152頁:バグ技は危険です
近い内に『お嬢様シリーズ』の方も次話投稿するつもりです。
暇を縫うように書いてるので遅筆ですみません。
かつて、絶対クリアできないはずのデスゲームに挑んだ女がいた。
巨人族の娘。
崩れ谷の少女。
魔法使いになれなかった魔女。
『彼女』には魔法の才能はなかったが、別の不思議な能力があった。
それはどんな魔法にも出来ないことができて……同時に、あまりに欠陥品だった。
ある日……『彼女』は自身の能力を後悔した。
『彼女』はあるものの『寿命』を予知してしまった。だが、それを伸ばす方法はわからなかった。
『彼女』の見た『寿命』……それは、『世界』の『寿命』。
魔法のない『彼女』は、自らの『予知』を覆す方法を見つけるため、自ら命がけの冒険へ……勝ち目のないデスゲームへ身を投じたが……
どんな困難な場面でも……『彼女』は笑顔で戦った。
《同刻 DBO》
ナビキの語った『デスゲームの真相』を聞き届けた『行幸正記』の元主人格『三木将之』は、それを虚言だと吐き捨てた。
「そもそも第一に、ナビキは誰にそんな話を聞いた? 真相に近付いたプレイヤーの誰かか? それとも、実験に参加していて良心の呵責に耐えきれなくなった研究者の誰かか? 普通に考えて、プレイヤーの立場で知り得る情報からはさっきの光景を再現出来ないだろう。やったとしても、それは想像が入ったもの、信用しきれない。そして、後者だとして……だったら、なんでそれをこんな段階で教えたんだ? もう十分に被害が出てて、まだ攻略の可能性が十分にあって、なんでこんな半端な時期に手を出してくる必要がある? はっきり言って、この手の策略は必勝になるまで隠しておかないと効果がない。なんで、わざわざプレイヤーの力を借りる必要があるんだ?」
『将之』は厳しく、容赦がなかった。
まるで、際限なく寛容で常に相手に合わせて振る舞う『正記』を反転させたように……ナビキを追い詰める。
「私に教えてくれたのは『実験体』の暴走って形じゃないと実験が中止にならないから……」
「じゃあ聞くが、ナビキの話が本当だったとして……なんで、実験を失敗させようとしてるナビキは運営から消されないんだ?」
そして、感情に理性を上乗せし、ナビキを包む『真実』を壊す。
「……!!」
「ナビキの動きはお世辞にも『隠密』とは言えない。むしろ、プレイヤー全体に知れ渡り、このゲームを監視している運営からも注目されなきゃおかしいレベルの暴れ方をしてるんだ。これがそういう『実験』なら、即刻『一体が暴走しただけ、暴走個体を切り捨てて実験続行』ってなってナビキは消されてもおかしくない。ナビキにそんな情報を教えた奴だって想像できないわけじゃないだろうし、下手するとナビキとの繋がりから自分の叛逆が露顕する可能性もある……ナビキに情報を吹き込んだ奴が多少情報改竄できるとしても、それならなおのこと簡単に誰かに話すわけには行かない。人の口には戸は立てられないからな。それに……」
『将之』は……ナビキの心の向こう側に潜む『誰か』を睨む。
「ナビキの心の闇につけ込んで、『対になる実験体』なんて運命めいた設定まで作って、ナビキの乙女心を弄んで操ろうとする悪意が見え透いてる。今のナビキは、どう見ても妄言に惑わされてありもしない巨悪と戦ってる頭のおかしい女だよ。本当に……どこで間違ったんだ?」
『将之』の目には、どうしようもなく、抑えられない哀しみが浮かんでいた。
自身の内面を作り替え、完全に『人間』を演じる『哲学的ゾンビ』。完全に自身を制御し、『本物』と寸分違わない『偽物』の心を作り出すことのできる能力。
その作られた感情には、欠片ほどの価値もない。
無関心ですらない空っぽの愛を吐き、血を吐くような努力を空虚に処理する。
しかし、そんな彼が……かつて『人間』として生きていた彼の残滓が放つのは、自身と同じように道を踏み外し、真実を失った者への怒りの表現。『人間』だった時の彼が、自信を『偽物』として作り直す時に無意識に組み込んだ、自身と同じ失敗を繰り返す者への悔悟の警告。
それは奇しくも、『最も効果的な発言者』として、『人間』であり『本物』だったときの彼の人格によって実行された。
『本』の中の『ライト』と『ナナミ』は手を取り合い、共に戦うことを誓っていた。
しかし、現実はそうならなかった。
『三木将之』が空気を読まずに破り捨てるほどの厳しさで提示した『真実』が、理解とともにじわじわとナビキの心を抉る。目の前のライトに拒絶されたという実感が、彼女の行動の根幹にあったものを揺るがす。
何が本当?
