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デスゲームの正しい攻略法  作者: エタナン
第五章:成長(ビルド)編

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158頁:過去に囚われないようにしましょう

 マリーさんの幻影はそうとわかっていても本物と見分けのつかないレベルという設定です。

 少しだけ挟んだネタ、わかりにくかったかも……

 6月24日。


 『下準備』を終えたマリーは、針山のいる部屋から出て来て、ジャックに説明するように言った。


「針山さんの現状を端的に表現すれば……彼は今、一度は克服したはずのトラウマに……『過去』に捕らわれています。記憶を掘り返し、古傷を抉られ……そこから、抜け出せなくなっています」


 マリー=ゴールド……精神の専門家。

 彼女の言葉なら信用できる。

 だからこそ、その言葉から感じ取られる状態の深刻さを理解せざるをえなかった。


「過去の辛い経験が一瞬にして蘇る『フラッシュバック』というものに近いですが、彼の場合それが継続し続けている。昏睡が続いているのはそのためです」


 人生で一番辛かった時期の記憶を思い出し続ける。それは、想像を絶する苦しみだろう。


「一種の記憶喪失とも言える状態です。人間の記憶は基本的に『忘れる』ことはあっても『失う』ことはありません。記憶は積み重ねられた本のように蓄積され、それが倒れ、どの情報がどこにあるかわからなくなった状態を『記憶喪失』と言うのです。あるいは、『記憶紛失』と表現した方がわかりやすいかもしれません。」


 同じ『失う』にしても、『消失』と『紛失』は全く違う。『紛失』ならば、探せば取り戻せる。


「おそらく、彼は記憶を混乱させられて意図的に本の順番を入れ替えられている。『過去(トラウマ)』の記憶を『現在(いま)』に最も近い位置へ動かし、その過去から抜け出した経緯をどこかへ隠し、思い出せないようにしているんです。彼は、彼にとって最悪の時代に取り残され、そこから現在までの道のりを奪われてしまっている。だから、現在の情報を受け入れることができない。心が『過去』という樹海に取り残されて、脱出するための道が見つからないのです。だから……」


 マリーは、道を示すように言った。



「彼の『過去(きおく)』に入って、『現在(ここ)』に連れ戻しましょう。そのためにライトくんとメモリちゃんに来てもらったんです……ナビキちゃんの時のように『時間旅行』をするために」



 『時間旅行』。

 それは、以前ナビキが強すぎるストレスで昏睡した際、マリーとライトが協力して架空の過去を追体験させて記憶を改変した手法。『記憶』とは、個人にとっては『過去』とほぼ同義のものである。マリーの暗示でその扉を開き、ライトがあたかも『史実』であるかのような記憶を作り、挿入する。ナビキの時は横でその様子を見ているしかなかったジャックだが、その手法は知らないわけではない。

 だが……


「ちょっと待ってマリーさん! ナビキの時は日記を記憶の代わりに出来たけど、針山も同じようにできるの?」


 ナビキはストレスで記憶を喪失する性質からそれを補うため細かく記録をとる習慣があり、記憶の挿入も『抜けた記憶』の穴を埋めるように偽の記録を読ませることで成功した。

 だが、針山には日記をつける習慣はないし、ナビキの時とは状況がやや異なる。針山は記憶を誰かに、悪意を持って改竄されたのだ。それを打ち消すのはただ記憶を書き込むより難しいのではないか?

 そんなジャックの疑問に、マリーは微笑みを返す。


「同じように……とは行かないでしょうが、追体験の幻覚を見せることは簡単です。そして、彼が乗り越えてきた過去の出来事を……その転機を再現して、隠された記憶を……『希望』を思い出してもらいます。元あった形に戻す……彼に、思い出してもらうんです。彼が諦めきっていなければ……きっと、帰ってきますよ。それに、今回はライトくんが……いいえ、『あの人』と『あの子』が力を貸してくれるはずです。彼女達なら、絶対に彼を救ってくれます」


 マリーの口から出た『彼女達』。

 ジャックはその意味が分からないように首を傾げる。それを見て、マリーは笑顔をやや潜めて、ジャックに問う。


「ジャックちゃん……彼の過去に、心に、思い出に触れる覚悟はありますか? 他人の心を覗き込むのは失礼なこと、トラウマに踏み込むのは危険なこと、彼との関係は今まで通りには戻らないであろうこと……それを承知で、傷つくことも予見して、後悔することも容認して、それでもいいと言うのなら……あなたを、彼の過去へ連れて行きましょう。」


