乱丁8:誠意を忘れてはいけません
お忘れかもしれませんが、闇雲無闇は女性です。
私は『凡百』、脇役だ。
最近よく、変な夢を見てる気がする。
でも、起きると内容を全然憶えてない。
なんとなく、これが続くと危ない気がする。
でも、どうしたらいいのかよくわからない。
ただ……いつも無意識に、誰かを探してる気がする。
会えばきっと、わかる気がする。
《6月19日 DBO》
椿ちゃんがギルドに帰って行った翌日……犯罪組織との戦いの状勢はとんでもないことになっていた。
口々に伝播する『エリアボスを目の前で犯罪組織に打倒された』という噂、そして、それを裏付けるように新エリアの入口の街が犯罪組織に占拠されたため進入を禁止するという公式発表。
そして……私は、6月の初めに『OCC』のギルドマスターだったジャッジマンが戦死していたことを知った。
実の所、突然の情報ではなかった。
噂は聞いていた……でも、信じていなかった。
あの強そうなおじいさんが……私の周りの人が死んだなんて、信じられなかった。
でも、今日こそは信じる他なかった。
新しく『OCC』のギルドマスターとなったキングくんに、直接聞かされたのだから。
私の泊まってる和風の宿部屋にて。
座布団に正座する私に向かい合って胡座をかくキングくんが言う。
「じいさんがあんたに気をかけてたからな。一応生存確認っつうか、無事かどうか見に来たんだけどよ……少し見ない内に、なんかすげえことになってんな。これはさすがにちょっと、趣味悪くねえか」
「……うん、いろいろあってね」
金髪にサングラスで浮ついたシャツを着たこちらもあまり趣味がいいとは言えない格好のキングくんに呆れ顔でそう言われても、文句は言えなかった。
だって……
「スリスリ、スリスリ。へこたれないで」
私の足に頭を擦り付ける狸みたいな小動物。
「キシキシキシ! ご主人、悪趣味!」
私の耳元で割り箸を打ち合わせる手のひらサイズの子鬼。
「カラカラカラカラ、趣味が悪いだってよ。誰のことだろな?」
私の脇に置いてあった骸骨が音を立てて私を笑う。
「コホコホ! それって、私達のせいじゃ……」
私の背後で煙にむせたみたいな咳をする煙みたいな女の子。
私の周りだけ、ちょっとしたお化け屋敷みたいになっている。
ていうか、この状況の私によくシリアスな訃報伝えられたなキングくん。もしかして『妖怪』は他の人には見えないのかと思ってそのまま聞いてたけど、普通に見えてたならかなりシュールな絵面だっただろう。もしかしたらキングくんも私がスルーしてたから見えないかもしれないと思って気を使っててくれたのかもしれない……そうだったらますますシュールだ。もはやコントの域だ。
「で、触れちゃいけないのかと思って無視してたけどよ……なんだその自由すぎるマスコット達は? どっかの幽霊屋敷でテイムでもしたのか?」
「いや……私の新しい能力っていうか戦力っていうか……まあ、気にしないで。すぐ大人しくさせるから。ほらみんな、『依代』に戻って」
「「「「はーい」」」」
この『妖怪』達はもちろん私がイザナちゃんに産んでもらったNPC達だ。世間が大変なことになっているので自衛のための戦力を知っておこうと出しているところにキングくんが来てしまったけど、いつもはこうやって『依代』の中で静かにしてもらっている。でも、強力過ぎる淡島さんは私じゃ手に負えないし他の人に迷惑をかけるといけないから、ちょっと強めに『お願い』してイザナちゃんに同行してもらってる。
何故か最初から仲が微妙に悪かったからちょっと嫌がってたけど、これを機に少しは仲良くなってくれたらと思う、なんとなくだけど。おかげで最近は忙しいイザナちゃんの代わりにこの『妖怪』達が私の相棒だ。
狸みたいな妖怪『すねこすり』。『依代』は私の元々履いていた靴の靴紐。
名前の通り人の脛に体を擦りつけて進みにくくする妖怪で、さっきみたいに私の身体に頭を擦り付けたりして来る結構可愛い。
