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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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159頁:故人は敬いましょう

 まだまだ遠い話になるかもしれませんが、この作品が終わったらマリーさんの『The Golden Treasure』編もスピンオフとして書きたいと思っています。

 その時、丙静さんの性格がちょっと変わっていてもご容赦ください。

 『(ひのえ)(しずか)』の紹介と同時に、ジャックはマリーにかつて自身が参加したデスゲーム……The Golden Treasure』の説明を受けることとなった。


 ジャックがマリーから簡単に聞いた話によると、マリーが以前参加していたデスゲーム『The Golden Treasure』はいわゆる『お宝争奪戦』。

 参加者に配布されたある『宝』をそれぞれが奪い合い、全てを揃えた者が勝者。そして、その『宝』を奪われた者にはデスペナルティがあったという、ルールだけを聞けばかなり単純なゲームだ。


 しかし、ジャックが驚いたのは……その『スケール』と『舞台』。

 『The Golden Treasure』は仮想空間で行われている『Destiny Breaker Online』とは違い、現実世界で世界を股に掛けて行われたデスゲーム。世界各国に散らばった『宝』を、それぞれの国で受け取った参加者(プレイヤー)達が海や国境を越えて奪い合う。

 それは、個人での奪い合いや殺し合いに止まらず、世界情勢にまで影響を与えるほどの壮大なゲームになった。ジャックも知る大きなテロ事件や災害とされている事象のいくつかもそのゲームの……マリー達の戦いの結果だと言われたことには、さすがに疑いの視線を向けざるを得なかったほどだ。


 しかし……心のどこかで、マリーならばそのくらいできるかもしれないと思う部分もあった。人を動かす能力を持つ彼女なら、それだけの影響力を与えることもできるかもしれないと思った。

 だが、同時に疑った。

 このマリーと、『ゲーム』が成り立つ相手などいないだろうと。匹敵する者などいないだろう……そう考えていた。



 そして、目の前でその『思い込み』は覆された。



「ファイアボール!!」


 真っ黄色の、袖の短い雨合羽を着た女性『(ひのえ)(しずか)』が叫ぶと、手のひらから発射されたバスケットボール大の『火の玉』が目の前の木に命中し、一気に燃え上がらせる。

 手の平から火の玉を発射する人間……しかし、ジャックはそれを指摘する気にはならない。


 何故なら……全てが燃えているのだ。

 火の玉を発射した『静』の手も、火の玉を受けた木々も……そして、その背景の森も山も、『全て』が燃えている。


 その光景を見たジャックは……呆然とするしかなかった。


 かろうじて絞り出せた言葉は……


「う……うそでしょ?」


 だけだった。


 彼女は、針山を過去(トラウマ)から連れ戻すためマリーに連れられて彼の記憶に潜り込み、彼が辛い時間を過ごしたという研究所を見つけた。そして、その当時には接点の無かったジャックやマリーではなく、ライトに再現してもらった当時の針山を研究所から救い出した『静』の人格に頼み、当時を再現してもらおうとした。そのはずだ。


 この山の深い森の中のどこか、針山自身さえ位置を憶えていない秘密研究所にいる彼を助けてもらう……そのはずだったが……


「ファイアボール!! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、焼き畑ならぬ焼き山だよー!!」


「いやなんで山丸ごと燃やしてんのこの人!? マリーさんなんとかして! 暴走とめて!」


「暴走……? 彼女はこれくらいでも控え目な方だと思いますが……都市とかじゃないですし」


「これで控え目!?」


 端的に表現すると……『山』が燃えていた。

 森の植物の新芽が萌えていたとかの比喩ではなく……ましてや焚き火やぼや騒ぎという可愛いものでもない……完全な山火事。

 麓から山を囲むように伸び上がった火が、木々を焼き、山頂まで上り詰めようと這い上がっていく。


 その火種として火球『ファイアボール』を放った『静』と共に、マリーとジャックは山を登っている。マリーが熱感を調節してくれているのでジャックは火の熱から護られているが……それでも、周りの全てが燃えているのを見ているだけで生物的な火への恐怖が蘇る。


