145頁:連携は事前の打ち合わせが重要です
「聞いたか、あいつ……」
「ああ、また失敗だってよ」
「なんでいっつもあんなのに手出すのかねぇ」
「失敗しても捕まったりしないのはあいつがすぐ逃げるからだよな」
ザワザワ……ザワザワ……
陰口というのは、言ってる側が思っているより本人に聞こえている物である。
そして、それによって卑屈になり後ろ向きになりさらに印象を悪くする……そんな悪循環はどこの世界にもある。
だが……
「言ってろよ……絶対に見返してやる」
そんな逆境にめげず、自分のやり方を貫き続けられるような人間こそ不可能を可能にし、人類を進化させてきたのだ。
だからこそ……
「じゃ、作戦開始だ。しっかりやれよ?」
「応!」
「了解」
「任せるネ」
「言うまでもない」
「もちろんだよ☆ シャーク様★」
人々の中には、そんな人間に魅力を感じ、ついて行く者もいるのだ。
≪現在 DBO≫
ライトは『猟銃』の持ち歩きやすくするためのベルト部分を左肩に掛けて背負い、『枝』を左手に、『旗』を右手に握る。
ナビキはその後ろでギターを構える。
「回復と支援をメインに頼む。遠距離攻撃は様子見が終わってからだ」
「はい!」
相対するのは、シャーク直属の精鋭パーティー。
パンクな……というよりクレイジーな雰囲気を放つ炎の女魔法使い『カガリ』。
ハンマーを振り回す小柄な黒子『スズメ』。
迷彩色の軍服を着て機関銃を構える娘『AB』。
燕尾服を着て顎髭を蓄えた音楽家『コール』
お団子頭とチャイナ服、さらにヌンチャクを装備した中国風の少女『ミク』。
法衣を着た丸坊主の破壊僧『法壱』。
『最初』に仕掛けたのは法壱だった。
「まずは拙僧が相手だ」
ライトに詰め寄った法壱は錫杖を大振りに振り上げた。同時に、後方のカガリとコールが魔法と歌の支援技をかけ初める。
「動きが遅過ぎるな」
ライトは法壱の単純な攻撃を横っ飛びに回避する。しかし……
「甘い!! 『喝』!!」
地面に命中した錫杖が地面を『割る』。
ダンジョンの地面の破片が散弾のように飛び散り、地盤が薄く剥がれて持ち上がり傾く。
「くっ……固有技か!」
ライトは『枝』を腰のベルトに差して両手で『旗』の棒を握り、大きく振って地面からの散弾を防ぐ。さらに、そのままの動きで法壱の顔を狙って槍のように旗棒の尖った先端を突き出す。
「やっ!!」
「ぬ……効かんな」
しかし、旗棒の先端は法壱の頭突き……つまり、額で受け止められた。
「拙僧の『金剛練武』の前に、その程度の攻撃は無意味なり」
「確かに、ダメージはほとんどないが……こっちも固有技か? 赤兎の『無敵モード』に似てるがダメージは一応通ってる……戦い方が反撃を気にせず、回避を考えず攻撃する筋力、防御力ビルドだったところを見ると速力を下げてその二つを上げる技か。最初のは回避された直接攻撃を間接攻撃にする技……ってところか?」
「ほほう? 今の一合いでそこまで見切るとは見事。だが、それが分かったところでその程度の攻撃しか出来ないようでは拙僧は倒せないぞ?」
「わかってる。だから、こうするさ……ナビキ! 地面だ!!」
「……はい! ナビキオリジナル『白蛇の沼』」
ナビキのギターから流れ始める曲。
ねっとりと絡みつくようなリズムの音が響くと同時、ライトは旗を大きく振って翻す。
「脳筋坊主が粋がるなよ?」
「ふんっ!」
またも法壱は錫杖を振り上げる。今度は横に凪ぐように。だが、ライトは旗を大きく振り下ろし、法壱の視界を封じた。
「ぬっ!?」
「そもそも、あんたなんでシャークなんかの部下になってんだよ? 普通坊さんとかの聖職者ってのは犯罪行為を諌める側だろうが」
法壱が旗を振り払うが、ライトはもう目の前にはいない。
旗の裏に隠れている間に法壱の背後に回り込んで、その頭に『猟銃』を向けている。
「……拙僧は悟ったのだ。この生き抜くのが難しい世界だからこそ『真の苦行』を行うことができる。真の悟りはその先にあるのだとな」
「悟りのために人様に迷惑かけるってのは本末転倒な気がするが……要はやり込み中の一種か。それ、別にシャークの側じゃなくてもよくないか?」
「悪いな。あいつには一宿一飯の恩義が……あるのだ!!」
法壱は振り返りながら拳を握りしめ、背後のライトに殴りかかろうとするが……
「悪いが、オレ達の目的は足止めだ。鈍重な相手はそこまで脅威じゃない。」
