乱丁11:立場を忘れてはいけません
作中で明言はされていませんが、今回のダンジョンは以前、犯罪組織に入った咲が植物を育てていた所です。
私は『凡百』、脇役だ。
『普通さ』には自信のある私だけど、一応普通に年頃の女子らしい趣味趣向がある。
趣味はコスプレ、部活は演劇部。好きな食べ物はケーキを中心に甘いお菓子類全般で、嫌いな食べ物は梅干し(干し梅なら可)。
もちろん他にも『○○と××なら○○を選ぶ』みたいな好みは数え切れないほどある。多分、そういうのが集まって『私』って人格ってものを形作ってる。いわゆる思考パターンや行動パターンみたいなものが、私の頭の中にはあるのだと思う。(私は思考パターンと行動パターンの違いはよくわからないけど、何かをよく考えてやるのか反射的にやるのかくらいな差だと思って話してる)
きっとそこには、そのパターンが決まった原因みたいなものもあるのだろう。
例えば、私のコスプレ趣味はあまりにも普通な自分から抜け出したい『変身願望 』かもしれないし、梅干しが苦手なのは初めて食べた梅干しがとても酸っぱいものだったからかもしれない。
でも……私は疑問に思う。
人が犯罪に走る原因ってなんだろう?
どんな原因があったら、犯罪を『する』と『しない』では『する』を選ぶようになるんだろう?
どんなことがあったら、『悪いこと』を好むようになるんだろう?
もしかしたら、私みたいな普通の人生を歩いてきた人には想像できない出来事があるのかもしれない。
でも、私はこうも思う。
私は梅干しとケーキが置いてあればケーキを食べるけど、梅干ししかなくて死ぬほどお腹が減ってれば多分食べる。
犯罪も、『する』と『しない』を選ぶんじゃなくて、『する』以外の選択肢を選べずに、嫌々やってる人もいるんじゃないだろうか?
《6月25日 DBO》
朝。とあるダンジョンの中の安全エリアにて。
天井が水晶になっていて綺麗な光が降り注ぐ、洞窟の中としては稀に見られる幻想的な場所で、私は多くの名前の刻まれた石板を見つけて、花束を供える。
「少し遅れたけど、これでいいんだよね……」
昨日は、私が『OCC』のギルドマスターに就任した(というより押しつけられた)お祝いとして、賭けに負けたメモリちゃんと針山さんの奢ってくれたケーキで軽いパーティーのようなことをした。そして、メモリちゃんが眠ってしまったのを皮きりに解散し、細かい手続きやポジション調節は後日ということになった。
私もちょっとクタクタだったけど、軽く仮眠をとってから早起きして、花束を用意してここに来た。
目的はもちろん見ての通り……お墓参りだ。それも、顔も見たこと無い人達の。
三日前だったかな。教会に行ったとき、私は教会に住む子ども達に『知り合いが死んだ人の話』を尋ねた。それは無闇さんを泣かせるための話を集めるためだった。中には6月より前、犯罪組織との戦いの前の犠牲者の話もあったけど、もちろん『探してる話じゃないから』なんて差別はできない。
そして、教会にいた子の中、一人の女の子が教えてくれた。その女の子の知り合いの人が、死んだ仲間たちのための『お墓』を作ってると。
そして……
『このお花、届けてあげてくれる? お花あげるって約束してたけど、マリーさんが行っちゃだめって言ってたから』
その女の子……咲ちゃんの話から推測するとこういうことらしい。
どうやら、その女の子は花を育てるのが趣味で、『園芸スキル』も高くて育てた花の評判がいいらしい。それで、以前お供え用の花を頼まれたんだけど、そのお墓がダンジョンの中にあって危ないから届けに行くのを止められた。しかも、その依頼をした人とは連絡が取れなくなってて、その場所は秘密の場所だから、他の人に聞かれても答えてはいけないらしい。
でも……
『おねえちゃんは、死んじゃった人に「おくやみ」しに行くんでしょ? だったら、きっとあの人の「てき」じゃないよ』
咲ちゃんは、私にその場所まで行くための『秘密の抜け穴』を教えてくれた。
それはきっと、こうして私がちゃんと弔いに行ってくれると信じてくれたんだろう。
