166頁:ボスキャラのセリフは最後まで聞いてあげましょう
ちょっとR18指定っぽく……なるかどうかは、読者の皆様の想像力次第です。
現実世界ではその男は科学者だった。
しかし、世紀の大発明ができるような発想力も、かつてない実験を行えるような財力もない、そこそこの理系大学を出て、中規模の会社の商品開発課に勤め、そこそこの働きをしていた。
別に、不幸な家庭環境に生まれたわけではなかった。
特に、大きな挫折を体験した記憶もなかった。
そこそこに努力し、そこそこに結果を出し、そこそこに生きる。そんな人生に、彼の人格を壊すような要因はあるはずもなかった。
強いて言うなら……彼自身が、つまらない彼そのものを壊したがっていた。
だが、そこそこにしか生きていなかった彼にはそんなチャンスもなかった……この、デスゲームが始まるまでは。
ゲームを理解した瞬間、彼は思った。
『自分は、もう元の世界には帰らないだろう』と。
それは本当の苦難を乗り越えたことがない自分がゲームをクリアできるわけがないという諦念と、同時に起こったある種の希望的観測。これまでうんざりしていた日常からの脱出に対する希望。
最後なのだからなにをしてもいい。
この世界はきっとクリアなんて出来ないだろうから、何をしても構わない。
突然の異常な状況に自棄になっていたという言い方もあるだろうが、彼はどちらかというとポジティブだった。
VRMMOの世界に閉じ込められ、なりたいものになれる世界に生きることになったとき、彼はこの世界を存分に楽しむためにはどんな自分になったらいいかを心躍らせて考えた。
そして、自分が科学者になった、その元々の動機を……子供のときのアニメで抱いた幼稚な憧れを思い出した。
「そうだ……マッドサイエンティストになろう」
《現在 DBO》
『ワーム型』の仕掛けた罠にはまり赤兎と共に巨大な口の中に落ちることになったジャックは、驚愕した。
「こういう時は普通、命綱とか持ってくるもんでしょ!?」
落ちるジャックに追い縋るように自分から『ワーム型』の口の中に飛び込んだ赤兎。しかし、ジャックの予想に反し……赤兎の手には、ジャックを助け上げるような物は皆無だった。縋る藁もなかった。
だが……赤兎は慌てることなくジャックに呼びかける。
「大丈夫だから暴れるな! 俺を信じて……」
ジャックを強く抱きしめ、耳元で言った。
「少しだけ、我慢してくれ」
ジャックが抗議の声を上げる間もなく、『ワーム型』の口は閉じられた。
『切り株の街』のとある地下洞窟にて。
一人の男が、愉悦を極めたように口元を歪める。
「クク、我輩の『手』にかかればこの程度か……件の殺人鬼とやらも大したことはないな」
その男の右腕の先には……影のように黒い、触手のようなものが継ぎ目も縫い目もなく繋がっている。そして、それは男の身体から離れるほど太くなり、五つに分岐し、最終的には太さ3mの『ワーム型』の尾となって洞窟の壁や天井の穴から外に出て行く。
そう……『ワーム型』とは、彼の『指』なのだ。彼はここに居ながらにして、地上のジャックたちを襲い……とうとう呑みこんだ。
自らの持った力に酔いしれる男の顔に……僅かに苦痛の色が混ざる。
「クッ……そうだ、余計な者も一緒に呑みこんでしまっていたな。自ら仲間を助けようとして共倒れとは、馬鹿の考えることはよくわからんな。我が『指』の中で足掻こうが、抜け出せるわけがないというのに」
『指』から伝わる激しい痛み。おそらく、あの痛みを増幅する刀を持っていた方が中で刀を振り回し、むやみやたらと周りを斬って吐き出させようとしているのだ。だがしかし、その程度の対策は取れている。男は動きを阻害せず局所的な痛みの信号だけを和らげる特製の薬品アイテム≪局部麻酔≫で、攻撃される可能性の高い『手』からの信号を緩和している。中で刃物を振り回されようと、せいぜい棘が刺さった程度の痛みしか感じない。
「このまま諦めるまで付き合ってやってもいいが……いい加減ウザったいな。せっかくだ、その元気がどこまで続くか、試してやろう」
