16頁:リアルの知り合いを本名で呼ぶのは止めましょう
近い内にあとがきにコーナー作ります。試作的な物は次話で
あの瞬間。
私が壊れかけたあの時。
「私なんか『出来損ない』なんです。私に関わらないでください。忘れてください。そうすれば私も……」
その時、彼はいきなり私を抱きしめた。
驚く私に彼は……行幸正記は言ってくれた。
「『人間』にこだわらなくて良いんだ。出来損ないが嫌ならオマエはオレの仲間で、立派な『人外』。それでいい」
彼は私に新しい『私』をくれた。
冗談めかして、自分の『正体』を分けてくれた。
「なんなら、女の子につける名前じゃないが、オレが知り合いの『超人』につけてもらったのと同じ……『ゾンビ』ってのはどうだ? オレと同族だ」
不思議と、今まで自分で考えていた『人間の出来損ない』よりもずっといい呼び名に思えた。
同族というのが……仲間というのが嬉しかった。
この記憶だけは、一生忘れたくない。
《現在 DBO》
『双子の宿』の裏の空き地にて、ライトは壁際の角の部分に追い詰められている。
「で、説明してくれる? この娘誰よ」
追い詰めているのはスカイだ。彼女は歩行能力に問題があるが、それには限定的だが対象方法がある。それは壁に手をつきながら歩くという方法だ。
つまり、四方がほぼ壁に囲まれた空間ならスカイはこのようにライトを追い詰めることもできる。
ちなみに、この状況の原因となった三つ編みの少女はライトと会って気が抜けたのか、ここに来ると壁によりかかって眠ってしまった。
「話すから落ち着いてくれ。ちゃんと説明する」
「じゃあ、なんでその娘があなたの名前を知ってるか教えてくれないかしら? 私には取引材料としてあんなに高価に送りつけてきたのに、なんであの娘にはあっさり言っちゃたったのかを」
睨まれ、ライトは観念したように答えを教えた。
「オレの部活の後輩だよ。互いに本名くらい知ってて当然だろ?」
スカイはジッとライトの目を見つめる。そして、ライトから少しだけ離れた。
「そうなの、まあ、そんなことじゃないかと思ったけどね。でも、凄い確率よね。たった7200人の参加者の中に同じ学校の知り合いが偶然いるなんて」
「もしかしたら、偶然じゃなくて師匠の計らいかも」
「ん? なんか言った?」
「いや、なんでもない」
取り敢えずスカイは尋問を辞めた。そろそろスケジュール的には仕事に入らなければならないのだが、眠ってるあの娘を放置していくわけには行かない。
などとスカイが思っていたら……
「七美姫さ~ん、朝ですよ~」
ライトが『七美姫』というらしい少女の顔をペチペチと軽く叩いている。
「……って、おい!! いきなり顔叩く普通!?」
スカイの時はモンスターに唸られて自分で起きるまで起こさなかったのに、エラい違いだ。これが『身内』に対するライトの基本姿勢なら少しショックだ。
「んあ、あ!! 行幸先輩!!」
目を覚ました。いきなり視界にどアップで映ったライトに驚いている。
「オレのことは『ライト』って呼んでくれ。あんまりリアル情報流出したくない」
すると、七美姫は少し顔を背けて小さな声で言った。
「で、でも、行幸先輩と呼び捨てで……呼び合うなんて……」
スカイには気のせいか頬が少し赤くなっているように見える。まさか……
「じゃあ、せめて本名の部分は伏せてくれ。あと、オレはキャラネームで呼ぶから、あの人に自己紹介するついでにキャラネームを教えてくれ」
そう言ってスカイを指差すライト。
『あの人』とは随分と他人行儀な呼び方だ。
三つ編みの少女は立ち上がってスカイに向き合い、頭を下げた。
「あの、七美姫七海と申します。『ナビキ』とよんでください」
いきなり本名流出してるし。
取り敢えずスカイも自己紹介しようとするが……
「あ、ちょっと待ってください」
そう言って、ナビキはメニューを開き、二つのアイテムを手に取った。
メモ帳と、黒鉛のペンだ。
「メモしてもいいですか?」
「ナビキはメモ魔なんだ。気にしないでやってくれ」
ライトがフォローを入れる。
「え、じゃあお言葉に甘えて……私はスカイ、職業は『商人』よ。ライトと……コンビを組んでるわ。よろしくね」
「すごい人だぞ。もう店をもってるんだからな。『社長』って呼んでもいいぞ」
ライトがもう忘れていたネタを引っ張ってきた。
「はい社長、質問いいですか?」
「質問? なに?」
「その髪の毛は染めてるんですか?」
「いや、これは仕事のストレスで、でも心配しないで。健康には問題ないから……って、何これ? 不祥事起こした会社の記者会見!?」
まだ不祥事以前に営業も始まっていない。強いて言うならライトに対する労働基準法の違反くらいだ。
「ナビキ、スカイはまだ不祥事は起こしてないからな」
「『まだ』をつけないで!!」
なんだか二人の息が合っている。
これがリアルの知り合いの絆か。リア充の力なのか?