足を動かそうとして気付く。
地面が液状化し、まるで沼のようになってその動きを封じている。
「これは……」
「『金剛練武』だったか? ダメージと痛みに強くなるのはいいが、鈍感になるのは違うと思うぞ? 力任せなゲームプレイばかりやってるとその内、足元を掬われることになる。今回の敗因はナビキの音を警戒してなかったことだ」
ナビキの『白蛇の沼』は地形を変質させる曲。
技の時間は短かったため浅いが、『沼地』は入った者の移動を阻害する。地面を砕いての間接攻撃も『沼地』では使い辛く、技の影響で元から動きが遅い法壱がさらに動きにくくなれば、ライトには到底攻撃を当てられなくなる。技を解けば……それこそ、ライトの反撃のチャンスになる。背後を取られた状態で技を解くのは愚の骨頂だ。
「む、無念……」
「無力化するには別に倒して縛り上げたりする必要はないってことだ。さて、それにしても……」
「アイヤー、法壱やられたアル? だったら次は私ネ」
突如、ヌンチャクを振り下ろしながら飛び込んでくるミク。後方支援の対象も法壱から移動している。
ライトはそれを『猟銃』で受け止める。
ミクは飛下がり、糸で繋がれた二本の木の棒を高速回転させながら左右の手で操ってみせる。
「≪ヌンチャク≫か……結構マニアックな武器使ってるな。扱い難しいのによく使いこなしてるもんだ」
「お褒めにあずかり光栄ネ。お礼に目一杯の演武披露するヨ」
ライトは『猟銃』を肩にかけ直し、『旗』を沼になった地面に突き当て、『枝』を腰から抜く。
「なら、オレはもっとマイナーなのを使おうか」
『枝』を変化させる。
その形は、先端に鋭い突起のある木槌に、糸で球が繋がれた道具。
「日本のヌンチャクは変わった形してるネ」
「『剣玉』っていうんだぜこれ。本来は玩具だが……武器に使われることもなくはないかな。主にアニメで」
ライトは球をぶつけると同時に尖った剣の部分を突き出す。ミクは二本の棒の部分でそれを弾くが、ライトは弾かれた球をさらに槌で打ち返し、ミクもそれを打ち返す。
「凄いネ、ワタシに『技』で競り合う人あんまいないネ」
互いにヌンチャクと剣玉を操り、糸を利用した複雑な動きも絡めて攻防しながら会話を続ける。
「技術力、速力ビルドか。威力は低いが、喰らい始めたらラッシュで完封されそうだな。それにしても、こんな技があるなら『戦線』にでも入れるんじゃないか?」
「ワタシ攻略とか興味ないネ。」
「おまえはなんでシャークの所に?」
「ダンジョンで強そうな人に手当たり次第に腕比べ挑んでたらスカウトされたアル。最近じゃアジトでも戦い放題アル!」
「戦闘訓練の教官も兼ねてるっぽいな……どうだ? 『戦線』の方に来たら赤兎とか沢山相手してくれるぞ?」
「イヤアル。ワタシ、シャーク様気に入ってるアル。ワタシが欲しかったら、力ずくで奪うがいいネ!」
「あいつ結構人望あんだな……ところで、あいつのどこがそんなに気に入ったんだ?」
「臆病で虚弱で根暗でダメなところネ。ワタシ、ダメな人の世話見るのが趣味アル」
「本当にそれって人望なのかな!?」
ミクは木のヌンチャクを捨て、背から新しく鉄の棒を鎖でつないだヌンチャクを取り出す。
先ほどの木製より重い鉄製……威力が高くなる。
「『転転』……回せば回すほど強くなるネ」
ミクはヌンチャクを高速で振り回す。
すると、より早く、より複雑なアクションを経るごとに強い輝きがヌンチャクを包む。
「『型』を実行するほどパワーがチャージされていくって固有技か……こりゃ木の剣玉じゃ分が悪い。」
ライトは剣玉を『枝』に戻し、腰に差して代わりに地面に突き立てた『旗』を手に取る。
そして、それを大きく振る。
「ナビキ、速力支援」
「はい! ナビキオリジナル『魔草のさざめき』」
激しい曲調の音が流れると同時、ライトは旗を振り、ミクのぶつけてきたヌンチャクを『受け流す』。
すると、ヌンチャクが纏っていた輝きは霧散し小さくなる。
「攻撃が当たると溜まった力を放出……直撃したらすごい威力だろうが、布で柔らかく『受け流す』ことで力を削ることはできるか……闘牛スキル『アンチパワー』」
「そんな簡単に行かないネ!」
旗のリーチを活かさせないように距離を詰めるミク。それに対し、ライトはあえて旗棒の布部分と繋がった部分を旗がぶら下がるように持つ。旗にはスキルのエフェクトが輝き、薄暗いダンジョンの中で妖しく光を放って注意を引く。