 マリーはワイングラスをどこからか取り出してみせる。その中には、透き通るような清らかな液体。

 以前マリーから『殺人鬼という種は暗示にかかりにくい』と聞いたことがある。そして、酒は殺人鬼の特性を鈍くする。


 飲めばおそらく……マリーの暗示や幻覚で、針山の『過去』の幻想を見ることになるのだろう。


 それはつまり、針山の心を覗き見ることになるということ。それも本人の同意なくして、その心の傷に土足で踏み込むことになる。

 そして……おそらく、彼が自分を通して背後に見ている『お嬢様』とも向き合うことになる。


 このゲームで殺人鬼として生きて一年あまり。

 ライトは、種を越えた友人で……

 マリーは、頼れる恩人で……

 エリザは、どこか幼い妹のような存在で……


 針山は、同じ『殺人鬼』として側にいてくれた家族のような存在だった。


 お互いに攻略(しごと)が忙しくてあまり時間は共有していないし、針山はいつもジャックに付き従うような態度で親密とは言い難いし、ジャックは彼のことを何も知らない。


 だが……それでも、家族のように思っている。

 血のつながりも時間も利益も関係なく、僅かばかりだろうと苦悩を共有できる相手として大事に思っている。

 だから……



「今、連れ戻しに行くよ……針山」



 ジャックは杯をあおった。

 そして、マリーは微笑む。


「その覚悟、確かに受け取りました……では、参りましょう。ライトくんも、メモリちゃんも……そして彼も、きっと待ってますよ」


 マリーに手を引かれ、針山の眠る部屋への扉を……マリーの生み出した幻想の世界への扉を、今、くぐった。







 奇妙だった。


 扉を開けて眼前に広がる光景は、深いの森の中に孤立して存在する、さながら『山奥の別荘』というような大きな家。ジャックはその庭に立ち、入ってきた扉も見つからない。

 これはマリーの作った幻影。確かにジャックが借りて針山を寝かせていた部屋だったものがいつの間にか全く知らない場所になっていてもさほど不思議は感じない。


 しかし、奇妙なのは……あまりにも違和感を『感じない』ことだった。

 何も知らずに入っていれば疑う余地なく呑まれてしまうであろうと感じてしまう。そんなレベルの『世界』。まるで、仮想現実(VR)にログインしたよう……いや、それ以上だ。


「私の能力で作った世界でこういうこと言うのはあれなんですが……ここは少し危険です。あまり魅入られると呑まれますよ?」


 隣にはマリーがいた。

 最初からいた気もするし、今突然現れたような気もする。しかし、隣にいることを認識するとなんだか安心した。


「ここは夢のようなものです。記憶をベースにしているので基本的な物理法則などはあまり変わりませんが、あくまで針山くんの意識です。自分の意識ならともかく、他人の意識に心を許しすぎるとあまり精神に良くありません。あくまでも、ドキュメント映画を見る程度の感覚でいてください」


「マリーさん……前々から思ってたけど本気でチート能力だよね。幻覚で精神世界作っちゃうとか、もうどこのスタンド能力って感じなんだけど」


「さすがに赤ちゃんの時はできませんでしたよ? 夢を操作するなんてできるようになったのは小学生からですし」


「そ、そうですか……所で、『ここ』どこなの? 針山の記憶の中の風景らしいけど、針山の実家の別荘とか?」


「『実家』……というのは当たらずとも遠からずですかね。確かに彼は幼少期をここで過ごしましたが……ここを『家』として認めるのは、難しいでしょう」


「……どういうこと?」


「中に入ってみればわかるでしょうが、少々驚くことでしょう。先に言っておきますが……私達はこの世界に干渉できません。その役目は、然るべき人に任せてあります。だから……抑えてください」


 ジャックはマリーに手を引かれ、壁に触れ……『透り抜ける』。まるで幽霊にでもなったような感覚だったが、不思議と気持ち悪くはなかった。それよりも……目の前の光景が衝撃的だった。


 アクリル板のような部屋に閉じ込められ、首輪をつけられ、傷だらけでまともな服も着せられず横たわる少年……ジャックは直感した。


 彼が当時の針山だ。だが、なんでこんな……


「実験動物みたいな部屋に……?」


「『みたい』ではなく、実験動物だったんですよ。彼は……種族としての『殺人鬼』のサンプルだったんです」


「……!?」


「強い兵士を作るため、人工的に攻撃的な人間を作ろうとする研究は大昔から存在します。麻薬で恐怖を消したり、身内での殺し合いをさせたり……生来の『殺しの才能』がある人間を捕まえたり。まあ、本物の『殺人鬼』ともなるとそう簡単に捕まえたり出来ないんですが、針山くんは運が悪かった。今からは想像できないかもしれませんが、彼は平均的な『殺人鬼』よりかなり攻撃的なタイプで、その才覚が目覚めた時はまだ幼かった。もう少し大人になってからだったら隠蔽や抵抗も出来たんでしょうが、彼はある意味未熟なまま発見されてしまった……その結果、彼は貴重な『成長期の殺人鬼サンプル』として扱われることになってしまいました」


 目の前では『実験』が開始させる。

 部屋の中に投入される毒蛇……それを、針山がいち早く捕まえ、素手で絞め殺す。

 そして……


 バチバチッ!!