話の蒐集は終わったけど、いろんな人から話を聞いて、一生懸命生きた人達を弔うことは大事なことだと……特に、身近な人がいついなくなるかわからないデスゲームでは、とても大事なのだと感じた。だから、同じように死者を弔おうとする意志のある人がいることは嬉しいと思った。運が良ければ会えるかと思ってたけど……
「まあ、秘密の場所だから会ったら会ったで困ったかもしれないし、これでいいんだよね」
お墓のある安全エリアには誰もいなかった。
そこにあったのは、誰かの作ったお墓だけ。
五十人以上の名前が刻まれた石板が、壁に埋め込まれているだけだ。
私が置いた花束の他にお供え物のようなものは無いけど……石板自体はよく手入れされている。
これを作った人は、まだ大事にし続けている。
ここは特にレアアイテムも出ない不人気なダンジョンの奥、それも攻略の最短ルートからも大きくはずれた脇道の奥の行き止まりだ。咲ちゃんに教えてもらった秘密の通路を知らなければ、そうそう来ることもないだろう。他の人に荒らされたくない……だからこそ、こんな所にお墓を作ったのだろう。
だったら私は、頼まれた花束だけ置いてさっさと帰ろう。花束は咲ちゃんから預かったものだし、それくらいは察してくれるはずだ。
「さて、帰ったらそろそろイザナちゃんと合流しないとな……ん?」
安全エリアの外……メインダンジョンの方から変な音がする。
まるで巨大な何かがうごめくような、たくさんのものが這いずるような……そんな音。
それがこっちに向かってきている……と言うより、広がってきてる?
「な……なんなの?」
ようやく視界に現れた『それ』は、肌色の何か。たくさんの腕のようにも見えるものが壁や床を埋め尽くして迫ってくる。
「も、モンスター……?」
いや、あんなモンスターは見たことも聞いたこともない。それに、このダンジョンのレベルで出てくるには規模が大きすぎる。
それに、モンスターなら……安全エリアには、入ってこれない。
その『肌色の何か』はあっさりと、安全エリアの垣根を越えて来た。床から、壁から、天井から、全方位から私に迫ってきた。
気付いたときには秘密の通路の方も回り込まれていて、私は驚いて足がもつれて倒れてしまい、逃げ出すことも出来ずに……
「きゃぁああ!!」
「おいストップ! 腕戻せ!!」
その時、男の人の声がした。
私が恐る恐るそちらをみると、二十代の少しやつれ気味な人が駆けてくる。その人を避けるように『肌色の何か』は道をあけ、元に戻って根元へ消えていく。
そして、その男の人は私を見ると驚いたような顔をして、でもすぐ心配そうな顔になって、立ち上がるのを手伝うように手をさしのべてきてくれて、言った。
「災難だったな。一人で立てるか?」
数分後。
「たく、あいつは……ここでは暴れんなって言ってんのに、壊れたらどうすんだよ」
男の人は、石板の無事を確認し、ぶつくさ文句を垂れながら布巾で丁寧に拭いていく。どうやら、このお墓を管理しているのは……私が会えるかもしれないと思っていた人は、彼だったらしい。
会ったら困るかもしれないとは思っていたけど、とりあえず会えたのは悪くないと思って挨拶でもしようかと思ったんだけど……別の意味で困った。
「それにしても、何で俺の直属はみんな曲者ばっかなのかねぇ……な、そう思うだろ?」
「あ……は、はい」
「遠慮しなくても良いって。他のチームの奴からどんなこといわれてるかは割りと良く知ってるからさ。ま、組織の性質上どこのチームにも扱いづらいのは一人や二人いるか。あんたの所もそうだろ? えっと……わり、名前憶えてねえ。まあ、他のチームの奴に無闇に個人情報見せちゃいけないことにはなってるし、お互い名無しでいっか。あんたは俺のこと知ってるだろうけど」
「そ、そうですね」
どうやら、彼の属する『組織』のメンバーだと勘違いされたらしい。
……いや、まあ私にはよくあることだけどさ。
どこにでも居そうな特徴無い見た目してて、しかも印象が薄いから初対面だろうと『前会ったかもしれないけど、憶えてる自信ないな……』とか思われる。
