乱丁10:悲しみも忘れてはいけません
私は『凡百』、脇役だ。
『一般人』の称号とユニークスキル『パンピースキル』、ちょっと特別なNPCイザナちゃんと仲が良くて、イザナちゃんの能力『神生み』で生まれた『神々』や『妖怪』を連れ歩いたりしてるだけで、至って普通の人間だ。
フレンドリストには大ギルド『アマゾネス』のサブマスターとか『OCC』のメンバーの名前とかがあって、他にも変わり者で知られるライトとかの名前もあるけど、私はとても普通だ。
私は『親の七光』とか『虎の威をかる狐』とか、そういうのをその人自身の評価に加えるのは好きじゃない。立派な人の息子が人格者とは限らないし、友人に偉い人がいたからって同じ階級にはならない。
人の価値を決めるのは、その人自身の中にある力だ。その人が、自分で掴んだものだけだ。生まれや環境でその難易度に違いはあっても、他人から譲渡されることは決してない。
別に私は、誰かから受け取ったものを誇りに思う人を否定するつもりはない。生まれた家や名前を誇りに思って、それに見合う自分になろうと努力するのは立派なことだ。才能があって、同じ才能を持つ人たちと競い合ってその得意分野をさらに伸ばそうとする人達はかっこいいと思う。
私は、そういう人達を素直に尊敬したい。
逆に私は、努力していても結果が出ない人をテレビやネットで『下手くそ』だの『素人』だのと言う人を、最低だと思う。画面の向こうに隠れて、自分は真似事だって出来ないのに偉そうにものを言ってる人達に嫌悪感を抱く。
そういう人は『普通』なんかじゃなくて……『卑怯』なんだと思う。自分自身の欠点から他人の失敗で目を逸らそうとするのは、『普通』なんて呼ぶには陰湿で不毛すぎる。私は、そういう人には『自分たち普通の人間には同じ土俵になんて立てないから』なんて、『普通』を言い訳に使わないで欲しい。
『普通』っていうのは、もっと大きくて、もっと堂々としたものだ。
誰かと違うことの言い訳に使うんじゃなくて、たくさんの人と同じ部分があるって感覚を共有して、それを恥じることなく生きるための言葉だ。
だから私は、堂々と『普通』を名乗る。
堂々と『普通』の私として、『普通』を武器に戦う。
私は『凡百』……ごく普通の脇役だ。
誰がなんと言おうと、私は『普通』をやめる気はない。
《6月23日 DBO》
夜。
概ね準備は完了した。
メモリちゃんに原稿をチェックしてもらい、キングくんに無闇さんへの呼び出しを頼み、予行練習を済ませた。
でも……
「不安だなぁ……」
色々と不安はある。
緊張して上手くできなかったらどうしようとか、これでも準備が不十分だったらどうしようとか……
無闇さんが、本当は私の思うような人じゃなくて……私のしようとしてることは、ただの迷惑なんじゃないかとか。
四日前は、衝動的に決意した。
三日前は、衝動に理由をつけて、計画的に動き始めた。
一昨日は、ライトの後押しも得て、メモリちゃんの強力も貰って、勢いをつけた。
昨日は、ある種の使命感みたいなものまで芽生えていた。
今日は準備が最初の目標のラインを満たして、時間が経ちすぎるのを防ぐためにも……明日、勝負に出ることに決めた。
そして明日……私と無闇さんの勝負が……多分、勝負とも思っていないであろう無闇さんへの挑戦が始まる。
なんでこんな性急なスケジュールになったか……それは、時間をかけすぎると私の決意が揺らいでしまうかもしれないから。そして、無闇さんが今の状態に慣れきってしまって……心の中まで、本当に変わってしまうかもしれないから。
前会ったとき、無闇さんは『野蛮だから戦いたくない』なんて嘘を言っていた……と、思う。少なくとも、私にはそうやって嘯くことで、嘘吐くことで、戦いから逃げている自分を正当化していた。たとえそれが正論で論理武装した、真っ当な意見だろうと……自分の心に嘘を吐いているのには変わりがない。
でも、その手の嘘は……自分の心に吐いた嘘は、そのままにすると、本当のことになってしまう。
たとえ、大好きな人がいたって、その人を諦めたと自分に言い聞かせ続ければ、いつかは本当に諦めてしまえるように。
人の心は、変わってしまうものなのだ。
私の決心だって、時間が経てばどうでもよくなってしまうだろう。私が無闇さんに抱いた怒りなんて、突き詰めてしまえば『憧れていた人がイメージと違った』というだけなのだから、私自身に害もなく、彼女を見限ってしまえばそれまでだ。私が熱を保っていられるのも、そろそろ限界が近かった。