「……!?」


 針山の首輪に電気が流れたような音がして、針山が倒れる。

 蛇は壁から伸びるマジックアームで掴まれ、回収されていく。


「マリーさん! これ何やってんの!?」


「『実験』ですよ。『殺人鬼』を罰によって飼い慣らすことができるかどうかを試しているんです。針山くんは、人間だけでなく危険な動物……中型犬程度でも防衛本能が働く、そんな一際高い攻撃性を持っていたんですが……『彼ら』はそれを、動物を『殺させた』上で『罰する』ことで抑え込もうとしたんです。しかし、結果は『とどめを刺せない殺人鬼』という半端で悲惨なものになってしまいました」


 マリーが『彼ら』と称したのは、アクリル板の向こう側から針山を観察する研究員らしき男たち。ジャックは思わず殺してしまいたくなるが……自重する。前もってマリーには『手を出せない』と言われていたからだ。


 そして、同時に理解に努め……納得する。

 ジャックは、針山がモンスターにとどめを刺している所をみたことがほとんどない。動物型では一度も見ておらず、無生物系のゴーレムや植物型でも稀にしかない。いつも最後は他人に譲ってばかりだ。

 本人は『宗教上の理由で動物を殺せない』などと誤魔化していたが……その理由は、信仰などではなくトラウマだった。


 ジャックの目の前で『実験』は繰り返される。

 防衛本能……殺人衝動に従い、飢えた犬やカラスなどと戦わされ、勝っても『罰』を受ける針山。

 見るに耐えなかった。


「マリーさん……見てられない」


 ジャックはマリーの手に頼るようにギュッと握る。それに応じ、マリーは優しく、しっかりと手を握り返す。


「この今の風景が……針山くんの今の意識です。この苦しい記憶を何度もループして、抜け出せる時を……転機を求めている。今から、それを与えて彼の止まってしまった物語を先へ進めます」


「じゃあ……今すぐ、針山を助け出せば良いんだね?」


「はい。でも、それは私達の仕事ではありませんよ。彼には、どうやってここを抜け出したのかを『思い出して』もらわなければなりませんから」


「ボクたちの仕事じゃないなら……あ、もしかして……?」


「はい……出番ですよ、ライトくん。いえ……デスゲーム『The Golden Treasure』の参加プレイヤー……『放火魔』(ひのえ)(しずか)さん」




 場面が変わる。

 ジャックの意識はマリーに連れられたまま針山の前から離れ、森の外……どこかの山林の麓まで移動する。

 そして、そこには一人の『女』がいた。


「オッハー、久しぶりね僧侶ちゃん。元気してた? あはは、おっきくなったねー」


 おそらく、『ライト』が人格を模倣して姿を変えたのだろうとは理解している。しかし……理解していながら、それを受け入れられない。

 それほどまでに……別人であった。

 そして、『普通』とは別物だというのが一目でわかった。


 年は二十代後半というところだろうか。凛とした顔立ちと女性としては少々高めの背丈が印象的だが……その服装と雰囲気の方が特徴的であり、異常だった。


 服装は足首の辺りまで隠れる丈の長い雨合羽。全身子供が着るような明るい黄色で、ご丁寧に足にはピンクの長靴……しかも、不思議なことに雨合羽の袖は短く七分袖ほどだ。手首から先は雨風を防げそうにない。


 目立つ蛍光色に、動きにくい裾丈と獲物を隠しづらい手首。

 隠密奇襲を基本とするジャックから見れば信じられないような隠密性の欠片もない格好だが……しかし、尋常ではないのが一目でわかる。

 まず雨合羽の輪郭がおかしい……腕や首の太さから体型が痩せ型なのがわかるが、雨合羽の輪郭は奇妙に角張って膨らんでいる。

 ジャックは直感する……服の下に、絶対に何か仕込んでいる。目の前にいるのは第一級の『危険物』だ。


「マリーさん……この人……ライト、なんだよね?」


「ジャックちゃん、今は『彼女』をライトくんから切り離して認識してください。この人は……私のかつての友人にして、私の知る中でも一個人で最も高い『火力』を出せる人物であり……針山くんを助けるのに必要な人です。そのお願いをするのに、『別の人物』を通して見るなんて失礼ですよ?」


 マリーの目が言外に言っていた。

 目の前の相手は、言うことを『聞かせられる』相手ではないと。


 ライトに降霊(よびだ)された『(ひのえ)(しずか)』はジャックを見て、気安く微笑む。


「オッハー……怖がらなくていいよ。今日は昔のよしみで友達に力貸してあげるだけだから。そのつもりで呼んだんでしょ、僧侶ちゃん?」


 そして、その口許が歪む。

 まるで、我慢していた遊びを再開する許可をもらった子供のように、あるいは、刑期を終えた受刑者のように。

 永遠の眠りから目覚めた死者は……その『偉業』を再現する。


 そのむき出しの両手を紅蓮の『炎』が包む。



「また、『火遊び』して良いんだよね?」

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