何が嘘?
真実に近いのはどっち?
どうやったらわかる?
「『将之』は『正記』みたいに甘くない。優しい嘘なんて吐いてやるつもりはない。どうしても否定してみたければ……しっかりと振り返って、肯定してみろよ……自分の信じた道がどんな道だったか。自分がどんなやつだったか……思い出せ」
『将之』の言葉は……ナビキの心をかき回し、己の過去を回顧させる。
混乱の中、ナビキはふと頭に浮かんだ一つの『事実』に目を見開く。
私が殺してきた人達は、死ななくても良かったの?
それじゃあ私は……
「ただの人殺しの化け物じゃないですかぁぁああ!!」
この瞬間……ナビキの精神は自分の中の『化け物』に呑み込まれてしまった。
あるいは、こう言い換えてもいい。
この時、彼女は……完全に壊れた。
「オーバー100……『複製災害』!!」
それは、ある日突然人が虫になるよりグロテスクで、ある日突然人が虎になるより驚愕の光景だった。
自己イメージの危険を告げるノイズに身を包んだ……というより、『呑み込まれた』ようにナビキの姿がブレたと思うと、その背から何人、何十人もの『ナビキ』の身体が……まるで、炭酸飲料から溢れ出す泡ように次々と生まれ、生まれたそばから元のナビキの身体に飛び込み取り込まれていく。
まるでそれは、自分で産んだ子を自分で吸収してしまうような異様な光景……そのある種の狂気を感じさせるサイクルが進むにつれて、急速にナビキの身体が変化していく。
背から何十と『腕』が生え、それがナビキの身体を包み込む。
そして、その『腕』から枝分かれするようにさらに何百もの『腕』が生え、さらにナビキを包み込み、肌色の塊のようになり、『腕』の内部でさらに新しい肉体を生み出し、吸収して膨れ上がっていく。
瞬く間に小山のように膨れ上がった『腕』の塊は、十分な大きさに達すると意志を持って自身を組み替え、《化けの皮》を被って……『イヴ』を形作る。
その様子を見て、『将之』は引きつった笑みを浮かべる。
「な、なるほどな……『分身』と〖パラサイトライカン〗から強奪した『寄生』の能力のコンボか……『アバターの姿を変える』って能力だけで怪獣みたいになれるのはおかしいとは思ってたんだ……質量変化の制限くらいはあると思ってたが、まさかこんな裏技コンボがあったとはな……てことは……」
ナビキの身体に合わせて異常に拡張を続ける《化けの皮》を見やる。
「《化けの皮》が完全にナビキの肌と同じ色になってたのも、防御力全振りした分身を『食わせて』たんだな……クローンと共食い紛いとか、倫理的にどうなんだそれ」
そんな『将之』の言葉は耳に入らないらしく、ナビキ……プレイヤーネームまで変貌させた『イヴ』は『複眼』を形作り、無数の『腕』を寄り合わせて作った巨大な手足で立ち上がる。
体高10m。
不器用なヌイグルミのようなずんぐりした胴体。
赤子のような大きい頭と太い四肢、指のような細かいパーツはなく、親指以外の指が一つになった手袋のようになっていて、未熟児のようにも見える。
その臀部にあたる部分から生える尻尾のような三本目の腕だけは、五本の長い指が独立し、巨人の手のように見える。
その重量感はまさしく山が動き出したかのごとく地面を揺らし、《化けの皮》の隙間を開けて覗くいくつもの『眼』は、狂気に近い色を宿している。
アイテムの力を借りているとしても……この姿になるために、どれほど自己イメージを作り替えたのだろうか。
どれほど心を壊せば、こんな姿になれるのだろうか。
その姿は、その直視できないような迫力に反して……見ていられないほど、痛々しかった。
『……先輩、ワタシ、頑張ったんですよ?』
まるで合唱でもしているかのような重なった声で、その巨大な頭の巨大な『口』を開く。
その中を見上げる形になった将之の目には、その中がよく見えた。
腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕腕の末端の手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手の平に作られた口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口口……『イヴ』の中の、狂気に満ちた世界を垣間見た。
何十もの『口』が同時に、文字通り異口同音に口を開く。
『エリアボスにだって勝てるくらい、強くなったんですよ?』