 さすがのマリーもそんな環境では少々辛いらしく……涼しい顔をしているのは、火をつけた張本人の『静』だけだ。


 ジャックは以前ライトが言っていた言葉を思い出した。

 『広い世界には、殺人鬼なんて霞むようなのがいる』。当時は、誇張表現か何かだと思っていたが……目の前の人物は、まさにそれだった。


「マリーさん……この人一体何? なんでさっきまで針山を助け出そうって話してたのに山ごと焼き殺そうとしてんの?」


 マリーは苦笑しながら答える。


「『史実』の通りですよ。彼女は元々針山くんを救い出しに来たわけではなく、ゲームの勝利条件である『宝』を探しに来たんです。彼女は参加者の中でも特に活発でしたから、この山の森の中で秘密裏に運営されている研究所でその『宝』が研究されていることを突き止めた静さんは……」


 『静』が軽い口調で言葉を引き継ぐ。


「何日か山入って探したけど、どーしても見つからなかったからさー……『もう面倒だから邪魔な木全部燃やしちゃえ!』って思ったんだよねー。我ながら天才的、コペルニクス的発想の転換」


「いくらコペルニクスだって捜し物一つで山一つ焼くなんてこと閃かないよ!? てか、殺人鬼でもやらないよこんな傍迷惑なこと!!」


 やらない……というより出来ない。

 瞬く間にここまでの……見渡す限りの木が燃えているような『大火事』を引き起こすなど、真似しようとしてもできるものではない。


 火が着火した直後に爆発的に広がったことを考えると事前に燃料か何かをまいて準備していたであろうことは想像に難くないのだが……それにしたっておかしいのだ。中に水が通った生木というのは想像以上に燃えにくい。湿度の高い森の中など、さらに火が使いにくい場所のはずだ。

 仮にそれを無視できるような強力な燃料を使っているとして……そこに踏み込んでいくなど、正気の沙汰ではない。下手をすれば、自分が火に囲まれて焼け死ぬことになるのだ。たとえ彼女の着ている雨合羽が防火性だとして、山一つを燃料とした熱量にはなんの保証にもならない。


 しかも、この情景を『夢』のように見ているジャックやマリーとは違い目の前の『静』は『史実』に従った、紛れもない生身の『登場人物』だ。

 自身も焼かれる可能性があるというのに、全く『火』への恐怖感を見せない。


 『(ひのえ)(しずか)』……彼女は一体……



「『放火魔』……ってやつらしいよ。『殺人鬼』のお嬢ちゃん」


「……!?」


 前を歩いていた『静』が突然ジャックの内心の疑問に答える。

 驚いたジャックが身構えるが、『静』は振り返ることもせず前進する。


「ま、見ての通りちょっと極端なタイプなんだけど……この性質は生まれつきでね。火を怖いと思ったことがないし、むしろ大きい火を見てるとすごく興奮して、幸せな気分になるの。ちょっと変わってるでしょ?」


 ジャックは言葉に詰まる。

 話だけなら『ちょっと変わってる』で済むかもしれない。世の中には、火や動物、芸術品などといったものに興奮を覚える人間がいるということは知っている。


 だが……山一つを燃やしながらそんなことを言われると、とても『ちょっと』では済まないように思ってしまう。

 そんなジャックの気配を察して……放火魔『静』は軽く笑う。


「はは、やっぱり共感はしてもらえないみたいだね。まあ無理もないよ。昔はそこの僧侶ちゃんにも『あなたの場合はもう放火じゃなくて災害です』って言われたくらいだからね。でも、わかってるんだよ? 人に迷惑かけてることくらいは、よくわかってた。でもね……こんな私だけど、死んでも結局変われなかった私だけど、偶然でも助けられた人がいたんだよ。気まぐれでも助けた人がいた……だからさ……」


 目の前の木々が焼け落ち、倒れる。

 そして、そこに……火に包まれ、木の外壁が剥がれて中の研究施設らしいコンクリートで固められた壁が見えてくる。

 その中に……針山がいる。


「気まぐれでも助けた相手には幸せになってほしいじゃない? だからあの子のこと、大事にしてあげてね?」


 『静』はにこやかに笑う。


 彼女は……この放火魔は、人の不幸を求めているわけではない。『殺人鬼(ジャック)』がただただ殺してしまうだけのように、『静』はただただ燃やしたくなってしまうだけだった。