男は『指』の先の方に意識を集中し、その内壁を動かして痛みを感じる部分にある『物体』を無理やり奥へ飲下していく。その『物体』が二人分の人間の形をしていることを感じ取り、その動きを感触で把握する。片方は迫る肉壁に押されて転がり、もう片方は手にした刀で肉壁を刺すもその物量にそのまま吹っ飛ばされ、両方ともさらに奥へと導かれていく。
その先は、男がデザインした『ワーム型』の体内機関『喉』『胃』『腸』の洗礼が待っている。
「クク、塊を解して消化しやすくするための『喉』の内壁で全方向から圧迫され、本来消化液に浸されながら運ばれる『胃』で溺れるほどの消化液に漬けられてかき回され、残った物を運ぶ『腸』では溶けきらなかった金属品や沈殿物の発する悪臭のガスの中を運ばれる。我が力の前にその無力感を、絶望感を、敗北感をとくと味わうがいい」
男は笑いながら、じっくり、じっくりと呑みこんだ者達を体内で甚振り、その感触からその苦しむ姿を想像し、快感に酔いしれる。
肉壁に全身を潰され、息をすることさえ封じられ、もがくこともできなくなったら少しだけ力を緩めて束の間の希望を与え、またその希望を優しく丁寧に握りつぶされる。
圧迫から逃れれば、次は水責め。隔壁に阻まれた部屋の中を大量の消化液で満たされ、壁にかき回される。そして、その消化液は金属以外の装備を溶かす上、プレイヤーを麻痺させる効果を持つ。痺れて身動きが取れず服も何もかも失った状態にして、溺れない程度の消化液の中をもがかせ、更に奥に流される。
やっと息ができるようになっても、そこは異臭の充満する狭い通路。動けない身体で、異臭と溶けカスのこびりついた壁に擦りつけられながら運ばれていく。
男は、刀を持った方だけは『腸』の入り口に残し、もう一人……最初に狙っていた、ナイフを使う方だけを導き、この洞窟の中の『出口』……本来は消化しきれない金属品を廃品置き場に捨てる場所に向けられているが、今は男の目の前の天井に口を開いた『六つ目の頭』から排出させる。
男は『ワーム型』の先頭の目から外を見て、確信している。あのナイフを使う方の小さい……おそらく『本物』の方の『殺人鬼』……あれは『女』だ。いつもは夜にしか現れない『殺人鬼』だが、この日の光の下、『ワーム型』に搭載した高性能な『眼』によって観察した彼は確信した。僅かに覗く喉には喉仏がなく、サラリとした髪はよく手入れされていて、凶悪な刃を振るう手は小さく指は繊細だ。彼がここまで気付けたのは、以前から組織の幹部として『殺人鬼』についての情報をある程度は知ることができてその犯行対象の傾向などから『殺人鬼』が『女』かもしれない可能性を知っていたから、そして……ずっと執着していたから。
この世界で、無法の引き金を引いた最初の殺人者。百を超える人を殺し、今なお捕まらず恐怖を振りまく狂気プレイヤーの代表者。
あの日、男が月光の中に見た……彼の狂気を目覚めさせた反英雄。
その『殺人鬼』が今、彼の手で弄ばれ、全てのベールを剥かれて運ばれて来る。
あるいは……それが彼の『科学者』としての性だったのかもしれない。信じられないような、解明できないような、一目で理解できないようなものを分析し、解析し、検証し、実験しなければ気が済まない。
たっぷりと十分以上の時間をかけ、入念に凌辱した『物体』を目の前に捻り出す。
ドサリとうつ伏せに落ちてくる……全裸の少女。その全身は濡れ、汚れて、疲れ果てたようにぐったりとしている。
その姿を見て、男の快感は絶頂に達する。
「やったぞ!! ついにやったぞ!! 聞こえているか殺人鬼、とうとう我輩の『力』はおまえを凌駕した!! 一年前は理解することもできなかったオマエの狂気を、我が狂気が超越した!! ふはは、どうした? 早く顔を上げるがいい、その顔を我が元に曝すがいい!! まさかこの程度で屈してしまったのか? それではつまらん、オマエにはまだこれから多くの実験とこれ以上の苦しみが用意されているのだ!! これからそれを一つ一つ試し、あの惨事を生み出した最悪の狂人がどのレベルで屈服するのかを検証する!! どうした? ふはは、毒で動けないのか? 情けない、では我輩が直々にその面を上げさせてやろう。そして、オマエも我輩の顔を見てしっかりと目に焼き付けるがいい。そして心に刻め、吾輩の名は『ドク……」