手の平サイズの妖怪『家鳴り』。『依代』は綺麗な音で割れた割り箸。
家が軋んだりする音を出す妖怪で、私の耳元で騒ぎ立てて気を引こうとしてくるかまってちゃんだ。
髑髏を象った妖怪『狂骨』。『依代』はちょっと尖った趣味のファッションショップに売ってた髑髏のチェーン。
捨て置かれた遺体の亡霊で、見た目は怖いけど実体は小さい、虚像の妖怪。
そして煙の妖怪『煙々羅』。『依代』は市場に売ってた煙管。
煙みたいな身体だけど、何故か自分の煙でいつもむせてるお茶目さんだ。
今私の言葉に従って『依代』に戻ってくれた四体は、『妖怪』の中でも特に無害で、戦いには向かない『小妖怪』と呼ばれる部類。妖怪らしく夜型で眠ってる子達もいるけど、基本的にあまり勝手なことはせず言うことには従ってくれる。弱い私でも安全で扱いやすい、安心なNPC達だ。
でも、本当の『戦力』はこの子達だけじゃない。
イザナちゃんに『神生み』をして生んでもらったNPCは11日から昨日の18日までの一日一体で八体。でも、中には淡島さんのように簡単には従ってくれない者もいる。そういう『扱いにくい神々』を無理に使役しようとすると裏切られるのが怖いので、淡島さんと同じように好きに行動してもらっている。戦闘能力と扱いにくさはほぼ比例するので、この子達を手駒として考えても『戦力』にはほとんどなれないだろう。
でも、私はそれでいいんじゃないかと思い始めてる。
扱いにくい大妖怪より、仲良く共生できる小妖怪のほうがいい。
深く説明しない私に、キングくんは呆れたようにため息を吐く。
「……ま、スキルとかに関しちゃ深く聞くのはマナー違反だろうし、無理に言わなくてもいいが……あんた、この前ジャッジマンにギルドへ誘われた時『考えさせてほしい』って言ってたろ? あれ結局どうなんだ? 別に、入る気が全くない建前だったならそれでなんも問題ないんだけどな。入る気があるんなら、さっさと言ってほしいんだ。できれば今月中に」
以前、あのおじいさんには『OCC』に入らないかと誘われた。
なんで私みたいな普通のプレイヤーを誘うのかと思ったら私が攻略にほとんど役に立たないけど一応ユニークスキルに分類される『パンピースキル』を持っていたからだった。そして、何にもできない私の答えは『保留』。それから四か月以上も経った今でも、その話は消えていなかったらしい。
……あるいは、キングくんの中ではおじいさんの遺言のような意味合いに昇華して重要度が上がったということなのかもしれないけど。
でも……『今月中』?
「来月になったら……どうするの?」
「そのときは……『OCC』を解散する予定なんだ。ていうより、システム的に人数が六人に満たないギルドは一か月間その状態が続くと自動解散になる。ジャッジマンが死んで、ギルドメンバーが五人になった……新入メンバーが無きゃ来月の二日にそれが適応されるんだ」
「……!」
『OCC』の解散。
これまで、大ギルドを抜き去って数々の戦果をあげてきた、ある種中小ギルドの希望の星とされていたギルドの突然の消滅。
私には、キングくんの口から軽く発せられたその事実がなかなか受け入れられなかった。
でも、キングくんはさらにその未来を補強する。
「言っておくが、今の暫定ギルドマスターであるオレ様はもう潮時だと思ってる。そもそもあのじいさんが中心になって成り立ってたギルドだしな。もう実質バラバラなのに、無理に新入りを用意してまでギルドを続けようとは思ってないし、他のメンバーも似たようなもんだ。だから、無理に入らなくていいぜ? それにな、もしあんたが入りたくても、やっぱり解散するかもしれないからな」
「入りたくてもって……どういうこと?」
驚いた私の問いに、キングくんは苦々しい顔で答えた。
「マックスがやられた。針山は死んじゃいないだろうが連絡つかなくて欠員同然、マックスは例の街にいる……それに、無闇のやつが、もう戦いを降りたいって言い出したんだ」
「座標はこの辺りのはずなんだけど……あの店の中かな?」