でも、無闇さんは私が見限れば……多分、もう立ち直れない。以前の無口で恥ずかしがりで……でも、人と接するのを諦めなかったあの人には戻らない。戦ったことも、『OCC』のことも、私のことも、全て過去のことにされてしまう。
それは寂しい……まだちゃんと友達にもなれてないのに、絶交されるみたいなのは嫌だ。
サンタクロースのコスプレでクリスマスを寂しく過ごす人にプレゼントをあげるような、大きなお世話だけど親切な人。
黙々と弓を弾きながら、仲間にいつも気を配ってる無口だけど優しい人。
本当は目が見えないのに、真っ直ぐ相手の目を見て、怒られると深く頭を下げる真面目な人。
私は、あの時の無闇さんにもう一回会って、ちゃんと話したい。
前は無口で話しかけにくかったけど……メールでもいい。今度は私から話しかけて、お喋りしたい。
今度はちゃんと……『友達』に、なりたい。
彼女が悩みを抱え込まずに気楽に相談できるような……『普通』の友達に。
だから私は……無闇さんを、絶対に泣かせてやる。
私と彼女の間にある溝を、中途半端に始めてしまったケンカを、終わらせるために。
《6月24日 DBO》
夕暮れのオレンジの光が差し込む小さな小屋。
とある街の片隅の林にひっそりと佇む、『OCC』のギルドホーム。
私は、よそ行きの『文化的』な洋服を着て、目を閉じたまま微笑む無闇さんと対面する。
「ここに来るのも久しぶりね。こんな中途半端な時間に呼び出して、何の用かしら? 聞いてた話とはちょっと違うみたいだけど?」
「すいません、いきなり予定が狂っちゃって……」
今回の対面(名目上はギルド『OCC』の解散についての決議ということになっている)、なんでこんな夜も近い遅い時間になったかと言えば、立ち会うと言っていたキングくんが急に外せない予定が入ったとかで、それが終わったという連絡を待っていたらこんな時間になってしまった。
話によると、昨日の夜に突然出現してすぐに失踪した『イヴ』についての対策会議らしいけど……『OCC』の暫定ギルドマスターとしての雑事が面倒だとぼやいていた。それでもちゃんと会議に出てるあたり、悪ぶっていても根は真面目な男の子だと思う。今回の対面の立ち会いだって、私が頼んだわけじゃない。彼が、万が一にも話がこじれてしまった時、戦闘能力で圧倒的に劣る私を守るためだ。まあ、私は無闇さんがそんな逆上するとも思えないけど……『女同士のケンカなんていつ殴り合いになるかわからないだろ?』とか言ってたし、そういうケンカを見たことがあるのかな?
まあ、それは置いておこう。
私は、暴力や知恵比べで戦おうとは思ってない……勝てないし。
私みたいな『普通』な女子のケンカなんて……所詮、口先だけで十分だ。
「無闇さん……今日呼ばせてもらったのは……あなたに、大事な話があるからです。本来部外者の私がこんなふうに首を突っ込むのは筋違いだとは思うけど……それでも私は、あなたに聞いて欲しい」
「前も言ったけど、私はもう野蛮な戦いなんてしないわよ? 誰が、なんと、言おうとも」
無闇さんは澄ました顔で私の言葉を聞き流している。
私が彼女を戦わせようと、説得でもするつもりだと思っているんだろうけど……私は、別に無理に戦わせようとするつもりはない。
ただ、考え直してほしいだけだ。
ただ、自分でちゃんと『考える』という過程を経て決めてほしいだけだ。
ただの『一般人』の私には、大局の傾きとか、戦力の差とか、そういう難しい話はわからない。
でも、これだけはわかる。どんな結論であっても、自分でちゃんと決めなければ……それは、一生心にしこりを残す。どんな選択をしても後悔はするかもしれないけど、それでも後悔したときに『あの時はそれがベストだった』と思えるかどうかで、全然違う。
多分だけどこれだけは、私はそこらの『天才』達に、『特別』な人達に負けない。
普通に努力して、普通に失敗して、普通に後悔してきた私に……簡単に挫折して失敗を繰り返して、躓き続けてようやく『それなり』に生きてる『普通』の私達に、簡単に失敗できない、障害を簡単に乗り越えられてしまうこの人たちが勝てるはずはない。
あの時『もう一回だけ挑戦させて』って言えなかった私の後悔は……絶対にわからない。
私は、用意していた原稿を広げる。
