144頁:自己紹介は早めに済ませましょう
もう片方の連載は、こちらに余裕のあるとき書くつもりなので不定期になります。
そちらも感想があればどうぞお聞かせください。
蝙蝠ような『黒い翼』をもつ少女は、獲物を求めて闇夜を駆ける。
獲物が動き出した気配を頼りに駆ける。
今度は遅れないように、気配が遠くへ行ってしまう前に。
自分が自分であるために、他でもない一つの人格として生きるために、少女は獲物を狩る。
《現在 DBO》
「るぉうら!!」
花火の振りかぶったバットがカインにかわされ、代わりに衝撃を受けた壁がひび割れる。
「っ……馬鹿力が……」
「おらおらどうしたんや?」
花火はバットを避けたカインを蹴り飛ばし、声を上げる。
「それでもタマついとるんかわれ!!」
「ぐはぁ!?」
花火の気迫は尋常ではなかった。
鬼もたじろぐレベルの迫力。吹き飛ばされたカインは腹を押さえる。
しかし、蹴り一発程度で花火の勢いは収まらなかった。
「なあ、うちがなんでこの作戦に参加したか知っとるか? もちろん捕まっとる女の子助けるのもあるけど、それだけじゃないねん」
花火は、立ち上がろうとするカインを見下ろしながら、バットを握る手に力を込めて宣言した。
「あんたにこの前の借り、利子付けて返すためや。この程度で音あげんなや」
一方、大量の『ムシ型』と不気味な人型キメラ、さらに特に異様な三体の『黒いもの』、『メデューサ型』『アラクネ型』『アルラウネ型』の三体を相手にする三パーティー15人は予想以上に苦戦を強いられていた。
プレイヤーの面影のあるキメラについては事前にライトから『独自の調査』により可能性を示唆されていたためある程度の心の準備はあったが、やはりやりづらい。
さらに、『ムシ型』は赤兎の『先陣スキル』によって弾き飛ばされて散ったが、まだ壁や床に残っているものが行動を制限する。能動的には動かないものの、間違えて踏みつけてしまうと噛みつかれ、罠のように作動する。
そして、一際目立つボスの風格を持つ三体の人外を象った『黒いもの』の強さは、他の『黒いもの達』とは一戦を画していた。
「耐えろ耐えろ!! 気を抜くと前衛抜かれるぞ!!」
「っ……反撃の暇がねえ!!」
頭からアナコンダ並みの巨大蛇が何十と生えている『メデューサ型』は、頭の蛇を同時に操ってまるでガトリングガンのような怒涛のラッシュを繰り出し、反撃の隙も許さない。しかも、蛇それぞれの力が強く、前衛が全力防御をしていてもダメージが蓄積していく。
「こいつ速え!!」
「壁だ、いや、天井だ……違う、後ろにまわっ……!!」
「うおっ!? 糸が……とれない!?」
蜘蛛の下半身を持つ『アラクネ型』はダンジョンの地形を生かして立体的に立ち回る。さらに、蜘蛛の部分の口から粘着性の糸を吐き、毒霧を吹き出しす。人型部分の上半身は腕力が強く、素手でもその俊敏さと合わせて立派な武器として機能している。奇襲部隊を翻弄し、その動きを行動阻害の技で封じていく。
「攻めろ攻めろ!!」
「固ってえ!?」
「ぐ、こいつ噛みやがった」
多数の口を備えた花弁の下半身と人型の上半身、そして牙の生えた花の手と腰から伸びる長い蔓を持つ『アルラウネ型』はほとんど移動はしないが、その代わり防御力の高い花弁を盾にプレイヤーからの攻撃を防ぎ、その間から伸ばした蔓で中距離攻撃、さらに近距離では手の花弁での噛み付き攻撃で応戦し、かなりの堅牢さを誇る。五人がかりで集中攻撃しても花弁でそれを防ぎ切り、さらには花弁の表面の牙でカウンターをかます。
それぞれ、クエストボス並みに厄介だ。
だが、一番厄介なことは……
「……!! 来るぞ!!」
なんとかHPバー三割ほどのダメージを与えることに成功したあたりで、三体がそれぞれ暴れ始める。
攻撃を四方に乱発しての『狂乱状態』に近い行動だが、その目的はただの破壊や行動爆発による威嚇ではない。その蛇で、糸で、蔓で壁や床の『ムシ型』やキメラを『捕食』する。そして、傷ついた体を回復させる。