 何故かそこだけは……共感できる気がした。




 歴史を繰り返す。

 『史実』の通り、同じ状況を再現して隠された記憶を呼び起こす。

 そのために、『静』は『過去(ここ)』に戻ってきたのだ。


 そして、ジャックは過ぎ去ったその『過去(シーン)』を目撃する。

 針山の転機を……彼が初めて救われた日を、そっと見守る。自分がきっと……同じように、彼を救えるように。




 後に『針山』を名乗ることになる少年は異常に気付いた。


 暑い……自身が閉じ込められている、彼にとって久しく世界の全てである『実験室』が明らかに暑くなってきている。

 汗がダラダラと流れはじめ、吸う空気の熱でさえ意識されるようになっていく。


 しかし彼は……その状況に困惑することも、疑問を感じることもなかった。

 慣れていたのだ。

 暑さに対してではなく……不快な環境そのものに。


 彼は、物心がついてすぐに隔離され、実験動物のように自由を奪われて生きてきた。

 透明な壁で外の世界と区切られ、観察されてきた。

 その中で彼は様々なことをされたのだ。

 危険な動物を放りこまれ、それを殺すと電流を受ける。

 眠ろうとすると妨げられ、限界まで疲弊させられる。

 幻覚物質や催眠薬をガスにして部屋に満たされ、意思と関係なく投与される。

 あるいは、部屋の温度や明るさ、湿度などを変化させて反応を観察される。


 厚過ぎるこれも、『実験』の一つだと考えていた。

 透明な壁の向こう側の研究者は今は見えないが、別の場所で見ているのだろう。そう思っていた。

 この、酷く退屈で不自由な日常はいつまでも続く。自分の『世界』の何かが変わるなど、自分の運命が変わることなど、あるはずがない……そう思っていた。


 そんな彼の『思い込み』を通りすがりの『放火魔』が焼き尽くした。



「ねえねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。こんな感じのメダルの欠片みたいなの知らない? あれ? 聞こえないのかな?」



 壁の向こうに、研究者とは全く違う格好をした女がいた。

 白衣とは違う煤けた黄色の服に身を包む女。

 首にかかった金属片のようなものを見せて来るが、少年が反応を見せないので壁のせいで声が届かないのかとノックしている。

 しかし、少年はそれでもまだ大きな反応は見せなかった。まだ、彼女が『実験』のために用意されたのかもしれないと思っていたから。


 だが……

「あーもう! この壁じゃま!」


 女は指先に炎を宿した。

 青白く眩しい炎を……透明な壁に押し付け、円を描く。

 透明な壁が融け……人一人が通り抜けられる穴が開く。


 彼の狭い『世界』は……あっさりと、開け放たれた。




「うーん……ここにあるはずだったんだけどなぁ。全部の部屋探して見つかんないってことは、壁に埋め込んであったりするのかな……とりあえず、全部燃やしちゃおうか」


 探し物のヒントを持っているわけがなく、ただただ首を横に振ることしかできなかった少年を脇目に、女は独り言を洩らす。

 まるで、そこにいる少年を放置するように。

 しかし、彼が少しでも有益な情報をくれるのを待つように。

 彼には、その沈黙を避けるような微妙な距離の取り方が……人として見てもらえるという感覚が新鮮だった。


 そして同時に……初めての感情に驚いていた。

 目の前にいる生物(ひと)は……危険だが、殺せない。

 機嫌を損ねれば、敵対すれば、殺意を向ければ……自分が彼女を殺すまでに、彼女は自分を二十回は殺せる。だから、自分は彼女の機嫌を損ねず、敵意を見せず、殺そうとなんて思わず……友好的にしなければならない。

 生存のための思考としては合理的に、打算的にだが『彼女とは仲良くしたい』……そう思えた。

 圧倒的で、ひっくり返すためのヒントすら見つからない実力差が逆に良かった。今まで、相手を殺せるか殺せないか、相手より先に致命傷を与えるにはどうしたらいいか……そういった『殺すか殺されるか』の次元で他者との関係性を測って来た彼は、殺傷力で解決できない相手と対面したことで認識が変わり……『世界』が広がった。