これが私の唯一の武器……そして、無闇さんに対して用意した最終兵器。
戦略なんて立てられない私には、予備の手段も、奥の手もない。
ただ、これ一つだけに全てを託す。
もしこれが無闇さんの心に届かないなら……それはもう、無闇さんが私の知る人ではなくなってしまったってことだろうから、二の矢なんて意味がない。
私の知る最高の弓使いの無闇さんに立ち向かうのに、『二の矢』なんて持つ意味もない。最初から一矢で報いるつもりでなければ、当たるはずもない。
この不意打ちの『一矢』で倒せなければ……私の『負け』。あちらが勝負とも思ってなくても、私が『負け』。
だけど……
「そんなに自分の意志の固さに自信があるなら……最後まで、ちゃんと聞いてください」
私は、負ける気なんて微塵もなかった。
これは、あるプレイヤーの話。
彼はリアルでは入社したての会社員で、慣れない仕事のストレスを発散しようとしたのがVRMMOを始めたきっかけだった。
でも彼は、不幸にもデスゲームにログインしてしまった。こんなことになるなら、辛くても会社勤めに耐えていた方が楽だったと最初は悲嘆にくれていた。
でも、いつしかそうも言ってられずに、この世界で生き抜くために金を稼がなければならなくなった。結局の所、何かしらの『仕事』をしなければ生きていけないのは、デスゲームでも現実世界でも変わらなかった。
他のVRMMOで戦闘職の経験のあった彼は、勇気を出して剣を取り、半ば死の恐怖を否定するようにフィールドに繰り出した。
そして、そこで待っていたのは本当の命を懸けた戦闘。
削られたHPバーは、死が近づいてくるのを見せられているようにも感じられた。
あまりに恐ろしくて、夜も眠れない日だってあった。
しかし、ゲーム開始から一ヶ月ほどしてそんな彼にも転機が訪れた。
ある日、戦闘中に致命的なミスをした彼は、あと少しでHPを全損しかけてパニック状態になりながらもパーティーの仲間に助けられ、何とか『時計の街』まで引き返してきたのだ。しかし、フィールドを脱出しても彼は激しく動揺していた。
傷を治すため、無理やり『病院』に連れ込まれた彼だったけど、彼は回復を拒否した。回復すればまた戦いに出なければいけなくなると、彼を心配して声をかけてくる仲間たちに大声で喚きたてたりもしてしまった。
そんな彼に最後まで向き合い、落ち着かせたのが……NPCのナースだった。
もしかしたら吊り橋効果のようなものもあったのかもしれないけど……彼は、そのナースに恋をしてしまった。
NPCに恋をするなんておかしいとはわかっていたけど、彼はその気持ちを捨てなかった。もしかしたら心の拠り所が欲しかったのかもしれないけど、理由はどうあれ本気で惚れていた。
そのナースに治療してもらえるよう、そして心配させすぎないようにほどほどの戦闘をするようになり、狩りから帰ると真っ先にその『病院』に行って、そのナースに診てもらえるように順番を他の人に譲ったりした。そして、ナースと会うと治療をしてもらいながらできるだけ話しかけた。すると、最初はNPCとして決められた、限られた機械的な受け答えしかしなかったナースだけど、いつしか少しずつ複雑な会話に応じてくれるようになっていき……『人間臭く』なっていった。
長い長い触れ合いの末……彼とナースは、とても親しいと言っても問題ないくらいの仲になった。
そしてとうとう彼は、彼女とプライベートでの交流を……デートの約束を取り付けるに至った。
だけどその日の夜……事態は急転した。
大怪獣『イヴ』の襲撃。
街を破壊して行く『イヴ』に……彼は、武器を持って立ちふさがった。その先にある『病院』を……彼女を守りたかったから。
そして、彼は……負けた。
受けたのは致命的なダメージ。仲間が助け出し、運び出してくれたが手持ちのポーションくらいではどうにもならない重症だった。
彼は『病院』に担ぎ込まれ、奇しくも意中のナースの患者になり、傷から流出する命(HP)で死にゆく直前……必死に、まるで人間のように泣き出しそうになりながら傷を治そうとしてくれる彼女に言った。
『いつも、ありがとう』
それが……彼の最期の言葉となった。
ナースは普通『病院』では行わない蘇生措置まで行ったが、その傷はあまりに大きく……
6月2日19時40分……病院にて、彼の死亡が確認された。
「彼の名前は『コッコ』……6月2日のあの事件の犠牲者の一人です」
私は、話に区切りをつけて無闇さんを見やる。
