乱丁9:営みも忘れてはいけません
誤解されているといけないので先に注釈しておきますが、凡百さんは最初一ヶ月くらいほとんどフレンドリストが空っぽでしたが、ボッチではありません。ただ、広くて浅い友好関係が得意だっただけです。
私は『凡百』……脇役だ。
でも、『脇役』だからって主要登場人物に勝てないとは限らない。だって、『脇役』にだって役割があって出番が当てられて、役割があるからには意味を持つ。
どこにでもいる老夫婦が育てた子供が主人公となり、強大な化け物を打ち倒す昔話がある。彼ら彼女らが主人公を育てなければ、物語は始まらなかった。
……脇役が、間接的に化け物を打ち倒すことは不可能じゃない。
カリスマを持つ主人公に先導された民たちが、暴君を打ち倒してきた歴史がある。いつの時代も、夢を見せるのはリーダーたちでも、夢を実現するのはその他大勢の仕事だった。
……脇役が、その手で悪を打ち倒すことだって、不可能じゃない。
決して飛び抜けた天才にデザインされたわけではない、普通の人達によって地道に積み上げられてきた文化がある。一朝一夕、一代一生程度では到底創作しえない、そして共有しえない大きな物だ。
……脇役には、主人公にできないことができる。
別に、彼らの座を奪おうとは思わない。
理想や大義があるわけでもない……ただの、個人的な対抗心だ。無謀な挑戦心だ。
私なんかが『登場人物』に、物語の大きな流れに刃向ったところで勝負になんてならないのは、水が高い所から低い所へ流れるのと同じくらい明らかなことだろう。
でも、物語の流れのままに流されるつもりはない。
物語を形作っているのは私達『その他大勢』で、私達はそれぞれに意志を持って動いている。ありふれ過ぎていて気付かないかもしれないけど、世界を満たしているのは私達『その他大勢』の……『脇役』の存在だ。
私は、悲劇へ向かう物語に反乱する。
『私達』は、誰かの描いた道筋から……氾濫する。
私は『凡百』、脇役だ……だけど今回は少しだけ気合を入れて、『名脇役』とでも名乗ってみよう。
≪6月20日 DBO≫
唐突だけど、私は昨日、無闇さんとちょっと……ケンカした。
もちろん戦闘能力なんてかなわないし、口喧嘩。それも、あっちはケンカとも思ってないだろうっていうのはよくわかってる。
でも……私は本気だ。
『絶対、泣かせてやる』……その決意は変わらない。困ってる人達の外から傍観者を気取ってる彼女の目を覚まさせてやる。
だから……
「お願い、力貸して!」
『OCC』のギルドホームにて。
私は、キングくんに頭を下げた。
「昨日の今日でなんだよその急展開……今は知り合いから頼まれた調べものしてて忙しいってのに。本人が戦いに飽きたんなら別にいいじゃねえか。もう戦いたくないってやつを戦わせるのも酷な話だろ」
うっ……確かにこの資料の山は凄い。訪ねる前にメールで忙しいとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。
『地質調査書』?
『ダンジョン内安全エリア写真集』?
何調べてるんだろう?
