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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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160頁:ラスボスには敬意を払いましょう

 過去編も次話で終わります。

 『殺人鬼』……それは、人間を殺すことに特化した人格や能力を持つ者達。


 一般人が『殺人鬼』として見る、快楽殺人者や戦闘狂とは違う、根本的な違いをもつ『人種』。


 人間を同種と感じられない。

 自身を護るために、危険を抹殺することに躊躇がない。

 殺人に罪悪感を感じない。

 『脅威』としての人間を、排除せずにはいられない。


 『彼ら』は人類の進化の一つの形。

 人の中から生まれ、人に紛れて生きる、角を隠し持つ隣人。

 一人殺すまでは、自分自身ですら気付かない、自覚のない天敵。


 彼らが殺し尽くさないのは、圧倒的な数の少なさと、その集団性の無さ、そして、何より自分達も人類の恩恵に預かりながら生きているため。

 大昔から世界各地でか弱い『人間』の天敵として畏れられる『鬼』、しかし、その天敵は一つの猛獣だろうと絶滅に追い込み同族だろうと殺し尽くす『人類』。


 鬼のほとんどは牙を抜かれ一生自身の正体に気付かずに終わり、覚醒した直後に摘まれ、たとえ逃げ延びても、隠れ続けなければならない。


 しかし、その中にも例外はいるのだ。





「殺人鬼の職業ランキング上位二つは『医療関係者』と『傭兵ならびに軍人』。本能的に人体を熟知し、透視に近いレベルで体内の内臓(ウィークポイント)を把握できる才能はほぼ共通ですから外科医は人気ですし、仮に医療ミスで患者さんを『殺して』しまっても罪悪感を感じないので長続きします。軍人や傭兵は言わずもがな、殺人の才能は戦場では重宝されますからね。」


 マリー=ゴールドは冷静にその種を分析し、説明する。


「それに、『人を殺す』ための職業なら殺人のための免罪符ができます。合法的に自分を脅かす人間を減らして、後援者を得て自身の武装や戦闘能力を強化して、自分の立場を強化して殺されにくくする。危険な戦場に身を置く代わりにそれ以外での安全を得る。生き残りのために生活を保証される代わりに、その殺人の能力を売る。一種の共存と言えるでしょうが……あくまで個人レベルの話です。多数の人間を殺す『殺人鬼』が密集し過ぎれば周囲の人間社会のバランスが崩れてしまいますから、大量に殺せてしまうような素質の強い殺人鬼は『群れる』ことが出来ないんです。しかし……それにも、例外があります。」


 マリーはジャックに一つの情景を見せる。

 この夢の中のような幻想の空間の中では、景色も時間も彼女の思いのままだ。




 現れるのは、どこか英国風の料理が並ぶ豪華絢爛なディナーの光景。

 しかし、その雰囲気には華やかさはなく、殺気立った重い感覚がある。


 料理を食べる顔に傷があったり首筋に刺青が入っていたりする見るからにアウトローな面々の背後に、それぞれ護衛と思われる人間が立っている。

 これはどう見ても……


「『カタギ』……じゃないみたい、この人達。なんか護衛というよりなんか殺し屋みたいな風貌の人とかいるし……」


「『みたい』じゃなくてもろ殺し屋の人ですよ? これ、私が昔ヨーロッパの方で給仕として潜入したマフィアの会食の時ですから」


「はい!?」


「市長や警察に顔の利く資産家の一族を中心に、薬の密売人や違法銃器の横流し業者、それに殺し屋なんかがお互いに利益を得るためにくっついて、それが何代も続いてる伝統的な組織ですよ。お金さえ払えばパスポートから防弾仕様のリムジンまで用意してくれるのでなかなか便利でしたが、無駄に秘密組織っぽいところがあるので紹介状を手に入れるまでが面倒でしたね……ジャックちゃん、どうしました? 顔色少し悪いですよ?」