「うっさいなもー……今日はホント最悪だよ。運命の神様とかいたらいつか殺そ」
ドォン
そんな、まるで大砲のような音だった。
男が認識できたのは、うつ伏せだった少女に近付き顔を上げさせようと左手を伸ばし……その瞬間に、『右腕』が爆散したこと。
そして遅れて理解したのは、少女が体の下に隠し持っていたドでかい拳銃で男の腕を撃ったのだということ。
驚く男の前で、立ち上がった『殺人鬼』の少女は、メニューから服と装備を取り出して装着し、仮面で顔を隠して……男と向かい合った。
「あー……たしか『大空商店街』の幹部で『ドクター』とかだっけ。あの火薬とか薬品とかの発明で有名な人。行方不明とか聞いてなかったけど、アバターの容姿を自由に変えられるアイテムがあるんだから替え玉くらい簡単か。元々友達少ない引きこもりならいなくなっても気づかれないかもしれないし……そういえば、ナビキの記憶挿入を見せたこともあったよね。だったらナビキの記憶が文章に影響を受けやすいのを『蜘蛛の巣』が知ってたことも頷けるか……で、見た感じあんたが『ワーム型』の本体だったみたいだけど……ここって秘密基地か何かなの? 壁を変な触手が這い回ってるとかセンス悪いんだけど、女の子を招待する部屋じゃないでしょ」
散々な凌辱を受けたはずなのに、まるで何事もなかったかのように振る舞う『殺人鬼』。それどころか、状況を即座に解析されていく。
その『実験』の予想外の予想はずれに驚き、男は……『ドクター』は、思わず口走る。
「な……どうしてオマエは、どうしてオマエが! 理解を越えている……一体、何者なんだオマエは!」
すると、ジャックは仮面の下で深くため息をつき……こう答えた。
「何者って……『通りすがりの殺人鬼』だよ、『残念な科学者』さん。さあ……全滅の時間だ」
一方、赤兎はジャックがドクターの気を引いてるうちに制御を外れたのかゴミ捨て場の上に戻った『六つ目の口』からこっそりと外へ出て、金属品ばかり集まったゴミ山に飛び乗る。そして、ジャックに『本体』を任せ、その銃撃によって切り離された『ワーム型』の分岐する前の中心部を見つけ封印していた彼の本来の武器『宝剣』を抜き放ち……飛びかかりながら思う。
(ホント……我ながら、よくやったもんだな)
『ワーム型』の口の中に刀を刺して奥への落下を防いだ赤兎は……早速ジャックに罵倒された。
「この馬鹿!! どうするつもり!? なんとか歯には潰されずにここまで落ちてきたけど……」
しかし赤兎は、慌てることなく答える。
「まあ落ち着けよ。なんも考えてないわけじゃない。簡単なことだ……こっからは、一気に奥の奥まで行くんだ」
「それ、カッコつけて言ってもどんどん呑まれてるだけじゃん! 消化コースじゃん!」
「違うんだって。あくまで自発的に、こっちから奥へ進んでやんだよ。消化される間もなく、向こう側の『出口』までな」
「……は?」
ジャックには訳がわからなかった。
確かに、突破力に特化した『先陣スキル』を持つ赤兎なら、多少の胃液や内壁程度なら問題なく突破して奥に進めるだろう。
だが、『出口』があるとは限らない。
たとえばこの先、『ワーム型』が尾に向かって細くなっていれば壁を斬っても通り抜けられないかもしれないし、もしかしたら地面の下には巨大で頑丈な球根のような本体が埋まっているかもしれない。それならむしろ、ここで壁を斬ってまだ地上にある可能性の高い首の横から外に出る方法を試みた方が成功率は高そうだ。
しかし、赤兎は首を横に振る。
「確かに確証はないけどな……だが、『出口』は必ずどこかにあるはずなんだ。万が一推測が間違ってたり見つからなかったりしたら俺が責任もって入って来た『口』まで運んでやるよ」
「そんな賭けをする意味あるの? でかい奴は体内から倒す的な定番?」
「まあそれも悪くないが……上手く行けば、こいつを操ってる奴の所まで行ける」