無闇さんと違ってキングくんは止まってたわけじゃないみたいだけど、私に『今頃やる気になったのか』って顔するのやめて欲しいな……自覚はあるから。小学生か中学生くらいの子供の方が有能なの見せつけられるって割と精神に来る。
まあ、呆れられるのはわかってたけどさ……
「それはわかるんだけどさ……今のままは良くないよ。彼女の……無闇さんのためにも」
「……?」
「確かに、人と戦いたくないっていうのはあの人の本心だとは思う。でもね……このまま降りたら、無闇さんは完全に『負け』になっちゃう。ここで逃げたら、あの人はきっとずっと後悔して……戦わずに負けたら、リベンジもできないから。だから……」
「『どうせ折るなら、治りやすくキレイに折ってやりたい』ってわけか。まあ、確かにそれも悪くねえな……確かにあいつは、ジャッジマンの爺さんが死んで、それで自分も負けたと思ってるぽいからな。報復とか考えないのはあいつの良いところなんだろうが、立ち上がる理由をそこに持てないのは悪いところだ……で、あんたはそんなあいつに、どうやって引導を渡すつもりだ?」
キングくんが身を乗り出してきた。
やる気になってくれたらしい。
「大方あいつを負かして、怒らすなりリベンジ煽るなりして立ち直らせる気だろうけど……あいつ負かすって、結構な難易度だぜ? 戦闘能力は言うに及ばず、罠にかけるにも感知能力スゲー高いから素人には無理だ。たとえ『戦線』の奴らを連れて行ったとして、それじゃ普通に弱ってる奴をいじめてるだけになるしな……いっそルール決めて勝負して負けた方が言うこと聞くとかってことにした方が……」
「あ、大丈夫。方法はもう考えてあるから。キングくんにはちょっとだけ手伝って欲しいことがあるの」
私は、キングくんに私の考えた『秘策』を耳打ちする。
すると、彼は小さく笑って……
「そりゃ面白れえ! この勝負、あんたに一口賭けてやんぜ」
私は準備を開始する。
この作戦に必要なのは、入念な下準備だ。
私にできること。私にこそできること。それを、全力でやる。
私がこの作戦を考えついたのは、高校の演劇部でそういう劇をやったことがあるからだ。
確かあれは……そう、『ジギル博士とハイド氏』のオリジナルパロディ。
タイトルは……『Mr.ハイドの最期』。
主人公が自らケジメをつける原作とは違う、完全な悪人となったハイドが、脇役である『善良なる市民達』に打倒される、因果応報の物語だった。
私がこの手で『悪役』を打ち倒した、初めての劇だった。
「なあ、聞いたかよ? あのビラの写真の子、まだ攫われたままらしいぞ」
「ああ、他にも拉致られたらしいプレイヤーが何人もいるんだよな」
「安心して出歩くこともできねえな」
街を歩いていると、そんな噂が聞こえてくる。
誰も彼もが口々に、不安を吐露して共有しあう。そんなことをして事態が好転するわけじゃないのに、むしろ問題を再確認して、その事態の悪さを理解してしてまう。
だけど、人は噂をやめられない。
人の口に戸は立てられず、一人歩きした噂は何人もの人を巻き込んで広がっていく。
何で、何も出来ない無力な私達がそれでも噂話をやめられないのか……それはきっと、共有したいからだ。
その問題を共有したい。
その不安を共有したい。
その気持ちを……分け合いたい。
噂して、語り合って、通じ合って、繋がり合っていたい。
弱くて小さい私達は、そうやってお互いに補い合うように出来ている。互いを見つめて、その目に映る自分を見つめて、何かを見て、それを認識して、他人の認識を確認して、すり合わせて、大切なものを見つけて心に刻んで……そうやって自分を作っていく。
もしかしたら、こういう感覚は私だけかもしれない。他の人たちが本当はどうやって世界を見ているかなんてわからない。
それぞれの人が勝手に共感を錯覚しながら、自分の世界を正しいものだと信じているのかもしれない。自分が好きだと思うものが、目の前の人の嫌いなものかもしれない。