特に、集団の中とかだとその雰囲気に馴染んで紛れ込んじゃうから、いつの間にか仲間に勘違いされて仕事を手伝わされたり部活動に参加させられたりしてることもある。
今回は『仲間しか知らないはずの場所』にいたから、仲間の一人だと思われたんだと思う。今の話しぶりだと彼の『組織』は部署とかが細かく別れててお互いの交流が少ないらしいし、お墓の名前の数を見ても結構大きな組織みたいだから全員の顔と名前を憶えてないのだろう。
こういう時、私は少し様子を見ることにしている。すぐに訂正するとあっちの面子を潰してしまうし、場合によっては話を合わせている間にお別れの機会が来ることもある。仲間だと思っていたのが急に他人だとわかって変に気を使われるよりも、気楽に話してくれる方が居心地がいい。
相手に誤解させて、ちょっと嘘を吐いてるみたいで気分は良くないけど……誤解を解くにもタイミングがある。
……そう考えてた時期が、私にもありました。
「わりいな、書類整理なんて手伝わせちまって」
「い、い、いえ! 全然、問題ありません!」
問題しかなかった。
だって、手の中にあるのは『人質見張りシフト表』『救出部隊対策マニュアル』『要注意戦闘職リスト』……なんか犯罪的なネーミングで整理された書類の山。
あの大量の『腕』らしきものが散らかした書類の整理をするらしくて、『ちょっと手伝ってくれないか? 量がハンパないんだ』って言われたからその惨状を見て上手く断る言葉が見つからず、流れで手伝うことになっちゃったけど……
あれ?
もしかしてこれ、犯罪の計画書じゃない?
……ってなった。
完全に誤解を解くタイミングを失った。
(ていうか、なんで名前も知らない人にこんなの見せちゃうの!? これ結構な機密文書っぽいんですけど!?)
書類の山を表紙の分類別に並べるように運び始めてから気付いたけど、今更『実は私は部外者なので失礼します』何て言ってそのまま帰してくれるような内容じゃない。口封じとかされても可笑しくない内容の書類がそれこそ山のように、私の手の中に抱えられている。
これは、組織内でも秘密にすべきものなんじゃなかろうか……
「それにしても、手伝ってくれて助かったよ。俺のところのチームは戦闘マニアの脳筋ばっかだから、事務仕事手伝ってくれる奴いないんだ。この後新しい布陣の計画書も作らないといけないし、このままだと今日もまた睡眠時間30分コースだったぜ」
「いつも30分!? 死んじゃうんじゃないですかそれ!?」
ナポレオンでも3時間か4時間は寝たというのに……完全にオーバーワークだ。
「あ、でも『切り株の街』から逃げたプレイヤーがいたかもしれないって報告もあるし……人質の見張りの配置換え考えると徹夜コースか……」
「ホントに死んじゃいますから! 頼むから休んで!」
敵ながら心配で見てられない。
ていうか、『切り株の街』から逃げ出したプレイヤーっていうのは十中八九マックスくんのことだ。昨日、パーティーの時にその経緯を聞いたけど、なかなかに統率のとれた部隊がいたらしい。この人がその作戦とか作ってたんだ……
ていうか、犯罪組織は乱暴な無法者みたいな人ばっかりかと思ってたけど、この人みたいなブレイン的な役割の人いたんだな。悪人は楽してるなんて思ってなかったけど、ここまで真面目にハードな仕事してる人がいるとは思わなかった。
しかも手伝ってくれる人がいないとか……不憫だ。寝不足すぎて判断力鈍ってるんじゃないだろうか。
「あんた、優しいな……あー、ミクとかABにもこのくらいの気遣いがあったら楽なのにあいつらときたら難しい日本語分からないだの研究費もっとくれだの……泣けてきた」
「それはなんというか……ご苦労様です」
「ありがとな。お礼と言っちゃなんだけど、あんたんとこのチームの配給ちょっと色付けておくよ。ここ知ってたってことは、あんた多分チームリーダーだろ? チームの識別番号教えてくれよ」
ヤバい……ここ、そんな重要な場所だったんだ。なんで咲ちゃんこんな場所知ってたんだろ?
