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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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乱丁7:誰かへの想いを忘れてはいけません

 今回の『乱丁』シリーズは凡百さんが様々な伏線を回収していく物語です。多少不自然でも見逃してあげてください……凡百さんのスペックがおかしくなっていくかもしれないけど。

 私は『凡百(ぼんぴゃく)』、脇役だ。


 座右の銘は『普通が一番』。嫌いな言葉は『平々凡々』。『普通』はいい意味でも悪い意味でも使えるけど、『平凡』はほとんど悪い意味でしか使われないからちょっと嫌い。もちろん、『普通』が褒め言葉に使われることだって少ないんだけど、私の知り合いにはそれをよく褒め言葉として使ってくれる人がいるから、私はそれで満足だと思ってる。


 そういうのはきっと、誰にでもあると思う。

 同じ言葉でも、誰に言われるかで意味合いも、感じることも全然違うと思う。

 その代表格は……きっと、自分の好きな人に言われる『好き』という言葉だろうと思う。今回はあえてそれを異性と限定はしない。恋愛感情以外の『好き』だってたくさんあるし、同性同士でも……まあ、私は人の趣味を否定する趣味はないから人それぞれだということにしておいてほしい。


 何が言いたいかと言えば、時には何を言うかより誰が言うか、あるいは誰に言われるかが大事だということ。

 そして、その誰かが一言でも言葉を伝えるのが大事だということだ。


 長々とした口上なんていらない。

 理屈や理由なんて、後から言えばいい。

 一番大事なのは、その気持ちを簡潔に伝える事。


 『好きです』『助けて』『さようなら』『ありがとう』


 それだけの言葉で、全てが変わる。

 それを言えなかっただけで、後悔することになる。


 『普通』の私には、真っ向から意志の対立する相手を論破するような話術は使えない。人の心を操る催眠術も使えないし、見ず知らずの人を操れる権力もない。

 でも、ごく普通に話すことはできる。

 四文字や五文字の日本語くらい、勇気を出せばちゃんと噛まずに言える。


 『誰か』が言わなきゃいけないその言葉……その『誰か』が自分になった時、ちゃんとそれを口に出せる。そうできるように、心を決める。


 長々とした理論展開も、嘘も暗示もいらない。

 誠意をこめて堂々と、はっきりと口に出す。『普通』の私にできるのはそれくらいだ。


 でも、私は信じてる……その一言が運命を変えてくれる、そう信じてる。










≪6月12日 DBO≫


 聖王国の飛び地『鏡の街』にて。

 この街の象徴でもある、熱帯地方の花を中心とした花畑の一望できるベンチで椿さんから話を聞いた。彼女と、『アマゾネス』のギルドマスターの話。どうやら、私がホタルさんを暗殺者だと思って必死に逃げる姿を見て状況を誤解させておくのはよくないと思ったらしい。

 その話によると、それは悲しくも単純な話だった。


 椿さんの話を、途中の取り乱し方や今は余計だと考えられる要素を取り除いて略するとこういうことだった。

 椿さんはギルドマスターの女の人を、同性であるにもかかわらず好きになってしまった。ホタルさんに指摘されるまで自覚はなかったけど、一目惚れだったらしい。その女の人が他の女の子たちを護るためにギルドを作ると言った時には、その夢を叶えるために力を尽くした。その結果彼女がギルドのサブマスターになったのは当然の帰結だった。

 そして、その思いを伝えられないまま……昨日、敵に操られた彼女の攻撃を受けてしまった椿さんは、自分の無力を痛感した。そして同時に、仲間を何よりも愛すギルドマスターに自分を傷つけさせてしまったことを、大きく悔やんで塞ぎ込んでしまっていたのだ。



「確かに、あの人の一撃は痛かったですよ。でも、それ以上にあの人の気持ちを思うと……あの人に顔向けなんてできません。操られてたあの人は悪くないんです。悪いのは、ちゃんと避けられなかった私なのに……」


「非戦闘職が戦闘職の攻撃を避けられないのもしょうがないと思うけど……そんなことがあって、なんで椿さんはライトに連れられて私の所に来たの? なんか関わってるふうだったけど……」