でも、きっとそういうは無闇さんや『OCC』のみんなにはよくわからない感覚だろう。
マックスくんも理解はできても、共有は出来ないだろう。
あの人達は確かな『自分』を持っていて、持ちすぎていて……共有できない。そして、その上でそれを当然のこととして、必然として生きている。
共有を必要とせず、自分自身で完成している。
人と人の間でしか生きていけないのが『人間』なら、他人を必要とせず、その共有の外に独立して生きられる彼らは……『人外』ってことになるのかもしれない。
だから、きっとこれはあの人達には出来ないことだ。
私だから、出来ることだ。
私は『時計の街』の西側、今月初めに『イヴ』に破壊された商店街の近くの家を訪ねる。
ここは、ギルド『大空商店街』の従業員宿舎。今は商店街で破壊された店舗に住んでいたプレイヤーも住んでいるプレイヤー。
扉をノックし、中から顔を出した人に、私は用意してきた言葉をかける。
「突然お尋ねしてすみません……お話したいことがあります」
《6月21日 DBO》
作戦開始から二日目。
『準備』もコツを掴んで慣れてきた辺りで、私は偶然『彼』に……ライトに出会った。
場所は『時計の街』のNPCショップが並ぶ大通り。商店街が機能しなくなった今では利用者は前より増えて、知り合いと出くわす確率も低くはない。運命的なんて言えない、ご近所さんと家の近くの店で顔を合わせた程度の感覚だ。
でも、私は無性に嬉しかった。
今、会えたことが嬉しかった。
何かに本気になっていることを、知って欲しかった。
だから私は、人と待ち合わせをしているけどその時間まで暇だという(嘘かもしれないけど)彼をカフェに誘って……その席についてから、椿ちゃんから聞いた話を……彼に『彼女』が出来たという話を思い出した。
正直言って……メチャクチャ気まずくなった。
割と強引にカフェに連れ込んだ手前話を自分から切り上げるのも不自然だし、知らないふりをし続けるなんて芸当は私には無理だ。
だから私は……出来るだけ何でもないように、何も思っていないように、世間話のように問いかけた。
「あ、そういえば彼女できたらしいじゃん。上手く行ってる?」
「あー……近々別れることになるかもしれないが、今は上手く行ってると思うよ」
……さらに気まずくなった。
「えっと……聞いちゃダメなことだったかな?」
「いや? 別に悪くはないよ。要するに、オレとあいつはそんくらいの関係が丁度良いってことだ。別れるって言っても破局とイコールじゃない。今はこんなご時世で、どっちがいつ死ぬかもわかんないんだしな……」
……それはそれで話題にすべきじゃなかったと思う。だけどまあ、それなら納得できる……彼は、本気で命をかけているんだろう。このデスゲームに、戦争に。次に会うまで、生きていられるかわからないくらいに。
でも……その覚悟が、その彼女と繋がっていることは……解せなかった。
どうして……
「どうして……私じゃダメだったのかな。私と正記の関係ってどういう関係なのかな」
つい、そう呟いてしまう。
未練たらしいのはわかってるし、意味がないのも知ってる。でも、質問せずにはいられない。
「もし私がこんなに平凡な私じゃなかったら……どんな『私』だったら、うまく付き合えてたかな?」
しつこい女だと言われてもしょうがない質問だ。
呆れられて、失望されても仕方がない。
そして、今更聞く意味もない、答える必要もない質問だ。
でも……やっぱり彼は、私のずるい質問に答えてくれる。
「何言ってんだか。おまえは……モモは、『平凡』なんかじゃない。『普通』なだけだ。どう頭を捻っても、オレには……『僕』には、今のモモ以上のモモなんて、想像できないよ」
一瞬、彼の何かが変わった気がした。
まるで……昔、私に『人生相談』をしてくれたあの頃の彼に、戻ったみたいに感じた。
「は……はは、なにそれ? 私じゃどうやってもダメだったってことかな。まあ、あのゲームの難易度じゃ確かにどうやっても無理だったかもねー」