無闇さんは……泣いてはいなかったけど、表情はすこし崩れ始めていた。
「こ、こんな話をした程度で……私の意志は変わりませんよ?」
声が若干だけど震えている。
やっぱり、多少の効果はあったみたいだ。まあ、それもそうだろう……私の知る彼女は、他人の死の話でも何も感じないような人物じゃない。
だけど……『一つ』じゃ足りない。
私は、数十枚に及ぶ原稿の二ページ目を捲る。
「では……次のお話に入りましょうか。ハンカチの準備は、いいですか?」
「……!」
『私達』は氾濫する。
私達『一般人』の最大の武器は、数と多様性だ。
この『物語』で……この何十の人生を束ねた矢文で、彼女の心を撃ちぬこう。
『泣き落とし』……それが、私の選んだ手段。
本当に古典的で、単純で……でも、私が一番効くと思った方法。
私にできる、精一杯のこと。
私が何日もかけた準備だってなんてことはない……ただ、この六月に入ってからの犠牲者に会って、犠牲者の話を聞いて回って来た。
個性がなく、どこにでもいそうなタイプで、印象が薄くて顔もよく覚えてもらえない私には犠牲者の生前の知人を装って『知人の親しい方にお悔みをしたい』と言って話を聞くのは簡単だった。
本当に簡単だった……やることと言ったら、キングくんやイザナちゃん達が見つけてくれた『遺族』の人達を尋ねて、亡くなった人の話をして……一緒に、悲しんであげるだけだった。我慢できるはずもない涙を、我慢せずに流すだけの簡単なお仕事だった。
演技や目薬の必要なんて全くなく……ただただ、本心から泣いた。
原稿には大まかなあらすじしか書いてないけど、これで十分思い出せる。とても……泣ける話、ばかりだったから。私はちょっと涙もろい方だったのかもしれないけど、私が泣くとつられて泣き出す人もいたから人のそういう所は大きくは変わらないのだろう。
大切な人を失った悲しみ、守りきれなった悔しさ、嫌いな人だったとしても心に開いた喪失感。
人の死とは、それほどまでに心に大きな跡を残す。心構えの無いまま突然失われた命なら、なおのことだ。
そういえば、昔演劇部でやった『Mr.ハイドの最期』でも、台本を最初に読んだ時には泣いちゃったな。
あの話は『ジギル博士とハイド氏』のパロディで、善人のジギル博士が人格の逆転する薬でハイド氏に変身して暴走してしまうところまでは一緒だ。しかも、原作よりひどく、多くの知人を自らの手で殺してしまう。
でも、演劇部の劇で原作と違ったのはジギル博士が自らの死を選ぶ前に、墓地に赴いてハイドの殺した人達の眠る墓に花を手向けることだった。そして、そこで薬の効果が切れてハイドに心を乗っ取られそうになる彼は幻覚を視る。
それは、殺された人達が……生前、善人のジギル博士に助けてもらった人達の霊が彼を取り囲む光景だった。
そして、殺されたことを罵倒しに来たかと思った彼に、霊たちは告げた。
『ジギルさんは悪くない。悪いのは……オマエだ、Mr.ハイド』
ハイドは悪霊だった。
ジギル氏が発見した精神の善悪を切り離す薬剤とは、実はその悪霊が生者の身体を乗っ取るための触媒だった。悪霊はジギルに憑りつき、その陰で殺しを楽しんでいた。
しかし、悪霊ハイドには誤算があった。
それは、ジギルがこれ以上ないほどの善人で……殺された者達にすら愛されている、人徳のある人物だったということ。
墓地でジギルを取り囲んだ人々の霊が、悪霊ハイドを掴み……ジギルから切り離し、自分たちと共に死後の世界に連れて行く。
そして劇の最後、勝手な人格の豹変から解放されたジギルは『永遠に行方不明』となった殺人鬼ハイドの墓を作り、そこに薬を埋葬して『悪』と決別し、以後は人を助けるために生きることを誓うこととなった。
悪人ハイドが一般市民に倒され、善人ジギルが救われる……まさに、因果応報の物語だった。
人は死ぬ。それは絶対だ。
でも、死んだってその人生が無意味になったわけじゃない。
その精一杯生きた証はこの世界に残る。それを受け取るかどうかは、私達次第だ。
私は、話を聞かせてくれた人たちの顔を……悲しそうな表情を思い出しながら、犠牲者たちの話を無闇さんに語った。
無闇さんは、逃げたり耳を塞いだりせず……最後まで動かずに聞いてくれた。
そして、最後のページを読み終わった時には……彼女の濁った眼が、涙で濡れていた。
心に……届いた。