「いや……マリーさんって一般人じゃなかったんだなー……って思っただけ」


「え? どこがですか?」


「……」


 マリーの常識の中ではマフィアに顔が利くくらいは一般人として驚くことではないらしい。何故ジャックが緊張しているのか、本気でよくわからない顔をしている。


「ところでジャックちゃん、さっきあなたが言ってた『殺し屋みたいな人』は、何人護衛を連れていますか?」


 マリーに言われ、ジャックは『殺し屋』を見る。

 顔に傷があり、フォークを持つ右手の人差し指にトリガーのタコが出来ている中年男。

 明らかに殺気が他のマフィアより強い……ジャックはこれが『プロ』の風格なのかと感じたが……同時に、『この程度か』とも思った。


 実際の殺し屋というのは、『仕事』で人を殺す。特別なリスクを犯す必要はなく、正々堂々と戦う必要もない。抵抗されることはあっても、基本的に『戦闘』になることなどそうそうないだろう。

 デスゲームでモンスター相手に問答無用の戦闘(デスマッチ)を強要され、普段命を狙われる側にあるジャックと比べれば、護衛に守られ、組織に護られた殺し屋程度では気圧されるほどの威圧感を感じないのだ。


 そしてまた、その背後で彼を護る護衛達もまた手練れらしくはあったが……現役である分多少の迫力があっても、大差はないように感じた。


 しかし、その中に一人……『場違い』な者がいた。

 その異様さに何故今まで気付かなかったのかわからない……だがおそらく、マリーが夢を操作したわけではない。むしろ、マリーが注目するように仕向けてくれたからこそ、気付くことができたのだ。


 それはまるで日本人形のような少女だった。


 年は十歳前後。動きにくそうな裾の長い着物に、二本の角のように頭を飾る(かんざし)、艶やかで長い黒髪と……全力で『日本』を主張するような様相。金色の金属片をあしらったネックレスが妙に目を引くが……そんなに目立つ格好をしながら、今まで全く気付かれなかったのだ。


 そして、気付いた直後から認識し始めた……彼女の『脅威』。

 空気が重苦しかったのはただ『マフィアの会食だったから』というわけではない。皆が彼女を警戒していたから。


 しかし、彼女を排除しようとする者はいない。

 ただ、マフィア達とその護衛が彼女の些細な動きに反応して緊張を高めるのみ。平静を装い、騒ぎ立てず、黙々と食事を進めている。

 その雰囲気はまるで、強盗が立てこもった銀行で見張られながら食事をする人質のような空気。注目を浴びないよう、興味を持たれないようにとひたすら周りと同調し、一つの『群れ』として振る舞うことに全身全霊をかける。



「あの子……まさか、あの子が?」



 錯覚とはわかっていながら冷や汗を流すジャックに、マリーは首を縦に振る。


「はい。食事会に忍び込むため『メダル』の欠片を使って存在感を抑えたのでしょうけど、隠しきれてませんね……彼女こそが針山くんの人生の最重要人物であり、『お嬢様』……殺人鬼の姫君『サツキ』ちゃんです」




 場面は変わり、薄暗い屋敷。

 壁や窓の装飾から西洋の建物らしいと察することができるが、何故か床がカーペットなしで木がむき出しだったり、お洒落なドアノブのついた部屋の隣に襖の部屋があったりと『日本家屋』の趣が混ざっている。

 しかし、それらは本場の物とはどれもやや違い……まるで、ヨーロッパの日本文化が好きな富豪が無理やり別荘をリフォームして和を取り込んだような場所だ。


 逆に考えれば、日本人が家をヨーロッパ風にリフォームしたがるのと同じなのだろうが……ジャックは妙な気味の悪さを感じる。無秩序で不完全な和洋二文化の混合が、その不自然さと妙な整い方が警戒心をかきたてる。