 もう敬語では話しかけていない。

 最初に引っ張った時、とっさに普通に声をかけてしまったけど、そっちの方が良かったらしい。同い年で、ギルドメンバーでもない人に敬語を使われるのは違和感があったそうだ。

 椿さんは敬語のままだけど、彼女はそれがデフォルトで楽らしい。


「ライトさんは……そのとき、あの人を止めてくれたんです。ちょっとだけ、間に合わなかったけど」


「そっか……そうならそうと言って預けてくれればいいのに。深読みし過ぎちゃったよ全く」


「……深い事情も聞かずに人を預かるあなたもどうかと思いますけどね。ライトさんも、あなたをよっぽど信頼して何も言わなくても大丈夫だと思ったのか、知ってほしくない理由があったのか……」


「あいつはきっと……椿ちゃんに、その話をする機会をあげたかったんじゃないかな。ちゃんと自分の口で話さなきゃ、自分自身でもわからないことってあるでしょ?」


 ライトなら……あいつなら、やりそうだ。

 本当はわかっていることにだって、周りが指摘するまで気付かないフリをしてることもある。他人に気付いてほしいことがあるときには、そうやってわざと本人を手助けせずに誘導する。長年の経験がある私は結構わかってるつもりだけど、初めての人だと彼に誘導されたとも気付かずにその気付きに喜ぶ人も多い。(ボタンを掛け違えてるのに気付かなくて恥ずかしい思いをさせられたこともあるけど。それくらいは普通に言ってほしかった)


「……あなたとライトさんは、互いに信頼なさってるようですね。付き合いは長いんですか?」


「うーん……この前の二月辺りからかな、ライトが私を認識してくれるようになったのは。私の方は、もっと前から認識してたけど」


「……片想いですか。でも、信頼されていることに関しては疑いがない。どうしてですか?」


「そうだね……強いて言うなら、『信頼されてる』って信じていたいからかな。あいつは、そういう思いを汲んで上手く騙してくれるから。本当は……『信頼』なんて、私達の間には一番似合わない言葉かもしれないのに」


 一度は彼の信頼を裏切った私だ。互いに信頼するなんてありえないだろう。彼はきっと私を気遣って信頼してくれているフリをしてくれるし、私は彼を信頼する資格はない。ただ、知っているだけだ。彼がどういうことをするのかを。

 だけど、信頼がなくても……たとえフリだとしても、もう彼を失望させたくはない。

 それに知っている。彼が椿ちゃんを私に預けたのは、信頼からではない。彼女を刺客から護り抜くとかギルドマスターと仲直りさせるとか、彼は私にそんな過度な期待はしていない。


 彼が私に求めていることは……


「……椿さん、私と遊びませんか?」


「……え!?」


「いやいや、ユリユリしい意味ではなく、普通の女友達としてってことで。一緒にちょっとしたクエストをやったり、可愛い服を見てみたり、スイーツめぐりしたり、普通のVRMMOみたいにこのゲームを楽しまない? ってこと。せっかくギルドもお休みしてるんだし、たまには思いっきり羽根を伸ばして休日を満喫しないと損じゃない?」


「え、でも……ギルドの皆にも心配かけてるのにそんなこと……」


「閉じこもってても心配かけてるのに変わらないでしょ? それだったらリフレッシュして、早くギルドに帰った方が良くない? それに、聞いた話だと今は『アマゾネス』の主力メンバーは攻略に行っちゃって、残ったギルドメンバーもギルドとしての活動は休止してるらしいし、鉢合わせとかにもなりにくいんじゃないかな?」