ギルド『OCC』遠距離攻撃担当、闇雲無闇さん。
プレイヤーネームとは裏腹に弓の腕は一流で、いつも深緑の外套で全身を覆い隠した狩人みたいな風貌の人。
すごく無口だけど、サンタクロースに扮してクリスマスを寂しく過ごすプレイヤーにプレゼントを配ったり、メールではすごくお喋りだったりとギャップの多い人。
その無口さのせいか少し取っつきにくくて、私との交流は少なかったけど、一応身振り手振りの意志疎通で『友達になりたい』と言われたので、フレンド登録はしてあった。
別に近況を聞くだけならメールでも良かっただろうし、むしろその方が会話はし易かったかもしれないけど、私は今の無闇さんに直接会ってみたかった。
『OCC』に入るかは入らないかはまだ答えを出せていないけど、無闇さんが心配なのは私の嘘偽り無い気持ちだった。
『笛の街』。
無闇さんの現在位置を調べると、座標はこの街の中になっていた。
大分前に攻略されたエリアにある街で、前線からも『時計の街』からも離れていて用でもなければ滅多に他のプレイヤーと遭遇することのないような街。
街中の岩や建物の壁に小さな穴が空いていて、風が吹くと風向きによって違う音色が街中を満たすという、ちょっと幻想的な街。
私はその中にある、小さな酒場の戸を開ける。
フレンドマップが正しいならここに無闇さんがいるはずだ。
玄関の戸を開け、中に入ると……とても美しい『音楽』が響いてきた。
私の目は、思わず店の奥……そこで大きなハープを演奏しながら唄う美しい女性に惹きつけられる。
薄い絹のドレスに身を包んで、手入れされた長い髪を耳にかけ、目をつむって弦をしなやかな手で弾いている。流れてくる『音』は、街で自然発生する笛の音色と絡まり、まるで『音楽』が空気に充満していくように感じられた。
まるで全身に響いてくるようなその音色に……私は曲が終わるまで聞き入ってしまった。
そして、曲が終わると演奏をしていた女の人は頭を下げる。それもまるで、私のために演奏していたかのように親しげな笑みで……いや、自意識過剰はよくない。ああいうのは基本お客さん全員へ向けた『最後まで聞いてくれてありがとう』の合図。たまたま私が戸口にいただけで、他の人たちも……
「ありがとう、凡百さん。わざわざこんな所まで私を訪ねてきてくれて」
……え?
今、私名前呼ばれた?
しかも、あの女の人に?
『私を』って……
「え!? 無闇さんって女だったの!?」
思わず、冷静に考えたらとても失礼なことを叫んでしまった。
一応酒場なので、私と無闇さんは飲み物を注文して向かい合って座る。
……間近で見ると、ますます美人さんだ。でも……
「無闇さん……なんでずっと目をつむってるんですか? もしかして……さっきのこと、怒ってます? 私の顔なんて見たくないとか……」
「え? さっきのことってなんですか……ああ、性別のことなら慣れっこです。気にしないでください。目の方に関しては……すみません、実は私の目、何も見えないんです。濁ってて見た目も悪いし、必要ないときは閉じることにしてるの。あんまり……変に気を使われるの好きじゃないから」
「し、失礼しました!」
聞いちゃいけないこと聞いちゃった……ていうか、今『何も見えない』って言った?
今まで、何も見えないのに弓を使ってたの?
どんな理屈で当ててたんだろ……気配とか?
「心配しなくても、普通の人が思ってるほど不便じゃないのよ。ずっと見えてないと、耳も鼻も肌も、普通の人よりずっと敏感になるの。あなたの声が聞こえたから、店のステージ借りて、軽く演奏しながら待ってたのよ?」
ほ、本当に私のために演奏してくれてたんだ……
「え、演奏すごく上手ですね。リアルで音楽やってたんですか?」
「やってたって言うほどじゃないわよ。構造が弓に似てるから、ちょっと慣れてるだけよ。本職は弓の方」
どうやら……ハープより先に弓をやっていたらしい。でも『本職』って……弓道とかアーチェリーの選手とかかな?