 恐怖と共に訪れる……他者への興味。

 人が、その危険を知りながらも禁忌に触れたがるように、火の熱さと危うさを知りながら何かを燃やして見たくなるように……彼は、意を決して口を開いた。



「あ……ありがとうございます。壁……穴、あけてくれて」



 すると、女は意外そうな顔をした後……おかしそうにカラカラと笑った。


「はは、面白い子だねー。大抵の人は自分の家燃やされたら怒り狂うのに、『ありがとう』なんて言われるなんてはじめてかも。もしかして、そろそろ建て替えたかったとか? 自分で取り壊すより放火されたって方が保険も下りやすいしねー」


「そ……そういうのじゃないです。ここは……家じゃないです」


「……なるほどね。ここまでくる間にいくつか変な施設燃やして来たけど、キミも『そういうタイプ』か……で、どうしたいの?」


「……え?」


 女の質問の意味がわからず、首を傾げる少年に女が言う。


「どうせ拉致されたとか捕まったとかでここに居るんでしょ? なら逃げればいいじゃない。どうせここにいたってこの建物と一緒に燃えちゃうだけだし。もしこの場所と心中したいっていうなら止めないけど、それなら穴についてお礼を言われる筋合いがない。キミはどうしたいの? 何がしたいの? もしかして……何をしたらいいか、わかってないの?」


 少年の心が震える。

 『何をしたらいいかわからない』……当然だった。

 今まで、彼は何もかもされるがまま、自由など一切なく自由意志など何一つなかったのだから。しかし、それを指摘されて気付く。

 少年は期待していたのだ……目の前の女性が、自分に何をすべきかを教えてくれると。


 しかし……彼女は少年の顔を見て、首を横に振る。


「ダメダメ、そんなに見つめても何も出ないよ。火くらいは出せるけど、そんなもの使うまでもなくここすぐに燃えちゃうしね。キミが逃げたいって言うなら安全なルートは教えるし、キミが外の世界に居場所なんてないからここで死にたいっていうなら止めないけどさ……いつまでも座り込んでるだけじゃ、すぐ煙にまかれて死んじゃうよ? せっかく自由になれたのに、その選択肢を抱えてオロオロしている内に人生終わっちゃうなんてつまんないでしょ? 私、そういう『不完全燃焼』みたいな人生嫌いなの。さあ、自由になったあなたの意志を……『種火』を見せて」


 それは、あるいはただの戯れ言だったのだろう。

 気まぐれに、世間知らずの子供に大人ぶって説教をしてみなくなっただけ。目の前で、『うっかり』自分の炎で死なれるのが嫌で発破をかけただけ。

 しかし、その言葉は……少年に、『自由』の使い方を教えることとなった。



「い……生きたい。お願い、助けて……ください」



 その『答え』を聞いた『静』は……キザったらしく笑みを浮かべた。


「『生きたい、助けて』……最初の願いにはピッタリだね。わかった、やっぱり子供は素直で我が侭じゃなきゃ」







 ジャックの認識上では場面が早送りになる。


 『静』の教えたルートによって研究所の外へ出た彼は、『山火事』の通報で飛んできた救助ヘリに乗せられ、いつの間にかポケットに忍ばされていた『実の母親』と写っていた写真から母の実家が割り出され、実家があるという家に送還される。


 そして、たどり着いたそこにあったのは……書類上は健在ながら、実際は何年も人が住んでいないのが明らかな廃墟。知り合いの一人ですらいるはずのない針山は、天涯孤独で路頭に迷うことになった。



 そして……彼は拾われ、『お嬢様』に『遭う』ことになる。



 それは、針山にとって運命の出逢い。

 それは……誰もが畏れおののく、とある少女との出遭いだった。



 マリーはジャックに囁きかけ、次の『時代』へと時を渡る。


「二人目の重要人物『サツキ』ちゃんは殺人鬼……それも、希少種『悪鬼』の能力をもつ女の子です」

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