「でも……」


「……大丈夫だよ、きっとね。……それに私、当分『時計の街』には帰れそうにないからさ。ほとぼりが冷めるまでの間、一緒にいてくれない?」


 きっと、彼が私に求めることがあるとしたらこういうことだろう。

 立った私が伸ばした手を、恐る恐る握り返す椿さん。きっと、彼女も求めているのだろう。


「わかりました……ちょっと、だけですからね?」


 私は『凡百』、脇役だ。

 私にあるのは『普通』という個性だけ。だったら、それを活かすとしよう。

 目の前の、自分の役割に疲れてしまった『登場人物』を舞台裏に引き込んで休憩させてあげよう。それはきっと、舞台の上の役者たちにはできないことだから。










≪6月13日 DBO≫


「『神生み』……『アワシマ』!」


 イザナちゃんと二人きりの宿部屋にて。


 イザナちゃんの影からNPCが生まれる。

 その姿は、袖の長い着物で完全に腕を隠した女の人。日本神話で二人目の奇形の神様『アワシマ』だ。時には日本神話に登場せず省略されることもあるけど、安産の神としてもそれなりに信仰も集める神様。その分、基本ステータスが高く、その割に気性も大らかで扱いやすいらしい。


 『らしい』というのは、イザナちゃんに聞いただけだから。生んでもらうのは……会うのは、初めてだからだ。



 一日一体のNPCを生み出せる『神生み』で今まで生まれたのは『ヒルコ』と『煙々羅』の二人だけで、さらに詳しい説明を聞いたのは昨日の夜だった。ちなみに、なぜ詳しく説明を聞こうかと思ったかと言えば、能力発動の瞬間を見ていた椿さんに説明を求められて、それをあまり詳しく把握していなかった私は『自分の使える能力はちゃんと把握しておいた方がいい』と言われたからだ。それに、治安の悪い今の時期、戦力は無いよりあった方が良いには違いない。


 まず、昨日生まれた『煙々羅』ちゃんは、今は休眠している。それも、ただの眠るのではなく、昨日はそのために『依代』というものをせがまれた。イザナちゃんによると消耗した『神々』は回復のために、特定種類のアイテムを『依代』として用意して憑依させる必要があるらしい。『煙々羅』ちゃんの場合は、ショップで一緒に丁度いいものを探していると《煙管》を見て物欲しそうにしていたので、買ってあげると喜んで入っていった。


 イザナちゃんによると、『依代』をちゃんと用意しないと好感度が下がって言うことを聞いてくれなくなるかもしれないらしい。これからは、『神々』を生む度に新しい『依代』を探してあげなきゃいけない。中には『ヒルコ』みたいに『依代』を欲しがらないタイプもいるらしいけど。


 この『好感度』というのはそのNPCの扱いやすさとも関係している。イザナちゃんにすごく強い神様を呼び出してもらえるか聞いてみたけど……


『生むことだけなら簡単ですが、モモさんの強さだと従えきれなくてすぐに裏切られると思いますけど、よろしいですか?』


 ……よろしくない。

 イザナちゃんによると、彼女にできるのは『生み出す』だけで、従うかどうかは私次第なのだ。分を弁えず不釣り合いに強い力を利用しようとすればその傲慢が身を滅ぼすことになる、そういうことなのだろう。


 『アワシマ』はそれを考量した上でイザナちゃんが選んでくれた神様。らしいんだけど……



「生まれて即『依代』でおねんねなんて嫌よ! ショッピングとかしたいし、自由を満喫したいわよ! モモさんだっけ? 遊びたいからお小遣い頂戴?」


 ……『扱いやすい』とは言い辛い性格だなあ。

 何このちょっとやさぐれた、親から放逐されて育った女の子みたいな性格。

 あれ? そういえば『淡島』って生まれた直後に奇形児だったから捨てられた神様だったような……


「イザナちゃん、一つ聞いていい?」


「……なんでしょう?」


「この人、裏切りはしなさそうだけど、言うこと聞いてくれるって感じでもないんだけど……こういう場合ってどうしたらいいの?」


「……その気になってくれるまで好きにさせてあげるのがベストかと」


「なんでだろ? イザナちゃんと淡島さんの間に微妙な隔意を感じるよ」



 ……戦力増強は失敗。

 時々ちゃんと連絡するように言って、お小遣いをあげると、街の人波に消えていきました。








 朝食時。


 隣の部屋で泊まっていた椿さんと、宿の共有食堂で合流。別々の部屋に泊まるのは心配だったけど、気持ちの整理のために一人になりたいだろうと思って隣部屋に宿を取ったけど……どうやら正解だったらしい。