少し気を張って、動揺を見せないように笑う。
今のはお世辞ではなく彼の本心で……同時に私と彼が付き合うことが最初から『有り得ない可能性』だったと悟ったから。
彼は私の人格をちゃんと認めていて……それでいて、恋愛対象にはしていない。だから、私が彼の好みに合わせて変わろうとすれば彼は『以前の私』を捨てた私を嫌いになる。
ありのままの私で彼の『ゲーム』をクリア出来なかった時点で、彼に『好きになってもらう』チャンスを掴めなかった時点で、私と彼が付き合うことはないと証明されてしまった。
これはまた……キツいな……
「お、おい! 泣くなよ! オレが泣かせたみたいだろ!?」
「お、大方間違ってないじゃん! それにこれは泣いてないの、まだ涙ぐんでるだけ……いや、目薬! 目薬で目が潤ってるだけ!」
「嘘が下手にもほどがあるだろ!? いつ目薬さす暇があったんだ!? 人体が自給自足できる目薬は涙だけだ!」
「じゃあ泣いてるでいいわよこのバカ! ちょっと思い出し泣きしただけ! くらえ!」
お店に悪いけど、割と痛い角砂糖攻撃。
私の感じた心の痛みなんて……こんな程度だ。
「いてっ、いてっ!」
シリアスな空気はどこへやら、残ったのは鬱憤を晴らすための遊びだけ。
でも……
こうして、普通の友達らしくケンカできるのも、なかなか楽しいと思った。
「それにしても……モモはホントに嘘が下手だな。ま、普段から正直に生きてるからそれでいいんだろうけど……嘘ばっかり上手くなって行くより、堂々と胸張って正直に生きてられる方がずっといい」
しばし戯れてから、ライトは感慨深そうにそう言った。
「おまえの『普通』は……オレから見たらすごい才能だよ。本来人は、口で言うほど自分を『普通』とは思ってない。何かしろの欠点や特技、コンプレックスや傲慢を持って、そう思い込んで生きてる。そう思わないとやっていけない。嘘も交えずに、傲りも卑屈さもなく『私は普通です』って言えるのは、オレの知る限りおまえくらいだよ。自分に嘘をつかずに生きていける人間……敵に回したら、勝てる気はしない」
ライトはギラギラとした笑みで……苦笑いする。
「ホント、シャークとかスカイも脅威だが、モモはもっと凄いよ。なんせ、『普通』っていうのは欠点や偏りの反対で何してくるかわからないし、足りない部分をどこから取ってくるかもわからない。一方向に特化して凝り固まった化け者じゃ出来ないようなことを平然とやってのける。『これ』だってそうだ。無闇のやつも、まさかこんな攻め方をされるなんて思わないだろうな……モモを怒らせるとは、大した度胸だよあいつは」
ライトは、私が『下準備』で作った紙の束を捲り、心底怖れているようにわざとらしく震えてみせる。
「この作戦、面白そうだからオレも一口乗るよ。使えそうだからメモリにも連絡入れて手伝わせる。それから、この際だからこれも渡しておく。いざとなったら使え」
ライトは空色の羽織りを脱いで私に手渡してくる。
あれ、これって……ライトのトレードマーク的なアイテムじゃないの?
「大丈夫だ。昔のバージョンを予備として何着か持ってるから」
「トレードマークのレア度低っ!!」
「何言ってんだ。これスカイの特別製だから着てれば『大空商店街』系列のプレイヤーショップでは無償の情報提供受けられるし、そうじゃないプレイヤーにも『大空商店街』の関係者だって名乗れる。ギルドへの領収書も書いてもらえる。要はギルドの有力協力者の身分証代わりだ。株主の特権みたいなものとも言えるな。シンプルなデザインに見えるが、この色とか『空』の筆跡とか偽造が難しいように出来てんだぞ? ギルド幹部クラスからの信用がないと貰えない、信頼の証だしな」
「ちょ、それって勝手に人にあげていいものじゃないんじゃ……」