それは闘牛のスタイルのようだ。
「ヤッ!!」
迫る高威力のヌンチャク。
ライトはそれを避けながら旗で受け流す。そしてさらに、旗棒で突き返し、躱させてヌンチャクに力をためるアクションを取らせないようにする。ミクはカガリとコールから攻撃力と速力の支援を受けているはずだが、ライトはその動きを先読みするように旗をひらめかせて避け続ける。
そして、そのやり取りを何度か繰り返した後……ミクはライトの旗が輝きを増していることに気付き、背後のカガリとコールに叫んだ。
「支援やめるネ!! 横取りされてるヨ!!」
カガリとコールがミクの言葉の意味を察して支援を中断する。
「チッ、ばれたか。なら……『バフフレア』!!」
ライトは旗を大きく振る。
すると、『闘牛スキル』の技のエフェクトの裏で旗にため込まれた光が衝撃となってミクを襲った。
「アイヤッ!?」
その旗は元々、〖ハグレカカシ〗がモンスター全体に支援を飛ばすために使っていた物。
それは支援に特化したアイテムだ。
だが、だからといって攻撃に使えないわけがない。
「この旗の特殊効果は他人の支援技の対象拡散、収束、変更、吸収。それに支援の効果のブーストと吸収からのチャージ攻撃。よく気がついたな。さて、支援技なんてやり方はやめて、同士討ち覚悟で『援護射撃』でもしてみるか?」
「……AB、バトンタッチするネ」
吹き飛ばされて離された距離から、さらに跳び下がるミク。
それと同時に飛来する銃弾をライトは旗で狙いを付けさせにくくしながら回避する。
「あははははは!! 打ち方はじめー!!」
ライトは回避しながらその性能を確認する。
「三秒で10発……毎分200発の連射か……驚異的だが、防刃仕様の旗は貫通しないようだな。スカイの要塞兵器の方が火力はありそうだが……それを持ち運びサイズにするとは大したもんだが、味方がいると危なっかしくて撃てないんだろ?」
『機械工スキル』がかなり高いと、銃火器の類を製作することも不可能ではなくなる。
しかし、それは基本的に機械系モンスターの一部を利用して製作するためサイズ、重量などは人間が普通に武器として使うのは難しい。スカイのように移動を考えない固定兵器として設計するならともかく、持ち運び兵器として実用化できるレベルにするのは困難なことだ。他にも弾の補充、発射音によって集まってくるモンスター、整備の手間などから大抵のプレイヤーは銃より魔法を選ぶが……どうやら、ABは銃に並々ならぬこだわりがあるらしい。
「手作りだから精度不足は勘弁してよー。で、どうするの? 弾切れになるまで逃げる?」
「いや、せっかくだし撃ちあうよ。ナビキ、防壁頼む」
「分かりました。ナビキオリジナル『機械王の駆動』」
ライトは肩からかけていた『猟銃』をおろす。
ナビキの重々しい曲調の歌によってライトの前に現れた音の壁。対してABはダンジョンの地形として配置された岩の陰に位置取り、ガトリングガンを構える。
音の壁はナビキの歌で回復はするが耐久力に限界がある。ABの盾にしている岩も破壊可能な耐久値を持つ。
普通に盾越しに撃ちあうなら、弾数が多く時間当たりのダメージが大きいABの銃の方が有利なはずだ。
「撃ちかたー始め!!」
ガトリングガンの引き金を引くAB。
しかし、ライトは引き金を引かずに透明な壁越しにじっくりと狙いをつける。
削られていく音の壁。
そんな中、ライトは冷静に狙いを定め……引き金に指をかける。
「《飢餓の杖》装填……食らいつけ」
ライトの腰にあった《飢餓の杖》が消え、『猟銃』に弾として装填される。
そして、発射されるのは『黒い魔女』の影。弾丸の雨を透り抜け、不確定な輪郭で大きな口を開け、ライトが狙った機関銃だけをえぐり取って行く。
「ぎゃああああ!! 私のとっておきが!!」
「倒したモンスターのパーツから作った弾でそいつの攻撃を再現する。〖ハグレカカシ〗とやった時にはこれまでのエリアボスの必殺技の劣化コピー連発してきて大変だったよ。」
ライトは『猟銃』の構えを解く。
ABは壊れた銃を泣きそうな顔で見つめている。
「……AB、降伏するなら応じるぞ? 力作だったみたいだが、スカイの協力があれば同じくらいの性能のやつすぐ作れるだろ?」