「これを……操ってる奴?」
ジャックも連携の取れた知的な動きをする『ワーム型』から、その可能性を考えていなかったわけではない。しかし、そんな者がいれば十中八九安全の確保された場所に潜んでいるはずだ。それを倒せれば楽だろうが、地面の下を掘り進むことのできる『ワーム型』はロープをたどるように根まで辿って行くわけにも……
「あ! まさか……」
「ああ。そもそもこいつが他の『黒いもの達』が消化できない金属をバクバク呑みこんでいくのも変だと思ったし、大して栄養にもならなさそうなジャックを執拗に『呑みこもう』としてたのをおかしいと思ってたんだ」
「栄養ないってなんだ! それは胸か! 胸のことか!!」
「……」
「いや否定しろよ!!」
「……とにかく、こいつにはたぶん消化できない物を排出する場所がある。そして多分、あっちはジャックを呑みこんで……『捕獲』しようとしてる。だったら、呑みこんだ先で……多分本体の所で、出してもらえるはずだ。だから敢えて呑みこまれて隙を突く。やられたふりをして、できればこの『ワーム型』を操れないようにしてくれ」
「敵も捕まえた敵を無力化せずに懐に入れるほど馬鹿じゃないでしょ! 絶対体内でいろいろされちゃうよ!」
「だから何もされないように、何かされるより先に進むんだ。敵もまさか、自分から奥に……しかも全速力で進んでくるやつがいるとは思わないだろ」
「それ、感触とかで分かっちゃうんじゃないの? ほら、途中で壁斬らなきゃいけなくなるだろうし、相手が……視覚まで共有して体の一部みたいにこれを操ってるなら、隙を突いたことにはならないとおもうよ?」
「それもそうだな……ん?」
赤兎は上を見上げて何かを見つける。
それは二体の『ヒト型』。ジャックを落とし穴にハメるため、囮として使われた二体がダメージで動けないまま、『ワーム型』の入り口にある大量の歯に引っ掛かっている。
それを見て、赤兎はふと思いついた。
「そうだ……あいつらを替え玉にしておこう。ジャック、ちょっとこの刀刺して壁を切らせておけば痛みで多少壁斬ったくらいじゃわからないだろ」
要するに、ドクターが弄んでいたのはただの替え玉。『ヒト型』だったわけだ。
そして、二人は先にほとんど活動していない『喉』『胃』『腸』を素通りして六つ目の『口』へ移動し、自分たちの身代わりの『ヒト型』が来るのを待って外に出た。やはり万が一ジャックたちを殺すことのないように消化液の種類を調節していたのだが、刀の刺さっていない方だけがここに運ばれて来たので『ヒト型』を始末してジャックだけが出ることになった。途中の胃液で装備をやや溶かされたので『やられるふり』をするために装備を全解除して身体を汚すことになってしまった。もちろん赤兎や敵に見られたくはなかったし、赤兎には他所を向いていてもらったが……どんなに『口』から直接ヘッドショットで頭を吹っ飛ばしてやろうかと思ったほどか。洞窟の中が『ワーム型』で埋め尽くされているかもしれないからと警戒していたのだが……脱いで損した気分だ。
「ほんっと最悪だよ!! ぬるぬるした床は歩きにくいし、胃液はベタベタするし、臭い場所でスタンバってたし! しかも本体見つけたと思ったら変態ストーカーっぽいし!! どうせ同じストーカーならホタルみたいに直接来てよ!! てかあのギルドの幹部は変態しかいないのか!!」
「ぐあ! ちょっ!! よくも我輩の腕を、力を、グハッ!!」
話も聞かずに重たい銃をハンマーにしてガバメントでドクターを殴りまくるジャック。
どうやら接近戦の経験など全くなかったらしいドクターは本気で危機感を感じたのか、懐から取り出した試験管を地面に叩きつけて、発生した煙のなか這う這うの体で逃げ出す。
だが、ジャックは当然逃走を許さない。
銃に弾を込め、悠然と後を追い、追い詰めて行く。
殺人鬼の足音を聞きながら洞窟の奥へ奥へと追い詰められていくというホラー映画のような状況で、彼は洞窟の奥に設置された分厚い扉……おそらく、研究室のような場所に逃げ込もうとするが……
「逃がさない」
