールを横取りする人がいたとしたら、メールを送ろうとした相手が危険にさらされる。それが24時間いつでも見張られてたわけじゃなくても、一度実演されれば、そしてメールを送ろうとする相手の危険を考えれば、メールは送れなかった。
この子は、友達を守るために、一人で死んだんだ。
「ありがとう……雨森さんのおかげで、私、生きてるよ」
私が知らなかっただけで、私は雨森さんに助けられてた。
きっと、一人きりで、助けを呼ぶ手段を自分で閉ざして……それでも、この子は最期まで戦ったんだ。こんな泣き虫な子が、泣きながら孤独に戦ったんだ。
その結果が、『死』だったとしても……
「あなたは私なんかより、誰よりも立派で勇敢な、私の友達の、雨森さんだよ」
その遺志は……誰にも知られないままにたくさんの人を救ったその強い心は、本物だ。
しばらくして、あるいは数瞬の後。
泣き止んだ雨森さんはまた眠っちゃって、私は部屋を後にした。
そして、廊下に出ると……そこには、マリーさんがいた。
「お知り合いとの再会に水を差すのは良くないと思い、外で待たせていただきました。しかし……もうじきに、あなたがここにいられる限界が来ます。これ以上長居すると、ここに馴染みすぎて出られなくなってしまいます。私の都合で無理に連れてきてしまったことは申し訳ありませんが、そろそろ、この世界の『外』までお送りします。ついて来てください」
頭を下げて、私に手を伸ばす。
『今度ははぐれないように』……ということらしい。
「この手を取って、私の後を歩いてくだされば、あなたの精神はここを離れ、朝の日差しで目を覚まします。ここは夢の中、ここで起こったことはあまり思い出せないかもしれませんが、ここで感じた温かい思いは、きっとあなたの胸に残ります。さあ、行きましょう?」
その言葉に、私は意を決して強くマリーさんの手を握る。
ここであったことを忘れてしまうのは嫌だけど、ここが夢だというのならしょうがない。雨森さんのことを思い出して、胸が熱くなるのならそれもいい目覚めだろう。普通の私には、こんな神秘体験は夢オチ程度が丁度いい。
でも、その前に一つ……どうしても気になることがある。
ガシリと……マリーさんの肩を後ろから握る。
「……え?」
ここが夢の世界だというのなら……それも、本来私の夢じゃなくて『あいつ』の夢だと言うのなら……忘れてはいけない、大切な登場人物がまだいるだろう。
「行幸正記、みーつけた」
私の目の前で、マリーさんの姿が砕ける。
私の周りの世界が崩れる。
そして、残ったのは私と、真っ白なキャンパスのような世界と……
「これは……驚いたな。いつ気がついたんだ?」
私のよく知る、行幸正記の姿だった。
今回はライトの精神構造をゲーム仕様で説明してみました。
放火魔『丙静』は結構ゲーム脳なキャラです……登場人物の中では割と年長のいい大人なのに……