「ま、元々持ってる奴なんてほとんどいないし、普段から着てるのはオレくらいだから新しく持ってる奴が現れてもそうそう疑われないよ。あ、もちろん無駄使いした領収書なんて出したらスカイにどつかれるからやめとけよ? それに、オレは普段から着てるから、着てなかったところで待遇が変わることはないだろうが……モモ、おまえが持っていることは大きな意味がある。大きな効果がある。それは一種の『武器』だ……だが、それを過信するな」
ライトは口調を強める。
「権力なんてのは、それがあると思っている奴らの心の中にしかないものだ。たとえ世界の王様だろうと、人の世界の外に生きる猛獣や怪獣には他の平民奴隷達と同じようにしか見えない。大事なのは、モモ自身の持ってる力。その羽織りは話を聞いてもらうきっかけ程度に思っておけ。それを使って……その『本気』、存分に振るえ。今のモモになら……きっと、この流れを変えられる。この馬鹿げた戦争、行く末を決めるのは盤上に並ぶ数十の駒でも、駒を操る指し手でもない……ゲーム盤を下から支え、傾けることの出来るおまえ達だ。だから……」
ライトは、席を立ち、私の肩をたたいてすれ違いながら離れていく。また、私に人生相談なんてしてくれたあの頃の彼から、デスゲームを打ち破ろうとする一人の『プレイヤー』になりながら。
その芝居がかった、印象付けるような話し方で、私に『頼む』。
「ゲーム盤の上でオレ達がどんなに暴れても、潰れないで、諦めて真っ平らになんてならないで、世界を……『物語』を傾けてくれ。うまくそっちに展開が運べば……それは、おまえがこの戦争そのものに『勝った』ってことだ。それは盤上に上がらずにはいられないオレ達には出来ない……おまえだけの勝ち方だよ」
そんなライトを背中で見送りながら……私は、一つの疑問を口にする。
それは、ずっと前から思っていたこと。
「『勝ち方』ね……ライト? あの勝負、私が勝つにはどうすれば良かったの?」
私は、ライトとの『かくれんぼ』に負けた。
その結果には異論を唱えるつもりはない。私は負けた。たとえ過去へ行けても、その結果を変えようとは思わない。
でも、やっぱり私がどうするべきだったのか……彼が、どう負けたかったのかは知っておきたかった。
そして、その答えは……
「ん? 簡単だ。日曜日のゲーム開始前、土曜日の夜からオレの家の前で張ってりゃよかったんだよ」
なんとも……拍子抜けするような答えだった。
「反則じゃない。ゲームが始まる前、隠れる前から鬼が見張ってちゃいけないなんてルールはなかっただろ? オレがどんなに上手く化けてたって、オレの母親の顔さえ把握してりゃ間違えることはないだろうしな。後は撒かれないように尾行して、オレが隠れ終えた直後に捕まえりゃ良かったんだ」
「そ、それは……」
「はは、そういうずるっこいこと思いつきもしない、根が正直なところ好きだぜ……でもな……」
彼は、振り向かずに言った。
「それがただのゲームじゃなくて『デスゲーム』だったなら、そのくらいのことは迷わずやるべきだ。あれは『行幸正記』にとっては……存在をかけた、『デスゲーム』だった」
なんとなく……本当になんとなくだけど……
その、羽織りを脱ぎ去った後ろ姿には……昔の彼と今の彼が、重なって、でも少しズレ始めているように感じた。
そこからは、『下準備』はさらに順調になった。
メモリちゃんにも手伝ってもらって、時には空色の羽織りも使って、『パンピースキル』の『NPC化』も使って、思いきって別行動してるイザナちゃんやフレンドNPCにも協力を頼んだ。
これは個人的な無闇さんとのミニゲームみたいなものだけど、デスゲームだと思って、使える手は全部使うことにした。
《6月22日 DBO》
噂によると、昨夜遅くに『戦線』のメンバーを含めた戦闘職の人達が犯罪組織のアジトに奇襲を仕掛けて……失敗したらしい。
しかも死者も出たとか、自分達の仲間も守れなかったとか言われて非難されて、ちょっとした暴動みたいになってるけど……私には、暴動なんかに参加している暇はなかった。