ジャックはドクターが左手で開き、急いで閉めようとした分厚い扉の……扉側面にある『錠』の部分を狙い撃ちし、歪ませて扉が閉まらないようにしてしまう。
「あ……これは……」
研究室の奥に逃げ込むドクターを追って中に入るジャック。
そして……その奥に置かれていた物に驚く。
「……そうか! そういうことか……高レベルモンスターを素材にした合成モンスター〖ヒトサライ〗も、『イヴ』がやたら強力な能力をいくつも確保してたのも……『こいつ』がいたからか」
そこにあったのは、巫女装束のレイドボスモンスター……〖蠱毒の蠱蠱〗の身体。
〖孤独のココ〗という真のボスモンスターが隠れ蓑にしていた、百の命を持つ身体。
ジャックに五十回も殺され、中枢であり本体である〖孤独のココ〗を潰されてもなお残り続けていた……生きた亡骸。
ジャックがその亡骸に興味を示したことに気付いたドクターは、少しだけでも気を落ち着かせた。
そして、虚勢を張るように言う。
「そうだ!! これのおかげで我が研究は大きく進んだ!! こんなものを放置してくれたオマエには感謝のしようもない! そこでだ、取引しないか? 我輩は組織の幹部ともいえる位置にいる! 我輩と一緒に……」
「うっさい!」
ジャックは近くにあったフラスコをドクターの足下に投げつける。
そして、亡骸に近付き……中枢を失ったそれを何か月もの間保ち続けるために必要だったであろう点滴のような装置を見つけて、刃で切断する。
「ボクが思ったのは、死体の処分をもっとちゃんとやっておくべきだったって事だけだよ。別に感謝されたくて殺したわけでもないし、地位とかも欲しくない」
「ならば、何が望みだ!? そうか、殺しがしたいのか? ならば、組織に入ればいくらでも……」
「しつっこい!!」
ジャックはドクターを蹴り飛ばす。
「何か勘違いしてない? ボクは別に快楽殺人者じゃないし、好き好んで殺してるわけじゃないんだよ」
「な……なに? あれだけのことをしておいて、好きで殺したわけではない……だと……それなら、一体……」
ドクターの中の殺人鬼のイメージは、完全なる人格破綻者で、笑いながら人を殺し、そしてそれを異常とも思わないような……そんな人格だった。だからこそ憧れ、狂気の模範とした。
だが、その本人がそれを否定するなら……彼は、それを受け入れられそうになかった。
ドクターがジャックの口から『ありきたりな答え』が出るのを恐れ、先ほどまでとは違う意味で逃げ出したくなった時……ジャックは、こう答えた。
「人間がいるからだよ。いっそ絶滅でもしてくれれば、こっちも殺す必要なくって楽なのに」
その答えにドクターは……完全に、『狂喜』する。
「ふはははははははは!! 素晴らしい!! それでこそ、私が憧れた……『本物』だ!!」
その突然の笑いに戸惑うジャックは一瞬怯む。
そしてその瞬間……ドクターは、研究室の壁に隠されていたレバーを引き……壁に隠されていた『研究成果』を開帳する。
「さあ見てくれ!! これこそが、マッドサイエンティストたる我輩の研究成果だ!!」
現れた物に……者達に、ジャックは目を見張る。
それは、彼女から見ても狂気の沙汰。それは、人間の犯す間違いの発露。
そしてそれは……
「ォ……オクスリ……」
「ドクサマ……」
「グルルルル……」
チイコ救出の際、プレイヤーの面影を残すキメラ達が確認されていた。
だがあくまで、それは面影だけ。能力としてステータスは取り込まれたものの、材料にされたプレイヤー達はすでに死んでいるまがい物達。
しかし、目の前のそれは……
「ホント……人間って、どうしてこんな恐ろしいこと平気でやっちゃうんだろ……」
僅かにでも確実に『理性』を残し、尚且つモンスターと混ざり合った……モンスターと『融合』させられたプレイヤー達だった。
同刻。
「~♪」
朝霧の中、『少女』は唄う。
その歌声に応えるように、小鳥達が歌う。
『少女』は歩く、ゆっくりと、歌を止めずに。
周囲には小鳥だけでなく、もっと大きなものも集まってくる。
その中で、『少女』は声を響かせる。
『世界』との再開を喜ぶように。