スカイは考え込み、思考が変な方向に行ってるのを自覚して、一旦考えるのをやめた。
そして、無理やり軌道を修正して再起動。
社長が一々部下の人間関係を気にしていてはきりがない。そう自分に言い聞かせる。
「そういえば、朝ご飯まだ食べてないわね。ナビキちゃんも一緒にどう?」
「ナビキでいいです。では、お言葉に甘えます。誰かと食べた方が美味しいですからね」
代金は『男の甲斐性』を主張してライトに全員分出させた。
食事の後、スカイはナビキの印象を少し改めていた。
食事しながらの会話でいくつかナビキについて分かったことがある。
第一に、当然かもしれないがナビキとライトは交際関係などはない。ライトに好意を持っているようにも見えるが、どちらかというと吊り橋効果の可能性が高い。
第二に、ナビキは本当によくメモをとる。食べた物の値段から見た目、味まで記録しているようだ。
そして最後にライトの立ち位置だが、ライトはナビキにとっての『良い先輩』という位置を保ちながら、時折フォローを入れるだけで過度の干渉はしてこない。言わば『同伴者』のような状態になっている。
「ライト、さっきからあんまり話さないけどどうしたの?」
面倒だから聞いてみた。
今はレストランを出て、まずライトは『フレーム』を作るため、スカイは商品の整理とライトの頼んだ物の新しい材料の組み込みかたを検討するためにスカイの『店』に向かっている。
ちなみに、流石にナビキの目の前でライトを支えにするのは気が引けるので壁に手をついて移動している。
ナビキはスカイと話しながらも、せわしなくメモをとっていた。その合間を狙ってライトに話しかけたのだ。
ライトの返答は……
「女子トークに割り込むのはよくないかと思ってな。それに、これからどんな順でクエストを回るか考えてたし」
少し言い訳がましかった。
「先輩、クエストってあんな感じのですか?」
会話の途中にナビキが入ってきて、前の方を指差した。
そこには、昔のギターらしき楽器を持って困った顔をしているNPC。スカイ達の視界にはクエストを示す小さな旗のアイコンがそのNPCの頭上に見える。
「そうそう。あんなの……やってみる?」
「え、でもどうしたらいいんですか?」
ライトの唐突な提案に困惑するナビキ。ライトはその背中を軽く押す。
「『お困りですか?』 って言って、出来なさそうなら『できません』って言えばいい。やってみなよ」
クエストの内容は『旅人の音のずれたギターを調律して音を鳴らす』というものだった。専門的な知識が必要なクエストだったので出来ないかと思われたが、ナビキは弦楽器の経験があったらしくすぐに調律できた。
そして、最後の『試し弾き』の段階に入ったが……
「~♪」
「うまくないあれ!?」
「ああ、注目が集まってるな」
なかなか演奏がうまかった。しかも、少し歌詞も口ずさんでいた。(ゲームの中で言うのは変な気もするが)娯楽の乏しい状態の続いていたこの街だからというのもあるかもしれないが、先程のライトとスカイの言い合いよりも人目を集めていた。
一曲弾き終えた後、ナビキはすっきりとした表情でスカイとライトの所に戻ってきた。
「お待たせしました。やっぱり音楽っていいですね、最近沈んでた気分が一気にすっきりしました」
そう言いながら、ナビキはメモを取る。クエストのことをメモしているのだろう。
ライトがナビキのすっきりしたらしい笑顔を見ていると、スカイが突然ライトの肩をつかんだ。
「ス、スカイ? 肩が若干痛いんだけど」
「……わせて」
「なんだって?」
「その娘すごい使えるわ!! お願いだから使わせて!! ナビキ!! これからすぐ私の店で働いて!!」
スカイの目の色が変わっている。何が何でも欲しいものを手に入れようとする『強欲』が漏れ出ているかのようだ。
ナビキもいきなりスカイの様子が変わって困惑している。
取り敢えず、ライトはナビキの音楽に集まってきた聴衆に向かって帽子を脱ぎ、頭を下げた。
「ご静聴、ありがとうございました」
それから、ナビキがスカイにほぼ連行されるような形で店に連れて行かれたり、店でライトが『フレーム』を作っている間に早くも順応したナビキとスカイが仕事のアイデアで盛り上がっていたりという過程を経て、ライトはようやく本格的に『クエスト巡礼』に乗り出すことになったのだが……