いや、そんなことより問題は『チーム』の話。識別番号があるらしいけど、当然私はそんなもの持ってないし、そもそも形式すら知らない。いつもならここら辺で誤解を解くんだけど、さすがに犯罪組織のアジトでそれはできない。てきとうに答えて不信がられるわけにもいかない。
ここは……
「そんなの悪いですよ……あ、すいません! これって何の資料ですか?」
近くにあった書類を引っ張って来て、質問で話を誤魔化す。
質問したこと自体を不信がられないように、できるだけ文字がびっしり書いてあって他と形式が違ってわかりにくい書類を選んだけど……その答えは、予想してないにもほどがある物だった。
「あ、それか……それは、『最近死んだプレイヤー』の知り合いを嗅ぎまわってる怪しい女について上がって来た報告書だな。ライトの奴とも接触してたらしいし、あいつの雇った探偵かなんかかもしれない。『イヴ』対策の精神攻撃として使って来るかも知れないし、余裕ができたら少し調べてみようかと思ってんだ」
あれ? それって、まさか……
「なんでも、追っかけててもすぐ撒かれちまうらしいから、きっと相当の手練れなんだろうが……ちょっと待ってくれ、あ、そうだ。これが何とか撮ったっていうそいつの写真だ。こんな奴、見たことないか……」
彼がストレージから出して見せてくれたファイルの写真に写っていたのは、カフェでライトに資料のような紙束を見せて楽しそうに話す一人のプレイヤーの姿……私の姿だった。
丁度、彼の目の前にいる私の顔だった。
いくら特徴がないと言っても、目の前で写真と見比べられればわかる。
固まる私。じわじわと事態を理解して、ゆっくり、しっかりと写真と見比べる彼。
うわ……なんでよりにもよってこんな書類手に取っちゃったんだろ……
「え、えっとそれは……違うんです、あいつとは雇われとかって関係じゃなくて……」
そして、背後から聞こえてくる……第三の声。
「なら、先輩とは……どういう関係なんですか?」
女の子の声……しかも、殺気が尋常じゃない。
まるで、好きな人が知らない女と会っているのを目撃してしまった片想いの女の子みたいな執念を感じる。
何かわからないけど……この気配はヤバい。
「……友達、だけど? リアルで、同じ部活なの」
嘘はつけない。そういう雰囲気じゃない。
「それはおかしいですね……」
目の前の男の人もまるでこの世のものではないものを見せられたかのような顔をしてる。
おそるおそる振り返ると、さっき見た『肌色の何か』……その正体だと一目で分かる、大量に枝分かれした腕を背中から生やした女の子がいた。
その女の子は、俯いていた顔をゆっくりとあげて、ギロリと私を睨む。
「私も先輩と同じ部活ですけど……私、あなたのことなんて知りませんから」
あ、これ……私、死んじゃうかも。
次回
凡百vs『イヴ』
ちなみに、最初の『イヴ』の腕が伸びてきたのは154頁の『同刻』のシーンの直後に当たります。