 椿さんは思いっきり遊ぶ気になってくれたらしかった。


 そこで、私は用意していたものを見せる。


「椿さんとは、これを回ろうと思うの。楽しそうじゃない?」


 テーブルの上に最新版の『攻略本』を広げる。

 そこに書かれているのは……


「『ついハマっちゃう娯楽系クエストベスト10』……ですか? こんなご時世に、なんてお気楽な特集を……」


「だからこそだと思うよ。こんな時こそ無理にでも元気にならないと、やってられないでしょ?」


 少なくとも、何も出来ない一般人はそうだ。

 確かに脅威にさらされていたとしても、明日が不安だらけだったとしてもそれを解決できる力があるわけじゃない。

 だったら、適度に遊んでリフレッシュするのは悪いことじゃない。私たちが出来ることと言えば、せめて、元気でいることくらい。ちゃんと日常を送ることくらいだ。


 もちろん、世間が大変なのは知っている。こんな時にお気楽だと言われてもしょうがないのはわかってる。だけど、私はこういうのを忘れちゃいけないと思う。笑うことや楽しむことを忘れちゃいけないと思う。笑うことも楽しむことも忘れてしまったら、戦いに勝つ代わりに大事なものを失ってしまったということだと思うから。


 楽しんで、癒されて、守るべきものを再確認して、明日も生きようと頑張る。

 戦争をしていても、戦地から離れればちゃんとした日常を営んで、元気に笑って、戦う人の守るべき価値のあるものを守っていく。


 それが私たち『一般人』の役割だと、私は思う。







 それから、私と椿さんは大いに遊んだ。

 数日間に渡るリフレッシュ休暇だったけど、その詳しい部分は省略させてもらう。だって、それは本当に何でもない、普通に楽しい時間だったから。


 特別に模写するような事件もないし、暗殺者が襲ってくることはなかったし、劇的な転機もない。もちろん、私と椿さんが恋に落ちるような突飛な展開もないし、旅先でやたら手の込んだ殺人事件が起こるような珍事もない。極々普通に、女友達とクエストを巡って楽しんだだけだ。


 猫じゃらしで猫と遊ぶクエストでモフモフと楽しんだり、早押しクイズのクエストで得点を競ってみたり、ロッククライミングのクエストでなかなか手が放せなくて降りられなくなったりと……このゲームがデスゲームであることを忘れてしまいそうになるほど、普通に楽しんだ。



 そして……










《6月18日 DBO》


 『時計の街』に行ってもらったイザナちゃんによると街の雰囲気も安定して、ほとぼりも問題ないらしいという連絡があった……その日の夕方。



 横になって休むために少し早くチェックインした二人部屋に入り、慣れた動きで互いにベッドを決めて座る。


「この一週間くらいの間によく思いますけど、凡百さんって普通ですよね。それも、尋常じゃないくらいの普通さです」


 椿ちゃんは私に、やや唐突にそう言った。


「『尋常じゃない普通』って矛盾してる気もするけど……まあ、自覚はあるよ? 私って特にこれといった特徴とかないし」


 私の答えに、椿ちゃんは何故か不満顔だった。


「そういうことじゃないんですけどね……私が言いたいのは、あなたが『あの』ライトさんの知り合いなんて未だに信じられないってことです。別に悪い意味じゃないですよ? ただ、私はあの人に『信用できる知り合いに預けるから世話になれ』って言われて……一体どんな化け物の所に放り込まれるかと思ってたんです」


「椿ちゃんの中でライトはどんなイメージなのそれ?」


「……人の姿をした化け物で、私の天敵です」


「あいつこの子に一体何したんだろ」


 まあ、わからないこともないけど。



 あいつは一見普通に見えて、本当は結構な変人だ。

 どのくらい変人かといったら、高校一年の夏の『自由研究』(高校生にしてはずいぶん子供っぽいように聞こえるけど、うちの学校では後々大学とかで書く論文の練習という割とガチな宿題を出された)では、『歴史や地域による思想や学術実験の倫理観による研究の自由度について』……とかいう、簡潔に言うと『自由研究』そのものについての研究なんて読めば読むほど自由研究というものがわからなくなるものを持って来やがったよあいつ。