「スカイの手伝いはいいのか? 盛り上がってただろ」
「一番悩んでいた部分が解決したので、『クエストの方に行ってきて一つでも多く挑戦してきて』だそうです」
「新入社員にも容赦ないな……まあ、二人でなら一人で出来ないクエストも出来るかもな。まあ、同族とデートってのも面白い展開だろ」
「デ、デート……なんですか?」
「あ、嫌だったか?」
「いえ、ただちょっと、デートなんて初めてなので……」
「夢見すぎるなよ、半分は仕事だからな」
それからというもの、『クエスト巡礼の旅』はライトの予想よりも楽しいものとなった。
『百面相からの挑戦』
変装の旅芸人『百面相』に変装の技術を教えてもらい、声色なども変えて免許皆伝をもらうクエスト。
二人で付け鼻やカツラを付けあって笑いあった。
『金魚救い』
行商人の店で《癒やし金魚》の水槽に混入した天敵《偽金魚》を探し出して捕獲するクエスト。
二人での挑戦だったためか《偽金魚》も二匹になり、微妙に模様が違うだけの《偽金魚》を二人で四苦八苦して捕まえた。
報酬は捕まえた《偽金魚》。偽物のアイテムを見破る効果があるらしいので店で飼えるだろう。
『ひよこちゃん大脱走』
行商人の店から逃げ出した〖マッハクック〗の雛〖俊足ひよこ〗を捕獲するクエスト。
小さくて速いひよこの相手に疲れたライトが『インビジブルバインド』を使った罠で生け捕りにした。あとで話を聞くと、成長したら一軒家並みの大きさの飛行モンスターになるらしい。
『馬車の弱点』
暴走して誰も近づけない馬車を止めるクエスト。
持ち主の許可をとって車輪を投擲で破壊して止めた。その後、馬車の持ち主は泣いていたが『木工スキル』で車輪を直したら大喜びしていた。
そして、昼頃。
「ふ~、楽しかったけど疲れちゃいました」
「じゃあお昼にするか?」
底なしの持久力を持つライトとは違い、ナビキにはそこまでの持久力はなかった。ライトもスカイが限界まで頑張ってしまったのを教訓にナビキの体力を気遣っている。
「その前にちょっと座りましょうよ。できれば日陰で」
栄養補給よりも脚の疲労と日差しの方が重要らしい。
「じゃあそうだな……あそこの教会で回復しようか。精神的に」
ちなみに、このゲームでは病院と教会の両方で回復できるが、切れた腕の再生などは病院、まだ受けたことはないが呪いの解呪は教会のほうが速いらしい。
「もし、そこのお二方。ペアの御守りなんていかがでございましょうか?」
教会に歩み寄って行った二人はこんな声をかけられた。
声をかけてきたのは金髪で牧師服を着た二十歳ほどの女性だった。ただし、その修道服は所々にカラフルな塗料が付着していて、黒字に水玉のデザインの服にも見える。
一瞬NPCかとも思ったが、その目を見て考え直す。スカイの一件以来話す前によく見ることを心がけている。彼女はプレイヤーだ。
その手にはバスケットを携えていて、その中にはトーテムポールを連想させる木彫りのストラップが大量に入っている。
「一つ500bでございますの。いかがでございましょう?」
「高いな、それじゃあ売れないぞ。てか、そんな値段と需要が釣り合わない商売するくらいなら簡単なクエストをしてた方がいい。やる気はあるみたいだし、なんなら良いクエストを教えるよ」
ライトはその金髪のプレイヤーに軽い誘いを持ちかけた。『サーカス』のクエストのための人員も欲しかったし、やる気のあるプレイヤーが貴重に思えたのだ。
しかし、彼女は少し悩んで困ったような笑顔で首を横に振った。
「ごめんなさい。私はあまりここを離れるわけには行きませんの。だって……」
「マリー」
「マリーさん!!」
「マリー姉!!」
金髪のプレイヤーの言葉が終わる前に、教会から小学生くらいの子供が三人駆け寄ってきて、彼女に抱きついた。
「売れたの?」
「今日いっぱい食べれる?」
「いくつ売れた?」
三人の子供達に彼女……『マリー』と呼ばれたプレイヤーは申しわけなさそうに笑う。
「ごめんなさい。まだ売れてないの。だから、みんなは中で自分の仕事をしててね」
子供達を教会の中に帰して、マリーはライトとナビキに向き直った。
「私には、あの子達がいますから」
小学生以下の子供がこの手のVRMMOゲームをプレイする事は珍しい。しかし、それでもいないわけではないのだ。