『イヴ』の出現に、『本』の登場人物達は驚き逃げようとする。その中には……『ナナミ』を受け入れた『ライト』もいる。
『複眼』がその『ライト』を捉え、臀部から生えた尾のような『腕』が逃げ出そうとする『ライト』を掴み上げ、巨大な『口』に放り込む。
ナビキと違い、受け入れてもらえた『ナナミ』はその光景を絶望の眼で見つめる。
『ちょっとお腹は空いちゃいますけどね』
まるで、自分と違う未来へ辿り着いた『ナナミ』に見せつけるように『ライト』を無数の『腕』と『口』で『咀嚼』する。愛撫するような……というには暴力的過ぎる、圧倒的な力の無造作な感情表現に、『ライト』は呑まれ、耐えられず、まるで洗濯機に紙切れでも入れたかのように姿を失っていく。
自分と同じ姿の『登場人物』の悲惨な末路を見せられた『将之』は、身震いして呟く。
「正記の野郎……なんてヤンデレ育ててんだあの馬鹿は」
『せんぱーい、なに震えてるんですか? 怖いものでもみました? 先輩らしくないですよー』
「だから別人格だって言ってるだろ……てか、一応言っておくが、僕を殺したらおまえの愛しい『先輩』もいなくなるからな?」
将之が去勢を張るように言うと、『イヴ』の口から舌のように伸びた十本あまりの『腕』が将之を持ち上げる。まるで数人に同時に抱きつかれるように締め付けられながら、将之は驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと待て!? 話聞いてたか!?」
『聞いてたけどよくわかりませんでしたよー、だって、先輩は先輩じゃないですか。もう実験体かどうかとか、人格が誰だとかー……どうでもいいですよー。私はどんな先輩でも受け入れますよー』
『イヴ』は大きく口を開く。
『先輩、私と一つになりましょうよ。私と一つになって、邪魔をするプレイヤーみんなやっつけて、ボスも全部倒して、いつまでも二人で一緒に仲良く暮らしましょうよ』
「……もう、自分が何をしたかったのかもわからないのか」
『わかってますよ。今までずっと、私は先輩と一緒に、この理不尽なデスゲームを終わらせようとしてきたんです。こんな下らない世界なんて終わらせて、私達は結ばれるんです。安心してください、この世界で私勝てる人なんていません、先輩のことはいつまでも私が守ってあげますよ』
言っていることが矛盾している。
行動が正常ではない。
だが、『イヴ』はそれを気にもとめない。
彼女の眼には、目の前の『先輩』しか映っていない。
「……僕を食べるつもりか? さっきみたいに激しいと多分死んじゃうから優しく舐めるくらいで我慢して……」
『ちなみに言い忘れてましたけど、この「本」の中に入ったプレイヤーは死ぬことはありませんよ。幽霊みたいになって、30分くらいで元通りになります。ああ……何度でも先輩を堪能できますね……』
「……そのネット小説で良くありそうな無限地獄の前に、どうしても聞いておきたいことがある。」
『何ですか?』
「おまえがこのデスゲームを攻略してきた目的は、『デスゲームを終わらせるため』なのか?」
『さっきからそう言ってるじゃないですか。私の目的は最初から、先輩と同じですよ』
その数多の眼に偽りはなく、答える声に疑問の色はなかった。
それを確かめた上で……『将之』はため息をつく。
「はあ……どこで間違えたかと思ったら、こんな根本的な所で大事なことを教えられてなかったのか……あのな、本当は『オレ達』は、おまえをこのゲームでの主人公みたいな奴にしたかったんだよ。赤兎みたいに強くて、マリーみたいに人の心を動かせて、ジャックみたいに自分を貫いて、『行幸正記』みたいに歩みを止めない……皆を引っ張るような主人公に、なって欲しかったんだ。そうなって欲しかったから、教えられることは教えたし、避けられてると感じても自立だと思って手を出さなかった。だが……」
『ライト』の内包する人格を代表したように、『三木将之』は試験の結果を言い渡すように厳然と言った。
「おまえは『不合格』だよ。『オレ達』がやろうとしてたのは、ゲームを『終わらせる』ことじゃなくて『クリアする』ことだ。その違いがわからないようじゃ、おまえはいつまでたっても『できそこない』のまんまだよ」
『できそこない』。
それはかつて、ナビキが自己を否定するのに使っていた言葉であり、同時にライトに否定され乗り越えた言葉。
『ライト』がそれを再びナビキに突きつけるということは……否定のしようがない『拒絶』を示していた。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』