基本的に『黒いもの達』の攻撃手段は『捕食』。形状や口の数、大きさに違いはあれど行動が何かを食べることに向かっていることには変わりがない。そのために触手のようなもので間合いを広げたり、口を手と一体化させて噛み付きを効率的な攻撃に変えたりはしているが、基本的に行動原理は『食べる』ことだ。
そして、他の『黒いもの達』はそれによって増殖し、この別格三体は回復する。
攻撃動作が回復に直結していて、その攻撃対象は敵に限らない。
「これは……不味いかもな」
全回復した三体は、またもプレイヤー達に牙をむく。
一方、救出部隊として先に進んだ赤兎、ライト、ナビキ、アレックス、ヤマメ婆の五人。しかし……
「止まれ! ……赤兎、気配を探ってくれ。」
「……待ち伏せだな。数は……五か六ってとこか」
赤兎が気配からそう言った途端、ナビキにかかる影。
「!!」
「避けろ!」
ナビキがライトの指示に従い回避した直後、先程まで立っていた場所に巨大なハンマーが『落ちて』くる。それを持つのは、まるで黒子のような顔まで隠す装束をまとった小柄なプレイヤー。自分の身の丈と同じくらい巨大なハンマーを担ぎ直すそのプレイヤーからは強い敵意が感じられた。
さらに……
「……他にも来るぞ! みんな防御だ!」
赤兎を狙った火炎の球が飛来し、赤兎はそれを両断する。
爆裂音とともに連射された弾丸を、アレックスが盾で遮断する。
洞窟の壁で反響し、増幅したバリトンの衝撃波が付加された歌声を、ナビキがギターの発生させた衝撃波で相殺される。
ヌンチャクで襲いかかって来たプレイヤーに、ライトが『枝』を変化させたネットで受け止める。
錫杖を突き出してきたプレイヤーと、ヤマメ婆が召喚したスケルトンの壁がぶつかり合う。
そして、初撃の攻防が済み、一旦下がって距離を置いた救出部隊の全員が確信した。
この敵は雑魚ではない。
前線、最前線級の手練れだ。
待ち伏せしていたプレイヤーももう隠れる意味はないと、全員が姿を見せる。
「キャハハ☆ 久しぶり? 三ヶ月ぶりくらいかな☆」
赤兎に炎弾を放ったのは髪をファンシーなピンクに染め、ショートパンツとへそ出しルックでほぼ下着同然な服装をして、テンションがおかしい女……以前に赤兎とライトを相手取ったこともある火炎魔法の使い手カガリだ。
「さっすが『戦線』きっての鉄壁、硬いね」
アレックスを攻撃したのは、剣と魔法のファンタジーの世界観には似合わない回転式の機関銃を肩から下げ、迷彩色の軍服を着た十代後半の若い娘。
「なかなか立派なギターではないか。私の伴奏をする気はないか?」
顎髭をたくわえ『プロの音楽家』といった雰囲気の男性。燕尾服を着ているがボタンがはちきれそうなほど胸を張っている。
「アチャー、噂通り強いネ。シャーク様の言ってた通りアル」
ヌンチャクを脇に挟み、ライトに向かって手を空わせるチャイナ服の少女。見た目の年は十代前半だが、立ち姿から隙がない。髪型は頭の左右に団子状に髪を丸めたいわゆる『お団子』というファッションで、服装、武器と相まって中国のアクション映画の登場人物のように見える。
「ぬ、悪霊退散!!」
初撃をスケルトンの壁で防がれたのは笠を被った体格のいい法衣の男。武器は錫杖、手首に数珠を巻いていてさらには頭は完全に丸坊主と徹底的な僧侶というスタイルだが、好戦的な表情が混じり『破壊僧』という印象も与える。
「……」
最初にハンマーを振り下ろしてきた黒子は無言でライト達を見つめる。
「……『OCC』並みに個性の濃いパーティーが来たなこれ。オレの好みなコスプレプレイヤーもいるが……一応聞くぞ、何者だ?」
ライトが代表して聞くと、六人中黒子以外の全員が同時に答えた。
「シャーク様の親衛隊」「サバゲチーム」「ブレーメン音楽団」「シャーク様の愉快な仲間たちネ」「修行仲間だ」「……」
見事なまでにバラバラだった。しかも誰も他人に合わせようとしていない。
「……出来れば登場前に意見を統一して欲しかった。あとやっぱりシャークが黒幕なんだなこの待ち伏せ……大方、シャーク直属の精鋭パーティーってわけか。カガリもいるし……赤兎、ここはオレが足止めするからみんなで先に行け。おそらくだが、シャークの指示では最重要な標的はオレだろ?」