 おかげでまだ題材が決まってなくて参考にしようと見せてもらった私はもう何を調べたらいいか分からなくなって、散々な論文になっちゃったよ。


 ……まあ、それでちょっと文句言ったら『オレのせいなら責任は取る』って推敲手伝ってくれたりもしたんだけど、そういうところまで含めて変人だ。



 それにしても、椿ちゃんは『天敵』とか言ってたけど、あいつはあんまり敵を作るようなタイプじゃないと思うんだけどな……八方美人っていうか、誰とでも仲良くできるっていうか、誰かといがみ合うっていうのが想像できない。


「私の天敵っていうよりそれ以前に女の敵です。あんなのと付き合ってるナビさんの気が知れません」


「ふーん、まあ、あんなのと付き合えるのは相当の……は!? ちょっと待って!! 今付き合ってるって言った!? 女の敵ってどういうこと!? ナビさんってあの『大空商店街』の戦闘職の!? いつから!?」


 待って!! Wait!!  ストップ!!

 唐突すぎてついて行けない!


「え、あ、知らなかったんですか? 親しいようだしてっきり知ってるものかと……えっと……とりあえず、多分あなたの想像してるナビさんと同一人物で、6月の初め頃からです」


「え、ちょっ、まっ……」


 ナビさん。

 確か、『大空商店街』では珍しい純戦闘職で、あの襲撃イベントの時に有名になった広報のナビキさんとよく似てて、噂では実はアイドルの裏の顔とか、双子の妹だとか言われてて……ライトの『恋人』?


「えっと……元々、ナビキさんもライトさんに片想いしていたみたいなんですけど、妹のナビさんが抜け駆けして告白したのを、ライトさんが受けちゃったみたいで……この前それがナビキさんにバレて、ちょっとした修羅場になってるので『女の敵』って言ったんですけど……え、まさかその反応って凡百さんも……え!? ご、ごめんなさい! そんなこと知らなくって!」


 告白……受けた……修羅場……

 あの正記が、人と争うほど本気で女の人を……意外だな。


「あはは……意外とショックだね、こういうの。いや、別にいいよ……私とあいつは、ただの……友達だから。でもちょっと、先越されちゃった感じがするかな……」


 長い付き合いだけど、彼に……正記に恋人がいたことはないし、誰かに告白をしたこともないはずだ。私の初恋は彼だったけど、彼は私の告白を断った。きっと、好きでもない相手の告白なら彼はきっぱりと断るだろう。つまり、少なからず彼には今の恋人への思い入れがあった……少なくとも、私よりは。


 つまり……『初恋』なんだろうな。

 正直言って、すごく悔しいし……すごく困惑してる。


 でも……


「でも、あいつが誰かを好きになれたなら……それは、嬉しいと思えるかな。誰かを愛して幸せになってくれてるなら、それがいいかなって思うよ」


 本当のことを言うと、未だに想像できない。

 彼が能動的にしろ、受動的にしろ、誰かを愛するようになれたなら……友人として、それを祝ってあげたい。


 その時だった。



「……あの人は、誰かを好きにはなりませんよ。彼には、誰かを愛せるような……心がない。あの化け物には……そんな機能は、備わってませんよ」



 私の気持ちを真っ向から否定するように、椿ちゃんが冷たく言った。


「椿ちゃん、ライトに何されたかしらないけどそれはさすがに言い過ぎじゃ……」


 椿ちゃんは私の反論になんて興味を持っていないとでも言うように、顔を背けて続ける。


「ナビさんと付き合ってるのも、必ず裏が……意図があります。でなければ、人を愛するなんて無駄なこと……あの人はしませんよ」


 人を愛するのが……『無駄なこと』?