目の見えないプロ選手なんていたら、有名になってそうだけど。
私の疑問の表情(……は見えてないはずだけど、ある程度の反応は気配で分かるらしい)に気付いた無闇さんは、ガラスのグラスを上品に傾けて《木苺ジュース》を飲んだ無闇さんは、大人な笑みで答えてくれる。
……外套を脱ぐとこんなに大人っぽい女の人だったのか……私が男だったら惚れてた。
「私、実は『日本人』じゃないの。といっても、戸籍とかは一応『日本人』として作ってあるけど、生まれは北の山奥……もうほとんど廃れちゃった、原住民族の、その中でも閉鎖的に引きこもってる偏狭な集落の一つ。まあ、『日本人』から見たら『古き良き自分たちの文化を守って暮らす現地の方々』ってやつなんだろうけど、私の生まれた集落の中では『南の隣国に攻め込まれて滅びかけてる国の生き残り』……何百年もの間馬鹿馬鹿しいとは思うけど、未だに独立国のつもりなのよ」
無闇さんは、自分の故郷を懐かしむように笑う。
「他のもう『日本人』になった人達は降伏して属国になった国の人達で、土地が国のものだったり国としての独立が認められてないのは『傲慢な他国の言い分』。まあ、戦争して勝てないのはわかってるし、文明社会の恩恵も否定できないからラジオで天気予報は聞くし、合成繊維の服は着るし、病気がひどければ山を下りて病院で化学物質を使って治してもらう……逆に、山で遭難した人がいれば見つけて通報するし、伝統的な人形とか布とかを売って日本円を得てるし、免許を取って人里の周りで増えすぎた害獣を退治したりもする。私は昔猟銃の火薬の事故て視力なくなっちゃったから、銃に触れなくて弓矢にしたの。みんな、私が目をつぶったまま当てるとすごく驚くけどね」
……それであの外套で顔まで隠してたのか。
山奥育ちの本職の狩人……確かに、あの『OCC』の一員として戦っていたときの無闇さんのスタイルにピッタリ一致する。
だけど、今の彼女は……まるで別人のようだ。
とっても文化的で……『狩り』なんて言葉からは程遠い印象だ。喋りも饒舌で、仕草も見習いたいくらい綺麗だ。
なんでこの人は、こんなハイスペックな部分を今まで隠してきたんだろう。
そんなことを考えていたら……
「ところで、今日来たのは『OCC』のことについて、キングくんから聞いたからでしょ? あなたが『OCC』に入りたいなら、別に遠慮しなくていいわ。戦いには参加しなくても、名前だけなら貸してあげるから」
……そうだった。それが、今日の目的だった。
私がここに来たのは……無闇さんがどうして戦いを降りるのかを聞きに来たんだった。
「あの……なんで戦いを降りるのか、教えてもらえませんか? 入るかどうかは、それから考えます」
少し迷ってから発した私の問いかけに、無闇さんは単純明快に答えてくれた。
「私が降りる理由? 簡単よ、『戦争』なんて野蛮なこと、私はごめんだもの」
無闇さんは、今まで語らなかった本心をさらけ出すように饒舌に語る。
「私、元々山奥育ちで世間を何にも知らなかったのよ。でも、こんな目じゃ山での生活は不便だろうって、町に出されたの。もちろん、障害者用の生活支援とか受けてね。実質、扱いに困る娘をもっともらしい理由を付けて放り出したんだろうけど……私は、ワクワクしてたわ。だって、閉鎖的な山奥とは全然違って、人もたくさんいて、娯楽も電気の自由に使えない山の中とは大違い、そんな『人里』に憧れてたから。とっても文化的で先進的な外の世界、引っ越しの前日は楽しみで眠れなかったわ……でも、実際に下りた『人里』はそんなにいいところじゃなかった」
無闇さんの口調が少し怖くなる。