 夢の中とは言え、人様の家に勝手に入り込んでおいてなんだが……こんな場所に住める人間の気が知れない。


「あ、ちなみにここは後々針山くんが住むことになった屋敷ですよ? 私も一時期住んでましたし」


「変なこと考えてすいませんでした!」


 心を読んだのか考えを読んだのか知らないが、マリーはクスクスと愉しそうに笑う。


「まあ、仕方のないことです。この家は言わば『ダンジョン』ですから。悪戯好きの彼女の性格上、居心地良くは作られていないでしょう」


「……『ダンジョン』? ここ、現実世界にあった場所なんだよね? ゲームの中じゃなくて」


「はい。モンスターが徘徊しているわけではなく、一度迷えば出られないほど複雑でもないですが……在り方としては、ジャックちゃんが想像した『ダンジョン』と同じ物ですよ?」


「それってどういう……」


「それは……実際にみた方が早いですね。ジャックちゃん、『あれ』が当時……約四年近く前の針山くんです」


 マリーが指差した先にいたのは、薄暗い真夜中の屋敷の中、黒いニット帽やセーターで全身黒装束にして僅かに軋む木の床を、足音を押さえて歩く少年。

 その姿はどう見ても……


「ど……泥棒?」


 現在の紳士然とした針山からは考えられない行為。だが、マリーは首を縦に振り、肯定する。


「あまり褒められたことではありませんが……故郷に送還された彼は、自身の名義上の家族が既にいないことを知り、身寄りもなく、当然仕事や収入もなく、自分自身の力で生きなければならなくなり、そのための手っ取り早い手段として窃盗を行っていました。実験のトラウマで殺人鬼でありながら動物を殺せなくなってしまった彼は野生動物を狩って飢えを凌ぐことすらできませんでしたし、ろくに教育も受けていなかった彼は日雇いの仕事ですらまともにできませんでした。そこで、このような少々道から外れた選択をしなければならなくなったのです」


 針山の袖口から覗く……鋭い銀色の金属。


「天性の気配を消す技術を使って、それなりにお金がありそうで手ごろな警戒度の家に忍び込んだ彼は、窃盗がばれないように少量の貴金属や小さな美術品を盗み取り、それによって細々と生活していました。動物を殺せない……つまり、殺人だって当然起こせない彼は、持ち込んだ凶器でさえも万が一見つかった時の脅しの道具程度にしか考えていなかったはずですが……殺すことはなくとも傷つけるくらいはできる。仮に見つかっても、居直り強盗になって金品を盗んで逃げるくらいは簡単だったでしょう。相手が、一般人だったらの話ですが」


 研究所を脱出した少年を待っていたのは厳しい現実だった。

 しかし、彼の心の中には研究所を燃やした放火魔の言葉が……彼女に気付かされた、自身の願いが……『生きたい』という思いが残っていた。

 だからこそ、なりふり構わず、手段も選ばずに生き延びようとした。

 拠り所もなく、目標もなく、家族もなく……何も持たずに生きていた。


 そう……この時までは。



「ふぁーぁ……あれ、あなた誰? サツキ、お客さんなんて聞いてないよ?」



 突如、少年の背後からかけられた幼い少女の声。

 少年は驚いたもののすぐさま対応し、背後を振り返って袖口から取り出したフォークを向けるが……目の前の相手の容姿に、目を丸くする。


 そこにいたのは、十歳前後と思われるとても小柄な少女。頭には笄をさし、服は子供っぽいガラのパジャマだが……その、目の前に不審な人物がいるというのに警戒する気配も見せない姿はどこか異様な物を感じさせた。何せ、フォークを向けられながら欠伸をする余裕があるというのだ。


 少年は数瞬迷った後……飛びかかる。

 この屋敷に忍び込んでから他の住人を見ていないが……いるとすれば、侵入に気付かれると厄介なことになる。目の前の少女に叫ばれたらその展開は避けられなくなるだろう。だから予め少女を捕まえ、脅して静かにさせるつもりだった。