「……無闇さん。もう一人だけ、話を聞けていない人がいるんです。その人の話で、最後にしたいと思っています」
『勝ち』とは言えない。
だって……私も、結局泣いちゃってたから。
でも、これは勝ち負けの問題じゃない……無闇さんと心を共有して、一緒に泣いてるのが大事なんだ。
「ジャッジマンの話を、聞かせてもらっていいですか?」
そこから先は、いつの間にか日が落ちて暗くなった小屋の中で、無闇さんから色々な話を聞いた。
無口な無闇さんをパーティーに引き入れようとしたおじいさんに、沈黙を拒否だと思われて無言の我慢勝負みたいになったこと。
一緒にレイドクエストをクリアして、働きを褒めてもらえたこと。
クエストで海に行った時、海水パンツに着替えたおじいさんの身体がムキムキで、思わず触って確かめてしまって驚かれたこと。
祝勝会で強かに酔ったおじいさんが上機嫌になって歌った演歌が想像以上に上手かったこと。
クリスマス、ギルドの皆にプレゼントを用意するために慣れないアクセサリーショップで四苦八苦していたこと。
どれもこれも、私の知らない話で……おじいさんの、私が知らない部分をいっぱい教えてもらえた。多分、こんな事でもなければもう知ることもなかった……死んだ人の話。
笑って泣いて悲しんで、そして少しすっきりする……そんな話。
私が話を聞いた人達の多くはそうだったけど、悲しいことを話して泣くのは、自然なことだ。何も恥ずかしくなんかない。
気持ちの整理をつけるために他人と話す。気持ちを共有する。そうしたところで起きてしまったことや、死んでしまった人は戻らないけど……それはきっと、大切で、必要なことだ。
特に、無闇さんみたいに無口で感情を外に出しにくい人、しかも優しくて、人や物にそれをぶつけられない人なら、誰かがそれを吐き出させてあげなきゃいけない。饒舌になっても本心を語らず、結局『無口』のままだった彼女は、きっと他人に心配をかけるのが嫌で、自分の悲しみを共有させて悲しませてしまうのが嫌だったのだろう。
……そんな心配しなくていいのに。
私だって、おじいさんが死んじゃって悲しかったのは同じだったんだから。
この世界はデスゲーム。
同じ悲しみを持っていて、共感できる人だって少なくない。
おじいさんの死を悼むなら私じゃなくたって、『OCC』の皆でも良かったはずなのに……
「ヒヒヒ、『凡百が闇雲無闇を泣かす』……賭けはオレ様とマックスの勝ちだぜ? メモリ、針山、後でケーキな」
突然、キングくんがそう言って入ってきて驚いた。
しかも、その後ろには……
「理解不能です……過去の既知の事実を確認しただけで心境に大幅な変化が表れるなんて……理解不能です。データのさらなる収集を希望します」
「いやはや、あの無闇さんにここまで心を開かせるとは……感服いたしました」
「うぅぅ……な、泣いてなんかいないからな! 感動はしたけどな!」
私が話を集めていたとき、記録係として手伝ってくれていたメモリちゃん。
そして、行方不明だと言われていた針山さん(少し疲れてるっぽい?)と、『切り株の街』に捕らわれていたはずのマックスくん(涙目)。
現存する『OCC』の……フルメンバー。
「針山さん! マックスくん! どうしてここに!?」
「少々調子を崩していたものでして……ようやく回復したのでキングさんに連絡を取ろうとメールを開くと、凡百さんが面白いことをなさっていると」
「ぅ、僕は、街から逃げてきて人質の状況を伝えようと思ってたら……」
「メール内容『あの普通のねーちゃんが闇雲無闇にケンカふっかけてるぜ! 無闇泣かせられるか賭けねえ?』」
……キングくん、私の挑戦を賭けにしてたな。
しかも、オッズは五分五分だったみたいだし、私への評価としては過大なのかそれなりなのか微妙なところだ。
まあでも、無事で良かった。
それにしても……
「キングくん、皆どこから聞いてたのかなー……って」
「オレ様とメモリは最初から、遺族の話が三つくらい終わったところでマックスが来て、針山はついさっきだけど、二人して身を寄せ合って泣いてるところはみんなで見たぜ? なんなら、証拠の写真見るか? インスタントで出来立てだぜ?」
「ちょっとやめてよ! 盗撮反対!」
見られてただけじゃなくて写真まで撮られてたなんて……無闇さんの涙を近くで拭いてあげたりもしてたから、ちょっと変な絵面になっちゃってるかもしれないし……ちょ、ヒラヒラすんな! 恥ずかしいから!