「ぅぅ……でも、『大空商店街』だとEAがいるし……」
「EA? ……ギルドに知り合いがいるのか?」
「……黙秘する」
「……今度きっちり話しよう」
ABは岩陰に完全に隠れてしまう。
その直後、『音の壁』が衝撃波を受けて割れる。
それをやったのはコールの歌声だ。
まるで向かい風の台風……ライトの足がジリジリと交代する。
「この距離でこの圧力でこの継続時間……この歌、固有技か! ナビキ、一秒でいい! 相殺してくれ!」
「はい! ナビキオリジナル『王の咆哮』!」
ナビキからの一瞬だけだが強力な衝撃波攻撃でコールの歌が相殺される。
そして、その瞬間にライトは『枝』を変化させ『拳銃』の形に変える。
「変装スキル『本物以上』」
作られたのは『空砲』。しかし、ライトの『変装スキル』は竹光に本物の刀に近い同じ切れ味を持たせ、空砲で実弾に迫る衝撃弾を放つ。
その衝撃弾が、コールの胸を『打った』。局所的な衝撃で声を詰まらせ後ずさるコール。
「グハッ……」
「あんたはなんでシャークの仲間になったんだ? 歌声を自慢したいなら表舞台で頑張った方がいいと思うぞ?」
「……私は、『この世界』で歌い続けたいのだ。元の世界なんて糞くらえだ」
胸を押さえてライトを睨むコール。その目に嘘はない。
「……そうか。」
そして、ライトは一度攻撃を仕掛けて失敗した四人を見て、口を開いた。
「おまえら、もうちょっと連携を練習してから攻めて来いよ。法壱はでか過ぎるし遅すぎるから遠距離攻撃の盾にされる、ミクは素早いが危なっかしくて近づけない、ABの機関銃は命中精度が低いから近距離攻撃の味方にも当たる、コールのは範囲攻撃だがその範囲が広すぎるし衝撃波で他の遠距離攻撃の弾道が変わる。それぞれが互いの動きを把握してればカバーし合えるだろうが、その練習をしてきてないだろ? それじゃ六対二でも攻めて来れるのは一人ずつ。相手が最前線級でもオレとナビキ、二対一なら勝てる」
そして、独り言のように言う。
「シャークの奴、強いソロプレイヤーを集めたようだが、詰めが甘すぎるだろ。それに集まった奴の従ってる理由もなんか忠誠とかとは全く別っぽいし……オレとしては『敵組織の幹部』くらいの認識があるが、実際のところシャークって『蜘蛛の巣』の中ではどんな感じなんだ? なんか保護者と教師の面談みたいであれな質問なんだが……」
「周りからなめられていて護ってやりたくなるタイプだな」
「ワタシ好みのダメな男ネ」
「『戦力増強のため』って名目でおこずかいくれるし……コードネームATM?」
「私が代わりに声を上げないと声が小さくて会議でよく無視されるな」
「女の子に乱暴しないから組織の女子からは人気あるけど……自称フェミニストだけどあれ実はただのヘタレかな☆」
「……」
「すいません先輩……敵ですけどちょっと同情しちゃいました」
「ああ、大丈夫。その感想はたぶん正しいから」
『最初のボス戦で逃げ出した』という話は何も攻略側にだけ広がっているわけではないので、組織内でも同じことを理由になめられているとしてもおかしくはない。むしろそれで従ってる目の前の直属の面々は同情の意味合いが強そうだ。
ライトは悲し話題を切り替えるようにまだ攻撃して来ていない二人を見る。
「で、あと二人か……カガリはまあシャークにぞっこんみたいだから聞く必要は無さそうだが、スズメはどうだ? オレに攻撃してくる気がないみたいだが、こっちに来る気はないか?」
スズメは最初の一撃以外攻撃を仕掛けてこようとしていない。
法壱とミクの接近攻撃が通じなかったことで自分の攻撃など通じないと判断したのかそれとも……
その時、激しい衝撃がダンジョンを揺らした。
同刻。
『黒い翼』を持つ少女はその『牙』を突き立てる。
対するは三体の人外『メデューサ』『アラクネ』『アルラウネ』。
プレイヤー達が苦戦し、撤退寸前まで追い込まれている化物達。
だが、彼女はそれくらいでは恐れない。
なぜなら、彼女は『吸血鬼』と呼ばれた少女だ。
その『牙』は致命的。一撃でその命を奪い取ることができる。
そして……
「お、おまえは……」
プレイヤーを無視して、少女は化物達を襲う。
ちなみに、『前線』は開放されている中で最高レベルのダンジョンをワンパーティーで安全に攻略できる程度、『最前線』は単独でも十分安全に戦える程度の強さというニュアンスです。