 最悪ケガをさせても構わない。そのようなつもりで襲いかかった。


 しかし……



「ま、誰でもいっか。いつもの事だし」



 フォークを逆手に持ち、振り上げる少年。ただのフォークといえども、力を込めて首周りの血管を狙って振り下ろせば十分に命を奪える凶器になる。少年が狙ったのは肩の付け根の肩甲骨の辺りだが、それでも腕を使えなくするには十分な殺傷力を持つ。

 少女は逃げようともせずそこにいる。

 『殺せる』……そう思うと、首筋の古傷が痛む。しかし、意識を致命の急所から外して確実に致命傷にならない位置を狙うと、なんとか古傷も抑えられる。

 容赦はしながらも手を抜かずに突き立てた一撃で確実に仕留めた……その、はずだった。



 パチン

「バーン。サツキの勝ち」



 何が起こったのかわからなかった。

 気付けば、眼前に少女の指があった。もはや近すぎて見えないほど、焦点の合わないほどの超至近距離に構えられた、ピストルを模して人差し指を伸ばした小さな右手。

 あと数ミリでも先へ伸ばせば右目に刺さり、数センチ進めば目の端から目玉を抉り、十センチも行けば脳に届く。それを確信させるほどの完璧な位置取り。逃げようとしても刺さると、本能的に身体が動きを止める危険な状態。


「……あれ? 届いてないね」


 少年は動けない状態でようやく理解する。

 少女が行ったのは簡単な動作。

 一歩踏み込み、少年の目の前に右手を出し、目の前で指を鳴らして目をつぶらせ、指を伸ばして突きつける。

 目をつむった相手は指に気付かず勢いのまま前進し、その力で自分の目を抉ることになる。少女はただ、待っていればいい。


 少年が助かったのはただの偶然……彼が致命傷を避けるため、踏み込みを僅かに抑えたからだった。


 動けない少年。

 少年の目に指が届かなかったのを不思議がる少女。


 生殺与奪の権利は少女にあり、少年はその気まぐれに生かされている。

 十秒ほどの沈黙の後……少女は、ニッコリと笑った。


「そうえいばサツキ、おトイレに起きたんだった。行ってきていい?」







 その様子を見ていたジャックは呟いた。


「あの子……何者? あの反応速度、ボクより速いかも……」


 襲いかかってきた敵の懐に入り込んでのカウンターはジャックもよくやる手ではあるが、それは優れた反射神経があってこそできること。反応速度で負ければ対応されて迎撃されるだけだ。

 一年にわたるデスゲームで本当の殺し合いを幾度も経験したジャックは、少ない所作から相手の強さを知ることができる。特に反応速度はゲームのスキルや能力値補正では補いにくい、その人間自身の戦闘経験や実力を測る基準に相応しい能力。


 しかし、それを見極めるジャックの眼力から見ても……サツキの反応は、非常識に速かった。とても、十歳前後の少女の動きとは思えない。


 驚くジャックに、マリーは笑いかけた。


「クスクス、驚くのも無理はありません。ですが、決してまぐれや私の空間でのイメージの誇張というわけではありませんよ? 彼女が強いのは当たり前。何故なら彼女は……あの屋敷(ダンジョン)の『ラスボス』ですから」


「『ラスボス』……?」


 ジャックの脳裏には、デスゲームのダンジョンの最奥に居座る強力なボスモンスター達が思い浮かぶ。そして、その『ダンジョン』と屋敷の雰囲気が一致し、納得する。

 この屋敷を不気味だと感じたのは……ここの雰囲気がデスゲームのダンジョンに似ていたからだ。あえて居心地悪く、迷いやすく、気味が悪く、侵入者の精神を疲弊させるように作られている。