 それは聞き捨てならなかった。


「椿ちゃん……どうしてそんなこと言うの? 私を慰めたいわけじゃないよね?」


「そもそも『愛』とか『恋』なんて、化学反応や脳科学でいくらでも説明できる、下らないものなんです。遺伝子が身体を本能に従わせるために用意した動機付けです。愛なんて……ただの、錯覚ですよ」


 私はとうとう、我慢できなくなった。


「こらっ! 人の大切な気持ちをそんなふうに……え?」


 私が正面に回り込むと……椿ちゃんは、とても辛そうな顔をしていた。

 頬を押さえ、痛みに耐えるように目をつむっていた。


 そして、涙を浮かべた目で……問いかけてきた。



「『愛する』ってなんなんでしょう? どうしてこんなに……辛いんでしょうか?」



 思い出した。

 椿ちゃんは好きだったギルドマスターの攻撃で傷付いて、私の所へ来たんだった。

 未だにその、完治したはずの傷が痛むのは……愛していた人に傷つけられた心の痛み。そして、傷つけさせてしまったことへの痛み。


 愛さえなければ、こんなに辛くはなかったはずだ。でも、思い出してしまった……話の中で、その痛みが蘇ってしまった。


「私だって……本当の愛なんて知らなかったんです。愛なんて、香水一つで簡単にもらえるものだった……けど、初めて自分から人を愛そうとしたらどうしたらいいか全然わからなくて、やっとわかりかけてきたと思ったら……愛なんて、辛いばっかり。ライトさんは心がないからわからないらしいけど、心があってもわからない……凡百さん、愛って、なんですか?」


 『愛』とは何か。

 そんな、人類の永遠の謎みたいな哲学問題みたいな質問の答えを、私は定義できない。


 でも……


 椿ちゃんを優しく抱きしめてあげる。

 言葉で伝えるだけじゃない、理論で納得させるだけじゃない。


 私は、私の思ったことだけを伝える。どう思うかは、椿ちゃん次第だ。



「椿ちゃんがその人のことを想ってて、傷つけさせちゃった心の痛みを想像して辛いと思ってる。その人が、椿ちゃんを傷つけたことで自分も傷ついてる。二人とも同じように辛いなら……きっと、二人の間に愛があるってことなんじゃないかな?」



 それからしばらく、私は椿ちゃんを抱きしめていた。

 わかっていた。彼女が今まで、どこか無理していたってことも。泣くなら、今がいいってことも。

 



 どれくらい経ったかわからない。

 でも、椿ちゃんの様子も落ち着いたみたいで、私もほっとして、椿ちゃんから離れた。椿ちゃんは私より小さくて、柔らかくて、ちょっと惜しかったけど。


 それから、ちょっとものを食べたりしてると……メールを受信していたことに気付いた。どうやら、椿ちゃんを抱きしめてて気付かなかったらしい。


 差出人はOCCのマックスくん。

 最近はあんまり会えなく、メールもひさしぶりだった。


 何だろうと思ってメールを開くと……その内容は、とんでもないものだった。



「椿ちゃん大変! ボス攻略に行った前線レイドが……『イヴ』に襲われたって……その中に、花火さんって人も……」


 椿ちゃんは、言いきる前に駆けだしていた。






 


 『イヴ』に襲われたというレイドは、実質的な被害はほとんどなく『時計の街』に帰還していた。


 死者、重傷者なし。

 どうやら、襲われたといっても倒しかけてしたボスを横取りされただけだったらしく、人的被害はなかったけど精神的ショックは大きいらしい。


 そして、落ち込むプレイヤー達の中で……椿ちゃんは、一点に目を止める。

 多分、そちらの方に……彼女の大好きな、ギルドマスターがいるんだろう。


 私は、そっと椿ちゃんの背を押す。

 一週間越しの仲直り……これ以上のタイミングなんてないだろう。


 驚く椿ちゃんに、私はそっと励ましの言葉を贈り、人混みに紛れて去ることにしよう。ここから先は彼女達の問題。

 私は『凡百』……脇役だ。

 感動の再開に水を差すような無粋な登場は遠慮しよう。


 私がかける言葉は、たった一言で十分だ。



「きっと、大丈夫だよ」







 私はその後、二人がどんな会話をしたのかは知らない。

 でも、翌日に送られてきたメール一通で、十分だった。



『ありがとうございます。両想いでした』



 ちゃんと、『好きです』って、言えたんだね。

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