最早言葉とは呼べない叫びを上げる『イヴ』。
巨大な口の中の無数の『口』が上げる声が合わさり、統制のズレた『手』のバラバラな方位が打ち消しあうなどしてトンネルを風が吹き抜けていくような奇妙な音を発する。
そんな中、一つだけ微かに聞こえる『ナビキ』の言葉。
『もう、なにもわからない……どうしたらいいの……助けて、ください』
叫ぶのをやめた『イヴ』が『三木将之』を口の中に引き込もうとしたとき……『世界』が割れた。
『本』の舞台としての街並みも、『本』の登場人物としての『ナナミ』も、『本』としての空間も全てひび割れ……
虚影の世界にただ二人残った『イヴ』とライトだけが、『本』の外へ『現界』した。
元々『本』があったのは宿部屋の中。
その部屋の容積も『イヴ』が収まりきるほど広くはない。現界と同時に屋根が弾け飛び、床が抜ける。
『……!?』
突然のことに動きを止める『イヴ』。
その隙を狙い、鋭い刃が『腕』を絡めて作られ、ライトを縛る『舌』を切断した。
「こ、これは……!!」
落ちるライトを掴み、滑空するように宙を舞う者がいる。
その手には血のように『赤い鎌』
その背には『黒い翼』。
その口には鋭い『牙』。
そしてその顔貌は……
「エ、エリザか?」
「逃げるよ、掴まって」
以前とは違う、平坦ではあるが無感情ではない口調でライトに声をかけたエリザが大きく羽ばたいた次の瞬間……地面が弾けるように五本の巨大な『黒い柱』がせり上がり、『イヴ』を取り囲んみ、まるで巨大な手で掴むように『イヴ』を押さえつける。
「あれは……」
「さっきまで戦ってた。『本』ごとライトを連れ去る気だったから、先に『本』を壊した。多分、『イヴ』だけでも回収するつもり」
「……追えるか?」
「無理。あっちは地下を動いてる。それに、強すぎる……一番優先するのは、ライトの安全」
エリザは近くの屋根に着地し、ライトと共に伏せて『イヴ』を見やる。
五本の『黒い柱』に押さえつけられるのに呼応するように縮み……最後には、『黒い柱』と共に地中に消える。
後に残るのは、巨大な穴と物理的に潰された宿。
そして、以前とはどこか雰囲気の違うエリザ。
「……エリザ、最近見かけなかったし、もしかしたらナビキの支配下にあるんじゃないかと思ってたが……違うらしいな。それに……主人格じゃなくて、オレが最優先ってのはどういうことだ? 知ってることがあるなら教えて欲しいんだが……」
「……構わない。わたしは今、ライトを手伝うように言われて、それを実行してるだけ。主人格に逆らうことになっても、これはどうしても果たさなければならない」
「『言われて』って……まさか……」
エリザはライトの言葉の先を読んで頷く。
「あなたを手伝う……それは『ナビお姉ちゃん』の最後のお願い。だから、わたしは全部話す……3月からこれまでに、『わたし達』に起きた全てを」
同刻。
テイムモンスターの大蛇『ポチ』の頭の上で望遠鏡を覗き込んだ金髪サングラスの少年『キング』は、『イヴ』の姿を目に焼き付け……抑えきれないように笑い出す。
「キシシシシ……うえ、あんなの本物の特撮大怪獣じゃねえかよ。勝率とか考えるのもバカバカしい、笑えて来ちまうな。『BMO』の時もさすがにあんなぶっ飛んだのはいなかったかもしんねえぜ」
少年は、面白おかしそうに笑う。
「あんなん、もう誰も挑もうとしねえだろ。圧倒的すぎて勝負にならねえし、賭けにもならねえ。これじゃオレ様が出る幕ねえな。だが……」
キングは、望遠鏡でライトを見つめる。
「それでも勝負するってなら、賭けてやるぜ? 勝率無視、大穴ねらい上等だ。一応爺さんの仇でもあるしな」
『OCC』のプレイヤー『キング』。
ギルドマスターであったジャッジマンが死んだときにも涙を見せることのなかった少年は……涙の代わりに、無理矢理にでも笑顔を作る。
勝率が絶望的だろうと、戦い続けるのが苦しかろうと、無理にでも笑う。
どれだけ絶望し、逃げたくなっても……デスゲームは降りることなどできない。
勝って、生き残るしかないのだから。
最後に笑うのは、最後まで笑うのをやめなかった者だけなのだから。
かつて、とあるデスゲームでそれを教えられた少年は、『イヴ』を前にし、あまつさえ『撤退』に追い込んだライトに希望を託す。
「『Bet My Organ』……さ、楽しい賭けの始まりだ」