「彼女は、殺し屋の家系に生まれ、その実力とあまりの強さからの扱いの難しさに特別な『仕事』を物心ついた頃からこの屋敷で続けています。それが……『殺し屋殺し』」


 屋敷は大きい割にセキュリティーに穴があり、入り込む隙がある。さすがに大軍隊で攻め込むことはできないし、狙撃で外から中を狙うのは出来ないように設計されているが、忍び込むのは簡単。

 それは……ダンジョンがプレイヤーに開け放たれているのと同じ。

 この屋敷が『ダンジョン』と呼ばれるのは、ここに『ボス』がいるから。


「彼女の首には賞金がかかっていますし、暗殺の依頼も数知れず……しかし、それは彼女も同意の上です。彼女はその余りある殺意を自分を殺しに来た挑戦者(プレイヤー)の血で補い、彼女の属する家は敵対組織からの刺客を誘導したり、他組織からの粛清を請け負ったりして利益を得る。彼女は、そうやって常に命を狙われながら生きていたんです。ただの泥棒の相手くらい、遊びにもならなかったでしょうね」


 その在り方は、まさしく『ラスボス』に相応しかった。この屋敷が、そして彼女自身が一つの『デスゲーム』として機能している。


 不覚にもジャックは、その在り方に……嫉妬してしまった。


 




 




 少年は、少女がトイレにいっている間に家の使用人に見つかり、拘束された。

 本当は逃げても良かったのだろうが、命を握られた感覚が抜けず、逃げる気にも抵抗する気にもならず、大人しく捕まった。


 使用人は驚いていた。

 後に聞いた話だと、使用人の仕事は『死体』の処分だったはずらしい。聞けば、屋敷には隠しカメラや赤外線センサーが大量にあり、侵入者がいることはわかっていたそうだ。だが、すぐに警備が動くことはなかった。少年はあえて泳がされていたわけだ。


 そして、少年の処分が決められる。

 と言っても、生きている人間の処分についてはあまり決まり事がなかったらしく、簡易使用人会議のようなものは混迷した。というより、『どうしたら一番面倒なく、少年を口封じできるか』について、責任を押しつけ合った。

 死体の処分は経験していても、殺人はしたことがない。殺人の片棒は担いでも、手は汚したくない。

 屋敷には世間に隠さねばならないことがあったが、そのために無抵抗の人間を殺すことはできなかった。

 屋敷の持ち主、本家への相談も議題には上がったが、『死に損ない』の処理などで連絡したら注意を受けると取り下げられた。


 そして……最終的に、彼の処遇は決定した。

 彼は……何の因果か、あの少女の専属の世話係になった。


 そして何日か後。

 身なりを整えられ、最小限の仕事を仕込まれた彼はこれから仕える『お嬢様』に挨拶に行く直前……使用人の中で一番気がよく、心を開かない少年に優しくしてくれた年配の女性が使用人控え室で神妙な顔をして少年に言った。


「すまないと思ってるよ……あたしたちが嫌な仕事を押し付けることになっちゃって」


「……」


 少年はこの数日間、誰とも、一言も話さなかった。使用人達からの指示には黙々と従い、教えられた仕事は黙って真似て見せた。

 使用人達は彼が元々の障害か、あるいは捕まったショックで口を利けなくなったのだろうと納得していたが……実の所、彼はただ心を開いていないだけだった。

 衣食住が用意され、捕虜のような立場ではあるが最低限指示に従っていれば追い出されることもない安住の地。


 使用人達と心を通じるつもりなど毛頭ない。

 何故なら、わかっていたからだ。彼らが身よりも何もない自分を都合良い道具として使い潰そうとしていることを、かつて実験動物として見てきた研究者達と似た態度から知っていたからだ。


 だから、こういった話を切り出されても驚くことはなかった。むしろ、内心こう思っていた。『押しつけることになった? それは違うだろう。押しつけるために、自分を引き込んだんだろう』と。