「な、いくらライトでも一人でこのレベル六人は無理だ! この前はカガリ一人でもやっとだったんだぞ?」
「別に倒そうってわけじゃない。足止めの足止めをするだけの楽な仕事だ。それより、ここでこんな戦力を出してきたってことはそろそろゴールが近いって事だ。五対六で戦っても五体満足で勝てるかどうか微妙だし、それなら手分けしてチイコを救出した後には撤退って事にした方が楽だろ。オレ達は敵を殺すために来たんじゃないんだ……分が悪い」
「なら俺が一緒に残って……」
「赤兎、おまえは人を『殺す』ことができるのか?」
「!!」
「赤兎は強い……だが、殺しはできない。相手があのレベルだと本気の殺し合いのつもりで戦わないと勝てないし、生け捕りはただ倒すより難しい。その点、オレはそういうの慣れてるからな。オレの事は気にせず先に行け」
ライトの言葉に……赤兎はすぐさま決断する。
「死亡フラグ立ててんじゃねえよ……だが分かった。ライトはそう言ってピンピンして生き延びてるタイプだしな……今回も、大丈夫だと思って良いんだよな?」
「……ああ、余裕だ。でも出来れば可能な限り早く帰ってきてくれ。」
「わかった! アレックス、婆さん、ナビキ! 行くぞ!」
走り出す赤兎と足の遅いヤマメ婆を担いぐアレックス。しかし……
「赤兎さんたちはお先へ行ってください。私は先輩の援護をします」
ナビキはライトの側に残る。
赤兎は振り返り諫めようとするが……その表情を見て、口を閉ざす。
ナビキの顔には……かつて一緒のパーティーで戦っていたナビと同じ、戦闘への喜びの表情が浮かんでいた。そして、それと同時にライトの背中を守れる事への満足感が溢れている。
「ナビキ……援護射撃は頼んだ。」
ライトは振り返らずにそう言って、『枝』を逆手に緩く構え、さらにメニューから二つのアイテムを取り出す。
身の丈ほどの長い棒に通された人一人くらい楽に覆い隠せるような大きな『旗』と、そのまま杖として使えそうなほどバレルが長く頑丈そうな『猟銃』。
一度目と二度目の襲撃イベントでライトが〖ハグレカカシ〗から勝ち取ったオンリーワンのレアアイテム。普段はアイテムのグレードに頼らないライトがそれらを使う……それは、この戦闘がそれだけ『際どい』ということ。
「さて、聞いてるだろうが一応形式的に名乗りでもあげておくか。オレはライトでサポートしてくれるのはナビキ、識別のためにもそっちの名前を教えてくれると嬉しい」
軍服の娘が答える。
「『アサルトB』、みんなにはABって呼ばれてるよー。趣味はモデルガンと実銃でーす」
燕尾服の男が答える。
「『コール』だ。『凍る』じゃなくてアンコールの『コール』だから間違えないでくれ」
チャイナ服の少女が答える。
「『ミク』言うネ、よろしくヨ」
破壊僧が答える。
「『法壱』だ、押して参る」
そして、カガリが答える。
「私はカガリ☆ で、そっちの無口なのが『スズメ』、今からボコボコにするからよろしくね☆」
ライトは『マジックドロップ』を生み出し、自分の口に含んで答える。
「お手柔らかに」
同刻。
ジャックは針山の殺気を頼りに走った。
殺気を検知したのは、低レベルモンスターの行き交うフィールドのド真ん中。しかし……
「殺気が……不安定過ぎる?」
嫌な予感がする。
ジャックは全速力でフィールドを駆け抜けた。
遭遇するモンスターを適当にあしらい、先に進む。
そして……
「針山!!」
針山を見つけた。
しかし、その姿はボロボロだった。
周りに群がる低レベルモンスター。本来なら簡単に勝てるはずのそれらに、集中攻撃でジワジワと削られていた。
ジャックはすぐさまナイフでモンスター達を一掃し、倒れている針山を抱き上げる。
すると、針山は……
「無様な姿を晒してしまい……申し訳ございません
……お嬢様……」
いつもの紳士然とした雰囲気はどこへ行ったのか、弱りきった声でそう言う。
ジャックはそれを聞き……目に殺意の光を灯す。
「……ボクの仲間を傷つけたのは……誰だ!」