「いろんな所に自由にいけるけど、どこもうるさくてたまらなかった。人はたくさんいるけど、互いにギスギスして、小さな声で悪口ばっかり言ってた。人気のゲームとか映画だって、見てみたら人と人が戦って相手を不幸にして楽しむようなのばっかり。それに何より、私の出身を知った人達みんなが陰でこう言ってるのよ……『ああ、あの野蛮な集落の人か』って。ああいうのを、本人の聞こえないところで悪口を言う『陰口』って言うらしいけど、私には陰だろうと日向だろうと関係なかった。耳が良かったから……全部聞こえてたわ」
無闇さんは私にギリギリ聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った……『あなた達ほどじゃない』と。
「正直言って、生きるために誠意を持って動物を狩る狩人より、作り物とはいえ人を殺したり他人の不幸を楽しんだりする人達の心の方がずっと『野蛮』だわ。むしろ、覚悟もなく安全なところから一方的にそれを眺めてるなんて、趣味が悪いにもほどがある。それならむしろ、現実に人を殺して生きてる殺人鬼とかの方がよっぽど立派よ。勝手な話だけど、高い理想を持って『人里』に下りた私には、そういう人たちはイメージからかけ離れてて……『野蛮な文明人』にしか見えなかった」
無闇さんは上品にグラスを傾ける。
まるで、映画のワンシーンに出てきそうな完璧な動作だった。
「飲み物の飲み方、なかなか良く出来てるでしょ? 練習したからね……私は、本物の自称文明人より『文化的』であろうと思ったの。マナーは守る。芸術を楽しむ。ボランティアは積極的に。狩猟や正々堂々の決闘は立派な文化だけど、ケンカや戦争はしない……ね? とっても文化的でしょ?」
『野蛮さ』へのコンプレックス……確かに、今の彼女は一応は文明人であるつもりの私から見てもずっと優雅で、『育ちのいい女性』を絵に描いたようだった。
青は藍より出て藍より青し……元々そういう環境にいなかった彼女だからこそ、それをコンプレックスに思ったからこそ本物を超えた本物らしさを得たのだろう。それも、一夕一朝では身につかないレベルの自然さで。
でも……
「無闇さん……何言ってるかわかりません。だってそれ、全然本心じゃないから」
彼女の言葉は、私の心には響かない。
無闇さんは普段無口で、嘘が下手だ。用意してた言葉ばっかり喋ってるから、不自然なまでに饒舌になる。嘘に慣れていない人の特徴だ。
そんなことでは私は騙せない。
私の知り合いには、もっと完璧な嘘吐きがいたから。
こんなもので騙せるのは……精々、彼女自身だけだろう。
「今の無闇さんを初めて見たとき、まるで別人みたいだと思いました。前はいつも戦いに備えてるみたいに気を張ってて、人前で素顔を見せたり戦闘用の装備を脱いだりする事もまずなくて……すごくこだわりを持って、確かな『自分』を持ってゲームをプレイしてました。でも今は……その『自分』から逃げようとして、別人みたいに振る舞おうとしてるようにしか見えない」
きっと、今の『文化的』な無闇さんも演技じゃない。
多分今の彼女は、リアルの彼女の姿。出自や振る舞いを身につけた理由も本当だと思う。そうじゃなきゃ、ここまで自然には振る舞えない。
だけど……
「あなたは……デスゲームに向かい合うために作った『自分』を捨てて、ゲームから逃げ出そうとしてるんじゃないですか? 本当は、おじいさんが亡くなって、戦いが恐くなったんじゃないですか?」
優しそうだった無闇さんの表情が消える。
普段優しい無闇さんだって怒って当然なことを言ってるのはわかってる。実際に命を懸けて前線で戦ってきたこの人には、たとえ怖じ気づいたとしても安全地帯にいた私からこんなこと言われる筋合いはないとわかってる。
でも、仮にも『友達』なら言わせてもらいたい。
「戦うのが怖くなったら正直にそういってください。そんな見栄を張らずに……相談して。私は、今の無闇さんは……見てられません」