当然、そんな子供達にとってこのデスゲームという環境は過酷すぎる。下手をすれば精神が壊れてしまうかもしれない。
より所となる人や場所がなければ……
「マリーさん、あなたがあの三人を養ってるんですか?」
ナビキの質問に対し、マリーはまたも首を横に振る。
「ほんの一部ですよ、あの子達は。精神的に不安定で長く私から離れられない子供達が他にも十人ほど教会の中の借り部屋にいます」
ナビキは絶句した。
この自分一人の面倒をみるのもままならない状況で、そんなにも多くの子供の面倒を見ているなんて、信じられなかった。
マリーはさらに説明を続ける。
「それに、私一人で養っているのではありません。今は教会にいないけれど街の中で働いてくれてる子達も20人ほどいますし、教会の中でもお金を稼ぐことは出来ますよ」
『内職系クエスト』。『バイト系クエスト』とは違って長時間その店などに拘束されることはないが、その代わり効率は良くなく、一つ5bやそこらの品を作り続ける。効率を優先したライトが今まで避けてきたクエストだ。
そうやって30人程のプレイヤーが働いていても、教会の借り部屋を大量に借りている以上、経済的余裕などほとんどあるまい。宿屋はもう埋まっていて30人以上が一緒に寝泊まりできる場所が他になかったのだろうが、こんな公共施設の借り部屋が宿屋より安いわけがない。
「……私もみんなみたいに働きたいのですけども、残念ながら絵やこんな物くらいしか取り得がありませんの。……でも、誰も買ってくれませんし、せっかくだからプレゼントします。どうせ、原価なんて有ってないようなものですから」
そう言って、マリーは溢れんばかりに『在庫』があるバスケットから二つの《御守り》を差し出す。
最初は躊躇したライトだったが、その品物を手にとってクリックした。
どうしても分からなかったのだ。
なぜ、マリーがこの《御守り》に500bもの値を付けたのか。
そして、それは驚きに変わる。
「マリーさん、これ、『マジックアイテム』じゃないか!?」
表示された説明には倍率こそ低いものの、確かに『ドロップ率補正』が記入されていた。
マリーは驚かずに答える。
「『効果付加スキル』というのがありまして、一つ一つ作るのに時間がかかるので、あまり安くできませんの」
ライトはすぐさまメニューを開き、メールを打った。相手は、今店で作業しているはずのスカイ。
そして、返事をみるやマリーを見つめて指示を出す。
「マリーさん。これ全部買ってくれそうな知り合いがいるから、すぐ西の荒れ地に行こう!! うまくすれば、これからいくらでもって作っただけ買ってもらえるから」
「え、一体何を……」
「あ、それと出来れば子供達の中で年長の子を二、三人雇いたいから連絡してくれるか? 給料は弾むから。あ、ナビキ。悪いがデートは一時中断だ。続きは後日必ずする!!」
ライトは有無を言わせずナビキとマリーを引っ張って、西の荒れ地に向かった。
同刻。
『時計の街』の6時の方向。南門。
門から街に入って来るパーティーがいた。
このゲームの単一パーティー上限いっぱいの6人パーティー。しかも装備は現時点の最前線で手に入る最高性能の品々。その無意識な並び方は最低限の警戒は保ちつつ、尚且つ進行を遅くしない程度の距離を保っている。
彼らは今このゲームで最も深く攻略を進めているパーティーの一つ。
その名も『TGW』。
その実質的エースであり、このゲームで最強のプレイヤーだと噂される先頭の男は門を見て感慨を込めて呟く。
「ん、たった丸三日だってのにやたら懐かしいな。ライトは元気らしいが、どこにいるんだ?」
後ろをついてくる仲間の一人が声をあげる。
「いいのか? こんな遊びイベントより攻略を少しでも進める方が大事だろ……赤兎」
そう呼びかけられた男は……赤兎は、ニヤッと笑って自分の仲間を振り返る。
「まあ、オレの友達を信じろよ。あいつが『祭りの間にこのゲームの未来が決まる』って言って来たんだ」
彼こそがこのゲームの攻略の最強戦力。
TGWのエースにして副リーダー。
VRMMOゲーム『God Wars Online』において、最強を決めるトーナメントで決勝戦まで上り詰めた、序列第二位。
「なら、そんなに面白い場所に来ないわけには行かねえだろ」
工事中