「あの『お嬢様』はね……気まぐれで使用人を殺しちまうんだよ。だけど本家からは次々と世話係を雇うように言われてて……これまでの世話係はみんな……」


 少年にはその意味が分かった。

 『世話係』とは『生け贄』と同義なのだ。身寄りが無く、処分も自由な少年は丁度いい人身御供だった。


「せめて、これを持ってお行き。きっと役に立つよ」


 白々しくも渡される十字架のアクセサリー。

 しかし、少年は黙って手を伸ばしそれを受け取る。


「きっと神様の御加護があるから、いつも身につけておきなさい。もし危なくなっても、それがきっと……」



 突然だった。

 プス

 そんな、気の抜けた音とともに使用人の後頭部に刃が突き刺さり……絶命させた。



 そして、前のめりに倒れた使用人の背後にいたのは案の定……『サツキお嬢様』だった。

 その手や顔は血に染まり、他にも何人殺してきたのかわからない。だが、ここは使用人控え室。十数人いた他の使用人のほとんどもこの部屋に集まっていたはずだ。

 それが、『お嬢様』の乱心に悲鳴の一つも上がらない。反応どころか、気配すらも感じない。


 きっと……『そういうこと』なんだろう。


「ねえ、ちょっとそれくれる?」


 返事を待たず、『お嬢様』は十字架を奪い取り、分解して中から何かを取り出す。まるで、爆弾の信管のような何かを。


「なるほど……危なかったね。もう少しで、『ボーン』ってされちゃうところだったよ?」


 その言葉に、少年はやや遅れて理解する。

 もし十字架の正体が爆弾だったなら……少年は人間爆弾として『お嬢様』を殺す道具にされて、死んでいた。

 そうだとすれば、目の前の使用人は……いや、他の使用人も全てグルだったのかもしれない。あるいは違うかもしれないが……可能性があったから、それを全て潰した。そういうことなのだろう。

 それが命の危機のある職場に耐えられなくなった使用人たちの総意か、使用人として入り込んだ暗殺者が元からいた者達を掌握していたのかわからないが、『お嬢様』は『敵』に囲まれていたのだろう。侵入者として現れた少年がいきなり使用人にされたのも、信用できる人間より使い捨てられる人間が必要だったからだろう。『お嬢様』はその動きを察知して、迷わず殺した。そういうことなのだろう。


 死体の山を築きながら生き残る、孤高の殺人鬼。

 他の全てを殺してでも生き残ることに疑問を抱くことのない、種の中心たる絶対の女王の片鱗。


 少年は、その血にまみれた姿に羨望する。

 その強さに感服し、その在り方に脱帽する。

 そして……他の全てが殺され、自身にも『死』が間近に迫っているのを実感し……少年にはその『死』の体現者こそが世界で絶対唯一確かな存在に、神にも等しい存在になった。



 殺人鬼の姫君を目の前に、少年は地に膝をつき、頭を垂れて……生まれて初めて心からの笑みを浮かべた。



「ああ、お嬢様……あなたはこの世で、最も美しい」


 命乞いではなく、純粋にそう思った。

 自分が持ち得ないその純粋すぎる殺意に憧れたのか、それとも、今まで自分を虐げ、利用してきた人間を駆逐する姿に感銘を受けたか。あるいは、鬼としての本能が、強者としての彼女に服従を誓ったのかもしれない。


 だが、時に人は理屈など関係なく何かを崇め……膝を折り、頭を下げずにはいられなくなる。

 感服や脱帽などという安い表現からは程遠く、恐怖や屈服などという表現からは的外れな……畏怖の感情。

 一度は刃向かおうとしてしまったことを、一生の悔いになると確信するほどの、心の底からの忠誠。


 ただその心からの言葉に『お嬢様』は……サツキは、血に染まった頬をさらに朱に染めて恥ずかしそうに笑った。


「え……えへへ、ありがと。サツキ、あなたは気に入ったから殺さないでおいてあげる」


 その笑みこそが……針山の、『現在(いま)』に繋がる道標だった。

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