彼女が寡黙で、人に心の内を相談しにくい性格なのはなんとなくわかってる。
そして、そういう人は感情を外に出せないことが多い。助けを求められず、ストレスを発散できず、悲しみを吐き出せない。
嘘ばかりついて、平気なふりをしていても、そんなことを続けていれば限界が来る。
限界を越えてしまったら……いつか、壊れてしまう。
無闇さんは私が一方的に、こんな否定的なことを言っても……未だに怒らない。ただ、余裕が消えたのはわかる。
「凡百さん……『素顔』の私がイメージと違ったからって、そこまで言わなくてもいいんじゃない? それとも、大人のおねえさんに嫉妬しちゃった? 言ったでしょ? 私はそういう野蛮な争いは嫌いなの。一回帰って、頭を冷やしてきたら?」
無闇さんは、まるで子供をあやすように、私の言葉など聞く気のないようにそう言った。
その目は相変わらず閉じていて……心は固く閉ざされている。
目を閉じたまま相手と話すなんて、礼儀がなっていない。
私の知っていた……どこかで頼りに思っていた彼女は、マナーとか以前にもっと誠意がある人だった。
目は見えなくても、しっかり相手の目を見て、何も言わなくても、真正面から相手に向き合う人だった。
「あなたには……がっかりです」
もう、無闇さんは表情をほとんど変えない。
変わり果てた無闇さんの姿に驚いて強く出すぎたかな……いつもの私ならこうはならなかっただろうけど、少し熱くなりすぎたかもしれない。
でも……
「……口喧嘩すら、相手してくれないんですね。わかりました……今日は帰ります」
ちゃんと話をしているふりをして、本当は何も聞いていない人にこれ以上何を言っても効果はないだろう。
私が頭を冷やさなければいけないというのも本当のことだ。今日は……最近は少し調子がおかしい。今回の『戦争』に、私も鬱になっているのかもしれない。最近変な夢ばっかり見てる気がするし……
でも……帰る前に、言っておきたいことはある。
「無闇さん……人と戦うのは野蛮だから、戦いたくないんですよね?」
「ええ、そうよ。血みどろの殺し合いなんてするのは、文化的じゃないわ」
「なら……命が危ないかもしれないマックスくんや針山さんのことを……友達の危機を知っていて、『野蛮だから』って何もしないのは、文化的だとしても、人間的にどうかしてる」
私は飲み物の代金をテーブルに叩きつけるように置いて、そのまま店を出た。
そして、歩きながら、冷えてきた頭で考える。
私がなんで今日、キングくんから話を聞いてすぐ無闇さんを訪ねたのか……今、やっとわかった。
私は、おじいさんが死んで、マックスくんも、きっと針山さんも大変で、ゲーム全体が不安に包まれてて……無闇さんに『助けて』って言いに来たんだ。言いたかったんだ。
でも、不安なのは無闇さんも同じで、今の彼女は頼りにならなくて……私は怒ってしまった。
でも……今回はダメだ。
助けを求めても……求めるだけじゃ、ダメなんだ。
私には、大した戦闘能力も、巨大な資金力も、人を動かす権力もない。
でも……何もなくても、自分で動かなきゃダメなんだ。
見せてやる……地位も名誉も資格もない私達の……『一般人』の力を見せてやる。
何も見えない……見えていない、化け物みたいな天才に……あの人外の目を無理矢理にでも開かせてやる。
蟻が人を噛んでも、人はケンカを売られたとは思わない。
きっと無闇さんにとっても、これはケンカなんかではなく、ただ私が癇癪を起こしたようにしか思われてないだろう。それこそ、大人と子供以上、人間とそれ以上の何かくらいの違いがあるだろう。
だけど……
「絶対……泣かしてやる!」
ひどく幼稚で野蛮で子供っぽくて、精一杯の言葉にしては安っぽい、まるで小学生のケンカみたいな宣言だけど……
私は久しぶりに……『本気』になった。
第一戦
凡百vs闇雲無闇