「……!」
ヒュッ プスッ
突然、キングくんが見えるか見えないかのところでヒラヒラさせていた写真が小さな矢みたいなものに射抜かれて、裏返しのまま壁に刺さった。
その発射元を見ると……いつの間にか以前の外套姿に戻った無闇さんが、小さな筒のようなものを向けていた。
「……無闇さんも、恥ずかしかった?」
「……」
無言のままで首肯。
いや、確かに昔みたいに戻ってほしいとは思ってたけど、そんな完全無口なところまで完全再現しなくても……
「ま……いっか。皆、またここに集まれたわけだし」
私がそう言うと、皆少し楽しげな表情で頷いて、テーブルを囲ってそれぞれ椅子代わりの木箱に座る。また、前見たときと同じ並びで。
そして、今回は来客用の椅子はなくて、空席が一つだけ……おじいさんの席だ。
最後まで立っていた私に、キングくんが意地悪な笑みを向けてくる。
「ほら、ねーちゃんも座れよ。しまらねえだろ」
「でも私……『OCC』のメンバーじゃないんじゃない?」
「何言ってんだよ? あんたが無闇をやる気にさせたんだ。それでもうすぐ人数不足で自動解散しちまうギルドの方は放置なんて、そんな無責任なことはしねえよな?」
……ぐうの音も出ないとはこの事だ。
ギルドの解散期限とか忘れてたけど……ここまで来たら、引き下がれないか。
まあ、数合わせくらいなら私にも出来るよね
「じゃ、観念したら早く席座れよ。丁度一つ、空いてんだろ?」
丁度一つ……空席になった、おじいさんの席。
私なんかがそこに座るのはどうかと思ったけど……引き止めるメンバーは一人もいない。
入り口から一番遠い上座にあたるその席に歩いていく私に、皆それぞれの視線を送ってくるけど、否定的なものはない。
『受け入れられた』……ってことかな。
いつもいつも、いつの間にか勝手に集団に溶け込んでいる私には新鮮な感覚だった。
ゆっくりと、おじいさんの座っていた席に座る。
「じゃあ……不束者だけど、これからよろしくお願いします」
そう言うと、皆がそれぞれに拍手をしてくれた。『歓迎』ってことだろうな。
そして、拍手が止んでくると、現ギルドマスターのキングくんが声を上げる。
多分、形式的な受け入れの宣言みたいだけど、結構そこら辺、ギルドマスターらしくちゃんとやってるんだな。嫌々やってるみたいに言ってたけど。
「はいじゃあ注目だ! うちのギルドの新しい仲間の受け入れについて、現ギルドメンバーに決議をとってもらいたいことがある。ギルマス命令だ、正直に答えろよ?」
『受け入れに反対の人は手を挙げろ』……的なことかな。一応意見を聞いておかないと、後で角が立ちそうだし。
「このねーちゃんがギルドマスターになるのに賛成な奴! 手え挙げろ!」
手が……五つ上がった。
キングくんは言ったそばから例を見せるように、ピンと力強く。
マックスくんは、立ち上がって指先を空に伸ばすように。
メモリちゃんは、少し考えてから、まあまあ納得したかのような顔で。
私より年長の針山さんと無闇さんは、謙虚に肘の上だけの動きだけどハッキリと。
異論は……出て来なかった。
「ま、そもそも一回崩壊したギルドを再結成させたようなもんだし、この中で一番常識ありそうだし……当然といや、当然だわな」
そして、キングくんは意地悪く私に笑いかける。
「じゃ、こちらからもよろしく頼むぜ……ギ、ル、マ、ス?」
こんなに周りを固められたら、逃げ場なんてあるはずがない。
キングくんに嵌められた……面倒くさい役押しつけられた。
私は……嘆息することしか出来なかった。
私は『凡百』、脇役だ。
変人の集まる人外魔境と揶揄されるギルドのギルドマスターになっちゃったけど……私は、誰がなんと言おうとも普通の人です。
RESULT
凡百vs闇雲無闇
……勝者、凡百。
決まり手……泣き落とし。