今の私にとって大事なのは犯罪組織との緒戦の勝ち負けより、自分と無闇さんの勝ち負けだ。
今日はそのためにここ……『時計の街』の教会に来た。
ゲームシステム的には病院よりも呪いなどの治療に適した回復施設であり、その他にも運気上昇のバブや御守りをもらったり、定期的に行われる聖歌隊の歌を聞いて楽しんだり、図書館を利用できたりする『街』に必需の公共施設だ。他の街には『寺』や『神社』のような様相は違っても同じ効果を持つ施設があったりするけど、ゲームの世界観的にはファンタジーの色が濃いので多くの街が『教会』を持っている。
でも、この街の『教会』は、プレイヤーの間では少し特別な意味を持っている。
ここは、数いるプレイヤーの中でも有名な……『聖女』がいる。
『カウンセラー』として、デスゲームのストレスや不安に苦しむたくさんのプレイヤーを癒してきた、この街の相談役。
ゲーム開始直後から、一人で生きていけない小さな子供達をこの教会に集めて世話してきた、善意の人。
描く絵や、作る御守りで人の心を感動で満たす、天才的な芸術家。
黄金の髪を持つ、微笑みの美女……『マリー=ゴールド』。
私は今日、そんなすごい人に会いに来たのだ。
「マリーさん、今忙しくて会えないよ?」
「あ、会えないんだ……」
……訂正。
会いに来たけど、会えなかった。
教会に来てみたら、そのマリーさんが世話してる子供の一人が庭で花壇の世話をしていたからマリーさんがいるか尋ねてみたんだけど、タイミングが悪かったらしい。
花を世話していた十歳前後の女の子は、花柄のジョウロで水を撒きながらおしえてくれる。
「チョキちゃんが悪い人達に『ゆうかい』されて落ち込んでるから、今は人と話したくないんだって。マリーさん、今『ガオー』って、こわい顔になってるから、部屋に行っちゃダメなんだよ」
こわい顔か……もしかしたら、そう言って子供達を遠ざけて泣いているのかもしれない。
子供達を不安にさせないために、自分を頼りにしてくれる皆に心配をかけないために、そういう弱い部分を隠してるのかもしれない。
私のお母さんも昔、育児ストレスでヒステリックになると一人で部屋に籠もって気が落ち着くまでやり過ごしたことがあるって言ってたことがあるし、マリーさんもそうやっているのだろう。自分の精神的な不調が、子供達に悪い影響にならないように。
「マリーさんが泣いちゃうと、『バタフライ効果』で『リーマンショック』とか『世界きょうこう』になっちゃうんだよ」
「悪影響が半端じゃなかった!?」
脅しをかけるにも、もうちょっとリアリティのある嘘はなかったのかな。ていうか、そんな影響力あったらその気になったら世界滅ぼせるんじゃないだろうかその人。
……まあ、そのくらい人と会えない状態っていうことかな。
まあ、じゃあ今日は失礼して……
「ところでおねえさん。おねえさんって……タバコとかすう人? ちょっと煙臭いよ?」
「え? 吸わないけど……ああ! 『煙々羅』ちゃんの匂いかな? ここ何日か出してないんだけど……鼻いいね」
「えんえんら? それなに? 嗅いだことない匂いかも」
女の子が興味ありげに私にクンクンしてくる。
まあ、花の世話をお邪魔しちゃったお詫びに……
「見てみる?」
私は、『煙々羅』の『依代』の煙管を出して、そっと息を吹き込んで中の彼女を起こす。
ボン
「コホコホ、お呼びですか? コホコホ」
現れたのは、自分の煙でむせちゃう『煙々羅』ちゃん。煙になって、フワフワと浮遊する。
「これが『煙々羅』ちゃん。ほら、よく見せてあげて?」
「ハーイ、コホッ」
『煙々羅』ちゃんは蜜を見つけた蜂みたいに八の字に宙を舞ってみせる。
それだけのことでも、子供には面白かったらしくて……
「うわー!」
「何だろあれ?」
「なんか飛んでる!」
教会の窓から何事かと思って来た子供達が集まってきた。
もしかして、このパターンって……
「ねえねえおねえさん、もっとないの?」
「見せて見せて!」
「火とか出せませんか?」
案の定、みんな集まって来ちゃった。
どうしようこれ……ああ、子供達のキラキラした目は裏切れないな……
私は、持っていた『依代』を全部出して、投げやりに叫んだ。
「みんな出てきて! なんとかして!」
結果……みんな、なんとかしてくれた。
いやー……童心って凄いな。危うく押しつぶされるかと思ったけど、人を驚かすのが仕事みたいな小妖怪達は存分にその興味を満たしてあげてた。
あ、小動物系の『すねこすり』が撫でられて餌貰ってる。『家鳴り』、いくら木の打楽器だからってカスタネットにノリノリってどういうこと? 『狂骨』は虚像でモグラたたきみたいなことやってるし……なんか、すごく楽しそう。
そういえば、みんなここ何日かは忙しくてかまってあげられなかったからな……
「あの……ちょっと……」
「ちょっと……良いですか?」
「……え? あ、ごめん。もうお化けは品切れなの」
考え事をしていると、目の前に中学生くらいの二人の子供……それも、顔がそっくりな双子らしき子達がいた。
二人ともエプロンをしているけど、そこに『レストラン マイライ亭』というロゴがある。
このロゴって……そうだ……
「あ、もしかしてあの商店街のおいしい料理屋さんのマイマイさんとライライくん? 何度かお邪魔したけど、おいしかったよー。また行くよ」
「あ、今は店が壊れちゃったので休業中ですけど……」
「復興が終わったら、また来てくださいね」
あ……店舗、壊れちゃってたんだ。
まずいこと聞いちゃったかな。
まあでも、そんな気分を悪くしたようには見えない。むしろ、『おいしかった』の言葉に喜んでるみたい。
それから……私に何か、頼み込むように頭を下げる。
「お願いします!」
「妖怪さん達を、何人か貸してください!」
「……え?」
「私達、ギルドの『本部』の人達の食事とか作ってるんだけど……」
「最近、混乱してて人手が足りなくて……」
「安全の問題もあるから新しいプレイヤーの人も雇えなくて……」
犯罪組織のスパイかもしれない、どこの誰ともしれないプレイヤーを雇うわけにはいかない。
でも、昨今の混乱で信用できる人材は別にかり出されてしまっていて、台所までは行き渡らない。
そこで、裏切りの可能性の低いNPCの出番のというわけだ。
だけど……それだけじゃないらしい。
「『小豆洗い』さんの研いだお米、すごくつやつやしてるんです!」
「『のっぺらぼう』さんはお皿洗いピッカピカだし!」
「『お歯黒』さんは盛り付けがメチャクチャきれいなんです!」
ただただ小豆を洗う妖怪『小豆洗い』……まあ、お米を研ぐとかもプロ並み以上だろう。『のっぺらぼう』……自分自身の顔もそうだけど、何かをツルツルにするのはこだわりがあるだろう。『お歯黒べったり』……花嫁の妖怪だから、花嫁修業として料理も当然のように修めているだろう。
安全そうだからと呼んでみて使い道がわからない妖怪達だったけど……その才能を生かしてもらえるなら、私の手元に置いておくよりいいかもしれない。
他にも、私よりその能力を上手く使ってくれる人もいっぱいいるはずだ。もちろん、ここの子供達の中にも。
だとすれば……これは、いい方法かもしれない。
私が『依代』に入れて宝の持ち腐れするより、いろんな所で特技を生かしてくれた方がいいかも。もちろん、本人達の意志は尊重した上で。
でも……
「『タダ』じゃ、ダメかなー」
「もちろん、妖怪さん達にもプレイヤーの人と同じくらいお給料を払います!」
「おねえさんにも、紹介料を払います!」
さすが、店持ってるだけあって経済的な話はしっかりしてる。
だったら、話は早い。
「じゃあ、その話を妖怪さん達にお願いしてくる代わりに、少し私の調べ物を手伝ってくれない? 紹介料は割安でいいから」
双子はシンクロした動きで首を傾げる。
そんな二人に、私は『お願い』を言う。
「みんなの周りで……今月に入って、友達が死んじゃったって人がいたら詳しく教えてくれない?」




